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39.御伽原学園の七不思議

 智慧理がレイラと友人になった翌日。智慧理は昨日に引き続き紗愛に呼び出され、昼休みに屋上へと向かっていた。


 「何渡されるんだろ……」


 廊下を歩きながら智慧理は口の中で呟く。本日の紗愛の用件は、「智慧理に渡したいものがある」という文言だった。

 いつものように屋上へと続く階段を上る智慧理。すると普段人気の少ない屋上付近では珍しく、頭上から2人の人間が会話する声が聞こえてきた。


 「……取り敢えずその話は後にしてくれない?人を待ってるの」


 片方の声は紗愛のものだ。声色に若干苛立ちの感情が含まれているように聞こえる。


 「君は生徒会長だろう?であれば一刻も早くこの問題に対処すべきだ」


 もう片方は智慧理の知らない男子の声だった。喋り方からはいかにも堅物そうな印象を受ける。


 「だからさっきから言ってるでしょ。その案件は緊急性が低いから私は先約を優先するって」

 「緊急性が低いだと?言わせてもらうが君は些か危機意識が足りていないんじゃないのか?」

 「じゃあこの案件への対処を昼休みから放課後に先延ばしすることによって発生する危機とやらをご教授願えるかしら?」


 会話の内容を聞く限り、紗愛と男子は明らかに険悪な雰囲気だ。智慧理はこのまま階段を上って行っていいものか一瞬迷ったが、紗愛との約束を反故にする訳にもいかないので恐る恐る足を進める。

 屋上への扉のところまで智慧理が上がってくると、扉に背を向けていた紗愛がまず智慧理に気付いた。


 「智慧理ごめん、少しだけ待っててくれる?」


 紗愛が智慧理に声を掛けると、紗愛の前に立っていた男子が智慧理を振り返った。

 その男子は智慧理の知らない生徒だった。顔立ちはそれなりに整っており、細いフレームの眼鏡と相まって知的な印象を受ける。上履きに入っているラインの色から、紗愛と同じ3年生だと分かった。


 「君は?」

 「あ、えっと……紗愛先輩と会う約束してたんですけど……」

 「そうか」


 男子がクイッと眼鏡を持ち上げ、高圧的な表情を浮かべる。


 「済まないが会長は今立て込んでいる。後にしてもらえるだろうか」

 「ちょっと、勝手なこと言わないでくれる?」


 紗愛は男子に抗議しながら智慧理の隣に移動し、その肩に手を回した。


 「さっきから何回も言ってるけど、私はこの子と先約があるの。だから緊急性が低い案件は放課後にして」


 男子は不機嫌を隠そうともせずに顔を歪める。


 「こちらも何度も言っているが緊急性が低いと考えるのは君の危機意識が足りていないからだ。それに生徒会長としての仕事よりも、その1年生とのお喋りが重要とは思えないな」


 そこまで言って男子は視線を紗愛から智慧理へと移した。


 「それとも何か、君は自分の用件が生徒会の仕事よりも重要とでもいうつもりか?」

 「いえ、そんなことは……」


 実のところ智慧理は男子の尊大な態度に苛立ちを覚えていた。だが智慧理のアンガーマネジメントはこのところ目覚ましい進歩を見せており、智慧理は苛立ちを見事に覆い隠して困ったように愛想笑いを浮かべる。


 「梅木、言っとくけどこの子には突っかからない方がいいわよ」


 紗愛が智慧理の肩に腕を回したまま、男子に意地の悪い笑顔を向ける。


 「この子ってこ~んな可愛い顔しといてすっごく怖いんだから」


 そう言いながら軽く智慧理の肩を叩く紗愛。意図を察した智慧理は、男子を軽く睨み付けるように目元に力を込めた。


 「っ……」


 智慧理の眼光を受け、男子はたじろいだ様子で1歩後退る。


 「……分かった、今は引き下がろう。だが今日の放課後には必ず対処してもらうぞ」

 「はいはい」


 紗愛が「さっさとどっか行け」と言わんばかりに手を振ると、男子は悔しそうに表情を歪ませながら階段を下りて行った。


 「よくやったわ智慧理。あいつしつこくて困ってたのよ」

 「お役に立ったならよかったです」

 「にしてもやるじゃない、睨んだだけで追い払うなんて」

 「昔おばあちゃんから睨み方を教えてもらったんです。『戦う前に相手を追い払えるならそれが1番だ』って言って」

 「へ、へぇ……ユニークな教育方針ね……」

 「おばあちゃん凄いんですよ。動物園から脱走してきたライオンが、おばあちゃんに睨まれて自分から檻の中に戻ったんです」

 「何よその何から何までおかしい話……」


 紗愛は今自分がいるのと同じ国のエピソードだとは到底思えなかった。


 「……1回会ってみたいわ、智慧理のおばあさん……」

 「じゃあいつか一緒に私の地元行きましょ」


 ここで2人は同時に話が逸れていることに気付いた。


 「ところで紗愛先輩、さっきの人って誰ですか?」

 「ああ、あれは梅木。一応この学園の生徒会副会長よ」

 「へぇ、あの人が副会長なんですね」


 生徒会副会長ともなれば智慧理も全校集会などで1度や2度は目にしたことがあるはずだが、生憎まったく印象に残っていなかった。


 「それでその、梅木さん?と何か揉めてたみたいですけど」

 「ああ、うん……ちょっと生徒会のことでね……」

 「私聞いちゃダメなやつですか?」

 「別にそんなこと無いわよ、大して面白い話でもないけど。智慧理って『御伽原学園の七不思議』は知ってる?」

 「七不思議?この学校そんなのあるんですか?」


 学校において七不思議は定番と言えば定番だが、智慧理は御伽原学園に纏わるそれを耳にした覚えはなかった。


 「まあまだ入学したばっかりだし、知らない方が普通かもね。説明すると御伽原学園の七不思議っていうのは……」


 1.本校舎3階の女子トイレの鏡に死者が映る。

 2.誰もいない音楽室でピアノが鳴る。

 3.放課後に家庭科室で1人勉強をしていると幽霊に体を取られる。

 4.真夜中の0時に誰もいないはずの学園で校内放送が始まる。それを聞いた人間は死ぬ。

 5.図書室には「借りてはいけない本」があり、それを借りてしまうと対価に魂を奪われる。

 6.中庭の桜の木の下に、血塗れの女子生徒が現れる。

 7.御伽原学園で命を落とした人間は、10年後に蘇る。


 「……の、7つよ」

 「何か……ちょっと変わってますね。もっと人体模型とかベートーヴェンの肖像画とかが出てくるものかと」

 「まあ確かに、変にオリジナリティはあるわよね」

 「で、その七不思議がどうしたんですか?」


 すると紗愛は呆れた様子で深い溜息を吐いた。


 「……最近、この七不思議を真に受ける生徒が増えてきてるみたいなの」

 「えっ?」

 「体を取られるのが怖いから家庭科室では授業受けたくない~、とか。『借りてはいけない本』がどれか分からないから本を借りたくても借りられない~、とか。そういう相談がこの頃よく生徒会に来るのよ」

 「高校生にもなって……!?」


 紗愛が語ったハイティーンから寄せられたものとは思えないような相談事に、智慧理は愕然と言葉を失った。


 「っていうか生徒会って七不思議なんかのことまで面倒見なきゃいけないんですか?」

 「当然生徒会の管轄外よこんなの。けど今年に入ってからあまりにも七不思議絡みの相談が多いもんだから、流石に何か手を打った方がいいんじゃないかって意見が生徒会の中からも出始めたのよ」

 「それはお疲れ様です……」

 「ホントよ……で、生徒会での七不思議の調査をいっちばん頑なに主張してるのがあの梅木って訳」

 「じゃあさっき言ってた案件の緊急性がどうのこうのっていうのは……」

 「そ。七不思議の調査のことよ。私は放課後にやるって言ってるのに、梅木は昼休みも調査に使えって。バカバカしいでしょ?」

 「あはは……」


 直截にバカバカしいと言い放つことは流石に躊躇われた智慧理だが、確かに七不思議の調査など昼休みまで使ってやることではない。


 「でも、何で梅木先輩はそんなに紗愛先輩に早く調査させたがってたんでしょうね?」

 「さあ。あの見た目で案外幽霊とか怪談とかが怖いのかもね」

 「見た目は関係無いと思いますけど……」


 聞くからに無関心な紗愛の物言いに思わず苦笑する智慧理。するとここで智慧理はとある1つの可能性に思い至った。


 「紗愛先輩。七不思議の調査って紗愛先輩と梅木先輩で一緒にやるんですか?」

 「ん?特に決めてないけどそうなるかもね」

 「えっ、じゃあ……!」


 智慧理はニヤニヤと笑いながら紗愛の耳元に唇を寄せる。


 「梅木先輩、紗愛先輩のこと好きなんじゃないですか?」

 「……いや~、無いんじゃない?それは」


 智慧理の俗っぽい囁きに、紗愛は表情1つ変えなかった。


 「智慧理も見たでしょ?梅木の私に対する態度。どう考えても好きな子と接する態度じゃないでしょ。あいついつもあんな感じだし」

 「え~、でも好きな子に意地悪しちゃうってのもよくある話じゃないですか~」

 「そんな小学生じゃあるまいし……」

 「どうなんですか?紗愛先輩的に梅木先輩ってアリなんですか!?」

 「……いや、無いでしょ」


 紗愛はビックリするほどの真顔で首を横に振った。


 「私と梅木にどれだけ歳の差あると思ってるのよ」

 「えっ?……あっ、そっか70歳違うのか……」

 「そうよ。私にしてみたら梅木なんて鹿籠さんと変わらないわよ」

 「紗愛先輩そこで露華が出てくるとちょっとややこしいです」


 要は紗愛からしてみれば、高校3年生の梅木など赤ん坊と変わらないということだ。


 「それに私、人間は好きだけど恋愛対象にはならないわ。そういうアブノーマルなのはちょっとね……」

 「アブノーマル……?あっ、そっか紗愛先輩人間じゃないのか……」


 紗愛は恐竜人間で、智慧理達人間とは全く別の生き物だ。紗愛にとって人間が恋愛の対象とならないのも当然と言えば当然である。


 「そっか~梅木先輩は紗愛先輩的にナシか~……じゃあ私教室戻りますね」

 「は~い……じゃない待って待って違う違う」


 階段を下りて行こうとした智慧理の手を紗愛が慌てて捕まえる。


 「あっぶな……本題と何の関係も無い話だけして帰すところだった……」

 「本題?七不思議のことか、梅木先輩のことじゃないんですか?」

 「そんな訳ないでしょ!智慧理を待ってる間に梅木に捕まってなければこんな話するつもりも無かったわよ」


 まったく梅木の奴……と愚痴を零しながら、紗愛はポケットの中から小さな機械のようなものを取り出す。


 「はい」

 「これ……インカム?」


 紗愛が智慧理に差し出したそれは、智慧理がブラックエンジェルとして活動する際に左耳に装着している、紗愛との連絡用のインカムと同じものだった。


 「別に私、インカム壊したりしてませんけど……」

 「これは智慧理のじゃなくて、鹿籠さんの分よ」

 「露華の……?」

 「鹿籠さんも智慧理と同じ活動してるんだから、智慧理とか私と連絡取れた方が便利でしょ?」


 そう言って紗愛は智慧理の右手にインカムを押し付けた。


 「あとでこっそり鹿籠さんに渡しておいて」

 「……いいんですか?」

 「いいって、何がよ」

 「だって紗愛先輩、露華のこと信用してないって……」


 紗愛は以前智慧理に対して、露華のことを完全に信用することはできないと話していた。

 智慧理がそれを指摘すると、紗愛は気まずそうに智慧理から視線を逸らす。


 「……信用してないとは言ったけど、サポートしないとは言ってないでしょ?鹿籠さんのことは疑わしいけど、実際に何か事件を起こした訳でもないし、それに……智慧理の友達だしね」

 「え~何ですかそれ可愛い~!!」


 智慧理は衝動的に紗愛に抱き着いた。


 「きゃっ!?ちょっと智慧理何を……」

 「え~紗愛先輩ってこんなツンデレさんだったんですか!?やぁもう紗愛先輩可愛すぎる~!!」

 「ホントに離しなさいって!どうしたのよ智慧理あなたそんなキャラじゃなかったでしょ!?」

 「紗愛先輩が88歳のくせに可愛いこと言うからいけないんですよ~!」

 「くっ、この……え待って全然抜け出せないんだけど!?」

 「紗愛先輩の戦闘能力で私から逃げられるわけないじゃないですか~」

 「嘘でしょ変身しなくても普通に私より強いの……っ!?」


 結局智慧理が自主的に解放するまで、紗愛は智慧理の腕の中から逃れることはできなかった。

予告通り作品のタイトルを「御伽原市の黒天使」に変更しました

次回は21日に更新する予定です

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