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35.人造人間の存在意義

 「ん……」


 智慧理が重い瞼を上げると、まず目に飛び込んできたのはほんのりと見覚えのある天井だった。


 「ここは……」

 「あ、起きた」


 智慧理の視界に横から紗愛の顔が入ってくる。


 「紗愛先輩……おはようございます」

 「おはよ」

 「ここは……紗愛先輩のペンションですか?」


 見覚えはあるが馴染み深いというほどでもない天井。その天井は紗愛が保有する拠点の内の1つ、山間のペンション風の拠点のものだった。智慧理は主に尋問を目的として何度かここに足を運んだことがあるので、天井に覚えがあって当然だ。


 「そうよ。ヴァヴをぶん殴って自分もくたばり損なってたあなたをここまで運んできたの。まあ主に運んだのは私じゃなくて鹿籠さんだけど」

 「あっそうだヴァヴ!ヴァヴはどうなったんですか!?」


 智慧理の記憶はヴァヴの頭をぶん殴りつつ地上に墜落したところで途切れている。あの一撃でヴァヴを仕留められたかどうかも智慧理には分かっていなかった。


 「ヴァヴはあなたの墜落攻撃を受けてからはずっと昏倒して、そのまま刺さってたオズボーンに体液を吸われ続けて、明け方にはミイラ化して死んだわ。死体の処分ももう済んでる」

 「じゃあ倒せたんですね。よかった~」


 智慧理は安心してベッドに身を預ける。そこで智慧理はようやく自分がベッドに寝かされていたことに気付いた。


 「よかった~、じゃないわよ!あんな無茶して!」

 「ひゃあっ!?ちょっ、耳元で大声出さないでくださいよ」

 「上手く行ったからまだよかったけど!何か1つでも間違えばあなた死んでたのよ!?」


 紗愛の言葉は間違いではない。

 あと少し落下地点がずれていたら。あと少し智慧理の傷が深かったら。あと少しヴァヴの肉体が頑丈だったら。少しでも何かが違っていれば、智慧理はその命を散らしていたことだろう。


 「今度からあんな無茶はやめて!あなたが死んだら御伽原の邪神眷属に対する防衛力は目減りするんだから!」

 「……は~い」


 智慧理は少し不貞腐れながら素直に返事をした。

 智慧理が命を捨てる行為は、御伽原という街を見捨てる行為に等しい。その論調で詰られると智慧理は何も言えなかった。

 それを分かった上で敢えて智慧理ではなく街を案じる言い方をした辺り、紗愛は流石に強かだ。


 「はぁ……それにしても驚いたわ。たった14時間で体が元通り復元するなんて」


 紗愛が言っているのは勿論智慧理の怪我のことだ。ヴァヴとの戦いで智慧理は頭と胸と右腕以外の全てを失っていたが、今はすっかり体が元通りになっている。


 「これって1度無くなった部分がまた生えてきたってことですよね?」

 「そうよ」

 「どんな感じでした?」

 「劇的にグロかったわね」

 「劇的に……」


 その様子がどのようなものだったのか、智慧理は見てみたいような見たくないような不思議な気分になった。


 「そうだ紗愛先輩。私紗愛先輩に聞こうと思ってたことがあったんです」

 「ん、何?」

 「私がヴァヴと戦うのを露華にも手伝ってもらおうって言った時、なんで紗愛先輩ちょっとイヤそうだったんですか?」


 智慧理がそう尋ねると、紗愛は僅かに目を見開いた。


 「……私、嫌そうになんてしてた?」

 「イヤっていうと違うかもですけど、露華にはあんまり手を貸してほしくなさそうにしてました」

 「意外とよく見てるのね、智慧理って」


 紗愛は小さく溜息を吐き、観念したように笑った。


 「別に私は鹿籠さん個人に対して思うことがある訳じゃないわ。むしろ鹿籠さん自身はむしろ好きなくらい。あの子って時々表情がホントに赤ちゃんみたいでしょ?」

 「確かにそういう顔してるときありますね」

 「だからあの子自体はホントに可愛いと思うんだけど……」


 では一体紗愛は露華の何を疎んでいるのかと智慧理は首を傾げる。


 「……智慧理は思ったことない?露華の変身形態は、智慧理とよく似てるって」

 「それはいつも思ってますけど……」

 「邪神眷属感知機能に認識攪乱機能、それと飛行機能……全体的なデザイン以外にも、露華と智慧理の変身形態はホントによく似てるわ。それこそ、偶然じゃ片付けられないくらいに」

 「……言われてみれば、確かに」


 紗愛が今挙げたように、智慧理と露華の変身形態にはいくつもの共通点がある。智慧理はこれまでそれらの共通点をただの偶然と思っていたが、紗愛はそう考えてはいなかった。


 「でも偶然じゃなかったら何だって言うんですか?」

 「……私が思うに、智慧理と露華の変身能力は根幹が同じなのよ。っていうかはっきり言うと、私は露華の変身能力は智慧理の変身能力の技術をパクって作ったんじゃないかって思ってる」

 「な、なるほど……?」


 智慧理の変身能力の根源は、叛逆の牙というアーティファクトだ。露華の変身能力がその叛逆の牙を模倣して開発されたものであれば、2人の変身形態が似通っている理由には説明が付く。


 「実は何年か前から、『稲盛霞が叛逆の牙を開発してる』っていうのは御伽原の魔術師達の間では有名な話だったの。だからどこかの魔術師が稲盛霞の技術を盗んで、叛逆の牙と似たシステムを独自に開発しててもおかしくないわ」

 「じゃあ紗愛先輩は、露華を作った人が叛逆の牙をパクったのがイヤなんですか?」

 「別にパクリ自体に思うところがある訳じゃないわ。アーティファクトなんて特許権も著作権も無いし。けど私が鹿籠さんを作り出した魔術師のことを警戒してるってのはその通りよ」


 紗愛はほんの少し逡巡する素振りを見せてから智慧理に質問を投げかける。


 「……智慧理。あなたは自分が稲盛霞にされたこと、覚えてる?」

 「私が稲盛さんにされたこと……?勝手に精神弄られたやつですか?」

 「そ、そうよ。そんな軽い感じで言われると思ってなかったけど……」


 智慧理は稲盛霞から叛逆の牙を与えられた際、邪神眷属に対して強い憎しみを抱くよう稲盛霞に精神を作り変えられてしまった。現在はそれを自覚できているために多少はマシになっているが、当時は邪神眷属の姿を目にするだけで激しい怒りの衝動に駆られていた。

 精神改変という、智慧理のアイデンティティすら揺るがしかねないような許されざる行為。紗愛はそれをセンシティブな話題と考えているが、智慧理からすればされてしまったことは仕方がないという心持ちだった。


 「鹿籠さんは前に言ってたわよね。自分が作られた理由は、邪神から御伽原の街を守るためだって」

 「言ってました。それで私、自分と同じだって思って……」

 「それってつまり、鹿籠さんの生みの親が、稲盛霞に限りなく近い思想の持ち主って考えられるでしょ?」

 「……言われて、みれば……」


 邪神眷属の魔の手からこの街を守る。それ自体は街の住人として至極真っ当な使命感だ。

 しかし稲盛霞はその使命に妄執し、その結果智慧理の精神を改変するという凶行に走った。


 「鹿籠さんの生みの親が稲盛霞と近い思想の持ち主で、だからこそ叛逆の牙の技術を盗用したんだとしたら……智慧理がされたような精神改変を、鹿籠さんもされてる可能性があるわ」

 「そんな……」

 「いえ、それどころか、最初から邪神眷属に強い憎しみを持つように生み出されててもおかしくないわね」


 智慧理は紗愛が露華との協力に消極的だった理由を、ここにきてようやく理解した。


 「もし鹿籠さんが稲盛霞と同じ思想を与えられてるんだとしたら……私とは絶対に相容れないわ」


 紗愛の正体は恐竜人間、邪神眷属だ。あらゆる邪神眷属の根絶を悲願とする思想など受け入れられる訳がない。


 「で、でも……」


 智慧理はたどたどしく紗愛への反論を口にする。


 「露華は前の私とは違って、邪神眷属から街の人を守るためだけに戦ってるように見えましたよ?前の私と同じだったら、もっと邪神眷属を痛めつけたりしてると思うんです」


 それは智慧理の実体験に基づいた意見だった。精神改変を自覚できていない頃の智慧理は、邪神眷属を前にすると怒りで我を忘れ、必要以上に邪神眷属を痛めつけることがあった。

 しかし露華にはそのような兆候は見られない。


 「……確かに鹿籠さんは、前の智慧理と同じには見えないわね」

 「ですよね?」

 「鹿籠さんの生みの親が、盗用した叛逆の牙の技術から精神改変機能をオミットした可能性も充分あるわ」

 「だったら……!」

 「でも、ごめんなさい」


 紗愛は首を横に振った。


 「鹿籠さんとその生みの親の本当の目的が分からない限り、私は鹿籠さんを完全に信用することはできないわ」

 「そんな……」


 紗愛の明確な拒絶に智慧理は肩を落とす。

 しかし紗愛もただ露華を拒絶した訳では無い。紗愛の言葉の裏を返せば、露華と露華の生みの親の目的さえ明らかになれば、紗愛が露華を受け入れる余地はあるということだ。

 智慧理は露華の生みの親の正体を明らかにすることを密かに心に誓った。




 御伽原某所の、お屋敷と呼ぶべき立派な一軒家。その玄関先に空間の亀裂が現れたかと思うと、中から露華の姿が現れた。

 露華は憔悴した様子で玄関の扉を開き、トボトボとした足取りでリビングへと移動する。


 「……どうした、露華」


 リビングでは安楽椅子に腰掛けた総白髪の老人男性が露華を出迎えた。


 「元気がないようだが……」


 白髪の男性の顔を見た途端、露華は今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる。


 「パパ……あのね……」


 露華は安楽椅子の傍らに膝をつき、ぽつぽつと言葉を溢し始める。


 「今日ね……智慧理さんと紗愛先輩と一緒に、邪神眷属と戦ったの……」

 「ああ……確かヴィズビオンストレイのヴァヴ、だったか……」

 「それでね……私、一生懸命戦ったんだけど……」


 露華の色素の薄い瞳からポロポロと大粒の涙が零れ始める。


 「私が魔力を使いすぎて動けなくなっちゃって……そしたら智慧理さんが私を庇って、すごい大怪我をしちゃって……」

 「……そうか」


 老人男性は優しい手付きで露華の頭を撫で始めた。


 「その智慧理という友達は、どうなったんだ?」

 「……智慧理さんは、強い人だから……私を逃がして、その後1人でヴァヴさんを倒して……」

 「……優しい友人を持ったな」


 露華は泣きながら何度も首を縦に振る。


 「露華が頑張ったことは、その友人も分かっているだろう……露華を責めたりはしないんじゃないか?」

 「違うの……私は、智慧理さんと一緒に最後まで戦えなかった私がイヤなの……」


 露華が潤んだ瞳で老人男性を見上げる。


 「パパ……私、もっと強くなりたい。今よりもっともっと強く、今度は私が智慧理さんを助けられるくらいに……」

 「……なれるさ、露華。お前はいくらでも強くなれる」


 老人男性は口角を僅かに持ち上げ、露華にしか分からないような微笑みを形作った。


 「お前は誰よりも強い子だ、露華。私がお前をそのように作ったのだからな」

 「……うん。ありがとう、パパ」


 露華も涙に濡れた顔で弱々しく笑顔を浮かべる。


 「……ただし、露華。これだけは覚えておきなさい」


 不意に老人男性は露華の頭を撫でる手を止めると、その表情に険しさを滲ませる。


 「その智慧理という友人がどれだけ優しく、どれだけ好ましく思えたとしても、お前は決して心を開き切ってはいけない」

 「……うん」


 老人男性の言葉に露華は小さく頷き、それから寂しそうに顔を伏せた。


 「……すまないな。折角の友人を疑わせるようなことをして」

 「……ううん」

 「だが、これは仕方のないことなのだ」


 老人男性は再び露華の頭を撫で始めるが、その表情は険しいままだ。


 「王野(おうの)武巳(たけみ)はどこに潜んでいてもおかしくないのだからな」


 老人男性のその言葉に、露華はもう1度小さく頷いた。

次回は13日に更新する予定です

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