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33.ヴィズビオンストレイ

 御伽原の北側の外れにはかなりの面積の廃採石場がある。

 かつてこの採石場から採取される石材は御伽原の名産品の1つに数えられていたが、今ではめっきり石材の生産は行われなくなってしまった。

 使われなくなった採石場はその後映画やドラマでアクションシーンなどを撮影するためのロケ地として活用された。しかしそのような撮影で使われることも徐々に少なくなり、近頃の廃採石場はただ広くてバラエティ豊かな地形があるだけの空き地として持て余されていた。


 「……それで何かに使えるかもしれないからってことで、私がここを買い取っておいたのよ」


 紗愛は北御伽原採石場の歴史についてそう締め括った。


 「じゃあここって全部紗愛先輩の土地なんですか!?」


 智慧理は驚きを露わにしながら、改めて周囲を見渡す。

 現在時刻は午後9時過ぎ。智慧理、紗愛、そして露華の3人は、今まさに紗愛が話していた北御伽原採石場に集結していた。


 「こんなに広い土地を買えるなんて……紗愛先輩はお金持ちなんですね~」


 露華も智慧理に倣って広大な採石場を一望し、それを所有している紗愛の財力に目を丸くした。


 「別にそこまででも無いわよ。さっきも言ったけどここは使い道が無くて持て余されてた土地だから、そこまで高い買い物じゃなかったわ」

 「私不動産のことは全然知らないですけど、それでもそれが嘘だってことくらいは分かりますよ」


 智慧理と紗愛ではそもそもの金銭感覚が違う。それを智慧理は思い知らされた。


 「さて、そろそろ本題に入ってもいいかしら?」

 「は~い」

 「は~い」


 お行儀良く返事をする智慧理と露華。3人は決して採石場の歴史を学ぶためにこの場に集まった訳ではない。


 「この採石場は見て分かる通りかなりの広さがある上に、採石場自体が街からかなり離れてるから、ここで何が起きても街の人間には影響が出づらいわ。だからヴァヴを召喚して戦うには打ってつけの場所だと思うの」


 紗愛がヴァヴを召喚し、智慧理と露華がヴァヴを討伐する。その決戦の舞台として紗愛が選出したのが、この北御伽原採石場だった。


 「確かに街から遠いですよね、ここ。普段こっちの方まで回らないですもん」


 毎晩夜空を飛び回って御伽原をパトロールしている智慧理だが、御伽原の中でも人が住んでいないエリアには基本的には足を延ばさない。そのため智慧理はこの採石場に来るのは今日が初めてだった。


 「念のため警察にも協力してもらって、採石場に続く道は全部封鎖してもらってあるわ。だから街の人間が採石場まで来ることはとりあえず考えなくて大丈夫よ」

 「逆に言うと、採石場からヴァヴを出さないようにしないとってことですね」

 「そうね。だからヴァヴが採石場を出ようとしたら、何とか食い止めてほしいんだけど……」

 「それは私に任せてください~」


 露華が自信ありげに胸をポンと叩いた。


 「ヴァヴがここを出ようとしたら~、廻廊を使って引き留めます~」

 「ありがとう、頼りにしてるわ」


 紗愛は露華に笑顔を向けた。


 「そろそろ始めましょうか。アポート」


 紗愛が右手首の召喚送還のバングルを起動する。すると紗愛の手の中に召喚されたのは、正八面体の水晶を10個紐で繋げた不思議な物体だった。水晶は1つ1つが5cm程の大きさがあり、その全てが重油のような色合いに黒ずんでいる。


 「何ですかそれ?」


 最初はアクセサリーかと思った智慧理だが、アクセサリーにしては1つ1つの水晶が大きすぎる。水晶の不気味な黒ずみもあって、智慧理には何らかの呪物のように見えた。


 「これは魔力版の電池みたいなもので、水晶1つ1つに魔力を溜めておけるの。<開門>を使うには私1人分の魔力じゃ到底足りないから、こんな時のために溜めておいた魔力も合わせて使うの」

 「<開門>ってそんなに魔力要るんですか?カガリは1人で<開門>やってましたけど……」

 「そりゃ上位眷属なら1人でも充分でしょうよ。私をそんな化け物と一緒にしないで」


 紗愛は魔力版の電池だというそれを、ネックレスのように首に掛けた。水晶が大きいせいで着け心地はかなり悪そうだ。


 「2人とも準備はいい?お手洗いに行くなら今の内よ?」

 「さっき済ませました」

 「私も大丈夫です~」


 既に智慧理と露華は変身を済ませている。後は紗愛がヴァヴを召喚するだけだ。


 「それじゃあ今から<開門>を始めるから、2人は少し離れてて」


 智慧理と露華が指示通りに距離を取ったことを確認し、紗愛は深呼吸をして唇を湿らせた。


 「エアマティサワラ・オアタグシネズン・アガガウィカリ・ホノメティカソン・エギジョヌオス・イェスキ・ヴァヴ……」


 紗愛が<開門>の呪文を紡ぎ始める。


 「エアマティサワラ・オアタグシネズン・アガガウィカリ・ホノメティカソン・エギジョヌオス・イェスキ・ヴァヴ……」


 詠唱の声に合わせて、紗愛が首に掛けている水晶の内の1つから黒ずみが消え、無色透明の水晶へと変化した。かと思うと今度はその隣の水晶の黒ずみが薄れ、同じように透明に変わる。

 紗愛の詠唱が進むにつれて水晶から黒ずみが失われていくことから、智慧理はあの黒ずみこそが溜めておいた魔力の正体なのだろうかと推測した。


 「エアマティサワラ・オアタグシネズン・アガガウィカリ・ホノメティカソン・エギジョヌオス・イェスキ・ヴァヴ……」


 水晶の半分が透明になった辺りで、紗愛の目の前の地面に巨大な玉虫色の亀裂が発生した。その亀裂は地面の岩肌が割れてできたものではなく、空間そのものが裂けているように見える。

 そして智慧理はそれと同じ玉虫色の亀裂を以前にも1度見たことがあった。カガリがザララジアの召喚を試みた際、空中に生じた玉虫色の亀裂の向こう側に、智慧理はザララジアの姿を見た。

 採石場に現れた亀裂が、それと同じものであるならば……


 「エアマティサワラ・オアタグシネズン・アガガウィカリ・ホノメティカソン・エギジョヌオス・イェスキ・ヴァヴ……」

 「ォォォォォ――」


 亀裂の向こう側から、角笛を鳴らすような雄叫びが聞こえてくる。

 その直後、無理矢理亀裂を押し広げるようにして、亀裂の中から黒い塊が飛び出してきた。


 「きゃっ!?」

 「ひゃわぁっ」


 突如出現した巨大な物体に面食らい、揃って悲鳴を漏らす智慧理と露華。

 現れた黒い塊の正体は、体高10mは下らないであろう巨大な怪物だった。

 怪物は8本の脚を持ち、左右の肩からは長くしなやかな触手が生えた、ヘラジカに似た姿をしていた。怪物の頭部には口はあるが目が無く、代わりに無数に枝分かれした枝角には合計10個ほどの眼球が備わっていた。


 「これが、ヴァヴ……?」


 智慧理は怪物の巨体を見上げて呆然と呟く。


 「もう怪獣だよ……」


 その怪物は智慧理がこれまでの人生で実際に目にした生物の中で最も巨大だった。これだけの巨体を持つ怪物がもし街中に現れていたらどれだけの被害が出ていただろうかと考えると、智慧理は背筋が寒くなった。


 「ォォォォォ――」


 怪物は顔を上げると、夜空に向かって角笛のような咆哮を響かせる。

 するとその咆哮は大気を揺るがす衝撃波となり、智慧理達3人を襲った。


 「きゃあっ!?」


 最も近くで衝撃波を受けた紗愛が激しく後方へと吹き飛ばされる。


 「紗愛先輩っ!?」


 飛ばされた勢いそのままに採石場の岩肌に激突すれば大怪我は避けられない。智慧理は紗愛を受け止めるべく飛び出そうとしたが、それよりも先に露華がパチンと指を鳴らした。

 露華のフィンガースナップと同時に紗愛が吹き飛んだ先に廻廊が出現、紗愛の体は廻廊の中へと消える。

 その廻廊の行き先は、露華の目の前に開かれたもう1つの廻廊に繋がっていた。


 「ふぎゅっ」


 廻廊から飛び出してきた紗愛が露華にぶつかり、2人は揉みくちゃになりながらゴロゴロと地面を転がっていく。

 露華は紗愛を受け止められる気でいたようだが、残念ながらそれを可能にする体幹は露華には備わっていなかった。

 しかし結果的に露華がクッションになったことで、紗愛が岩肌に激突して重傷を負う未来は避けられた。


 「いたた……ありがとう、鹿籠さん」


 体を起こしながら露華に感謝を伝える紗愛。


 「いえ~、お怪我無くてよかったです~」

 「助かったわ、ホントに……」


 立ち上がった紗愛は、土埃を払いながら怪物を睨みつけた。


 「智慧理、鹿籠さん。こいつがヴァヴで間違いないわ。後は頼んだわよ」

 「はいっ」

 「任せてください~」


 露華が再び指を鳴らして廻廊を生成する。

 ヴァヴの召喚に成功した場合、戦闘能力を持たない紗愛は廻廊を使って即座に避難する取り決めになっていた。紗愛は手筈通りに廻廊へと飛び込み、戦場から離脱する。


 「任されましたね~、智慧理さん」

 「うん、やるよ露華!」


 智慧理は両腕と両足を硬質化させ、全身から余剰生命力を滾らせた。


 「露華、私のことは気にしないでどんどん撃っちゃっていいよ!」

 「分かりました~」


 露華は指を鳴らし、空中に無数の廻廊を出現させる。廻廊はヴァヴの巨体を取り囲むように配置されていた。

 同時に露華の周囲にもいくつもの小さな廻廊が出現していた。それらの廻廊はヴァヴを包囲している廻廊と繋がっている。


 「エルカサム!」


 露華の呪文と同時に放たれた数十もの<死光線>が、一旦露華の周囲の廻廊の中へと消えていき、直後ヴァヴを取り囲む廻廊から再出現する。

 露華の攻撃に対しヴァヴは防御や回避の素振りを一切見せず、全ての<死光線>は余すところなくヴァヴへと命中した。


 「てやぁっ!」


 時を同じくして智慧理は飛翔し、地上10mを超える高度に位置するヴァヴの頭部へと肉薄していた。硬質化した右腕に余剰生命力を収束させ、上昇の勢いそのままにヴァヴの顎へと強烈なアッパーカットを叩き込む。


 「……あれ」


 だがヴァヴを殴りつけた拳からは、一切の手応えが感じられなかった。智慧理の拳が与えた衝撃の全てが、ヴァヴの皮膚に吸収されてしまったのだ。


 「効いてない……!?」


 通用しなかったのは智慧理のアッパーカットだけではない。露華の放った<死光線>もまた、充分な成果を上げたとは言えなかった。

 ウェンディゴの肉体を容易く消し飛ばすほどの威力を持つ<死光線>だが、ヴァヴに対しては軽い火傷程度の傷しか与えられていなかった。しかもそれらの傷はほんの数秒で癒えてしまう。


 「ォォォォォ――」


 しかし智慧理と露華の攻撃がヴァヴに通用しなかったからと言って、ヴァヴが何も感じなかったという訳では無いようだった。ヴァヴの唸り声からは怒りの感情が感じ取れる。

 そしてヴァヴの怒りの矛先が向いたのは、頭の近くで滞空している智慧理の方だった。ヴァヴの右肩から伸びている長い触手が鞭のようにしなったかと思うと、音速を遥かに超える速度で智慧理に襲い掛かる。


 「マズ、っ……」


 智慧理の動体視力は辛うじて触手の軌道を捉えたが、どう足掻いても回避は間に合わない。智慧理はせめて硬質化している腕で触手を受けようと防御姿勢を取る。


 「ぐぅっ!?」


 しかし硬質化した腕での防御が無意味に思えるほどに、触手の威力は絶大だった。衝突時の衝撃は智慧理の体内を悉く破壊し、智慧理は目や鼻や口から出血しながら弾丸のような速度で吹き飛ばされる。


 「智慧理さん!?」


 露華が驚いている間に智慧理は数百m先の岩壁に激突し、岩壁にクレーター状の窪みが生じる。

 常人であれば間違いなく全身がぺしゃんこに潰れて赤いシミに成り果てていただろうが、智慧理の肉体は辛うじて原形を留めていた。


 「げほっ、ごほっ」


 咳と同時に血の塊を吐き出す智慧理。


 「ぅあ~……体の中ぐちゃぐちゃになってる感じがする……」

 「智慧理さん、大丈夫ですか!?」


 智慧理の側に廻廊が開き、中から慌てた露華が現れる。


 「ひゃわっ!?智慧理さんぐちゃぐちゃです!?」

 「あはは……ごめんね、グロいとこ見せちゃって……」

 「智慧理さん死んじゃイヤです~!」

 「大丈夫大丈夫、死なない死なない」


 智慧理の言葉は決して気休めではなく、実際バラバラ死体1歩手前の智慧理の肉体は生命力増幅機能によって復元されつつあった。


 「それよりも……あれ、どうしよっか」


 智慧理はこちらへとゆっくり歩いてくるヴァヴに視線を向け、自嘲するような笑顔を浮かべた。


 「私のパンチも露華のビームも聞いてなかったよね……?」

 「ですね~……」


 ヴァヴの討伐。その糸口は全くと言っていいほど掴めていなかった。

次回は9日に更新する予定です

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