31.災厄の予言
「紗愛先輩、捕まえてきましたよ~」
山間にあるペンション風の紗愛の拠点。その玄関の扉を、智慧理は友達の家に遊びに来たような気軽さで開いた。
智慧理の左手には気絶したウェンディゴが引き摺られている。そのウェンディゴは尋問するために智慧理が生け捕りにした個体だ。
「紗愛せんぱ~い?」
玄関に入ったところで智慧理がもう1度名前を呼ぶと、廊下の奥から紗愛が小走りで姿を現した。
「お帰り智慧理。いや、お帰りでもないか」
「お帰りはなんか違いますね」
紗愛は智慧理が引き摺っているに視線を落とした。
「……もうちょっと丁寧な運び方無かった?」
「だって嫌ですもん、ウェンディゴをお姫様抱っことか」
「だとしても肩に担ぐとかあったでしょうに……まあいいけど。地下に運んでくれる?」
「は~い」
流石に家の中までウェンディゴを引き摺って運ぶのは気が引けるということで、智慧理は紗愛に言われたようにウェンディゴを肩に担ぎ上げた。
このペンション風の拠点の地下室は一応食料貯蔵庫という名目なのだが、食料など米1粒すらも置かれておらず、智慧理の知る限り尋問にしか用いられていない。実情としては拷問部屋と化していた。
「わっ!なんかすごいの置いてある!」
智慧理が地下室に下りると、そこにはいわゆる拘束衣が用意されていた。袖が袋状になっておりいくつものベルトが取り付けられたそれは、1度着せられれば自力で脱ぐのが不可能な代物だ。
「人間なら適当に縛ればそれで済むけど、今回は相手がウェンディゴだからね。厳重に拘束しとくに越したことは無いわ」
智慧理が床に下ろしたウェンディゴに、紗愛は手際よく拘束衣を着せ始めた。智慧理も手伝おうかと思ったが、拘束衣の着せ方がさっぱり分からなかったので傍観に徹した。
「……よし、と」
ウェンディゴに拘束衣を着せ終えた紗愛が満足気に頷く。しかしそれを見ていた智慧理は、ウェンディゴの拘束に対して一抹の不安を抱いた。
「紗愛先輩。ウェンディゴってたまに魔術使えるのがいますけど、このウェンディゴが魔術使えるやつだったら脱出されちゃったりしませんか?」
「大丈夫よ、この拘束衣は対魔術師用のアーティファクトだから。これを着せられたら魔術は使えないわ」
「……なんか紗愛先輩、アーティファクトって言えば何を後出ししても許されると思ってませんか?」
「そんなこと言っても持ってるんだからしょうがないじゃない。そもそもそういうアーティファクト作るのが私の本領だし」
そう言いながら紗愛は懐から、乳白色の液体で満たされた小瓶を取り出した。
「あっ、それ自白剤ですか?」
「そうよ、よく覚えてたわね」
紗愛は気を失っているウェンディゴの口を左手を使って無理矢理開かせ、そこに自白剤を少量流し込んだ。
「えっ、もう使っちゃうんですか!?」
智慧理が驚いたのは、紗愛は以前の尋問ではいきなり自白剤を使うようなことはしなかったからだ。
自白剤は服用させることでどのような質問にも答えさせることができるアーティファクトだが、使用量を間違えれば精神に不可逆的な影響を及ぼす危険性がある。そのため紗愛は自白剤については最終手段のように扱っていたはずだった。
「ウェンディゴに限った話じゃないけど、邪神眷属なんて大抵邪神の狂信者みたいなものだから。多少痛めつけたところで口を割らないのは分かり切ってるもの」
「でも自白剤って量を間違えると頭がダメになっちゃうんじゃなかったでしたっけ?」
「一応前に使った時のデータを基に分量を調節してるから大丈夫だと思うわ。でももしダメだったら智慧理にまた新しいウェンディゴを捕まえてきてもらうしか無いわね」
そう話している間に、紗愛は自白剤の投与を終えた。
「これでよし、と。智慧理、そのバケツ使ってウェンディゴ起こしてくれる?」
部屋の隅に置かれたバケツには、既に水がなみなみと満たされていた。その準備の良さに智慧理は感心する。
「じゃあやっちゃいますよ~」
「派手にやっちゃって」
智慧理はバケツを軽々と持ち上げると、
「そりゃっ」
中の水を盛大にウェンディゴ目掛けてぶちまけた。
「ぐおっ!?」
冷たい水を一気に浴びせられたことで、ウェンディゴは意識を取り戻した。
「おはよう。気分はどう?」
「あ……?」
紗愛の呼び掛けに顔を上げるウェンディゴだが、その瞳は朦朧として焦点が定まらない。事前に投与した自白剤の効果が如実に表れている様子だ。
「今からあなたにいくつか質問するから、それに答えてもらうわ」
「……分かった……」
拘束されている状況に困惑したり暴れたりすることも無く、従順に紗愛に従うウェンディゴ。薬の効果だとは分かっているが、智慧理には従順なウェンディゴというのが気味悪く思えた。
「最近あなた達ウェンディゴは、この御伽原に狩りに来る回数が増えてるわよね?」
「……ああ」
「その理由を教えて」
「……ヴァヴ様のためだ」
それを聞いて智慧理はピクリと眉を動かした。ヴァヴという名前を、智慧理は以前にもウェンディゴの口から聞いた覚えがある。
「ヴァヴ様っていうのは何?」
「……ヴィズビオン様の新たな御子様。それがヴァヴ様だ」
「邪神ヴィズビオンの子供ってことね。それはヴィズビオンから剥離した肉体の一部が変化した存在って認識で合ってる?」
「……そうだ」
ウェンディゴが「ヴァヴ様」と呼ぶ存在は、魔術師の手記では「ストレイ」と名付けられていた怪物と見て間違いない。
「そのヴァヴ様とやらは、あなた達の狩りの回数が増えたこととどう関係してるの?」
「……ヴァヴ様にはより多くの肉が必要なのだ。我々が10日生きられるほどの肉を、ヴァヴ様は1日で召し上がる。故に我々はより多くの肉を我々の森へと持ち帰らねばならぬのだ」
ウェンディゴが語った内容は、紗愛の推測とほぼ一致していた。やはりウェンディゴの出現の増加は、上位眷属の誕生が原因だったのだ。
「紗愛先輩の予想、正解だったみたいですね」
智慧理が紗愛の耳元で囁き、紗愛もそれに頷き返す。
「だが……」
紗愛が新たな質問をする前に、ウェンディゴが更に言葉を続ける。
「近頃の狩りはまるで上手くいっていない。ヴァヴ様が生まれてから、この街へ狩りに出て柔らかい肉を持ち帰ることに成功した同胞は限りなく少ない。それどころか、ほとんどの同胞は狩りへ出たきり我々の森へは戻ってこなかった」
ウェンディゴが焦点の合わない目で智慧理と紗愛を睨みつける。
「もしや……原因はお前達か?」
ウェンディゴのその予想は的を得ていた。彼らの狩りが上手くいかない原因は、間違いなく智慧理達にある。
智慧理はその感知能力によって御伽原に現れたウェンディゴを余すことなく見つけ出し、そしてその全てを殺害している。狩りに出たウェンディゴが帰還しないのも当然だ。
「だったらどうするの?」
紗愛はウェンディゴの問い掛けを否定せず、その上でウェンディゴに挑発的な言葉を返した。
「ふふ……ふふふふ……」
するとウェンディゴは体を揺らして不気味な笑い声を上げ始める。
「……紗愛先輩、自白剤ちょっと効きすぎちゃったんじゃないですか?」
「かもしれないわね。分量間違えたかしら……」
ひそひそと話し合う智慧理と紗愛。しかしウェンディゴは自白剤の過剰投与でおかしくなった訳では無かった。
「我々の狩りを阻んでいるのがお前達なら……お前達は選択を間違えた」
「……何が言いたいのよ」
不穏なことを言い出したウェンディゴに、紗愛の表情が険しくなる。
「我々が長らく柔らかい肉を持ち帰れていないせいで、ヴァヴ様は飢えていらっしゃる。このままではいずれ我々はヴァヴ様の怒りを買い……そしてヴァヴ様は自ら糧を求めてこの街へと顕現されるだろう」
「何ですって!?」
「既にヴァヴ様は飢えによる怒りで我々の同胞を手に掛け始めている……時は近いぞ、柔らかい肉共。もうじきこの街はヴァヴ様に蹂躙される」
そう言ってウェンディゴは狂ったように高笑いした。
「……智慧理、もう聞きたいことは聞き終わったわ」
「えっ?」
「始末して」
「は、はいっ」
智慧理は左手にヘリワードを召喚し、銃口をウェンディゴの額に向けた。
「素直に情報提供してくれたお礼に、痛くないように殺してあげます」
智慧理が引き金を引くと、放たれたビームが一瞬にしてウェンディゴの頭部を貫通した。智慧理の宣言通り、痛みを感じる暇もないほどの即死だ。
「よいしょっと」
続いて右手にオズボーンを召喚し、その刃をウェンディゴの死体に突き立てる。
「紗愛先輩」
「ん?」
「このウェンディゴが言ってたことって、そんなにマズいんですか?」
オズボーンに体液を吸い上げられたウェンディゴが徐々にミイラ化していく傍ら、智慧理は紗愛にそう尋ねた。
もうじきヴァヴが御伽原に顕現するという話を聞いてから、紗愛はずっと表情を強張らせている。それだけヴァヴの顕現という事象が危険であるということなのだが、智慧理には今ひとつ具体的な危険度がピンと来ていなかった。
「はっきり言ってかなりマズいわ。ヴァヴは多分ヴィズビオンの系譜の上位眷属で、上位眷属ってことは単純に考えると少なくともカガリと同じくらいの戦闘能力を持ってるってことになるでしょ?」
「はい」
「っていうことは普通に街1つくらいは壊せる訳よね」
「あ~確かに」
炎の司教カガリは、御伽原全域を火の海に変えてしまうほど強力な炎の能力を有していた。そのカガリと同じ上位眷属という位階に属するヴァヴが、カガリと同じように街を壊滅させるほどの能力を持っていても不思議ではない。
「そしてそれより質が悪いのは、ヴァヴがウェンディゴと同じ能力を持ってる可能性が高いことよ」
「ウェンディゴの能力?そんなのありましたっけ」
「あるじゃない、影を介してこの街に来る能力が」
「あ~!ありましたね」
ウェンディゴは影を介して自分達の次元と地球を行き来することができる。しかしこの能力が戦闘で用いられることはないので、智慧理はすっかりその能力を失念していた。
「ウェンディゴと同じことがヴァヴにもできるとしたら、ヴァヴはこの街の影がある場所ならどこにでもいつでも顕現できるってことになるわ。それこそ病院とか小学校とかにもね」
「……最悪ですね、それ」
智慧理はその光景を想像し、顔を顰めてそう吐き捨てた。
「ええ、最悪よ。だからヴァヴの顕現は絶対に阻止しなきゃいけないんだけど……」
「けど?」
「……はっきり言って、顕現を阻止する方法なんて全く思いつかないわ」
「えええっ!?」
驚いた智慧理の声が地下室中に反響し、2人は少し耳が痛くなった。
「えっ、で、できないんですか!?魔術でなんかこう上手いことできたりしないんですか!?」
「できないわね~……そんなことができるならとっくにこの街からウェンディゴが根絶されてるわね……」
「た、確かに……!」
ヴァヴの顕現を阻止できるのならウェンディゴの出現も阻止できるはずで、逆に言えば現在ウェンディゴの出現が阻止できていないことがヴァヴの顕現を阻止できないことの証明になる。
「でも、じゃあどうするんですか?」
「……ごめん、今は何も思いつかない。だから明日のお昼まで時間をちょうだい、それまでに何か考えてみせるから」
「わ、分かりました」
ヴァヴへの対処は明日の宿題ということで、この夜は重苦しい空気の中解散の運びとなった。
一夜明けた翌日の昼休み。智慧理は紗愛に呼び出されて学園の屋上にやってきた。
「紗愛先輩、何か思いつきました?」
「一応はね。あんまり良いやり方とは思えないけど……」
内容を聞く前から不安になるようなことを言う紗愛。一体どんなアイデアを言い出す気なのかと智慧理は身構えた。
「色々考えたけど、やっぱりヴァヴの顕現自体を防ぐのは難しいわ。だから発想を変えて、どうやったらヴァヴが顕現した時の被害を抑えられるかっていうのを考えてみたの」
「お~、なるほど」
「そうなるとまず絶対に避けたいのは、ヴァヴが顕現した時点で人的被害が出ちゃうパターンね。手記に出てきたストレイはかなり大きいから、ヴァヴも同じくらいの大きさだとすると、顕現に巻き込まれて圧死する人が出かねないわ」
「手記のストレイってどれくらい大きいんでしたっけ?」
「高さ5mくらいの肉塊から変化したって書いてあったから、少なくとも5mよりは大きいんじゃない?」
「あ~死ねますね、確かに」
高さ5mの肉塊。人間が圧死するには充分だ。
「ヴァヴの被害を完全に防ぐためには、近くに人がいない安全な場所にヴァヴが顕現した上で、ヴァヴが人間を襲う前にヴァヴを殺すなり追い返すなりしないといけないってことね」
「でもそんなことできますか?ヴァヴがどこに出てくるかも分からないのに……」
「そう、そこよ」
紗愛は智慧理の鼻先にビシッと人差し指を突き付けた。
「最大の問題はヴァヴがどこに顕現するか分からないことだわ。逆に言えばその問題さえどうにかできれば、ヴァヴの被害をゼロに抑えるのが現実的になってくると思うの」
「そこまで言うってことは、どうにかする方法があるんですか?」
「ええ。ヴァヴが自分からこの街に顕現するよりも先に、私達でヴァヴを召喚すればいいのよ」
紗愛が提唱した作戦に、智慧理は目を丸くした。
次回は5日に更新する予定です




