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29.黄昏時の異変

 「智慧理!この後予定ある?」


 ホームルームが終わって帰り支度をしている智慧理に、睦美がそう声を掛けてきた。


 「この後?何も無いよ」

 「じゃあさじゃあさ!一緒にマニレコ行かない?」


 マニレコ、正式名称マニアレコード。全国展開している大手のCDショップチェーンで、智慧理も地元の店舗に何度か行ったことがある。


 「御伽原のマニレコってどこにあるんだっけ?」

 「駅前広場から少し行ったところだよ」

 「あ~……あったね」


 駅前広場を少し行ったところというと、以前狂言放火の舞台となった紗愛が経営するゲームセンター「ダイナステーション」の近くだ。智慧理はその近くでマニレコの看板を目にした記憶を朧気に思い出した。


 「今日発売のCDがあるから買いに行きたいんだけど、ほら、1人で買い物行くと寂しくて泣きそうになるでしょ?」

 「そう……?」

 「だから智慧理と一緒に行きたいな~って。ダメ?」

 「いいよ、一緒に行こ」


 智慧理は教材を詰め終えた鞄を手に取って立ち上がる。すると後ろの席の露華の姿がふと目に留まった。


 「……露華も一緒に行く?」

 「えっ?」


 智慧理が声を掛けると、露華は驚いた様子で顔を上げる。その額に貼られた冷却シートは、体育の授業でボールをぶつけた箇所を冷やすためのものだ。


 「睦美、露華も一緒でもいいでしょ?」

 「もちろんいいよ!露華ちゃん!露華ちゃんも一緒にマニレコ行かない?」

 「まにれこ……はい、ご一緒させていただけるなら行きたいです~」


 という訳で智慧理と睦美と露華の3人でマニレコに向かうことになった。


 「行く前に自転車取ってきてもいい?」

 「うん。てか一緒に駐輪場行こうよ」


 まずは智慧理の自転車を取りに駐輪場までやってきた3人。


 「ねぇねぇ、露華ちゃんってどうやって学校来てるの?」


 智慧理が自転車を取り出している間に、睦美が露華にそう尋ねた。


 「自転車じゃないんだよね?電車?バス?それとも徒歩?」


 その質問は智慧理も少し気になったので、自転車のチェーンを外しながら聞き耳を立てる。


 「私はですね~、学園には廻廊で来てます~」

 「えっ、何?カイロ?」

 「露華ちょっとこっち!」


 智慧理は自転車を放り出し、露華の首根っこを掴んで迅速に物陰へと引きずり込んだ。


 「ちょっと露華!睦美になんてこと言ってるの!?」

 「睦美さんに廻廊の話しちゃダメでしたか~?」

 「ダメだよ!睦美は魔術とか邪神眷属とかのこと知らないんだから!」


 すると露華は心底不思議そうに首を傾げる。


 「睦美さんは智慧理さんの1番のお友達なのに、智慧理さんは自分がヒーローだって睦美さんにお話してないんですか?」

 「……痛いとこ突くね」


 智慧理は巷で話題のブラックエンジェルの正体が自分だということを、未だに睦美には告白していない。


 「どうしてお話してないんですか?」


 露華の純真な視線が智慧理の罪悪感を刺激する。智慧理も友人に隠し事をしていることに負い目が無い訳では無いのだ。

 しかし智慧理が隠しているのにも一応の理由はあるのだ。


 「最初の頃は別に言ってもいいかなって思ってた時期もあるんだけど……睦美がブラックエンジェルの友達だってことが邪神眷属とか魔術師とかに知られたら、睦美が危ない目に遭わされるかもしれないでしょ?」


 智慧理と違って睦美はただの女子高校生だ。邪神眷属や魔術師に身柄を狙われたら、睦美はそれに抵抗する力を持たない。

 だからこそ智慧理は、睦美のことはできるだけ御伽原の街の裏に潜む脅威から遠ざけたかった。


 「だから睦美には変身した私のことは内緒にしてくれる?」

 「分かりました~」

 「それと多分露華が思ってるほどこの街で魔術はメジャーじゃないから、睦美に限らずあんまり魔術の話はしない方がいいと思うよ」

 「そうなんですね~?知りませんでした~」


 何故露華に大学卒業相当の知識を与えておきながら、一般常識に関する知識を与えておかなかったのか、智慧理はまだ見ぬ露華の「パパ」を問い詰めたい気分だった。


 「ねぇ、何の話してるの?」


 ここで1人取り残されていた睦美が、痺れを切らして2人のところにやって来た。


 「露華ちゃん、さっき言ってたカイロがどうとかってどういうこと?」

 「そ、それは~、えっと~……」


 どうやって誤魔化したらいいですか、と露華が視線で智慧理に助けを求める。


 「や、やだな~露華、海路で学園に来てるだなんて。ベネチアじゃないんだから、船で学園まで来れる訳ないでしょ~?」

 「あっ、ジョークだったの?ごめんね露華ちゃん、私分からなくて」

 「い、いえ~。分かりづらかったですよね~」


 かなり苦しい言い訳だったが、睦美はすんなりとそれを受け入れた。どうにか誤魔化せたことに智慧理はこっそりと胸を撫で下ろす。


 「……あれ、結局露華ちゃんどうやって学校来てるの?」

 「歩いて来てます~」


 睦美の疑問も解決したところで、一行は学園を出発した。自転車を持っているのが自転車だけなので、移動は勿論徒歩だ。


 「そう言えば睦美、欲しいCDって誰の?」


 マニレコへ向かう道すがら、智慧理は雑談がてら睦美に質問する。


 「新田レイラちゃんってアイドルなんだけど、智慧理知ってる?」

 「新田……?ちょっと聞いたことないかも」

 「露華ちゃんは?」

 「ごめんなさい、分からないです~」


 智慧理と露華は揃って眉尻を下げた。


 「アイドルってことはどこかのグループに入ってる人?」

 「ううん、ソロでやってる子。この子なんだけど」


 睦美はスマホの画像フォルダからそのアイドルの顔写真をピックアップし、智慧理と露華に見せた。


 「わぁ、美人さんですね~」


 露華が感嘆の声を零す。

 宣材写真と思しきその画像に映っているのは、長く艶のある黒髪が特徴的な、智慧理達より少し年上の清楚な美少女だった。水色のドレス風の衣装を身に纏っており、本人の清楚な雰囲気も相まってまるでお伽話のお姫様のようだ。

 智慧理も口にこそ出さなかったが、内心では露華と同じくその美しさに感心していた。


 「レイラちゃんはね、御伽原のご当地アイドルなの!一昨年くらいから活動してるんだけど、最近は御伽原以外でも少しずつ人気が出て来て、たまに全国ネットの番組にも出演してたりするんだよ!」


 睦美は目を爛々と輝かせ、新田レイラのことを智慧理と露華に説明……否、布教し始めた。


 「レイラちゃんは『お伽話からこんにちは!』がキャッチフレーズのメルヘンお姫様系アイドルなの!今日発売の新曲も合わせてこれまで4枚CD出してて、私のオススメはデビュー曲の『えたにてぃ☆いばらんランド』!」

 「えた……何?」

 「ちょっと聞いてみて!」


 睦美がスマホにつなげたイヤホンを智慧理と露華に向かって差し出す。2人は戸惑いつつも睦美からイヤホンを受け取り、それぞれ片耳に装着した。


 「どう?どう?」

 「えっ……と……」


 智慧理は言葉に詰まった、

 「えたにてぃ☆いばらんランド」なるその曲は、いわゆる電波ソングと呼ばれるような類のものだった。

 歌詞の内容を要約すると「彼のことが大好きすぎるあまり閉じ込めてしまいたくなる」という少し暗めの恋愛ソングだ。だがその内容に反してポップ過ぎる曲調と、歌詞の中で頻出する「にゃもにゃも」「きゅむきゅむ」などの聞いたことの無いような擬音が、曲全体を非常に難解なものに仕上げていた。

 曲を歌う新田レイアの声はアニメキャラのような可愛らしい高音ボイスだが、無理をして声色を作っていることが隠し切れていない。更に言うと声の節々から、新田レイア自身も歌詞に戸惑っているような気配が感じられる。


 「何ていうか……あんまり聞いたことないタイプの曲かも」


 この曲を好悪に分類することは不可能と判断し、智慧理は「聞いたことが無い」という事実だけを感想として出力した。


 「私、アイドルソングを聞いたの初めてです~。こういうのがアイドルなんですね~」


 赤ん坊並みに無垢な存在である露華は、アイドルソングに対する誤った認識を持ちかけていた。


 「レイアちゃんの曲ってどれもこういう感じなんだけど、やっぱりデビューしたての1番最初の曲が1番無理してる感があって萌えるんだよね~」

 「えっ、無理してるのがいいの?」

 「そうなの!レイラちゃんってね、メルヘンキャラで売り出してるけど、実はすっごくお淑やかで、ホントのお姫様みたいな性格の子なの!そんなレイラちゃんが何言ってるんだか分からない変な曲を慣れないアニメ声で一生懸命頑張って歌ってるそのぎこちなさがもうたまんないの!」

 「何言ってるんだか分からない変な曲って言っちゃったよ」


 仮にも応援しているアイドルの持ち歌に対してあんまりな言い草である。


 「っていうか普通アイドルって『曲が好き』とか『ダンスが上手』とか『顔が可愛い』とかの理由で推すものじゃないの?何『変な曲を一生懸命歌ってるところがたまんない』って。そんな理由でアイドル推す人いる?」

 「レイアちゃんのファンはみんな大体私と同じ理由で推してるよ?」

 「変なファンコミュニティ」


 智慧理はファンに屈折した応援の仕方をされている新田レイアに同情を禁じ得なかった。


 「今日発売した新曲は『すかい好くれい☆ぷりんせすっ!』っていうんだけど、この曲はセントラルタワーとのタイアップソングなの!レイアちゃんこの間、セントラルタワーの宣伝大使になったんだよ!大抜擢!」

 「そ、そうなんだ……ちなみにそのスカイ何とかっていうのはどういう曲なの?」

 「『すかい好くれい☆ぷりんせすっ!』ね。恋する女の子が大好きな彼に振り向いてもらうために、超高層ビルのオーナーに成り上がるっていう恋愛ソングだよ!」

 「すごい世界観……」


 超高層ビルオーナーという肩書が彼を振り向かせるにあたってどのように生かされるのか、智慧理は少し興味が湧いてきた。


 「それでね、御伽原のマニレコで『すかい好くれい☆ぷりんせすっ!』の初回限定版のCDを買うと、来週末にやるレイアちゃんの握手会のチケットが貰えるの!私ここ1ヶ月くらいレイアちゃんのイベントに参加できてなかったから、握手会すっごく楽しみなんだ~!」

 「……そんなに好きなんだね、新田レイアちゃん」

 「うん!大好き!」


 屈託のない笑顔でそう言い放つ睦美。その表情を見ていると、睦美の友人として智慧理の中でむくむくと新田レイアへの対抗心が湧いてきた。そんな筋合いは全く無いのだが。


 「じゃあさ、新田レイアちゃんとブラックエンジェルだったらどっちが好き?」

 「ええっ!?」


 何の脈絡もないその質問に、睦美は体を仰け反らせるほど驚いた。


 「ええ~どっちだろう……前から好きだったのはレイアちゃんの方だけど……でもこの前満腹フェスで私のこと助けてくれたブラックエンジェルすっごくカッコよかったしなぁ……」


 頭を抱えて唸り声を上げながら悩み始める睦美。悩むということは睦美の中で新田レイアとブラックエンジェルが拮抗しているということなので、この時点で智慧理はもう大方満足だった。


 「う~ん……う~~~ん……!」

 「あっ、睦美。マニレコ着いたよ」


 結局睦美が優劣をつけられないままに、一行は目的地に到着した。

 店内に入るや否や、睦美が一目散にアイドルコーナーに向かって歩き始め、智慧理と露華は慌ててその後を追う。


 「あっ!あった!」


 目的のCDを発見した睦美は、声を1オクターブ高くしながら小走りで棚へと近付いていく。

 御伽原のご当地アイドルというだけあって、新田レイアのCDはきちんと専用のコーナーを作って陳列されていた。


 「売り切れちゃってなくてよかった~!」


 睦美が手に取った初回限定版のCDのジャケットには、セントラルタワーを背景にした新田レイアの写真が使用されている。

 智慧理が手持無沙汰に新田レイアの笑顔を見つめていると、不意に道中で聞いた「えたにてぃ☆いばらんランド」のメロディーが脳裏に蘇ってきた。

 そして智慧理の心に奇妙な欲求が芽生えてくる。


 「……私も買ってみようかな、新田レイアちゃんのCD」

 「えっ!?」


 睦美が驚愕と歓喜が半々の表情で智慧理を振り返る。


 「智慧理も買うの!?」

 「うん、なんか……欲しくなっちゃった」

 「じゃあさじゃあさ、折角だから智慧理も初回限定版買おうよ!握手会のチケットも付いてくるし!それで握手会も一緒に行こ!」

 「そ、そうだね」


 睦美から半ば押し付けられるようにしてCDを受け取る智慧理。


 「智慧理さんも買うんですか~?それなら私も欲しいです~」

 「露華ちゃんも買ってくれるの!?」

 「はい~、3人お揃いにしましょ~」


 露華はCDが欲しいというより「友達と同じものを持っていたい」という雰囲気だったが、それでも購入者が増えて睦美は嬉しそうだった。


 「じゃあレジ行こ!早くしないと売り切れちゃう!」

 「もう自分の分は持ったから大丈夫じゃない……?」


 3人はレジに移動し、各々CDを購入して握手券のチケットを受け取った。


 「はぁ~買えてよかった」


 睦美が満足気に息を漏らしながらCDを鞄に仕舞う。


 「この後どうする?折角駅前まで来たしちょっとお茶していく?」


 睦美のその提案に智慧理が頷きかけたその時。


 「っ、ごめんちょっとお手洗い行ってくる!」

 「私も行ってきます~」


 智慧理と露華がほぼ同時に店内のトイレに向かって走り出す。


 「えっ!?ふ、2人ともなの!?だ、大丈夫……?」


 1人残された睦美が困惑しながら2人の背中を見送る。


 「まさかこんな時間に邪神眷属が出るなんて……!」


 智慧理が口の中で小さく呟く。

 智慧理も露華も本当にトイレに行きたくなった訳ではない。2人が突然走り出したのは、邪神眷属の気配を感知したためだ。


 「智慧理さん、私の廻廊で行きましょう~」

 「ありがと、助かる!」


 トイレに駆け込んだ2人は、他に利用者がいないことを念入りに確認する。


 「廻廊を開きます~」


 露華のその言葉と同時に、トイレ内に高さ2m弱の空間の裂け目が出現した。


 「これをくぐれば、邪神眷属の近くまで行けると思います~」

 「ホント助かる!ありがと!」


 開かれた廻廊にまずは智慧理が飛び込み、すぐに露華もそれに続く。


 「わああああっ!?」


 次の瞬間2人の耳に飛び込んできたのは、子供達の悲鳴だった。




 「智慧理さん、あそこ!」


 いつになく緊迫した声を上げる露華。伸ばした指の先では、下校中と思しき小学生のグループが悲鳴を上げながら必死で走っている。

 その小学生達のすぐ後ろには、枝角を持つ怪物達の姿があった。


 「ウェンディゴ!?こんな時間に……!?」


 まだ陽が落ちていない夕方にウェンディゴが出現していることに、智慧理は驚きを露わにする。

 小学生達はウェンディゴから逃れようと懸命に足を動かしているが、子供の足でウェンディゴを振り切れるはずもない。


 「やだあああっ!」


 1番後ろを走っていた低学年の男の子がウェンディゴに捕まってしまう。


 「智慧理さん、早く助けましょう!」

 「うん!」


 智慧理と露華は持っていた鞄を近くの茂みに放り投げる。


 「変身!」

 「へ~んしんっ!」


 智慧理の足元からは黒い旋風が、露華の足元からは白い旋風がそれぞれ噴出し、2人の体を覆い隠す。

 そして智慧理は黒い天使の姿へ、露華は白い悪魔の姿へと、それぞれ変身を完了した。


 「うわああっ!?」「きゃああっ!?」「離せ!離せよ!」


 2人が変身している間にも、小学生達は次々とウェンディゴ達の魔の手にかかっていた。今や10人ほどいる小学生達は全員ウェンディゴの腕に捕らえられてしまっている。

 小学生を抱え、どこかへ去っていこうとするウェンディゴ達。


 「私が足止めします~!」


 露華がパチンと指を鳴らすと、ウェンディゴ達の周囲に無数の空間の亀裂が出現した。

 続いて祈るように両手を組み合わせる露華。以前に1度智慧理に披露した、廻廊と魔術を組み合わせた一斉攻撃を仕掛ける算段だ。


 「エルカ――」

 「待って露華!」

 「むぐっ!?」


 呪文を唱えようとした露華だったが、その口を智慧理の右手が塞いだ。


 「ビームはダメ。小学生に当たったら大変なことになるから」

 「ぷはっ!でも、それならどうすれば……」

 「直接ぶん殴ろう。多分その方があの子達の危険が少ないと思う」


 言うや否や智慧理はウェンディゴ達に向かって走り出す。


 「待てぇぇぇっ!!」


 ウェンディゴ達の注意を引くべく大声を上げると、思惑通りウェンディゴ達は一斉に智慧理を振り返った。


 「その子達を離しなさぁぁい!!」


 智慧理は最も近くのウェンディゴに対してスライディングで足払いを仕掛ける。


 「ぐあっ!?」


 不意を突かれたウェンディゴは為す術無く足を払われて姿勢を崩す。ウェンディゴが完全に転倒する前に、智慧理は鮮やかな手捌きで捕まっていた小学生を奪還する。


 「大丈夫?怪我してない?」

 「う、うん……お姉ちゃん、もしかしてブラックエンジェル?」


 助け出された高学年の女の子は、呆気に取られた表情で智慧理にそう尋ねる。


 「そうだよ。他の子達もお姉ちゃんが絶対に助けるから、あなたは早くここから逃げて」

 「で、でも……」

 「大丈夫だから、お姉ちゃんを信じて」

 「……うん、分かった!頑張ってねブラックエンジェル!」


 女の子は智慧理の指示に従って走り去っていった。


 「何だお前は!?」「柔らかい肉だ」「供物が逃げたぞ」「こいつのせいだ」「代わりにこいつを供物にしよう」


 折角捕まえた小学生1人逃がされたことで殺気立つウェンディゴ達。


 「ぐっ……何なんだお前は……!?」


 転ばされたウェンディゴも体を起こし、血走った目で智慧理を睨みつけた。


 「アポート」


 智慧理はウェンディゴ達に言葉を返すことなく淡々とオズボーンを召喚し、転ばせたウェンディゴ目掛けて投げ付けた。


 「っ、ぎゃあああっ!?」


 オズボーンは見事にウェンディゴの左胸に突き刺さり、呪詛で増幅された苦痛によってウェンディゴが絶叫を上げる。

 しかしその叫びが続いたのは数秒のこと。すぐにウェンディゴは物言わぬ死体となった。


 「なっ!?」


 仲間の死を目の当たりにして、他のウェンディゴ達に一瞬動揺が走る。そしてその一瞬の隙を見逃す智慧理ではない。

 ミイラ化し始めているウェンディゴの死体から素早くオズボーンを抜き取った智慧理は、そのまま正面にいたウェンディゴの右腕を斬り飛ばした。

 身の毛もよだつような悲鳴を上げるウェンディゴ。そのウェンディゴが取り落とした男の子を、地面と激突する前に智慧理が抱き留めた。


 「君も逃げて!早く!」

 「う、うう……!」


 まだ低学年のその男の子は恐怖のあまりほとんど放心状態になっていたが、そのおかげで智慧理の強い口調での指示には従順に従ってくれた。大粒の涙を流しながら先程の女の子と同じ方向に走っていく。


 「よっ、と」

 「が、ぁ……」


 智慧理は腕を失ったウェンディゴの喉にオズボーンの刃を突き立て、その息の根を止める。


 「さて、どうしますか?そんなお荷物抱えたままじゃ、私に皆殺しにされますよ?」


 智慧理は死んだウェンディゴをこれ見よがしに蹴り飛ばし、他のウェンディゴ達を挑発する。


 「柔らかい肉風情が」「だがこいつは厄介だ」「まずはこいつを殺そう」「供物はこいつを殺してからまた集めればいい」


 智慧理の口車に乗ったウェンディゴ達が次々と小学生を手放し始める。解放された小学生は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 「……掛かりましたね、ば~か」


 小学生が全員この場を離れたところで、智慧理はニヤリとウェンディゴ達を嘲笑った。


 「死に晒せ!」


 ウェンディゴ達にそう吐き捨てると同時に、智慧理は黒い翼をはためかせて上空へと離脱する。

 直後、


 「エルカサム!」


 露華のその声と同時に、ウェンディゴ達を包囲するように展開された無数の廻廊から、黄金色のビームが一斉に飛び出した。

 ビームはウェンディゴ達の体をあらゆる方向から貫き、ウェンディゴ達は断末魔すら上げる間もなく見るも無残な穴だらけの肉体へと変貌する。


 「ありがとう、露華」


 智慧理は露華のすぐ隣に着地する。


 「合わせてくれてよかった。考えてること伝わってなかったらどうしようかと思ってたから」

 「ちゃんと伝わりましたよ~」


 智慧理はウェンディゴ達が小学生を解放している時に、こっそりと露華にアイコンタクトを送っていた。タイミングを合わせてウェンディゴ達に一斉攻撃を仕掛けてほしいという智慧理の意図を、露華は見事に汲み取った。


 「さて、死体を処分……する前にちょっと血吸わせよ」


 智慧理はウェンディゴの死体にオズボーンを突き刺し、オズボーンに体液を吸収させた。無数のビームによって肉体のかなりの部分が失われてしまった死体には体液もあまり残っていないが、それでもオズボーンの強化の足しにはなる。


 「それにしてもおかしいよね」


 体液を吸い尽くされてミイラ化した死体を火葬器で処分しながら、智慧理は眉を顰めてそう切り出す。


 「おかしいっていうのは~……?」

 「ウェンディゴが夜じゃなくて夕方に出てきたこともそうだけどさ……このウェンディゴ達、捕まえた小学生を全員連れて帰ろうとしてたよね?」 

 「してましたね~」

 「捕まった子の中には男の子だっていたのに……」


 ウェンディゴの狩りの対象となるのは人間の女性のみで、男性や子供、人間以外の生物を自主的に襲うことはない。智慧理はそう教えられた。

 そのウェンディゴの生態を考慮すると、小学生達を連れ去ろうとしていたというのはかなり奇妙だ。女児だけを狙っていたのであればまだ分からなくもないが、ウェンディゴ達は明らかに男女問わず全員を連れ去ろうとしていた。


 「確かに、このウェンディゴ達は変わってましたね~」

 「ただこのウェンディゴ達が変わり者だったってだけなのか、それとも……変わったことをしなきゃいけないような理由があったのか。どっちなんだろうね?」

 「智慧理さんはどっちだと思いますか~?」

 「ん~……」


 一応考えてみる智慧理だが、智慧理が持っている貧弱な知識だけで正解など導き出せるはずもない。


 「私にはさっぱりだから、後で専門家に聞きに行こっか」

 「専門家……誰のことですか~?」

 「あ、そっか。露華はまだ会ったことないっけ。すっごく頼りになる私達の先輩だよ」


 智慧理の言葉に露華は不思議そうに首を傾げた。

次回は1日に更新する予定です

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