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28.人造人間の1日

 数学の授業中。智慧理はノートを取る傍ら、後ろの席の露華の様子をちらちらと窺っていた。というのも智慧理は露華の学力が気になっていたのだ。

 智慧理は昨夜、露華の正体が魔術によって作られた人造人間であり、生後3ヶ月しか経っていないということを教えられた。生後3ヶ月ということは、普通の人間なら首が座っているかどうかも怪しい時期である。

 露華の実年齢を知った今、智慧理が懸念しているのは、「露華って高校の授業付いていけるの!?」という点だった。


 「智慧理さん、どうかしましたか?」


 智慧理の視線に気付いた露華が囁き声でそう尋ねる。


 「あ、えっと……露華が可愛いなぁって思って」

 「ふふっ。何ですか?それ」


 可笑しそうに笑う露華。その隙に智慧理が露華のノートを盗み見ると、露華は機械のように綺麗な字で整然とノートを取っていた。きちんと要点が纏められている辺り、ただ黒板を丸写ししているという訳でもなさそうだ。


 「鹿籠さん、この問題解ける?」


 すると私語をしていたのが祟ったのか、数学教師が黒板に書いた因数分解の問題の解答者として露華を指名した。


 「解けます~」


 だが露華は動揺することなく席から立ち上がると、夜の散歩のときのような気軽な足取りで黒板に向かっていく。そしてチョークを手に取ると、スラスラと問題を解いてしまった。

 おお、とちらほらとどよめきが上がる。


 「正解。鹿籠さん頭いいね」

 「ありがとうございます~」


 露華は教師の称賛に軽く頭を下げると、そのまま笑顔で自分の席まで舞い戻った。

 智慧理は机の中から不要なプリントを取り出す。


 『なんで生後3ヶ月なのに因数分解できるの?』


 裏面に簡潔な文章を書き記し、プリントを小さく小さく折り畳む。そして智慧理は体を黒板に向けたまま、折り畳んだプリントをさりげなく後方に投げ、露華の机の上に落とした。

 教師の声に耳を傾けながら待つこと1分。後ろからプリントが投げ返されてくる。開いてみると智慧理の質問に対する露華の返答が書き込まれていた。


 『私は作られる過程で色んな分野に関する大学卒業程度の知識が脳に導入されてるんです』


 言い回しが若干固いが、要するに露華は生まれつき大学生と同じくらいの知識を持っているということだ。


 「……ずっる……!」


 激情に駆られてプリントをくしゃっと握り潰す智慧理。

 如何に邪神眷属と戦う力を持っていても、智慧理は人並みに学業に苦しむ高校生。勉強せずとも知識を備えている露華のことは、涙が出るほど妬ましいのだった。




 「お昼前に体育って悪意あるよね~」


 睦美が不平を零しながら、飛んできたバスケットボールをキャッチする。


 現在は4時間目の体育の授業。今日の種目はバスケットボールだ。智慧理のクラスは女子がちょうど20人いるので、5人ずつ4チームに分かれて順番に試合を行っている。ゴールを決められるか3回連続で試合をしたら次のチームに交代、というのがルールだ。

 睦美の言う通り最も空腹感の強まる4時間目に体育というのは中々悪意のある時間割だが、ローテーションで試合を行う形式上休憩時間もかなりあるので、授業自体は楽である。


 「智慧理~、パース」


 睦美がボールを無造作に智慧理へと放り投げる。それをキャッチした智慧理は、そのまま流れるようにボールを相手のゴールに向かって放り投げる。

 智慧理が投げたボールは見事な放物線を描きながら相手のゴールに吸い込まれ、そのままゴールネットを揺らした。


 「はいこうた~い」


 体育教師の号令で、ゴールを決められた相手チームが次のチームと交代する。

 すぐに次の試合が始まり、智慧理は自分チームのゴールの真下に移動した。


 「智慧理、お願い!」


 チームメイトの女子がドリブル中の相手チームからボールを奪うと、すぐさまそのボールを智慧理にパスする。

 智慧理はボールを胸で受け止めると、相手チームのゴール目掛けて右腕1本でボールを投げた。

 「ボールが回ってきたのでとりあえず投げてみました」と言わんばかりの雑なフォームとは裏腹に、ボールは美しい軌道を描きながら相手のゴールに入っていく。


 「はいこうた~い」

 「智慧理いると楽しくないんだけど!」「智慧理にボール回った時点でもう負けなんだもん……」「バスケ嫌いになりそう」


 口々に智慧理への不平を零しながらコートを出ていく相手チーム。

 持ち前の身体能力によってコート上のどこからでも確実にゴールを決めることのできる智慧理は、体育の授業において完全なバランスブレイカーと化していた。


 「黒鐘さん、スリーポイントラインの外側からはシュートしないようにしてもらってもいい……?」


 見かねた教師が智慧理にハンデを課してくる。


 「分かりました」

 「ごめんね?お願い」


 教師が智慧理に手を合わせ、そして3試合目が始まる。


 「智慧理パス!」


 チームメイトは相も変わらず、ボールを手にするや否や思考停止で智慧理にボールを回してくる。

 ボールを手にした智慧理は、スリーポイントラインの外側からのシュートを禁じられているため、ドリブルしながら相手ゴールに向かって走り出した。


 「え早っ」「ほぼ原付なんだけど!?」


 智慧理の走力に相手チームから悲鳴が上がる。誰も智慧理に追いつけないので、智慧理は相手チームのゴール下に到達するまで一切の妨害を受けなかった。


 「よっ、と」


 智慧理は地面を蹴って跳び上がる。変身形態の生命力増幅機能が無くとも、素の身体能力だけで智慧理の体はゴールの高みにまで優に達した。

 そして智慧理は両手で持ったボールを、ゴールのリングに勢いよく叩き込んだ。見事なダンクシュートだ。


 「先生!智慧理はバスケ出禁にしてください!」「1人だけWNBAやってるんですけど!?」「体育楽しくない!」


 教師の下に殺到して一斉に抗議するクラスメイト達。


 「み、みんな落ち着いて……黒鐘さんのチームももう交代だから……」


 今のダンクシュートによって智慧理のチームは3勝を数えたため、勝敗に関わらずこれで一旦交代だ。智慧理は静かにコートを出ると、体育館の隅で体育座りをした。


 「や~、流石だねぇ智慧理」


 睦美が楽しそうにニコニコしながら智慧理の隣にやって来る。


 「私好きなんだよね~、体育の授業で無双してる智慧理。見ててスカッとする」

 「ありがと……楽しんでくれるのは睦美だけだよ」

 「そんなことないんじゃない?みんなも色々言いながら楽しんでると思うよ。智慧理が強すぎて文句言うところまでワンセットっていうか」


 実際、クラスメイトの智慧理に対する当たりが強いのは体育の授業の間だけだ。睦美の言う通り、智慧理の強さに対する不満を教師に訴えるところまでをエンタメとして楽しんでいる節がある。もっとも、それに付き合わされている教師は若干気の毒だが。


 「あっ、露華だ」


 智慧理と睦美が雑談している間に、露華のチームの試合が始まっていた。


 「なになに?露華ちゃんのことが気になるの?」

 「うん、まあちょっとね……」

 「露華ちゃんって可愛いし頭いいし、これで運動もできたら完璧だよね~」


 期待を込めた視線を露華に向ける睦美。一方の智慧理は、露華が何かしら仕出かさないかを心配していた。

 生後3ヶ月の人造人間ということで、どこか浮世離れしているきらいのある露華。もし仮に露華が人造人間特有の超身体能力などを披露してしまった場合、クラスメイトに露華が普通の人間ではないことが露見してしまう恐れがある。


 「上手くやってくれるといいけど……」


 智慧理が祈るような心持ちで見守る中、教師がホイッスルを吹いて試合が開始する。

 ホイッスルと同時に露華はボールを奪取するべく走り出した、のだが……。


 「……なんか」


 睦美が言葉を選んでいる気配がする。


 「露華ちゃん、走り方可愛いね……?」

 「だね……」


 睦美の表現は露華に対してかなり気を使っていた。

 この時まで智慧理は忘れていたが、露華は絶望的に足が遅いのだ。以前ウェンディゴから追いかけられていた時も、幼稚園児の徒競走のような速度しか出ていなかった。


 「露華ちゃん、パス!」


 露華のチームメイトの1人が、露華に向かってパスを回す。

 球速はかなり緩やかで軌道も山なり、万一にも怪我をしないようにとの配慮が込められた優しいパスだ。


 「ありがとうございます~……ぶっ!?」


 しかしその優しいパスを露華は見事に取り損ね、手の甲で跳ね返ったボールが顔面に直撃した。


 「露華ちゃん!?」


 パスを出したチームメイトが悲鳴を上げる。

 ボールを顔面に食らった露華は、その衝撃によってぐらりと大きく後方に傾いた。露華は何とかバランスを保とうと両腕をバタバタと動かすが、その甲斐も無く背中から盛大に転倒してしまう。

 ゴッ、という頭を床に打ち付けた鈍い音が体育館に反響した。


 「露華ちゃん!?」「ご、ごめんね露華ちゃん!大丈夫!?」「絶対大丈夫じゃなさそうな音してたよ!?」


 コート内にいたクラスメイトが敵味方問わず一斉に露華の下に駆け寄る。


 「鹿籠さん、大丈夫?」


 クラスメイトを掻き分けて露華の前に膝をついた教師が、焦った表情で露華にそう尋ねる。


 「はい~、大丈夫です~」


 露華は体を起こしていつもの調子でそう言ったが、その鼻からは血が垂れていた。言うまでも無く顔面に直撃したボールが原因だ。


 「頭を打ったみたいだし、保健室に保健室に行った方がいいね」

 「じゃあ私が連れて行きましょうか?」


 智慧理は教師の背中に近付いていってそう申し出た。


 「私なら露華1人くらい余裕で運べますし」

 「本当?それじゃあ黒鐘さん、悪いけどお願いしていい?」

 「は~い」


 智慧理は露華の背中と膝の裏に腕を当て、いわゆるお姫様抱っこの体勢で露華の体を持ち上げた。


 「ありがとうね、黒鐘さん」

 「智慧理、落とさないように気を付けてね~」


 教師や睦美や他のクラスメイト達に見守られ、智慧理は体育館を後にした。


 「智慧理さん、確かに私はまだ生まれて3ヶ月の赤ちゃんですけど~。でも自分で立って歩ける赤ちゃんですよ~?」


 ほんのりと頬を染めた露華が智慧理にそう訴える。お姫様抱っこされているのが恥ずかしいのだ。


 「だぁめ。頭打ってるんだから、クラッてなって転んじゃうかもしれないでしょ」


 しかし露華がどれだけ恥ずかしがろうと、智慧理は断じて露華を降ろすつもりは無かった。


 「それに露華が自分で歩くより、私が露華を運んだ方が早そうだし」


 智慧理は露華を抱えた状態でも普段と同じ速度で歩けるので、これは実際間違いではない。

 そうして露華を降ろすことなく智慧理は保健室までやって来たが、生憎室内に養護教諭の姿は見当たらなかった。


 「お留守みたいですね~?」

 「多分すぐ戻ってくるでしょ」


 智慧理はひとまず露華をベッドに座らせた。


 「大丈夫?頭痛かったりクラクラしたりしない?」

 「大丈夫です~。私は頑丈なので~」


 露華は頑丈さをアピールするように力こぶのポーズを取ったが、力こぶはできていなかった。


 「そう?それならいいけど」


 養護教諭が戻ってくるまでは付き添った方がいいだろうということで、智慧理は露華の隣に腰を下ろす。


 「それにしても……露華って運動苦手なの?」


 雑談がてら智慧理は露華に尋ねる。

 先程の試合の様子を見るに、露華は運動が苦手……というより、はっきり言って運動音痴にしか見えなかった。「もし仮に露華が人造人間特有の超身体能力などを披露してしまった場合……」などと懸念していた智慧理が馬鹿らしくなる。


 「そうなんです~。パパは私のことを文武両道の人造人間にするつもりだったみたいなんですけど、運動の方はどうしても上手くいかなかったみたいで~……」

 「ふ~ん。魔術で作った人造人間って言っても結局は人間だから、どうやっても得意と苦手は出てくるのかもね」


 人造人間の知識など持ち合わせていないにもかかわらず知ったような口を利く智慧理。


 「……ふふ」

 「えっ、何で笑うの。今の話に面白いところあった?」

 「何でもないです~。ふふふっ」

 「えっ、絶対何でもなくないでしょ」


 その後智慧理は露華の笑顔の理由を追及したが、結局養護教諭が戻ってくるまで露華が理由を口にすることは無かった。

次回は30日に更新する予定です

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