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27.白の悪魔

 「露華!?どうしてここに……」


 地上に降りた智慧理は、白い悪魔のような衣装に身を包んだ露華へと駆け寄った。


 「こんばんはヒーローさん。今はヒーローさんって呼んでもいいですよね?」

 「それはまあいいけど……いや今は呼び方なんてどうでもよくて!露華こんなところで何してるの!?」


 智慧理が露華の両肩を掴みながら尋ねると、露華はきょとんと首を傾げた。


 「ウェンディゴが沢山いたので~、全部倒してました~」


 露華は相変わらず気の抜けたような声で平然とそう答えた。


 「ウェンディゴを倒した……?露華が……?」

 「はい~」

 「えっ……ほ、ホントに?」

 「本当です~」


 ウェンディゴの集団を殲滅したのが露華だというのは、智慧理には俄かに信じられなかった。が、状況は智慧理に疑うことを許さない。


 「で、でも露華、この間までウェンディゴに会ったら逃げ回ってたのに……」

 「そうなんです~。この間までの私は肉体が安定してなくて、この力がまだ使えなかったんです~。だからウェンディゴに会った時は逃げるしか無くて~」


 またしても露華の口から語られる「肉体の安定」という言葉。普通の人間にはまず使わないようなその言葉を聞いて、智慧理の脳内に1つの疑問が浮かび上がる。


 「ねぇ、露華……」

 「何ですか?」

 「あなたって……人間なの?」


 意を決してそう尋ねる智慧理。


 「ん~……」


 質問に対し、露華は眉根を寄せて困ったような表情を浮かべる。

 迷っている時点でもう露華が普通の人間でないのは確定したようなものだ。


 「えっと……私は一応人間ですけど、ヒーローさんとかクラスの人達みたいな『普通の人間』ではないんです」

 「人間だけど、人間じゃない……?」

 「はい。ヒーローさん、ホムンクルスって知ってますか?」

 「ほむんくるす……?」


 それは智慧理には聞き覚えの無い単語だった。するとインカムに紗愛からの解説が届く。


 「人造人間のことよ。魔術によって人工的に作られた人間のことをホムンクルスって呼ぶの」

 「へ~そうなんですか……えっじゃあ露華って人造人間なの!?」

 「そうですよ~?」


 今そう言ったばっかりじゃないですか、と言わんばかりの表情で露華が頷く。


 「私は今年の2月にパパに作ってもらったんです~」

 「じゃ、じゃあやっぱり生後3ヶ月ってこと!?」

 「はい~。赤ちゃんです~」


 智慧理は思わず露華の全身を舐めるように観察してしまう。露華の体付きはともすれば智慧理よりも更に大人びており、天地がひっくり返っても生後3か月の体には見えない。


 「え、えっと……とりあえず露華が生後3か月の赤ちゃんっていうのは一旦受け入れるとして……」


 受け入れがたいことではあったが、さりとて受け入れなければ話は進まない。智慧理は苦労しつつ露華の話を飲み込んだ。


 「えっと……露華を作った人は……」

 「パパのことですか~?」

 「うん、そのパパは……その、聞いていいのかは分からないけど……どうして露華を作ったの?」

 「そんなに言葉を選んでくれなくても大丈夫ですよ~?」

 「そ、そう?」


 何分智慧理にとって人造人間と会って話をするのは初めてのことなので、何か触れてはいけないタブーがあるのではないかと気が気でなかった。


 「パパが私を作った理由は、私もあんまり詳しくは知らないんです。だけど前に1回、私は邪神から御伽原の街を守るために生まれたんだってパパから教えてもらったことがあります」


 邪神から御伽原を守る。その目的は稲盛霞が叛逆の牙を開発した理由とよく似ている。


 「そのための力が私にはあるってパパは私によく言ってくれました。けど生まれたばっかりの私はその力を上手く使えなくて、パパは『生まれたばっかりで肉体が安定してないからだ』って。だから肉体が安定するまでの3ヶ月間は、お家の中でじっとしてたんです」

 「家の中でじっとしてた割には、何回か外で会ったけど……」


 露華が学園に転校してくる前に、智慧理は3回ほどウェンディゴに襲われている露華を助けたことがある。つまり露華は家に籠りきりではなかったということだ。


 「4月に入ってからは、少しずつ外に出る練習をしてたんです~。お日様が出てる間はまだ無理だったので、夜に街をお散歩してました~。時々ウェンディゴに襲われちゃいましたけど~」

 「そう言えば前、ウェンディゴに襲われやすい体質って言ってたよね。それって露華が人造人間なのと何か関係あるの?」

 「あるかもですけど、私には分からないです~」


 露華は分からないというより、気にしたことが無いという風な口振りだった。


 「人造人間は魔術の結晶だから、普通の人間よりは邪神眷属を引き寄せやすいかもしれないわね」


 再び紗愛が解説してくれたので、智慧理は「ありがとうございます」と口の中で小さく囁き返した。


 「そして5月になって、やっと肉体が安定して力が使えるようになったんです~。夜のお散歩の甲斐がありました~」

 「力っていうのは、もしかしてその恰好のこと?」


 智慧理は露華のフリル付きレオタードのような衣装を指差した。


 「そうです~。この恰好に変身すると、特別な魔術が使えるようになるんですよ~」

 「特別な魔術?」

 「例えばですね~……」


 露華が右手を持ち上げ、何かしらの動作を行おうとしたその時。

 智慧理はまたしても10体を超える邪神眷属の気配を感知した。


 「またぁ!?」


 本日3度目となる邪神眷属の出現に、智慧理は驚きを通して呆れの感情すら覚えた。


 「ヒーローさん、また敵が出ましたよ~」


 露華がいつになく真剣な表情で智慧理に報告する。


 「えっ、露華にも分かるの!?」

 「はい~。私は遠くからでも邪神と邪神眷属の気配が分かるんです~」

 「私と同じ……」


 何故露華が智慧理とほぼ同様の邪神眷属感知能力を持っているのか。気になるところではあるが、今はそれよりも邪神眷属への対処の方が先だ。


 「行きましょう、ヒーローさん!」

 「わ、分かった!」


 智慧理はふわりと宙に浮かび上がり、気配を感じた方角へと一目散に飛び始めた。


 「ちょ、ちょっと智慧理!」


 するとインカムから慌てたような紗愛の声が聞こえてくる。


 「いきなり飛んで大丈夫?鹿籠さん付いてこれないんじゃない?」

 「え?あっ!?」


 紗愛に言われて智慧理は初めて気が付いた。露華が蝙蝠のような翼を持っていたため、智慧理はてっきり露華も自分と同じように空を飛べるものだと思い込んでいた。

 しかし智慧理が後ろを振り返ると、そこに露華の姿は無かった。


 「あ~……やっちゃった」

 「やっちゃったものは仕方ないわ」


 ここで露華と合流するために引き返してしまうと、邪神眷属に人間を襲うための猶予を与えてしまうことになりかねない。露華には悪いが、智慧理はこのまま邪神眷属の出現地点に向かうことにした。


 「智慧理、邪神眷属の出現場所までの距離はあとどれくらい?」

 「ん~……ここから2kmくらい先だと思います」

 「その場所から進行方向に2km先ってなると……支倉川自然公園がそれっぽいわね。広さもかなりあるし」

 「ありがとうございます紗愛先輩頼りになる~!」


 今に始まったことではないが、紗愛はオペレーターとして非常に優秀だった。

 程なくして智慧理と露華は目的地に到着する。そこは紗愛の予想通り、「支倉川自然公園」という公園の一角にあるキャンプ場だった。


 「うわ……またウェンディゴだ……」


 キャンプ場に蠢くウェンディゴの集団を見下ろす智慧理の表情は、ゴキブリを見る時のそれに近かった。街の住人にとって危険で、警戒すべき対象であるウェンディゴでも、一晩に何度も集団で出てこられればいい加減嫌悪感が湧いてくる。


 「ヒーローさ~ん」


 するとウェンディゴの集団とはまた別の場所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「えっ……」


 この場で聞こえるはずのないその声に、智慧理は絶句しながら顔を向ける。

 するとそこでは露華が智慧理に向かって大きく両手を振っていた。


 「なっ、何で露華が!?」


 智慧理は南小学校から支倉川自然公園まで、一直線に空を飛んでやって来た。その移動経路は考え得る限り最短で、しかも智慧理の飛行速度は時速100kmを優に超える。そんな智慧理よりも先に露華が自然公園に辿り着く方法など存在しないはずだった。

 にもかかわらず現に露華はこうして先回りをしている。


 「……露華って双子だったりする?」

 「はい~?私は一人っ子ですよ~?」

 「そ、そう……」

 「智慧理、まずはウェンディゴをどうにかしましょう。鹿籠さんの移動手段は後からでも聞けるわ」


 紗愛の言う通り、露華の移動手段よりもまずはウェンディゴへの対処が先だ。


 「露華、半分ずつでいい?」


 智慧理は当然露華と共闘するつもりだった。智慧理1人でも戦力的には充分だが、露華と手を組めばより早く確実にウェンディゴを殲滅することができる。

 だが露華は智慧理の申し出に首を横に振った。


 「ヒーローさん、ここは私に任せてくれませんか~?」


 自分の胸に手を当てながら、そんなことを言い出す露華。


 「えっ、どうして?」

 「さっき言いそびれた、この恰好で使える特別な魔術をヒーローさんに披露します~」

 「ヒーローにひろー……」

 「何か言いましたか~?」

 「ううん何でもない」


 先程は変身形態の露華が使える特別な魔術の話題が出たところで、ウェンディゴの気配を感知して話が中断してしまった。それを今実際に使って見せてくれるというのなら、智慧理にとっては有難い話だ。


 「じゃあここは露華に任せてもいい?」

 「はい、任せてください~」


 露華はニッコリと笑ってから、ゆっくりと地上に降りていく。


 「何だ?」「柔らかい肉だ」「魔術師か?」「魔術師だとしても関係ない」「殺して持ち帰ろう」「ヴァヴ様のために」


 十数体のウェンディゴが着地した露華を取り囲む。智慧理は露華が危なくなったらいつでも助けに入れるよう、左手にヘリワードを召喚して構えた。

 露華はウェンディゴに囲まれても取り乱すことなく、それどころかむしろステージに立つマジシャンのように堂々としていた。


 「行きますよ~!」


 ショーの開始を宣言するように、露華が高く挙げた右手でパチンと指を鳴らす。

 すると露華とウェンディゴ達の周囲に、大きさ30cmほどの空間の亀裂のようなものがいくつも生じた。


 「何だこれは?」「迂闊に近付くな」「危険かもしれん」


 突如出現した空間の亀裂に警戒心を露わにするウェンディゴ達。智慧理もあれは一体何だと首を傾げる。


 「あれは……!」


 唯一インカムの向こうの紗愛だけが、空間の亀裂の正体を勘づいている様子だった。


 「紗愛先輩、あれって何ですか?」

 「……私の予想が正しければ、あれは『廻廊』よ」

 「かいろう?」


 廻廊とは何なのかと智慧理が更に尋ねるよりも先に、眼下の露華がまた新たな行動を起こした。

 両手を組み合わせて目を瞑り、何かに祈るような姿勢を取る露華。


 「――エルカサム」


 露華が短い呪文を呟くと、露華の背後に黄金色に輝く数十もの幾何学的な円形の紋様が浮かび上がった。その姿は智慧理には、どこか羽を広げた孔雀のように見えた。

 そして数十もの黄金色の紋様から、一斉に眩く輝くビームが放たれた。


 「あれって……!」

 「<排斥の光芒>ね」

 「でも、なんか違う気が……」


 露華が斉射した<排斥の光芒>は、智慧理がヘリワードを使って放つそれとは別物のように見えた。

 黄金色のビームはウェンディゴ達に向かうのではなく、露華の周囲にある空間の亀裂へと吸い込まれていった。

 ビームは全て亀裂の中へと消え、辺りは一瞬の静寂に包まれる。

 そして。


 「ぎゃあっ!?」「ぐああっ!?」「が、っ……」


 ウェンディゴ達が一斉に悲鳴や苦悶の声を上げた。彼らの死角にあった空間の亀裂から黄金色のビームが飛び出し、彼らの体を貫いたのだ。

 頭部や心臓部など致命的な部位をビームによって破壊され、ウェンディゴ達が次々と地面に倒れ伏していく。既にその肉体からは命が失われていた。

 全滅。露華はたった1度のフィンガースナップと短い呪文だけで、10体を超えるウェンディゴの集団を全滅させてみせたのだ。


 「えっ、な、何が……?」


 智慧理は上空から一部始終を見守っていたにもかかわらず、何が起こったのかを全く理解できていなかった。


 「紗愛先輩、何がどうなったんですか?」

 「……廻廊を通じて攻撃したのよ」


 再び登場する「廻廊」という単語。それが一般的な辞書に載っているような意味で用いられていないことは智慧理にも察しが付く。


 「廻廊は空間と空間を繋ぐワープゲートみたいなものよ。って言えば分かる?」

 「何となく……?」

 「鹿籠さんが言ってた『特別な魔術』っていうのは、多分あの廻廊のことね。普通の魔術師が扱えるような代物じゃないもの」


 紗愛の語り口は冷静だが、その声からは若干の動揺が感じられる。紗愛が動揺しているということは、それだけ露華が使った廻廊の力が特別だということだ。


 「鹿籠さんは廻廊を使って、<排斥の光芒>をウェンディゴ達の死角にワープさせたんだわ。事前に知らなきゃ回避とか防御なんてとてもできないでしょうね」

 「えげつないことしますね、露華……」


 智慧理はもし自分が同じことをされたら回避できるだろうかと自問する。結論としては、事前に空間の亀裂の位置が把握できていれば或いは、というところだ。


 「っていうことは、露華が私よりも早くここに着いたのも……」

 「廻廊を使って移動したのね、きっと」


 智慧理は深く納得した。流石の智慧理でも、ワープ相手に移動速度では敵わない。


 「それと廻廊だけじゃなくて、<排斥の光芒>の方も普通じゃないわね。呪文の詠唱も一瞬だったし、威力も高そう。多分改造魔術だわ」

 「改造魔術……」


 またしても智慧理の知らない用語が出てきたが、意味は何となく理解できたので紗愛に尋ねることはしなかった。


 「何にしても……相当強いわよ、鹿籠さん。少なくとも、智慧理と同じくらいには」

 「みたいですね……」


 智慧理は引き攣った笑顔を浮かべる。


 「ヒーローさ~ん、終わりましたよ~」


 露華は智慧理が感じている戦慄など露知らず、地上から笑顔で智慧理に手を振っていた。

次回は28日に更新する予定です

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