24.魔法の麻薬
「も、もうやめてくれぇっ!知ってることは何でも話すから!」
智慧理が拉致してきた男性はとても打たれ弱かった。智慧理がオズボーンで軽く右手の人差し指に傷を入れただけで、男性は涙を流しながら音を上げた。
「そこまで言うならお言葉に甘えて色々聞かせてもらいましょう。まずあなたは麻薬の売人って認識で合ってます?」
男性は何度も首を縦に振る。これで男性が麻薬の売人出なかった場合はとんでもない人違いになっていたので、智慧理はひとまず安心した。
「どんな麻薬を売ってるんです?」
「覚醒剤とかMDMA、割と何でも売ってる……でも最近はほとんどガリバーだ」
早速ガリバーの名前が登場した。思わぬ話の速さに智慧理は目を丸くする。
「ガリバーって、あなたがさっき売ろうとしてた薬ですか?」
「……そうだ」
「そのガリバーってどういう麻薬なんですか?」
現在男性から押収したガリバーを紗愛が調査中だが、男性からもガリバーの情報が得られるのならそれに越したことはない。
「俺も詳しいことは知らない……ただ聞いた話では、ガリバーは『麻薬であって麻薬じゃない』らしい」
「どういう意味ですか?それ」
「あくまでも噂だが、ガリバーは覚醒剤以上にキマって覚醒剤以上に依存性が高いが、どういう訳か警察が調べてもただの飴玉って結果しか出ないらしい。だからどれだけ使っても警察に捕まらないってことで、ガリバーは『魔法の麻薬』なんて呼ばれてる。その噂のせいで、ここ最近御伽原で出回ってる麻薬はもうほとんどガリバーばっかりだ」
警察がガリバーを調べても麻薬の成分が検出されなかったというのは、紗愛からも聞いた話だ。しかし智慧理には俄かに信じ難い。
「ホントなんですか?その話」
「少なくともガリバーで警察に捕まって、そのまま豚箱にぶち込まれたって奴の話は聞いたことが無い」
「私ガリバー売ってた売人が捕まったって話聞きましたけど」
「そいつはガリバー以外も売ってたから捕まっただけだろ」
「……なるほど」
智慧理はそれ以上言い返すことができなかった。
「じゃあホントにガリバーが魔法の麻薬だとして。そんなものどうやって作ってるんですか?」
「それは知らない。俺は、っていうかガリバーを扱ってる売人は、ゼットから卸されたガリバーをそのまま客に売ってるだけだからな」
「ゼット……?って何ですか?」
「この街にガリバーを流通させてる元締めだよ。ゼットが俺達売人に纏まった量のガリバーを渡して、俺達がそれを街の連中に売り捌く。そして俺達は売上金の一部をゼットに渡すっていう仕組みだ」
「じゃあそのゼットって人がガリバーを作ってるんですか?」
「さあな。ゼットが作ってるのか、ゼットもまた別のところからガリバーを仕入れて来てるのか。俺達には分からない」
「肝心なこと何にも知らないですねあなた!」
とはいえゼットなる存在の情報が得られたのは大きい。ゼットがガリバー流通の元締めということであれば、そのゼットさえどうにかすれば少なくとも御伽原へのガリバーの拡散は止められる。
「ゼットってどういう人ですか?男の人ですか女の人ですか?」
「……分からん」
「分からんって、直接会ったこと無いんですか?」
「いや、何度も会ってるさ。けどゼットの奴は、何ていうか……印象に残りづらいんだ。直接顔を合わせて話をしても、別れるとすぐにどんな顔だったか思い出せなくなる、みたいな……」
「何ですかそれ?」
智慧理は口では何ですかそれと言いつつ、内心ではゼットなる人物は魔術を使って自らの印象を操作しているのだろうかと考えていた。そういうことができるとなると、ゼットは魔術師化邪神眷属の可能性が高い。
「ゼットとはどこで会うんですか?」
「毎週月曜日の深夜0時に港の第三倉庫で、ガリバーと売上金の受け渡しをやってる」
「月曜日の0時……ってことは明日の夜ですね」
つまり明日港の第三倉庫に突撃すれば、ゼットの顔を拝むことができるということだ。
「他に何か知ってることはないですか?ガリバーのこととか、ゼットのこととか」
その後も智慧理は男性に対して尋問を続けたが、それ以上男性から有益な情報が出てくることは無かった。
「はぁ……もういいです。ありがとうございました」
「ぐあっ!?」
これ以上の尋問は時間の無駄だと判断し、智慧理は男性を気絶させる。
「紗愛先輩の方はどんな感じかな」
それなりに収穫が得られた智慧理は、紗愛の方の進捗がふと気になった。
階段を上がって地上階に出た智慧理が建物の中を探し回ると、紗愛は奥の部屋で作業をしていた。
智慧理が背後から紗愛の手元を覗き込む。紗愛は右目にモノクルを装着し、机に置いたガリバーに対して何やらよく分からない呪文を呟きながら何やらよく分からない器具を翳していた。
「それ、何やってるんですか?」
「ひゃあっ!?」
「わぁっ!?」
智慧理が声を掛けると紗愛は盛大に肩を跳ねさせた。その大きな反応に智慧理の方も驚いてしまう。
「びっ……くりしたぁ……いきなり声掛けないでよ、声掛ける時は前もって声掛けるよ~って声掛けなさい」
「?……ごめんなさいちょっと難しいです」
「智慧理、こんなところで何やってるの?あの売人への尋問は?」
「一通り情報聞き終わって、これ以上はもう何も出て来なさそうだったので、気絶させて切り上げてきちゃいました」
「そう」
紗愛は右手に持っていた器具を机に置くと、体を智慧理へと向ける。
「じゃあ売人から聞き出した情報、教えてもらえる?」
「はいっ」
智慧理は男性から聞き出した話をそっくりそのまま紗愛に伝える。
「なるほど……そのゼットとかいう何者かが、邪神眷属か魔術師の可能性があるわね……」
紗愛の見解も智慧理とおおよそ同じだった。
「紗愛先輩の方は何か分かりました?」
「ええ」
紗愛はガリバーを1粒摘み上げる。
「やっぱり、このガリバーっていう麻薬はアーティファクトだったわ。成分としては、普通の飴玉に魔術で生成された麻薬物質が混ぜ込まれてる感じね」
「じゃあその魔術で生成された麻薬成分って言うのが、警察の検査では見付けられないって感じですか?」
「そうね。しかもそれに加えて、これには<認識の攪乱>の魔術が組み込まれてるみたい」
「認識の攪乱?」
初めて聞く魔術の名前に智慧理は首を傾げる。
「変身状態の智慧理のマスカレイドには認識攪乱機能が搭載されてるでしょ?それと同じ魔術よ。知性体の正常な認識を妨げて、正体を覆い隠すための魔術。でもガリバーに施されてる魔術は、普通の<認識の攪乱>とは違うみたい」
「どんな風に違うんですか?」
「どうやらガリバーに施された<認識の攪乱>は、知性体じゃなくて機械の認識を攪乱する魔術に改造されてるみたい。万に一つも検査機器に麻薬の成分が検知されないように、ってことでしょうね」
紗愛の表情が不意に険しくなる。
「これを作った何者かは、相当な魔術の腕の持ち主よ。っていうかこれだけの魔術の腕があるのに、何でそれを麻薬なんかのために使ったのかが不思議なくらいだわ」
「紗愛先輩がそこまで言うなんて相当ですね……ちなみにそのガリバー、体には悪いんですか?」
「普通にめっちゃ悪いわよ。1回使ったら1年寿命が減るんじゃないかってくらい。覚醒剤とかMDMAなんかが可愛く思えるレベルだわ」
「うわ最悪」
覚醒剤以上に有害で、それでいて警察では取り締まることができない麻薬。あまりにも質が悪い。
「こんなものが広がったら、御伽原の治安の悪化に歯止めが効かなくなるわ。ただでさえ御伽原はあんまり治安よくないのに……」
「じゃあそれを流通させてるゼットは潰さなきゃですね!」
「そうね。ちょうど明日の夜に定例の取引が行われるみたいだから、そこに乗り込みましょう」
智慧理と紗愛は頷き合う。
「でも明日の夜まではまだ時間があるから、それまでにもやれることはやっておきましょうか」
「やれること?」
「ガリバーを扱ってる売人はあの男以外にも何人かいるみたいじゃない。ほら、警察が捕まえた売人だってガリバー持ってた訳だし」
「あ~、確かにあの男の人も『俺達売人』とか言ってましたしね」
「だから取引の時間まで、他の売人を探してみるっていうのはどう?そうすればゼットに関しての情報がもっと集められるかもしれないし、そうじゃなくてもガリバーの流通を多少は食い止められるわ」
「あっ、それいいですね!」
紗愛の提案に智慧理は笑顔で同意した。
「じゃあ私、早速売人探しに行ってきます!変身!」
「あっ、待って智慧理」
「ひゃっ!?」
変身して窓から飛び立とうとした智慧理を、紗愛はスカートの裾を掴んで引き留めた。
「ちょっと紗愛先輩、そんなとこ掴まないでくださいよ!スカートずり落ちちゃうじゃないですか!」
「ごめんごめん。けど闇雲に他の売人を探しに行くよりも、まずは地下室で寝てる男から他の売人の情報を聞き出した方がいいんじゃない?」
「……確かにそうですね」
智慧理は先走った自分自身に頬を赤く染めた。どう考えても紗愛の言う通りにする方が効率的だ。
「じゃあ私、またあの男の人尋問してきますね。紗愛先輩も一緒に来ますか?」
「私はもう少しガリバーを調べてみるわ。尋問なら智慧理1人で充分でしょうし」
「ですね。あっ、ちょっとバケツ借りてもいいですか?さっき尋問終わりに気絶させちゃったからまた起こさないと」
「いいわよ。どうせなら2つくらい持っていったら?起こした後に水責めとかに使ってもいいし」
「あっ、じゃあそうしよっかな。2つ借りていきますね~」
その後売人の男性は、水をぶっかけられて目を覚まし、同業者の情報を散々聞き出された後でまた気絶させられるという憂き目に遭った。
「ぎゃああっ!?」
智慧理の足の下で、ニット帽を被った大柄な男性が潰れた猫のような悲鳴を上げる。
ニット帽の男性の右手に握られているのは、小さなビニール袋に入ったガリバーだ。
「これで最後か……」
智慧理はニット帽の男性を冷淡な目で見下ろしながら呟く。
紗愛の拠点でガリバーの売人の男性を尋問し、そこから一夜明けてまた日が暮れて現在時刻は午後10時半。智慧理はこの1日、尋問によって聞き出したガリバーの売人達を潰して回っていた。
智慧理の足の下で潰れているニット帽の男性は7組目の売人。尋問で聞き出した売人は彼で最後だ。
「お疲れ、智慧理。まさか1日で全員潰し終わるとは思わなかったわ」
左耳のインカムから紗愛の声が聞こえてくる。
「いえいえそれほどでも。にしても麻薬の売人っていろんな人がいるんですね~……」
智慧理はある種感慨深く呟いた。
今踏んでいるニット帽の男性は典型的な麻薬の密売人と言った風体だが、智慧理が襲撃したのは彼のようなあからさまな売人ばかりではなかった。主婦業の傍ら麻薬を密売している中年女性や薬局で働く傍ら麻薬を売り捌く極悪非道の薬剤師といった変わり種がいた他、ガリバーを組織ぐるみで密売している暴力団もあった。ちなみにその暴力団は智慧理が1時間で壊滅させた。
そして制圧したそれらの売人達には例外なくゼットなる存在に関する尋問を行ったが、今のところ最初の尋問で得られた情報以上の成果は上がっていない。
「ぐっ、くそっ!お前何なんだよ!?」
ニット帽の男性が息を詰まらせながら声を上げる。
「私はこの街を悪から守るヒーローの、見習いみたいなものです」
「ヒーローの見習いだと……?っ、まさかお前、ブラックエンジェルか!?」
「最近はよくそう呼ばれてます。まあ私のことはどうでもいいんです、今からあなたにはゼットについて知ってることを話してもらいます」
そうして智慧理はオズボーンも絡めつつニット帽の男性に尋問を行ったが、やはり目新しい情報は得られなかった。
「はぁ……」
またしても空振りに終わったことに溜息を吐きつつ、智慧理は打撃によってニット帽の男性を気絶させる。そして予め用意していた「私は麻薬の密売人です」というA4サイズの紙をニット帽の男性の背中に張り付ける。
「そう落ち込まないで、智慧理。確かにゼットの情報は手に入らなかったけど、それでも麻薬の売人を7組も潰せたのは大きいわ」
「潰したって言っても牢屋に入れた訳じゃないですよ?やろうと思えばこれからも麻薬は売れちゃうと思いますけど……」
「あれだけ痛めつけたらもう麻薬の密売をやろうなんて思わないわよ」
「まあ確かに言葉にするのも躊躇われるくらいには痛めつけましたけど……」
「それに少なくとも暴力団は完全に潰した訳だし、御伽原の治安回復に多少貢献したことは間違いないわ。胸張っていいわよ」
「そうですか?じゃあ胸張ります」
紗愛のベタ褒めのおかげで智慧理は気を取り直した。
「これからどうしましょう?聞き出した麻薬の売人は全員潰し終わりましたけど、ゼットの取引まではまだ1時間半ありますよ?」
「いつものように街を巡回しながら港に向かえばいいんじゃない?」
「は~い」
紗愛の提案に従って智慧理は宙にふわりと浮かび、上空から街を巡回しつつ徐々に御伽原の沿岸部へと向かう。
そして日付が変わる5分前。智慧理は御伽原港へと到着した。
次回は22日に更新する予定です




