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23.ガリバー

 「よっ、と」

 「があっ……」


 オズボーンの刃がウェンディゴの頭部を斬り飛ばす。

 暦は5月に突入し、世間はゴールデンウィーク真っ只中。しかし智慧理は相も変わらず夜に街を飛び回り、こうして人を襲うウェンディゴを始末していた。


 「ありがとうございます~。もう死んじゃうかと思いました~」


 ウェンディゴに襲われていた被害者が智慧理に感謝を告げる。フリルだらけの白いドレスのような服に身を包んだ白い髪の少女だ。

 智慧理は白い少女を振り返り、呆れたように溜息を吐く。


 「ちょっと多くないですか?」

 「はい~?」

 「私、あなたがウェンディゴに襲われてるところを見るの、これで3回目なんですけど」


 1回目は初めて空を飛んだ日。2回目は恐竜人間ダハを倒した少し後。智慧理はこれまでにも2度、この白い少女がウェンディゴに追われている場面に遭遇している。智慧理が変身能力を手に入れてからまだ1ヶ月も経っていないので、その間に3回ウェンディゴに襲われるというのは異常なペースだ。


 「私も困ってます~。なんだかウェンディゴさんに狙われやすいみたいで~」


 白い少女はそう言って眉尻を下げる。


 「紗愛先輩、ウェンディゴに狙われやすい体質とかあるんですか?」


 ふと気になった智慧理は、口の中で呟くようにしてインカムの向こうの紗愛に尋ねる。インカムは新調するにあたって性能が強化され、智慧理の声であればどれだけ小さな声でも紗愛に届くようになっている。


 「どうなのかしら。ウェンディゴにも好みはあるでしょうけど、その傾向は私には分からないわ」

 「そうですか」


 そこで紗愛との会話は終わりにして智慧理は白い少女に視線を戻す。


 「あの。お節介だと思いますけど、夜に出掛けるのは危ないと思いますよ?あなたはウェンディゴに襲われやすいみたいですし、そうじゃなくても夜は不審者とかも出やすいですから」

 「ごめんなさい~……」


 智慧理の忠告に少女が肩を落とす。


 「私、お昼の間は外に出られないんです~……」

 「えっ?どうしてですか?」

 「私、まだお肌が弱くて、お日様の下だと火傷しちゃうんです~」

 「そうだったんですか……」


 少女の肌の白さを見ると、確かに陽光で火傷してしまうと言われても納得がいく。


 「だから夜の間にお散歩してたんです~」

 「そうだったんですか……ごめんなさい事情も知らずに……」


 太陽の下に出ることができない少女に、夜の散歩を止めろと言うのも酷な話だ。智慧理は自らの発言を反省した。


 「いえいえ、お気になさらず~。ヒーローさんが私のことを心配してくれてるのは分かってます~」

 「でも……」

 「それに私が夜しかお出掛けできないのは今だけで~、あと少しでお昼にも外に出られるようになるんです~。そうしたらウェンディゴのことは心配要らなくなりますから~」

 「そ、そうなんですか?」

 「はい~」


 ニコニコと嬉しそうな白い少女。


 「だから夜のお散歩は、今日でお終いにしようと思います~。ヒーローさん、今まで何度も助けてくれてありがとうございました~」


 立ち上がった白い少女は智慧理に深く一礼すると、足早に曲がり角へと消えていく。

 遅れて智慧理が角の向こうを覗き込むと、既に少女の姿はそこには無かった。


 「また消えちゃった……」


 ウェンディゴから助け出した白い少女が、ほんの少し目を離した隙に消えてしまうのは毎回のことだ。


 「あの子いつもどこに帰ってるんでしょうね」

 「さあ……もしかしたらあの子も魔術師なのかもしれないわね」


 白い少女が無事に帰れるのかは心配だが、見失ってしまったものは仕方がない。智慧理はふわりと宙に舞い、再び上空からのパトロールに戻った。


 「そうだ智慧理、次は宵町の方に行ってみてくれない?」

 「宵町ですか?」


 御伽原の眠らない町、宵町。飲み屋や風俗店などが密集している宵町には陽が昇るまで人が絶えることはなく、そのような環境故に邪神眷属の出現率は他と比べると低い。

 勿論全く邪神眷属が出現しない訳では無く、現に智慧理は以前に1度宵町でウェンディゴを発見している。だがそれでも紗愛がわざわざ宵町を巡回の行き先として指定するのは、智慧理には不自然に思えた。


 「宵町で何かあったんですか?」

 「何かあった、って訳じゃないんだけど……最近宵町で奇妙な薬が出回ってるみたいなのよね」

 「変な薬……麻薬ですか?」


 以前智慧理が宵町でウェンディゴを見つけた時、襲われた人間は麻薬の取引中だった。そのせいで智慧理には宵町=麻薬という偏見めいたイメージが若干ある。


 「麻薬……だと思うんだけど」


 何やら言葉を濁す紗愛。


 「今日警察の知り合いから聞いたんだけど、少し前に麻薬の売人を捕まえたらしいのね。その売人は覚醒剤を密売した容疑で逮捕されたんだけど、逮捕された時にその売人が持ってたのは覚醒剤じゃなくて別の薬だったんですって」

 「別の薬……?」

 「売人はその薬を『ガリバー』って呼んでたそうよ。ドロップみたいな見た目の薬で、警察が調べたらそのガリバーからは麻薬の成分は検出されなかったそうよ。だけど……売人はガリバーを麻薬として売ってたんですって」

 「ふぅん?」


 智慧理は首を傾げた。麻薬ではない薬を麻薬として販売していたというのは奇妙な話だ。


 「じゃあ紗愛先輩がその、ガリバー?の調査を依頼されたって感じですか?」

 「いや、依頼はされてないわ。ガリバーのことを聞いたのも世間話の延長みたいな感じだったし。だけどもしガリバーが麻薬じゃないのに麻薬と同じ効果のある薬だったら、アーティファクトの可能性があるじゃない?」


 アーティファクト。魔術の力を宿す物品。紗愛は知り合いの警察官からガリバーの話を聞いて、アーティファクトの可能性を疑っていた。


 「もしガリバーがアーティファクトだとしたら、御伽原の街でアーティファクトが取引されてるってことよ。とんでもないことだわ」

 「あ~、確かに……」

 「それにガリバーの流通の元締めが邪神眷属や魔術師ってことも考えられるから。無理にとは言わないけど、できればガリバーのことを調べてみてほしいのよ。ほら、御伽原で麻薬を取引するとしたら、宵町が1番ありそうでしょ?」

 「ですね。じゃあ麻薬の取引してそうな現場を見かけたら突撃すればいい感じですか?」

 「そうね、それでお願い。っていっても麻薬の取引現場なんてそうそう出くわさないと思うけど……」

 「あっ、あそこ怪しくないですか?」

 「嘘でしょ?」


 智慧理は建物の陰に怪しげな2人組を発見する。片方はスーツを着たサラリーマン風の男性で、もう片方はニット帽を被りサングラスをかけた怪しげな男性だ。

 サラリーマン風の男性は財布から一万円札を何枚か取り出すと、周囲を気にしながらそれらをサングラスの男性に押し付ける。サングラスの男性はニヤリと口元に笑顔を浮かべると、懐から小さなビニール袋を取り出した。


 「あれって……!」


 智慧理には夜の上空からでも、ビニール袋の中身を正確に視認することができた。それは赤や紫など色とりどりの飴玉のように見える。

 智慧理はそれと同じようなものが宵町で取引されているのを、以前にも1度見たことがあった。


 「前にも見た麻薬……あれがガリバーなんですか?」

 「分からないわ。けどとにかく現物を押さえて!」

 「はいっ!」


 智慧理は取引現場へと急降下する。舞い降りる黒い羽根に気付いた2人の男性が顔を上げるのと、智慧理が2人の間に割って入るように着地するのはほぼ同時だった。


 「なっ!?」


 サラリーマン風の男性は大きく目を見開き、石像のようにその場で硬直する。


 「ブラックエンジェル!?どうしてここに……!?」

 「くそっ!」


 それに対しサングラス風の男性は判断が早かった。智慧理の姿を一目見るやすぐさま身を翻すと、智慧理に背中を向けて一目散に走り出す。


 「逃がしませんよ、っと」


 しかし驚異的な身体能力を持つ変身状態の智慧理を、一般男性の脚力で振り切れるはずもない。サングラスの男性は5mも走らない内に、智慧理によって地面に押さえつけられた。


 「がっ、くそっ、離せ、っ……!」

 「離す訳ないでしょ、何のために捕まえたと思ってるんですか」


 智慧理はサングラスの男性に体重を掛けながら、未だに立ち尽くしているサラリーマン風の男性に視線を向ける。


 「あなたの方には今日のところは用事はないので、さっさとどっか行ってください」

 「え、あ……」

 「ただ……これからずっとブラックエンジェルに怯えながら生活したくなければ、大人しく警察に自首するのをお薦めしますけどね」

 「ひ、ひぃっ!?」


 智慧理が軽く凄みを利かせると、サラリーマン風の男性は情けない悲鳴を上げながら退散していった。


 「さてと……」


 智慧理はサングラスの男性を左腕だけで封じ込めながら、男性が取り落としたドロップ入りのビニール袋を右手で拾い上げる。


 「紗愛先輩、とりあえず現物は確保しましたけど……この男の人はどうします?」

 「そうね……その薬がホントにガリバーだった場合は売人からも話を聞かなきゃだから、その男を連れて一旦私の拠点に来てくれる?」

 「は~い……って、紗愛先輩の拠点ってどこのことですか?」


 紗愛は御伽原に複数の拠点を所有している。「拠点に来い」だけではどこに向かえばいいのかさっぱり分からない。


 「こないだザララジアの信奉者を尋問したところにしましょう。場所は覚えてる?」

 「あ~、あそこですね。分かりました、向かいま~す」


 智慧理は立ち上がり、サングラスの男性の首を後ろから掴んでその体を持ち上げる。


 「くそっ、離せ!何なんだテメェは!?」

 「離しませ~ん。じゃあ行きますよ~」


 智慧理は男性の首を掴んだまま、地面を蹴って夜空へと舞い上がった。


 「ぎゃああああああっ!?」


 生身のまま一瞬にして数十mもの高度にまで持ち上げられた男性が、足をジタバタさせながら盛大に悲鳴を上げる。


 「暴れないでください、落としますよ?」

 「っ……!」


 だが智慧理が冷たい声で脅し文句を口にすると、男性は青褪めた顔でピタリと動きを止めた。

 智慧理は男性を右手にぶら提げたまま悠々と夜空を飛行し、紗愛の拠点の1つである山中のペンションのような建物へとやって来る。


 「早かったわね、智慧理」


 紗愛は玄関の扉の前で智慧理を待ち受けていた。


 「その男が売人?」

 「はい。なんか来る途中で静かになっちゃいましたけど」


 智慧理が捕まえている男性は、高所への恐怖と智慧理への恐怖によっていつの間にか気絶していた。


 「気絶してるなら話は早いわ。さっさと地下室に連れて行って縛っちゃいましょう」

 「は~い」


 智慧理は男性を米俵の様に肩に担ぎ上げて建物に入り、そのまま地下の食料貯蔵庫へと男性を運ぶ。

 殺風景な食料貯蔵庫には、既に長く丈夫なロープが用意されていた。言うまでも無く男性を拘束するためのものだ。

 早速ロープで男性を縛り上げようとした智慧理に、紗愛が待ったをかけた。


 「智慧理、先に薬を渡してもらえる?」

 「は~い」


 智慧理はドロップ入りのビニール袋を紗愛に手渡す。


 「私はこれを調べてみるわ。時間が掛かると思うから、売人の尋問は智慧理に任せてもいい?」

 「任せてください!」


 智慧理は両手を握り締めてやる気をアピールする。


 「それじゃあ頼んだわよ」


 紗愛がビニール袋を手に地下室を後にする。


 「さて、と……」


 智慧理はロープを用いて男性を巧みな手付きで縛り上げる。


 「この間の尋問みたいな感じでやればいいのかな……?」


 体に何重にもロープを巻き付けられ、ミノムシのような有様になった男性を見下ろし、智慧理は右手にオズボーンを召喚する。


 「殺しちゃったり発狂させちゃったりしないように気を付けないと……!」


 今まさに、男性にとっての悪夢が始まろうとしていた。

次回は20日に更新する予定です

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