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2.未知との遭遇

 「ここが私の部屋です」


 少女が半透明の女性を招き入れたのは、御伽原大学から歩いて5分ほどの立地にあるワンルームのアパートだった。


 「へぇ、独り暮らしなんだ。大学生?」

 「いえ、高校生です。この春御伽原学園に入学したばっかりで……」

 「高校生で独り暮らし?大変だね~」


 半透明の女性とごく普通の日常会話を交わしているという状況に少女は困惑していた。


 「あ、適当にベッドとか座って……座って?ください」

 「ありがとう」


 半透明の女性は何だか地面から数cm浮いているように見えるので、そもそも座るという概念があるのかと疑問に思った少女だが、半透明の女性は普通の人間がそうするのと同じようにベッドに腰掛ける仕草をした。


 「えっと……お飲み物は?」

 「あっ、お構いなく」

 「ですよね……」


 少女は机の前の椅子に腰を下ろし、半透明の女性と向かい合った。


 「そう言えば自己紹介をしてなかったね。私は稲盛霞。御伽原大学で准教授として勤めている。いや、勤めていた、の方が正しいかな。こうなってしまってはもう仕事は続けられないだろうからね」

 「わ、私は黒鐘智慧理って言います。あの……稲盛さんは、幽霊になった、ってことですか?」

 「その認識で概ね問題ないよ。厳密には自分の魂に自我を丸々コピー&ペーストした、幽霊の上位互換的存在なのだけど……まああまり専門的な話をしても仕方がないしね」

 「そ、そうですか……」


 智慧理には霞の言うことがほとんど何も分からなかった。


 「あの、さっきのことって説明してもらえるんですか?」

 「勿論。黒鐘さんが疑問に思っているであろうことは、1つ残らず説明させていただくつもりだよ。ただ事態は相当に複雑だからね。日頃学生相手に教鞭を執っている私でも、何から説明したものか……」


 顔を少し上に向けて人差し指を顎に添え、考え込む素振りを見せる霞。


 「……1つ確認させてもらいたいのだけど、この春から高校生になって独り暮らしを始めたってことは、黒鐘さんはこの街の出身じゃないのかな?」

 「は、はい。地元は全然違うところで、私だけこの春に越してきました」

 「そっか。じゃあまずはこの質問から始めないとね」


 霞が半透明の瞳で真っ直ぐに智慧理を見据える。


 「黒鐘さんは、神様って信じる?」

 「……宗教の勧誘ですか?」


 露骨に警戒心を強める智慧理に、霞は苦笑しながらひらひらと手を振った。


 「違う違う、そうじゃなくてもっと単純な話だよ。神様みたいな超越的な存在がいると思うかどうか」

 「ん~……あんまり信じてないです」

 「そっかそっか。この国だとそういう人も多いかもしれないね」


 霞は理解を示すように何度か頷いてから、不意に真剣な表情を浮かべた。


 「でもね。神っていうのは実在するんだ。神って言っても人間に恵みを与えてくれたり、人間を死後に救済したりしてくれるようなありがたい神様じゃない。人間にとって害にしかならない、人類の天敵とも呼べるような邪悪な神々がね」

 「えっ……と?」


 唐突に神は実在すると言われても、智慧理の頭は中々ついてはいけない。。


 「そしてこの御伽原っていう街は、どういう訳か昔からその手の邪神の干渉を受けやすいんだ。だからこの街には邪神の影響が強く現れる。邪神の手足となって邪神の代わりに人間を脅かす異形の怪物、『邪神眷属』の出現という形でね」

 「邪神、眷属……」


 その言葉を聞いた智慧理の脳裏に浮かんだのは、つい先程相対した恐竜人間だ。


 「もしかしてさっきのトカゲみたいな人達も……」

 「そう、彼ら恐竜人間も邪神眷属と呼べる存在だ。そして御伽原には恐竜人間を始めとする異形の邪神眷属達が数多く身を潜めていて、街に住む人間を常に狙っているんだ」


 霞が自嘲するような笑顔を浮かべる。


 「知っているかな?御伽原は他の街と比べて、行方不明者の数が異常に多いっていうことを」


 それは御伽原学園に進学するにあたって、智慧理も何度か耳にしたことのある話だった。


 「この街の行方不明者が多いのは、その邪神眷属のせい、ってことですか……?」

 「その通り。勿論公表はされていないけれどね」


 霞が語ったのは、世間一般的には鼻で笑われるような与太話の類だ。

 だが実際に恐竜人間の姿を目にした智慧理には、鼻で笑うことなどとてもできなかった。


 「この街に住んでる人達は、みんな邪神眷属のことを知ってるんですか?」

 「全員が全員知ってるわけじゃない。知っている人は知っていて、知らない人は知らない。そして知っている人もわざわざ知らない人に吹聴したりはしない。知っている人の割合は……多めに見積もって1%くらいかな?」


 街に恐ろしい怪物が潜んでいることを知らずに過ごせるのなら、それに越したことはない、と霞は言った。


 「邪神眷属のことはとりあえず分かりました。すぐには飲み込めないですけど、一旦信じることにします」

 「そうしてもらえると私も助かるよ」

 「それで、稲盛さんはどうしてその、恐竜人間?に追いかけられてたんですか?」


 前提知識の共有は終わった。次は霞自身の事情を説明する番だ。


 「実はね、私は魔術師なんだ」

 「ま、魔術師、ですか?」


 またしても俄かには受け入れがたい情報である。


 「魔術師って言っても、お伽話の魔法使いみたいにカボチャを馬車に変えたりはできないんだ。私にできるのは人間の認識を少し弄ったり、離れた場所にあるものを手元に呼び寄せたり、そういう地味なことだけ」

 「それがホントにできるなら凄いと思いますけど……」

 「あはは、ありがとう。私の家は代々魔術師の家系でね、父も祖父も魔術師だった。そして私の家には祖父の代から受け継がれてきた悲願があるんだ」

 「悲願?」

 「この御伽原の街から、邪神眷属を一掃すること。それが祖父と父から受け継いだ私の悲願だった」


 そう告げた霞の表情からは、強い使命感と邪神眷属への憎しみが感じられた。


 「何でも祖父は無二の親友が邪神眷属に殺されてしまったらしくてね。私の家系の中でも特に邪神眷属への憎悪が強かったそうなんだ。それで邪神眷属を街から排除するための研究を始めて、その研究を父にも引き継がせた。そして今では私が父から研究を引き継いだっていう訳だよ」

 「街から邪神眷属を排除する、って……具体的にはどうするんですか?」

 「研究を始めるにあたって祖父は色々考えたみたいなんだけどね、結局『あらゆる邪神眷属を一方的に殺戮できるほどの圧倒的な戦闘能力を持つ魔術師』を作り出すのが最も確実という結論に行きついたんだ」

 「わぁ……」


 魔術師という単語のイメージからはあまりにもかけ離れた力業の結論に、智慧理は思わず絶句した。


 「父も私も祖父の思想を受け継いで研究を続けて、そして遂に3日前に『叛逆の牙』が完成した」

 「牙?」


 智慧理は恐竜人間達がしきりに「牙」と口にしていたことを思い出した。


 「叛逆の牙は簡単に言うと、使うととても強い魔術師になれる魔法の道具だよ。祖父が構想を作って父が洗練したそれを、私がようやく形にすることができたんだ」

 「すごいじゃないですか」

 「ただ……叛逆の牙の完成によって、2つの問題が発生したんだ」


 霞はそう言って右手の人差し指と中指を伸ばした。


 「まず1つ目は、完成した叛逆の牙が誰にでも使えるものではなかったこと」


 霞が中指を折る。


 「祖父や父の設計段階で問題があったのか、それとも私の技術不足なのかは分からないけれど……私の作った叛逆の牙は、適性を持ったごく一部の人間にしか効果を発揮しないことが分かったんだ。私は完成した直後に自分に対して使ってみたけれど、何の変化も現れなかった」


 続いて霞は人差し指を折った。


 「そして2つ目は、叛逆の牙の完成が邪神眷属達に知られてしまったことだ」

 「えっ……何でバレちゃったんですか?」

 「分からない、一体どこから情報が漏れたのか……いずれにしても、牙は邪神眷属にとって脅威となるアーティファクトだからね。完成直後から様々な邪神眷属が牙と私の命を狙って現れるようになった。私はこの3日間、牙を守るために死に物狂いで逃げ続けたけれど、とうとう恐竜人間の勢力に追い詰められて……」


 そして霞は再び人差し指を伸ばすと、真っ直ぐに智慧理を指差した。


 「そこに君が現れた」

 「わ、私ですか?」

 「お腹に風穴を開けられて死に瀕した私を、君は事情も知らずに助けてくれようとした。けれど君もまた恐竜人間に追い込まれて……このままだと共倒れになる。そう考えた私は、君を巻き込んでしまうかもしれないと分かった上で、一か八か君に反逆の牙を使うことにした」

 「私に……牙を……」


 智慧理の脳裏に、自らの胸に刃物が刺さった光景が蘇る。

 あの時霞が智慧理の胸に突き刺した刃物は、思い返せば何かの動物の牙で作られたような質感をしていた。

 あの刃物こそが、霞の言う叛逆の牙だったのだ。


 「正直あまりにも分の悪い賭けだった。私の計算では叛逆の牙の適合者は100万人に1人。そんな人間がこの土壇場で現れるなんてありえないと、あの時の私はそう思っていたけれど……奇跡が起きた。君は牙に適合したんだ!」


 高揚した様子で声を上げる霞。半透明の頬の色が僅かに濃くなったように見えた。


 「君は私の想像を遥かに超えて牙の力を高次元に引き出していた!はっきり言って君の戦闘能力は私の予測を大幅に上回っている!」

 「そ、そうですか……?」


 智慧理は霞の言うことはあまりよく分からなかったが、褒められて悪い気はしなかった。


 「君の力があれば、本当にこの街から邪神眷属を駆逐できるかもしれない!」

 「は、はぁ……」

 「巻き込んでしまったことは本当に申し訳ないと思っているけれど……どうか君のその力を私に貸してくれないだろうか!?」


 霞は智慧理の手を取ろうとしたが、幽霊らしく霞の手は智慧理の体をすり抜けた。


 「頼む!どうか私の代わりに、邪神眷属と戦ってくれ!」

 「え、えっと……」


 突然の申し出に戸惑う智慧理だったが、やがて言葉を選ぶように返答を口にする。


 「邪神眷属のことはまだあんまりよく分からないですけど……さっきの稲盛さんみたいに怪物に襲われてる人がいて、私がそれを助けられるなら……私は助けたいです」

 「ありがとう!そう言ってくれて嬉しいよ!」


 霞は満面の笑みで智慧理と握手を交わそうとしたが、その手はやはり智慧理をすり抜けてしまった。

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