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19.狂言火災

 「智慧理、準備はできた?」


 時は流れて金曜日の夜、時刻は午後9時10分前。インカムの向こうから紗愛の声が聞こえてくる。


 「一応言われた場所には来ましたけど……」


 普段よりも少し大人びた服装の智慧理のすぐ側には、紗愛が経営するゲームセンターである「ダイナステーション」の看板がある。普段なら夜の街並みから浮かび上がるように色とりどりの光を放っているその看板は、店舗の臨時休業に伴って今は光を失っている。

 ちなみに臨時休業の理由は放火の予告があったためだ。急遽休みを取らざるを得なくなった従業員達も、まさか放火予告の差出人が自分達の店長とは夢にも思うまい。

 智慧理は現在、紗愛の指示でダイナステーションの建物近くの細い路地に身を潜めていた。そこからはダイナステーションの前の通りを広く見渡すことができる。


 「にしても……思ったより人集まりましたね……」


 ダイナステーションの前には現在、数十人規模の人だかりができていた。その道路は元々歩行者専用なので車両の通行を妨げる心配はないが、それでもたまたま通りがかった通行人は皆一様に迷惑そうな表情をしている。


 「あの人達全員、紗愛先輩の予告を見て集まったんでしょうか……?」

 「ほぼほぼそうでしょうね。でなきゃ休業してるゲーセンにわざわざ来る人なんていないわ」

 「うわぁ……」


 智慧理は思わず顔を顰める。目の前の人だかりが皆火事の現場を見物するために集まったのかと思うと、智慧理は言いようのない嫌悪を感じた。


 「紗愛先輩、最近思ってるんですけど……御伽原ってちょっと治安悪くないですか?」


 火事の現場で野次馬が口々にデマを騒ぎ立てたり、路地裏で麻薬が取引されていたりと、ここ最近智慧理が御伽原の治安の悪さを実感するような出来事がいくつもあった。


 「まあ、邪神眷属がうじゃうじゃいるような街だもの。品行方正に暮らせっていうのも中々難しいのよ」

 「そういうものですか……?人間性の問題を邪神眷属に転嫁してるような気が……」

 「まあいいじゃないその話は。ほら、集中しないとカガリの協力者を見つけられないわよ」


 露骨に話を逸らす紗愛。だが実際話に夢中になってカガリの協力者を見逃しでもしたらゲームセンターが燃やし損になってしまうので、智慧理は通りの群衆に視線を戻した。


 「智慧理、最後にもう1度確認しておくわよ。普通の野次馬とカガリの協力者を見分ける方法は?」

 「えっと……火事を見ても驚いたり興奮したりしないで、恍惚としてる危ない人がいたら、その人がカガリの協力者の可能性が高い、ですよね?」

 「そうよ。そして協力者らしき人間を見つけたら?」

 「こっそり近付いてどうにかして気絶させて、近くに停めてあるバンにまで連れて行く」

 「OKよ。ちなみに協力者が1人だけとは限らないから、少しでも怪しい奴がいたら手当たり次第に連れて行っちゃいなさい」

 「手あたり次第は絶対ダメですよね……?」


 ちなみに紗愛も智慧理とは別のポイントから、野次馬達の様子を観察している。


 「……9時になったわ。始めるわよ」


 紗愛が声を低く下げてそう告げた直後、ダイナステーションの店内から爆発音が聞こえてきた。

 そして店の中から炎が溢れ出し、瞬く間に建物全体が激しい炎に包まれた。


 「おおっ!」「火が出たぞ!」「あの予告マジだったんだ!」「動画撮ろ動画!」


 火事の発生を目の当たりにした群衆が一気に盛り上がる。狂言とはいえ正真正銘本物の火事を目の当たりにしているというのに、まるでサーカスのショーでも見ているかのような反応だ。当事者意識があまりにも欠けている群衆に、智慧理は思わず溜息を吐く。


 「気持ちはわかるけど溜息ついてる暇は無いわよ。集中して探しなさい」

 「はいっ」


 智慧理は炎に照らされた野次馬達の顔を1人1人注意深く観察していく。その大半は火災という非日常を前に高揚しているような笑顔を浮かべていたが……


 「……紗愛先輩、見つけました」


 群衆の中で1人だけ。智慧理は他と毛色の違う表情を浮かべている人物を発見した。

 集団の端の方にいる大人しそうな雰囲気の若い女性。その女性だけは他の野次馬と違い、まるで恋焦がれている想い人を見るような恍惚とした瞳を、ダイナステーションを覆う炎に向けていたのだ。

 女性のその頬を紅潮させた表情は、正しく「炎を崇めている」という表現が相応しかった。


 「でかしたわ智慧理。仕留めてきなさい」

 「仕留めはしないですけど……行きます」


 智慧理は身を潜めていた路地から出ると、さりげなく群衆の中に紛れ込む。

 そして非常に巧みな身のこなしで野次馬と野次馬の隙間を縫って人混みの中を進み、目的の女性のすぐそばまでやって来る。

 女性は火事の様子に夢中で、智慧理が近付いてきたことにすら気付いていない。それをいいことに智慧理は素早く女性の鳩尾へと当身を食らわせた。


 「うっ」


 小さな呻き声を漏らした女性はそのまま意識を失い、糸の切れた操り人形のように膝を折る。智慧理は女性が倒れて群衆の注目を集めないよう、素早く女性の体を支えた。


 「大丈夫?気分悪くなっちゃった?」


 智慧理は女性に肩を貸す振りをしながら群衆から離れ、先程まで身を潜めていたのとは別の路地へと入る。そこには1台の黒いバンが止められていた。

 智慧理は周囲に人の目が無いことを確認し、バンのリアゲートを開けて女性を車内へと放り込んだ。


 「紗愛先輩。協力者っぽい人、車まで運び終わりました」

 「上出来よ。戻ってきて引き続き捜索を続けて」

 「了解です」


 智慧理は予め用意しておいた結束バンドで女性を後ろ手に拘束してから、再び火事の現場へと戻っていった。




 事前に話を通していた消防隊が火事を消し止めたのは、火事が起こってから約1時間後のこと。その間に発見できた協力者らしき人物は、結局智慧理が最初に見つけた若い女性だけだった。


 「1人見つかっただけでも上出来だわ。移動して尋問しましょう」


 バンの運転席に乗り込んだ紗愛がそう言ってバンを発進させる。慣れた手つきでハンドルを握る紗愛の姿を、智慧理は助手席から驚いたような表情で見つめていた。


 「……何?」

 「紗愛先輩、車運転できるんですか?」

 「何よ今更。誰がここまでこのバン運転してきたと思ってるのよ」

 「それはそうなんですけど……ってことは紗愛先輩、もう誕生日過ぎてるってことですか?」


 自動車の運転免許を取得できるのは18歳からだ。高校3年生でも誕生日を既に迎えていなければ取得はできない。

 だがそれはあくまでも一般的な高校生の話だ。


 「ああ、言ってなかったかしら。私、実年齢は全然高校3年生なんかじゃないわよ」

 「……えっ?」

 「今の私の姿が<擬態の外套>で作った偽物ってことは智慧理も知ってるでしょ?だから外見年齢と実年齢は全然一致してないの」


 ここにきて衝撃の事実である。智慧理は言葉を失った。


 「えっ……じゃあ紗愛先輩、ホントは今何歳なんですか?」

 「88」

 「……えっ?」

 「だから88歳。米寿よ」

 「えええええっ!?」


 驚きのあまり思わず車内で大声を上げる智慧理。紗愛が顔を顰めながら両手で耳を塞ぐ。


 「ちょっ、うるさい!後ろの女起きたらどうすんのよ!?」

 「ご、ごめんなさい……」


 我に返った智慧理が後ろを確認すると、協力者と思われる女性は相変わらず意識を失ったままだった。智慧理はひとまず安心する。


 「とにかくそういう訳だから、免許取り立てでも無免許運転でもないから安心して?」

 「わ、分かりました……」


 88歳の運転となるとまた別種の不安を覚えた智慧理だったが、流石にそれを口には出さない程度の分別はあった。

 そんな話をしている間に車は街の中心を離れ、人家もまばらな山間部へと向かっていく。


 「紗愛先輩、これってどこに向かってるんですか?」

 「私の拠点の内の1つよ。近くに他の家がないから、多少騒がしくしても問題無いわ」

 「拠点の1つって、紗愛先輩お家いくつも持ってるんですか?お金持ち~……」

 「ふふん、魔術師の嗜みよ」


 程なくして前方にペンションのような雰囲気の2階建ての建物が見えてくる。白い壁と紫色の屋根が印象的だ。


 「あれが紗愛先輩のお家ですか?」

 「お家っていうか拠点ね」


 紗愛は建物の玄関前に車を横付けする。


 「智慧理、後ろの女運ぶの手伝って」

 「手伝うっていうか私だけで運べますよ。紗愛先輩ドアだけ開けてください」


 智慧理はリアゲートから攫ってきた女性を引っ張り出して抱え上げ、紗愛が開けた玄関を通って建物の中に足を踏み入れる。


 「靴のままでいいわよ」

 「そうなんですね。どこまで運べばいいですか?」

 「地下に食料貯蔵庫だった部屋があるからそこにしましょう。地下の方が音も漏れづらいでしょうし」

 「は~い」


 そうしてやって来た食料貯蔵庫は、地下なだけあって窓が1つも無く、照明を点けなければほぼ完全な暗闇だった。


 「……なんか電気点けても薄暗いですね」

 「もっと明るい照明に変えようってずっと思ってるけど、ついつい忘れちゃうのよね。でも今日に限っては、これくらい暗い方が雰囲気あっていいんじゃないかしら」


 2人がこれから行うのは、攫ってきた女性への尋問だ。紗愛の言う通り、少し薄暗いくらいの方が尋問らしい雰囲気は出る。


 「この女の人どうすればいいですか?床に置いちゃっていいですか?」

 「いいわよ。適当に放っちゃって」


 流石に放るのは気が引けたので、智慧理は女性をそっと床に横たえる。智慧理の当身を食らって気絶した女性は、未だに目を覚ます気配を見せない。


 「どうやって起こします?」

 「ちょっと待ってて、私にいい考えがあるわ」


 紗愛はそう言うと智慧理を地下に残して階段を上がっていく。

 一体何をするつもりなのかと智慧理が首を傾げながら待っていると、紗愛は2分と経たない内にすぐ戻ってきた。


 「これを使えば1発よ!」


 紗愛が得意気に右手に提げているのは、水がなみなみと注がれたバケツだった。


 「それ、使うって……」

 「当然こうするのよ!」


 智慧理が止める暇も無く、紗愛は床で寝ている女性へとバケツの中身をぶちまけた。


 「っ、げほっ!ごほっ!」


 女性が咳き込みながら目を覚ます。


 「あ~あ……」

 「あ~あって何よあ~あって」

 「いやもう……こんなのやったら完全にこっちが悪役じゃないですか」

 「悪役上等よ、それでこの街を守れるならね」

 「わぁカッコい~」


 中身の無い会話をしている智慧理と紗愛を、ずぶ濡れの女性が咳き込みながら睨み付ける。


 「な……何なの、あなたたち……」

 「それはこっちのセリフよ」


 屈み込んで女性を睨み返す紗愛。


 「あなた、SNSの放火予告を見てわざわざダイナステーションまで来たんでしょ。なんでそんなことしたの?そんなに火事が見たかったの?」

 「っ……」


 紗愛の質問に女性は唇を固く引き結んで顔を逸らす。


 「答えないなら私が代わりに言ってあげましょうか。あなた、ザララジアの信奉者でしょ?」


 その質問に女性は口を開く代わりに目を大きく見開いた。何故紗愛がそれを知っているのかと、その表情が雄弁に物語っている。

 この時点で女性がカガリの協力者であることは確定したようなものだ。


 「単刀直入に言うわ。次にカガリが火事を起こす場所を教えなさい」

 「なっ、何のことよ!?」

 「惚けるならもっとポーカーフェイスを練習した方がいいわ。世界水泳くらい目が泳いでるわよ」


 紗愛が女性の髪をガッと掴む。


 「もう1度だけ、穏便に聞いてあげるわ。カガリが次にどこで火事を起こすつもりなのか教えなさい」

 「……っ!」


 紗愛が凄みを利かせて問い詰めるも、女性は頑なに口を開かない。隠し事こそ向いていないが、カガリに対する強い忠誠心のようなものが感じられた。

 ただ言葉で尋ねるだけでは女性は絶対に口を割らないだろうと、智慧理も紗愛も確信した。


 「強情ねぇ……仕方ないわ。智慧理」

 「はい?」

 「オズボーン出しなさい」

 「……えっ、本気で言ってます!?」


 紗愛のその要求は、女性への尋問にオズボーンを使用するという意思表示に他ならない。オズボーンが与える苦痛を身を持っている智慧理からすれば、オズボーンを人に使うという発想がまず思い浮かばなかった。


 「何よ、非人道的とでも言いたいの?言っとくけどここでこの女に情けをかけるってことは、街の人間がカガリの魔の手に陥るのを見殺しにするってことよ」

 「分かってますよそんなの。ちょっとビックリしただけです」


 智慧理は女性に情けをかけるつもりも無ければ、そもそもオズボーンの使用に反対するつもりも無い。むしろオズボーンを使用するという紗愛のアイデアを効率的とすら感じていた。


 「アポート」


 智慧理が呪文を唱えてオズボーンを召喚し、それを右手にゆっくりと女性に近付いていく。


 「ちょっとずつやってく感じでいいですよね?」

 「分かってるじゃない智慧理」


 女性は刃物片手に近付いてくる智慧理を反抗的な目で見上げている。何をされても自分が口を割ることは有り得ないと、その瞳が物語っている。


 「まずは軽く指先行ってみますか」


 智慧理は女性の背後に回り込み、女性の左手の親指に小さく傷をつけた。


 「いぎっ……!?」


 途端に激しく身を捩る女性。辛うじて悲鳴を押し殺すことには成功したが、その両目には涙が滲んでいる。


 「痛かった?痛かったわよね?」


 紗愛が殊更に悪辣な笑顔を浮かべながら女性に問い掛ける。


 「想像よりもずっと痛くて驚いたでしょ?親指を軽く切られただけでこんなに痛いなら、もっと大きな傷を付けられたらどうなるのか、想像しただけで恐ろしくなるでしょ?」


 紗愛の言葉は女性の想像を掻き立てるためのものだ。現に女性は紗愛が語った状況を脳内で思い描いてしまい、それに対する恐怖で徐々に呼吸が荒くなっている。


 「それが嫌だったら、大人しくカガリの情報を吐きなさい。そうすればあなたの身の安全は保障してあげるわ。逆にそれでもまだ喋らないって言うなら……智慧理」

 「は~い」


 智慧理は今度は女性の左の掌に、先程親指に付けたものよりも一回り大きな傷を付ける。傷口から溢れた血が刀身へと吸い込まれていった。


 「ぐ、うっ……!」


 顔中に脂汗を浮かべながら悲鳴を押し殺す女性。その忍耐力は大したものだが、この場においてそれは女性自身を苦しめることになる。


 「まずは口を開けさせるところからね……智慧理、どんどんやっちゃって」

 「は~い」


 智慧理が女性の右腕に等間隔で傷を付け始める。女性の腕には徐々に定規の目盛りのような赤い線が刻まれ、智慧理がオズボーンを動かす度に女性の体が大きく跳ねた。


 「っ、あああああああっ!?」


 苦痛に耐えかねて女性が悲鳴を上げたのは、智慧理が腕に7本目の傷を付けた直後のことだった。


 「お、やっと口開けたわね。じゃあそのままカガリの情報喋っちゃいなさいよ」

 「っ、誰が……!」

 「まだ意地張るつもりなの?よくそこまでカガリに義理立てできるわね……」


 呆れた様子で溜息を吐く紗愛。


 「仕方ないわね。これを使いましょう」


 そう言って紗愛がポケットから取り出したのは、乳白色の液体で満たされた小瓶だった。


 「何ですかそれ?」

 「私が『自白剤』って呼んでるアーティファクトよ。これを飲ませるとどんな質問にも答えてくれるようになるの」

 「そんなのあるなら最初から出してくださいよ!?」


 ここまでの尋問が根底から無に帰すようなアーティファクトの登場に智慧理は目を剥いた。


 「そんな気軽に使えるものでもないのよ。効き目が出過ぎちゃうとあっぱらぱーになっちゃって質問に答えるどころじゃなくなるし。だから本当は使うつもりは無かったんだけど……このままだとこの女死ぬまで吐かなさそうだからもう使っちゃうわ」

 「大丈夫なんですか……?」

 「上手くやるわ。智慧理、その女の口開けさせて」


 紗愛の指示に従い、智慧理は女性の顔を押さえて口を上向きに開けさせる。

 その女性の開いた口の中へと、紗愛はスポイトを使って乳白色の液体を1滴ずつ垂らし始めた。女性はどうにか抵抗しようとするが、智慧理が固定している顔はビクとも動かず、紗愛は乳白色の滴を直接喉に落としているため吐き出すこともできない。


 「……うん、こんなものかしら」


 女性の口に5滴ほど液体を垂らしたところで紗愛は手を止めた。

 液体の効果が早速現れているのか、女性は酩酊状態のような表情を浮かべ、瞳は焦点が合わなくなり始めている。


 「薬が効いてるか、ちょっと試してみましょうか。あなた、名前は?」

 「……木村……好美……」


 女性は素直に紗愛の質問に答えた。これまで頑なに口を開かなかったのが嘘のようだ。


 「効いてる……んですよね?これって」

 「そうね、上手くいったわ」


 紗愛が満足気に頷く。


 「さあ木村。カガリが次にいつどこで火事を起こすのか話してもらいましょうか」

 「それは……っ……」


 口籠る木村。木村のカガリへの忠誠心は、アーティファクトを以てしても完全に抑え込むことはできないのだ。

 だが……。


 「答えなさい、木村好美!」

 「っ、は、はい……」


 紗愛がより強い口調で命令すると、木村は首を縦に振った。今の木村は正常な判断能力を奪われており、強く言われたことには逆らえないのだ。


 「カガリ様が次に火を熾すのは……明日の土曜日……場所は……御伽原中央公園……」

 「明日の中央公園?」

 「それって……!」


 智慧理は目を見開いた。


 「満腹フェス……!?」


 明日土曜日の御伽原中央公園は、市内外から多くの来客が訪れる一大イベント、満腹フェスティバルの会場だ。智慧理も睦美と一緒に参加する約束を交わしている。


 「満腹フェスは毎年万単位の集客があるイベント……しかも火を使う出店が多いから火事を起こすのも簡単だわ。より多くの人間に火事を見せつけるっていうカガリの目的には打ってつけだわ」

 「ふふっ……ふふふふふっ……!」


 すると木村が不気味な笑い声を上げ始めた。


 「今更カガリ様の計画を知ったところでもう遅いわ……!カガリ様の崇拝者は私1人だけじゃない。こうしている間にも何十人もの同胞がカガリ様の計画を進めてる。今更私1人を捕まえて計画を知ったところで、あなた達にはもうカガリ様は止められない!」

 「……立場も弁えずによく動く口だこと」


 紗愛が木村を忌々し気に睨み付ける。だが木村の言うことに反論はできなかった。

 今の木村はアーティファクトの影響で嘘を吐くことができない。つまり木村以外にカガリの協力者が何十人もいるというのは事実なのだ。

 それだけの数の協力者がいて、尚且つ満腹フェスの開始までは既に12時間を切っている。カガリの計画を事前に阻止することは最早不可能だ。智慧理が唇を噛みながら紗愛に視線を向けると、紗愛も智慧理と同じような表情を浮かべていた。


 「あなた達ってもしかして……あの黒い天使の仲間なの?」


 不意に木村が智慧理と紗愛にそう尋ねる。


 「……だったら何なの?」


 紗愛は敢えて明言を避けた。仲間どころか今木村の背後を取っている智慧理が黒い天使本人な訳だが、それを正直に木村に告げる必要性はない。


 「それなら黒い天使に伝えておくといいわ……あなたの命は明日尽きるってね!あははははは!」


 狂った様に高笑いをした木村は、直後電源が切れたかのように突然意識を失った。


 「えっ……死んだ?」

 「死んでないわ、薬の副作用みたいなものよ。もう聞きたいことは聞き終わったから、そのまま寝かせておきなさい」


 念のため木村の呼吸を調べた智慧理は、木村が規則正しい寝息を立てていることを確認した。命に別状は無さそうなので紗愛の言う通り捨て置くことにする。


 「さて、困ったことになったわね……今から満腹フェスを中止にするのは流石に無理だわ」

 「フェスに紛れ込んだ協力者が火事を起こすのを未然に防ぐっていうのはどうですか?」


 まずは協力者が火事を起こし、その炎を介してカガリが火災現場へと瞬間移動、そしてカガリが精神汚染の性質を持つ炎を放って火事を拡大させる、というのがこれまでのカガリの手口だ。

 この手口は智慧理が火事の前にカガリの気配を感知することができないという点が非常に厄介だが、同時に協力者が火事を起こすのに失敗すればカガリの瞬間移動が不可能になるというデメリットを抱えている。

 仮に満腹フェスにおいてもカガリがこれまでと同じ手口を使うのであれば、協力者の行動を妨害することでカガリの計画を阻止することができる。そう考えた智慧理だったが……


 「カガリの協力者が数十人いるとなると難しいわね。事前に協力者を判別できない以上、同時多発的に被を放たれたらこっちとしては手の打ちようが無いわ」

 「じゃあ……火事が起きたらなるべく早くお客さんを全員逃がして、なるべく早くカガリを倒すしか無いってことですよね?」

 「厳しいけどそれしか無いわね……火事が起きた時の避難誘導がスムーズにできるように、警察と消防に話を通しておくくらいはできるかしら……」


 今から対策を立てるにはあまりにも時間が足りなすぎる。協力者を見つけ出すのに時間が掛かり過ぎたのだ。

 状況の厳しさを思い知り、智慧理と紗愛の間に重い空気が流れる。


 「……でも、悪いことばっかりじゃないわ」


 暗い雰囲気を変えようと、紗愛が声に力を込める。


 「少なくとも、明日満腹フェスにカガリが現れるっていう情報は得られたんだもの。カガリを仕留めるにはこれ以上ないチャンスだわ」


 祈るように智慧理の肩に手を置く紗愛。


 「頼んだわよ、ブラックエンジェル!」

 「……はいっ!」


 智慧理は力強く紗愛に頷き返した。

次回は12日に更新する予定です

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