18.信奉者捜索作戦会議
「智慧理、明日の土曜日って空いてる?」
朝智慧理が教室にやって来ると、先に着席していた睦美が開口一番そう尋ねてきた。
「明日?予定は無いけど……何で?」
「じゃあさじゃあさ、私と一緒にこれ行かない?」
睦美が智慧理に1枚のチラシを渡す。チラシの上部にはポップな字体で「御伽原満腹フェスティバル」と大々的に記されており、その下には肉や寿司やラーメンやフルーツなど見るからに旨そうな料理の写真がいくつも並んでいる。
「満腹フェス……?これ何?」
「あそっか、智慧理この街の出身じゃないから知らないよね。御伽原では毎年この時期に満腹フェスティバルっていうイベントをやってて、全国から色んな美味しいものが集まるの!毎回会場の御伽原中央公園がギッチギチになるくらいお客さん来るんだよ!」
「あ~……そう言えばこないだニュースで見たかも……」
言われて記憶を浚ってみると、数日前にテレビで「今年も御伽原満腹フェスティバル開催」というニュースを、去年開催された時の映像と共に目にした覚えがあった。
「私ね、毎年満腹フェスにはお母さんと一緒に行ってたんだ。でも今年お母さんがどうしても外せない用事があって行けなくなっちゃったの。それで今年は私1人で行こうかなって思ってたんだけど、智慧理さえよかったら一緒に行ってくれない?」
「いいよ、一緒に行こっか」
智慧理としても断る理由は無いので、2人は土曜日の約束を交わす。チラシはそのまま智慧理が持っていていいとのことだったので、智慧理は鞄からクリアファイルを取り出してチラシを仕舞った。
「そう言えばさ、睦美」
「ん、なぁに?」
「睦美の知ってる人で、いつもライター持ち歩いてたり、火事のニュースにやけに興味持ってたりする人っていない?」
「えっ?……どうだろう……」
唐突な智慧理の質問に、睦美は目を白黒させる。
「お父さんもお母さんもタバコは吸わないからライターは持ち歩いてないし……マンションとファブルモールの火事のニュースは2人とも見てたけど特別興味がある風でもなかったし……でもどうしてそんなこと聞くの?」
「いや、別に……」
智慧理は睦美を誤魔化しつつ溜息を吐く。
この街のどこかにいるカガリの協力者を探し出すという智慧理と紗愛の方針は、当然の如く難航していた。人口100万人規模の御伽原の街で、顔も名前も知らない特定の誰かを探し出すのは容易ではない。紗愛は警察に知り合いがいるらしく、その伝手を頼って色々と調べているが、今のところ成果は全く上がっていない。
そのような行き詰った状況のため、智慧理は苦し紛れに睦美へ聞き込みなどしてみた次第だ。
唯一の救いは、智慧理と紗愛が行き詰っているこの数日間、カガリが次なる火災を起こさなかったことだ。余程オズボーンの苦痛が堪えたと見える。
「あっ!火事のニュースで思い出したけどさ、今朝酷かったんだよ!」
突然睦美が眉を吊り上げて怒りを露わにする。
「酷かったって、何が?」
「朝のニュース番組に出てたおじさんのコメンテーターがね、ブラックエンジェルのことめちゃくちゃに言ってたの!」
「そ、そうなの?」
ブラックエンジェルというのは言うまでも無く智慧理のことである。
火災現場から男の子を救出する智慧理の動画がSNSに出回って数日。変身状態の智慧理の呼称に関して「黒い天使」派と「魔法少女」派の2つの派閥が論争を繰り広げた末、間を取って「魔法少女ブラックエンジェル」に呼称が一本化されつつあった。
「そのおじさん、ブラックエンジェルのことを『一連の放火事件はこの黒い少女の犯行という可能性もある』なんて言ったんだよ!?『子供を救出したという一件もマッチポンプなのではないか』とか、何の根拠もないのに言っちゃって!私ホントに頭に来ちゃってさぁ!」
「め、珍しいね、睦美がそんな怒るなんて……」
智慧理と睦美の付き合いはまだ長くないとはいえ、普段ほわほわした睦美がここまで怒りを露わにする姿を智慧理は初めて見た。
「そりゃ怒るよ!だって私ブラックエンジェル好きだもん!」
「そ、そっか……」
友人に真正面から好きと言われ、智慧理は何だかくすぐったくなった。
するとその時、ポケットに入れていた智慧理のスマホが振動する。取り出して画面を確認すると、紗愛からメッセージが届いていた。
「今日の昼に屋上に来るように」
紗愛のメッセージは非常に簡潔だ。
「……睦美、今日はお昼一緒に食べられないかも」
「えっ、何で?」
「ちょっと紗愛先輩から呼び出されちゃった」
「ふ~ん。なんか智慧理、最近やけに千金楽センパイと仲いいよね。なんで?」
「えっ?あ~……」
実は私がブラックエンジェルで、紗愛先輩は実は人間じゃなくて恐竜人間で、街の人々を脅かす生邪神眷属と戦うために手を組みました。
などと言えるはずはないので、智慧理は適当に言葉を濁して誤魔化した。
「最後の手段に出るわ」
購買でパンを買って屋上へと上がってきた智慧理に、紗愛は開口一番そう言い放った。
「最後の手段って……カガリの協力者探しの件ですか?」
「察しがいいわね、その通りよ。もう見つからなさすぎるから最終手段を使うわ。って言っても、実は1番最初に思い付いてた方法なんだけどね」
「……なんか嫌な予感するんですけど」
真っ先に思い付いたにもかかわらず最終手段として今の今まで仕舞い込まれていたということは、おいそれとその手段を使えない何かしらの問題があるということだ。
一体どんな作戦を言い出すつもりなのかと、智慧理は恐る恐る紗愛に尋ねる。
「それで……どんな方法なんですか?」
「今夜火事を起こすわ」
「……はい?」
智慧理は耳を疑った。
「鼓膜おかしくなったかな……ごめんなさい、今火事起こすって言いました?」
「言ったわ。今夜火事を起こすわよ」
「嘘ですよね!?」
耳の疑いが晴れたので、今度は紗愛の正気を疑った。
まだ作戦のコンセプトしか聞いていないが、この時点でおよそ正気ではない作戦であることは確実である。
「紗愛先輩何言ってるんですか!?火事を防ぐためにカガリの協力者を探そうっていう話なのに、協力者を探すために火事起こしたりなんてしたら本末転倒じゃないですか!」
「本末転倒なこと無いわよ。私達が火事を起こしたところで、その炎に精神を汚染する性質はないもの」
紗愛が人差し指を指示棒のように智慧理に突き付ける。
「いい?カガリが危険なのは火事を起こすからじゃないわ。火事によって人間の精神を汚染するからよ。私達が防がなきゃいけない最悪のシナリオは、カガリの炎によって街の人間が大量に精神を汚染されることよ。下手したら街の人間が千単位とか万単位でザララジアの眷属に変えられちゃうかもしれないんだから」
「っ……」
街の人間が次々と邪神眷属に姿を変えていく光景を想像し、智慧理は思わず息を呑んだ。
「だからカガリの火事を未然に防ぐために、絶対にカガリの協力者を見つけなきゃいけない。そして協力者を探すなら、やっぱり私達で火事を起こすのが1番確実なのよ」
「……それがよく分からないです。なんで火事を起こしたら協力者が見つかるんですか?」
「だってカガリに協力する人間なんて、絶対ザララジアの信奉者に決まってるもの。火事に気付いたら蛾みたいにふらふら近寄ってくるはずよ」
その理屈自体は一応智慧理にも納得できるものだった。
「でもそれって、火事が起きた時にたまたま協力者が近くにいないと成立しないんじゃ……」
「当然その辺りのことも考えてあるわ。だから『予告』をしておいたの」
「予告……?」
「ほら、これ見て」
紗愛が智慧理にスマホの画面を向ける。表示されているのは有名なSNSアプリのとある投稿だ。
投稿の文面は、『今日の午後9時ちょうど、ダイナステーションに放火する』というシンプルかつ脅迫的な内容だ。
「智慧理は知らないかしら、ダイナステーションっていうのは駅前のゲームセンターのことよ」
「えっ……これ紗愛先輩の投稿ですか……?」
「そうよ。こうやってSNS事前に放火を予告しておけば、協力者が火事を見に来る可能性が高くなると思わない?」
「いやいやいやいや!ダメに決まってるじゃないですかこんなの!?」
智慧理は自分の顔から血の気が引いていくのをはっきりと感じた。
「これ完全に脅迫じゃないですか!威力業務妨害ですよ!?犯罪ですよ!?」
「何言ってるのよ、火事起こそうとしてる時点でどっちにしろ犯罪じゃない」
「そういう話じゃないでしょ!?こんな関係ないお店に迷惑かけるようなやり方どうかしてますって!」
「関係ないってことは無いわよ。私の店だもの」
「……えっ?」
ヒートアップしていた智慧理は、紗愛のその一言で完全に虚を突かれた。
「紗愛先輩の……お店?」
「そうよ。ダイナステーションは私が経営してるゲームセンター。流石に私も全く関係ない店に放火しようなんて思わないわよ」
「普通は自分がやってるお店にも放火しようとは絶対に思わないですけど……えっ、ていうか紗愛先輩経営なんてやってたんですか!?」
「ええ、他にも何軒かやってるわよ」
「へぇ~……」
経営者という紗愛の新たな側面を知り、呆気に取られる智慧理。だがすぐにはっと我に返る。
「でも、ダイナステーションが紗愛先輩のお店だったとしても、じゃあ放火していいってことにはならなくないですか?中に人がいなかったとしても非現住建造物等放火罪にはなると思いますし……」
「やけに法律詳しいわね、智慧理」
「それに紗愛先輩のお店以外の建物に燃え広がったりしちゃったら大変なことになりますよ?」
「智慧理の心配ももっともだけど、その辺りのことはちゃんと考えてあるわ。延焼に関しては魔術を使ってちゃんと防ぐし、警察にも消防にも予め話は通してあるから私が放火の罪に問われることは無いわ」
「……なんかすごい闇の権力者みたいなこと言ってますけど。この街の警察どうなってるんですか?」
警察と繋がりがあるため罪に問われない、などというのは法治国家ではあってはならないことだ。智慧理の紗愛を見る目に疑念が混じる。
そんな智慧理の視線を受けて紗愛は苦笑した。
「そんな目で見ないでよ。別に私に権力があるから罪に問われない訳じゃないわ。元々私とこの街の警察は非公式の協力関係にあって、邪神眷属への対応能力を持たない警察の代わりに、私がその手の案件を引き受けるっていう契約を結んでるの。で、邪神眷属への対処のために必要なら、街の住人や施設に被害が出ない限りある程度の違法行為は不問ってことになってるの。今回の作戦もそれが適用されてるって訳よ」
「……ホントですか?」
「ホントよ!疑うなら今から警察の偉い人に話聞きに行ったっていいわ!」
「……まあ、じゃあ一旦信じます。一旦」
「一旦って何よ……」
智慧理の疑いが完全には晴れていないことに紗愛は肩を落としたが、すぐに気を取り直した。
「それでどうする?この狂言放火作戦には当然あなたの協力も不可欠だけど、乗る?乗らない?」
「ん~……」
「ちなみに私はもうこれ以外の作戦考える気無いわよ。疲れたから」
「じゃあ実質選択肢無いじゃないですか……」
とはいうものの、狂言放火以外の作戦が智慧理には思い浮かばないのは事実。それに疲れたと言うだけあって、紗愛がカガリの協力者を見つけ出すために色々と手を尽くしていたことも智慧理は知っている。
それらを考慮すると、智慧理は渋々ではあるが首を縦に振らざるを得なかった。
「……分かりました。その作戦で行きましょう」
「そう言ってくれると思ってたわ」
「ただ、ホントに他の人とか建物に被害が出ないように気を付けてくださいよ!」
「当然よ。私、魔術には自信があるの」
紗愛が智慧理に拳を差し出す。
智慧理は一瞬首を傾げたが、すぐに紗愛の意図を理解し、自分の拳を紗愛の拳に軽く打ち合わせた。
次回は10日に更新する予定です




