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17.炎の司教

 智慧理がモールから学園に戻ってくる頃にはとっくに昼休みは終わり、5時間目も半ばという頃合いだった。変身を解いて学生服姿に戻った智慧理は何食わぬ顔で授業に合流する。

 そして恙なく時間が流れて放課後。智慧理は紗愛に呼び出されて屋上へとやって来た。


 「智慧理、5時間目めっちゃ遅刻したでしょ。大丈夫だった?」


 本題に入る前の軽い雑談として、紗愛が智慧理にそう尋ねる。


 「はい、大丈夫でした……」

 「そう?その割に暗い顔してるけど」


 紗愛の指摘通り、智慧理の表情はいつになく暗かった。


 「その……私、モールに向かう時、友達の睦美に『トイレ行ってくる』って言って出て行ったんですよ」

 「ふぅん?」

 「それで私が昼休み終わっても戻ってこないってことで、睦美が5時間目の授業が始まった時、『智慧理はトイレに籠ったまま戻ってきてません!』って報告したみたいで……」

 「……あ~」

 「私が教室に戻った時、先生とクラスのみんなからすごく生暖かい視線を向けられました……」


 智慧理が両手で顔を覆って項垂れる。


 「その~……お気の毒に?」

 「私昨日も授業中にトイレに行くって言って抜け出したんですよ……この2日で完全に胃腸弱いキャラが定着しちゃいました……」


 智慧理の学年はまだ入学して1ヶ月も経っていない。そんな時期に胃腸が弱いキャラクターが定着しつつあるというのは、かなり致命的だった。


 「……まあ、私のキャラのことはいいんです。それよりも紗愛先輩、私を呼び出した理由って……」

 「当然今日の火事のことよ。まず最初に言っておくと、今日の火事で死者は1人も出なかったそうよ」

 「そうなんですか?よかった……」


 その報せを聞いて智慧理は胸を撫で下ろした。

 群衆から「中に取り残された人がいる」と聞いて炎に飛び込んだ智慧理だったが、結局要救助者は見つからなかった。そのため自分が見つけられなかった要救助者が命を落としてしまったのではないかと、智慧理はずっと気掛かりだったのだ


 「ただ、消防士に救助された人がいたっていう話は聞いてないから、要救助者がいるって話自体がそもそもデマだったみたいね」

 「そうなんですね……」

 「困ったものね、無責任な民衆にも」


 智慧理も紗愛も元々デマの可能性は考えていたが、それでもいざデマだと確定するとやはり気持ちが萎える。


 「まあ私達がデマに踊らされたことはこの際どうでもいいわ。大事なのは死者が出なかったことと、放火魔の正体が炎の司教だって分かったことよ。炎の司教が関わってるとなると、色々見えてくることがあるんだけど……その前にまずは、炎の司教に関する説明が必要よね?」


 智慧理は頷いた。燃え盛るモールの中で遭遇した邪神眷属が「炎の司教」という種族だとは聞かされているが、そもそも炎の司教とは何なのかということを智慧理はまだ教えられていない。


 「何なんですか炎の司教って?邪神眷属……なんですよね?」

 「ええ。炎の司教は『ザララジア』の系譜の邪神眷属よ」

 「ざ、ざららじあ?」


 出だしから知らない固有名詞が登場し、智慧理は一層首を傾げる。


 「ザララジアっていうのは簡単に言うと炎の力を持つ邪神よ。ザララジアの力は強大で、ザララジアが地球上に出現するだけで大陸が一夜で焼き尽くされるなんて言われるくらいよ」

 「大陸って、ユーラシア大陸ですか?」

 「えっ?それはちょっと分からないけど……そこそんなに気になる?」

 「ごめんなさい腰折りました」


 智慧理は余計な口は挟まないことにした。

 紗愛は1つ咳払いをしてから再び話し始める。


 「智慧理がさっきモールで戦った炎の司教は、ザララジアの系譜の眷属なの。系譜っていうのは要するに、ザララジアによって生み出されてザララジアを崇拝してるってことよ」

 「なるほど……」


 ここまでは智慧理にも理解が難しくなかった。ザララジアという邪神がいて、炎の司教はその眷属。難しい構造ではない。


 「炎の司教について、何となく分かった?」

 「はい、多分……」

 「そ。じゃあ次は、あのカガリとかいう炎の司教の目的について話しましょうか」


 紗愛の表情が真剣みを増す。


 「私が思うに、カガリの目的は『より多くの人間に炎を見せること』よ」

 「炎を、見せる?」

 「ええ。だからカガリは昼間の街の中心部っていう特に人の多い場所で、2日続けて火事を起こしたんだわ」

 「ちょ、ちょっと待ってください」


 智慧理は困惑しながら紗愛の声を遮った。


 「カガリは火事を起こすことじゃなくて、火事を見せることが目的なんですか?何のためにそんなことを……」

 「ザララジアの信奉者や眷属を増やすためよ。ザララジアや炎の司教が生み出す炎には、人間の精神を汚染する作用があるの」

 「精神を、汚染……?」


 その言葉は智慧理にとって他人事ではなかった。汚染とは少し違うが、智慧理も他者によって精神を改変された経験がある。


 「ザララジアの炎を人間が認識すると、炎を狂気的に崇める信奉者になるの。そして時間が経てば経つほど炎とザララジアへの信仰は強くなっていって、最後には自分から炎の中に飛び込んでいくわ」

 「焼身自殺、ってことですか?」


 智慧理が恐る恐る尋ねると、紗愛は首を横に振った。


 「それで死ねるならまだマシよ。ザララジアに精神を汚染された上で炎に焼かれた人間は、ザララジアの眷属に変異するの」

 「えっ!?人間が邪神眷属になるんですか!?そんなことあるんですか!?」

 「あるわよ、割と」

 「割と!?」


 衝撃の事実に言葉を失う智慧理。


 「その……ザララジアの眷属になった人間って、どんな感じなんですか?」

 「人間から変異したザララジアの眷属には2種類あるの。まずは『炎の鬼人』っていう下位の眷属で、ほとんどの人間はこっちに変異するわ。体の表面に炎を発生させる能力があるけど、正直大したことないわ」

 「大したことないんだ……それで、炎の鬼人じゃない方のもう1種類はどんなのですか?」

 「そっちはさっき智慧理も見たでしょ」

 「えっ?」

 「炎の司教よ」

 「……あっ、そういうことなんですね!?」


 思い返せば、カガリは眼窩から溢れる炎以外は人間と変わらない姿をしていた。その容姿がかつて人間だったためだと言われれば合点がいく。


 「炎の司教はザララジアの眷属の統率者のような存在で、ザララジアに見初められたごく僅かな信奉者のみが炎の司教として召し上げられるの。そして上位眷属だから相応に強大で、一晩で街1つを焼き尽くせるほどの力を持ってるわ」

 「そんなに強かったんですね、カガリ……」


 智慧理からするとカガリは「ちょっとオズボーンで小突いたら尻尾巻いて逃げた男」という認識なので、紗愛が語る強大里は今ひとつ結びつかなかった。


 「話を戻すわね。ザララジアの炎には人間の精神を汚染する性質があって、精神を汚染された人間は炎やザララジアを狂信する信奉者になる。そして信奉者はいずれ炎に焼かれてザララジアの眷属になる。ここまではいいわね?」

 「はい」

 「そしてここからが大事なんだけど、炎の司教が生み出す炎にも、ザララジアの炎と同じように人間の精神を汚染する性質があるの。ザララジアに比べると精神汚染力はずっと弱いけど、それでも人間の精神には確実に悪影響があるわ」

 「えっ、それってマズくないですか!?」


 昨日のマンション火災も今日のファブルモールでの火事も、現場には多くの野次馬の姿があった。彼らは当然、カガリが熾した炎を目撃している。


 「このままだと火事の現場にいた人達、全員ザララジアの眷属になっちゃうってことですか?」

 「カガリの狙いは間違いなくそれでしょうね。けど今のところ、カガリの目論見は上手くいってないはずよ。智慧理、あなたのおかげでね」

 「わ、私の……?」

 「昨日のマンション火災の現場にいた野次馬達は、全員炎よりも智慧理に注目してたでしょ、多分。炎に精神汚染の性質があるとしても、そもそも炎が注目されなかったら何の意味も無いわ。カガリがあなたに『啓蒙を邪魔してる』とか何とか言ってたのは、きっとそういうことよ」


 そう言って紗愛は笑顔を浮かべ、智慧理の肩を軽く叩いた。


 「やるじゃない、智慧理。あなたは火事から男の子を助けただけじゃなくて、あの場にいた全員をカガリの精神汚染から守ったのよ」

 「あ、ありがとうございます?」


 男の子の救出はともかく、後者に関しては意図してやったことではないので、智慧理は今ひとつ実感が持てない。


 「今日の火事でもあなたが現れた瞬間、野次馬の意識は炎よりもあなたの方に集まってたわ。やっぱりカガリの精神汚染は上手くいってないでしょうね」

 「それならいいんですけど……でも多分、上手くいってないからってカガリは大人しくしてないですよね……?」

 「そう、問題はそこなのよ」


 紗愛が人差し指をピンと伸ばす。


 「まず間違いなくカガリはそう遠くない内に火事を起こすわ。それも多くの人間の目につく場所でね」

 「その前にカガリを止められたらいいんですけど……」

 「難しいわね。智慧理がカガリの気配を感知するよりも、カガリが火事を起こす方が早いもの」

 「……そう言えば、カガリの気配のことでずっと気になってることがあるんです」


 紗愛が軽く首を傾げ、視線で智慧理に続きを促す。


 「どうして私、火事が起きるまでカガリの気配を感知できないんでしょう?昨日のマンションもファブルモールも私の感知範囲内だから、カガリが火事を起こす前に気配に気付けてもおかしくないはずなのに……」

 「それは多分、カガリが火事を起こす瞬間しかこの街にいないからよ。炎の司教には炎を介して瞬間移動する能力があるから、火事を起こす瞬間だけ街に瞬間移動してきて、放火したらまたすぐに街から逃げて……いや、それじゃおかしいわ……!」


 智慧理に説明している途中で、紗愛は何かに気付いた様子で顎に指を添えた。


 「そもそもこの街に炎が無かったら、カガリはこの街に瞬間移動してこれないじゃない!でも状況から考えて、カガリが放火の瞬間だけこの街に瞬間移動してるのはまず間違いない……ってことは……!」

 「……放火してるのはカガリじゃない?」


 智慧理が言葉を引き取ると、紗愛は深く頷いた。


 「多分カガリには人間の協力者がいるんだわ。既に精神を汚染されたザララジアの信奉者が。その信奉者が最初に炎を点けて、その炎を利用してカガリがこの街に瞬間移動して、その後でカガリが改めて火事を起こしてるのよ!そうじゃないと辻褄が合わない!」

 「じゃあ、この街にいる協力者を見つけられれば……」

 「ええ!カガリに先回りして、放火を止められるかもしれない!」


 智慧理と紗愛は互いに強く頷き合った。

次回は8日に更新する予定です

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