16.燃える眼窩
「あっ!そうだ智慧理、これ知ってる!?」
御伽原学園の学食で智慧理が昼食のカレーを食べていると、対面に座っている睦美が声高にスマホの画面を智慧理に向けてきた。
「ごはん中にスマホ弄るのお行儀悪いよ」
智慧理は睦美を軽く窘めつつ、睦美のスマホに視線を向ける。
画面に表示されていたのは、燃え盛るマンションの映像だった。
「……あれ、これって……」
見覚えのあり過ぎる光景に智慧理の頬が引き攣る。
「昨日中心の方でマンションの火事があったの知ってる?」
「知ってる……」
「これ、SNSに投稿されたその火事の時の動画なんだけど、この後がすごいんだよ!」
「へ、へぇ~、そうなんだ~……」
この後の展開は智慧理が誰よりもよく知っているが、智慧理は黙って映像を見続ける。
すると案の定画面の外から、6枚の翼を広げた少女が現れて炎の中へと突入していく。しばらくすると少女は腕の中に小さな男の子を抱えながら飛び出してきた。
「ね?ね?凄くない!?火事の現場に空飛ぶ女の子が現れて、火の中に取り残されてた子供を助け出したんだよ!」
「す、すご~い……」
自らの行いを自分の口で褒めるという行為に、智慧理は羞恥で頬を赤らめる。しかし興奮気味に喋っている睦美は、智慧理の頬が不自然に赤いことには気付かなかった。
「この映像、今御伽原ですっごく話題になってるの!特に話題になってるのはこの空飛ぶ女の子の正体についてなんだけど、SNSでは天使説と魔法少女説の2つが主流なんだ~!」
「そ、そうなんだ……」
「それでね、それでね!話はここからなんだけど……」
睦美は一旦スマホを引っ込めて何やら操作すると、今度は智慧理にまた別の画像を見せた。
「ね、ね、この画像覚えてる?」
「覚えてるよ、前に1回見せてもらったやつだよね」
御伽原の夜空を撮影したその写真には、空を飛ぶ智慧理の姿が写り込んでしまっている。先日睦美からその写真の存在を教えられて冷や汗をかいた感覚は記憶に新しい。
睦美はスマホの画面をスワイプし、智慧理が写り込んでいる部分を拡大した。
「私思うんだけど、ここに写り込んでる人間みたいなのって、さっきの空飛ぶ女の子と同一人物なんじゃないかな!?」
「あ~……」
「ね、ね、どう思う!?」
「そう……かもね~?」
そうかもも何も正真正銘どちらも智慧理である。
「前に私がこの画像智慧理に見せて、『この人間みたいなの何だと思う?』って聞いたら、魔法少女って答えてたでしょ?」
「そ、そうだったっけ?」
「そうだよ!だからさ、この写真の人と昨日の火事の女の子が同一人物だとしたら、智慧理の予想かなり当たってたんだよ!すごいね智慧理!」
「あ、あはは……ありがと……」
正解を知っているのだから予想が当たって当然だ。
このままこの話題が続くといつかボロを出してしまいそうなので、どうにか話題を逸らせないかと思考を巡らせ始めた智慧理。
するとその時。
「っ!?」
智慧理は勢い良く立ち上がった。
「きゃっ!?ど、どうしたの智慧理?」
睦美の質問には答えず、智慧理は食堂の窓をじっと見つめる。窓の向こうには遠くのセントラルタワーが微かに見えた。
「……睦美」
「な、何?」
「ごめんだけどこのカレー、残り食べてもらってもいいかな?」
「えっ、何で!?」
「私、あの……ちょっとお腹痛くなっちゃったから!」
しどろもどろでそう言い残し、智慧理は食堂の出口へ向かって一目散に走り出す。
「ちょっ、智慧理!?智慧理ーっ!?てか速っ!?」
呼び止める睦美の声にも振り返らずに食堂を飛び出した智慧理は、そのまま廊下を駆け抜けて外に出ると、校舎の裏手に回り込んだ。
周囲に人の気配がないことを確認しながら、制服のポケットからインカムを取り出して耳に装着する。
「――変身!」
口の中で小さく呟いた智慧理の足元から黒い旋風が噴出し、瞬く間に全身を包み込む。かと思うと数秒と経たずに黒い旋風は跡形も無く消失し、その頃には智慧理は黒い天使のような姿へと変貌していた。
智慧理が地面をトンと蹴り、その体がふわりと宙に舞い上がる。
「紗愛先輩!聞こえますか、紗愛先輩!」
上空を飛行しながら、智慧理はインカムのマイクに向かって呼び掛ける。
「……何よ、どうかしたの?」
何度か呼び掛けると、紗愛が小声で通信に応じた。
「邪神眷属の気配を感じたんです!しかもまた街の中心の方から!」
「何ですって!?」
「もう今向かってます!」
するとインカムの向こうから紗愛の慌ただしい息遣いが聞こえ始める。人目を憚らず通信ができる場所に移動しているのだ。
「……よし、こっちも屋上に移動したわ。智慧理、詳しく教えて頂戴」
「はい!って言ってもさっき言ったのでほとんど全部ですけど……今日もまた街の中心の方に邪神眷属の気配を感じました。多分、昨日火事になったマンションからそんなに遠くなくて……あっ!」
「何?どうしたの?」
「……気配、消えました……」
智慧理は呆然と報告する。
智慧理が感知した邪神眷属の気配は、1分と経たずに消失してしまった。
「確か昨日も、感知した邪神眷属の気配がすぐに消えたって言ってたわね?」
「はい……」
「となると、気配が消えたからと言って一安心という訳でもなさそうね」
「もしかしたら、また火事が……」
智慧理が抱いた嫌な予感は、残念ながら的中した。
「紗愛先輩!黒い煙が見えます!」
智慧理は進行方向に黒煙を発見し、飛行速度を更に加速させる。
「ええ、私も黒煙を確認したわ」
紗愛は魔術で智慧理と視界を共有している。智慧理が見ている映像はそのまま紗愛にも伝わっている。
「火元は……あの辺りだとファブルモールかしら?」
「ファブルモールって、セントラルタワーの近くのショッピングモールでしたよね?」
「ええ。それにしてもとんでもない場所が燃えたわね……」
ファブルモールは御伽原有数の巨大商業施設で、平日休日問わず利用者は非常に多い。そんな場所での火災となると、被害規模が智慧理には想像がつかない。
智慧理がファブルモールの上空に到着すると、モール周辺には凄まじい人だかりができていた。外へと避難したモールの利用客と、火事に気付いて集まってきた野次馬が、混沌とした集団を形成している。
「まだそこまで火は回ってないみたいですね……」
智慧理の見たところ、火が出ているのはモールの東側の一部だけだった。モールの防火設備は相当しっかりしているようで、燃え広がるような気配は見えない。
「この火事も昨日のマンション火災と同一犯かしら……」
インカムの向こうで紗愛が思案する。昨日のマンション火災も今眼下で起こっているファブルモールの火災も、直前に智慧理が邪神眷属の存在を感知したという共通点がある。その特異性は同一犯の犯行を疑うには充分だ。
「とりあえず、火の中に取り残されてる人がいないか確認してみます」
「そうね、人命救助を優先しましょう」
火災の状況を確認すべく、智慧理は高度を落とし始める。
「おい、あれ!」「あれってもしかして……」「昨日の天使じゃない!?」「魔法少女だ!」
するとモール周辺の人だかりの一部が、智慧理の存在に気付き始めた。昨日のマンション火災の一件が御伽原のローカルニュースとしてテレビで取り上げられたため、智慧理の……というより「黒い天使」ないし「魔法少女」の存在は、御伽原の住人に広く認知されているのだ。
智慧理に気付いた群衆は、次々とスマホを取り出して智慧理の姿を動画や写真で撮影し始める。
「天使ちゃん、中にまだ取り残されてる人がいるんだって!」「助けてあげてー!」
すると群衆の中からそのような声がまばらに上がり始めた。
「早く助けに行ってー!」「天使ちゃん頑張ってー!」「早く行かないと中にいる人死んじゃうかもー!」「そうだそうだー!」
石を投げ込んだ水面に波紋が広がるように、智慧理に助けを求める群衆の声は徐々に大きくなっていく。
「……紗愛先輩、どう思います?」
「信用に値しないわ。ただの悪ノリでしょう」
「ですよね……」
全員がそうという訳では無いが、智慧理に助けを求めている群衆の大半は、明らかに面白がって声を上げていた。
「けど智慧理、本当にまだ中に取り残されてる人がいるなら大変なことよ」
「分かってます」
わざわざ群衆が声を上げずとも、智慧理は元々取り残された被害者がいないかを確認しに向かうつもりだった。
智慧理は燃え盛るモールに向かって加速しながら飛行し、ガラスを突き破って内部への侵入を果たす。
「あっつい……!」
炎に包まれたモール内部は当然の如く灼熱で、その熱気に智慧理は顔を顰める。
もっとも常人ならば熱さを感じる暇も無く丸焦げになってしまうような状況だが、智慧理の場合は全身に薄く纏った余剰生命力が炎の影響をある程度遮断していた。
「そう言えばインカム付けたまま突入しちゃいましたけど、熱さで壊れちゃったりは……」
「心配いらないわ、火災程度の熱気で壊れる程ヤワじゃないもの。インカムのことは気にせず、要救助者を探すことに集中して」
「はい!」
モールは3階建てで、各階の通路の中心が吹き抜けになっている構造だ。そのため智慧理が飛行しながら要救助者を探すのに充分なスペースがあった。
「誰かいませんかー!?助けに来ましたよー!」
智慧理はモール内を縦横無尽に飛び回りながら声を張り上げる。轟々と燃え盛る炎やそこかしこで倒壊する設備の音に負けないほどの声量が必要なので、中々喉に負担がかかる。
通路やテナントなどの目につきやすい場所だけでなく、トイレの個室を始めとする閉鎖空間も虱潰しに捜索する智慧理。だが要救助者の姿はどこにも見当たらなかった。
「ん~……やっぱりまだ中に人がいるってデマだったんでしょうか?」
「その可能性が高いわね。いずれにしてもそろそろ消防車が到着する頃だわ、捜索はこの辺りで切り上げた方がいいんじゃない?」
「ですね……」
紗愛の助言を素直に聞き入れ、智慧理がモールを脱出しようとしたその時。
「っ、紗愛先輩!」
「な、何?どうしたの?」
「邪神眷属です!」
智慧理はモール内に邪神眷属の気配を感じ取った。しかもかなりの近距離だ。
「嘘!?このタイミングでまた現れたの!?」
「さっき感じた気配と同じ邪神眷属かは分からないですけど……とにかく行ってみます!」
智慧理が急行したのは、モール内のちょっとしたイベントスペースだ。普段ならヒーローショーやお笑い芸人のイベントなどが行われているその場所は、今は炎に飲み込まれてしまっている。
そしてそんな炎に巻かれたステージの中央に、先程まではモール内のどこにも見当たらなかった人間が1人立っていた。否、それが人間などではないことは、叛逆の牙の邪神眷属感知機能が克明に物語っている。
「いました。人間……に見えますけど」
「人間の姿で智慧理が気配を感知した……ってことは、少なくとも恐竜人間じゃないわね」
ステージに立つ何者かは智慧理に背中を向けており、どうやら男性らしいということ以外に容貌は窺い知れない。
その顔を拝むために智慧理は前に回り込もうとしたが、それに先んじて男が智慧理を振り返る。
「っ!?」
男の姿を目の当たりにした瞬間、智慧理は思わず息を呑んだ。
男はある1点を除いて、ごく普通の人間と言える出で立ちだった。爬虫類めいた鱗も大きな枝角も見当たらない。
男が唯一異様なのは、男の顔には眼球が存在しないことだ。
ただ眼球が存在しないというだけなら、普通の人間でも無い話ではない。だがその男は眼球を持たない代わりに、眼窩から炎が溢れ出していた。
「さ、紗愛先輩……何なんですかあれ!?」
なまじほとんど人間と同じ姿をしているだけに、男の燃え盛る眼窩は智慧理には相当不気味に見えた。更に尋ねる声に若干の震えが混じる。
「……なるほど、そういうことだったのね」
一方インカムの向こうの紗愛は、いかにも合点がいったというような落ち着き払った口振りだった。
男は見えているのかいないのか、炎が溢れる眼窩を智慧理にじっと向けている。かと思うと不意に男の口がニタリと嫌らしく。
「おやおや。やはり現れましたね、黒い天使さん……昨日に引き続き今日もまた、私の邪魔をしようとするのですか?」
男の声は背筋がむず痒くなるような猫撫で声だった。智慧理の表情が自ずと引き攣る。
「その言い方からすると、この火事も昨日のマンションの火事も、どっちもあなたの仕業ってことですか?」
「ええ、ええ、その通りですとも」
男は芝居がかった仕草で大袈裟に頷いた。
「私、これでもあなたには腹を立てているのですよ、黒い天使さん。昨日は私が折角街の方々を啓蒙して差し上げようといたというのに、あなたが現れたせいでそれが有耶無耶になってしまった」
「啓蒙……?あなたがやったのはただの放火でしょ?」
「それこそが啓蒙だというのですよ。そしてそれを理解できないのもまた、啓蒙を妨げたあなたのせいなのです」
男の眼窩から溢れる炎が一瞬激しさを増す。智慧理は男に睨まれているような気配を感じた。
「そして私が次なる啓蒙の場として選んだこのファブルモールにも、あなたは再び現れた。そしてあなたは今日もまた私の啓蒙を妨げようというのでしょう」
「あの、私にも分かるように話してくれませんか?」
「本来なら私が2度この場所に舞い戻るつもりは無かったのですが……これ以上邪魔をされては敵いません。ですから少々予定を変更して、今この場であなたを始末させていただくことにしました」
男の周囲で炎が渦を巻く。明らかに戦闘態勢といった雰囲気だ。
「智慧理、気を付けて!」
インカムから緊迫した紗愛の声が聞こえてくる。
「その男は多分『炎の司教』!詳しい説明は後にするけど、少なくともダハなんかよりよっぽど強いわよ!」
「炎の司教……?」
「おや、ご存知でしたか」
智慧理の呟きに男が反応する。
「では改めて自己紹介を。私は炎の司教、カガリと申します」
男はそう言って慇懃な態度で頭を下げる。だが智慧理には炎の司教というのが肩書なのか種族なのかもよく分からない。
「ああ、そちらからの自己紹介は不要です。名前を聞いたところで、あなたはもうじき炎へと還るのですから」
「……最初から名乗るつもりは無かったですけど、私を殺せると思ってるその口振りはムカつきますね」
仮面の下の額に青筋を浮かべ、両手を広げる智慧理。
「アポート」
智慧理が呪文を呟くと同時に両掌に魔法陣が浮かび上がり、右手にオズボーンが、左手にヘリワードが出現する。
「現住建造物等放火罪の刑罰は死刑、無期懲役、または5年以上の懲役。あなたには最高刑をプレゼントしてあげます」
「おやおや、ですが私は人間ではありませんから。この国の法律で裁かれるのはご勘弁願いたいですねぇ」
「問答無用です!」
智慧理はヘリワードの銃口をカガリに向けて引き金を引く。
腕を上げてから引き金を引くまでの時間は0.1秒にも満たない。並の反射神経では防御や回避どころか反応すらできないほどの高速の攻撃だ。
カガリもやはり反応することはできず、ヘリワードから放たれたビームはカガリの額の中央を貫いた。
「えっ?」
自分の攻撃があっさりと通ったことに、智慧理は一瞬呆気に取られる。
だが。
「油断しないで智慧理!」
紗愛の忠告が聞こえてくるのと同時に、カガリの額に空いた穴がみるみる塞がり始めた。
「おやおや、不意討ちとはお行儀が悪いですねぇ」
1度額に穴を開けられたにもかかわらず、カガリは何事も無かったかのように平然としている。
「紗愛先輩、あれどういうことですか?」
「炎の司教は一見人間に見えるけど、実際は物質的な肉体を持たない高密度の炎の塊なの。だから頭に見えるところを破壊したからって死ぬことは無いし、そもそも炎は特定の形を持たないから傷もすぐに塞がるの」
「何ですかそれズルじゃないですか!」
自分の自然治癒力を棚に上げてカガリの不死性に不平を漏らす智慧理。
「今度はこちらから行かせていただきましょう」
智慧理が紗愛と通信している間に、カガリは行動を開始していた。
カガリが智慧理から距離を取るようにバックステップで後退し、背後で燃え盛る炎の中へと姿を消す。
「どこへ……っ!?」
かと思うと智慧理は背後に気配を感じ、咄嗟にその身を翻した。
直後智慧理の背後で爆発が発生、智慧理は爆風に煽られて大きく吹き飛ばされる。
「な、何!?ぐっ……」
体を起こした智慧理は、右腕に火傷を負っていた。ここまで智慧理の肉体を炎から守っていた余剰生命力の防御を、今の爆発は突破したのだ。
火傷自体はすぐに自然治癒したが、爆発を余剰生命力で防ぎきれないという事実は、智慧理の緊張感を一気に高めた。
「おやおや、避けられましたか」
先程まで智慧理が立っていた場所には、いつの間にかカガリの姿があった。カガリは一瞬にして智慧理の背後に回り込み、爆発を起こして智慧理を攻撃したのだ。
智慧理にはカガリがどのような経路で移動したのか皆目見当もつかなかった。カガリが炎の中に入っていったと思った次の瞬間には、智慧理はもう背後に回り込まれていたのだ。
その答えを智慧理にもたらしたのは紗愛だった。
「炎の司教には炎から炎へと瞬間移動する能力があるの!気を抜いたら背中から燃やされるわよ!」
「だからズルいですって!」
カガリが再び炎の中へと身を隠す。
「ちょっ、どうすればいいんですかこれ!?」
「瞬間移動には気合で対処してもらうしか無いけど……ちゃんと倒す方法はあるわ」
死角からのカガリの攻撃を、智慧理は地面を転がって紙一重で回避する。高温の熱風によって智慧理は皮膚に火傷を負い、それが一瞬で自然治癒した。
「倒す方法ってどんなのですか!?」
「炎の司教は物質的な肉体を持たないから物理的な攻撃は効かないけど、魔術を使えばダメージを与えられるの。だからさっきのヘリワードのビームも傷は無いけどカガリはちゃんとダメージを受けてるし、ヘリワードとかオズボーンとか余剰生命力とかを使って攻撃すればカガリを倒せるわ!」
「分かりました!」
紗愛のアドバイスを聞いた智慧理は、素早く立ち上がってカガリへとヘリワードの銃口を向ける。
「無駄ですよ」
智慧理が引き金を引くよりも先に、カガリは炎の中に姿を消す。一拍遅れてビームが炎を貫くが、そこにはもうすでにカガリはいなかった。
だが元より智慧理の狙いはヘリワードでカガリを撃ち抜くことではない。智慧理はすぐさま余剰生命力をオーラのように全身に張り巡らせた。
そしてカガリが炎を介して自身の背後へと瞬間移動してきたのを感知した瞬間、
「てやぁっ!」
智慧理は振り向きざまに強烈な回し蹴りを放った。
「ぐああっ!?」
智慧理の足が腹部に直撃し、体をくの字に折り曲げながら苦悶の声を漏らすカガリ。
ただの回し蹴りであれば物質的な肉体を持たないカガリには通用しない。だが智慧理の足を覆っている高密度の余剰生命力が、カガリにダメージを与えたのだ。
そのダメージによってカガリが怯んでいる隙に、智慧理はオズボーンでカガリの体を袈裟斬りにした。
「ぎゃああああっ!?」
オズボーンの苦痛を増幅させる呪詛はカガリにも有効だった。身をよじらせて絶叫を上げるカガリ。
無防備なその姿勢に智慧理は更なる追撃を加えようとしたのだが、あと少しのところでカガリは火の中に飛び込んでしまう。
智慧理はてっきり今までの様にカガリが死角から攻撃を仕掛けてくるものと思ったのだが、予想に反してカガリが姿を現したのは智慧理から10mほど離れた場所だった。
「ど……どうやら一筋縄ではいかないお相手のようですねぇ……」
カガリの声からは明らかに余裕が無くなっている。
「あなたを始末するのは容易ではなさそうです。残念ですがそれはまたの機会といたしましょう……」
「何逃げようとしてるんですか!?」
智慧理はカガリ目掛けてオズボーンを投擲する。
だがオズボーンが届くよりも先に、カガリは近くの炎の中へと消えて行ってしまった。
「……逃げられたわね」
「ですね」
智慧理は唇を噛んだ。炎を介して瞬間移動するという能力は、逃走に使われると智慧理では追いかけようがない。今頃カガリがファブルモールから遠く離れたどこかに逃げ遂せていることは想像に難くない。
「逃げられちゃったのはしょうがないわ、早く撤退しましょう。そろそろ本当に消防車が来るわよ」
「はぁ……分かりました」
智慧理は不完全燃焼感を抱きながらも、オズボーンを回収してモールを後にした。
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