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13.見習いヒーロー

 「あ、黒鐘さん……」


 恐竜人間のリーダー格であるダハが斃れ、同時に霞の悪行が明らかとなった2日後。放課後に学園の廊下を歩いていた智慧理は、偶然烏丸と出くわした。


 「烏丸先生……」


 烏丸は周囲をキョロキョロと見回し、


 「黒鐘さん、ちょっといい?」


 と智慧理を人気の少ない階段裏へと誘った。


 「今朝、鷺沼先生のご両親から連絡があったわ」


 階段裏へと移動した烏丸が、沈んだ声で話し始める。


 「鷺沼先生、何とか一命は取り留めたけど……意識が戻るかどうかは分からないって」

 「……そう、ですか」


 智慧理と紗愛の手によって救出された鷺沼は、他の被害者達と一緒に御伽原中央病院へと収容された。

 予め紗愛から助かる見込みは低いとは聞いていた智慧理だが、それでもやはり意識が戻るか分からないと聞かされると心が重くなる。


 「……ありがとう、黒鐘さん」


 表情を曇らせた智慧理に、烏丸が腰を折って深く頭を下げる。


 「……ありがとうって、何がですか?」

 「鷺沼先生のご両親、まだ鷺沼先生が見つかった経緯を教えてもらってないんですって。きっと、黒鐘さんが見つけてくれたのよね?」

 「それは……」


 教師の聡明さ故か、烏丸の勘は鋭かった。


 「だからありがとう。私との約束を果たしてくれて」


 烏丸から真っ直ぐな感謝を伝えられ、智慧理は思わず顔を逸らした。


 「……やめてください。鷺沼先生はまだ完全に助かった訳じゃないですし、それに……」


 智慧理は言葉を詰まらせ、無意識に自分の胸元に手を当てる。

 その胸の奥で智慧理の肉体と融合し、智慧理に邪神眷属と戦うための力を与えたアーティファクト、叛逆の牙。しかしそれが鷺沼達の犠牲の上に完成した力だということを、智慧理は知ってしまった。


 「……私にお礼なんて言わない方がいいです」

 「そんなこと無いわ。私との約束を守って鷺沼先生を見つけてくれた黒鐘さんは、私にとってのヒーローよ」

 「っ……!」


 ウェンディゴに襲われている烏丸を助けた時、自分が「ヒーロー見習い」と名乗ったことを思い出した智慧理。

 烏丸の大事な人を犠牲にした力で烏丸を助けた自分が、何も知らずにヒーローを名乗っていたことに、智慧理は強い罪悪感に苛まれる。


 「これからもヒーローの活動、頑張ってね。ヒーローなんて危ないこと、教師の立場ならやめろって言うべきなのかもしれないけれど……それでも私は黒鐘さんのこと、応援するわ」


 最後にそう言って烏丸は去っていった。


 「はぁ……」


 沈んだ心を抱えた智慧理は、溜息を吐きながら階段を上り始める。

 そうして智慧理がやって来たのは屋上への扉。と言っても屋上は立入禁止で扉には鍵が掛かっているため、智慧理が屋上に出ることはできない。

 智慧理は扉の手前の壁に寄りかかると、何をするでもなく天井を見上げた。


 「何そんなところで黄昏れてんのよ」


 突然脇腹を軽く小突かれる智慧理。視線を向けると、そこにはいつの間にか紗愛の姿があった。


 「生徒会長……」

 「どうせ黄昏るなら屋上に出て黄昏れなさいよ。その方が少しは様になるでしょ」

 「いや……屋上立入禁止ですし……」

 「ふふん」


 紗愛は得意気に鼻を鳴らすと、制服のポケットから赤いタグが付いた鍵を取り出した。


 「これな~んだ?」

 「……屋上の、鍵?」

 「せいか~い!生徒会長ともなるとね、屋上の鍵くらいはどうとでもなるのよ」

 「職権乱用だ……」


 悪戯っぽく笑っていた紗愛が、不意に優しい表情を智慧理に向ける。


 「屋上に出ましょう。少しあなたと話したいことがあるの」

 「……はい」


 紗愛が扉の鍵を開け、2人は屋上へと足を踏み入れる。

 フェンスが張り巡らされた屋上には小さな機械室があるだけでとても広々としていた。紗愛が躊躇なく地面に座り込んだので、智慧理もそれに倣う。


 「鷺沼先生、一命をとりとめたそうよ」

 「……さっき烏丸先生から聞きました」

 「そう、二度手間だったかしら」


 紗愛は小さく笑い、それから智慧理に微笑みかける。


 「鷺沼先生を助けたのはあなたよ。もっと誇っていいんじゃない?」

 「っ、これのどこを誇れって言うんですか!?」


 智慧理は思わず声を荒げた。


 「鷺沼先生、意識が戻るかも分からないんですよ!?それに鷺沼先生がこんなことになったのだって、元を辿れば私のせいで……!」

 「……いや、どこがあなたのせいだって言うのよ」


 紗愛が心底不思議そうに首を傾げる。


 「鷺沼先生が生死を彷徨ったのは稲盛霞のせいよ。あなたの責任なんてどこにも無いわ」

 「それはっ……そうかもしれないけど、でも私は!叛逆の牙が鷺沼先生たちの犠牲で作られたってことも知らずに、その力でヒーローを気取って……」

 「そんなのあなたに知りようがなかったじゃない。あなたは稲盛霞に騙されてただけよ。それにあなたは叛逆の牙を悪事に使ったりはしなかったじゃない」

 「でも……でもっ……」

 「……ねぇ、黒鐘さん」


 紗愛の金色の瞳が、真っ直ぐに智慧理の瞳を見つめる。


 「あなたはどうしてそんなに自分を責めてるの?」

 「っ……!」


 智慧理は泣き出しそうな表情で言葉を詰まらせ、そして項垂れた。


 「……何も、感じなかったんです」

 「え?」

 「稲盛さんを撃ち殺した時、私、何も感じなかったんです」


 智慧理がぽつぽつと自らの心情を語り始める。


 「稲盛さんとは過ごした時間は短かったですけど、それでも私は稲盛さんのことを、一緒に邪神眷属と戦う仲間だと思ってました。でもそんな稲盛さんが、実は叛逆の牙を作るために街の人を何人も傷付けた悪い人だって知って……私、仲間だと思ってた人のことを、簡単に撃ち殺せたんです」

 「……それも稲盛霞が悪いのよ。稲盛霞があなたの精神に手を加えたから……」

 「でも!私が何も迷わないで他人を殺せる人間になったってことに変わりはないんです……!」


 智慧理は右手を額に押し当て、血を吐くようにして言葉を続ける。


 「私、怖いんです!このまま私がどんどん簡単に他人の命を奪える人間になっていったら、いつか私の大事なものを傷付けて、それを何とも思わなくなっちゃうんじゃないかって……!」


 智慧理の脳裏に浮かぶのは、両親や睦美をその手で殺め、それに何の感情も抱かない自分の姿。その虚像の自分に、智慧理はこの数日怯え続けているのだ。


 「……だから必要以上に自分を責めてたのね」


 紗愛が優しく智慧理の肩に手を置いた。


 「聞いて、黒鐘さん。確かにあなたは稲盛霞をその手で殺して、それに対して何とも思わなかったのかもしれない」


 智慧理の肩が小さく跳ねる。


 「けどそのすぐ後、あなたは私に言ったのよ。『鷺沼先生がまだ生きてる可能性が少しでもあるなら、絶対に助けなきゃダメだ』って。正直、あの時の私は鷺沼先生がもう死んでるって決めつけてたわ。あの時あの場にあなたがいなかったら、きっと私は鷺沼先生達を助けに稲盛霞の魔術工房に行こうなんて夢にも思わなかったでしょうね」


 紗愛のその考えも間違いとは言えない。魔術と叛逆の牙に関する知識を持っていれば、鷺沼達が既に死んでいると考えるのは自然なことだ。

 あの場で鷺沼達がまだ生きている可能性に思い至ることができたのは、知識に乏しい智慧理だけだったのだ。


 「だからね、黒鐘さん。鷺沼先生達が一命を取り留めることができたのは、間違いなくあなたのおかげなの。あなたのおかげで、鷺沼先生達は今も生きていられるのよ」

 「私の、おかげ……」

 「黒鐘さん、あなたは確かに稲盛霞に精神を作り変えられて、躊躇なく他人を殺せる人間になってしまったかもしれない。けど同時にあなたは誰かを助けることができる人間でもあるの。さっきあなたは自分のことを『ヒーロー気取り』なんて言ったけど、少なくとも私は黒鐘さんのことを、鷺沼先生達を助けたヒーローだと思うわ」

 「生徒、会長……」


 智慧理は今にも泣き出しそうな顔で紗愛を見上げた。


 「黒鐘さん、自暴自棄にならないで。この街を守るヒーローになることを諦めないで」


 諭すような紗愛のその言葉に、智慧理は何度も頷いた。




 「ひゃああ~っ……!」


 夜の御伽原の街に、気の抜けたような悲鳴が木霊する。

 人気の無い住宅街を悲鳴を上げながら走っているのは、フリルだらけの白いドレスのような服に身を包んだ白い髪の少女。少女は何度も振り返りながら、必死に足を動かしている。

 その数m後方には、少女を追いかける2つの黒い影。大柄な体格にヘラジカのような1対の枝角を備えた頭部を持つその影の正体は、食人の邪神眷属ウェンディゴだ。

 幼稚園児の徒競走のような速度で走る少女を、2体のウェンディゴは敢えて追いつかないようにゆっくりと追いかけている。残忍なウェンディゴは、少女の体力が限界を迎えて崩れ落ちる瞬間を、今か今かと待ち侘びているのだ。


 「ひゃわぁっ!?」


 だが体力が尽きるよりも先に、少女は足を縺れさせて派手に転倒した。

 体を強く打ち付けた少女は中々起き上がろうとしない。予想よりも早く狩りの時間が終わってしまったことに、ウェンディゴ達は落胆した様子を見せる。

 片方のウェンディゴが斃れる少女に近付き、その手に備わる大きな鉤爪を振りかざした。

 腕が振り下ろされれば最後、少女の体は鉤爪によって多く引き裂かれ、白いドレスは少女の血で真っ赤に染まることだろう。

 その光景を思い浮かべたウェンディゴは、口元を愉悦に歪め……


 「そこまでです!」


 しかしその光景が実現することは無かった。頭上から飛来した光線がウェンディゴの脳天を貫く。

 頭部を破壊されたウェンディゴは、腕を振り上げた体勢のままゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。

 仲間の突然の死に、残ったウェンディゴは激しく狼狽する。


 「え……?」


 白い少女が呆けたように夜空を見上げるのと、空から黒い影が舞い降りてくるのは同時だった。

 ゴシックロリータ風の衣装に身を包み、背中に3対6枚の黒い翼を持ち、頭に黒い光輪を戴いた1人の少女。


 「あなたは~……!」


 黒い天使のようなその姿を前に、白い少女は目を輝かせた。


 「……あなた、またウェンディゴに襲われてたんですか?運がないですね」


 黒い天使……智慧理は見覚えのある白い少女の姿に苦笑する。


 「なっ……何なんだお前は!?」


 残されたウェンディゴが後退りながら智慧理に正体を訪ねる。


 「何なんだ、ですか?そんなの決まってるじゃないですか」


 智慧理は口角を僅かに持ち上げながら、右手の光芒銃をウェンディゴへと向けた。


 「私は人を傷つける邪神眷属からこの街を守る……見習いヒーローです」

次回は31日に更新する予定です

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― 新着の感想 ―
>「職権乱用だ……」 そういや以前にもやりたい放題やりながら、不法侵入をやけに心配する人がいましたねw
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