11.真実・上
「ふぅ……」
ダハの死亡を確認した智慧理は溜息を吐いて肩の力を抜く。
「素晴らしい!見事な戦いだったよ黒鐘さん!」
霞が興奮した様子で智慧理を称賛した。
「これほどの力を見せてくれるとは思わなかった!君は邪神眷属への叛逆者になるために生まれたに違いないよ!」
「ありがとうございます。それよりこの人達を助けないと……」
霞の褒め言葉を軽く受け流し、智慧理は研究施設中央の6つの水槽の下へと駆け寄る。
水槽の中に閉じ込められた人間は、未だに苦悶の表情を浮かべていた。ダハの言葉を信じるのであれば、彼らはこの部屋の装置によって悪感情を増幅され続けている。
ダハの実験台にされた人間の中には、命を落としてしまった者も多くいる。水槽の中の彼らもこの状態が長く続けばそうなってしまうだろうということは、知識を持たない智慧理にも想像できた。
「稲盛さん!この人達、どうやったら安全に出せますか?」
「えっ?そうだね……とりあえずあそこの操作盤を見てみよう。そうすれば彼らを救出する方法が分かるかもしれない」
霞がそう言って部屋の奥にある操作盤を指差す。近寄ってみると操作盤には大量のスイッチと様々な計器が備わっており、智慧理は昔映画で見た飛行機のコックピットのような印象を受けた。
「これは……なるほど、そういうことか」
智慧理にとっては何が何やらなその操作盤も、霞にとっては理解の及ぶ代物だった。
「黒鐘さん、今から私の言う通りに操作してほしい」
「が、頑張ります!」
霞が智慧理の耳元で操作の手順を囁き、智慧理はそれに忠実に従って無数のスイッチを操作する。
智慧理は絶対に失敗しないようにと慎重を期しているため、操作は遅々としてなかなか進まない。だが5分ほど智慧理が操作盤を弄ったところで、被害者達が閉じ込められた水槽に変化が生じた。
水槽内を満たしていた緑色の液体が、徐々に水槽の底面の穴へと吸い込まれていく。液体の水位が下がるにつれ、被害者達の苦悶の表情が和らいでいった。
「これで悪感情の増幅は止まったはずだよ」
「じゃあ後は水槽からあの人達を出さないと……」
智慧理が再び四苦八苦しながらスイッチを操作し、そこから更にもう5分。排気音のような音と共に水槽の前面が開いた。
「やった!」
智慧理はすぐに水槽へと駆け寄り、閉じ込められていた人達を1人ずつゆっくりと水槽から助け出す。
意識を失っている彼らを、智慧理はひとまず床に横たえた。
「さて……どうしましょうここから」
川の字が2つ並んだ状態の被害者達を見下ろし、智慧理は腰に手を当てて考え込む。
「救急車を呼ぶとして、救急隊の人達をここに連れてくるのはマズいですよね……」
「そうだね、この施設の存在が世間の目に晒されると、必要以上に騒ぎが大きくなりかねない。ベストなのはこの6人を全員地上の天文台まで連れて行った上で救急車を呼ぶことだろうね」
「わぁ……大作業だぁ……」
人間1人運ぶというのは中々の大仕事だ。それが6人分と考えると、智慧理は一瞬気が遠くなった。
「まあそう落ち込まずに。変身状態の君なら人間を運ぶくらい訳ないさ」
「……そうですよね、変身してるんですから余裕ですよね!」
霞の励ましを受けて、智慧理が両手で拳を作ってやる気を見せる。
だがその時。
「……あれ?」
突如として智慧理の体が一瞬黒い旋風に包まれ、かと思うと変身する前に着用していた体操服姿に戻ってしまった。勿論腕も元の柔らかい肌に戻っている。
「戻っちゃった……」
変身を解除する意思がないにも関わらず変身が解けたのはこれが初めてだ。智慧理は自分の体を見下ろしながら首を傾げる。
再び変身しようとしてみても、どういう訳か何の変化も起こらなかった。
「私にもよく分からないけれど……本来の機能以上の力を引き出した反動で、叛逆の牙が一時的に機能不全に陥っているのかもしれないね」
霞が自信無さげに見解を述べる。
「えっ、それって大丈夫なんですか?」
「時間が経てばまた機能が復活すると思うけれど……何分想定外の挙動だからどうなるかは分からない。少なくともしばらくの間は変身できないんじゃないかな」
「そうですか……」
智慧理が肩を落としたその時。
「それはいいことを聞かせてもらったわ」
エレベーターの扉が開き、新たな人影がダハの研究施設に現れた。
「あなた、は……!?」
その姿を一目見た智慧理は、驚きのあまり言葉を失った。
見に纏うは御伽原学園の制服。特徴的な金髪をハーフアップに纏めた髪型に、良家の令嬢のような高貴な雰囲気。
「生徒会長……!?」
その人物は御伽原学園生徒会長、千金楽紗愛に他ならなかった。
「ど、どうして生徒会長がここに……!?」
紗愛は智慧理のその質問には答えず、ゆっくりと智慧理に向かって近付いてくる。
「あなたが一時的に変身能力を失っているのなら好都合ね……」
紗愛がそう言って制服のブレザーの内側から、リボルバーのようなものを取り出す。
智慧理はそのリボルバーが、形状こそ違えど智慧理が持つ光芒銃と同様の代物であることを、直感的に理解した。
「この街に悪意を振り撒く敵を、ようやく始末する機会が回ってきたわ……」
そして紗愛は取り出した光芒銃を構えた。
「どうして生徒会長が光芒銃を……?」
光芒銃は恐竜人間の武器だ。それを紗愛が持っているということは、智慧理と同じように恐竜人間から奪ったか、或いは……
「黒鐘さん、気を付けた方がいい。今までは気が付かなかったが……彼女もまた恐竜人間らしい」
「そんな……」
智慧理は息を呑む。
「生徒会長……あなたもダハの部下だったんですか!?」
智慧理が声を荒げてそう尋ねると、紗愛は不愉快げに眉を顰めた。
「はぁ?どうしてそうなるのよ」
「だってここはダハとその部下の恐竜人間の拠点で、そこに来た生徒会長も実は恐竜人間だったってことは、生徒会長もダハと繋がってたってことじゃないんですか?」
「全然違うわ。私はダハとは何の関係もないし、ましてやアイツの部下なんて真っ平御免よ」
その口振りからして、紗愛はダハのことをかなり嫌っている様子だ。少なくとも紗愛がダハの部下ではないというのは嘘ではないように智慧理には思えた。
「じゃあダハとは関係なく、恐竜人間を何人も殺した私のことが許せないから、私のことを殺しに来たって感じですか?」
「……ちょっと待って、まずどうして私があなたのことを殺しに来たっていう前提なのよ」
「だってさっき生徒会長言ってたじゃないですか。この街に悪意を振り撒く敵を始末するとか何とか」
「……ああ、そういうこと」
紗愛は自分と智慧理の認識が食い違っていることに気付き、納得したように小さく頷いた。
「勘違いしないで。私が敵と呼んだのはあなたのことじゃないわ。私の敵は……」
紗愛の光芒銃の銃口はよく見ると智慧理には向けられていなかった。
銃口の先にいるのは……
「あなたよ、稲盛霞」
「……そうか」
紗愛に光芒銃を向けられても、霞は取り乱すようなことはしなかった。
「えっ、えっ?稲盛さんが?どういうことですか?」
1人状況を飲み込めていないのは智慧理だ。智慧理には紗愛が自分を差し置いて霞を狙う理由が分からなかった。
「確かに私に戦うための力をくれたのは稲盛さんですけど……でも実際に恐竜人間を殺したのは私だけですよ?」
「勘違いしないで、と言ったでしょう。私はあなたがダハとその部下達を殺したことに対しては何とも思っていないわ。彼らは私と同じ種族というだけの赤の他人だもの」
霞に対して銃を構えたまま、紗愛は智慧理に鋭い視線を送る。
「あなた、おかしいとは思わなかったの?」
「……え?」
「稲盛霞に出会う前のあなたは普通の高校生だったはずよ。そんなあなたがいくら戦うための力を得たとはいえ、言葉の通じる恐竜人間やウェンディゴを何体もその手に掛けてきて、どうして平気でいられるの?」
「それ、は……」
言葉に詰まる智慧理。
自分が平然と邪神眷属の命を奪うことができる理由。それを更に説明しようとしても上手く言葉にできない。
否、理由を言語化できないのではない。そもそも理由が智慧理自身にも分からなかったのだ。
「精神力が強いから?元々格闘技を習っていたから?いいえ、どれも違うわ。黒鐘さん、あなたが平然と恐竜人間やウェンディゴの命を奪うことができたのは、稲盛があなたの精神を作り変えたからよ」
「精神を、作り変える……?」
「そうでしょう、稲盛霞」
霞は紗愛の問い掛けには答えず、不敵な笑みを浮かべている。
「稲盛霞、あなたは自分が叛逆の牙に適合しないことを、叛逆の牙が完成するずっと前から知っていた。だからあなたは叛逆の牙を自分以外の誰かが使うことを予め想定して、叛逆の牙に精神を改変する機能を仕込んだんでしょう。敵と戦うこと、敵の命を奪うことへの忌避感を覚えないように。違う?」
やはり問いかけには答えない霞。だが否定の文言を口にしないことが、紗愛の推測に信憑性を持たせている。
「ちょ、ちょっと待ってください生徒会長!」
智慧理にしてみれば、気付かぬ内に自分の精神が改変されていたなど、寝耳に水もいいところだ。異論を申し立てずにはいられない。
「私、自分が稲盛さんに精神を変えられてるなんて信じられません!」
「信じたくない、の間違いでしょう。それにあなたが稲盛霞に受けた精神改変は、命を奪うことへの忌避感の低減だけでは無いわ」
紗愛はそう言うと、右手で光芒銃を構えたまま左手で仮面を外すような仕草をする。
すると紗愛の顔が罅割れ、その中からティラノサウルスに似た頭部が現れた。
「っ!」
恐竜人間としての本来の紗愛の顔を目にした瞬間、智慧理の頭にカッと血が上る。
気が付いた時には智慧理は自らの光芒銃を紗愛に向けていた。
「あれ……私、何で……」
「黒鐘さん。今あなたは私の本来の顔を見て、怒りを感じたでしょう?」
言いながら紗愛が仮面を取り付けるような仕草をすると、紗愛の頭が人間のものへと変化する。
「そしてあなたは最近、恐竜人間やウェンディゴの前に立つ度に同じような強い怒りを感じているはずよ」
「どうしてそれを……」
智慧理がこの頃邪神眷属と相対する度に苛立ちを覚えているのは紛れもない事実だった。しかもその苛立ちは日増しに強くなっている。
「あなたが感じるその怒りの理由は何?あなたは恐竜人間やウェンディゴの何にそんなに怒りを感じているの?」
「それは……街の人達を襲ってるから……」
「本当にそれだけ?」
そうだ、と言い切ることは智慧理にはできなかった。
「教えてあげる。あなたのその怒りは、稲盛霞があなたに植え付けたものよ。稲盛霞はあなたの心が持つ殺害という行為への忌避感を低減した上で、自分が抱いている邪神眷属への憎しみと同じものをあなたの心に植え付けたの。この街から邪神眷属を撲滅する殺戮者に、あなたを仕立て上げるために」
「っ……」
違う、と。そんなことはない、と智慧理は紗愛の言葉を否定したかった。
だが霞は未だに口を噤んでおり、その態度が智慧理の中の疑心を膨らませていく。
「黒鐘さん。稲盛霞はあなたに教えていないでしょうけど、この街の邪神眷属は、皆が皆街の人間に危害を加えることを目的としている訳では無いわ。私が人間の振りをして御伽原学園に通っているのはこの街のことが好きだから。そして私以外にも同じ理由でこの街に暮らしている恐竜人間を、私は何人も知っているわ」
「そ、そんなの……口では何とでも言えるじゃないですか」
「確かにその通りね。でも、私の言葉を疑えるのなら、どうしてこれまで1度も稲盛霞の言葉を疑わなかったの?」
「そ、そんな、1度も疑わなかったって訳じゃ……あ、あれ……?最初は確かに稲盛さんのこと少し疑ってたはずなのに……いつの間に私、稲盛さんのこと完全に信じて……」
霞と出会った当初、智慧理は霞の言葉を受け入れつつも心の隅では疑っていた。恐竜人間や魔術師の存在などすぐに受け入れられるものではないから当然だ。
しかし叛逆の牙の力を使って邪神眷属と戦う内に、いつしか智慧理は霞を疑うことを忘れてしまっていたのだ。そのことを智慧理は紗愛の言葉によって気付かされた。
「黒鐘さん、あなたは今は邪神眷属からこの街を守っているつもりかもしれない。けれどこのままではあなたはいずれ、守るべき街の住人をあなた自身の手で殺めることになるわ。それともあなたは、ただこの街が好きなだけの邪神眷属の命を奪うことすら良しとするのかしら?」
「わ、私、は……」
紗愛の言葉は本当なのか。霞は自分を欺いていたのか。邪神眷属はこの街の人間にとって必ずしも悪ではないのか。
真実も嘘も分からなくなり、智慧理は言葉に窮してしまう。
「それに稲盛霞の罪は、黒鐘さんを殺戮兵器に仕立て上げたことだけでは無いわ」
智慧理が混乱している間に、紗愛は視線を智慧理から霞へと移す。
「稲盛霞。あんたは叛逆の牙を完成させるために、一体何人犠牲にしたの?」
次回は27日に更新する予定です




