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1.始まりの夜

 御伽原市。総人口は100万人前後。街の中心部は都会的だが郊外には自然が多く残っており、言ってしまえば典型的な地方都市だ。

 特徴らしい特徴と言えば、動物園や水族館、博物館などレジャー施設が多く、休日の遊び場には困らないこと。それと御伽原大学という大きな大学があるため若者が多いことくらいだ。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 4月某日の肌寒い夜。御伽原大学から程近い裏路地を、1人の女性が走っていた。

 女性の年齢は30歳前後、栗色の髪を腰の辺りまで伸ばし、使い古した白衣を羽織っている。その風貌は御伽原大学に勤める研究者といった風貌だ。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 女性の息遣いは荒く、足元もふらふらと覚束ない。

 それもそのはず、女性が手で押さえている右の脇腹からは、夥しい量の血が流れていた。


 「はぁ、はぁ……ぐっ……」


 失血のためか痛みのためか、走るのを止めて近くの壁に手を突く女性。


 「いたぞ!」「あそこだ!」


 するとそのタイミングを見計らったかのように、女性の後方から数人の男が現れた。

 男達は皆スーツ姿で厳つく、外見の雰囲気は完全に反社の類だ。


 「ちっ!もう……」


 男達を一瞥した白衣の女性は軽く舌打ちをすると、男達が現れたのとは反対の方へと逃走を試みる。


 「逃がすな!」


 しかし女性が走り出すよりも先に、先頭の男がスーツの内側から拳銃のようなものを取り出し、その銃口を女性の背中に向けた。

 男が引き金を引くと、銃口からは弾丸の代わりに、サイエンスフィクションめいたレーザービームが放たれる。


 「ああっ!?」


 レーザービームは女性の左足の脹脛を貫通し、女性は足を縺れさせて勢いよく転倒する。


 「う……ぐっ……」


 脇腹から大量に出血した上左足を撃ち抜かれた女性は、立ち上がることができず芋虫のようにもぞもぞと蠢いている。


 「ったく……手間取らせやがって」


 女性が身動きが取れなくなったことを確認した男達は、引き続き拳銃のようなものを構えながらゆっくりと女性との距離を詰める。

 そして男達と女性との距離が5mほどにまで縮まったその時。


 「ちょっと何してるんですか!?」


 路地の向こう側から、何者かが猛然と駆け寄ってくる。

 それは体操着のような服装に身を包んだ、高校生か或いは中学生にも見える可愛らしい少女だった。


 「てやあああっ!!」


 少女は駆けてきた勢いそのままに地面を蹴って跳び上がり、先頭の男の顔面に高い打点のドロップキックを食らわせた。


 「ぎゃああっ!?」


 不意を突かれた先頭の男は盛大に吹き飛ばされ、その後ろにいた男達も巻き込まれてドミノのようにバタバタと転倒する。


 「お姉さん大丈夫ですか!?」


 男達を蹴り飛ばした隙に、少女は白衣の女性を抱き起こす。


 「っ、凄い血……!」


 脇腹からの出血によって、女性の白衣はほとんど白い部分が無いような状態だった。素人目にも致命的だと理解できるような出血量だ。


 「きゅ、救急車呼ばなきゃ……!」


 スマホを取り出して119番へ通報しようとする少女。

 しかしそれを制止するかのように、白衣の女性が少女の手を掴んだ。


 「あ、あなた……ここにいては、ダメ……」

 「え?」

 「早く、逃げて……!」


 一刻も早くこの場を離れるよう、掠れた声で必死に少女へ訴える白衣の女性。

 すると少女に蹴り飛ばされていた男達が、ゆらりと不気味に立ち上がった。


 「いってぇ……おいクソガキ、よくもやってくれやがったな」


 少女は男達を睨み返し、白衣の女性を守るように男達の前に立ちはだかる。


 「テメェのせいで、『皮』が壊れちまったじゃねぇか」


 突如、乾燥した年度に罅が入るように、男達の顔がビキッという音と共に罅割れた。


 「ひっ!?」


 人間の顔が罅割れるという異常事態に、少女が小さく悲鳴を上げる。

 その間にも男達の顔の罅はビキビキと拡大していき、それに伴って皮膚がポロポロと崩れるように剥がれ落ちる。

 そして完全に男達の顔面が崩壊すると、その下から現れたのは爬虫類の頭だった。


 「トカゲ人間……!?」


 思わずそう口走る少女だが、彼らの頭はトカゲというよりもワニに近く、更に言うとヴェロキラプトルという恐竜の復元図に非常によく似ていた。

 より適切に表現するならば、トカゲ人間ではなく恐竜人間だ。


 「この姿を見られたからには、お前も生きて帰す訳にはいかなくなったなぁ、クソガキ」


 恐竜の頭部を晒した男が、爬虫類特有の縦長の瞳孔で少女を睨む。


 「余計なことに首突っ込むんじゃなかったな。いい教訓になったろ?来世で生かせや」


 男はそう言って少女の顔に拳銃のようなものの銃口を向けた。


 「っ……」


 少女は白衣の女性が足を撃ち抜かれる場面を遠くから見ていた。その銃口から放たれるレーザービームの威力をよく知っている。

 男がほんの少し指を動かすだけで自分の命が刈り取られることを理解していた少女は、その場から1歩も動けなくなってしまった。


 「も、もう……これしか、ない……!」


 その時最初に動いたのは少女でも恐竜人間達でもなく、いつ息絶えてもおかしくなかった白衣の女性だった。

 最後の力を振り絞ったのか、はたまた火事場の馬鹿力か。死に物狂いで立ち上がった白衣の女性が、半ば倒れ込むようにして少女に背後から掴みかかる。


 「きゃっ!?」


 不意を突かれた少女は、白衣の女性の行動に反応することができなかった。恐竜人間達も予想外の出来事に硬直している。

 その場にいる全員が動けずにいる中、ただ1人白衣の女性は少女に組み付いたまま右腕を振り上げた。

 振り上げられた右手には、ペーパーナイフ程の小さな刃物が握られている。

 刃物は金属製ではなく、何らかの生物の牙を加工したような質感だ。


 「まさか、そのガキに『牙』を使うつもりか!?」


 女性の意図を察した様子で恐竜人間が叫ぶ。


 「……ごめんね」


 白衣の女性は少女の耳元で謝罪の言葉を囁くと、右手の刃物を少女の胸に突き立てた。


 「え、っ……」


 自分の胸に刃物が突き立てられているというショッキングな光景に、少女が目を大きく見開く。

 しかし刃物は確かに刺さっているというのに、少女の胸には全く痛みが生じていなかった。

 だが痛みを感じない代わりに、少女は刃物が刺さった胸を中心として体が異様な熱を帯びていくのを感じていた。


 「やだっ、熱い、なにこれ、っ、きゃああああっ!?」


 突如として少女の足元から黒い風が螺旋状に噴き上がり、少女の体を完全に覆い隠した。

 少女に組み付いていた白衣の女性は黒い旋風に吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がり、そのまま動かなくなる。


 「クソッ!あの女やりやがった!?」


 恐竜人間達が黒い風の圧力に押されながら悔しそうに叫ぶ。

 程なくして黒い旋風が内側から爆ぜるように消失すると、そこに立っている少女は姿が一変していた。


 体操着のようなラフな服装は跡形もなく消失し、代わりに黒と灰色をベースとしたゴシックロリータ風の衣装が少女の体を包んでいた。

 目元は仮面舞踏会で用いるような黒いマスカレイドによって覆われ、長い髪はツインテールに纏められて風も無いのに靡いている。

 そして少女の頭上にはエンジェルハイロゥのような黒い光の輪が浮かび、背中には3対6枚のカラスのような翼が生えていた。


 その姿はさながら黒い天使のようだ。


 「えっ、ええええっ!?な、何これっ!?」


 少女は自分の服装を確認すると、激しく驚きを露わにした。

 着替えた自覚も無しにいつの間にか服装が一変していれば、驚いて当然だ。


 「『牙』に適合しただと……!?」


 恐竜人間達は変身した少女の姿を見て動揺している。


 「狼狽えるんじゃねぇ!あのクソガキが『牙』に適合したってんなら、クソガキをぶち殺して『牙』を奪えばいい話だろうが!」


 先頭の恐竜人間が浮足立つ仲間達を一喝し、改めて少女に拳銃のようなものを向ける。


 「死に晒せ!!」


 引き金が引かれ、銃口から放たれたレーザービームが一直線に少女の眉間へと迫る。


 「ひゃあっ!?」


 だが少女が反射的に腕を振ると、その軌道から黒い光の刃が放たれ、レーザービームを掻き消した。


 「……え?」


 自らが引き起こした現象に呆気に取られる少女。


 「なっ……!?これが『牙』の力だってのか……!?」


 レーザービームを容易く掻き消され、恐竜人間達は戦慄していた。


 「……何だかよく分からないですけど、この力を使って戦えってことですよね?」


 胸を刺された時に少女が感じた異様な熱は、今や体中がはち切れんばかりに漲っている。

 その熱の正体が圧倒的な「力」であることを、少女は直感的に理解していた。


 「何で人間の中からトカゲが出てくるのかとか、そのレーザービームは何なのかとか、私には何も分かりませんけど……とりあえずあなた達は私を殺そうとしたのでぶちのめします!」


 少女が息巻いて地面を蹴ると、次の瞬間には少女は恐竜人間達の眼前にまで肉薄していた。


 「わっ速っ!?」


 自分自身の速度に驚きつつ、少女は先頭の恐竜人間に目掛けて右手の手刀を突き出す。

 まるで豆腐に串を指すかのように、少女の右腕は恐竜人間の胸を容易く貫通した。


 「がはっ!?」


 胸を穿たれた恐竜人間は激しく吐血し、少女が腕を引き抜く動きに合わせてゆっくりと地面に倒れると、そのままピクリとも動かなくなった。


 「ひいっ!?」「ば、化け物だ!?」


 リーダー格の恐竜人間が倒れたことで、他の恐竜人間達に動揺が走る。

 その隙に少女は恐竜人間の血に塗れた右手で、斃れた恐竜人間の手から拳銃のようなものを拾い上げた。


 「何なんだろうこれ……?」


 その拳銃らしきものの見た目はかなり古風な雰囲気で、形状としては幕末に日本で作られたドントル銃に似ている。

 だが銃口からレーザービームを放つそれは、幕末の銃などという骨董品では決してない。それは銃器の知識を持たない少女でも分かることだ。


 「私でも使えるのかな、これ……」


 少女はその拳銃らしきものの銃口を近くの恐竜人間に向け、物は試しと引き金を引く。

 すると銃口からレーザービームが放たれ、恐竜人間の頭蓋を消し飛ばした。


 「わっ、使えた。っていうか私が使った方が威力強い……?」


 恐竜人間が引き金を引いた時よりも少女が引き金を引いた時の方が、放たれるレーザービームの大きさや速度が数段上だった。


 「ん~……どういうことなんだろ」


 拳銃らしきものの仕組みに首を傾げながら、少女は逃げ惑う恐竜人間達の背中に向かって次々と引き金を引く。

 30秒と経たずに、恐竜人間達は1人残らず沈黙した。


 「……よし」


 戦いを終えた少女は、拳銃らしきものを構えていた腕を下ろす。

 すると少女の体を再び黒い旋風が覆い隠し、風が消えると少女は元の体操服のような姿に戻っていた。


 「あ、戻った……そうだ、お姉さんが!」


 少女は背後を振り返り、慌てて白衣の女性の下に駆け寄る。

 仰向けに地面に倒れ込み、目を閉じたまま動かない女性。少女が胸に耳を押し当てても、既に鼓動は感じられなかった。


 「そんな……」


 女性を救えなかったという事実に項垂れる少女。


 「ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまって」


 すると少女の頭上から、聞き覚えのある声が掛けられた。


 「……え?」


 少女が顔を上げると、そこにいたのは白衣の女性と全く同じ顔の、半透明で全裸の女性だった。


 「ひゃああっ!?お化けぇ!?」

 「あはは……そういうことになるのかな?」


 腰を抜かした少女の反応に、半透明の女性は気恥ずかしそうに苦笑する。


 「とりあえずあなたには事情を説明しないといけないから……どこか落ち着ける場所に移動しない?」


 女性からのその提案に、少女は呆然と頷いた。

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― 新着の感想 ―
トンネルでの初配信を思い出します。最初はこんな感じ怯えてたなぁ。
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