世界一の泥棒な俺
お詫び:当初8月7日 8:35に投稿したのですが、途中までしか公開されていませんでした。
当方の確認ミスです。
不完全な物を公開して、お客様のお時間を奪いながらもお目汚ししましたこと、申し訳ありませんでした。
お客様よりお知らせいただき、最期まで書いたものを公開し直しましたので、もしよろしかったら、ご確認いただけたらと思います。
家を出て、飯を食いに店に入る。
「いらっしゃい、今日は一人?」
「あぁ。シャーロットは城だ」
「いつもので良い?」
「そうだな」
すっかり顔なじみになった娘が酒の入ったゴブレットを置いて、カウンターに戻る。
ゴブレットに手を伸ばし口を付けようとした時、目の前に男が座った。
「なんだ?帰ってたのか?」
「なんだ、とは挨拶だな。俺の仕事は終わったんでな」
帰って来た、とダンは持っていたゴブレットを挙げた。
どうやらすでに飲んでいたらしい。
「気持ちよく飲んでたら、しけた顔した野郎が店に入ってきたからな。からかいに来た」
「だったら自分の席に戻れよ。俺を肴に飲む気ならお門違いだ」
俺はゴブレットを少しだけ挙げて酒を飲み干した。
「おうおう、相変わらず良い飲みっぷりだな。いい事でもあったか?」
ダンは自分もゴブレットを空けると、新しく酒を注文した。
「俺の事はほっとけ。で?向こうはどうなった?」
「ぁ?どうって………新しい王に任せてきた。お前は知らんだろうが、アッパード卿という御仁だ。見目はいいし、頭も切れる。我が国王の信頼も篤く、任された国はすでに8国目だ」
「8つの国の王って事か?」
「ぃや、アッパード卿は統治機構を作る役を担っておられる。征服した国が我が国王の国として正常に機能するよう管理するのだ。機能するようになれば、後は別の人間が出向いて正式な国王となる。卿は国に戻って国王の片腕となって働かれるのだ」
「つまり、一番大変な事を全て一手に引き受けてるのか?そのアッパード卿とやらは」
「そうだ」
俺は頭を捻った。
なぜそんな事をするのか、全くもって意味が分からない。
別の人間に美味しいとこ持って行かれちまうんだろ?
「ヘンリー、お前、理解出来ない、という顔をしてるな」
「あぁ。報酬が破格なら理解出来ん事もないけどな」
ダンはにやっと笑った。
「まぁ、破格といえば、破格だな」
「どれくらいもらうんだ?」
「山のような金貨は言うに及ばず。だが、卿が一番喜ぶ報酬は“姫君”だ」
「は?」
「卿は必ずその国の“姫君”をもらう」
「………でも姫さんっていっても、元敵の女だろ?」
ダンは頷く。
「しかも没落した国の姫ってのは、全くもって価値はないだろ?」
持参金に金貨一枚も持っていない。
「アッパード卿は金持ちだ。持参金など必要ない。“姫”は文字通り身一つな訳だが、その身があれば、事は足りる、と言うものだ」
ってことは、つまり………
「姫さんの体が目的って事か?」
「そう言っては身も蓋もない。が、まぁそうだな」
酒が運ばれてきた。
ダンは酒を一口飲むとテーブルに身を乗り出した。
自然俺も身を乗り出す事になる。
「姫君ってのは、結婚するまで男を知らん。アッパード卿はそれを一人前の女に仕込むのがお好きなのだ」
その後、ダンはアッパード卿とやらの趣味を楽しそうに話してくれた。
「姫君は大抵、気位が高い。例え国や立場を奪われようとも、プライドだけは捨てん。それを少しずつ慎重に懐柔し、その心と体を開かせ、自分のモノにするのがとてもお上手なのだ」
「あんた、それ見たのか?」
「見たって?………あぁ、懐柔する様はな。すごいぞ。最初はあくまで下手に出るんだ。姫は今までと同じに過ごして頂いて構いませんってな風だ」
卿は淡々と国のシステムを変えて行くのだそうだ。
貴族や大臣とも話し、彼らの能力を計り、その処遇を決める。
どうにも使えぬならその地位をはく奪し、財産の全てを差し押さえる。
相手が泣こうが喚こうが頑として聞き入れぬ様は鬼の様、だそうだ。
が、それは卿の一面でしかない。
姫の前では紳士的で、彼女の立場に酷く同情的。
「姫君はその両面を見て偽善者が、と思う。ますます落ちにくくなる、と思うだろ?ところが、だ。卿はしばらくしたら姫君の前で弱みを見せ始めるんだ。辛い、だの、苦しい、だの、弱音を吐く」
「あぁ、ギャップってやつか?」
「そうだ。使い古された手だが、これがもう見事に姫君の心を捉えるんだよ。まぁ、姫君ってのは普段限られた人間としか接してないからな。免疫が出来てないんだ、免疫が」
「だろうな」
俺は運ばれてきた皿の肉を口に突っ込みながら同意した。
「後は簡単だ。心の扉が一枚開くたびに、ドレスが一枚消えて行く。どう仕込むかは卿の考え次第、らしいぞ」
なんてこった。
羨ましいにも程がある。
「………王子だった場合は?」
今回は相手の国に姫がいたからそれが報酬だろうが、いない国だってあっただろうに。
「その辺はぬかりない。卿は王子を仕込むのも好まれている」
両方いけるクチかよ。
「で?そのアッパード卿に仕込まれた人間は卿の嫁になるのか?」
王子は嫁って訳にはいかんだろうが………
「いや。彼らは卿が愉しまれた後は、然るべき地位の人間に譲渡される」
「譲渡って………どういう事だ?」
「まぁ、簡単に言えば、使用人として使われるんだ。夜の相手としてな」
おいおい。
「そう顔を顰めたものでもないぞ。卿に仕込まれたらそういう体になるらしい。心もな。だから喜んで他の人間の元に行くそうだ。金も地位もある人間の元に。それで譲渡された方も喜べば丸く収まるって訳だ」
「反吐が出そうだ」
食欲も失せた。
俺はフォークを置いて、酒を飲んだ。
「そう言うな。貴族の生活ってのは、戦争でもない事には食って、飲んで、ヤって………それしかないってのはお前も知ってるだろう?」
「知ってる。だから嫌いなんだ」
ダンはにやにや笑いながら酒を飲んだ。
「と、まぁ、どうでもいい話はこの辺で終わって………お前、盗めたのか?」
「え?」
「惚けんなよ。聞いたぞ。国一番の魔法使いが家に男を引っ張りこんだってな」
「引っ張り………まぁ、間違っちゃいないけどな。残念ながら盗んでねぇよ」
「やっぱりな。」
ダンは息を吐いた。
「あのシャーロットが?と不思議に思ってたんだ。どういう経緯があったか知らんが、お前、しんどくないか?」
「………しんどいよ。正直、逃げ出してぇ」
俺は大きく息を吐いた。
ダンとはドラゴンの巣への旅の間に少し話すようになり、仲良くなった。
俺がシャーロットを好きだって事を一番に気付いたのもこの男だ。
まぁ、もしかしたら一番はアンジーだったのかもしれないが。
シャーロットは国一番の魔法使いだ。
出会ったのは1年半前。
ドラゴンから王子の許嫁を救い出す旅のメンバーとして呼ばれた俺は、同じくメンバーだったシャーロットに惚れた。
といっても、まぁ、ほとんど一目ぼれに近かった訳だが。
なにしろシャーロットはすごい美人だった。
勿論、人の好みは千差万別。
蓼喰う虫も好きずき。
だが、シャーロットは大抵の男が通りすがりに振り返って見る程の美人だ。
黒く長い髪も、同じく黒く引き込まれそうな大きな瞳も、紅い唇も、とても魅力的だった。
シャーロットは極端に無口で、愛想なく………
一言で言えば、人嫌いのように見えた。
俺が話しかけても必要最低限の単語で返事するのみ。
他のメンバーともそう話す方ではなかったが、俺とは特に話してくれなかった。
多分、俺がよそ者だから避けられてるんだろう、とは思う。
でもせっかく一緒に旅するんだ。
出来れば仲良くなりたい。
彼女の興味を引けるような事が何かないか?
俺は彼女の幼なじみの舞姫、アンジーに色々聞いた。
アンジーは大抵の事を教えてくれた。
深くフードをかぶるのは他人と話すのが嫌だから、とか、実はとんでもなく人見知りなんだ、とか。
そんな中、俺は自分が避けられる理由を見つけた。
「シャーロットは泥棒が嫌いなの。シャーロットのお父さん、泥棒に殺されちゃったのよ」
シャーロットの父親は彫金師だったそうだ。
その仕事の性質上、仕事場には金や宝石が集まる。
だが、そこのセキュリティーは厳重だ。
泥棒は仕事場ではなく、出来上がった金細工を運ぶシャーロットの父親を狙った。
「とんでもない泥棒だな。ってか、それは泥棒じゃねぇ」
泥棒ってのは、盗まれた事に気付かれないような仕事をするもんだ。
ダミーとすり替え、こっそりとその場を去る。
アンジーは俺の話を聞いて、くすくす笑った。
「こだわりってどの職業にもあるものなのね。まぁ、結局その泥棒は早々と捕まって処刑されちゃったわけだけど、でもおじ様は戻って来ない訳でしょう」
シャーロットは悲しみを押して、毎日魔法の修行に出かけた。
魔法の才能に恵まれたシャーロットが魔法使いになる事は、国王からの命令であったから。
その間、母親は一人で泣き暮らしていたそうだ。
ある日、シャーロットが修行を終えて家に帰ると母親がナイフで胸を突いて死んでいた。
まだ6歳だったそうだ。
「シャーロット、私の家に引き取られたの。それからはずっと……昼間はお互いに修行に行ってたけど、それ以外はずっと一緒。この旅もシャーロットが一緒だから辛くないわ」
アンジーはそう言って笑った。
その時はまだ、アンジーが死ぬ為にその旅に加わってる事を知らなかったので、それは良かったな、くらいしか返事しなかった、と思う。
俺は自分でもびっくりするほど落胆した。
俺がいくらその男と一緒にしないでくれ、と言ってもシャーロットは一緒にするだろう。
なにしろその男の所為で両親を一度に失ったのだから。
「ヘンリーはシャーロットの事、好きなのね?」
アンジーは俺に問いかけた。
「ぁ、ぃや………」
「シャーロット、いい子なの。ちょっと素直じゃないとこもあるけど………でも優しい、いい子なの。ヘンリー、シャーロットの事、よろしくね」
「ぉ、おう」
タイプは違うが、アンジーだってすごい美人だ。
包み込むように優しい碧い瞳で見られた日には、大抵の男はぽぉっとなるだろうし、豊満な胸とくびれた腰はほとんどの男の目を釘付けにする。
美しい声で歌い、その体をくねらせながら舞えば、男という男は蕩けてしまうだろう。
だが、俺の好みとはちょっとばかりずれている。
アンジーが太陽なら、シャーロットは月だ。
まるでその存在を消すかのようにマントで体を隠し、フードで顔を隠し、話さない。
自らは光らず、光を受ければ気紛れに冷たく返す。
泥棒には月が良く似合う。
やっぱり俺はシャーロットの方が好きだな、と思いつつ、でもそのシャーロットは泥棒が嫌いと来たもんだ、とため息を吐いた。
その後色々あって、アンジーはこの国の王子と結婚し、シャーロットの家に俺は転がり込んだ。
シャーロットに誘われたからだ。
「俺さぁ、シャーロットに泥棒辞めてくれって言われた時、正直嬉しかった。でも俺、泥棒以外に出来る事なくてな。だから断った。そしたらすごく傷ついた顔したんだ。俺、絶対脈ありだ、と思った。家に来いって言われたし、俺の腕次第でどうとでも展開するぞ、みたいな事言われたしな」
が、実際一緒に暮らすようになっても何一つ変わらなかった。
キスは勿論、手を繋ぐ事すらない。
シャーロットはそれでも満足のようだが、俺としては蛇の生殺し状態が半年ほど続いている。
寝室は別だが、壁一枚隔てた向こうに好きな女が鍵も掛けずに寝てるって状況は、どう考えてもオイシイと思う。
今まで出会った女だったら、絶対寝込みを襲ってる。
でもシャーロットは……シャーロットにそんな事をして嫌われるのはごめんだった。
そんな事を思うのは初めてで、だからこそあの家に留まり続けている。
日々、苦しさは募っていく、というのに。
「あの時シャーロットがどういう気持ちで俺を引き止めたのか?それが分かんねぇ」
俺が教えてやる、とダンはニヤッと笑った。
「お前に泥棒辞めて欲しかった、だけだな」
「じゃぁ、何で泥棒辞めて欲しかったんだ?」
「そうだな………お前が泥棒だってのが嫌だった」
「………じゃ、家に誘ったのは?」
「簡単だ。見張るには一番手っ取り早い」
「俺が望む事をシャーロットにさせたければ、どうにか攻略しろってのは?」
「それは………」
ダンが口ごもった。
「だろ?俺はシャーロットを俺のモノにしたいって思ってる。でもシャーロットは俺が粉かけてもムシするんだぜ?」
気付いていないんだ、と思いたいところだが。
ダンはしばらく黙っていたが、はっと何かに気付いた顔をした。
「ヘンリー、お前、自分が何を盗みたいのか言ったか?」
「は?」
「お前が好きだってシャーロットに言ったのかって聞いてんだよ」
「言ってるよ。いつも言ってる」
まぁ、流されてるけど。
「シャーロット、俺、あんたの事が好きだ」
「それは良かった。私もお前が好きだ。好きな者と一緒に暮らすのは気持ちの良いものだ」
ってな具合だ。
それじゃぁ、とスキンシップに及ぼうとすると、すぃっと逃げる。
魔法薬の出来を見て来なければ、とか、城に行かねば、とか言いながら。
「正直、避けられてる、と思わんでもない。でも、自分から俺の隣に来るんだ。で、話したり本を読んだり。はっきり言って、振り回されっぱなしだ」
俺はため息を吐いた。
ダンは難しい顔をして酒を飲んだ。
「ヘンリー、俺はお前が可哀想だ。半年もよく頑張っている、と褒めてやりたいくらいに。だから教えてやろう」
何を?
俺は身を乗り出した。
「国中が知ってる事だが、シャーロットは世界一と言って良い程、鈍感だ。今まで何人の男がシャーロットに振られてきたか………さっきのアッパード卿もその一人だって聞いたらお前、どんな気分だ?」
「………別に……俺はシャーロットの同居人であって、男じゃないからな」
ダンは息を吐いた。
「あのな、はっきり言って、シャーロットは男女間の様々に付いて、子どもと同じくらい疎い。そりゃ、どんな事をするか、とか、どんな風なのか、何て事は知ってはいるだろう。が。知ってるだけだ。経験した事なんてないんだからな」
俺は目を丸くした。
「なんでそんな事知ってんだ?」
「俺はな、伊達に長い事生きてる訳じゃない。シャーロットが母親の腹の中にいる時から知ってるんだ。シャーロットの師、エラドルとも知り合いだった。俺はずぅっとあの子を見てきた。だからはっきり言おう。今までだれ一人としてあの子を口説き落とした人間はいない。俺はお前に、シャーロットに新しい世界を見せて欲しいと思ってる。多少強引に行かないといつまで経ってもこの状態だぞ?」
強引って言われてもなぁ………
シャーロット、泥棒嫌ってるし。
俺、嫌われたくないし。
「シャーロットの子どもの頃も知ってるのか?だったら知ってるだろ?シャーロットの親父さんが殺されたって話………」
ダンは目を丸くした。
「どこでその話………」
「アンジーに聞いた。泥棒に襲われて殺されて……その後お袋さんは自殺したって」
ダンは難しい顔をしたが、しばらくして息を吐いた。
「お前には話しておいた方がいいだろうな………シャーロットは知っている事だし」
「何だ?何の話だ?」
「ちょっと場所を変えよう」
ダンは立ち上がった。
俺もつられて立ち上がる。
「俺の家に来い。飲み直すぞ」
「ぁ……分かった」
俺はダンに付いて店を後にした。
国の英雄だというダンの家は簡素な造りで、驚いた。
その辺の家と変わりない。
聞くと、家は寝るだけだから、と返ってくる。
「これでも一人身には十分だ」
「あんた金持ちなんだろ?」
「ぁ?金は持たん。必要ないからな」
「どういう事だ?」
「俺はちょっとばかり名の通った男だ。顔も良く知られてる。だからどこに行っても金は要らない」
「顔パスってやつか?」
「まぁ、そんなもんだ。全部ツケで飲み食いして、請求は城へって訳だ」
つまり国が財布代わりか。
豪気なものだ。
「まぁ、座れ」
ダンは俺を台所の椅子に座らせると、ゴブレットになみなみと酒を注いで俺の前に置いた。
自分もゴブレットを持ち、俺の向かい側に座る。
「で………さっきの話の続きなんだが………シャーロットの親父は腕の良い彫金師でな」
「あぁ、聞いた。品物を届ける途中で襲われたって」
「それはシャーロットの事を思ってエラドルが広めた噂だ。本当は違う。シャーロットの親父は品物を横流ししようとしたんだ」
「は?」
「だから、親父が泥棒の真似をしたって事だよ。それがバレて雇い主に殺された。これを知ってるのはエラドルと俺と、その雇い主、それにシャーロットだけだ」
俺はダンの言ってる意味が分からなかった。
ぃや、理解できないフリをしようとしたのかもしれない。
「シャーロットの母親は体が弱くてな。シャーロットを産んで寝つくようになった。エラドルが……シャーロットの師が、薬を作ってやってたんだが、そう簡単に治るようなもんじゃなくてな。ある日、シャーロットの両親の所に旅の魔法薬師が尋ねてきた。いい薬がある。但し非常に高価だ、と、小瓶を見せた。母親は断った。エラドルに払うべきものも払い終わってないのに別の薬なんて買える訳がない、と言ってな」
俺は話の先が見えたような気がした。
「でも親父はそう思わなかった」
「後はもう良い、ダン。大体分かった」
大方、その魔法薬師と言うのが泥棒で、親父はそいつに唆された。
真実を知った母親が、自分の所為だと思い自分の胸を突いた。
そんなとこだろう。
「でもそれを知っても、俺の立場が良くなる訳じゃない」
むしろ悪くなるばかり。
昔、シャーロットに“口八丁手八丁で世の中を渡って行く”と言われた時は悲しく思ったものだが、アレはシャーロットの経験から生まれた言葉だった。
“泥棒は嘘吐きだ”
幼い頃そんな経験をしてれば、泥棒を嫌いになるよな。
「あのな、俺がシャーロットの両親の事を話したのは、お前が真実を知った方がいいと思ったからだ。シャーロットが泥棒を嫌いなのは、両親の事とは関係ないぞ」
「でも、その経験がシャーロットに何の影響も与えてない訳がない」
むしろ、与えられまくってるだろ?
「そりゃ、何の影響もなかった、とは言わん。でも本当に違うんだ。シャーロットは両親の死は自分の所為だ、と思っている。自分が魔力を持って生まれてきたからだ、とな」
この件で一番深刻なのはそこだ、とダンは言った。
「シャーロットの母も魔法使いだった。エラドルの元で修行していたが魔力が弱くて、彼の後継になるには力不足だった。そこで彼女はシャーロットを身籠った時、自分の魔力を全てお腹の子に渡したんだ。シャーロットは強い魔力を持って生まれ、エラドルの後継になった」
「それじゃ、母親が寝つくようになったのは、シャーロットに魔力を渡したからか?」
「そうだ。言っとくが、エラドルの指示じゃないぞ。シャーロットの母親が我が子の為に最善の道を作ったんだ。自分の夢を託した、と言ってもいい。まぁ、託されたシャーロットは複雑だろうがな」
「だな」
俺はゴブレットの酒を飲んだ。
頭がごちゃごちゃしてきた。
俺達は一体何の話をしていたんだった?
「シャーロットが泥棒を嫌いだってのは、単純に人のものを奪う行為が許せんからだ。断りや詫びの一つくらいは残して行け!ってとこだな」
あぁ、そうだ。
その話だ。
「泥棒は嫌っていても、お前は嫌われてないんだから、ぐいぐい押していけ。押して、押して、押し倒してしまえ」
「押し倒せって言われてもなぁ………」
「なんだ?お前今のままでいいのか?」
「良くはない。むしろ悪い」
「だったら、押せ押せだ。ほら、飲め」
ダンはゴブレットに酒を注いだ。
俺は勧められるままに酒を飲んだ。
額に冷たいものが当たった。
「ん………」
「気付いたか?こんなになるまで飲んで………」
目を開けるとシャーロットが呆れたような顔で俺を見ていた。
冷たいものは、シャーロットの手だったようだ。
「ぁれ………」
「覚えておらんのか?お前はダンと一緒に飲み明かし、酔いつぶれたのだ」
「ぁ………そうだ………思い出した………」
ダンの家で飲んで、飲んで、飲んで………
明け方、べろんべろんになった俺をダンがシャーロットの家まで連れて帰ってくれたんだった。
「ダンがベッドまで運んでくれたのだ。後で礼を言った方がいいだろうな」
「ってか、あのおっさんが俺に飲ませたんだ。………今何時だ?」
俺は体を起こそうとした。
が、シャーロットに止められる。
「まだ休んでいた方がいい。薬を持ってくるので、そのままでいろ」
俺はまた横になった。
ちょっと体を起しただけで、頭が痛い。
シャーロットの申し出はありがたかった。
シャーロットは椅子から立ち上がると、部屋を出て行った。
2、3分もするとその手にトレイを持って戻ってくる。
「薬と夕食だ」
「は?」
「夕食だ、と言ったのだ。お前は一日中寝ていたのでな。余りに目覚めぬから、何度か死んでしまったのかと思った」
シャーロットはベッドサイドのテーブルにトレイを置くと、俺が体を起こすのを手伝ってくれた。
「そうか………心配かけたな」
「ぃや」
シャーロットは俺に薬の瓶を渡した。
俺はそれを一気に飲み干す。
「ぐぇっ………何が入ってんだこれ?」
「そう………聞かない方がいいと思うがな。食欲をなくすといかん」
一体どんなゲテモノが入ってたんだ?
俺は涼しい顔して小瓶を受け取るシャーロットをじっと見た。
「どうした?私の顔に何か付いている?」
「ぃや。こんなに良く効く薬、初めて飲んだ」
実際、もう頭は痛くない。
体もだるくない。
すっきり、しゃっきり目が覚めた。
「それは良かった。さぁ、夕食だ。腹が減っているであろう?」
シャーロットは笑って、俺の膝の上にトレイを置いた。
美味そうなパンと千切っただけの野菜。
どう見ても炭の塊にしか見えないでかく黒い物体に、紫色のどろりとしたスープ。
パンだけはパン屋で買ってきたらしい。
「その……私は食事の用意が苦手でな。だから味の保証はしかねるが……私が食べても腹を下す事はなかった」
「あ~~そうか。うん。ありがとう。いただきます」
シャーロットは自分で料理をした事がない。
ここに来て一度も見た事がない。
食事は全て飯屋に行く。
もしくは城で食べる。
この家の台所は魔法薬を作る為に存在していた。
そのシャーロットが俺の為に料理を作った。
正直、嬉しさ半分、恐ろしさ半分だ。
俺はスプーンを取った。
スープの皿に突っ込み、そっと掬って口に流し込む。
「ん………まぁ……大丈夫だ」
本来なら美味い、と言ってやりたい所だが、シャーロットは嘘が嫌いだ。
だから正直な感想。
“食えない事はない”
相手が普通の女だったら、張り飛ばされるだろう。
だが、その言葉を聞いたシャーロットは嬉しそうな顔をした。
「良かった………魔法薬を作る要領で作ったので、少々心配だったのだ」
「何が入ってんだ?」
「野菜だ。店にあるものを色々買って来て……ぁ、魔法薬の材料は入ってないぞ。薬を作る訳ではないからな」
俺は頷いて、美味そうなパンをちぎり、スープに付けて食った。
「塩が足りないみたいだな」
「ぁ、では持ってこようか?」
「ぃや、これで十分だ」
野菜の味はする。
サラダも食べる。
これもまぁ、野菜だ。
洗って千切って皿に載せただけ。
出来ればこれにも塩か何かあれば嬉しかった。
そして問題の炭のカタマリ………
俺は覚悟を決め、ナイフとフォークを手に取った。
「それは周りの炭を切って外した方がいい。苦かったからな」
シャーロットが気遣うように俺に言う。
が、言われなくともそうするつもりだった。
炭は思ったより厚くなく、切り取った中からは美味そうな肉が顔を出した。
肉の塊がでかすぎて中まで火を通すのに手間取り、結果周りが炭になった、という所か。
火加減、というのを加味しなかった所為もあるだろう。
俺は肉にナイフを入れた。
一口サイズに切り、口に放り込む。
「………美味いな」
「そうか?!」
シャーロットは嬉しそうに俺を見た。
「あぁ、美味い」
まぁ、良い肉だから、という事なんだろうが。
でもソースも何もないのに、いい加減の塩味がある。
「シャーロット、これどうやって作った?」
「あ~~実は………」
シャーロットは顔を顰めた。
「それは肉屋の手柄なのだ。私でも美味しく作れるよう下拵えをしてくれた。私はそれを焼いて皿に載せただけなのだ」
なるほどな。
シャーロットの料理の腕前はみんなが知ってる事なのか。
「肉屋には黙っていろ、と言われたし、私もそうしようとしていたのだが、作り方を聞かれるとは………」
シャーロットは苦笑した。
「スープも八百屋に作り方を聞いたのだが、野菜の切り方がやけに難しくてな。結局いつも薬草を切っているように切って、作った。それに味付けがまた、難しい。塩を入れすぎたり、コショウ辛かったり。だから3度目には何も入れなかったのだ。塩味が足りないのは当たり前。入っていないのだから……………慣れない事をするものではないな」
シャーロットは落ち込んだように俯いた。
「ムリして食べなくともよい。パンのお代りはたくさんあるから………」
沈黙が降りる。
俺は、もう一口肉を放りこんだ。
咀嚼し、サラダやスープも口に入れる。
全ての皿を空っぽにして、俺はフォークを置いた。
その間、シャーロットは俯いたままだった。
泣いてる訳ではなさそうだった。
だから食べる事を優先させた。
「なぁ、シャーロット」
「なんだ?」
シャーロットは顔を上げた。
やっぱり泣いてなかった。
ただ、その顔は暗かったが。
「今日は城に行かなかったんだな」
「あぁ。買い物に少しの間出かけたが、それ以外は家にいた。どうして分かった?」
「スープを3度も作り直したんだろ?きっとすごく時間がかかったはずだ。ありがとうな」
俺は頭を下げた。
「あ~~ぃや。その………普通のおなごはもっと上手に美味いものを用意するのだろうが、なにしろ私は魔法の修行しかしてこなかったのでな。このような物を食べさせて済まない」
「シャーロットが俺の為に作ってくれたんだ。最高のご馳走だ」
見ろ、とトレイを指した。
「全部平らげただろ?ごちそう様」
シャーロットは嬉しそうな顔をした。
そう。
二人きりの時、シャーロットはいろんな表情を俺に見せるようになった。
他の人間には絶対に………アンジーは別として………絶対に見せない寛いだ表情。
心の中が素直に表れた顔だ。
シャーロットは俺の膝の上からトレイをどけると、ゴブレットを差し出した。
「酒ではない。胃腸薬だ。念のために飲め」
俺はそれを手に取るかどうか悩んだ。
だが、シャーロットに押しつけられ、それを飲む。
これも不味かった。
俺からゴブレットを受け取って、シャーロットはトレイを持って出て行った。
さて、これからどうするか………
夕食まで食べたが、丸一日寝ていたせいで眠たくはない。
シャーロットがくれた薬のおかげで頭もすっきりしている。
これでまた飲みに行ったら、シャーロット、怒るだろうなぁ。
だが、これと言ってする事もない。
「ヘンリー、ちょっといいか?」
シャーロットがドアをノックした。
「あぁ」
まだ薬を飲まなくちゃならないのか?と思いつつ返事すると、シャーロットが入ってきた。
手には何も持っていない。
「少し話したい事がある」
シャーロットはそう言ってさっきまで座っていた椅子にかけた。
「どうしたんだ?改まって?」
シャーロットは少し緊張しているようだった。
表情が硬い。
「あ~~その………ヘンリーはこの国にある何かを盗みたいのだよな?」
「まぁ、そうだ」
そんな事を言って、この家に転がり込んだんだった。
シャーロットはうんうん頷いた。
「私はそれを阻止したくてこの家にお前を呼んだのだが………そうすればお前がこの国を出て行かんからな。だからそうしたのだが………」
シャーロットは言い淀んだ後、黙ってしまう。
「どうしたんだ?あんたらしくないぜ、シャーロット」
俺は首をかしげる。
一体何を言いたいのか見当がつかない。
シャーロットは覚悟を決めたように口を開いた。
「ダンから聞いたのだが、お前はこの家を、ぃや、この国を出たい、と思っているそうだな」
「え?」
「お前が昨日、前後不覚に陥るまで飲んだのは、それを私に言えない所為だ、と聞いた。本当か?」
シャーロットの表情は真剣で、俺の応えを求めている。
「それは違う………」
俺は何と答えるか迷って、あやふやな事を口にした。
「確かに俺は色んな事を考えてて……でもこの家を出たいとか、国を出よう、なんて事は思ってない」
「本当に?」
「あぁ」
シャーロットはほんの少しほっとしたように息を吐いた。
が、まだ尋問は続いた。
「だったらなぜあんなに飲んだのだ?一体何を考えている?」
「………シャーロットに言えない」
あんたを抱きたい、なんて言った日には思いっきり軽蔑されそうだ。
だが、シャーロットは思いっきり傷ついた顔をした。
「そうか………そうだな。悪かった………分かっているのだ、誰にでも話したくない事の一つや二つある、という事は。ただ……」
「ただ、なんだ?」
言い淀んだシャーロットに先を促す。
どうも今夜はいつもと違う事が多い。
シャーロットが飯を作ったり、話すのを躊躇ったり。
いつもならもっとぱしっとしてるのに。
「私はこの通り、魔法以外何も出来ん。だからヘンリーが私の事を気に入ってくれるとは思っておらん。が、私にはお前が必要なのだ。お前と話すと心が落ち着く。こんなに誰かを必要だ、と思った事はないくらいだ」
だから何を考えているのか知りたいのだ、とシャーロットは言った。
えっと………
これって、告白か?
俺、好きだって言われてる?
シャーロットに?
いつもみたいにさらっとした感じじゃなくて、かなり真剣に。
「それで、もし……もし今後、この家やこの国を出て行こうと思った際には、是非私に教えて欲しい。心構えをせんと、笑って送り出す事が出来そうにないのでな」
シャーロットは苦笑いを浮かべた。
が、ちょっと待て。
「俺を……送り出す準備までするって言うのか?今、あんたは俺が必要だって言ったのに?」
必要なら引き止めようとするものじゃないのか?
自分の傍にいろ、と、それこそ魔法を使ってでも引き止めるものじゃ?
シャーロットは俺の混乱に気付かないのか、頷いた。
「ダンから聞いたのだろう?私の父は罪を犯した。しかし、それは私の所為だった。私が母の力を奪って生まれなければ、父は今でも彫金師として働いていただろう。母も自害する事なく生き続けていたはずだ。だから私は………私は誰かの行動を縛る存在にはなりたくないのだ。12の時から誰かを縛る行動を取る事も言葉を吐く事も自らに禁じている。何かに執着する事もな」
そこまで言って、シャーロットは息を吐いた。
「まぁ、これをお前に話した時点で、その禁を破っている事になるのだが………もっと言えば、お前をこの家に入れた時点で……ぃや、お前の事を気に入った時にはもう破っていたのだろうな」
ダンの言葉が蘇る。
“シャーロットは両親の死は自分の所為だ、と思っている。自分が魔力を持って生まれてきたからだ、と”
“シャーロットの母親が我が子の為に最善の道を作ったんだ。自分の夢を託した、と言ってもいい。”
“託されたシャーロットは複雑だろうがな”
複雑なんてもんじゃない。
シャーロットは国一番の魔法使いになる事を小さな頃から強いられてきた。
それは母の夢であって、自分の夢じゃない。
彼女の夢は………そうだ、アンジーと結婚する事、だ。
それが叶わないとなると、シャーロットは“禁薬”を作ってまでアンジーを手元に置こうとした。
そしてそれを師に見付かり、酷く怒られた。
それが12の時。
それ以降、シャーロットは自らの感情を心の中に押しとどめるようになったんじゃないだろうか?
男が誘って来ても好きになるのが怖くて、今までそれを出さずに過ごして来た。
「なぁ、シャーロット。聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「あんた、色んな男から口説かれた事あるだろ?」
「あぁ。ある。が、どれも軽口だ。アンジーに振られて、そのついでに私にも言葉をかける。まぁ、からかうようなものだな」
違った。
好きにならないように、気付かないふりをしていたんじゃなかった。
本気で気付かなかったんだ。
って事は………
「俺があんたの事を好きだって言う度、からかわれてると思ってたのか?」
「そうだな……挨拶のようなものだと認識している」
ほんの少しも考える事なくシャーロットは答えた。
他の男と同じに扱われてたって事か………
結構ショック。
が、思い直した。
なぜなら、俺は他の男とは違う扱いを受けている。
シャーロットの気持ちの中では確かに、俺は大事な存在だからだ。
って事は………
ダンの“押せ押せ“と言う言葉が耳にこだまする。
俺は手を伸ばして、シャーロットの膝の上にあった手を握った。
シャーロットが驚いた眼で俺を見る。
「シャーロット、俺は挨拶であんたに好きだって言ってる訳じゃない。本気であんたが好きなんだ。俺のモノになってくれ」
「モノに?それはどういう意味だ?ぁ、ちょっと……」
訝しげな表情のシャーロットの手を引っ張り、俺はその唇を強引に奪った。
逃げられないように左腕で抱きしめ、右手で頭を固定する。
「ちょ……んっ………ぁ…………はぁんっ…」
閉じられた唇に舌をねじ入れ、舌を絡ませ、その息をも奪う。
腕の中のシャーロットの体から緊張が抜けてきた頃合いを見て、俺は口付けを止めた。
「…っん……はっはっはっ……んくっ……はっ…すぅぅぅ………はぁぁぁ…………」
シャーロットは俺の腕の中で深く息を吸って………俺を睨んだ。
涙目で、顔を赤らめて、可愛いったらありゃしない。
「何と言う事をするのだ?」
「なにって、キス。好きだって気持ちの表現方法だ」
俺はシャーロットを抱きしめた。
「これも愛情表現の一部」
シャーロットは抵抗する事なく、俺の腕の中にいる。
これは………“押せ押せ”の雰囲気だよな?
「ヘンリー、離してはくれまいか」
俺がもう一度キスしようと考えた瞬間、シャーロットが俺の腕の中で呟いた。
「いやだ。離す理由が見当たらない」
「今ならまだ戻れると思うのだ。自分の気持ちを抑える事も出来る。だから、離して欲しい」
「嫌だ。気持ちを押さえる必要はない。俺はあんたが好きだ。あんたは?あんたは俺の事どう思ってる?」
「………私は……お前の事が…………」
俺は抱きしめる腕に力を込めた。
シャーロットはこくっと喉を鳴らした。
「ヘンリー、私はお前が好きだ」
俺は腕の力を抜いて、シャーロット口付けようとした。
ら、シャーロットが俺の顔の前に手をかざした。
「なんだ?」
せっかくいい雰囲気だったのに。
「確認したいのだが……」
「………何を?」
シャーロットはそのまま俺の目をまっすぐに見た。
「ヘンリー、私がお前のモノになる、と言う事は、お前が私のモノになる、と言う事でいいのか?」
「ん………まぁ、そうだな」
片方だけの所有物って訳にはいかんだろう。
シャーロットは小さく頷いた。
「では、もう一つ。私がお前のモノになればお前は私の傍にいてくれるか?」
「えっと………」
「お前の望み通り、私が泥棒の手伝いをしなくても、この家にずっといてくれるのか?世界一の泥棒になれなくとも、私の傍で生きてくれるのか?」
俺の望みはシャーロット自身で、彼女に泥棒の手伝いをさせるって事じゃない。
しかもシャーロットが俺のモノになった段階で、俺は世界一の泥棒になれる。
シャーロットの心より盗むのが難しい宝はなかった、と思う。
「あんたが俺の傍で生きてくれるなら、夢を捨てるのも悪くない」
俺の言葉に満足したのか、シャーロットは手を下ろした。
「ヘンリー、私はお前のモノになろう」
「シャーロット、俺もあんたのモノになるよ」
にっこり笑って目を閉じたシャーロットに、俺は口付けた。
心の中で、頂きます、と呟いて。
断りを入れれば盗んでもいいんだったよな、ダン。
2012/03/10
主人公とヒーローの名前をミスるという誤字報告をいただいたので、変更しています。
報告ありがとうございました。