宴会、そして出発
てっきり拘留か証人として連れていかれるのかと思っていた。しかし気づいたら、宴が始まっていた。村人たちが一斉に集まり、歌い、踊り、叫んでいるとお祭りだ。
「<兄ちゃんがレクレスを助け出したんだってな! 俺は村一番の大工ギネスコってんだ!>」
すまぬが言葉が分からぬ……いや、名前だけは分かったかもしれない。 この人は「ギネスコ」、このタイミングで親指を自身に向けていた……間違ったらすまぬ。 まあ、ギネスコ……ギネスコ……筋肉モリモリマッチョマンとい例えるべきか。 とにかく筋肉が凄いおっさん、上半身裸なのは仕事柄なのだろうか、ケツ顎に髭が生えており、何故かモヒカン。 一度見れば忘れられないようなインパクトはある。 多分、この星から発ったとしても忘れられんなこの人。
「<とにかく飲め! 飲め!>」
たった一人の人間、子供を助けただけなのだがこの宴会は大げさ過ぎではないか……いや、もしかしたら今日は宴、偶々被ったのかもしれない。 んな事を聞こうにも言葉が通じないし、ジェスチャーでどうこうできるやり取りではないだろうな……ただまあ、どんどん進めてくるようだしお言葉?に甘えてみようかな。
渡されたビールを口にする。 お酒を飲むときはキンキンに冷えたものを飲むのが好きなのだが、これはぬるめ。 いや、これはなかなか美味しいビールだ、エールというか。 喉越しが良すぎて渡されたものは樽のようなジョッキだが、これがまた良い。
「<それにしてもよくレクレスを見つけたな! 村から北にある森で、4人組か5人組の武器を持った人に襲われていたという話だ>」
「<北の森といえば、最近盗賊団が出現し始めたと聞いたが、本当だったのか>」
「<レクレスも森で誰かに襲われたと言っていたし、本当のことかもしれん>」
「<物騒な世の中だ。最近も大商人から王国や帝国の戦争危機の話ばかりで、耳が腐るわい>」
「<戦争の話はよく耳にする……>」
この宴会の中でも、真面目な話をしている村人たちが見えるし、声が聞こえてくる。
「<例の人間ね!>」
「<シナノか!そうだ、こいつがレクレスを助けた人間さ!>」
あちこちから話が聞こえるため、ちょっと散漫になっていた。今さらながら、言葉が全く分からない。一切分からない……太陽系惑星地球の言葉、日本語に近いような遠いような感じだけど……
訳が分からずにギネス……コさん?の方に視線を向けると、隣に女性が立っていた。この村で見かける女性の一人……『猫耳、銀髪(中央に一本の黒線)、猫型尻尾』が特徴的だ。
「<ん、どうしたの?>」
あ、いや、ええと……正直に言うと「タイプ」だった。可愛さもあるが、お淑やかで大人しそうな感じがなんというか。それに銀髪に中央に黒の配色が、私的にはドストライクすぎた。何か一言口を開いたかと思うと、彼女は顔を近づけてくるが、目をそらしてしまう。
「<ガッハハハハ!!!>」
ギネスコさんの高笑いが店中に響く。
「<お前さん、シナノに惚れたか!?>」
「<え、ええ!>」
しつこいようだが、言葉が分からずとも何を言ったかは察した。 ドストライクではあるが、それだけだ。 それだけだ!ただ素直な感想として「カワイイ」、それだけ!
「<顔が真っ赤だぞ!>」
「<ギネスコさんたら、またまた~>」
二人は談笑を始めたかと思うと、女性が急に顔を近づけてくる。
ドキッ!!!とした。
今まで数多くの惑星を渡り歩き、女性とも政治的、軍事的、個人的に多くの人と会ってきた。それでも、この「ドキッ」という感覚が沸き上がってきた。 いや待て、そもそもこの星に来たのは単なる休暇のため。 一期一会の出会いなのだ!!!心に呼びかけて落ち着かせようとする。
「<う~ん、ちょっと飲みすぎじゃないかな>」
「<そうか? 言うてこいつ、まだエール一杯目だぞ>」
「<弱いのかもね>」
「<そんな感じには見えないけどな……>」
ビールそんなに飲んだつもりはないけど、顔が熱いのが分かる……気持ちの整理がつかない。 ぐちゃぐちゃな感情を他所に彼女は顔を更に近づけてくる。 胸が高鳴ってしまう、鼓動が抑えられない……
「<大丈夫……?>」
あ、ダメだ……
気付いた時には床に座り込んでしまっていた。
ギネスコさんが何かしゃべりながら抱え上げてくれ、近くの椅子で一休憩。
「<お酒、やっぱ弱いか? それとも……まあ、あの娘だと思うが許してやってくれ。 元々、目が悪くてついつい顔を近づけちゃんだなこれが>」
べ、別に惚れたとかそういうつもりはないのだが、これはお酒、お酒だ。
頭の中でわあああああという感情に任せビールを口に運びまくった。 この時、周りをキョロキョロとしていたが多分認めたくないが彼女を探していたのかも。 ただその時には別の村人らしき男性と談笑しており、別に特にこれといった感情は抱いてないものの……酔いに酔ってからは制御がある程度聞かなくなったのか母国語で何か喋り、大声でアニソンを歌った……という記憶までは残っている。
気付くと知らない一室で横になっていた。
「い、いかん……飲み過ぎてしまった……」
夜の記憶の半分は吹き飛んでおり、水分も碌に飲まなかったのか頭が痛い……なんであんなに飲んだのかさっぱり……ただ、酔いが醒めたのが確かであると同時に心配事も一つ。
「あ、装備!!!」
ベッドで横になっている、いや、された時は多分今の状態なんだろう。 上衣下衣は近くのテーブルに畳まれて置かれており、宴会の時につけたままのリグは椅子にあり、固く包装していたアサルトライフルも剥がされる事なくテーブルに置かれていた。 ゴブリン退治に使った拳銃はリグの中に入ったままだ。
ついついというか、調子に乗ってしまった私の落ち度ではあるものの、村人が興味本位か何かで弄っていなかったのは幸いか……にしても暗い。
思い出したようにネクサはと思ったが耳に付けたままだった……そういえば光学明細を施しているからよく観察しないと見えないようにしていたか。 視界強化とインターフェースを表示させ今の状況を整理する。
時間は午前2時43分(この惑星では地球と同じ24時間)、眠ってから8時間程経過しているからだいぶ寝入ってたらしい。 軍からのダイレクトメールも複数、通信も3回程届いている。 通信不能の場合、情報部による状況確認から軌道降下部隊が投入される手筈なのだが、今回は安全と判断されたらしい。 事実、ここには荷物装備一式全部丁寧に置かれている。 場所はというとお酒を飲んでいた場所から約300メートル先の民家。 近くに鍛冶屋があるからギネスコさんの住む場所なのかな。
時間位置の確認を行った後は、ダイレクトメールを開く。
「第9銀河のガス惑星『ダイダルゴⅣ』宙域にして爆発を確認、状況確認の為、艦隊を派遣……戦闘詳報……」
特に大きすぎる出来事が無い報告ではあったが……
「アステロイド・ベルトから不自然に離脱した小惑星が接近……到達予想日時は来週末日、突入時間は昼頃……既に情報部による調査が行われたが、特に衝突と形跡はなく何らかの作用が働いてのものではないか……ふむ……」
ちょいと出来すぎなようなタイミングが良すぎのような……銀河都市連盟軍がこの惑星をかぎつけたのか?とも思ったが、奴らの現有技術では到達までに数か月と掛かるし、情報共有もしていない。 何らかの力がによるものとした。
それでも発見した以上放置は出来ない為、軍に一個小艦隊の派遣を指示。 小惑星の評価を行ってもらう事にし、拠点化可能であれば月軌道にでも投入してみるかな。 ダメだったら通常弾と核融合爆弾による破壊かな。
にしてもアステロイド・ベルトから離脱してこの星に向かっているか……
落着地点はここから反対側にある大陸、大規模な都市らしいが……人為的な手が加わったのだろうか。 まあ、いかなる理由があれど阻止はしなければならない。 それに小惑星激突となれば星全体に大きな影響を及ぼしてしまうからな。
指示を出し終えると頭痛もあり、もうひと眠りしようかなとも思っていたが、やめた。 水分補給だ、水分……テーブルに目を向けると水らしき液体が入ったコップが置かれていた。 連れてきてくれた誰かが気を使ってくれたのだろうか。
ありがたく口に運びたかったが、その前にネクサに水の分析をしてもらう。 流石に汲んだ水そのままではないとかいう不信感ではないが、一応……ね。 インターフェースから持っているオブジェクトを選択し、そのまま自動分析に。 コンマ秒でレーザーが走り終えると評価が終わる。 不純物は多めだけど、温めていた形跡もあり、安全らしい。
遠慮なく飲んだ……普段先進企業のミネラルウォーターばかり飲んでいたからか、味はう、うん……な感じ。 求めてはいけないのは分かってはいるが……分かってはいるさ。 ただ何というか冷たい水とミネラルウォーターが無性に飲みたくなったというだけ。 今度、輸送部隊に配送依頼でもするかな。
まだ寝ようかなっとも思ったが、村の夜も気になったので着替え支度をしてから出発しようとする。 部屋から出ると5つの部屋が並んでおり、ネクサのスキャンを掛けると皆眠っている。 チャンスというか、こっそり抜けて良い物かと思いつつも静かに足を進める。 ここは、まあ、あれだ……お世話になりましたという事で。
油断したつもりはなかったが、家の玄関に着くとテーブルに誰か伏せているのに気づく。 気温は18度だが、体感としてはもっと低い。 衣服しか着ておらず、ちょっと寒そう。 暖炉らしきものは……テーブルの蝋燭ぐらいか……
ふっと寄って倒れて眠っているのがその人のベッドなのではと思うと申し訳ない気持ちが強い。 このまま出発しようと思ったが、部屋から掛け物を持って行くとそっと全身を覆うように掛ける。
「ありがとう……」
言葉の壁はあるが、せめてものお礼はと。
玄関から外へ運びかけるとそこにいた住民が「うーん」と声を出しながら顔を上げるのに気づく。 同時に狙った可能様に月の光が住民に当たると、そこで寝ていたのは宴会場であった女性、シナノ……さんだった。
「<そこにいるのは……?>」
起こすつもりはなかったのだが、結果的に起こしてしまったのかな。 シナノさんは立ち上がると近づいて来る。
「<もしかして……? 起きたのね。 覚えているか分からないけど、倒れちゃう直前にすごい勢いで江エールを飲んでて倒れちゃったのよ……って言葉……>」
すまねえ、言葉の壁が……と思ったけど月に照らされたシナノさんがあまりにも美しすぎて動きや言葉が出ず、しゃべっている言葉も頭に入ってこない。 いや、今は……と思いつつももっと見ていたいという気持ちが強い。
「<喋りすぎちゃったかな、ふふふ……>」
微笑む姿に心打たれる。
「<でもまだ暗い中だし、中で休んでいたら?>」
中で休んでほしいという事だろうか……もう出発したかったというのもあるが……もう少しだけ滞在してみるかな……待てよ、私が寝ていたのって……深くは考えない様にしよう。 というか今更何をおどおどしているのか私! 今までだって多種多様多年代の女性を見てきたではないか……今になって……何を!
心の中を落ち着かせようとしつつ、シナノちゃんに手招きされるまま吸い込まれていった。
それからというもの言葉が通じない故に特に会話もなく、ただ寒い中、玄関付近で椅子に座って過ごしていた。 シナノちゃんに顔を向けると笑顔で返してくれて、これがまた可愛くて癒される。 気付いた頃にはウトウトしながら眠った為、私が横になっていたベッドへ連れて行くとそのまま横になり、深く寝入った様子だった(もしかして夜通し……?)。
何か勿体ない感のある感情を押し殺しつつ今度こそ出発をする。
行き先は最初の拠点。 一旦帰ってゆっくり眠りたい所だ。 距離はあり危険度は分からないが、上空からは監視の目もあるし大丈夫であろう。
シナノちゃんの家を出ると村の出口まで歩む。
出口では衛兵が4名程暇そうに待機している。 片手に松明を持ち照明というより暖を取っている感じだ。 私を目撃すると1名の衛兵が近づいてくるが、私が言葉を通じないのを理解していた為かジェスチャーで何かを示していた。 多分、まだ夜中で視程も悪く危険な可能性とも言っている気はするが。
こっちも大丈夫ですという形で両手でどうにか返答し、森に向かって足を進めた。 衛兵が付いてくる感じはなさそう。
道中といえば最初の拠点から途中まで道という道は無かったからネクサが無かったら迷っていたのだろうな……あ……
唐突に思い出しのだがネクサは耳に着けて光学迷彩で隠せる機能もあるが、中のマイクロ量子チップにAIサポート機能があったのを思い出す。 私の声に反応するもので、軍部技術班の話では人間とさほど変わらないらしい。 冗談で「惚れてはいけませんよ」と「好きな声優さんへのチェンジも可能」といった説明もしてきた。
道中も暇だしインターフェースを開き、設定、ボイスサポートを「ON」にした。
「ボイスサポートON、テスト、テスト、テスト……独立星系軍総司令官ユウ・ムラサメに敬礼。 ネクサAIシステム『ネクサ』、総司令官をサポートします」
「よろしく頼む」
殆どはタッチ操作に依存しているし、話し相手の欲しさってやつよ。
まあ起動したのは良いものの、結局、何もしゃべらなかったとさ。