救助
子供の足跡を辿っている内に気付いた事がある。 ネクサのAIでも分析に時間が掛かったのだが動物らしき足跡もあった。 4本脚であるが、地面への食い込みが少なく、偶々あった泥濘で分かった。 推測であるが、子供は動物を追ったという可能性が出てきている。
足跡は外壁の外へ伸びていたが、そこから500m先の森林まで続いてる。 私が村に向かうのに入った森林とは別のだ。
子供は動物を追って森林に向かっていった。 もはや推測ではなく確定事項にしても良いだろう。 村の人か衛兵を呼びたいものだが、生憎コミュニケーションを取る方法が無い。 仮に呼んだとしても必死のジェスチャーで日が暮れてしまう。 もし、あの森林に危害を加える生物がいたとしたら……ジェスチャーをしている途中でご馳走になってしまうだろう。
ちょっとした胸騒ぎもしたので森林に向かって早歩きで向かう。
≪こちら司令 『ユークリッド』へ応答せよ≫
衛星軌道にて待機中の航宙母艦『ユークリッド』へ連絡を入れる。 先んじて地上にスキャンを入れ、子供を探しやすくし、周囲の脅威、子供がいる場合、その周辺の情報も欲しかった。
≪『ユークリッド』より司令 通信傍受≫
≪私の周囲5km圏内にスキャンを掛け あらゆる物体を分析してほしい 人探しをしている≫
≪指示了解≫
『ユークリッド』からの分析は1分程で終了し、分析によって得た情報はネクサに送信された。 マッピングもついでに依頼していたので、道路らしきルートも分かった。
≪分析に感謝する≫
≪軌道上からの攻撃支援 降下部隊の準備は必要か≫
≪私だけで解決可能 引き続き地上監視を頼む 以上≫
分析の結果、森には複数の動物が表示されていたが、やはりというか人の反応も拾った。 歩いて740m先、森林の中にある開けた場所。 衛星画像から倒れているようだ。 もし猛獣でも何か不特定要素に襲われてしまえば大変な事になる。
全力疾走は万が一の戦闘に響く為、駆け足で向かう。 降下部隊による保護が手っ取り早いかもしれないが、この惑星に降りて早々、軍投入による影響力発生だけは避けたい。
森に入ると目的地まで草をかき分けながら一直線に進む。 鋭めの植物や木の枝に当たった影響で着ていたマントからびりびりといった悲鳴が聞こえ、も徐々にボロボロ、装備のカモフラージュどころで無くなってしまった。 けど人命は優先だ。
子供が倒れてるという地点に辿り着くと、そこに確かに子供が倒れていた。 急いで駆け寄る。
「生命反応はあるが弱め、何かに刺されたのか殴られたのか深めの怪我、意識は途切れかけている」
子供の傍には犬らしき動物が横たわっている。 こっちも生命反応はある。
ネクサの分析では両方とも、直ちに命の危険なし、という結果ではあったが適切な治療を受けないと猶予はないだろう。 降下艇で医療班を呼ぶかも考えたが、村とある程度近く、直近500m先に行商らし人影。 降下艇が出す音による影響は計り知れない。
抱えていくしかない。 子供に手を触った時だった。
森から何か飛び出してきた。 同じ人影……だが違う、鼻は長く耳も長い、肌の色は緑で目は細目、小柄……
「こいつらゴブリンか……」
他の惑星でも似たような種族は見た。 こっちでは服をしっかりと着る文化はあるらしく、見た目は盗賊だ。 子供と動物を襲ったのはこいつらか……子供と動物の状態からして死なない程度に弄った。 恐らくこの後、何らかの手段で村から来た大人を背後から襲うつもりだったのだろう。 えげつないというか、近くに道路があるならそっちが良かろうと。 それとも村に押し入って略奪でも? でもどう転んでもこのような犯罪的行為を見逃す訳にはいかなくなった。
戦闘態勢に移行。 ボロボロになったマントは不要。 投げ捨てる。
ゴブリンの数は7体で内1体は人間並みの大きさ(筋肉モリモリの変態と言いたいが、ひどく太っている)。 武器は木で出来た棒やハンマーのようなもの、2匹だけダガーらしきものを持ち、太ったやつは先端が石で出来た斧のようなものを持っている。
仮に村を襲うと企んだとしても、いくら何でも少人数。 子供と動物を襲ったのは縄張りに入ったからなのか、誘拐して身代金か物を要求するか、それとも……(少なくともこの星のゴブリンは衣服をしっかりと着ているので知性はある程度ある感じだ。 以前、別の星で遭遇したゴブリンは武器だけ立派だけど下半身に布を巻くか全裸、後、女に目がない程度の低い知性だった。 絶滅させたが)
もう少し考えを入れたかったが、一匹のゴブリンがまっすぐ走って来る。 ダガー持ちで殺意は高い、ただし一直線。 身長は1mよりちょい下ぐらいか。
殺す以上、殺される覚悟は……考えていないのだけれど、襲ってくる以上は容赦しない。 リグに掛けてあるUSP拳銃を手に掛けるが、一旦留まる。 動きが読めすぎて格闘のみでどうにかなる。
いや、格闘術すらいらない。
足の攻撃範囲に入った途端、横蹴りを喰らわした。 相当な勢いだったらしい。 襲ってきたゴブリンはたちまち吹き飛ばされ、仲間の所へと帰って行った。 下手なボールよりよく飛ぶんじゃないか……? あまりによく飛んでしまった為、思わず感心とばりに口笛を吹く。
この光景を見た3匹のゴブリンが後退るも、太ったゴブリンが雄たけびを上げる。 士気の高揚だろうと思ったが、この雄たけびで残ったゴブリン全員がこちらに向かって来る。
「十分対応出来るとはいえ、多勢に無勢にもなりえるか」
囲まれた後の不意打ちを考えると、咄嗟にUSP拳銃を取り出す。 サプレッサーを予め付けていた。
先頭のゴブリンに向かって発砲。 銃が無い世界でも「死ぬ武器」という事は一瞬で理解出来るだろう。 突然迫った死にゴブリンは驚きのあまり転倒。 普通の怪我では済まないだろう。 大丈夫、足元を掠めた、殺してはいない。 単に転んだだけだ。
銃を撃った効果は周りにも影響した。 いや、先頭のゴブリンが転倒した影響が大きいのかもしれない。 汗が噴き出てるのが目に見えて分かる。 今度はこっちから近づく番かな。
足を一歩踏み出すとゴブリン全員が吃驚し、後退りを始める。
「身の丈に合わない事をするものではないな」
何となくだが銃の影響は本当に大きいらしい。 となると警告射撃の効果はそれなりにありそうな気がする…
銃口の次のゴブリンに向ける。 流れ弾が発生しないよう背後に木がある奴にだ。
向けられたゴブリンは「俺を狙っているのか!?」と驚いた様子だ。 そう思ってくれるならこちらとしてはありがたい感情だ。 でも遠慮なく発砲。
弾は耳を掠め背後にあった木に直撃。 小さな穴が開く。 そのゴブリンはというと耳から若干の出血が発生。 何が起きたのか飲み込めていなかったようだが、耳から出血している事に気づくと手に触れ、流れ出ている物に勘付く。
「3匹目……という事にしておくか」
2匹目は恐らく恐怖のあまり気絶。 耳を掠めた程度では死ぬとは思えないし、泡も吹いているのが見える。 この光景は取り巻きも見ていた筈で、これで銃の恐ろしさが増しただろう。
残り3匹のゴブリンは戦意を喪失していた。 武器はまだ持っていたが、体は震えている、武器を捨てるまでは時間の問題だろう。 ここまで来れば何らかのアクションで完全に撃退出来る。
なんとなく子供と動物を助けに来たのか、ゴブリンを脅しに来たのか分からなくなってはいる。 でもまあ、ゴブリンは犯罪的行為をするつもりでここにいる訳だ。 ラストフェーズとしようか。
さっきみたく蹴りを入れようと走ってみる。
そしたらどうだ、3匹とも武器を投げ捨て森の中へと逃げて行った。 太った奴はいつの間にかいなくなっていた。 任務は完了という事だろう……
≪『ユークリッド』 周囲のスキャンを開始。 今しがた7匹の原住民と接触 2匹生死不明のまま倒れ 残りは森の中へと消えた 今いる位置に戻ってこないか追跡もしてほしい 拠点らしきものがあればマーク 5km以上離れたら追跡は終了≫
≪こちら『ユークリッド』了解≫
≪因みにだがあの7匹 スキャン上だと何になっていた?≫
≪データがなく小動物として反応≫
≪了解 この生物をゴブリンと呼称 スキャンデータ上では人間として記録≫
宇宙からのスキャンでは大まかな情報のみが送られる。 これでも人型か小動物かどうかの反応をひろうぐらいなか出来る。 今回、小動物と分析されたのは身長か伏せていたのかどちらかだろう。 私としても不意打ちされかけもあって、注意しないとな。
………………
…………
……
…
ゴブリンか……
ふっと思い出した事がある。
確か第878銀河系、惑星『リューリュース』……私は独立星系軍指揮官として敵対する勢力と戦ってきたが、その傍らで惑星の探索も趣味の範囲ではないものの好きだ。 個性的な動植物、文明の観察をするのが楽しく、惑星の探索も気付かれない範囲で行っていた。 その時、出会ったのが惑星『リューリュース』だ。 文明レベルは中世の一歩手前で終わっていた。 文明がその程で途絶えてしまったといっても良いかもしれない。
探索で訪れた時、文明は既に崩壊していた。 どこへ行っても(スキャンをしても)人の気配はなく、動植物もほぼ存在せず、あるのは地面を埋め尽くす程の骨、骨、骨、それか言葉に出来ない状態の遺体。 緑の筈だった草原は真っ赤に染まっている、いわゆる地獄というやつだ。 踏みたくなかったが、踏んでみれば靴は血で染まった。
何故こんな地獄になっていたかはすぐに分かった…………
ゴブリンの仕業だ。
惑星に降りてすぐ襲撃があった。 醜い形をした魔物。 地球の神話では小さな妖精というのだろうけど、そんな物とは程遠い。 それが地面を埋め尽くす程の数で攻撃してきた。 無論反撃をし全滅させた(数えていないが、多分、その場だけで数万のゴブリンがいたのではないか)。
その後、3週間程の調査で分かった事だが、この星に住んでいた人間の99%は死滅。 動植物でも9割型全滅。 有害な植物とゴブリンに忠実な動物のみに代わっていた。
想像もしたくない虐殺劇だったのかもしれない……この星に救いはもはやない。 ゴブリンの繁殖速度は下手な生物より早く、早すぎ成長速度も段違い。 人間はあっという間に飲み込まれ絶滅した。 生存者はいたといえばいたのだが、殆どが女性で……とてもじゃないが……まあ、回収はして用は終わった。
星はどうしたかって? ああ、今や死の星と化している。
ゴブリンによるものではない、我々の手でだ。 あのまま放置してもどの道、ゴブリンによる破壊によって惑星は遠からず死が訪れる。 本来であれば我々が手を出す必要なんてない……けど、あんな凄惨な光景を見ればね……
惑星の発見から探索をして3週間後ぐらい。 艦隊を衛星軌道に待機させ、頃合いを見て衛星軌道爆撃による地上掃討を開始。 各地に穴をあけた後、核融合爆弾によって星にあるもの全てを焼き払った。 こんな出来事や干渉、同盟や他勢力が知ったら黙ってはいないだろうけどね。
とはいえ独立星系軍ユリシーズの最高司令官は私だ、どうしようと私の勝手だ……
………………
ゴブリンを見てて思い出していた。 ここの星のゴブリンはあの星に存在していたゴブリンと違っていたのを遭遇時から感じていた、たからこそ敢えて命の保障はした。
さてさてさて、ここからどうするかだ。
子供はまだ気を失っており、動物の方も同じだ。 念の為、ネクサの人体分析機能を使って怪我や外傷、バイタルと諸々の測定を行うも問題はなく、気絶については鼻から麻痺らしき成分が分かった事から吸わされた可能性が高いと分かった。
ならと思うと、子供を背負い、動物も片手で抱える。 一般の人間であれば中々大変な事ではあるが、私とて軍で鍛えた身、このぐらいは丁度良い。
村までは『ユークリッド』のサポートを受けながら戻った。 出来るだけ負担の少ない道をと。
いつの間にか村の門までぐると回っていたが、そこで門に立っていた衛兵がこちらに気付き、走ってくる。
「<おいおい大丈夫か!?>」
残念ながら言葉は分からない。 けど、体を揺さぶって子供と動物を示すと、衛兵は「あっ」とした表情になり血相を変えた。
「<つ、連れ戻したのか!? いや、まあ、ええと、まて……カルロット、急ぎ村長へ知らせを! 子供と犬は見つかったとな!>」
目の前の衛兵は門にいたもう一人の衛兵に声を掛け、その衛兵は急いで村の中へと消えていった。
衛兵が子供を抱えるよとジェスチャーを示した為、引き渡すと一緒に門に近づく。 門の傍にある変哲のない屋根の下に連れて行くとそこで降ろす。
「<それにしてもどこで、どうやって見つけた? と言っても、言葉が通じないか……>」
衛兵はどうしようかと迷った様子であったが、ふっとある事を思い出すと、腰に掛かっていたポーチから紙を取りだす。 開くと村を中心に半径約20km程度を網羅した地図になっていた。 つまりどこで見つけたか地図で教えてほしいという事だな?
「<一応村の治安を守る軍人としてちょっと協力してほしい……まあ言葉が通じないから方法はこれしかないが……せめて見つけた場所さえ分かれば>」
衛兵はまず子供と動物を指差すと、地図に目を向け村を指差し複数の箇所をトントントンと指で押し込んだ。 これは恐らく子供と動物をどこで見つけたかを聞きたいのだろう。 タクティカルリグのポーチからボールペンを取り出すと、発見場所に印を付ける。 子供と動物が倒れており、ゴブリンらしき生物に襲われた事も絵にして残す。 絵心はないので通じるかどうかは別として。
「<子供と犬は森に入り込み、そこで複数の人に襲われた……という事か……というか絵で示して協力してくれる人なんて初めてだ。 だいたい口のみ達者な人間が多くてな……>」
何か悩みというか愚痴らしきものをこぼしたらしいが、残念ながら言葉が分からぬ。
そして無意識というかさらっとボールペンというものを取り出して描いてしまった。 衛兵は気にしていないぽいけど、一応、時代的にはオーバーテクノロジーの一種だし……そう思ったら一瞬だけボールペンに目を向けかけた為、すぐ元の場所に戻す。
そういえば時間はと思ったら、午後14時ぐらいか……門は人の出入りが少ない為か長閑。 と思っていたが、すぐ村中の人間をかき集めたんじゃなかってぐらい大勢の人間が駆けつけてきた。 行方不明の子供の捜索にしては……村だからなのか?
子供の母親らしき女性がまっさきに駆け寄った。
「<レクレス、レクレスだわ!!!それにポットクも!>」
母親の声に呼応したのか子供も目が覚めた。 呼応というよりも麻痺の効果が消えた感じだ。 動物の方もびっくりするように飛び起きた。
村人が殺到しているなか、こっそり抜ける。 衛兵には地図で何が起きたか説明出来たぽいし、私はちょっとここからオサラバさせてもらいますかな。 日が暮れる前に拠点に戻って飯が食べたい(今日は現地の食事は無理か~)。
そこから10m離れ村人の声がちょっと小さくなったかなって思った時、あの話にいた老人が背後にいた。 こっそり離れる時から付いてきているなと思っていたが、気配も考えないようにした。
「<そこの兄ちゃんやい~そこの兄ちゃんやい~>」
老人は満面の笑みを浮かべ…………私の腕を掴む連行されてしまった(てか、この老人、筋肉マッチョマンすぎないか!?)。