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悪女の結婚  作者: 名無し
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 モイラの衝撃の告白を聞いてからというもの、彼女のことを彼女自身だけに任せていてはいけないとオーベルは悟った。自分自身のことを後回しにしてしまうし、苦労しすぎたせいか感覚がずれすぎている。

 そうなると、頼れる当ては一つしかない。

「なるほど、そういった理由で私にお声がかかったわけですね」

 金髪を揺らし、冷静な表情でサリアは頷いた。モイラと二人で住まいを整え、外に悟らせなかった有能な侍女だが、その有能ぶりが却って頭痛の種だ。

「ああ。これからも彼女を支えてほしい。表向きを取り繕うのを手伝うばかりでなく、必要があれば私に教えてほしい。まさか髪だけでなくドレスまで染めて、繕って、作ってさえいたとは……」

 そういったことは普通、専門の職人が行うものだ。いくら必要に駆られていたとはいえ、人目にさらされる彼女が着られるだけのものを仕立てられていたのは二人の才能と努力の賜物だろうが、他人に任せられるところは任せていくべきだ。今でもじゅうぶん公爵夫人として忙しくしているのだから、過度に抱え込ませるのは避けたい。それでも勿体ないからという理由でいろいろと抱え込んでしまいそうなので、モイラ本人を飛ばして侍女のサリアに話を通しに来たのだ。

「作るのみならず、首元の装飾で違うドレスに見せて気回していたなど……男には分からんだろう……」

「女性でも意外と分からないものですが。ともかくも、かしこまりました。閣下が甲斐性のある方で安心いたしました。必要なものは要求させていただきますね」

「……ちゃんと必要なものならな?」

「そうですね。化粧品なども自作されていたので、どこまでが必要かは判断が難しいですが。お嬢様のお作りになるものは品質がいいですし、お金を出しても贖えるかどうか……」

 サリアは表情を変えずにそんなことを言い出し、オーベルを揺さぶった。モイラは一体どこまでのことを自分たちで賄ってきたのだろうか。金額だけなら問題にならないが、それでも手に入らないとなると困る。

 オーベルは返す言葉を思いつけないが、サリアは気にした様子もなく言いたいことだけを言い終えると、少し表情を緩めて頭を下げた。

「お気持ちは分かりました。お嬢様を――奥様を、よろしくお願いいたします」

 間接的に認める言葉に、オーベルは目を瞠った。


 忙しくも充実した夏が過ぎ、北嶺芋の収穫期が来た。予想されたように不作だが、モイラとパトリックの協力を得て夏じゅう懸命に新しい食べ方を普及させたため、深刻な食糧不足が起きる心配はなく済みそうだった。収穫量の概算と各地の備蓄状況と必要量の試算を突き合わせ、大丈夫そうだと確信を得たオーベルは、同じ資料を覗き込んでいたモイラを思わず抱きすくめた。

「乗り切った! 君のおかげだ!」

「オーベル様!?」

 モイラの慌てた声がする。こうした触れ合いにまだ慣れていないのだ。

 それも無理はない。二人はまだ実際の夫婦になっていない。状況が落ち着かず、忙しすぎたからだ。妊娠して体調を崩したり無理がきかなくなってしまったりすると非常に困るので、そんな余裕のない今は白い結婚に甘んじるしかなかった。

 でも、そうした忙しい日々も終わりだ。オーベルの我慢を阻むものは何もない。

「正直、今すぐにでも押し倒してしまいたいのだが……」

「!?」

「誓いの口付けさえできていないのだから、きちんとやり直そう。礼拝堂で誓い直して、新婚旅行もしよう。脂の乗った鱒を食べに行く約束があったな」

 モイラが分かりやすく喉を鳴らした。悪女をやっていたくせに色気より食い気なのはどうかと思うが、そんなところも愛しくてたまらない。

「そして、今度こそ参列者を呼ぼう。父は来てくれるだろうし、よければ君の妹と弟も呼びたい」

「それは……夢みたいね」

 大切な人たちの中で、ささやかながら意味深い儀式を挙げるのだ。それはどれほど幸福なことだろう。

「ドレスは白がいいな。黒も似合っているが、白も着せてみたい」

 その言葉がくすぐったい。訳ありの公爵と悪女として形ばかりの式を挙げたときには、こんなことになるなんて全く思ってもみなかった。

「しかし、口付けすら誰にも許していなかったとは……悪女どころか、聖女でも目指すつもりだったのか?」

「許したい相手がいなかっただけよ。自分でもちょっと潔癖すぎるとは思ったけれど……却ってよかったと思うわ。なまじ経験があったら手練手管の一つと割り切って安売りをしていたかもしれないから」

 誓いのキスを嫌がったのは経験がなかったからだと聞いたとき、オーベルは耳を疑ったものだ。抵抗があったというだけでなく、拙さゆえに悪女のふりがばれてしまうかもしれないと思ったらしい。そんなことを聞いてしまったから、迂闊に口付けさえできなくなった。頬や額で我慢するのだが、はっきり言って生殺しだ。

「そうならなくて本当によかったと思う。しかし君とは一度はっきり話し合っておくべきだな。いろいろ予想外が過ぎる。はっきりと言葉にしたことはなかったが、取り決めも白紙になったと思っていいな?」

「……これだけ公爵夫人として働かせておいて今更それを言うの?」

「悪かった。だが、手を出さない約束を守ったところはきちんと評価してほしい」

「……分かってるわ」

 互いに不干渉、公爵夫人としての義務を求めない、子供も作らない、そういった取り決めだ。なしくずしに白紙撤回してしまっているが、本当の夫婦になる前にきちんと言葉にしておくべきだろう。そう言うとモイラも頷いた。

「オーベル様の誠意だと分かっているわ。私もちゃんと応えたいと思ってる。取り決めを無しにするというより、取り決めを定めない、普通の夫婦になると考えていい?」

「そうしてほしい。問題があったらそのつど二人で考えていけばいい」

 改めて口説くようなつもりで、オーベルはモイラに言った。モイラも少し頬を染めて頷く。その愛らしさにオーベルは歯噛みした。

(本当の夫婦であればここで我慢する必要などないものを、唇への口付けさえ駄目だなどと……!)

 オーベルの様子に何かを感じ取ったのか、モイラがびくりとする。

 だが、オーベルの我慢が試される時間は唐突に終わった。執務室に、急な知らせだとして手紙が二通届けられたのだ。一通はオーベルへ、もう一通はモイラへの手紙だ。

「アラミアからだわ。オーベル様、ここで読んでも構わない?」

「構わない。これを使え」

 頷き、机の上からペーパーナイフを二本取り上げて一本をモイラに渡す。妹からとはいえ、単純な私信ではないだろう。内容が気になるが、まずは自分の手紙を確認するのが先だ。オーベルはもう一本のナイフで封を切り、手紙を広げた。

「…………!」

(これは…………!)

 モイラが息を呑み、オーベルが目を見開く。互いの反応に目を見交わし、同じ知らせが届けられたことを悟った。

「……お母様が、刺されたって……」

「……刺したのはエジェールだと書いてある」

 オーベルに知らせを寄越したのは、公爵邸の外での仕事を任せている部下の一人だった。モイラに刃物を向ける事件を起こしたエジェールは王国の法に則って裁かれ、罰金と懲役を命じられていた。税制については領主の裁量だが、法律関係は王国全土で一律化されている。

 よく出来た部下は、エジェールと同時に裁かれたロビンのことにも触れていた。モイラに危害を加える可能性があるとされた彼は懲役が明けても北部に足を踏み入れることは禁じられている。それを侵そうとする様子はなく今も大人しくしているということで、こちらは大丈夫だろう。

 問題は、エジェールと、モイラの母のことだ。

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