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悪女の結婚  作者: 名無し
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「……何を言っている?」

 オーベルが眉根を寄せた。不審げにするオーベルの様子に目もくれず、エジェールはモイラを凝視している。

「何を仰っているの?」

 モイラが同じことを問うと、エジェールは混乱した様子で言葉を探した。

「その、顔……。声も、肌も……。まったくの他人とは思えない。君には、いや『モイラ・シーシュ』には年の近い妹がいたはずだな。君は妹の方か……?」

「……どうしてそうお考えになったの?」

「君の、肩の後ろだ。僕の知る『モイラ』には、双子の星のように並んだほくろがあったはずだ。君にはそれがない。もう一度聞く。君は、誰だ?」

 モイラは思わず頭を抱えた。これはもう、誤魔化せないだろう。母の肩の後ろにほくろがあるかなんて知らないし、これが鎌かけだったとしても白を切りきれない。

 こちらを凝視するエジェールとオーベルの視線に、モイラはとうとう観念して白状した。

「……私がモイラよ。今はアテナエ姓だけど。妹はまったく関係ないわ。エジェール様が私だと思ってお会いになっていたのは、私の母よ」

「……どういうことだ?」

 オーベルが真剣な表情で問う。咎めて詰問するような厳しさはなかったが、きちんと説明しないと承知しないと表情が語っていた。

「あまり言いたくないのだけど、私の母は身持ちがよくないの。止めさせることができないから、せめて醜聞が広まりにくいように、私が肩代わりするかたちで誤魔化しているの」

 モイラの言葉を聞いて、エジェールもオーベルも絶句している。ややあって、オーベルが声を絞り出した。

「……なぜ、そんなことを」

「妹と弟のためよ。妹が嫁いで弟が家督を継いで、それぞれが地歩を固める前に、母の醜聞を広めたくないの。血筋が疑われてしまうと結婚にも継承にも差し支えるから。疑われるにしても、なるべく後のことにしておきたいの」

 モイラはアラミアとドリアスが正しく伯爵の子であることを確かめて知っているが、周知させる手段がない。薬品で確かめたと言ったところで信憑性がないし、そもそも社交界は正しさよりも面白さに食いつく。妹と弟が立場を固めた後なら抗いやすくなるはずなので、それまでは何とか誤魔化しながら保たせていきたい。

「……しかし、それでは、君があまりにも……」

 おや、とモイラは思った。モイラの話をオーベルはそのまま信じてくれたようだ。もしかしたら彼はシーシュ伯爵夫人の不品行について知っているのかもしれない。誰かから聞かされるなり自分から調べるなりしたのかもしれない。

「……あまりにも、かわいそうだ……」

(……その言葉だけで充分よ)

 モイラは少し目を瞑った。そのまますべてを打ち明けてしまいたくなる衝動を堪える。

「……かわいそうではないわ。私には、咎があるから。これは罪滅ぼしでもあるの」

 伯爵家の血を受け継がないのに伯爵令嬢として育ってきてしまったことの。一家を壊してしまったことの。――このように生まれついてしまったことの。

「君に落ち度があるとは思えないんだが……。……咎とは、どんな?」

「……言いたくないわ」

 言って楽になりたいだなんて、助けてほしいだなんて、おこがましい。モイラはオーベルを、人々を、欺いてきたのだ。それだけ言って口を噤む。

「なんてことだ……」

 オーベルは呆然としている。エジェールに至っては言葉もない。無理心中をはかろうとした相手が別人だと分かったのだから当然だろう。

「それでは……やはり君は、悪女を演じていたのか……。隠し子がいるという噂があったが……」

「隠し子もなにも、母は三人の子を持っていますわ。経産婦だというのも分かる人には分かるのでしょうね」

「媚薬を使っているという噂は……」

「私の髪は色合いが母と違うので、髪染めが必要なのですわ。こっそりと使っていたところを見咎められてしまいましたが。媚薬だと思われたのは都合がよかったわね。髪色以外は本当に自分でも嫌になるくらい母そっくりなのだけど……」

「ああ……」

 オーベルは打ちひしがれている。申し訳なくなり、モイラは謝った。

「お察しの通り、私は悪女のふりをしていましたの。偽っていて申し訳なかったですわ。ですが、私はこれからも『社交界の悪女』をなるべく続けるつもりですし、契約遂行の意思はあって……」

「契約とか、そんなことはどうでもいい! 君は、悔しくないのか!? 君の気持ちも事情も何も知らずに、無責任に噂話を咲かせ続ける社交界というものが!」

 噛みつくようにオーベルはモイラに詰め寄った。モイラに怒っているわけではないことは分かっているので、まったく恐ろしくない。むしろ、モイラの代わりに憤ってくれているのが嬉しい。アラミアとドリアスとサリアに加えて、四人目だ。

 モイラは微笑んだ。社交界の悪女としての誇りを乗せて。強かに、艶やかに。

「その社交界を利用しているのですから、お互い様というものですわ。どんどん尾鰭なり背鰭なりをくっつけて噂を広めていってくれるとありがたいのですけど」

「参ったな……。さっきは君がかわいそうだと思ったが、その思いは変わらないが、付け加えよう。君はかわいそうな流されるだけの存在ではなくて、強かで誇り高い――悪女だ」

「――光栄ですわね」

 それは最高の誉め言葉だ。

 共犯者のように、強かな笑みを互いに浮かべる。

 そこに、エジェールが頭を下げた。

「――すまなかった。本人と勘違いして、君を刺してしまうところだった」

「勘違いさせるように動いたのは私ですから、こちらからもお詫びしますわ。でも、刃物はよくないわ。お気持ちは分かりますけど……」

 エジェールはすっかり大人しくなっている。モイラを傷つける動機がなくなった今、拘束などはしなくて大丈夫だろう。たとえ二人を振り切って逃げようとしたところで、この城でそれは不可能だ。ここまで辿り着くのとここから逃げおおせるのとでは話が全然違う。

「――話が違います!」

 その声は、部屋の外から聞こえた。三人がそちらへ顔を向けると、警備の者らしき男性二人に脇を固められたロビンがそこにいた。

「……その、彼の扱いをどうしていいか分からなかったもので……」

 ロビンの右を固めた男性が恐縮しながら言う。オーベルがろくな説明もせずに殴り倒して放り出していった客人の扱いに困ったと見える。とりあえずオーベルのところへ連れて行こうとなったわけだ。

 ロビンは再度訴えた。

「刺すってどういうことです!? ミティル伯に協力すれば、伯が思いを遂げた後に私の相手もさせてくださるというお話だったのに!」

(ああ……)

 ロビンが来ていたことをモイラは知らなかったが、状況は分かった。エジェールと協力して、見返りにおこぼれを貰うような感じでモイラをものにしようとしたのだろう。

 エジェールはモイラの母を、ロビンはモイラの方を見ていたということだ。皮肉だが、モイラを見ていたのはロビンだけということになる。

 だからといって、応えるわけにもいかないが。

「社交界の悪女であれば、望まぬ関係を強いてもいいとでも?」

「数多くの人と浮名を流しているのは知っています! 少しくらい、私にも慈悲を下さって罰は当たらないでしょうに!」

 どうやらロビンは最初から聞いていたわけではないようで、モイラが身代わりの悪女だということを知らないようだ。

 そうだとしても、教えない。

「悪女だろうが誰だろうが、お相手を選ぶ権利はあるのよ。無理強いしようとする人はお断りだわ」

 悪女らしい表情で、モイラはばっさりと切り捨てた。

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