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悪女の結婚  作者: 名無し
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 モイラの体調は一日でだいぶ回復した。

 起き上がることはできるが、あまり動くとつらい。食欲もないので、朝食は欠席すると伝えた。

(気分がすぐれないから朝食を欠席すると言ったのだけど……絶対これも、誤解されてるわよね……)

 嫌いなものを食べたくないからとか、嫌いなものを出されて怒って当てつけをしているとか、そんなふうに取られていそうだ。モイラの悪評と悪女顔は伊達ではない。

 かといって、別に誤解を解くつもりはない。誤解してくれる方が有難い。

(食欲もないし、公爵のあの不機嫌面を拝みたくもないし、顔を合わせないのがお互いのためでしょう)

 ゆっくりと緩慢な動きで着替えを終え、例によって黒いドレスの上から飾り襟や幅広のリボンなどを付ける。こうすれば同じドレスを着まわしていることがばれにくい。ドレスを引き立てるための装飾ではなく、ドレスを目立たせないための装飾だ。ドレスの数を増やせない以上、こうした小細工で何とか乗り切っている。

 ドレスのデザインがどれも同じようなものになるのも、布地の節約のためと、数が少ないことを誤魔化すためだ。こういった体の線が出るデザインが好きで着ているのだと押し通し、手持ちの少なさを悟らせないようにしている。似たようなドレスばかりになるのは好みの問題だということにして、色や型の違うものを揃えられない財力の無さを露呈しないように覆い隠している。

(そりゃあもちろん、色々なものを着られたらいいとは思うけれど)

 好みのものや楽なものを着られたらいいとは思うが、財政上、そして悪女という設定上、そうはできない。

 例によって悪女然とした格好に着替えを終え、ゆっくりと薬湯をすすっているモイラのところに、サリアが手紙を持ってきた。薬湯はもちろん自前で用意したものだ。

「アラミア様とドリアス様からのお手紙が届いております」

「ありがとう。いま読むわ」

 妹アラミアと弟ドリアスは、両親とともに王都のタウンハウスで生活している。

 モイラが今いるここはアテナエ公の領地――北部高地のほぼ全域――の中でも北に位置する山麓にある公爵邸だ。古城の面影を残しつつも代を経るごとに拡大されていった広大な邸宅は城壁を隔てて森と隣接し、城下町への道には立派な門が備えられている。ちょっと城下に下りて遊ぼう、とするくらいは可能な距離にあるが、そこまで大きな街ではないので顔を知られたらと思うと気軽に行き来はしにくい。

 城下町は半日で往復できる距離にあるが、北部で最も栄えている街までは馬で三日、王都までは数十日かかる。

 遊び好きの悪女が嫁いでくるのは不自然で、公爵邸も不便な立地にあるように思えるが、そんなことはない。

 公爵邸の敷地内から王城の中まで、直通の道があるのだ。

 太古、世界が作られたとき、膨らんで盛り上がっていく大地の表面が割れたのだという。しかし大地そのものが割れても地に張り巡らされた力の通り道そのものは残ったため、遠く離れた場所どうしを繋ぐ道ができた。洞穴のかたちで各地に残るその場所は、創世を思い起こさせる聖地であると同時に、きわめて実用的な場所でもある。

 すなわち、人や物の流通路なのだ。

 繋路けいろと呼ばれるその道は、この広大な島国の各所に点在している。

 場所によって個人の管轄であったり、街に管理されていたり、王家の直轄であったりするが、公爵邸にもそんな繋路がある。

 王城の外郭部に続くその繋路を通して手紙や物が運ばれ、モイラもそこを通って嫁いできた。

 一応、繋路を使わずに馬なり馬車なり徒歩なりで移動するのが本来の婚礼のしきたりだ。聖なる場所に詣でるときに徒歩での巡礼が推奨されるように、罪を得た者がさすらいの旅でそれを清めるように、嫁入りまたは婿入りの場所へ自分の足で赴くことがよしとされる。さすがに馬や馬車を使うなとは言われないが、繋路を使うのはやめるべきと考える者は多い。

 もちろん、それを古い考えだと一蹴して繋路を使う者もいるが、そうした者が離婚するとお決まりのように言われるのだ。本来の手順を飛ばしたりするからそんなことになるのだと。

 おそらく、結婚から先の長い道のりを歩いていくことの覚悟を問う風習であると思われるが、公爵が何も言わないのをいいことに、モイラは繋路を使って王城から一瞬でこの公爵邸まで移動してきた。

 王城の外郭部にある洞穴は、その利便性のため王城に関わりのない者にも利用されている。もちろん素性の怪しい者の通行は許可されないが、貴族なら誰何されることもなく、ほとんど待たされずに通行できる。繋路を通って仕事に行こうが逢引に行こうが自由だ。

 そんなわけなので、北の果てと言っていいこの公爵邸にも、王都からの手紙がすぐに届く。また、王都は国内の各所への繋路が集まっているので――そうした力ある場所に人々が集って大きくなっていった街なのだから当然といえば当然なのだが――人も物も国の端々に行き届くし、また集まりやすい。下手をすれば隣町の噂話よりも王都の噂話の方が先に届くほどだ。

 繋路のおかげで手紙も安価に届く。そうやって届けられた弟妹からの手紙を手に取ると、伯爵家の家紋が捺された封蝋からわずかに蝋燭の匂いがした。気を遣わない相手に送る手紙などこんなものだ。とくに色や香りを付けたりされていない。もっとも、そんなところで贅沢をされても困るのだが。

 まず弟ドリアスからの手紙に目を通す。

 読みながらモイラは苦笑した。予想通りの内容だったからだ。公爵に嫁いだ自分を心配し、今からでもやり直せるから戻ってきたらいい、会えなくて寂しい、そんなことがつらつらと書かれている。姉の悪評に対して何もできないでいる自分が無力で仕方ない、というやるせない気持ちも率直に綴られている。

 目新しい情報は無いし、見ようによっては無駄とも取れるような内容の手紙だが、弟の気持ちが嬉しい。モイラは丁寧に便箋をたたんで封筒に入れなおした。

(ドリアスはいつも私のことを慕ってくれるものね……。可愛い弟のためにも、ここは踏ん張らないと)

 次いで、妹アラミアからの手紙を手に取る。

 アラミアはモイラと一歳しか年が変わらず、顔立ちもよく似ている。ついでに筆跡もよく似ている。

 そんな妹からの手紙に目を落とし、モイラは眉を曇らせた。

「……閣下に談判して、外に出るお許しをいただかなくては。好きにしていいと言われたから大丈夫だとは思うけれど、勝手に繋路を使うわけにはいかないものね」

「……またですか? お嬢様、お部屋を空けるふりだけをしてお休みになっていてもいいのでは……」

 事情を察したサリアの提案に、モイラは首を横に振る。

「いいえ、ここは伯爵邸と勝手が違うし、疑いを持たれたくないもの。実際に繋路を使って外に出る必要があるわ」

 アラミアからの手紙には日時がいくつか記されていた。

 その時間、モイラは――ここにいてはいけない。愛人のもとにいる体をとらなければならない。

 二人の重い溜息に、ノックの音が重なった。サリアが対応するとどうやら、公爵家からモイラにつけられた使用人が、寝具の取り換えや部屋の掃除をしに来てくれたようだ。

 サリアとのやり取りが聞こえたので、モイラが直接返答をする。

「大丈夫、必要ないわ」

「……ですが、昨日も寝具をお替えになりませんでしたし、その、ご不快ではと……」

「本当に大丈夫よ。全部サリアに任せているから」

 昨日はほとんど一日中ベッドの上で過ごしたうえ、発汗もあった。熟練の使用人なら寝台の様子からいろいろなことを読み取って変に勘繰られてしまうかもしれない。サリアがいるから大丈夫というのは本当だし、あまり身近に多くの人員を置きたくない。この公爵邸でモイラの秘密を共有するのはサリアだけでいい。

 重ねて断ると、使用人は何か言いたげにしたが堪え、頭を下げて退出していった。

「……その、お嬢様。さっそく男を連れ込んだことを隠したいのだと思われてしまっているのでは……?」

「まさか、そんな!? 結婚式から数日よ!? それに繋路も使っていないし、いったい誰を連れ込んだと……」

「たくさんいるでしょう。高位の貴族の滞在は今現在ないようですが、下級貴族の立場を持つ侍従とか護衛とか使用人とかが。お嬢様は気に留めておられませんでしたが、意味ありげな視線を寄越す輩は多かったですよ」

「うわあ、考えてなかった……」

 モイラは頭を抱えて文机に突っ伏した。今まで「悪女モイラ」と噂になるのは貴族ばかりだったから、まさかそこまで見境のない悪女だと思われているとは考えていなかった。

(……対策が必要だわ)

 まかり間違って襲われたらことだ。身を守りたいのは当然だし、知られるわけにもいかない。

 隠し子がいると噂の悪女は、出産経験どころか、男性経験もないのだということを。

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