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悪女の結婚  作者: 名無し
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 自分がモイラについてどのように思っているか、オーベルは薄々分かっている。

 ただ、認めることができないでいるだけだ。自分が――本当の妻として彼女を遇したいと思っていることなど。

 他者にモイラを「妻」として紹介する、その言葉に違和感がだんだんなくなってきている。先ほどフランからモイラとの仲がよいと言われたが、どのように返せばいいのか分からなかった。そういえば彼女の兄のニックからも、自分たちが不仲なようには見られていなかった。自分たちは、自分は、いったい外からどのように見えているのだろうか。――自分では分からない。

 もやもやと行き詰まるような気持ちのまま、オーベルは先代の使用人の案内で階下へと降りていく。オーベルのところから使用人が客人を連れてきたということで、公爵邸から半日かかるここまでわざわざ足を運んだということは、急ぎの用なのだろう。晩餐で先代と顔を合わせるまでにはまだ時間があるから、その間に会って用件を確認しておきたい。

 あのまま水仙の間にいてはモイラとどうなるか分からなかったから、ある意味で逃げ出したとも言える。自分たちの関係が決定的に変わってしまうことを――受け容れられるにせよ拒絶されるにせよ――恐れたがゆえの逃避であることは自覚していた。

 考えつつ歩きながら、ふとオーベルは別のことに気を留めた。

「……ずいぶん外側の方まで行くんだな。そんなに身分の低い者がやって来たのか?」

 東翼の一階まで下りて玄関を出て、庭を通って森の方へとさらに歩いていく。メインとなる建物から離れる形だ。

 身分の低い者が来たのだとしても、一応は客だ。オーベルの使用人に対する粗略な扱いは間接的にオーベルを軽く見ていると思われても仕方ない。

 そもそも、そんなに身分の低い者が客を連れてくることなどないだろう。いったい誰が誰を連れてきたのだろう。

 案内の者は恐縮したように言葉を並べた。

「決してそんなことはございません。ご身分については私には分かりかねますが、お二人ともお客様として充分な対応をさせていただいております。ただ、閣下がいつおいでになるかも分からないとのことで、閣下をご来訪のお客様はご案内の方を残してあたりを散策なさりたいとのことですので、外側の方にお留めいたしました」

「そうか。気を悪くしたら済まなかった」

「いいえ、とんでもないことでございます」

 オーベルが頷くと、案内役はほっとしたように息をついた。

 しかし、オーベルは納得などしていない。オーベルの帰邸を待たずに半日かけてここまで赴いた者が、オーベルを待つ間にのんきに散策などしているだろうか。本当に急ぎの用ならその場で待つはずだし、その時間も惜しいというのなら案内役とともにオーベルのところを直接訪ねてもよかったはずだ。

 それをしなかったということに、言い知れぬ違和感と危機感を募らせる。

 案内された先で待っていたのは、オーベルの使用人であるロビンだった。先だって視察にも伴った青年だ。

「閣下」

 オーベルを認めて礼をする。それを軽く手で遮り、オーベルは続きを促した。

「挨拶はいい。誰を連れてきたんだ? どんな用件だ?」

「ミティル伯です。閣下に直接お話したいことがあるということでお連れいたしました」

「用件は?」

「私は伺っておりません」

「ここまで来たのだから急ぎの用があるはずだろう。何も聞いていないのか? そもそも本人はどこだ?」

「じきに戻られるかと。それよりも閣下、北嶺芋の備蓄状況についての資料が整いましたのでご確認ください。先代様とお話をなさる前にお渡しできればお役に立つと思っておりました」

「…………」

 違和感が膨らんでいく。ロビンが連れてきたというミティル伯――エジェールは姿を見せず、ロビンはその状況を気にするそぶりもなく資料を広げようとしている。――オーベルをこの場に引き留めようとするかのように。

「――再度聞く。エジェールはどこだ」

「ですから、ご散策をと……」

「モイラのところか?」

「……!」

 ロビンの目が泳ぐ。最悪の予感が当たってしまったことに思わず舌打ちが漏れる。

 オーベルはそのまま、拳を下突きに――手のひら側を上に向けた、近距離の打撃に適する形だ――ロビンの鳩尾へと打ち込んだ。この程度、剣を抜くまでもない。

「……っ!」

 息が詰まったような声を出して、ロビンが頽れる。案内役の者がオーベルの突然の行いに呆然としている。

「悪いが、この者を拘束してくれ。事情は後で話す」

 オーベルは言い捨て、元来た道を走り出した。

 エジェールが来たというのは本当だろう。そして、モイラによからぬ思いを抱いている彼がどんな目的でここへ来たのか、それも予想がつく。

 モイラに執着していた彼のことだ。モイラのことは諦めたと思っていたのだが、オーベルの結婚を思いとどまらせようとする彼の手紙に、裏の意図がなかったなどと――誰に言える?

 モイラが公爵邸にいる時に手を出そうとするのは非現実的だ。誰かの手引きがあったとしても無理だろう。モイラの近くには忠実な侍女サリアが控えているし、二人が住まう西の建物の周りはきちんと警備されている。そうそう穴が出来るような配備はしていない。

 モイラは王都へたびたび戻っているが、そこでも手を出せなかったのだろう。モイラに隙がなかったか、拒絶されたか、事情は分からないが。

 そして、思い余って行動に出た。鎌をかけたときのロビンの反応を見るに、彼も共犯だ。エジェールの目論見を知って、何らかの事情や見返りによって協力している。

(無事でいてくれ……!)

 走りながら、オーベルは祈った。

 たしかにモイラは過去にエジェールの恋人だったが、今は違うはずだ。そうでなければ、どうしてこんな強硬手段を取る必要があるだろう。モイラに拒絶されたからこその行いだ。

 過去がどうあれ、現在の彼女の意思を無視して無理強いするようなことは絶対に許せない。

 たとえこれが、モイラの過去の行いの結果として起きたことであっても。

 ――しかし、本当にそうなのだろうか?

 エジェールを弄んで捨てた悪女モイラ――それは本当に、彼女なのだろうか?

(――! 今はとにかく、急がなければ!)

 エジェールは北部貴族だ。オーベルと親しくしていたのも元々その立場の近さゆえから始まった交友であるし、彼はこの城にも来たことがある。客間の位置は知っているはずだし、オーベルたちにどの部屋が割り当てられるかもある程度見当がついているはずだ。オーベルたちを追って来た話を城の使用人にすれば、水仙の間に滞在予定であることを直接教えられたかもしれない。

 急ぎの用を口実にした、王都からも遠いここへの不自然な訪問。オーベルを呼び寄せておいて水仙の間にモイラが一人になる状況を作り、ロビンがオーベルを引き留めようとする理由。

 ――そもそもエジェールは、この島に来た事がある。わざわざオーベルのところの使用人に案内させる必要はない。ロビンを伴った理由は――案内以外のところにあるはずだ。

 モイラを手籠めにするのか、思い余ってそれ以上のことをするつもりなのか、それは水仙の間でのことか、どこかへ連れ去ろうというのか、分からない。ともかくも今は、間に合うことを念じて走るしかできない。

(――間に合え!)

 ドアを開くために立ち止まるわずかな時間さえも息を整える休憩として使い、オーベルは水仙の間のドアを蹴破らんばかりに開け放った。

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