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悪女の結婚  作者: 名無し
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 いったん視察を切り上げた一行は公爵邸に戻った。

 オーベルは各所と連絡を取り合ったり会議にかける内容の整理をしたりと、予定と状況の変化に伴うあれこれに忙殺された。

 モイラはそれまで通りに王都へ度々足を運び、社交界で噂を振りまいたり、妹や弟と会って情報を共有したり、忙しいオーベルのために薬草茶を用意したりして過ごした。

 サリアの他に使用人を置いていないので、日々の細々としたことも二人で全て行わなければならず、公爵夫人用にと割り当てられた建物の維持だけでもそれなりに手間がかかる。公爵夫人として使えるお金が潤沢なおかげで、少ない数のドレスを繕ったり染め直したり誤魔化しながら着る必要がなくなったから、そのあたりはありがたい。維持管理にかける労力を減らしてその分をお金で解決するやり方にはまだまだ慣れないが、公爵夫人の感覚としては庶民的もいいところだろう。結局ドレスの数もあまり増えてはいない。

 北嶺芋の新しい食べ方を発案したのが自分だということもあり、オーベルの要請に応じてモイラも専門家たちと意見を交わし、ときには実験に参加し、いつの間にかオーベルと専門家たちの仲立ちをするような立ち位置に落ち着いた。

「いやはや、公爵夫人がこれほど博識でいらっしゃるとは。問題の成分を見抜いて処理方法を提示し、主食たる作物の価値を飛躍的に高められた。公爵家の未来は明るいですな」

「光栄ですわ」

 学者からの賛辞に笑顔で応えつつ、内心を隠す。モイラが公爵夫人として表舞台に立つ日は来ないだろう。

(それよりも、悪女としてのイメージを強固にするべきだもの……)

 多くの浮名を流す、恋多き悪女として。そうすればオーベルにとっても都合がいいだろうし、モイラ自身も都合がいい。ファッションリーダーとまでは言わないが、美容に関してそれなりの信頼があれば、いずれ立ち上げる予定の事業がうまくいきやすいだろう。

 それがどういうわけか、北嶺芋の新しい食べ方を普及する役目を仰せつかりそうになって冷や汗をかいている。専門家たちに交ざって動く中で、ますますその線が現実味を帯びてきている。非常にまずい。

 オーベルはどう思っているのか聞いてみたいが、どんな答えが返ってくるのかまったく予想できなくて怖い。

 しかし、会議が回数を重ねて状況が整理されてくるにつれて、どんどんその可能性が高まってきた。北嶺芋にペラミドが含まれていること、それを摂取することによって芋の栄養が著しく吸収されにくくなること、ペラミドを取り除くには灰を溶かした水で茹でることが最も手軽で安全な方法であること、それらが次々に確かめられていく。モイラが示した通りに。

 そうして確認と検証が済み、オーベルが会議の終わりを宣言し、謝礼を受け取った専門家たちが公爵邸を辞すると、事態はいよいよ煮詰まってきた。

(ひえええ……)

 モイラが焦る中、オーベルは冷静に状況を述べる。

「一定の結論は出たと思う。これ以上の検討は時間を無駄にするだけだろう。すでに冷夏がはっきりしており、芋の生育がよくない。状況が好転することも見込めない。早いうちに北嶺芋の新しい食べ方を周知しないと食糧不足が起こる」

「…………そうですね」

 事態は切迫している。モイラ自身の感情など措いておいて、公爵夫人として事態の打開に動かなければならない局面だ。

 覚悟を決めてオーベルの言葉を待つが、その話を進めるのを躊躇ったのはオーベルの方だった。

「本当は、すぐにでも動きたい。計算上はまだ余裕があるとはいえ、何が起こるか分からないからな。早く動くに越したことはない」

「はい……」

「君にも協力してほしい。北部に生まれ育って北嶺芋を主食として食べてきた人々にも、学者たちにも、気付けなかったことに気付いたのは本当に驚くべきことだ」

「……才のおかげですわ。経験とも努力ともまったく別のところに由来するので、お褒めの言葉は過分です」

 草木が生えているところを見ただけで様々なことを看破できてしまうモイラの才能は生まれつきのものだ。経験や努力で精度を高めはしたが、それらとは根本的に異なるものだ。

 言ってしまえばカードの裏側を見透かすようなものなので、ずるいとしか言いようがないだろう。北部の人たちがきっと今までさまざまに試行錯誤して北嶺芋を食べ続けてきた経験と知恵も、学者たちが努力と思考を積み重ねて獲得した英知も、一足飛びに超えてしまうものだ。だから北部の人々や学者たちが無能だとか、そういう話ではないのだ。

 モイラはそう述べたが、オーベルは頷かなかった。

「そうだとしても、ここにある結果がすべてだ。君は誇っていい」

「……。そうかもしれませんわね。これで実際に不作を克服できたらの話ですが」

「それは絶対に、克服してみせる。君たちが頑張ってくれたことを決して無駄にはしない」

 言い切るオーベルは領主の顔をしていた。北部を背負って立つ公爵の顔だ。

 それを眩しく見つめつつ、モイラは疑問を口にする。

「ですが、お話には続きがあるのでしょう? 先ほど、本当はすぐにでも動きたい、と仰いましたが……」

 すぐには動けない理由は何かと尋ねると、オーベルは少し沈黙した。

「…………。ティムの管理する島で、魚と芋で昼食にしたときに言ったことを覚えているか? 視察はまだ終わりではないと」

「そういえば、そう仰いましたわね。すっかり忘れていましたが」

 あれこれと動くなかで忘れてしまっていたが、そういえばそんなことを言われた。視察はまだ続くのかと不思議に思った記憶がある。

「ですが、専門家たちも解散してしまいましたし、結論は出ましたし、今から何を視察する必要があるんですの? 北嶺芋の備蓄状況とかかしら……」

「それは確かに必要だが、私たちが必ずしも直に確認しなければならないことではない。それに、北嶺芋の新しい食べ方を各所に伝えるのと同時に行えばいいことだ」

「確かにそうですわね。でしたら、どこへ……?」

「…………」

 オーベルは少し沈黙した。憂鬱そうに重い息をつき、言いにくそうに言葉にした。

「……先代のアテナエ公爵のところだ。今年は例外的に大規模な視察になったが、特に何もない年でも領内の視察はしている。そして、その際に必ず先代のところへ顔を出すことにしているんだ。今回の北嶺芋のことも、各地へ大々的に広める前に話を通しておかなければならない」

 なるほど、とモイラは頷いた。それは少し予想外だったが、納得できる。オーベルは二十代半ばと若く、領地を受け継いでからそれほどの年数を重ねていない。引退したとはいえ経験豊富な先代公爵に助言を仰ぎ、許可を得るのは必要だろう。

「ですが、それなら専門家会議にお呼びになればよかったのでは?」

「彼の手のものは呼んだ。だから情報共有は済んでいる。あとは私が直々に出向くだけだ。形式的だが付き合ってほしい」

「私でよろしければご一緒しますが……?」

 先代の公爵といえばオーベルの父親だ。高齢ではあるが移動が難しいほどの年齢ではなく、体調に懸念があるという話も聞いていない。わざわざオーベルを呼びつけずに自ら公爵邸へ足を運べばいいと思うのだが、隠居先はそんなに辺鄙な場所なのだろうか。

 モイラの疑問を見透かしたかのようにオーベルは答えた。

「先代はここを嫌っているからな。こちらから出向くしかない。何日もかかるような遠くではないから安心していい」

「……分かりました」

 モイラは緊張とともに頷いた。先代公爵を夜会などで見かけた記憶はないが、モイラの噂については当然知っていると考えるべきだ。形式的に二人だけで――立ち合いの聖職者を除けば――挙げた結婚式にも当然のように不参加だ。大切な息子がたちの悪い女に引っかかったと思われていても不思議ではない。

 オーベルが憂鬱そうなのも、そのあたりの懸念があるからだろうか。

 ……気が進まないが、行くしかない。

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