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お礼を言って北嶺芋の株を受け取る。芋の部分は生育途中だが、形は出来つつあった。芋というと根ではなく茎が肥大化する種類もあるが、北嶺芋は根が育つものだ。薄茶色のこぶし大の塊が秋に成熟する。
地上部はそれほど特徴がなく、普通に直立した茎をもつ双子葉植物だ。畑をざっと見たところ紗なども必要なさそうで、栽培にはあまり手がかからなさそうだ。北部の食を支える作物であることは知っているから、栄養の少ない寒冷な土地でも育つのだろう。
ドレスに土がつくのも構わず、爪に泥が入るのも厭わず、モイラは根を少し折ったり引っかいたりしつつ、しげしげと観察した。知り得た知識を思い出しつつ、目の前の植物に当てはめて仮説を立て、棄却しつつと考えを巡らせる。
「あの、奥方様は何を……」
「しっ! 少し、好きにさせてやってくれ」
「はあ……」
ティムとオーベルの声が耳に入らないくらい集中して目を凝らし――目というか、頭で見ているような感覚ではあるが――モイラは考えをまとめて息をついた。
ふと、疑問が湧く。
「北嶺芋ってあまり北部以外に出回りませんわよね。作っている量が少ないのかしら?」
モイラはとくに料理をする趣味がなく――普通の貴族令嬢とは違って、少しなら出来るのだが――こういった主食として扱われる穀類や芋類にはあまり触れてこなかった。それを差し引いても王都ではまったく北嶺芋を見る機会がなかった。
オーベルが少し顔をしかめながら言う。
「単に気に入らないとか、他のものの方が人気だということはあるだろう。中央部や南部ではパンが主食だし、南部の一部では米も他の種類の芋も食べられているが、北嶺芋をわざわざ取り寄せて食べようとする人は聞いたことがない」
「淡白な味で、悪くないと思うんですがねえ……。よそから来た人に、野暮ったいとか田舎っぽいとか言われることはありますわな」
ティムが眉を下げる。味が悪くないというのはモイラも同意見だ。アレルギーのことを抜きにすれば、別に忌避するような味ではない。万人向けと言っていい。味というよりもイメージの問題だろう。
オーベルが続ける。
「それと、よそに売れるほど余らないというのが大きいだろう。自分たちで食べる分を自分たちで作る、それだけのことだ」
モイラは驚いた。
「作った分が全部、北部で消費されるんですの? 作付面積は? 収穫量は? 北部の人口は確か……」
矢継ぎ早に問いつつ、脳裏に知識を呼び起こす。
オーベルは少し面食らいつつ、モイラの質問に一つひとつ答えてくれた。時々ティムも補足を加える。
ティムは単に北嶺芋を栽培するだけでなく、品種改良にも携わっているらしい。数ある畑のなかでティムのところが視察の出発点となったのは、オーベルの古い知己であるということだけでなく、そのあたりにも理由がありそうだった。ティムはいわば、北嶺芋の専門家なのだ。
二人からの答えを聞いて、モイラは考え込んだ。
明らかに、状況がおかしい。一般的に言って、芋は穀類よりも人口扶養能力が高いものだ。それなのに、北嶺芋は計算上ありえないほどそれが低い。
(原因はやっぱり、これよね……)
「……オーベル様、少し北嶺芋について突っ込んだ話をしたいのですが、ここで申し上げても……?」
ちらりとティムを横目で見つつ、言葉を濁す。ティムは信頼できるのかと暗に問うたのだが、オーベルは意図を汲んでくれたようだった。モイラを安心させるように頷く。
「構わない。聞かせてほしい」
「では申しますが……」
モイラは口を開き、観察の結果として見立てたことを二人に説明した。
北嶺芋中にはペラミドという物質が含まれているようだということ。それが消化と吸収を妨げ、豊富な澱粉質をもつ優れた食物であるのに、真価が発揮できていないようだということ。
そして。
「……この物質でアレルギーを起こす人も結構いるのではと思いますわ。もしかして北部の人なら遺伝的な慣れもあるのかもしれませんけれど……」
一般論として語ったが、自分のことだ。モイラは北嶺芋でひどいアレルギーを起こす。
モイラの話を聞いたオーベルが真剣な表情になった。
「……私は専門家ではないから妥当性の判断が難しいが、重大なことだな。君の話が当たっていたら、その問題を解決すれば北部の人口はもっと伸びる余地があることになる。専門家の検証が必要だな」
「ええ。ぜひご検討くださいませ」
モイラとオーベルの顔を交互に見つつぽかんとして話を聞いていた――途中からは聞き流していた――ティムが問う。
「奥方様は、学者さんなんですかい?」
「いいえ。でも、少しご指導を受ける機会はあったもので」
モイラがまだ伯爵に溺愛されていた時のことだ。モイラの才を喜んだ伯爵が学者を招いて学ぶ機会を設けてくれた。
その学びをこんなふうに生かすことになるとは想像もしていなかったが、少しでもオーベルの、北部の助けになればいい。
「しかし、ペラミドという成分か……。私には初耳だし、この場では何もできないのがもどかしいな」
「できますわよ? もし私の見立てが当たっていれば、それは調理で取り除けるはずですから。大きなお鍋はあるかしら?」
自分にも理解できる話題に戻ってきたとほっとしたティムが勢い込んで頷く。
「小屋に置いてあります。お使いになるんで?」
「できれば貸してほしいわ。ああ、でも肝心の芋がないわね。畑の芋はまだ成長途中だし……」
「種芋として取り置いた分がありますが、それで大丈夫ですかい?」
「食べて問題ない状態であれば」
「それは全く問題ありません。むしろ家に置いたのより保存状態はいいはずでさあ」
「では、鍋と芋をお願い。オーベル様、お代は……」
「私からちゃんと支払う。現金は荷物の中だから後になるが」
オーベルが頷いてくれたので、言葉に甘えることにする。
「じゃあ、ちょうどいい時間になりそうですし、ちょっくら鱒でも釣ってくるんで芋と魚で昼飯にしますか? 奥方様は……」
「ご一緒してよろしいかしら?」
「もちろん。奥方様さえよろしければ」
ティムはこくこくと頷いた。オーベルに尋ねないところを見るに、二人が会うときはいつもこんな感じで気楽に食事をとったりしているのだろう。そこにお邪魔するのは少し申し訳ない気がするが、楽しそうだ。
「じゃあ、ちょいと失礼しますよ。鍋やら釣り道具やらを小屋から取ってこにゃいかんもので」
「準備ができたら西の入り江で落ち合うことにしていいか? 従者たちを船のところで待たせてあるんだ。彼らの分も釣ってやってほしい」
「ああ、西から来なすったんですね。分かりました」
ティムは頷いて道具を手早くまとめ、モイラに会釈して丘を下り始めた。
それを見送り、オーベルはモイラに問う。
「まだ確認することがあるか?」
「いいえ。でも、まだもう少し畑を見ていたいですわ」
初めて見る北嶺芋の畑。因縁の芋だが、もしかすると、今日がその因縁を解く日になるのかもしれない。
オーベルは少し躊躇う様子を見せたが、言葉にした。
「……昼食として用意させてよかったのか? 君は北嶺芋を嫌っていると思っていたが……」
「……それについては、後でお話しますわ。まだ、うまくいくと決まったわけではありませんし……」
モイラも言葉を濁した。
うまくいけば。問題の成分を取り除くことができれば。アレルギーの原因がそれであるのならば。
モイラも、北嶺芋を食べることができるかもしれない。




