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悪女の結婚  作者: 名無し
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 モイラにとって夜会は、贖罪の場だ。

 不義の子として生まれてきてしまった自分の在り方の。本来受けるべきではない数多のものを伯爵令嬢として受け取ってきてしまったことの。――伯爵家を、家族を壊してしまったことの。

(お母様、また違う方と一緒にいらっしゃるわ……)

 男性たちの視線を引き付けながら、妖艶に振舞いながら、注目を集めながら――モイラは心の中で嘆息する。自分の次の相手として噂になるのは、その人なのだろうか。

「昨日は可愛かったね。床の中での君は奔放で……」

「あら嫌だわ、床の中でのことは床の中で。今は踊りを楽しみましょう」

 笑顔を作って躱し、男性の手を取って踊る。伯爵令嬢として教わったダンスのステップは忘れていない。なにせ頻繁に思い出す機会がある。

 いまモイラと踊っているのは、いかにも優男といった風貌の若い貴族男性だ。中央部に領地を持ち、伯爵位を持っている。

 領地についてや彼の家族構成などについては一応知ってはいるが、一般的な範囲の知識しかない。当然、床の中での彼の様子なんて知らない。

 知っているのは、モイラの母親だ。

 数多の男性たちと浮名を流すのはモイラだが、言ってしまえば、名前を貸しているだけだ。実際に男性たちと関係を持つのはモイラの母親だ。今も、娘からの伝言を仕方なく持ってきたという体で、目当ての男性と話をしているのだろう。前はもっとあからさまな誘い方だったのだが、モイラが身代わりをするようになってからは悪達者にモイラへ責任を押し付ける形にしている。

 母親の放蕩のおかげで自分の存在があるのだと知ってはいても、溜息が出る。

 母親のイポリタは昔からこうなのだ。長子のモイラが夫との子ではないなんてどういうことだと問い詰めたいが、話が通じる気がしない。自分の父親は誰かと問い詰めたときも話してはくれなかった。もしかして候補が多すぎて分かっていないのかもしれない。

 モイラの妹のアラミアと弟のドリアスがきちんと伯爵の子であるということの方が驚くべきことなのかもしれない。

 母は、なんというか、少女のような人だ。実際に若いということもあるが、それよりも、精神年齢が幼い。気に入った相手を愛し、愛されることに躊躇いがない。まるで無邪気な子供が誰彼構わず笑いかけて手を伸ばしているようだ。それで不都合が起これば子供のように誤魔化したり隠したりする。それなのに肉体的には大人だから始末に負えない。

 それでも、二年前まではまだ、ここまでひどくはなかった。たまに夫以外と通じていたのだろうが、社交界で噂になるほどではなかった。

 噂が立つほどになったのは、モイラが伯爵の子ではないと伯爵に知られてからだ。

(……いえ、私の髪の色が変わるまで、お母様ご自身もご存知でなかったかもしれないわ……)

 ふわふわした母のことだから、ありそうな気がしてしまう。性格などは母に似なくてよかったと心の底から思う。

 シーシュ伯爵はモイラにとって実の父親ではなく育ての父親ということになってしまうわけだが、こちらにも性格は似ていないと思いたい。

 モイラの髪色の変化によってモイラが自分の子ではないことを――妻の不貞を――知った伯爵は、妻を責めるのではなく、モイラを責めたのだ。

 お前はなぜ生まれてきたのだと。お前の父親が妻を誑かしたに違いないと。

(配偶者に浮気をされたとき、配偶者ではなく浮気相手を責める人が多いと聞いたことはあるけれど……自分の身で体験したくはなかったわ……)

 浮気相手どころか、その子供という間接的な立ち位置なのだが、伯爵の非難と憎悪はモイラだけに向けられた。

 客観的に考えて、モイラは悪くない。だが、伯爵は妻の非を見ようともせず、非をモイラに転嫁して責めた。お前さえいなければよかったのに、と。

 別にモイラがいなくても母は浮気を繰り返しただろうし、モイラを責めたところで何の解決にもならないのだが、伯爵にはそれが見えていない。もしくは、目を瞑っている。

 父親として慕った存在ではあるし、恩もたくさんあるのだが、そういったところを見せられると辟易してしまう。見たくないものから目を逸らし、非難の矛先を他所に向ける、そんな人にはなりたくないと思ってしまう。

 愛する妻の裏切りという事実を咀嚼しきれなかったのだろうが、だからといって、昨日まで目に入れても痛くないほどに可愛がっていた娘を、今日には蛇蝎のごとく嫌うのはいかがなものか。

 モイラが伯爵の子ではないと明らかになったその時から、モイラの立場は一変した。表向きは伯爵令嬢でありながら、邸内ではいないものとして扱われる。持っていたものはほとんどすべて――対外的に伯爵令嬢として取り繕うのに必要なもの以外すべて――取り上げられて、食事の席にもつかせてもらえない。伯爵家の執務にも関わらせてもらえない。

 それまでモイラは、伯爵の補佐として執務を助けていた。はっきり言ってしまえば、役割は逆転しており、補佐的な立ち位置にいたのは伯爵の方だった。いずれモイラが家を継ぐことになるのだからと、さまざまなことを任せてくれていたのだ。

 それらすべてに、モイラが関われなくなった。今まで中心的に進めてきた仕事から排除された。――結果は、目に見えている。

 伯爵家の財政は傾いた。おまけに伯爵は妻の歓心を買って自分の方に向かせようと散財するし、伯爵夫人は元から財政状況など気にしないで好きなように使うし、妹と弟はモイラの代わりのように伯爵から溺愛されて色々なものを贈られるし、滅茶苦茶だ。

 モイラが食べるものにも困ったのは、伯爵一家の食卓から排除されたということだけでなく、伯爵家の財政が悪化したからというのも大きい。妹と弟はこっそりとモイラに食事を分けてくれようとしたが、年下で育ち盛りの妹と弟から食べる分を取り上げるなんてできるわけがない。伯爵家がこうなったきっかけがそもそもモイラなのだと思うと、多少の我慢はしないとという気になる。

 妹と、弟。伯爵令嬢と、伯爵令息だ。自分とは違って。

 それを知っていながら自分を慕ってくれる可愛い弟妹に、今は我慢をさせてしまっているけれど、いずれは健全な状況で伯爵家を再建してもらいたい。

 オーベルから話があった、シーシュ伯爵家への資金援助を断ったのもこういう状況だからだ。当代の伯爵と伯爵夫人とが好き勝手に使って減らし続けている伯爵家の財産に、一時的な資金を注ぎ込むべきではないのだ。浪費されるのが目に見えている。

 モイラには直接的に何もできない状況だが、弟が中心になって内側から何とかしようと頑張ってくれているはずだ。妹はそういった教育を受けていないが、彼女もいずれどこかに嫁ぐだろうから、良縁のためにもお金の用意をしておきたい。伯爵家を継ぐ弟のためにも、嫁ぐだろう妹のためにも、お金が必要なのだ。――モイラの、公爵夫人としてのお金の使い道だ。

 薬作りにお金を投入したのも、趣味だからというだけでなく、いずれそれによってお金を増やしたいと考えているからだ。公爵の理解と後援を得られれば心強い。量産と検査の体制を整えて品質を保証できるかたちで流通に乗せられれば売れそうなものはいくらでもある。

 そうした考えを悟らせず、モイラはただ微笑む。

 あからさまに浮気を繰り返すようになった母親の身代わりとして、母の不品行を覆い隠すために。自分一人が悪者になって、伯爵家自体の醜聞を避けるために。自分が排除される形になった伯爵家を、自分のせいで壊れた伯爵家を、守るために。

 偽りの悪女として、微笑む。

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