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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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19.アーノルド様のお説教つきディナー

 






 夕方になったけど、辺りはまだまだ明るい。濃い紫色と燃えるようなオレンジピンク色に染まった細長い雲が、これからどんどん暗くなってゆく空に浮かんでいた。あー、綺麗。綺麗だけど、先輩の顔が思い浮かぶ。


 忘れられない、あの表情と声が。まっすぐ、銀色の瞳がこっちを見ていた。特別扱いされたような気がした。ほんの一瞬、真剣に見つめられただけで。


『もしも、フィオナと付き合いたいと思っているのなら、小細工なんてしない。駆け引きも無しだ』


 あー、うわぉあー、今日、思い出すの何回目? もう思い出したくないよ。忘れよう、忘れなきゃ。先輩はもしも話をしただけなのに、どうして意識しちゃうかなぁ。私のことじゃないんだよ、違う。絶対に違うから。もしも、私のことが好きだったら、カメラを取り出しても不機嫌にならないはず。もうちょっと、サービスしてくれてもいいのに……。


(こんな気分でアーノルド様とご飯かぁ。まっ、いいや! 話聞いて貰おうっと)


 ただ、会ってべちゃくちゃ喋るだけなのに、先輩、すっごく心配してたなぁ。引き離すのが大変だった。素敵な黒いレースのワンピースを着て、ゆるふわ髪にしたのに、全速力で走って逃げなくちゃいけなかった。ごめんなさい、先輩。アーノルド様に会わせたくないんですよ……。


(それにしても、久々にパンプスで走ったなぁ。足が痛い。えーっと、店は)


 多分、待ち合わせ場所のビルに辿り着いたから、エディ君を通じて渡されたメモを見下ろす。ものすっごく入りづらい雰囲気の店なんだけど。指定された店は半地下で、黒い階段を降りた先にドアがある。嘘でしょ、高そう……。


 真っ黒だけど、つやつや光っている壁を触りながら降りて(手すりがなくて怖かった)、ドアの前に立つ。ドアと言うよりも、石壁だった。ここだけ真っ白。真っ白な石壁に、黒いドアノブがちょこんとついているのが不思議。


(会員制のレストランなんだよね、ここ。暗証番号、暗証番号を打ち込むところは……!?)


 メモを見てみると、ドアノブに手をかざせって書いてある。さすがはアーノルド様、文字も美しい。分かりやすくまとめてあった。書いてある通り、ドアノブに手をかざすと、半透明の画面が現われた。


 へー、防犯カメラも兼ねているのかな? 画面の左上に、私の顔が映ってる。無視して、予約者の名前と暗証番号を打ち込む。チリリン、と卓上のベルを振ったような音が鳴り響いた。高級レストランっぽい! すぐさま音を立てずに、重厚な石壁のドアが開く。


「開いた……。席まで一人なのかな、不安」


 案内してくれる店員さんがいてくれたら嬉しいんだけど、いなかった。店内へ足を踏み入れると、お酒と香水が混じったような香りに包まれる。ビジネス街の喧騒とは無縁の世界だった。黒いベルベットの絨毯、ほの暗い店内で繊細なきらめきを放っているシャンデリア。薔薇柄が浮かぶ黒い壁紙。


 壁際の黒いコンソールテーブルには、白百合が活けられた花瓶が置いてある。うわぁ~、来ちゃいけないところに来ちゃった。もう帰ろうかな。肩にかけたショルダーバッグから魔術手帳を取り出し、電話をかける。


「あ、もしもし? 辿り着けそうにないので帰りますね」

「……迷子か?」

「違います。先が暗くて見えないし、店員さんもいないから帰ります!」

「メモを見てないんだな!?」

「見ました。でも、怖くて……」

「分かった、迎えに行く。フィオナ向けの安い店にすべきだったか」


 余計な一言を呟いてから、切った。嘘でしょ? 顔が良いからって、何でも許されると思わないで。アーノルド様、レイラちゃんの前だと優しいのになぁ。もしかして、猫かぶってる? 私がきつめに文句言うタイプじゃないから、舐められてるのかも。


 レイラちゃんはああ見えて、強烈で、ちょっと冗談を言ったら倍にして返す。よくエディ君が落ち込んでる。ぼんやり待っていると、薄暗い廊下の奥からアーノルド様が現われた。廊下の壁に取り付けられたランプが、ぞっとするほど美しい横顔を照らしている。


(うわぁ~、破壊力抜群。暗いところで見たら、心臓を鷲掴みにされちゃいそう)


 自分の意思とは関係なく、心臓が早鐘を打つ。こういうことかぁ、魅了の力って。惑わされないようにしないと。薄暗いのに、銀を溶かしたような瞳が光っていた。瞳の内側から発光してる。後ろへ撫でつけた銀髪と褐色の肌。ぐわんと視界が揺れた。


 暴力的な美貌を、白いスキッパーシャツと淡いブルーのジャケットが和らげている。ふー、危ない、危ない。少しだけ見えた鎖骨が薄かったおかげで、冷静さを取り戻せた。私は骨太の男性が好き!! 


「迎えに来たぞ。面倒臭いからちょっとは努力を、」

「この店を指定したアーノルド様が悪いんでしょ!? 謝ってくれなきゃ、このまま帰りますからね!」

「……高額なキャンセル料を代わりに払ってくれるのならいいぞ」

「ケチ! ケチ! アーノルド様のドケチ!!」

「うるさいな。ほら、行こうぜ。腹減った」

「謝罪は!?」

「フィオナがスムーズに席へ辿り着ける店にしなくて悪かった。メモ、本当にちゃんと読んだのか? 読んでないだろ」


 面倒臭そうな態度を隠しもしない。あとで絶対、レイラちゃんに言いつけてやる……!! 腹が立って、アーノルド様の腕にメモを押し付ける。


「これ、返します! まったくもうっ」

「あ、ああ……。書いてあるのに、なんでその通りにしないんだよ」

「怖かったんですぅ! この手の店、初めてだし。店選びのセンス無いんですね」

「仕方ないだろ。他の客に会わなくて済む店はどれもこういう雰囲気なんだ」

「へ~、モテモテで大変ですねぇ~」

「悪意を感じる。今の言い方、エディにそっくりだった」


 長いまつげを伏せながら、嬉しそうに笑う。綺麗なのに、性格が少し悪くてもったいない。街を歩けば騒がれ、見知らぬ女性に一目惚れされて、幼い頃から熱狂的なファンが常にいるから、こういう性格になっちゃった。あれ? そう考えると、マシかも。自分の美貌を鼻にかけたクソ野郎になってないし。チャラくもない。


「アーノルド様ってそこまで嫌な性格じゃないのかも! お腹減った~」

「今、なんて言った? 聞き捨てならねぇことを言っただろ」

「何でもありませーん! ここって、絶対にパンを出しそうにない店ですよね」

「言いたいことは分かるが、普通に出てくる。変わったもんばかりじゃない」

「部屋ごとに数字が割り当てられてるんだ……」

「聞いてるか? 人の話。コロコロと興味が移り変わるなぁ」


 分厚い木のドア、もしくは石のドアの横に、金色の数字が刻まれたプレートが取り付けてある。三角形の旗のような形をしていた。遠くから見ると、小さな看板に見える。アーノルド様が不満そうに歩きつつ、ポケットから鍵を取り出し、十九番目のドア前で立ち止まった。


「ほら、先に入れ」

「ありがとうございます。ここは、レストランの個室というよりも……」

「女には不自由してない」

「まだ何も言ってないんですけど!?」


 廊下に敷かれた上品なブルーと金色の花柄絨毯は毛足が長くて、ふかふか。壁は白と金のストライプ模様。個室というよりもホテルの一室だった。入ってすぐ右手には、間仕切りがない、オープンな洗面所がある。真っ白な石床と壁で、高級感たっぷり。


 手を洗うためじゃなくて、メイク直しするための場所かなー。椅子が置いてあるし。多分、こっちのドアはトイレ。しげしげ眺め回していたら、前方のアーノルド様が溜め息を吐いた。


「変に疑われたくないんだよ。口説くつもりだと思われたら困る」

「あー、はいはい。そうですか。心配しなくても、勘違いなんてしませんよ……」


 エディ君がアーノルド様のことを、鼻持ちならない、嫌なやつって言ってた理由がよく分かる。常に自信満々で気取ってるもんね。アーノルド様が無言でドアを開けてくれたから、一応会釈したあと、部屋へ足を踏み入れる。すごくびっくりした。壁があるはずの場所に、大きな水槽があって。


「水槽!? なんで……」

「今日のメインデッシュに使われる魚が泳いでるそうだ」

「えー、ちょっと複雑な気分」

「どれがいい? 選んでくれ」

「へっ!? ここから!?」


 真っ白なテーブルクロスがかけられたテーブルと二脚の椅子。テーブルの端には赤い薔薇が一輪だけ飾られている。そこだけ見れば、ごくごく普通の、お高めなレストラン。だけど、テーブルの向こうには、色とりどりの魚が泳いでる水槽がたたずんでいた。


 大きな水槽の底には砂が敷き詰められ、ごつごつした岩と流木が置いてある。魚のためじゃなくて、見栄えのために置いた感じ。近付いて、水槽に両手を添えてみる。青く、柔らかな光を放っていた。赤と黒の魚がぎょろっと目玉を動かし、私を見ながら、目の前を通り過ぎてゆく。ヒレの動きに見惚れた。


「わあ、すごい……。何の魚か分からないけど」

「俺は金の雫にしようかな」

「うわーん、高級魚! 焼くとたまらない美味しさなんでしょ? いいなぁ」

「それにするか?」

「ううっ、でも、魚の説明をしてくれる店員さんがいれば……!!」

「メニュー表の裏に説明が載ってる」

「早く言ってくださいよ! 悩んでたのがバカみたい」


 必死で魚の名前を思い出そうとしてたのに~……。恨みがましく睨みつけたら、ふっと鼻で笑って、優雅にメニュー表を差し出してきた。あー、もったいない。だけど、これで優しかったら、好きになる女の子が続出しちゃうもんね。ちょうどいいのかも、これで。


 慣れてきたけど、まっすぐ見下ろされたら、耳が熱くなってしまう。強制的にドキドキするこの感覚、魅了のせいなんだろうな……。裏面を見てみると、魚の価格が載ってない。名前だけ並んでる。ときめきが一気に冷めた。


「お、お問い合わせください……? これ、メニュー表なのに!?」

「気にせず選べよ」

「えぇ~、じゃあ、爆弾溶岩魚とパール海老で」

「遠慮なく高いもんを……」

「気にせず選べって言ったの、そっちでしょ!? お肉は無いんですか、お肉は。魚ばっかりだ~」

「ここは魚が売りの店なんだ。肉が食いたいのなら、また今度連れてってやる」

「いいです。先輩を振り切るの大変だったし」

「えっ?」


 本気で追いかけられたら絶対に敵わない。途中で諦めてくれたから良かったけど……。次も諦めてくれるとは限らないし、アーノルド様の見た目が好きってわけじゃないし、もういいかな。さーて、やっぱり金の雫を頼んじゃう? 


 水槽を見てみると、金の鱗に覆われた細身の体をくねらせ、ゆったり泳いでいた。綺麗。青い光の中で、シャンパン色とも呼ばれる鱗がほのかに輝いていた。神が指先から金の粒を、海に落としたから生まれたとされている魚。


 身はふっくらと柔らかく、鱗は小さくてパリパリ。塩をふるだけで濃厚な旨みがじゅわっとあふれ出す。もちろん、臭みは一切無し。茹でても焼いても、蒸しても美味しい。淡白なのに脂がのっていて、旨みがとんでもなくある高級魚。この中だと、多分、比較的安いし、これにしようかな!


「私、やっぱり金の雫にしまーす! 美味しそう!」

「俺の話、聞いてなかったんだろうな……」

「えっ? はい。もう一度言ってください」

「どうせ、次も聞かないだろ。ぼけっとしやがって」

「まあまあ、拗ねずに言ってくださいよ~」

「別に拗ねてない。エディも聞いていない時があるけど、ここまで酷くはない。すぐに謝ってくれるしな」

「ああ、はい。すみませんでした」


 面倒臭い。レイラちゃんとエディ君がアーノルド様のことを繊細って言ってたけど、こういうことか。メニュー表を見ながらぶつぶつ文句を言い始めたので、椅子に座る。おおっ、座り心地が良い。座面がふかふか! こういうところの椅子って、座面が硬めだったりするけど、ふかふかで長時間座れそう。


 私が座り心地を確かめていると、テーブルの上に、きめ細かい泡がしゅわしゅわ立っている、無色透明の液体が入ったグラス────ほっそりした形状だった────が現われ、びっくりした。これ、魔術仕掛けのテーブルなの? へえ、高そう。グラスを手に取って、一口飲んでみる。


「柔らかい! これ、お酒じゃないけど美味しい!」

「良かったな。ここは水も高いんだ」

「はあ、そうですか。……ちょっとなら払えますよ! 今、手持ちが少ないから、有り金を全部出しても、大した金額にはならないんですけど」

「払えって言ってるわけじゃねーよ。ただ、よく味わって飲んで欲しいだけだ」

「水を……?」

「そうだ。おかしなことを言ってるか?」

「……アーノルド様って、失言や問題発言を顔で許されてきたタイプですよね!」

「おい、喧嘩売ってるのか」


 イケメンなら許せる。ブサメンだったら速攻帰ってる。多分、彫刻のように美しい顔立ちと銀色の鋭い眼差しが、ケチケチ発言と面倒臭い性格を隠しているんだ。なるほどね~。うるさく文句を言い出したアーノルド様を無視して、メニュー表を眺める。


 わぁ、夏らしいメニューがいっぱい! 見ないふりをしていたのに、アーノルド様がぷりぷり怒りながら、正面の椅子に腰かける。なんで? いや、あとで顔を見合わせて食べるんだし、今のうちに慣れておかないとね……。


「本当にエディとよく似てる。あいつは一応、すぐに謝るが」

「あっ、そうだ! 先輩の話聞いてくださいよ~」

「その前に注文だ。どうする? パール海老でも溶岩魚でも何でも、好きなの選べよ」

「やけくそになってません? 金の雫で大丈夫でーす、楽しみ!」

「……俺がぐだぐだ言ったせいで、好きなものが頼めなかったってレイラとエディに告げ口するなよ」

「器が小さい!! 極小!」

「はあ!?」


 そんなこと言われるとは思ってなかったみたいで、呆然としていた。おっと、危ない。アーノルド様は繊細で面倒臭い性格なんだから、気をつけないと……。これ以上、ぐだぐだ言われたくない。フォローするため、にっこりと可愛い微笑みを作っておく。


「私も面倒臭いとか、繊細って言ってるので告げ口しませんよ」

「……」

「お互い様ですね! アーノルド様は飲み物、何にするんですか?」

「シャンパンを頼む。そっちは?」

「ん~、カクテルにしようかな。ぐだぐだ言われたくないし、本当はルーク島のワインが気になるけど、アーノルド様の性格を考慮して、一番安いカクテルを頼みます!」

「心の声か?」

「へっ?」

「心の声だよな?」

「いや、違いますけど」

「あーあ、ここで頷いたら、聞こえなかったふりをしてやろうと思ったのに……」

「えーっ!? 私が頷かなくても、聞こえなかったふりをすればいいだけじゃないですか?」


 アーノルド様がとても悲しそうに眉をひそめ、息を吐きながら、額に手を当てる。おおっ、すごい。美形だからさまになってる! この距離でも分かるほど長いまつげが、綺麗な形をした銀灰色の瞳を縁取り、頬へ影を落としていた。


 まつげの影が浮かぶ頬はつるんつるんで、なめらかな褐色。男性にしては細い首。きっと、鼻は一流の職人が手がけた。完璧な鼻筋と形。好みのタイプじゃないのに、じっくり眺めてしまう。来て良かったなぁ。この人、中身は残念だけど。


「アーノルド様? すみませんでした、さっきのは心の声です。今からでも聞かなかったふりをしてください」

「図々しいな……。まあいい。好きなもん頼めよ、遠慮せず」

「……じゃあ、オープン十周年記念のワインを!」

「悪い、撤回する。ほどほどに遠慮してくれ。何だよ、小便になって流れるだけの液体にこんな金額を……」

「小便って! 全部そうでしょ、食べ物も飲み物も」

「だけどなぁ、腑に落ちない。くそ!」

「どうして高い店を選んじゃったんですか……」

「店員と顔を合わせたくなかったんだ」


 アーノルド様がメニュー表に手を添え、黙って見下ろした。ふわっと、銀色の光がメニュー表を包みこむ。うわぁ、すごく繊細で綺麗。雪を見たことがない女の子が思い浮かべる、粉雪のような光……。柔らかくて、透明感があって、キラキラしてる。


 魔力って確か、その人の性質を現してるんだっけ。先輩とは違う。先輩はいつも、肌を刺すような冷たさと目に痛い銀色の光。じゃあ、私が知らない、本当の先輩は。アーノルド様が黒いタブレットへ変わったメニュー表を持ち、顔を上げた。


「ルーク島のワインって言ってたよな? 頼むぞ」

「はい」

「……ここ、トイレあるから。腹が痛いのなら行ってこい」

「もっ、もーっ!! 先輩といい、アーノルド様といい、どうして、私が静かにしてたらトイレを勧めるんですか!?」

「すまん。急に黙ったから、腹でも痛いのかと思って」


 真面目な表情で謝られた。うーん、怒るに怒れない。……私が見てきた先輩が、とんでもないクズだったらどうしよう。魔力がすべてじゃないって分かってる。でも、今まで性格が悪い人全員、綺麗な魔力じゃなかったし。先輩の魔力は綺麗だけど、刺すような冷たさがある。拒絶、なのかな。一歩踏み出したら拒絶される?


『もしも、フィオナと付き合いたいと思っているのなら……』


 何度も何度も頭の中で再生される声。続きを聞かないようにするしかない。そう、私はヒヨコちゃん。目が離せなくて、おっちょこちょいで、仕事ができなくて、世話が焼ける可愛い後輩。うぬぼれて、恥ずかしい思いをしたくない。先輩に呆れられたくない。


「どうした? 十周年記念のワインはさすがに嫌だぞ!」

「カクテルで大丈夫です」

「いや、もうルーク島のワインを頼んだ。メインは金の雫だったよな?」

「はい」

「じゃあ、頼む。……待ってろ、話聞いてやるからな」

「意外と優しいんですね」

「意外とは余計だ。優しいって素直に褒めろよ」


 ドリンクを注文したら、料理がテーブルの上に現われるシステムになっているらしい。テーブルの上に白く輝いている数字が現われ、カウントダウンが始まった。わっ、こういう仕掛けがある店に来るの、初めてだから楽しいな~。


「いいか? 手を出すなよ。数字が消えると共に、この空いた空間に皿が現れるから、触っちゃだめなんだ。引っくり返る」

「分かってますよ……」

「コースターも触らないようにな。ドリンクが出現するから」

「はーい」

「もしも、引っくり返して皿を割ったり、カトラリーを落としたらこの卓上ベルで呼ぶ。インターホンと一緒で何回も振れば、」

「お任せします!! 話聞いてほしいんですけど!」

「悪い。注意事項を話しておこうかと思って……」


 親切心からの注意だったからか、戸惑った表情を見せる。戸惑ってるのは私なんだけど。子どもじゃあるまいし、そんなことしないよ。ある程度想像できる。文句を言おうと思ったら、前菜が現われた。同時に、綺麗な白い貝製のフォークとナイフ、スプーンが現れる。


「わぁ~、美味しそう! チーズが入ってる、嬉しいなぁ」

「意外と少ないな」

「こういうものなんですよ! 一口サイズの前菜がちょこちょこ並んでるの、可愛いでしょ?」

「あー、うん。まぁ、こんなもんか」


 絶対納得してない。無視、無視。アーノルド様はケチだって、ちゃんと覚えておこう。美形がお金のことでぐだぐだ言っているのを見ると、げんなりしちゃう。気を取り直して、前菜を眺める。白い渦巻き模様のお皿に盛り付けられていた。


 揚げた魚の切り身と薄くスライスした赤い野菜のサラダ、すり潰した魚と夏野菜のゼリーが層になってる、どことなくケーキっぽい何か。ほんのりと紫色を帯びた白い果肉で、チーズを挟んだ、口直しに最適な甘い前菜。うっとりするほど赤身がつややかなローストビーフ。


 一番目を惹くのは、噛んで飲み込めそうな小枝が突き刺さっている、白くもっちりした球体。あ、串の代わりかな。横には揚げた小海老とハーブが添えられてる。だめだ、どんな料理か分からない。見て分かると思ってたんだけど。


「メニューを見せてください! 真ん中のやつが気になるっ」

「ああ、これか。枝が突き刺さってる丸い……」

「へー、これも魚なんだ! 魚ばっかりですね」

「奪い取るなよ。もう少し丁寧に受け取れ!」

「はぁーい」


 フォークを手に取って、まずは揚げた小海老を食べてみる。美味しい! ただの素揚げかと思ったら、違う。ハーブと胡椒の香りがする。殻はざくざく食感、身はふっくらしてて美味しい。私がじっくり味わっているのを見て、アーノルド様がちょっとだけ笑い、フォークを手に取った。お、赤い野菜から食べてる。


「……で? どうした。話を聞いてほしいって言ってただろ?」

「先輩の話がしたいんですよ」

「またか! フィオナのせいで俺が先輩に詳しくなってるんだぞ。ああ見えて酒が飲めない、チョコレートケーキは好きだが、甘いものは食べられない。猫野郎って言われたら、手がつけられないほどキレる、とかな」

「えーっ!? どうしてそんなこと覚えてるんですか!?」

「お前のせいだよ! どうしてもクソもねぇよ、まったく」

「でも、覚えてるってことは、もしかして先輩に興味があるんじゃ……」

「警戒心をあらわにするな。微塵も興味ない」


 アーノルド様がつんと澄ました表情で、ケーキっぽい何かを切り分ける。あれって美味しいのかなぁ。でも、私はこの白くて丸いやつが食べたい。お行儀悪いかなと思いつつも、小枝を持って齧りつく。多分だけど、この食べ方が正解。


「つまり、お前は俺がまったくと言っていいほど、興味を持っていない獣人の話を延々としているんだ。分かるか?」

「ん!」


 これ、弾力がすごい。もっちりしてるのに歯応えがある。魚の旨みを噛み締めるためのお団子って感じだ。美味しい! 食べ進めていったら、濃厚な黄色いムースが出てきた。ううん、内臓かな。臭みは一切なくて、ほろ苦さの中に甘みを感じる。はー、美味しい。


「そのせいで、先輩は毎日ブラックコーヒーを飲まない。二日に一度、ミルクが少々入ったコーヒーを飲む。疲れている時は振り返らず、一気に階段を駆け上るが、待っていてくれる。手すりにもたれて。こんなくだらない情報を覚えてしまったんだ!」

「うんうん」

「自分の記憶力の良さが恨めしいよ。術語をできる限り、頭に詰め込みたいってのに」

「ん~」

「……料理に夢中で聞いてないだろ?」

「聞いてましたよ! でも、私、先輩が刺すような、冷たい魔力を持っているのが気になって……」

「聞いてなかったんだな!!」

「あれっ!?」


 本題に入ろうと思ってたのに、だめだった。アーノルド様が獲物を狙う、猛禽類のような瞳で睨みつけてくる。もー、何? 嫌だなぁ。さっき、話を聞いてくれるって言ってたのに。ローストビーフを口へ運んだら、お説教が始まっちゃった。


「いいか? 人の話を聞く時は目を合わせて聞け。常にそうする必要はないが、たまには料理から目を離すべきだ」

「はあ。ごめんなさい」

「俺が怒ってる理由、分かるか? 無視して自分の話を進めようとしたからだ」

「はい、先生! 次からは気をつけます!」

「誰が先生だって? フィオナみたいな生徒を持ったら、さぞかし大変だろうなぁ。願い下げだ」

「まあまあ、美味しく食べましょうよ! 枝が刺さったやつ、もう食べました? すごく美味しくて……」


 アーノルド様がぴたりと動きを止め、銀灰色の瞳を細める。し、しまった。怒られるかも。予想は的中。カトラリーを置くようにと言われ、みっちり二十分ほどお説教されちゃった。早く相談して、食べ終えたいのに……。今度からアーノルド様の話はちゃんと聞こう。














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