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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
80/80

18.赤いハートシールと不器用な彼女

 







 うー、頭が痛い。完全に二日酔いだ。最悪。これからキャメルさんが来るのに……。胃が気持ち悪い、視界がぐらつく。先輩が帰ったあと、しっかり晩ご飯食べたのが良くなかったのかなー。両手でこめかみを擦っていたら、隣に座っている先輩が呆れた表情を浮かべる。


「おい、大丈夫か? 散々飲んで食うからだろ。加減しろよ」

「心配するか、怒るか、どっちかにしてください……。うぅ、吐きそう」

「これでも心配してる。俺一人で対応できるから」

「だめです! 怖がらせちゃうでしょ? 先輩、最初ぜんぜん乗り気じゃなかったし……。私がいた方が安心すると思うんですよ」

「まあ、確かに」

「最近集まって飲んでないから、こんなことになっちゃってー! 前まで女友達と集まって、よく飲んで騒いでたんですけど」

「へえ。来ないな……」

「聞いてくださいよ、私の話!」


 先輩が話の途中で腕時計を確認する。たった数分の遅れなんだから、気にしなくてもいいのに。白いパーテーション、白い二人掛けのソファーとテーブル、隅に埃をかぶったフェイクの観葉植物が置いてある相談室は狭くて、居心地悪い。吐き気や頭痛と一緒に、昨日の失敗が襲いかかってくる。


 うっ、うう、汚い部屋を見られた……。おまけに泣いて抱きついちゃった。先輩の態度が心なしか、冷たいような気がする。もうこうなったら、喋って喋って、喋りまくるしかない!


「冬の間は家でパーティーしたり、みんなで集まって飲んだりしていたんですけど、薄着になってきて、痩せたいからということで飲まなくなっちゃったんですよ!」

「それがいい。フィオナ、微妙に酒癖が悪いだろ?」

「び、微妙に……?」

「ああ。迷惑かけられたとは思ってないから気にするな」

「うえーん、優しっ!! でも、そういうわけにはいかないんですよ! お礼がしたいです。何がいいですか? お肉? ベーコン!?」

「まだ酔ってるのか。落ち着け、いらないって」

「途中、記憶が飛んでるんですよ。私、何かしました? 絶対やらかしてますよね!?」


 先輩が黙り込む。ひーん、優しいから言わないつもりなんだ! 半泣きで頭を揉んでいたら、くすりと笑う。あ、ようやく優しい表情になった。


「申し訳ないから歩くと言い出して、降ろしたらフラフラと歩いて、自転車に轢かれかけた」

「うわっ、ごめんなさい……。おんぶしてくれたんですね? いいなぁ、昨日の私。まったく覚えていません」

「やたらと俺の鎖骨を押して、リンパを流そうとしていたぞ」

「ごめんなさい!! 酔っ払ってました!」

「知ってる。気にしなくてもいいから。な?」

「あっ、はい……」


 先輩がまたしても、手のひらにお菓子を押し付けてきた。こ、子ども扱いされてる……。バニラビーンズ入りの分厚いクッキー。そこには赤いハートマークのシールが貼ってあった。とっても可愛いやつ。


 (いや、先輩のことだから、特に深い意味はないはず。お店の人が貼ったのかな? 手作業で貼りつけた感じがあるし、クッキー、個包装だけど。個包装だけども!) 


 先輩は隣で、預かっている小箱に異常がないかどうか、調べていた。びっくりするぐらい、平常心。普段の先輩。酔って醜態をさらしたあげく、汚い部屋を見られた翌日にこれって……。ハートマークシールつきって、理解が追いつきません。無性に悲しくなった。


(これ、昨日のことが無かったら勘違いしちゃってたかも。だけど、思春期の女子じゃあるまいし、先輩は気になってる女性にハートシールつきのお菓子を渡したりしないと思うんだよね……!!)


 違う違う、気のせい、気のせい。真っ赤なハートシールが胸に突き刺さってる。こ、こんなことで意識するなんて。先輩の言う通り、私、まだ酔っ払っているのかも。きっと、お店の人が貼ったんだよ。サービスか、全商品にハートシールを貼る期間だったのか、よく分かんないけど、先輩じゃなくて、お店の人が可愛いハートシールを貼ったんだよ……。


 でも、それを選んだのは先輩だけどね。ぼそっと、頭の片隅で自分が呟く。落ち着こう、待って、一旦深呼吸。


「どうした? 吐きそうなのか?」

「い、いえ、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込もうと思っただけです……」

「ここ、空気悪そうだけどなぁ。トイレに行って吐くなら言えよ。キャメルさんに連絡するから。この前みたいなことがあったら嫌だし、ついて行く」

「だ、大丈夫ですよ! 先輩耳が良いし、絶対、私が吐いていたら聞こえますよね!?」

「聞かないようにするから大丈夫」

「無理です!! 昨日、あんなっ、あんな、汚い部屋を見られたあとなのに……」

「服が脱ぎ散らかしてあるだけで、ほら、別に、汚部屋じゃないだろ?」

「今の私に優しくしないでください。つらくなります」

「……ソファーにぶちまけるよりマシだから、吐きたくなったらいつでも言えよ」


 優しさに満ちた眼差しで言われる。つらい。なんか、シールのこと、どうでもよくなってきちゃったな……。あ、もしかして先輩、私が挙動不審だから吐くと思ってる? 元気よく、笑顔で吐かないから大丈夫ですよと伝えたら、哀れみの表情を浮かべ、無理するなよって返された。吐きそうに見えるのかなぁ、私。顔色悪い? 首を傾げていたら、紙袋を提げたキャメルさんがやって来た。


「すみません、遅くなっちゃって」

「大丈夫ですよ~! あ、顔色良くなりましたね。ほっとしました」

「はい。思い出の品が取り返せたし、捕まったから食欲が出てきたんです。何を食べても美味しい」

「分かります!! これで妹さんも浮かばれますね」


 肌がつやつやしていた。薄茶色の瞳を細め、嬉しそうに笑う。堅苦しい雰囲気がすっかり抜け落ちて、優しい雰囲気になっていた。前はひっつめていた金茶色の髪をポニーテールにしているからか、若々しく見える。


 でも、前と雰囲気が違うからそう見えるだけかも。今日は立体的な襟つきの白いノースリーブシャツに、オリーブグリーンのズボンを着ていた。せ、洗練されていてかっこいい! 人って、あっさり数日で変わっちゃうんだ。まじまじ服装を見ていると、青い紙袋を差し出してきた。


「お礼です。ハートリーさん、本当にありがとうございました」

「ふぅわ~!! いいんですか!? ありがとうございます!」

「色々詰めてきました。彼氏さんとぜひ召し上がってください」

「へ?」

「ありがとうございます」


 彼氏? 誰が? 状況を飲み込めていないのに、先輩がすかさずお礼を言って、さりげなく私の手から紙袋を奪い取った。えー、誤解されちゃってる。カップルって間違われるようなことしたっけな。


 (もしかして、無意識に先輩の腹筋を触ってた? いや、そんなはずはないと思うんだけど。ベタベタしてたかも……。どうしよう、日頃の行いが悪いから自信ないよ!)


 私が二日酔いに悩まされている頭で一生懸命考えていると、キャメルさんがソファーに座って、にこやかに先輩と話し始めた。


「腕っぷしが強そうな獣人の方にお願いして正解でした。アディトンさんが注意してくださったおかげで、あのあと、警察官が謝ってくれたんですよ。電話で。会って直接ではないんですけど」

「……謝罪するだけマシだと思って諦めてください。小物に期待しない方がいいですよ」

「そうですよね。早く忘れます」

「俺も常日頃、あれこれ言われます。さて、預かっていた品物のことですが」

「はい。役に立ちましたか?」

「もちろんです。丁寧に扱いましたが、念のため確認してください。傷が付いていたら直します」

「便利ですね、魔術って」


 二人とも、淡々と会話してる。深く聞かない方がよさそう。クズ男をどうやって捕まえたのか、興味津々だったから、頭を切り替えて説明した。特に面白いことは言ってないんだけど、よく笑ってくれた。これで少しは気分が晴れるといいな。


 妹さんの悪口を話している時、表情が冴えなくて、沈んだ顔をしていた。割り切れてないんだよね、多分。これからまだまだ生きるはずだった、憎たらしい妹が突然殺されて、複雑な感情が湧き起こっているんだと思う。時折、放心したような表情で自分の手元を見下ろしていた。そこにあるのは、綺麗な青いガラスの小箱。中には妹さんの遺髪が入ってる。


「……本当に、妹は亡くなったんですね。信じられない。悲しくはないんですよ、会いたいとも思ってない」

「ふ、複雑ですね!」

「仲が悪かったのなら、無理に悲しむ必要はないかと」


 先輩がそっけなくフォローした。お、おおっ、やればできるじゃん、先輩。大抵黙ってるんだけど、今日は優しい。あれかな、ヤンキーとおばさん、おじさんには優しくできないのかも。じろじろ遠慮なく見られるし、優しくする意味がないと思ってそう。キャメルさんが薄茶色の瞳に涙を滲ませ、うつむく。必死で泣かないようにしていた。


「だけど、こんなのってあんまりじゃないですか? 父も母も、私も、一体、何のために頑張ってきたんだか……。妹は、人でなしのクズに利用されて、殺されるために生まれてきたわけじゃない」

「キャメルさん。ええっと、いくら好きじゃなくても、突然殺されたら、そりゃ動揺しちゃいますよ。自分が思っている以上に傷付いているのかもしれませんね」


 否定したがっているように見えた。でも、それってかなり苦しい。自分の感情を否定し続けたら、治る傷も治らない。認めるのは苦しいかもしれないけど、大嫌いな妹が殺されて悲しいんだ、悔しいんだって思って欲しい。うわー、あれこれ言いたいけど、慰めにならない可能性があるから言えない! 私の心配をよそに、キャメルさんが案外、素直に頷いた。


「そうですね。正直言って、ほっとしているんですよ。これで、妹について悩まなくて済むって……。だけど、クズに利用されて、あの子の人生、終わっちゃったんだ。もう、楽しいこともできないんですね」

「はい。……びっくりするほど、呆気ないですね」

「まあいいや! ありがとうございます、本当に。全部戻ってくると思っていなかったから」

「家に帰って、ちゃんと泣いてくださいね。殺されて、やった! 嬉しいって思わないのは多分、少なからず、ほら、思い出とか、その……色々あるからだと思います!」


 ひーん、上手く言えなかった。だけど、嬉しそうに笑ってくれた。あ、良かった。さっきよりも表情が晴れやか。キャメルさんが先輩と私にお礼を言って、振り返ることなく、颯爽と立ち去った。廊下に立ち、姿が見えなくなるまで見送る。


「あれで良かったのかな~……。どう思います?」

「良かったんじゃないか? 表情が明るくなっていた」

「ですよね。さーて、ご飯食べに行こう! じゃあ、先輩、またあとで」

「一緒に食おうぜ。立ち去ろうとするのが早い!」

「えっ? はい。すみません……?」

「何を食いに行く?」


 腕を掴んで引き止められた。早かったかなぁ。先輩が素知らぬ顔で私の腕を放し、見下ろしてきた。今日は胃が気持悪くて頭も痛いから、小動物が食べそうな、量少なめのおしゃれサラダ専門店に行こうと思ってたんだけど……。先輩、野菜を食べすぎたらお腹壊しちゃうんだよね。


「サラダしか入りそうにないんですよ~、絶不調で。お肉大好きな先輩は、」

「じゃあ、サラダを食いに行くか」

「大丈夫ですか!? 人気メニューはフルーツサラダの、女性ばっかいる店なんですけど」

「……」

「やめておいた方がいいでしょ? じゃあ、私はフルーツサラダで調子を整えに」

「いや、大丈夫だ。俺も行く」

「無理しない方がいいですよ……。午後、がっつりパトロールする予定だし」

「夜にまとめて食うからいい」


 トッピング追加できる店だから、まあ、大丈夫かな。駅前にあるおしゃれサラダ専門店へ行ってる最中、喋りたい気分だったみたいで、学生時代のことを根掘り葉掘り聞かれた。ひょっとしてまだ、誤解されてる……? 


 男を手のひらの上でコロコロ転がして、もてあそぶ美人だって誤解されちゃってるかも。なーんてね。先輩はそこまで疑り深いタイプじゃないから、単純に気になっただけでしょ。だけど、念のため、聞いてみよう。


「先輩、珍しいですね。色々聞いてくるの。もしかしてまだ疑ってます? 男を焦らして、もてあそんで、嘲笑ってる女だって」

「……いや、違うから」

「否定が弱い!! ちゃんと目を見て話してくださいよ!」

「すまん。フィオナが致命的に鈍くて嘘が下手くそなのも、演技だと考えれば、納得がいくからつい」

「えーっ、鈍くないでしょ! ちゃんと気遣ってるでしょ、まったくもう」

「ああ。フィオナなりに気遣ってるんだろうな」

「優しく否定するのやめてください……」


 やっぱり疑われてた、ショック。頑張ったのに、この仕打ちかぁ。だけど、サラダ専門店のドアを優雅に開けて、微笑みかけてくる先輩を見たら、モヤモヤが全部吹っ飛んだ。


 ステラちゃんはしきりに付き合えばいいって言うけどさ、もう、この顔と付き合ったら喧嘩できなくなっちゃうよ。言いたいことが言えない、我慢しちゃう。どんどん疲弊していくだけだから、付き合いたくはないなー……。間近で見るのが幸せで楽。


 ショーケースを見下ろす先輩を、こっそり横目で見つめる。綺麗な形の額とすっきり通った鼻筋、出過ぎていない顎。男性にしては長いまつげ。よく光を集める銀色の瞳は鋭いけど、笑えば、細くなって柔らかい印象になる。


 はー、まるで彫刻みたい。お金があったら、自分の部屋に先輩の彫刻を飾ってる。職人さんに依頼して、この芸術的に美しい顔立ちを永遠のものに……!! 私の熱視線をまったく気にせず、若干怯えている店員さんに注文した。


「すみません。基本のグリーンサラダにローストビーフとベーコン、ハムとゆで玉子を載せてください。大盛りで」

「は、はい! 大盛りで……かしこまりました」

「フィオナはどうする? フルーツサラダが食べたいって言ってたよな、さっき」

「あ、はい。季節のフルーツサラダでお願いしまーす」


 トッピングはしなくてもいいや。まだ昨日のお酒とポテトが残ってるような気がする。まずくてカロリーが高いのに、なんでばくばく食べちゃったんだろ……。酔ってたからだよね。あー、うー。


 この時間帯はいつも席が埋まってるけど、タイミング良く空いた。急いで、先輩と窓際のテーブル席に座る。白いテーブルと椅子、白いタイル床とグリーンの壁紙。清潔感たっぷりの可愛い店内で、すごく浮いていた。先輩は気にせず、アイスコーヒーにストローを突っ込み、飲んでいる。


「浮いてますね、先輩」

「そうか? さっきもカップルに間違えられたし、今もそうだろ。不自然じゃない」

「うーん? ……ありったけのお肉を大盛りにしてる人、初めて見ました」

「気になるところはそこか? 草しか入ってないんだから、どんどん足していくしかないだろ」

「草って! ここ、お肉少なめなんですよ。だから、連れて行きたくなかったんですけど」

「二日酔いのフィオナに肉を食わせるのはちょっとな。こういう店も新鮮でいいから。気にするな」


 別々でご飯食べたらいいだけの話なんじゃ……? 何か話したいことがあるのかも。いや、私が男好きって思ってるから、根掘り葉掘り質問したかったとか。よし、誤解を解こう。身を乗り出した瞬間、先輩が口を開く。


「そういえばアーノルドと出かける話、どうなった?」

「やっぱりまだ誤解してる!! 違いますよ!? 遊んでませんからね!」

「悪かったって、誤解して。別に誤解してるから、聞いたわけじゃねぇよ。気になってさ」

「そうなんですか?」

「ああ。どうなったんだ?」

「ここ最近、忙しかったでしょ? オリバーの監視で。だから、さくっと晩ご飯食べに行きませんかって誘いました」

「は!?」

「休みの日、ゆっくりしたいんですよね~……。仕事終わりに晩ご飯食べに行こうかなと思って。昼間、堂々と歩いていたら刺されかねないし」


 女性ファンが大勢いるって聞いてたけど、まさか、あれ程とは……。夜、こっそり二人で晩ご飯食べに行くのが安心安全。私のメンタルと内臓が守られる。サラダに載っていた謎の黄色いフルーツを突き刺し、口へ運ぶ。意外と甘かった。プチプチしてる。果肉のプチプチ感を楽しんでいたら、先輩が思いっきり、フォークで大きなベーコンを突き刺した。


「へー。でも、夜、苦手なんだろ? 夜道をまだ一人で歩けないんだよな?」

「ああ、はい。途中まで送って貰う予定です。だいぶ怖くなくなってきたんですよ」

「……俺もついて行く」

「えっ!? 絶対だめです、絶対だめ!!」


 先輩は好きになったりしないって言ってたけど、万が一、好きになったら困る。魅了系の人外者とほぼ同じ力を持つアーノルド様にできる限り会わせたくない……!! もしかして、これ、嫉妬なのかも。やだ、照れちゃう~。先輩に悟られないようにしないと。知られたくない。拒絶されて驚いたのか、硬直していた。


「あのですね、私、二人きりで出かけたいんですよ。アーノルド様と先輩、相性が悪そうだし」

「だとしても、絶対って言わなくてもいいだろ?」

「ついて行く気満々だったから、不安になっちゃったんですよ。とにかく! もうこの話はおしまい!! 二人でご飯食べに行きます」

「……そんなにあれと、一緒に飯を食いに行きたいのか」

「あれって! 他部署の部長なのに、まったくも~」

「嫌がらせされたんだから、もう会わない方がいい。危険だからやめておけ」


 先輩がゆで玉子を口へ運ぶ。新鮮!! 黄身がちょっと口の端っこについてる。可愛い~。ゆで玉子を食べる先輩、初めて見たかも……。食堂のサラダに時々ゆで玉子が入ってるんだけど、先輩はサラダを頼まないから。


 だめだめ、ぼんやりしている場合じゃない。撮らないと。素早くカメラを取り出して、ゆで玉子先輩を撮ったら、分かりやすく不機嫌そうな表情になる。


「なんで、今、撮ったんだ?」

「ゆで玉子を食べている先輩を見るのは初めてなので……。すみません。最初の頃は先輩が何を食べているのか、きちんと全部メモに書き残していたんですけど、最近はしていないんですよ。だから、先輩がゆで玉子を食べているところをじっくり見たのは初めて、と言った方がいいかもしれません」

「詳しい説明を聞かせてくれと言った覚えはねーよ。聞いてたか? 人の話」

「聞いてませんでした!」

「だろうな。危機管理がなってない。やめておけって、あいつと飯食いに行くのは」


 先輩、水をかけられた私よりも気にしてる……。トラウマになっちゃったのかな。悲痛な声を上げてたし、可愛いヒヨコちゃんである私が傷付けられたから、ずっと悩んでいるんだ。言おうかどうしようか迷ったけど、言うことにした。


「大丈夫ですよ! もう安心なんです」

「何がだ?」

「嫌がらせされたこと、エディ君に話したら伝わっちゃって……。そんなつもりは無かったんですけど。結果的におねだり、」

「おねだり!?」

「そう、おねだりしちゃったことに、うーん、なるのかな!? アーノルド様がすごく心配してくれて、いつでも呼び出せるボタンをくれたんですよ」

「ボタン……?」

「はい! 服のボタンに重ねて使うんです。ぐっと強く押したら、アーノルド様に声が届く仕様になってます。衝撃を感知する機能付きで」

「へー、便利だな」

「でしょでしょ!」


 先輩がハムをまとめて三枚ほど口へ運んだ。何回か噛んだあと、ストローを外し、アイスコーヒーを一気飲みする。喉に詰まった? 大丈夫かな。ハラハラしながら見守っていると、無事に飲み干して、コップをテーブルの上へ置く。苦しそうに眉をひそめた。


「いつの間に貰ったんだ? それ。高いだろ」

「レイラちゃんから貰いました。迷惑料ということで、気にしないでねって。見かけによらず、優しいんですよ。アーノルド様は。エディ君は今回の件で胃を痛めただけ、あいつ、小心者で繊細だからって言ってましたけど! ふふっ」


 言葉に遠慮が無いけど、優しい感じがする。あの二人は本当の兄弟みたい。義理の兄弟だけど。不安が無くなったみたいで、黙々と食べ始めた。私も念願のフルーツサラダなんだから、しっかり味わって食べよう。


「……そうだ。先輩って野菜が苦手と言う割には、いつもオニオンドレッシングを頼んでいますよね? チーズ系のドレッシング、あまり好きじゃないんですか?」

「味は嫌いじゃない。でも、弟は下僕だと思ってる姉が好きなんだよ。チーズ系のドレッシング。顔が浮かぶから食いたくない」

「あ~……」

「やめておいた方がいいと思うけどな、俺は。女殺しに関わるべきじゃない」

「エディ君にすすめられているんですよ。友達がいないから、友達になってあげてって」

「へー。先に聞いておけば良かった」

「そうだ! あれ、クッキーのハートシールについてなんですけど」

「っぐ、今、ここで聞くのかよ……!!」

「えっ、だめでしたか!?」


 先輩がむせて、フォークを持った手を下ろす。口元を覆った。い、今じゃないと、だって、永遠に聞けなくなっちゃうから……。特に深い意味は無いって分かってるんですよ。でも、はっきり否定してほしい。特に深い意味は無いんだって、お店の人が貼ってるだけだって。そういう、ハートシールを貼るイベント中だったって!! 先輩が視線を彷徨わせ、紙ナプキン入れを見つめた。


「……あー、喜ぶかと思って。フィオナが」

「先輩があれを、一枚ずつ丁寧に貼ったんですか!?」

「違う! 馴染みのレストランの店員が……俺のことを、近所の子どもか何かだと思ってるんだよ。おまけだって言って、止める暇もなく、全てのクッキーにシールを貼られた」

「ああ~」

「いきなり、何を言い出すかと思えば……。驚かせるなよ」

「へへっ、すみません。ほっとしました! やっぱり、特に深い意味は無いんですね」

「面と向かって言う。もしも、フィオナのことが好きだったら」


 真剣な口ぶりと低い声。フォークを持つ手が止まった。歯と歯の間で、フルーツのように甘いトマトが弾け飛ぶ。見てみると、声の調子と同じ、すっごく真剣な眼差しで見つめられる。嫌だな、逃げ出したいな……。先輩が逃げ出したい私を見つめて、臆せず、照れもせず、言い切った。


「もしも、フィオナと付き合いたいと思っているのなら、小細工なんてしない。駆け引きも無しだ。嫌な過去、ろくでもないクズ男のことなんて一瞬でどうでもよくなるほど、大事にして、幸せにするから俺と付き合ってくれって言う」


 息が止まった。頭が真っ白になる。銀色の瞳から目が離せない。野生動物みたいだった。


「……あんなシールで気持ちを伝えるわけないだろう。まっすぐ目を見て、フィオナのことが好きだって伝える」

「っこ、こ、こ……!!」

「こ? どうした、フィオナ」

「これあげますね!! じゃっ、先に戻ってます!」

「はあっ!?」


 サラダが入ってたお皿を引っくり返して、残っていたフルーツを全部、先輩のサラダへぶちまける。び、び、びっくりしたー!! 言われてるのかと思った、一瞬。私のことが好きなように見えた。もしもの話なのに、期待しちゃった。唖然とする先輩を放置して、伝票を掴み、走り去る。お会計しちゃおうっと、このまま。奢る! 


「おい、待て! サラダにフルーツを載せて逃げるなよ!? この手のサラダは大嫌いなんだ!」


 野太い声が店内に響き渡った。だめですよ、先輩。ここはフルーツサラダが好きな人しか来ない、おしゃれな専門店なんですから……。先輩は育ちが良いので、丁寧に取り除きながら、サラダもフルーツも全部食べたらしい。その日、ずーっと「酔っ払いの面倒を見たのに、この仕打ちかよ」ってねちねち言われた。ごめんなさい。うっかりときめいちゃったこと、バレたくなかったんですよ……。




















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