7.初仕事は先輩の腰に手を回すことです
「とにかくも、今日は依頼が入ってないから街を回って、以前問題があったマンションやアパートに行く。いいか? くれぐれも、さっきみたいにふざけたことは言うなよ?」
「は、はい……。先輩、全力でぐりぐりしてきましたよね? 今日は初めて、先輩に頭をぐりぐりされた記念日にします!」
「気持ち悪いからやめろ! どうしてそう、息を吐くように変態発言するんだよ!?」
「私の本性が変態だからでしょうか……」
こめかみを揉みながら答えると、真っ赤なバイクの前に立っていた先輩がふんと鼻を鳴らした。ここはセンターの正面玄関近くにある駐輪場で、バイクがずらりと並んでいる。まさかとは、まさかとは思うけど、これに乗るのかな……? 戸惑っていると先輩が座面を開けて、中からヘルメットを取り出し、私に手渡してきた。
「本性も何も、分かりきったことだな。ほら、早く乗れ。これに乗って行くから」
「すみません、バイクの免許を持っていないんですよ……」
「はあああっ!? あのクソババア、面白いからといって採用しやがって! くそっ、あ~、気が進まないんだが、しょうがないな」
「おわっ!? へ、変化した……」
「一応な、二人乗り出来るようになってるから」
先輩がぐっとハンドルを握り締めれば、うにょんと、もう一つ座席が現われた。す、すごい。何がどうなっているのか、微塵もよく分からない……。呆気に取られていると、ぶつくさ文句を言いながら、私の頭にヘルメットをかぶせてきた。
「わっ!?」
「ほら、ちゃんと自分で留めろ。それで、お前は後ろに乗れ」
「あっ、はい。でも、先輩と二人乗り出来るだなんてっ……!! 私、私、一生バイクの免許を取らないようにします!」
「猛スピードで取れ! 試験に落ちたらキレるぞ」
「えへへへ、うふふふ、お金を貰っちゃっていいんでしょうか!? 私の仕事、先輩の程よく引き締まった細い腰に手を回すことだったりして~! やだ~、も~、うふふふ」
「催眠術でもかけて、退職届を書かせたい」
「気合いで催眠術をブチ破ります。先輩、私が催眠術ごときに操られるとでも?」
「……だから、目が怖いんだって……」
「冗談ですよ、うふふ」
「本気だろ! 疲れた」
「あらあら、まだ朝なのに。も~、先輩ったら、疲れやすいんだから! うふふふ」
無視して、ヘルメットをかぶる。それにしても、耳どうなってるんだろ? ぺったんってなってるのかな、可愛い……。うっとり眺めていると、「早く座れ!」と怒りながら言われた。私がしぶしぶ座ったのを見届けてから、バイクにまたがる。ああああっ、いいのかなぁ!? これ、ご褒美だよねえ!! よだれが出ちゃいそう! 感動で涙ぐみながら、おそるおそる腰に手を回せば、不愉快そうに唸った。
「別に、腰に手を回す必要は無いだろ……」
「怖いんですって! 乗り慣れていないから!」
「はいはい。じゃ、しっかり掴まっておけよ? もう行くから」
「はぁ~いっ! 先輩、意外と優しい~」
私がウッキウキでしっかりと抱きつくと、苦笑して、私の腕をぽんぽん叩いてきた。あ、甘い! これはいけるかも。必死で頼み込めば、セクシーポーズだってしてくれるかも……!! それをバシャバシャ撮りまくりたい。引き伸ばして、高い額縁に入れて飾りたい。いや、持ち歩こう。持ち歩くしかない。持ち歩いて、ことあるごとに取り出して眺める! 私が欲望にまみれながら、ひしっとしがみついている最中、バイクはスムーズに車道へ出たらしく、気が付けば風に吹かれていた。
「お、おわ~……新鮮! いつもは車か自転車だから新鮮! すごいな~」
「はしゃぐな、仕事だぞ。あと、魔術はどれぐらい使えるんだ? まるっきり、まるっきり、使えないってことはさすがにないだろ……?」
「可哀相に、先輩。現実逃避がしたいんですね? 私が使えるのは家事魔術ぐらいですよ。あっ、あと、お風呂のアヒルちゃんが出せます! それから変な方向にものを改悪、」
「まるっきり役に立たねぇな!? アヒルを出してどうする! 俺らは犯罪者を相手に仕事してるんだぞ!?」
「犯罪者を相手に……。すみません、実は魔術犯罪防止課の仕事自体、よく分かってないんですよね。兄、知り合いから聞いたんですけど、一応」
「よくもまあ、その程度の知識でここに就職しようと思ったな……」
「先輩の顔見たさですね! もうそのことしか考えていませんでした」
「威張って言うことじゃねぇからな? 威張って言うことじゃ」
先輩が大きく息を吸って、吐き出した。あ~、ぴったり密着しているからか、息遣いまで聞こえてきそう。てか、き、筋肉! 筋肉!! 私、あの日見た筋肉にぴったり密着しているんだ……。急にドキドキしてきた。辛い。半裸、半裸の写真が撮りたい! 私が息も絶え絶えになりながら、ちょっとだけ、先輩の逞しい腹筋をさわさわ撫でていると、もう一度溜め息を吐いた。
「それで、魔術犯罪防止課についてだが……。正確に言うと、魔術で犯罪を未然に防ぐための課だ。まあ、盗撮やら盗聴やら、くだらねえことしかしない魔術師を刑務所にブチこむ役目も担っちゃいるが、基本的にはそれだな。お前もストーカーされてただろ? そういう被害に遭ったら、都民はこの課に来る。そういう仕組みになってる」
「なるほど。確かに友達から相談に行くよう、勧められていました」
「……どうして来なかった? 電話での相談も受け付けてんのに」
「あ~、気おくれしちゃって。そのうち諦めてくれるかなと思っていたんです」
「まあ、お前の元彼は捕まったからいいか……。その他にも騒音トラブル、不法投棄、近所でのトラブル、恋愛のいざこざ、詐欺未遂とか、まあ、警察に相談するまでもない事案を、一手に引き受けている。で、たまに魔術師を捕まえに行く案件が舞い込んでくる」
「何それ! どういうことですか……!?」
「そのまんまだ。一般人はどうあがいても、魔術師を捕まえられない。もちろん、殺人犯を追うこともある。あまりにも凶悪な事件だったら、一等級、もしくは二等級の魔術師が駆り出されて、犯人を追うが」
「へ、へ~……危険な課じゃないですか!!」
だから、アンソニーさんはやめるようにと言ってきたんだ。あ~、しまったなぁ。もう少し聞いておけば良かったかも、話を。でも、先輩の顔が見たかったから、悔いは一切無し! 尻尾がどこにあるのか、気になりながらも、しっかり腕を回して抱きつく。ふふふ、最高。これでお金が貰えるだなんて最高!! ふいにバイクが大通りに出て、停まる。赤信号だ。この隙にヘルメット外して、私に顔を見せてくれないかな……。
「何をいまさら。呆れてものが言えん」
「えっ? 先輩の声、好きなんで喋って欲しいんですけど……!?」
「とっとと、彼氏を作ってやめてくれないか?」
「あ、うふふふ、喋ってくれた! でも、先輩のことが好きなわけじゃないんですよ。何か誤解していませんか?」
「……別に。ただ、面食いならイケメンを探せよ。イケメンを探して旅に出ろ。お前はイケメン探しの旅にでも出て、二度と帰ってくるな。ここに」
「やだ~! 先輩以上のイケメンなんていませんよ! それに、あのあと一目惚れして彼氏を作ったんですよね~」
「は?」
やだ、困惑してる先輩可愛い~! それにしても、先輩がもしも万が一、私のことを好きになっちゃったら、気軽にきゃあきゃあ騒げなくなるから、ここはしっかり釘を刺しておかなくては……。もう青信号になったみたいで、後ろでクラクションが鳴った。先輩が慌てて動く。
「彼氏って……多感だな! どこで作った?」
「えっ? 新しく出来たカフェに、超、超、超私好みのイケメンがいまして! 先輩とは違って優しげだし、頼りになりそうだし、キレなさそうな男性で~! もうこれは運命だと思って、仕事をやめて、そのカフェの求人に応募して働いていたんです」
「こわっ……」
「先輩、ガチめに怖がらないでくださいよ!! その人は怖がるどころか、喜んでくれたのに!」
「へ~。まあ、気持ちは分からんでもないが」
「えっ、えっ、え!? せ、先輩も嬉しかったんですか!?」
「……変態発言すら無ければ?」
「へ、へえ~……そうなんですね」
「ん」
先輩が無言になる。えええええっ、あれだけ引いてたのに、もう良い雰囲気になっちゃってるんだけど! 冷や汗がどっと出た。やばい、ちょろい。先輩が思っていたよりもちょろい! どうしよう、どうしよう? 考えて。えーっと、全力でこの甘酸っぱい雰囲気を叩き潰さなくては!
「そっ、そっ、そっ、それで彼氏が出来たんですよ! 私が一目惚れして、全力でアタックしたら出来て~」
「良かったな。で? 今もそいつと付き合ってんのか?」
「あっ、いいえ。あっという間に破局しました……」
「早いな! 一年も続いてないだろ、どうせ」
「それはそうなんですけど……。そういう言い方をされたらへこみます。滅茶苦茶素敵な男性だったのに、上手くいかなくて、もうブルーな気持ちになっていて」
「そりゃ、顔しか見てないせいだな。上手くいくわけがない」
「ぶー、ぶー! だから、次はフツメンの真面目で優しい男性と付き合って結婚するんです。一生もう、イケメンとは付き合わないっ!」
うん、これでへし折れたんじゃないかな!? 恋愛フラグ! 達成感に満ち溢れながら、先輩の腹筋を堂々と撫で回していれば、とうとう怒られた。
「俺の腹に触るな! 大人しく座っとけ。あと、刺されかけても治らない面食いなんだから、絶対に無理だろ。どうせ、次もイケメンに惚れて付き合うだろ」
「えーっ!? そんなことはありませんよ! あと、本当に本当に先輩のことは好きじゃないので! 家の中で見るイケメンじゃないんですよね、先輩は」
「どういうことだ? それ。お前の言語はよく分からん」
「ひどい! 同じ言語を喋っているのに……。先輩はようするに、付き合いたいタイプのイケメンじゃないんですよ。先輩もそういう人いませんか? こう、ケバくて、おっぱいがばばーんと出ている美人で、顔は見てたいけど、付き合うのはちょっとなぁっていう人」
「いないな。お前みたいに面食いじゃないから。まあ、言いたいことはぼんやり伝わってきた。ぼんやり」
「ぼんやり……」
ちょっと悲しい。わざとらしくすんすん、鼻を鳴らしていれば、愉快そうに笑う。今日はよく晴れていて、青空が広がっていた。
「大丈夫だ。付き合いたいと思ってるわけじゃないし、むしろやめて欲しい。仕事を」
「やめませんよ? 定年までずっとずっと一緒ですからね? しがみついていますからね!? こんな風に!」
「はいはい。おっ、着いたぞ。降りろ」
「はぁ~い……何か、いかにもトラブルが起きそうなマンションですね」
「だろ? まあ、この辺りは治安が悪いからなぁ」
ヘルメットを外して見上げてみると、そこにはオンボロの巨大マンションが佇んでいた。赤茶色のレンガ壁は黒ずみ、ところどころ、レンガがはがれ落ちている。生気がまったくないって言ったら変だけど、そんな感じ。なんか幽霊が出そう……。こんなに大きいのに、物音一つしないし。平日の午前中だから? 私がヘルメットを片手に見上げていると、バイクから降りた先輩が、さりげなくヘルメットを奪い取っていった。呆気に取られていれば、素早く自分のヘルメットと私のヘルメットを、座面下に収納する。
「行くぞ、フィオナ。ここの九階に住むじいさんと、八階に住むばあさんの仲が悪いんだ。その昔、近所トラブルで揉めていたのがきっかけで、」
「えっ? ど、どういうことですか?」
「どういう巡り会わせか、三十代ぐらいの時にごちゃごちゃと揉めていた二人が、八十代になって同じマンションに住み、また揉め始めたんだ……」
「そんな運命、嫌!! というか、どっちかが引っ越せば、それで済む話じゃないですか!」
「いや~……それが、向こうが悪いんだから、引越し代と慰謝料もろもろをよこせって、お互いに言っていてな。お互いに」
「えええええ……業突く張りのおじいさん、おばあさんですね」
「けっこう言うな、お前。それで、二人の喧嘩にマンションの住民が巻き込まれている状態なんだ、今」
「うわああああ……」
意外と大変かも、魔術犯罪防止課の仕事って。げんなりしながらも、階段を上って九階を目指す。エレベーターが無かった、古すぎる。それにどことなくカビ臭いし、あちこちに生ゴミが落ちているしで怖い。インターホンを鳴らせば、すぐに目つきの悪いおじいさんが出てきた。薄汚れたインナーだけ着て、酒瓶を握り締めている。しかも玄関先、ゴミ袋でいっぱいなんですけど!
「またあんたか。どうした?」
「半月ぶりですよ、俺がここに来るのは。どうですか? 最近は。下のスミスさんから一昨日、苦情の電話がかかってきて、」
「またあのばあさん、告げ口しやがって。良い死に方をしないぜ。なぁ? あんたもそうは思わないか? 自分も自分で、俺ん家の前にネズミの死体を置いたり、ポストに生ゴミを入れてきたりと、厄介なことばっかりしてきてるっていうのに」
「そうですね、お互い様だと思いますよ。それで? 真夜中に暴れていたそうですが……」
「ちょっと腹が痛かっただけだ。もう帰れ」
「……ゴミ袋、回収しておきますね」
「好きにしろ。俺はもう寝る。昼寝の邪魔しやがって」
「はい。起こしてしまい、すみませんでした」
律儀に頭を下げ、ゴミ袋を持ち上げる。えっ? 私も? 私もここはするべきだよね……。汚いし、虫が出てきそうだから、触りたくなかったんだけど、唾を飲み込み、頑張って何個も持ち上げる。すると、おじいさんが話しかけた。
「見ねぇ顔だな。いくつだ? 兄ちゃんのコレか?」
「違いますよ、俺の後輩です」
「ど、どうも、初めまして……フィオナ・ハートリーと申します。年は二十四です」
「へ~、若いねえ。二十四と言えば、俺は」
「長くなりますよね? その話。じゃあ、俺達はこれで失礼します」
「ったく、年寄りの長話ぐらい聞いてくれよ。この税金泥棒め!」
悪意が無いからか、先輩は笑って済ませていた。私には気さくに「またな」と言って、笑いかけてくれた。曖昧な笑みを返したあと、先輩と一緒にゴミ袋を持ち、廊下の隅に移動する。
「おっ、重たい! 転びそう~……!! これ、集めてどうするんですか? 先輩」
「小さくする。小さくして運ぶ。まあ、思ったより溜め込んでいなくて良かった。これを小さくしたあと、ゴミ捨て場まで運ぶぞ。そこで分別をする」
「ふ、分別を……!?」
「ああ。あのじいさん、いつも分別してないんだ。ボケかけているしな」
「ご、ご家族は?」
「絶縁中らしい。……嫌になったらいつでもやめろよ、フィオナ。俺達はこういうのを日々相手にしているんだ。でも、こういった火種を放置していると、殺人事件に繫がる」
「……ですよね。でも、いいです。嫌になってやめたりなんかしません。だってそんなの、無責任じゃないですか! 私、先輩の顔を見るためだけに就職したわけじゃないので!」
「さっきと言ってることが違うなぁ、お前。ま、いいや。好きにしろ」
先輩が少しだけ嬉しそうに笑いながらも、ゴミ袋を小さくした。それを両腕に抱え、ゴミ置き場まで向かう。
「苦情が出たら嫌だから、あの一角にブルーシートを敷いて分別するぞ」
「そのあとは? どうするんですか?」
「カラスに荒らされないよう、魔術をかけてから、一階の住民に捨ててくれって頼みに行く。傍に置いておいたら、捨ててくれるだろ」
「あっ、はい。分かりました……。先輩の顔を見ながら、ゴミを分別しますね」
「俺の顔じゃなくて、ゴミを見て分別しろよ。間違えるだろうが」
「それにしてもこれ、魔術で一気に出来ないんですか?」
「……苦手なんだ。こういう繊細なのは」
「な、なるほど! コツコツやりましょうか」
「おう。悪いな」
心なしか、しょんぼりしちゃってる先輩可愛い~! なんだかんだいって、ゴミの分別は楽しかった。生ゴミが一切入っていなくて、カップ容器とか空き袋ばかりだったからかも。それに、軍手を貸してくれたし~。先輩がはめていたかもしれない軍手をはめているということは、手を繋いでいるも同然なんじゃないかな……。私がにこにこ笑顔で分別していると、先輩が急にいぶかしげな顔をする。
「……何が楽しいんだ? そんなに」
「そこに先輩の顔があるからですね! あと、仕事が終わったあと、皆さんに会えるのが楽しみです! イケメンいるっかな~、イケメンいるっかな~! イケメンいますか?」
「奇人変人どもばっかが集まってる。あ、ラインハルトだけには会わせたくないな……」
「どういう人なんですか? もしかして、超絶イケメン!?」
「いや、魔術オタク。それと、新人の魔力測定が趣味」
「新人の魔力測定が趣味……!?」
「襲われるだろうな、確実に。平気でセクハラをしてくるやつがうようよいるから、やめるなら今のうちだぞ?」
「そこは俺が守ってやるからな? フィオナって言って欲しかったんですけど……」
軍手をした手でペットボトルのふたを持ち上げていた先輩が、ふっと笑う。ああ、色めいていてかっこいい! この顔を見ているだけで幸せになれる。銀髪に、銀が混じった青灰色の瞳。この色の組み合わせも好きっ! あ~、どうしてこんなに顔が整っているんだろう。まるで、私が描いた理想の男性みたい。あと、先輩の喉ぼとけが好きすぎて辛い!! 喉がセクシー! 何も言えずに見惚れていると、銀色のトラ耳をひくつかせた。
「じゃあ、出来る限り守ってやる。フィオナ。ただ、」
「ぎゃあああああああっ!! かっこいい、かっこいい!」
「おい、ゴミに顔を突っ込むなよ!? 正気か!? なぁ!」
「かっこいい、かっこいいよおぉ~……!!」
「めまいと頭痛がしてきた」
「でも、カップ麺の容器しか入っていないから、セーフなのでは?」
「セーフじゃねぇな。何をもってして、セーフと言った? 今。しかも、額に麺がついてるし……まったく」
「うふふ、取ってくださってありがとうございます! さすがは先輩、やっさし~!」




