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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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16. 木漏れび通りにて、己の物欲と戦う

 





 まず手始めに、都内の貴金属買い取り店とアンティーク品を買い取ってる店に片っ端から電話かけて、男の特徴と名前を伝え、来店したかどうか聞いた。動くとなったら早いのが先輩。


「早速、売り飛ばしたようだな。行くぞ」

「はやっ! 早いですね、見つかるの」

「一般人相手だとお客様の個人情報は教えられないって突っぱねられるが、俺らと警察にはそんなこと言わねぇから。保険入ってなきゃ、持ち込まれたブツを買った金は返ってこないし、非協力的なところがたまにある」

「ええ~……」

「足がつくのを恐れて、小さい店で売るやつがいるんだよ」

「私が前に働いてた雑貨屋さんみたいな、小さいお店なんでしょうね」

「……そういや、前職は雑貨屋の店員だったな。似合ってる、ぴったりだ」

「へっ?」


 先輩が胸きゅん必至の無邪気な笑みを浮かべ、見下ろしてきた。えー、先輩の笑うポイントが謎。たまにこうやって上機嫌になるんだよね。眼福だから別にいいんだけど、笑う理由がよく分からない。ぱたっと先輩の尻尾が足に当たって、落ち着かない気持ちになる。


「今度行ってみるか、フィオナが働いてた雑貨屋に」

「いいですね! 先輩が家族で行ってたレストランへ行って、そこでお菓子買って、オーナーにこれ先輩が落ち込んだ時にくれるお菓子なんですよ~って言って渡したいです!!」

「やめてくれ、恥ずかしいから……。だから言いたくなかったんだよ。ステラには内緒な?」

「あ、ごめんなさい。もう言っちゃいました」

「知ってる。どこで買ったかは言わないでくれ、頼む」

「えーっ、なんで!? いいじゃないですか、別に。ロマンチックで!」

「ロマンチックか?」


 おっと、いけない、いけない。恋愛フラグが立ちそうなこと言っちゃった。私は先輩のことが好きじゃなーい、好きじゃなーい。動揺してすぐ余計なこと言っちゃいそうだから、気を使う。今だけうっかりやさんの私は封印。


「そっ、そうだ! アーノルド様と会うことになったんですよ、今週。だから来週行きましょうね~」

「おい、大丈夫か? 惚れて振られるんじゃないか」

「大丈夫です。先輩を越える顔面と体じゃありませんから! アーノルド様は細さが残った筋肉質な体がセクシーということで人気があるんですけど、私は分厚い胸板と逞しい太ももが好きなので……」

「じろじろ見るなよ。目が怖い」

「チラ見ならいいってことでしょうか!?」

「違う。さっきまでの勢いはどうした、クズ男を捕まえる気満々だったろ?」

「今は先輩の筋肉をまじまじ見つめたいんです」

「申し訳なさそうな顔で言われてもな……。あっ」

「ん?」


 視線を辿ってみると、向こうから双子のシンディーとショーンがやってきた。うわぁ、見るの久しぶり。魔術犯罪防止課の中で比較的まともかつ、魔術の腕が優れているから、警察と組んで殺人事件を担当することが多い。つまり、ほとんど顔を合わせる機会がない。


 普段、セクハラ対策で男装してるシンディーちゃんとはロッカーで会ったりするけど……。ショーンに会うのは本当に久しぶり。青髪のイケメンにしか見えないシンディーちゃんに手を振ると、笑顔で振り返してくれた。すぐに駆け寄ってくる。


「フィオナちゃん、久しぶりー! 今日は女の子の姿に戻ってるんだ。こっちがショーンね?」

「あれっ、そうなんだ!? ポニーテール似合ってるね、可愛い~!」

「ありがと、ありがと! 久しぶりだねぇ、フィオナちゃん」

「本当に久しぶり~」


 シンディーちゃんが抱きついてきた。あれかな? いつも男装してるから、男性向けコロンの香りがふわりと漂う。それにしても、相変わらず美形の双子! 派手なキラキラメイクがよく似合ってる。正統派でくせがない顔立ちだから、派手な色もしっくり馴染むんだろうなぁ。先輩が急に、私とシンディーちゃんを引き離した。表情が険しい。


「うえっ!? 先輩?」

「もー、何? 女の私にまで嫉妬するの?」

「気持ち悪いからやめろ。お前、ショーンだろ? 匂いで分かる」

「えっ!?」

「……あ~、これだから獣人って。うぇぼっ!?」


 先輩が容赦なく鳩尾を殴った。えー、女の子を殴ってるようにしか見えない。中身は男のショーン君だけど。シンディーちゃんはお兄さんが殴られていても、まったく気にならないようで笑っていた。


「ほら、だから言ったじゃん? バレると怖いよって」

「バレると思わなかったんだ……。嗅覚がいいってマジで怖いな。浮気されたらすぐ分かるだろ?」

「……まぁな」

「あ、傷口抉っちゃった? ごめんねって、二度は食らわないぜ!!」

「もー、先輩をいじめるのはやめてよ。傷付くから」

「傷付く? 大丈夫、大丈夫。イラっとしてるだけだから。ヒューが傷付くのはフィオナちゃんの言葉だけ」

「私は先輩を傷付けるようなこと言わないって!」


 何を言ってるんだか、もう。そりゃセクハラ発言する時もあるけど、最近は控えてるし、先輩の過去を根掘り葉掘り聞いたりしてないから。二人が一瞬、きょとんとしてから顔を見合わせ、笑い出した。


「気付いてないっぽいな。鈍感もここまでくれば一種の才能だ」

「こう見えてフィオナちゃんは恋愛経験豊富だから、ヒューのことを焦らして遊んでるのかもよ?」

「ちょうど良かった。二人に会いたいと思ってたんだ」

「無視? 俺らの言葉」

「すべて無かったことにして、話を切り出すのはいくら何でも無茶でしょ……」

「自白剤持ってただろ? 効き目の弱いやつをくれ」


 二人がまたしても顔を見合わせる。やった! 先輩、あのクズをちゃんと捕まえるつもりなんだ。でも、楽しげな表情から一転、二人が訝しげな表情に変わる。


「何に使うんだ? 自白剤が必要な事件なんて担当してないだろ?」

「大人しくパトロールしておけば? フィオナちゃんを重大な事件に関わらせるべきじゃない」

「分かってるさ、そんなこと。おそらく、付き合っていた女性を自殺に見せかけて殺し、」

「殺人事件じゃん! 俺達が担当しようか?」

「男をずーっと捜査したくないでしょ? フィオナちゃんをそんな男に近付けたくないはず」

「シンディーちゃん、私のことは気にしなくてもいいから……」

「だめだって! ヒューが暴走したらどうするの?」


 シンディーちゃんには大真面目な顔で「フィオナちゃんは魔術が上手く使えないんだから、事務仕事だけした方がいいと思う」って言われたことがある。先輩は私よりもはるかに魔術が上手くて、体力があって、身体能力が優れているのに、私が縛っちゃっていいのかな……。先輩がいれば、大抵の事件はあっさり解決しちゃいそうなんだけど。足手まといになってない? 


「いいからさっさと寄こせ。お前らが気にするようなことじゃない」

「……分かったよ。でも、申請が必要だからね? 使った日時と場所、相手の名前、目的を部長に申し出ること!」

「フィオナちゃんに使ったらだめよ、自白剤」

「使ったところで……。いや、何でもない。知ってるからわざわざ言わなくても」

「ねっ、ねっ、そんなに脈がないの? 教えて!」

「振られたら酒でも奢ってやろうか?」

「いいからさっさと寄こせ! キレるぞ」

「「もうキレてるじゃん……」」


 可愛い女の子にしか見えないショーン君がつまらなさそうな表情で、ポケットの中から自白剤を取り出した。無色透明の液体だった。蓋が黒いラベルで覆われた、ガラスの小瓶に入ってる。あれかな、悪用防止の魔術でもかけられてるのかな? 黒いラベルの周りに、ほんのりと銀色の光が飛び散っていた。


「助かった。それじゃ」

「危険な目に遭ったら言えよ。俺達がすぐ代わってやる」

「相手は小物一匹だから心配いらない」

「そーお? ならいいんだけど。フィオナちゃん、気をつけてね」

「うん! ありが……」

「やっぱり、女の私にも嫉妬してるじゃないの」


 先輩が無言で、男装してるシンディーちゃんと私を引き離した。先輩のことだから多分、香水が気になるだけだと思う。私からすれば良い香りだけど、獣人は嗅覚が鋭いから……。先輩が嫌そうな表情を浮かべ、シンディーちゃんを睨みつける。


「嫉妬じゃない。文句があるのならお前の兄貴に言え。フィオナはお前らの見分けがつかないんだ。日頃から近寄らない方がいいだろ?」

「だろ? って言われてもねぇ……。大丈夫? 過保護なのに殺人事件を担当して」

「俺だってたまにはフィオナちゃんに抱きつきたいんだよ! シンディーばっかり、ずるい! 羨ましい!」

「覚えてろよ。行くか、フィオナ」

「えっ、もう?」

「待って!! ドアで送ってあげよう! 冗談なんだからさ、本気で脅さなくても……」

「ドア?」

「あ、そっか。フィオナちゃんは知らない? 教えてあげるね」


 シンディーちゃんがポケットの中から、青い宝石が嵌め込まれた鍵を取り出して、にんまり笑う。大きい! 実用的な鍵と言うよりも、飾って楽しむ鍵に見える。呆気に取られていると、ショーン君が手のひらサイズのドアを出してきた。


 金色に塗りたくられていて、ぞっとするほど、細かい星と天体の模様が彫られている。それをシンディーちゃんに見せつけたら、すかさず、小さいドアにしては大きすぎる鍵穴へ鍵を差しこみ、がちゃんと回す。


「もしかして、二つ揃わないと使えない魔術道具!?」

「そう! 俺達の家に代々伝わってる魔術道具だよ」

「でも、ただの魔術道具じゃない。魔術道具の中でも最上級ランクに位置する、芸術的な美しさが認められたアンティーク! 利便性も高いから“祝福の魔術”って呼ばれているのよ」

「へー、綺麗!」

「さあ、どこに行きたい? ヒュー」

「……木漏れび通りへ」

「店指定しなくてもいいの?」

「住所忘れた。あの辺りの店一帯を巡るからいいんだ」

「了解! シンディー、フィオナちゃん、一旦下がってて」


 シンディーちゃんが鍵から手を離し、ドアを持っているショーン君が「木漏れび通りに繋げ!」と短く唱えれば、一気にドアが大きく伸びて、先輩でも余裕で通れる大きさになった。廊下に突然、ドアが出現したように見える。


「わあ、すごい、すごい! 綺麗!!」

「行くぞ、転ばないようにな」

「気にしすぎですよ……」

「ドアの敷居部分が高いんだ。爪先が引っかかって転ぶかもしれない。ドアを開いて跨いだら、段差があるかもしれないから気をつけろ。地面からドアが浮いている時もあるんだ」

「うえ~、気にしすぎ!」

「殺人事件の捜査なんてやめたらどう?」

「うるせぇな!」


 先輩がぷんぷん怒りながら私の手を握りしめ、勢いよくドアを開けた。言われた通り、足元に気をつけて跨ぐ。当然だけど、くぐり抜けた先は木漏れび通りだった。歩道の端っこにドアが出現してる。お礼を言おうと思って振り返ったら、ドアの向こうに星雲が渦巻いていた。二人の姿がもう見えない。先輩がさっさとドアを閉めれば、一瞬で消えてゆく。


「お礼を言おうと思ったのに、すぐ消えちゃうんですね……」

「お礼なんて言わなくていいぞ。今後、あの双子には近寄らない方がいい」

「心配性が悪化してません?」

「していない、まったく」


 さっきまで室内にいたから変な感じ。落ちてくるグリーンの光が目に眩しい。木漏れび通りには空がなくて、代わりに、濃淡が違うグリーンの板状になった宝石が繋ぎあわされ、宝石の屋根となって街全体を覆っている。あれが全部宝石だなんて信じられない。それぞれ色が違うグリーンの宝石を通して、降り注ぐ陽射しはまるで木漏れびのようだった。


 煌くグリーンの光に染まっているのは、ベージュ色のレンガで彩られた服屋に、白い塗り壁とオレンジの屋根が特徴的なカフェ、雨にさらされることがないからか、綺麗な白色を保っている石造りのビル。


 広々とした歩道にはベージュ色のレンガが敷き詰められ、黒い街灯と、重たそうな白い花房をつけた樹木が並んでいる。車が走れないようになっているから、人々は何も気にせず、ショッピングバッグ片手に歩いていた。


「うわぁ~……。木漏れび通り、初めて来ました! 素敵、物欲が刺激されちゃう」

「来たことないのか? 有名な観光地なのに」

「だって、宝石がいっぱいあるでしょ!? アクセサリーと可愛い食器、雑貨がこれでもかっていうほど沢山あるのに! お金がいくらあっても足りないので、近付かないようにしてるんです」

「へえ」

「ここ、美味しいケーキ屋さんも多いんですよ! 行きましょう!」

「待て、仕事を思い出せ! アンティークショップヘ向かうぞ」

「はい……。忘れてたわけじゃないんですよ、忘れてたわけじゃ」


 綺麗な街なのに、デートじゃなくて仕事かぁ。別にいいんだけど、テンション下がる。まだ怒っているのか、すたすた歩いて向かう先輩を追いかけ、隣に並ぶ。穏やかな午後だった。


 獣人が物珍しいみたいで、通りすがりの観光客がじろじろ眺めてくる。でも、先輩は平然と歩いていた。どんなに人の視線を浴びても、怯まず、堂々と前を向いて歩いている。歩き方が優雅で見惚れちゃう。尻尾を揺らしながら歩く先輩は、どんな街並みよりも美しい。


「ふっふっふ、楽しいです! 先輩と一緒にいるの」

「何も言ってないぞ? 黙って歩いてるだけだ」

「そうなんですけど。何か特別なことをしなくても、先輩と一緒にいるだけで楽しいんです」

「……」

「見つかるといいですね、キャメルさんが探してる形見、全部」

「だな」

「うわぁーっ、可愛い! 寄り道していいですか!?」

「おい……。忙しなさ過ぎるだろ」

「えっ?」


 ショーウィンドウに飾られている、カタカタ動く雑貨に目が釘付けになった。青い布地に、精緻なレースが縫いつけられたドレスを着てる、お姫様の人形と王子様の人形が踊っていた。しかも、きちんとした赤い緞帳(どんちょう)つきのミニチュア劇場の上で!


 それから歌うクマとウサギのぬいぐるみ、自分に水をかけているゾウ、ショーウィンドウ内を飛び回ってるドラゴン、ひらひらと舞うステンドグラスの羽根を持つ蝶。夏のリゾート地にぴったりなワンピースを着せられたトルソーが並び、すぐ手前は本物そっくりのひまわりとマーガレット、白い小花で埋め尽くされていた。花弁や茎が、木漏れび通りから射し込む光を受けて、宝石のようにキラキラと光り輝いている。


「あっ、あう~……!! 全部欲しい! お金、おかねええええっ!!」

「ほら、もう行くぞ」

「あと少しだけ見せてください」

「……全部回収したら、寄ればいいだろ?」

「だけど、数秒でもいいからあと少しだけ見ていたいんです!!」

「あとでゆっくり見ればいい」

「い、いえ、仕事がありますからね……。行きましょう」


 危ない危ない、誘惑に負けちゃうところだった。急ごう。電話をかけたアンティークショップがこれまた素敵で、天井には煌びやかなシャンデリアが吊り下がっていた。私の欲しいものしかなくてつらい~、右を向いても左を向いても、物欲が刺激されちゃう~。


 陳列された商品を見ないようにしようと思って足元を見たら、私好みの花柄絨毯だった。逃げ場がない。もう気絶するしかない。チャコールグレーで描かれた花の蔓と白い野花。落ち着いて上品なのに、どこか寂しい気持ちになる可憐さが漂う。


 こんなに素敵な絨毯があるのならきっと、お店の商品も私好みで素敵なんだろうな……。必死でおじいちゃん店主の顔を見て、話を聞いた。内容がぜんぜん頭に入ってこなかったけど。私が首を動かさないようにしていれば、先輩がおもむろに青い小箱を取り出す。


「では、確かめてみてもいいですか?」

「どうぞどうぞ。今の女王陛下が即位されたのを記念して作られたキャンディー缶とティーカップなので、同じものが多数出回っているんですよ。うちでは基本的に王室御用達であった、」

「すみません、うんちくを聞く暇はないんですよ。魔術を使って探します」

「つまんないねえ」

「仕事なので」


 少し苛立った様子で切り捨てた。無表情の先輩が青いガラスの小箱に魔力をこめて、ふわっと浮かせる。綺麗。先輩が使う魔術はいつも、冬の気配に満ちていた。銀粉のような、雪のようなものが舞い散っている。やがて、小箱に入っていた金茶色の髪が浮かび上がり、そこから真っ白な光線が出てきた。


「フィオナ! この線を辿ってくれ。あるはずだ、売り飛ばされたものが」

「はっ、はい! 分かりました」

「慌てなくてもいい、別に消えるもんじゃないし。俺も探す」

「動けるんですか?」

「動ける。気を取られてぼんやりしていたからな。少し働いてもいいんじゃないか?」

「すみませんでした……」


 先輩に上の空だってこと、バレていた。髪の毛の束から四本、白い光線が出ている。探してみた結果、窓際の食器棚と店の奥にある雑貨コーナーから、若く美しい女王陛下の横顔が描かれたキャンディー缶と、女王陛下が好きな白薔薇が描かれたティーカップが光線と繫がって、淡く発光していた。これとまったく同じデザインの商品が複数並んでる。魔術を使わなかったら、見つけられなかったかも。


「良かった、あって! 売れてなくてほっとしました」

「……そんなもの、欲しがる客はいなさそうだけどな」

「ええっ、こんなに可愛いのに!?」

「人の顔がついたキャンディー缶だぞ? どうするつもりだ」

「美人の女王陛下の顔がプリントされてるって言ってくださいよ! ほら、ここに可愛い花柄がプリントされてるでしょ? リースになってる、可愛い~」

「花柄のキャンディー缶を買えば済む話だろう」

「美人さんと花柄の組み合わせを楽しむんです」

「そうか……」

「あと、この年代のものだけが醸し出せる雰囲気ってあるでしょう!?」

「そうだな」


 先輩がどうでもよさそうな表情でおじいさん店主に紙袋が欲しいと伝え、割れないように包んで貰った。店主は何度も、アンティークに毛ほどの興味を持ったことがなさそうな若者だった、二度とそんなやつが持ち込んだ品物を買い取ったりしないと言っていた。


「ボケてるんじゃないか、あのじいさん。同じことを何度も言うなよ」

「大変でしたね」

「でも、フィオナに任せたら話が長引くよな……」

「うんちくを笑顔で聞きます!」

「よし、俺の判断は間違ってなかった。次行くぞ」

「はいっ」


 次はネックレスとイヤリング。貴金属買取店だから、素敵な店構えじゃないだろうなと思っていたのに素敵だった。またつらくなった。赤い絨毯に百合の花のシャンデリア、重厚な革張りのソファーと猫脚のテーブル。優雅にお茶でも飲みたくなる雰囲気の店内に、クラシカルなデザインの宝飾品が並んでる。


 己の物欲と戦っている私を見かねて、先輩が代わりに説明してくれた。品の良いスーツに身を包んだ男性店員が、神妙な表情で耳を傾けたあと、ネックレスとイヤリングを出してくれた。高額だったから、すぐに売れなかったみたい。これもさっき貰った紙袋に入れる。


「かさんできましたね……。大丈夫ですか、先輩。私も持ちますよ」

「これぐらいは余裕。俺が店に行って話してる間、周辺の店を見て回ったらどうだ?」

「あっ、甘やかさないでください! 何の役にも立ってないけど、私もついて行きますよ!?」

「パトロールということで」

「や、やめてください、負けそうになっちゃいます……。さあ、早く行きましょう」


 今度の店は若い女の子向けのラブリーなアンティークショップだった。レースに帽子、服とアクセサリー、人形やミニチュア、食器と雑貨を主に取り扱ってる。や、安い、欲しい!! カフェ風の店内に所狭しと、手が届く値段のアンティーク雑貨が並んでいて、理性を失いそうになった。


「も、もう、仕事するのやめて、ここでお買い物しませんか……?」

「店内に客が多い。売れてそうだな」


 先輩の予想通り、探しているケーキ皿とティーポットは売れていた。かろうじて、パールのイヤリングと指輪は残ってたけど。お店の人が憂鬱そうな表情で電話をかけ、丁寧に返品して欲しいと頼んでくれた。お客様との電話が終わってすぐ、金髪のお姉さんが憎々しげな表情を浮かべる。


「どうしてまとめて売り払わなかったの!? 意味が分からない!」

「怒るポイントはそこじゃないかと……」

「だって、他の店にも行ってたんでしょ? まとめて売ってくれたら、迷惑をこうむるのが一軒だけで済んだのに!」

「本当にすみません。ご協力ありがとうございました」

「フィオナが謝ることじゃない」

「先輩」

「少し買って行くか。ほら、好きなだけ物を入れろ」

「わっ、わあぁ~……!!」


 いつの間にか、先輩がレース付きの買い物カゴを持って立っていた。言われるがままに受け取って、ふらふらと店内を彷徨い、気が付けば、ミニチュアのティーセットと繊細な花柄が彫られている手鏡、黄色い花のイヤリングと淡水パールの指輪、本物そっくりの木で出来たアップルパイの小物入れ、絵本から抜け出してきたような、ピンクの可愛らしい人形用ドレスをカゴの中へ入れていた。


「わ、私、そんな、記憶がありません……。いつの間に、こんな、沢山の商品をカゴの中へ入れて……?」

「よし。じゃあ、買ってくる」

「待ってください!! 私じゃないんです、カゴの中に入れたの!」

「後ろから見てたから知ってるぞ。何言ってるんだ? 夢遊病患者のように店内を歩きながら、可愛い、みんな可愛いねってぶつぶつ言いながら、カゴの中に入れていただろうが」

「そんなぁ! 待ってください、ちょっと減らします……」

「減らさなくてもいい。泥水をかけられたんだし、全部俺が買う」


 あ、忘れてた。先輩、泥水をかけられた私よりも気にしてない? 止めようと思ってたのに、先輩が速やかにレジへ行って、文句を言っていたお姉さんが満面の笑みを浮かべながら、素早く商品を包み、苺タルト柄のショッパーに入れてくれた。ああ、無理だった……。止められなかった。


 先輩が素朴なレースで飾り立てられた木製のドアを開き、からんからんとベルが鳴り響く。ありがとうございましたーって、お姉さんが声を張り上げる。


「いい買い物が出来て良かった。つらそうにしてたもんな、フィオナ」

「仕事で来たんですけど、この店……」

「さて、次はブランドバッグを取り返しに行くぞ。バスに乗って移動しよう」

「はい。あの、お金返したいです」

「聞こえなかった。今、なんて?」

「嘘でしょ!? 先輩、すっごく耳が良いのにー!」

「っはは! 聞こえなかったんだから、仕方ないだろう?」

「お金返します!!」

「聞こえないなぁ。もうこの話は終わりにしようぜ、フィオナ。耳の調子が悪いんだ」


 先輩が無邪気に笑った。ああ、まったくもう。私がうっかり恋に落ちてしまいそうな笑顔で見つめないで欲しい。買って貰ったものだから、ラブリーな苺タルト柄のショッパーを奪い返して歩く。心が踊った。


(ま、たまにはいっか! こんなのも)


 その後、無事にブランドバッグを回収して、キャメルさんに全部見つかりましたよって報告したところ、泣いて喜んでくれた。普段、人からここまで感謝されることがないから嬉しい。


「じゃあ、次はクズ男を締め上げる作戦を考えましょうね! 自白剤、どんな風に使うんですか?」

「忘れてなかったか……」

「先輩!? 私も参加しますからね?」

「危ないから」

「やだやだ、参加します!! 一緒にクズ男を締め上げましょうよ!」

「危ないからなぁ……」

「先輩~!!」










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