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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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15.自殺しそうにない女の子と消えた宝飾品

 





 今日という一日に嫌気が差しても、仕事は待ってくれない。どうして私、先輩にあんなこと言っちゃったかな~……。心配されるだけなのに、気を引くために言ったわけじゃないのに。先輩のことだから、冷たいことは言わないんだろうけど。


 私が勝手に心配してるだけ。思い出すと恥ずかしくなる。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう、何も変わらないのに。さっき泣いてしまったことを思い出していると、相談者の女性がテーブルの上に一枚の写真を置いた。


 魚介類入りのトマトパスタを食べてる最中の女の子だった。こっちを見て、明るく微笑んでいる。ウェーブがかった金茶色の髪の毛、楽しそうな薄茶色の瞳。そばかすが散った顔立ちは愛嬌たっぷりで、目が惹きつけられる。夏にテラス席があるレストランで撮ったのか、背後にガラス扉が映っていた。


 オレンジ色のタンクトップと派手なピアス。人生を楽しんでそう。明るくてお喋りな女性。そんな印象を人に抱かせる女性だった。向かいのソファーに腰かけた、写真の女性にそっくりだけど、生真面目な雰囲気が漂う女性が重い口を開き、話し出す。


「この子の名前はエミリア。先週、亡くなった私の妹です」

「……お気の毒に。納得されていないんですか?」


 隣に座った先輩がそっけなく答える。姉妹だったんだ、やっぱり。相談者のアメリー・キャメルさんは黒縁メガネをかけていて、扱いが難しそうな金茶色の髪をひっつめてる。


 顔立ちはよく似てるけど、雰囲気が似てないから? とても姉妹には見えない。かっちりした紺色のジャケットを肘までめくりあげ、動きづらそうな紺色のタイトスカートを履いている。


 うわぁ~、もったいない。余計なお世話なんだろうけど! 彼女は自分の美しさに気が付いてない。髪ゴムをほどいて、メガネを外して、ばっちりメイクして、色鮮やかな花柄のワンピースを着たら、劇的に変わるだろうなぁ。美人さんに変身すると思う。


 私が脳内で白のご令嬢ワンピースや、レモンイエローのカーディガンとフルーツ柄のスカートを着せて妄想している間にも話が進む。いけない、いけない、ちゃんと話を聞かなきゃ!  キャメルさんが膝の上に視線を落とし、声を震わせる。


「妹は自殺するような子じゃないんです。金遣いが荒くて、わがままで、彼氏を常にひっかえとっかえしてる、自分勝手で高慢な性格なんです」

「そうなんですか」

「先輩、反応薄くありません……?」

「いいから集中しろ」

「警察は彼氏に振られたのが原因で自殺したって結論づけましたが、納得いきません! 魔術で真犯人を突き止めて貰えませんか?」


 今回の依頼ってそれ? かなり難しそうなんだけど……。先輩を横目で見たら、深く溜め息を吐いた。あ、受ける気がさらさら無いんだ。面倒臭そうな顔してる。


「あのですね、俺達は警察じゃないんですよ。基本的に魔術絡みの犯罪を捜査する仕事なんですよ。だから、魔術犯罪防止課って呼ばれてるんです。分かりますか?」

「いっ、妹さんを亡くして、傷心中の方にそれはちょっと……」

「大丈夫です、傷心中じゃありませんから。仲が悪かったので」

「へっ?」

「妹さん、魔術師だったりしませんか? それかご家族の方が魔術師なら、動けないことも……」

「捜査は簡単だと思います。犯人の目星はついているので」

「ええっ!?」

「フィオナ、人の話は静かに聞こうな……」

「す、すみません、つい!」


 びっくりした。犯人の目星がついているのなら、どうして警察に言わないんだろう。アリバイがあるから? 分かんない。きょとんとした顔の私を見て、キャメルさんが初めて笑う。笑顔が妹さんにそっくりだった。


「驚くのも無理はありませんよね。……妹は男を見る目が無くて、やめておきなさいと言ってるのに、いつも見るからにだらしない男と付き合うんです。顔しか見ていないんですよ」

「どこかで聞いたような話だ」

「先輩、人の話は静かに聞きましょうよ!」

「ふふっ、ハートリーさんもそうなんですか? 気をつけてくださいね。じゃないと、エミリアのように貴金属を盗まれて殺されちゃいますよ」

「盗まれて?」

「気をつけろよ。当分彼氏を作るな」

「もっ、も~……!! 話に集中してください! 私のプライベートに口を突っ込まないでくださいよ。それで? 盗まれたというのは?」


 先輩がやっと静かになった。キャメルさんが薄茶色の瞳に哀れみを浮かべ、先輩を見つめながらも話を続ける。


「私の曾祖母と祖母が、エミリアにあげたネックレスや指輪が無くなっていたんです。他にも、ブランドバッグや趣味で集めていたアンティーク品が見当たらなくて……」

「盗まれて、殺されちゃったんですね?」

「多分そうです。あの子、金遣いは荒いけど、貰ったネックレスや指輪は大事にしていたから……。あの男が犯人だと思います」

「あの男ってどなたですか?」

「エミリアの元彼です。貢いでいたんですよ。夢中になって指輪やネックレスを売り払ったかもしれないけど、自殺だけは絶対にありえない……!! 自殺なんてするような子じゃないんですよ、本当に!」

「は、ははっ」


 なんて言ったらいいんだろう、こういう時は。誰かに言いたくてたまらなかったようで、拳を握りしめ、膝の上へ視線を落としながら続けた。


「母にいつもお金の無心をしていたし、人の彼氏をとって自慢するような子なんです。わがままで、自分勝手で、ろくに稼いでいないくせにハイブランド品ばかり買って集めて! 昔から散々迷惑をかけられてきました」

「な、なかなか、強烈な妹さんですね……」

「はい。自分が悪くても絶対に謝らないような子が自殺すると思います? 彼氏に振られたぐらいで」

「警察はなん、」

「やり直してくれなかったら死ぬ、って書かれた手紙を見つけて捜査をやめたんです。だけど、妹の常套句なんですよ! いつも自殺をほのめかして、男の気を引こうとするんです。新しい彼女ができた元彼にもそう言って、つきまとっていたんです。警察にちゃんと伝えたのに、ぜんぜん信じて貰えなくて……」


 不満が爆発してる。うっ、つらい。一人で積年の恨み言を聞くのつらいよ~。先輩に助けてって言おうとしたら、先輩は軽く上を向いて、ぼんやり天井を眺めていた。


 絶対絶対、シミとかないでしょ!! あの天井にシミがあって気になるって顔してるけど、真っ白な天井だから。何も無いからこっち見てくださいね~って言おうとしたところ、また積年の恨みが爆発。


「大体、お姉ちゃんにはこんな華やかなデザイン似合わないでしょって言いながら、奪っていったネックレスや指輪をわざわざ二人で会う時につけてきて、これみよがしに自慢してくる妹がそれらを全部売り払って、別れようと思ってる彼氏の借金を清算するなんてありえないでしょ? 警察は何を考えているんだか」

「ほっ、本当におっしゃる通りです!」

「だから、そのことをちゃんと警察に伝えたんですけど、相手にして貰えなかったんです。二年前、妹がクズに振られそうになった時、みっともなく泣いてすがって、大騒ぎして、やり直してくれないのなら死ぬって手紙に書いて送ってやった~って、自慢げに話してたんですよ。クソクズ男はその時の手紙を持ち出してきたに違いありません! 自殺に見せかけるため、妹の死体の近くに置いたんです」


 ははあ、二年前も別れ話で揉めていたんだ。大人しく別れておけば、殺されなかったんじゃないかな……。こうやって手紙が利用されることもなかった。


 まだ犯人って決まったわけじゃないけど、絶対絶対、金にだらしないクソ元彼が犯人でしょ! 捕まえてやりたい。捜査する気満々で振り向いたら、先輩はまだ天井を眺めていた。


「先輩、聞いてます!? 二人で犯人を捕まえましょうよ!」

「交通費が経費で落ちないかもしれないから嫌だ」

「うっ!」

「街中のパトロールをせず、自殺で片付いた今回の件を捜査しているのがバレたら、大目玉を食らうぞ? 人が死んでいるのなら、警察の管轄。警察からの要請があったら動いてもいいが、そうじゃなかったらだめなんだ」

「え~……。魔術を使って、事件を解決させるのが仕事じゃないんですか」

「警察の許可が降りたらいける。いつも勝手に動いてるわけじゃないぞ」

「警察への連絡、いまだにどういう手順を踏んでするのか、教えてくれませんよね……」

「当たり前だ。危険だろう?」


 私に返事しながら、さりげなく写真を突き返した。キャメルさんが顔を歪める。力になりたいけど、だめなのかな。叩けば埃が出てきそうな、プンプン匂うクズ男を調べまくって吊るし上げたい~……!! 


 キャメルさんが写真を無視して、バッグの中から小箱を取り出した。綺麗、ガラス? 半透明の青いガラスで作られた小箱。留め金は真鍮で良い色に染まっている。絶対アンティークだ、可愛い。


「生前、エミリアが気に入って使っていたものです。中に遺髪が入ってます」

「遺髪が!?」

「……」

「妹があれを売り払うとは思えない、可愛がってくれた祖母の形見なのにとクズに言ったところ、俺は知らないと言われました。……せめて、思い出の品だけでも取り返したいのです」


 深々と頭を下げ、震えた声で冷静に語る。私達に頭を下げて頼んでいるわけじゃなくて、泣かないようにするため、頭を下げているように見えた。胸の奥が熱くなる。


 先輩が黙って小箱を手に取り、ゆっくりと開いた。そこにはレースリボンで束ねられた、金茶色の髪がおさめられている。先輩が顔を近付け、匂いを嗅ぐような仕草を見せた。


「お願いします。施錠された家の中にあった貴重なアンティーク品や貴金属が盗まれたのはきっと、魔術師の仕業です。犯人の逮捕までは望みません。魔術を使って探して貰えませんか?」

「分かりました」

「先輩!!」

「喜ぶな。怪しいクズ男を血祭りに上げてやる気満々の顔になってるぞ。絶対に殺人犯は探さない。ただし、盗んだやつを突き止めて刑務所にぶちこんでやる」

「そうこなくっちゃ! ありがとうございますっ!」

「おいおい……」


 嬉しくて抱きついたら、意外にも鬱陶しがらず、頭を撫でてくれた。キャメルさんがほっとした表情を浮かべ、涙ぐむ。ふっふっふー、このまま逃がしてたまるもんか。


 思い出の品々がこつぜんと、妹の家から消えたのは魔術師のせいに違いないって、相談しに来たキャメルさんが強く言い張るので、調べることになった。嘘臭い建前がないと、妹さんの自殺を勝手に捜査したんじゃないかって、警察に勘ぐられる。


「俺はリオルネの警察に厄介者扱いされてるからな。殺人犯をボコボコにしたぐらいで、騒ぎやがって」

「いや、だめでしょ……。他にも騒ぎを起こしてますよね?」

「何だ? 聞きたいのか」

「いいえ、別に……」

「キャメルさん、無くなった物について詳しく教えてください」

「まとめてきました。写真もあります」

「準備がいいですね!?」

「ふふっ、クズ野郎の住所と写真もありますよ~」


 捕まえる気満々だ。手紙のやり取りをしていたから、住所がすぐに分かったらしい。クズ野郎の名前はオリバー・ノートン。いかにも軽薄で女にだらしなさそうな顔立ち。嬉しそうなエミリアさんの肩を抱いて、笑っていた。


 ん? あれ? 見覚えがある。掻き上げた金髪に青い瞳。筋肉質の体と日に焼けた肌。しかも趣味はサーフィン。うーん、同姓同名だったりしないかな……。違うか!! 世間って意外と狭くて、うんざりしちゃう。


「クズ野郎は病弱な母を支えてきたから、貯金がすっからかんでまともな職に就けないそうです。エミリアはバカげた嘘に騙され、貢いでいました」

「うわ~……」

「でも、あまりにも金の無心をされるから、嫌になって別れると言っていたんですよ。その矢先に自殺しました」

「怪しすぎますね!! 警察はまともに働く気がないんでしょうか」

「本当にまったくその通りで……!! 遺書があるから自殺じゃないの一点張り。何度も詳しく説明したのですが」


 あれかな、積年の恨みを爆発させちゃって警察官がうんざりしたのかな。でも、それとこれは別の話。ちゃんと捜査して欲しいけど、無理だろうなぁ……。


 ま、いっか。私達が頑張って捕まえればいいだけの話だもん。見覚えがあるクズ男の写真を睨みつけていたら、先輩がメモ帳を開き、話の内容を書き留めた。


「二人とも、警察官への愚痴はそこまでにしてください。続きはカフェへ行ってどうぞ。さて、無くなった品物の写真を見せて貰えませんか」

「これです。必要なら預けます」

「はい、お預かりします。ただし、見つけられるかどうかは」

「無理なら潔く諦めるつもりです。だけど、何もせずに諦められなくて……」

「売られて間もないのなら、容易に魔術で辿れますよ」

「本当ですか!?」

「はい。一年以内なら余裕です」


 私、三日前に失くしたものを必死で探して、ようやく見つけられたのに。一年以内なら余裕って言い切れちゃうのがすごい。魔術の腕が優れている。簡単に終わればいいんだけど……。


 捕まえて、こう、痛い目に遭わせて吐かせるか、それとも、嘘が分かる魔術道具を使って自白させて警察に突き出すか。うー、先輩はどう思ってるんだろ。面倒ごとには関わりたくない? 人が亡くなっているから、積極的に関わっちゃいけないって分かってるけど、関わりたいよ~。


 人を殺してるのに、窃盗罪で捕まるだけ? 許せない、そんなの。徹底的に懲らしめてやりたい。キャメルさんが男の住所と家の写真、売り払われたと思われるネックレスをつけた妹さんの写真など、その他諸々置いて帰った。


 さ、仕事だ、仕事! やる気が出てきた。泥水をかけられたこと、すぐに忘れられそう。私がソファーに座ったまま、体を伸ばしていると、先輩が心配した表情で話しかけてくる。


「大丈夫か? フィオナ」

「あ、さっきのことですか? もう大丈夫ですよ、完全に吹っ切れました!」

「……」

「私が落ち込んだら、お菓子が出てくるシステムになったんですか……?」

「食え。とっておくなよ」

「はい、ありがとうございます!」


 赤いリボン付きの、美味しそうなフィナンシェ。ははっ、先輩、これどういう顔して買ったんだろう。すっごく嬉しい。先輩から貰ったお菓子は家にまだまだあるし、食べちゃおうっと。リボンを解いて、一口食べてみる。


 ふわぁ、美味しい。上質なバターの香りがする。甘さ控えめの生地にぎゅぎゅっと、卵の旨みが詰まっていた。高級な味がして美味しい~! 食べていると、パーテーションの隙間からニコラス君が顔を出す。


「うわ、びっくりした! どうしたの? 普通に入ってきなよ」

「……二人でイチャついてるのかと思って、覗きに来ました」

「ぶん殴るぞ、この野郎! 仕事中にそんなことするわけないだろうが」

「じゃあ、プライベートではするんですか? ルーカスさんがもうそろそろ付き合う方に賭けているんですよ。困ります。俺は半年後に付き合うって予想してるのに!」

「知るか、どうでもいい。黙れ」

「お願いしますよ! まだ付き合わないでくださいね。半年後なら付き合っても大丈夫です」

「聞こえなかったのか。残念だ」


 先輩が低い声を出した瞬間、素早く逃げていった。怖いのなら、最初から言わなきゃいいのに……。私が最後の一口を食べ終えたのを見て、先輩が覗き込んでくる。


「うまかったか?」

「はい、もちろん! いつもどの店で買ってるんですか? この辺の店じゃないですよね?」

「レストランの焼き菓子を買ってる」

「レストランの?」

「ああ。昔から家族で行ってるレストランが常連限定で販売してるから、そこへ行って買ってる」

「えっ!?」

「もう家族揃って顔を出すことがないからな。たまに顔を出すと喜ばれるんだ。挨拶ついでに買ってる」


 お、お坊ちゃま~……。昔から行ってるレストランって! 普通のレストランじゃないよね。誕生日や祝祭があるたびに、フルコースを家族みんなで食べに行ったりしてたのかなぁ。すごい。だって、普通の庶民が行くようなレストランで、高級な味のフィナンシェをお得意様にだけ販売ってない、ない、絶対にない。住む世界が違う。時々そう感じてしまう。


「もっとゆっくり味わって食べれば良かった~……!! あ、このクズ男、私の知り合いです」

「は!? 今、なんだって?」

「あっ、もう一つくれるんですね。やった、嬉しい!」


 呆然としている先輩がはっと我に返って、質問攻めにしたそうな表情で私にもう一つ、フィナンシェをくれた。これにも赤いリボンがかけられている。可愛い~。


「で? 知り合いって、お前、まさか」

「元彼の友達でした。今でも付き合いがあるのかどうか、そこまでは分からないんですけど」

「……今でも、元彼と連絡を取っているのか」

「いや、取ってません。速攻消しました。連絡先も記憶も」

「ならいい。オリバー・ノートンについて詳しく教えてくれ」

「頑張ったら元彼と繫がれますよ。私の女友達がまだ連絡を取っているので」

「おい、やめろ! 余計なことはしなくていいから」

「え、でも、だって……」


 元彼の方がクズ野郎こと、オリバー・ノートンと仲が良いんだから、連絡を取って色々聞いてみたら、有力な情報が得られるかもって伝えると、分かりやすくイライラし始めた。先輩って本当に過保護。


 もし、そいつらがグルだったらフィオナが危ない、とにかく連絡は取らなくていい、絶対にやめろ、この話はおしまいだと言って立ち上がる。


「魔術で辿るぞ。こうしている間にも売り払われるかもしれない」

「はい! さっきまで乗り気じゃなかったから不安だったけど、乗り気になったみたいで嬉しいです」

「……思い出の品だからな。他人の手に渡ると悲しむだろう」


 先輩はなんだかんだいって優しい。貰ったフィナンシェをポケットへ突っ込み、相談室から出る。よし、頑張ろう。クズ男を捕まえて、刑務所送りにしてやりたい。










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