12.よく似た兄妹と誤解するヒュー
「何なんだ、あの男は。絶対フィオナに気がある、絶対。何度も俺はお兄ちゃんだからって言いそうになったぞ」
「……お兄ちゃんって宣言して、一体どうなるの?」
「焦るだろ!? 下心がある男は焦るんだ、むかつく、むかつく……!!」
チョコミントアイスとフルーツが山盛り載ったパフェを、がっ、がっとスプーンで崩しながら、歯を食い縛っていた。相変わらずだな~……。会って早々、仕事やめろって言われたし。無視したけど。せっかくの休日だから、これまで撮った先輩の写真を整理して、アルバムに振り分けたかったんだけどな。
刺激が強すぎる写真は小さめの、黒い高級なアルバムに入れてある。肌見せ率が高いアルバムと低いアルバムを作らないと、外出先で見た時、照れ臭くなっちゃうんだよね。分けるのって大事。嫌そうな顔してる先輩の写真だけ集めたアルバムがあるって知ったら、引かれるかな……。言わないでおこう。
ふかふかの分厚いホットケーキを切り分け、果実の粒がいっぱい入ったベリーソースをかける。祝日なのに、人が少ない。白を基調にしたソファー席だらけの店内は静かで、冷房がよく効いていた。やっと気持ちが落ち着いてきたみたいで、アイスを攻撃する手を一旦止めて、睨みつけてくる。
「なぁ、本当に付き合ってないんだよな!?」
「さっきからその質問、何回目? まったくも~……」
「だって、フィオナが静かだし! お兄ちゃん困るよ、あんなのにストーカーされたら守りきれない」
「されないって! 先輩はそんな人じゃないから、優しい人だから! どちらかと言えば、私がストーカーだし」
どうしてしつこく疑うの? やっぱり、差別意識があるからかな。困った顔の私に目もくれず、親の仇だと言わんばかりの表情でアイスを崩していた。
「どうだか! 俺に殺気飛ばしてきたぞ、あいつ。フィオナがもう少しまともで、ああ、いや、誰とも付き合わなくていい。仕事が楽しいって言ってたよな? 仕事が恋人ぐらいでちょうどいいと思う」
「転職しろって言ってたくせに」
「お兄ちゃんが紹介してあげるから!!」
「いらない。どうせ、お父さんの息がかかった企業へ就職させられるだけでしょ……」
数年前、事業を拡大中って言ってたけど。今、どれぐらいあるんだろう、系列店。飲食店もエステも経営してたよね? 確か。油断してると利用しちゃいそうで怖い。奥様との鉢合わせだけは絶対に避けなくちゃ。あの人、庶民が行くような店を利用しそうにないけど。黙々と食べていたら、悲しげな溜め息を吐いた。
「フィオナ~……!! 怪我したら危ないだろ? 大人しく転職してくれよ」
「道を歩いていても、怪我する時は怪我するじゃん。心配いらないから」
「うー、だけど!」
「あっ、そうだ、先輩の写真でも見る? 人見知りだから普段はあんな感じだけど、すっごく優しく笑うの!」
「人見知りだってぇ~……?」
「うん。本人もそう言ってた」
写真を見たら、リックも絶対考えが変わるはず。バッグから小さめのアルバムを取り出したら、憤怒と嫉妬がない混ぜになった表情を浮かべる。早くシスコンを卒業して欲しいなぁ。歴代元カレにされてきたことを話したら、荒れそう……。アルバムを開き、一番優しげに笑ってる先輩の写真を指差したら、すっと無表情になった。
「こ、こいつ……」
「ねっ!? 素敵でしょ!? それ、二人でカフェに行った時の写真なんだけど」
「カフェか、許容範囲内だ。あとは二人でどこへ行ったんだ?」
「ご飯食べに行ったり? もうやめてよ~、先輩の写真をちゃんと見てよ!」
「デート写真なんか見たくない!!」
「デート写真じゃないからね!?」
「絶対気がある。この写真を見て確信した。クソ野郎が、地獄に落ちろ!」
「相変わらず、過激思考なんだから……。ねっ? 先輩、かっこいいでしょ~! うふふふ」
「俺はもう何も聞こえない、見えない。パフェをひたすら食すのみ」
私が初めて彼氏いるって報告した時とまったく同じ反応じゃん。先輩のかっこよさを語りたかったのに、つまんない~。突き返されたアルバムを開いて、優しく微笑む先輩の写真を見下ろす。へっへっへ、よだれ出ちゃう、消化が促進されそう。出会ったばかりの頃と比べて、表情、本当に柔らかくなったよね。私に向ける笑顔を他の人にも向けたら、もっともっと上手くやれるし、怖がられずに済むのに。
(ま、人見知りだからしょうがないか)
アルバムを閉じて、ふとリックを見てみれば、苦々しい表情を浮かべていた。何その顔。嫌いな人と偶然会った時の顔してる。
「フィオナは好きなんだな、そいつのことが……」
「好きじゃないけど。付き合ったりしないって」
「はああ!? じゃあ、なんでそんな目で写真を見てるんだよ。今まで見たことがない顔をしてたぞ」
「好みのタイプだから! 好きな顔立ちなんだよ~、あ、好きじゃないからね?」
「混乱してきた。フィオナってそんなこと言うタイプだっけ?」
「……好きな顔立ちだから、付き合いたくないの。だって、負けるじゃん!?」
「うん? 分からないって。ちゃんと説明してくれよ」
お兄ちゃんが混乱していた。あんな顔と付き合ったら心臓が爆発する。言いたいことも言えない、我慢してしまう。付き合っていく内に、先輩が「あれ? 何か違うな?」って言いたそうな顔するところなんて、絶対に見たくない。付き合ったら絶対上手くいかないもん!
近すぎると、幻滅されちゃうから。付き合ったら関係が壊れて、もう二度と会えなくなっちゃうから。一番近いところで無責任に騒いでいたい。必死で説明したら、訳が分からんって顔になった。
「あー、じゃあ、付き合わないってことでいいのか? 警戒する必要、無さそげ?」
「もちろん!! 大丈夫だよ、絶対に付き合ったりしないから。先輩にもそう言ってるし」
「へぇ~……。ざまあみろ」
「先輩に可愛がって貰える後輩でいたいな~、定期的にご飯食べに行きたい」
「いいか? フィオナ。警戒しろよ、絶対あいつには下心がある。フィオナはちょろいから心配だ」
「ちょろくないから!!」
「一度、徹底的に拒絶しておけ。改めてもう一度、絶対に付き合うつもりがないって言っておくんだ」
「……時々、アンソニーお兄様と似てるよね」
「えっ!?」
一番上の兄は堅苦しくて真面目。二番目の兄はお喋りで陽気。三番目の兄は不思議ちゃんでとらえどころがない性格。微妙に顔は、まあ、うん、似てるんじゃないかな? 言動がまったく違うけど、似たところがあって面白い。似てると言われたからか、ものすごーく複雑な顔をしていた。
「似てるかな~……? 俺はちゃらんぽらんだけど。似てないだろ」
「似てるよ、似てるー。さっきの言い方、そっくりだった」
「ぜんぜん頼ってないんだって? 兄さんのこと」
「す、少しは頼ったよ、少しは」
「だよなぁ。フィオナが頼りに出来るのは俺しかいないよな!」
「んー」
「返事してくれよ、そこは。お兄ちゃん、寂しいな~」
三人で争ってるんだよね、多分。いや、アンソニーお兄様は争ってないか……。一番下の兄と二番目が争ってる。年が離れた妹の私を可愛がりたい気持ちは分かるけど、争う材料にして欲しくないな~。同性の兄弟って張り合いがちなの? 黄色いトロピカルジュースを何となくかき混ぜ、一口だけ飲む。
(ということは、いつ来てもおかしくないってこと? どうせ、リックお兄ちゃんが自慢するだろうし……)
これ以上、先輩に疑われたくない。勘が鋭いから、私とリックが兄妹だって気付きそう。アンソニーお兄様も職場まで来たし、何なの、一体。放っておいてよ。愛人の娘だって周囲にばれて、気まずい思いをするのは私なのに……。二人は正妻の子どもだから。不倫の末に生まれた子どもじゃないから、後ろめたく感じることも、怯えることもなくて、私の気持ちが分からないのかもしれない。
「フィオナ、今の職場、やめた方がいいと思うんだけどなぁ~……?」
「絶対やめないからね! もう二度と職場に来ないで、知られたくないから」
「ごめん、本当にごめん。彼氏候補とイチャつきながら帰ってるとは思わなくて」
「イチャついてないんだけど!?」
「そうか? 空気が甘かったけど。あ、あいつ、フィオナを見ながら嬉しそうに尻尾を揺らしていたの思い出した……!!」
「気のせいじゃない?」
先輩のご機嫌、リックと別れてからの方が良かったし、完全に気のせいだって。説明したのに分かって貰えなかった。敵認定したみたいで、悔しそうに歯軋りしてる。
「くっそ! フィオナは可愛いからすぐに余計な虫がつく!」
「……さっきも言ったけど、私がストーカーなんだよね」
「えっ!? 分かった、フィオナに好かれるって、あいつ勘違いしちゃったんだろ!? 絶対そうに違いない!」
「話聞いてた? 先輩に会うため、よく行きそうなスーパーとか、仕事で回ってそうな場所にひたすら行ってたんだよ。今の職場で働く前に」
「だから、フィオナのことが好きになったんだ。偶然会い続けたせいで、運命と勘違いしたんじゃないのか?」
「うーん」
説明すればするほど、誤解が深まってゆく。説明するの無駄かも、諦めよう。無心でホットケーキを切り分けていたら、目元を手で覆い、打ちひしがれた。
「やっぱり、フィオナはあいつのことが好きなんだな……」
「違うって。気のせいでーす」
「だって、後を付け回してたんだろ!? 物陰から写真を撮ってたんだろ!? つまり、好きってことじゃん!」
「どういうこと? 顔が好みのタイプだから、写真撮ってただけだよ」
「自宅を特定して、手紙を入れたりしてないよな? 好きだから暴走しちゃう気持ちはよく分かるんだけど、相手を怖がらせるからやめておいた方がいい」
「……そういう考えでいるから、ストーカーされるんじゃない?」
「なんで!?」
昔から変な女性に付きまとわれているせいで、ストーカー行為が愛情表現だと思っちゃってる。だから、私がストーカーしてると聞いて、怯まなかったんだ。先輩が鬱陶しがっていたことを話したら、ぜんぜん甘酸っぱい雰囲気になってない、良かったって、安心してくれるかと思ってたのに。リックが溶けて、液状化したアイスを掬い上げ、神妙な表情で口に含んだ。
「俺の何が悪いと思う? 好きだから盗撮しちゃうんだよな……?」
「んー、間違ってる。普通の女性は盗撮なんかしないから」
「でも、周囲に普通の女性扱いされてる女性も盗撮とか、俺の尾行をしてたんだけど?」
「普通じゃなかったんだよ、最初から」
「見分け方教えてくれー!! 分からん」
「私だって分かんないよ。浮気する男性、浮気しない男性、どうやって見分ければいいの?」
「お兄ちゃんが紹介してあげるから、そいつと付き合えばいいよ!」
「ごめん、信用出来ない……」
「えっ!?」
変な女性に引っかかってるお兄ちゃんが紹介する男性って、信用出来ない。無理、無理。絶対無理だから。あ、私が女友達紹介してあげたらいいのかも? でもなぁ、腹違いの兄妹だっていずれ、ばれちゃうだろうし……。口が軽いから信用出来ない。
信用出来ないって何回も言ってたら、落ち込んでうなだれていた。店を出てからも落ち込んでいて、暑いのにずっとぐだぐだ言ってた。私、暑いと文句言う気力が失せるんだけど。元気だなぁ。
「も~、いい加減にしてよ、お兄ちゃん。悪かったから、ごめんね!?」
「いいんだ……。ちょっとショックを受けただけ。信用出来ないか、そうだよな」
「私、帰った方がいい?」
「ごめん、買ってあげるから! 何でも買ってあげるからやめて!!」
この状況で貢いで楽しいのかな……? このまま帰るとショックを受けそうだったから、開き直って服を買って貰うことにした。夏の新作が沢山出てるんだよね、楽しみ! いつもの店に行こうと思ってたのに、リックに連れて行きたい店があると言われ、ついていく。
美しく整えられた歩道を歩いていたら、ベージュピンク色のタイルが敷き詰められた、分厚いガラス扉が印象的な、高級路線の店に迷わず入っていった。お、お坊ちゃまだ……。知ってたけど。気後れせずに入るなり、路面に面したショーウィンドウに飾ってあるワンピースを指差した。
「あれはどうだ? 似合いそうだけど」
「た、高いやつじゃん、やめようよ……」
「気にしなくていいんだよ、フィオナちゃん。お詫びだし」
どうしてだか、私を甘やかしたい時、ちゃん付けで絶対呼ぶ。止めても買いそう。せっかくだし、ワンピース、試着だけでもしてみようかな? 光沢とハリがあって、お上品な生地。淡いラベンダーピンク色に染まっていた。綺麗。花畑に来て行きたくなるような、フレンチスリーブのワンピース。試着してみたら、リックが顔を綻ばせ、喜んでくれた。
「いいね! 可愛い、似合う~! すみません、これください」
「即決しちゃうの!?」
「そこまで似合っていたらね、買っちゃうよ。あ、でも、これ、トラ野郎とのデートに着ていくのか……」
「行かないから! デートしたことないし」
「いいか!? 頼むから、お兄ちゃんと買った服をデートに着て行かないでくれよ!」
「大丈夫だって……」
「これに合わせてカーディガンでも買う?」
パールボタンがついた白いミニ丈のカーディガンに、紺色のリボンカチューシャをあわせて買った。意外と、カチューシャの紺色リボンとラベンダーピンクがよく合う。白いパンプスを履いたら、完全にお嬢様。うーん、服の力ってすごい。
気を良くしたリックが追加でフリルブラウス、水彩タッチの青い花柄が浮かんだスカート、それに合わせた半袖リボンニットを買う。まだ物足りないのか、今度はマネキンがかぶっていた麦わら帽子を手に取る。
「次はこれ! 絶対似合うぞ~、可愛い」
「もうやめようよ、きりがないって」
「これだけだから! あとこれを買っておしまいにするから!」
それ、買って貰う側のセリフじゃない? 呆れた顔の私を見て、嬉しそうに笑い、麦わら帽子を載せた。真っ赤なリボンがついた麦わら帽子。可愛いけど、服を選びそう。真っ赤なミニ丈のワンピースを持ってるから、それに合わせてみようかな……。冷房が効いた、高級感あふれるブティックで買い物をしていると、色んなことが忘れられる。
「いやー、楽しかったな! 次はどこに行く? フィオナちゃん」
「もう帰りたーい、疲れた」
「ホテルでお茶でもするか?」
「さっき食べたばかりじゃん……」
「飲むだけ、飲むだけ! 行こう。ソファーがあってくつろげるし」
「えー、帰りたいんだけど」
「お兄ちゃんと一緒に晩ご飯も食べような!!」
「決定事項なの? それ。もー、しょうがないなぁ」
過去イチ変な女性に追いかけ回されて、疲れたみたいだし、ちょっとぐらいストレス解消に付き合ってあげてもいいか。私の荷物を全部持ちながら、意気揚々と歩いている。上機嫌な横顔がお父さんそっくりで、胸の奥が痛んだ。スクランブル交差点には大勢の人々が行き交っている。
今、ここにいる人達みんな、愛人から生まれたわけじゃないんだろうな。あー、やめよう! 憂鬱な気分になっちゃう。日陰者。奥様から昔、言われたことを思い出しながら、リックの袖を掴んで、人と人の間を縫うようにして歩き、ホテルへ向かった。ちょうど、奥にある窓側のソファー席が空いていた。早速、大きなソファーに座って、まぶたを閉じる。
「あ~、疲れた! 冷たい紅茶かハーブティーが飲みたい……」
「はい、メニュー。どうする? シャーベットでも頼むか?」
「シャーベット! いいね、それなら食べられそう。小さいだろうし」
「俺は何を頼もうかな~」
「えー、また食べるの? 大丈夫? 残したりしない?」
「大丈夫、大丈夫。軽めにサンドイッチ食べるだけだし」
「意外とよく食べるよね……」
超甘党で一緒に色んなもの食べられるのは嬉しいけど、時々、リックの胃袋が心配になる。ドライフルーツが入った冷たいハーブティーとアイスコーヒー、夏限定のメロンシャーベットとサンドイッチを頼んだ。
先に運ばれてきたハーブティーを飲みつつ、やけに高い天井を眺めながら、自堕落的に過ごす。足の裏が痛い~……。どうせこのあとも連れ回されるんだから、体力回復しておかなくちゃ。アイスコーヒーを飲みながら、買った商品が全部入っているかどうか、確かめているリックがふいに話しかけてきた。
「そうだ。赤ちゃんの写真、見るか? 兄さんの子ども。フィオナに見せようと思って、エコー写真貰ってきた」
「あ~、うん。だけど、リックの甥っ子か姪っ子でしょ? なんかよそよそしい」
「んー、叔父さんの自覚がまだ芽生えてないから。でも、可愛いぞ~! 男の子だった」
「へえ、見せて見せて」
リックはいつもアンソニーさんに対してよそよそしい。私が十八歳になった時、三兄弟集まって、みんなでご飯食べに行ったけど、空気が地獄だったな~。笑っちゃった。アンソニーさんと一切喋らない二人。お父さんが気を使って話しかけてたけど、三人が仲良く喋ることはなかった。目も合わさない。
なのに、険悪な関係に見えなくておかしかった。今さら何を話せと言うんだ、早く帰りたいって、三人の顔に大きく書いてあった。私が笑っているのを見て、リックが赤ちゃんの写真を持ったまま、きょとんとした顔になる。
「どうしたんだ? フィオナ」
「っふふ、思い出し笑いをしてただけ~。まだアンソニーさんと仲が悪いの? 仲が悪い訳じゃないんだろうけど! ぜんぜん喋ってない? 遊びに行ったんでしょ」
「ああ、うん。義姉さんは話していて楽しいタイプだから……。まったく顔を見せないのもどうかと思うし。お腹の中にいる赤ちゃんに話しかけて、プレゼント渡して、お茶を飲んで速攻帰った」
この話になると、顔が曇っちゃう。確執があるわけじゃないけど、無表情だから何を考えているのか分からない、真面目すぎて窮屈だって、私が子どもの頃から言ってた。
「アンソニーさんと何か喋った?」
「……久しぶりですって挨拶したら、ああ、久しぶりだなって言われて。おめでとうございますって言ったら、ありがとうって言われたよ」
「それだけなの? 面白い」
「帰る時にありがとうございました、失礼しますって言ったら、ん? そういや、何も言われなかったな~……。無言で頷かれたよ。感情が無いんだろ、兄さんは」
「一応、ありそうだけどね。よく怒られるもん!」
こんこんとお説教された話をしていたら、サンドイッチとシャーベットが運ばれてきた。赤ちゃんの写真を見比べ、鼻が私に似てるとか、目元がアンソニーさんそっくりだとか、やっぱり生まれたらお義姉さんそっくりかもとか、ぺちゃくちゃ喋りながら食べる。
何だかんだ言って楽しい。話が尽きない。お喋りの合間にハーブティーを口に含んだ瞬間、私のイケメンセンサーが反応した。というか、めっちゃ視線を感じる。振り返ってみると、かなり離れたところに先輩が立っていた。目が合う。綺麗な女性とエレベーターを待ってるのかな、あれ。
「うわぁっ!? ス、スーツ! 見たことがないスーツ着てる!!」
「スーツがどうしたんだ? オーダーメイド品の話?」
「違う、違う! 先輩がいるんだって、あそこに!」
「女連れだな。フィオナ、現実を見ろ! 遊んでるって、絶対ああいうタイプは!」
「デートなら、邪魔しちゃ悪いよね~……。うわああっ、やめよう! スーツ姿、拝みに行きたかったけどやめるぅ」
目が合ったから、会釈だけしておこう。笑って会釈したら、とたんに先輩の表情が曇る。へっへへへ、視力良い方じゃないのに、遠くからでも眉間のシワが分かる~。先輩限定? 先輩を見る時だけ、視力が上がっちゃうのかな?
上質な黒いスーツに、掻き上げられた銀髪。胸元のポケットには白いポケットチーフが挿してある。遠くからじっくり眺めていると、傍らにいる、綺麗にドレスアップした女性に話しかけた。
(あっ、もしかして邪魔されると思ってる!? 連絡しなきゃ、先輩に!)
急いでバッグから魔術手帳を取り出し、目にも止まらぬ速さで大丈夫ですよ、デートの邪魔なんてしませんよって書いて送る。先輩がズボンのポケットから小さめの魔術手帳を取り出し、開いて、思いっきり顔を顰めた。しっ、信じてないの……!?
「おいおい、二人で何してるんだ!? やめろよー、無言で通じ合ってるところ、お兄ちゃん見たくない!!」
「絶対、私のお兄ちゃんだって言わないでね。言ったら怒るよ」
「……いいと思うんだけどなぁ。俺達が腹違いってわざわざ説明する必要ないし」
「トラウマになってるんだって!」
愛人の子って言われて、しつこく嫌がらせをされたからトラウマになっちゃってる。先輩はそんなことするようなタイプじゃないけど、分からないじゃん。嫌悪感が表情に出るかも。ちょっと頑固で潔癖なところがあるし……。綺麗な女性と話し終わった先輩が、こっちへ来た。なんで!? 返信は!?
「えっ、逃げたい。どうしよう? なんでこっち来るの!?」
「好きじゃないんだな、本当に。良かった~」
「こっち来る前に返信してよ。デートじゃなかったのかな?」
「ま、待て、ぜんぜん良くない!! フィオナが好きってことだろ!? 誤解されないようにこっちへ来て、違うんだ、デートじゃないんだって言うつもりだぞ、あいつ!!」
「そろそろ黙って! いい加減にしないと怒るよ」
「で、でも、だってさぁ~……」
睨みつけて黙らせてから、立ち上がる。お兄ちゃん絶対余計なこと言うでしょ、離れるのが正解。私がこっちへ来るのを見て、先輩が立ち止まった。あ、お茶したいわけじゃないんだ。ポケットに手を突っ込み、静かに佇んでいる。
「先輩、かっこいい~! 写真撮ってもいいですか!? 見たことないスーツですね、よく似合ってます!!」
「……その前に、何か言うことがあるだろ?」
「へっ? こんにちは?」
「デートか? あいつと」
「いや、ホテルにお茶しに来ただけです。いいんですか? 綺麗な女性放っておいて。あれ、もういない……」
「俺はデートじゃねぇから。誤解してるだろ? 誤解を解きに来たんだ」
「リックの予想が当たってた! うわっ、何でもないです。今の、聞き流してください……」
根掘り葉掘り聞かれたくない。先輩が私を見下ろしつつ、銀色の瞳を細めた。ひゃあああっ、かっこいいけど、なんか、怒ってない……? 気のせいかな、気のせいだって思いたい。
「あのー、先輩? どうしたんですか、怒ってます?」
「怒ってはいない。二人で買い物してたんだな」
「はい。あっ、貢がせてませんよ!? 自分の、自分のお金で買いました!」
「どうでもいい。気を持たせるようなことするなよ。隙があるから、元彼に付きまとわれて刺されかけるんだろうが!」
「うっ、でも、本当に何もしてないんですけど……」
「ちゃんと拒絶しておけ。調子に乗るぞ、あいつ」
リックと同じこと言ってる。笑いが堪えきれなくて、口元を押さえたら、怪訝そうな表情になった。
「調子に乗るようなタイプじゃないから大丈夫ですよ。本当にデートじゃないんですか?」
「……いとこの結婚式に出席してた。俺の親戚。トラ耳と尻尾がついてただろ?」
「ぜっ、ぜひ、紹介して欲しかったんですけど!?」
「絶対に嫌だ。このあと時間あるか?」
「あ、すみません、無理です。リックと店を見て回る予定なんですよ」
先輩の眉間に深いシワが刻まれた。もしかして、貢がせる女認定されちゃってる!? ソファー席に何個もショッパーが置いてあるし、フィオナって、自分に気がある男に貢がせるタイプなんだなぁって思われてる可能性大。一気に冷や汗が出た。
「違いますからね!? リ、リックが今度、デートに着ていく服を選んで欲しいって言うから、付き合う予定なだけで」
「彼女とのデートに着ていく服をお前が選んじゃだめだろ」
「いや、まだ付き合ってないんですよ……。とにかくも、貢がせていませんから! それじゃっ」
「おい、話はまだ終わってねぇぞ」
「えっ?」
先輩が急に、私の手首を掴んできた。見上げたら、超絶苦々しい表情を浮かべ、私の手を放した。掴まれた手首に、手のひらの体温が残る。
「貢がせてるとは思っていない。もしも、あいつがしつこく言い寄ってきたら、俺と付き合ってることにしていいから」
「は、はい」
「じゃ、悪かったな、引き止めて」
「……スーツ姿、撮りたかったんですけど。今度その格好で出勤してくださいよ! いつもより二時間早く。撮影したいので」
「アホか。でも、休みの日ならいい。今度俺と一緒にディナーでも食いに行くか?」
「おっ、おおうっ!?」
「また妙な声が出たな」
こんなかっこいいスーツ姿の先輩と高級店に行ったら、絶対死ぬ。食べるどころじゃない! 顔を真っ赤にさせる私を見て、先輩が愉快そうに笑っていた。
「やっ、ややややめておきます……!! 緊張しちゃうので」
「だろうな。それじゃ、帰る。フィオナも暗くなる前に帰れよ」
「はい! 先輩も気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、また職場で」
「はーい!」
変な汗を大量にかいちゃった。優雅に去っていく先輩の後ろ姿を盗撮したい欲求に駆られつつ、席に戻る。あー、心臓に悪い。かっこよかった! 余韻に浸りたかったのに、超絶不機嫌そうなお兄ちゃんに出迎えられた。
「おかえり、フィオナ……。随分と楽しそうに喋ってたな」
「はっ、ははは、も~、気にしすぎだって! このあと何する?」




