10.仲直りと戦利品
やばい、夕方になっちゃった。どうしよう? こんなの、さくっと言って終わりだと思っていたのに。今日を逃せば、呑気に「せんぱ~い、私、あの女殺しと連絡先交換したんですよ~!」って言えなくなっちゃう。いつもなら気軽に言えるのに、他の人になら、どんなに気まずい空気が漂っていてもさくっと言えるのに! 先輩を前にしたら、言葉が出てこない。
(やっぱり先輩の顔が良いから? 私のお喋りを封じてしまうだなんて、さすがは先輩の顔立ち!)
イケメンの前だと緊張して、饒舌になっちゃうのになぁ~。ふと、アンドリュー君にキスされたことを思い出した。やばいやばい、イケメンつながりで思い出しちゃった。はい、記憶から消去。私の友達と上手くやってるといいけど。
長く続いている階段を上りきったら、ちょうど、先輩が逃げたひったくり男の胸ぐらを掴んでいる最中だった。どこにでもいそうな、黒Tシャツに短パンを着た男が「放せよ、放せ!!」って言いつつ、暴れている。
空はすっかり赤く染まっていて、こんな時じゃなかったら、見惚れてしまうほど綺麗な光景。首都リオルネの街並みが一望できる。遠くの方には時計台がそびえ立っていて、広場にいる、飼い犬を連れたおじいちゃんが美しい景色を横目で見ながら、のんびり散歩していた。
「先輩! よっ、ようやく、追いつきました……!! すみません、遅くなって」
「いいんだぞ、別に。ゆっくりで」
「聞いてんのか!? 人の話! このっ、獣耳野郎!」
「ひったくりをしたお前が悪い。運が悪かったと思って諦めろ、逃げるな」
良かった、先輩が冷静に対処していて。たまーに差別発言を聞いて、相手をフルボッコにしちゃうんだよね。男が先輩の足を蹴ってるけど、びくともしない。ひたすら冷静に胸ぐらを掴み、無表情で相手を見据えていた。これ、いけるんじゃない? さくっと話すのなら、今じゃない!?
「あ~、大したことないんですけど、話がありまして!」
「大したことないなら、あとにしてくれよ……。この状況が見えていないのか?」
「何だよ、クソ女。うがっ!?」
「フィオナに悪態つくたび、お前のことを蹴り飛ばす。大人しく捕まれ、手荒な真似はしたくないから」
「もうしてるじゃんかよ! ふざけやがって、カス野郎!」
うーん、どうしよう。やめておくべき? でも、今の蹴りで男が若干大人しくなった。やっぱり、今しかないかも。先輩のことだから、さっさと黙らせるだろうな~と思って話しかけてみたんだけど、今度からよく考えた方がいいかもしれない。ト、トイレから出てきてすぐ話しかける……?
「大したことないのでやめておきますね! すみませんでした……」
「落ち込むぐらいなら、さっさと言っちまえ。こいつが空気を読んで、大人しくしたらいいだけの話だもんな」
「おい。胸ぐら掴んだまま、何の話をする気だよ。せめて俺のことを放せ!」
「うわーっ、すみません! ちゃっちゃと終わらせますね。実は私、アーノルド様と連絡先交換したんですよ! あの女殺しと」
「はああっ!?」
先輩が思いのほか、びっくりして男を放しそうになった。チャンスとばかりに先輩の手を振り払おうとしていたけど、男が顔を殴られてうめいた。び、びっくりしたー……。先輩、何のためらいもなくぶん殴った。もう一度、鋭い目つきで男の胸ぐらを掴む。
「っぐ、ふ……」
「で? 何だって? あの女殺しと連絡先交換したって? 俺の聞き間違いだよな」
「いえ、合ってますよー! もう、先輩ってば、耳が良いのに聞き間違いなんてするわけ、」
「うあっ!?」
「先輩、暴れていないのに殴ったらだめですよ!?」
「いや、こいつは今、確実に暴れようとしていた。正当防衛だ」
「苦しそうな顔して、うつむいてるように見えましたけど……?」
「気のせいだな、暴れようとしていた」
気のせいで押し通すつもりらしく、呆れた表情を浮かべながら、腹を殴られてむせる男に向かって「大人しくしろよ、いい加減」と言っていた。先輩、かっこいい! 横顔のラインが赤い夕陽に照らされて、いつもより神々しく見える。仕事じゃなかったら、先輩とのんびり街並みを眺めたかったな~。
「お、お前、ぜってぇ今の、八つ当たりだろ……!?」
「八つ当たりじゃない、暴れようとするからだ」
「今日は冷静なので、八つ当たりじゃありませんよ! 普段はもっと酷いので」
「……で? 女殺しに惚れて迫った結果、連絡先を交換して貰えたのか?」
「違います、向こうが聞いてきたんですよ」
先輩、私の主食がイケメンだと思ってない? 恋愛する気ないから、連絡先交換なんてしないのに。渋い表情で首を振った私に目もくれず、男を睨みつけながら、胸ぐらを掴み直した。
「へー、向こうが。詳しく聞きたいな、その話。まずはこいつを片付けるか」
「けっ、警察でも何でも連れて行けばいいだろ!?」
「警察に連れて行ってください、と言え。早く」
「警察に連れて行ってください、お願いします!!」
怯えた表情の男を見て、先輩が舌打ちした。絶対、口答えしたらもう一発殴るつもりだったんだ……。おかしいな、今日は冷静だと思ってたんだけど。あ、さっき、私に悪態をついたから? 先輩はこう見えて優しいから、気にしているのかも。あんな発言で傷付いたりしないんだけどね。
「ちょうどいいタイミングで話しかけてくれて助かった。ありがとう、フィオナ」
「えっ!? わ、悪いタイミングだったような……?」
「いやいや、ちょうど良かった。今度からそういう話をする時は、俺が犯人を取り押さえている時にしてくれ」
「分かりました。冷静になれるんですか?」
「ああ、ものすごく冷静になれる。頭が冴えるんだ」
「いいですね! じゃあ、そうします。ええっと、連絡先交換した話をすればいいんですね? あ、雑談で気をまぎらわせる的な?」
「もうやめてくれよ、俺を巻き込まないでくれよ……」
後ろに回した両手を先輩に掴まれながら、階段を降りている男が弱音を吐いた。気持ち分かる、先輩の殺気がすごい。弄ばれそうと思っているのかなぁ、違うんだけど。多分アーノルド様は、自分を見て騒がない人と話したいだけだと思う。
「大丈夫ですよ、先輩! 向こうに弄ぶ気なんてありませんから。ただ、一目惚れしない女性が珍しいみたいで」
「意外だな、惚れると思っていた」
「ははっ、まさか! 先輩の顔がタイプなので惚れたりしませんよ~! 超絶イケメンだけど、先輩の足元にも及びません。先輩の顔の方が好きです、ふふふふ」
「なら、どうして……」
「どうして?」
「いいや、何でもない」
「だから八つ当たりするなって! 痛い痛い!!」
「大人しくしろ。まっすぐ前を向いて降りろ」
「降りてますけど!? いい加減にしろよ、てめえ! 人がせっかく大人しくしてやってるのにさぁ」
先輩が片手で、男の両手首を強く握り締めた瞬間、苦悶の声を上げた。知ってたけど、先輩の手のひらってかなり大きい。う、羨ましいな~……。私も連行されたい。先輩と手を繋いで歩いてるも同然だよね。私が何かの拍子で血迷って、犯罪に手を染めちゃったら、先輩に捕まりたいなぁ。追いかけっこがしたいから、逃げちゃうかも。ふふふふ~、まあ、警察に捕まるようなことなんてするつもりないけど!
「いいなぁ、警察官の格好した先輩を見てみたいです」
「俺にコスプレしろと?」
「何言ってんだ、この女。いでででっ!?」
「口の聞き方に気をつけろと言ったよな? さっき」
「言ってねぇよ」
「察しろよ、グズが!」
「くっそ、痛てぇな!! 分かった、ごめんって!」
「赤い制服よりも似合うと思うんですよ、警察官の制服。帽子もかぶって欲しい、絶対似合う!!」
想像しただけでうっとりしちゃう。エオストールの警察官は黒一色で、うわ~、威圧感あるなぁと思ってたけど、先輩が着たら絶対素敵に見える。でも、先輩が着るから、素敵に見えるだけなんじゃ? 試しに脳内で、先輩に赤ちゃんのよだれかけをつけてみた。に、似合う! 顔にしか目がいかない。よだれかけがスカーフに見えるんですけど。
「先輩ってよだれかけも似合うんですね!?」
「一体何の話だ? まあ、慣れてきたけど」
「こいつ、何なんだよ……。おかしいだろ。いででっ!? 感想だって、悪口じゃねぇよ!」
「フィオナが傷付く言葉は口にするな。階段から突き落とすぞ」
「絶対傷付いてないって、こいつ!」
「先輩の顔にかかれば、よだれかけも高級スカーフに見えると思うんですよ」
「ほら、人の話聞いてねぇじゃん。なっ?」
「俺が聞いてるから許せない」
「何なんだよ、お前ら……」
アーノルド様は似合う服が限られてくるけど、先輩はそうじゃないんだよね。大柄のチェックシャツも似合いそう。あっ、顔だ。顔が完璧だから、よだれかけでも制服でも、作業服でも、ピエロの格好でも、歩き辛そうなだぼっだぼのズボンでも似合うんだよ。顔で全ての服を制覇する男、それが先輩だから。
「でも、一番制服が似合うと思うんですよね。あれこれ考えてみたんですけど、先輩のクールさと凛々しさ、威圧感と生真面目さを最大限放出できるのは、やっぱり制服しかないんですよ」
「……かれこれ二時間ほど、同じ話を続けているが、大丈夫か?」
「えっ、二時間も経ってます!? 違う話をしてましたよね!?」
「いや、してない。俺にどんな服が似合うのか、延々と話していたぞ」
「も~、先輩ってば! さっきは修道士服が似合うって話をしてましたよね? 良かった、私だけ時空が歪んでいるのかと……」
「ある意味ではな」
先輩がとてつもなく遠い目をして、溜め息を吐いた。あっ、ああ、申し訳ない、ついお喋りに熱中してしまって。それにしても、アーノルド様と連絡先交換するって言ってみたけど、あんまり態度が変わってないな……。私のお喋りスイッチが入っただけなんですけど。前からスーツ姿の酔っ払いおじさん集団がやってきたのを見て、先輩が眉をひそめ、私を右側へ移動させた。
(ふぉっ、ふぉおう、いつもさりげなく守ってくれる! たとえ、ぎくしゃくしていても、ちゃんと守ってくれる。優しい……)
夜道が怖くなったけど、こうして先輩と毎日一緒に帰れるのならいいかも。刺されかけたのは本当に怖くて、今でも、夢に見て飛び起きたりしちゃうけど、一緒に過ごせる時間が増えて嬉しい。あーっ、早く仲直りしたいな!
いつもなら延々と語っていても、嬉しそうな顔で聞いてくれるんだけど。酔っ払い集団が通り過ぎたから、勇気を出して、先輩のことを見上げてみる。かっこいい!! 薄手の胸元がV字になっている黒いTシャツと、珍しく緩めのダメージジーンズを着ていた。はー、かっこいい。鎖骨を見せているのは私へのサービス? 警戒してたからか、トラ耳がぴこぴこ動いてる。
「今日も本当に本当にかっこいいですね……!!」
「ありがとう。今度は俺の顔について延々と語るつもりか?」
「えっと、いや、改めて謝罪しようと思ってたんですよ。だけど、今日に限ってなぜか、先輩のかっこよさに気を取られちゃって……。すみませんでした」
「いつものことだな」
「えっ!?」
「……もう怒ってないから、気にするな」
ジャケットのポケットから、爽やかなミントグリーンと金色の紙で包まれたキャンディを出してきてくれた。三個もある。う、受け取ってもいいのかな? だんだん申し訳なくなってきちゃった。とりあえず手を伸ばして、受け取っておく。目線が合わない。どういう気持ちでいるのか知りたかったのに。あっ、そうだ。
「先輩、先輩、屈んでみてください!」
「どうした? 何をするつもりだ?」
「はい、あーん……って先輩、甘いもの苦手ですよね!?」
一緒に食べようと思ったけど、甘いもの苦手だった! 綺麗な丸いキャンディをくちびるに押し付けられて、先輩が銀色の瞳を見開き、硬直する。し、失敗しちゃった。私が食べる? でも、この女、間接キスしたいがあまりに嫌いなものを忘れたふりして、俺の口に押し付けてきやがったって思われるかもしれない……。背筋に冷や汗を掻いていると、私の手を掴み、キャンディを口に含んだ。
「ひゃっ!?」
「悪い、舌が当たったか? 当たらないようにしたんだけどな」
「あうっ、だい、大丈夫です! 今のって甘噛み……!? あま、甘噛み!?」
「仕方ない。それが嫌なら自分で全部食え。予想以上に甘いな、これ」
「ほっぺたが!! 先輩のほっぺたが動いてる、可愛い!」
不満そうな表情を浮かべ、からころと口の中でキャンディを転がしたあと、一気に噛み砕いた。申し訳ないなぁ、甘いの苦手だったのに。
「すみません、忘れちゃってて。次から断ってくださいね!?」
「いい、たまには悪くないから、こういうのも。嫌いだったか? キャンディは」
「いえ……。申し訳なくなったのと、先輩がどういう気持ちで渡してきているのか分からなかったので、とりあえず、一緒に食べてみようかなぁって」
「あー、なるほど。予想できないことをしてくるよな、たまに」
「すみません、嫌でした!?」
「嫌じゃない。少し戸惑っただけだ」
先輩が口元を押さえ、そっぽ向いた。心なしか、尻尾がいつもより揺れ動いてる。まずかったんだ、ごめん……。あー、落ち込んじゃう。上手くやろうと思ってるのに、空回ってばかり。
人の喧騒と明るさにつられ、顔を上げてみると、駅がすぐ目の前まで迫っていた。うーん。車内だと話しづらいから、辿り着く前に話しておこうと思っていたのに。横断歩道で立ち止まり、人でごった返す広場を見つめる。白い街灯が目に眩しかった。
「先輩、本当にすみませんでした。謝るきっかけを作ろうと思ってたのに、甘いもの無理矢理食べさせちゃって」
「いや、さっきも言ったけど、たまには悪くないから。……フィオナがいつも通りで腹が立っていたんだ」
「え? いつも通りって?」
「熱が下がって出勤してきた時、いつも通り笑って謝ってきただろ? 無かったことにしようとしている。あー、こいつはまた無茶をするつもりなんだなって」
「待ってください、緊張してたんですけど!? 私、震えていたんですけど!?」
いつも通り笑えないから、間に立って、お願いってステラちゃんに頼んだのに! 必死で説明したら、穏やかに苦笑した。あうっ、かっこいい。ショックが吹き飛んだ。
「悪い、説明不足だったな。そうじゃなくて、いつも通り無かったことにして、反省せず、俺の気にしすぎで片付けようとしていたからだ」
「……」
「甘えていないか? いつも無茶すれば何とかなる、あとで俺がどうにかするって思い込んでいるから、無茶するんだろ? 過保護な俺も悪いけどさ」
「すみません。先輩の彼女のふりをしたら、周囲を意のままに操れて、安心安全で便利だと思っていました……」
「そんなこと考えていたのかよ!」
「最終的には何とかなると思って、無茶しちゃってすみませんでした。もう二度と無茶しませんから」
うえっ、涙が出てきた。すぐ泣いてどうにかしようとする人、嫌いなのに。うわ、止まらない。どうして涙が止まらないのか分かんないけど、止まらない。確かに甘えていた。
事態が悪化しても先輩がどうにかしてくれるだろうし、無茶が効くって思い込んで、怪我した。魔術師は常に二人で動かなくちゃいけないのに、一人で行動しちゃったし。先輩が無言でハンカチを差し出してくれたから、ありがたく受け取って、ふがふが匂いを嗅ぐ。
「おい! 涙を拭けよ……あ、信号変わったぞ。行くか」
「はい。すみ、すみませんでした、本当に」
「もういいから、泣かせたかったわけじゃない。反省するのやめろ」
「さっきと言ってることが違う~……」
「十分だからもういいって、気にするな」
私の手を優しく握って、歩いてくれた。先輩のハンカチからほんのり甘い香りがする。お菓子いらないから先輩のハンカチが欲しいって言ったら、苦笑して「じゃあ、返さなくていいから。それ」と言ってくれた。
やっぱり先輩は優しい。列車に乗り込み、私を端っこの席に座らせたあと、つり革を掴んで前に立った。あ~、かっこいい。銀色に光って見える瞳はもう冷たくなくて、いつも通り優しい。……これでお菓子が貰えなくなっちゃった。大事にコレクションしておいて良かった!
「このあと、予定あるか?」
「ありませんけど。ハンカチの次は枕カバーをくれるんですか?」
「何でそうなる。やらねぇよ。暇なら晩飯食いに行こうぜ、女殺しの話をもっと詳しく聞きたい」
「え~、興味持たないでくださいよ! 先輩が一目惚れしちゃったらどうしよう」
「一度、遠くから見かけたことがある。何とも無かったぞ」
「でも……」
「にしても、エディ達と食っていたから来たのか」
あ、服の話ばっかりしてて、詳しく説明するの忘れちゃってた。エディ君とアーノルド様が義理の兄弟にあたること、アーノルド様はレイラちゃんの義兄で元婚約者だってことを説明したら、苦々しい表情で頷いた。
「知ってる。有名な話だぞ」
「あれ、そうなんですか」
「おう。まあ、二人としょっちゅう会っていれば、いずれ顔を合わせるよなぁ」
「エディ君から話を聞いていて、前から私のことが気になってたみたいですよ。レイラちゃん、女友達が少ないから……」
「へー、エディから?」
「はい! で、アーノルド様と連絡先交換したらってすすめられました。二人以外の人と外出できないみたいで、すぐに囲まれちゃうから」
アーノルド様は冷たい俺様系イケメンに見えるのに、繊細だってエディ君が言ってた。まあ、確かに、女性に追いかけられるのが怖いからと言って、家にひきこもらなくても……。エディ君とレイラちゃんがいない休みの日は、家事に明け暮れてるらしい。お皿一枚も洗ったことなさそうな顔してるけど!
「一等級国家魔術師なんだろ? アーノルド様とやらは。群がってくる女どもを魔術で追い払えば良いのに」
「やっちゃだめなことですよ、それって」
「身を隠すなり、何なり、とにかくやれることがあるだろ……。どうしてフィオナと出かける必要がある? 気に食わないな」
仲直りしたから、いっぱい喋ってくれる~! 嬉しい。超不機嫌そうな顔してるけど、トラ耳があるから怖くない。それにしても、タンクトップ着てくれたら脇が拝めるのになぁ……。せっかくつり革を握ってるのに、黒い布地しか見えなくて残念。真顔になっちゃう。
「俺も行くぞ、二人で会う時」
「えっ!? 先輩が一目惚れしちゃいそうで不安なんですけど……」
「しねぇから、同性愛者じゃないし」
「でも、関係ないって言ってましたよ!? 魅了の力が半端なくて」
「大丈夫だ、自信がある。フィオナがいけるのなら俺もいける」
「で、でも~……!!」
「だめなら、今後二度と写真を撮らせない」
「よし、三人でお出かけしましょうか!! 二人よりも三人の方が絶対楽しくなりますよね!」
「早いなぁ」
先輩がつり革を握り締めつつ、少年のような、無邪気な笑顔を浮かべる。ふぁー、生きてて良かった!! 頑張って仲直りして良かった。戦利品も手に入ったし。
「それにしても、一度じっくりエディと話し合う機会を作らなくちゃな……」
「へっ? うるさいからやめておいた方がいいですよ!?」
「人のこと言えないだろ。既婚者だから油断していた」
「大丈夫ですって! アーノルド様に弄ばれたりしませんから」
「本当か?」
「心配性ですねえ、ふふふっ」




