9.強力なライバル出現
まだ先輩との間に溝があるけど、会うたびにお菓子をくれる。どういうこと? 一体。
「おはようございます!」
「おはよう。やる」
「は、はい……。どうも」
朝、いきなりお菓子を貰った。昨日で終わりかなと思ってたのに、違った。それからはいつも通り、ううん、ちょっとだけ冷たい。普段、どれだけ先輩が私のことを見ていたのか、笑顔で話しかけてくれていたのか、よーく分かってかなりつらい……。
話しかけて貰えないのって、こんなにもつらいんだ。というか先輩、お喋りだったなぁ。デスクに突っ伏しながら、真顔ピース写真を眺める。何だかんだ言って、最初に撮った真顔ピースの写真が一番お気に入りなんだよね。イケメンが真顔でピースしてるのが面白い。
(……避けられてるような感じはしないし。怒ってるのとはまたちょっと違うんだけど、でも、俺はまだまだ許してないからなオーラを感じる)
怒ってるわけじゃなさそうだけど。引っ込みがつかなくなった感じ? わだかまりが残っていて、上手く笑いかけられないって思ってそうな雰囲気。だって、表情がぎこちないんだもん。改めて謝ろうかなぁ、どうしようかなぁ。
でも、しっかり謝ったけど、気まずくなっちゃったし、先輩が感情を消化出来ていないなら、私が頑張ったって無駄……? 気まずいの嫌だな~、どうにかしたいな~。落ち込んじゃうけど、しょっちゅうお菓子をくれるから、とことん落ち込まないでいられる。
「フィオナ、今日は誰と食べるんだ?」
「あ、えっと、ようやく許可が降りたから、レイラちゃんと一緒に食べてきます……」
「そうか。じゃあ、これやる。デザート」
「ありがとうございます」
一週間連続で朝、昼休み、退勤前と一緒に帰ってる時、お菓子を手渡してくる……。嬉しいんだけど、これ、どういう意味!? 気まずくて、お菓子をくれる理由が聞けない。でも、そろそろ聞いちゃおうかな。明日は貰えないだろうと思って、先輩の指紋付きお菓子をコレクションしてるんだけど、毎日くれるのなら少しは食べたい。仲直りしたあとも毎日お菓子くれないかな~。無理か。
「せ、先輩、ひとつ聞いてもいいですか? どうしてお菓子をくれるんですか?」
「甘いもの好きだろ?」
「でも、先輩は甘いもの苦手ですよね!? ひょっとして、わざわざ買ってるんですか?」
「盗んじゃいない。安心しろ」
「そっ、そういう意味じゃなくて! どれも私好みの可愛いお菓子だし、も、もしかして……」
今日はハート型のカップケーキをくれた。真っ赤なリボンで結ばれている。上にはごろごろベリーっぽいものがトッピングされていた。ケーキ屋さんにあってもおかしくないレベルの可愛いお菓子だから、これ、人から貰ったやつを渡してるだけじゃないかな。先輩が買っているとは思えないんだけど。
「いらないから私にくれるだけで、こう、残飯処理係……?」
「っはは! 人にプレゼントして、そんなことを言われたのは初めてだ。いらないからって押し付けてるわけじゃねぇよ、安心して食え。じゃあな」
「あああああっ……!!」
久々に見た笑顔なのに、撮り損ねちゃった。秒でカメラを出して撮りたかったけど、カップケーキ持ってたから出来なかった!! しかも、なんでくれるのか教えてくれなかった。えー、どうして? よく分かんないけど、怒ってないよって言いたいのかも。この気まずさを解消して、ほどほどに距離を取りつつ、先輩の顔を愛でて騒ぎたい。やばい、どうしよう。解決方法がまったく思い浮かばないんだけど。
「へえ、ほう、ふぅ~んとしか言いようがないな、俺的には」
「ちょっと! 適当すぎない!? アドバイスは? アドバイス!!」
「アドバイスぅ? 付き合ったらいいじゃん、何も考えずにさ。とっとと早く付き合ってくれたら、俺がレイラちゃんと過ごす時間が増えるのに!」
「自分のことばっか考えるのやめてよ。たとえ付き合ったとしても、レイラちゃんとこうやってお昼ご飯食べたりするから! ねっ、レイラちゃん? たとえ私が先輩と付き合ったとしても、一緒に食べてくれるよね!?」
身を乗り出して聞いたら、エディ君の隣に座ってるレイラちゃんが笑い出した。というかやっぱり狭いよ、このベンチ。私に窮屈な思いをさせて、追い払う作戦だと思う。
本当はレイラちゃんと食堂か、おしゃれなカフェで食べたかったんだけど、中庭のベンチじゃなきゃ嫌だって、エディ君が騒ぎ出した。絶対絶対、文句言ったら、澄ました顔で「嫌ならどっか行けば?」って言うつもりなんだ。絶対に負けない……!!
「ええ、一緒に食べましょうね。言ってることがエディさんにそっくりで面白いです」
「似てない、似てない!! 俺はもう少し空気読めるよ!?」
「私だって読めるけど!? デリカシーが無いって言いたいの!?」
「うん。だって、空気が読めたらしつこく既婚者を誘わないよね? 俺がこれだけ嫌だって言ってるのに、しつこくしつこくレイラちゃんとお昼ご飯食べようとして……」
「一週間待ったじゃん! 今回、レイラちゃんと会うのかなり久しぶりなのに~、ケチ!」
エディ君がものすごく苦々しい顔になる。両手でミートパイを握り潰していた。そのせいで、膝の上に沢山パイ生地が落ちている。
「ケチじゃないから! 俺はもうレイラちゃんと結婚してるんだよ! だから毎日お昼ご飯を一緒に食べても許される。その権利があるんだよ。女友達は夫よりも地位が低いって決まってるんだから、身の程をわきまえて大人しくしろ」
「意味が分からない、気持ち悪い!」
「あ?」
「二人とも、落ち着いてください。エディさん、ぼろぼろ落としながら食べるのやめてください」
「はぁ~い……」
膝の上に落ちたパイ生地を拾いながらも、私のことを睨みつけてくる。別にいいじゃん! 毎日夜に長時間電話してるわけじゃないし、メッセージだってたまにしか送らないし、私なりに我慢して接してるのに、譲る気が無くて腹立つ。私がサンドイッチを口の中へ詰めながら、エディ君と睨み合っていれば、レイラちゃんが可愛い表情で覗き込んできた。
「で? 付き合わないんですか」
「んんっ!? あれ、そういう話だっけ?」
「付き合っちゃえ、付き合っちゃえ! 先輩だっけ、あ~……先輩と付き合ってくれたら、俺も安心してレイラちゃんとお昼ご飯が食べられる」
「忘れたんでしょ、先輩の名前!!」
「だって、先輩としか言わないから。俺、ぶっちゃけ、レイラちゃん以外の人はどうでもいいんだよね。忘れた~」
「私のこと、デリカシー無い人だって言ってたけど、エディ君も大概だよね? 人のこと言えないじゃん!」
「えっ? でも、ここに先輩はいないから大丈夫だって。セーフ、セーフ! 付き合っちゃえば? とっとと早く付き合って、俺のレイラちゃんから離れてくれ」
「それしか言わない! 役に立たないなぁ、もう」
大体、私は先輩のこと好きじゃないし……。頭の中に一瞬だけ、強く抱き締められた時の光景が浮かび、全力で消し去る。いやいや、いやいやいや、先輩も私のことなんて好きじゃないし、それに毎日お菓子貰ってる!!
「ヒヨコ扱い、ヒヨコちゃん扱いされてるだけだから……そう、先輩にとって私はただの可愛いヒヨコちゃんなの。私も口うるさいお母さ、面倒見が良い先輩だと思ってる」
「へー、どうでもいい。でも、あれは確実に惚れてると思うんだけどなぁ」
「エディさん、そういうことはあんまり言わない方が……」
「あ、やっぱりレイラちゃんもそう思う? だよね。ここはさ、俺が頑張った方がいいと思うんだ」
「何を!?」
びっくりした、何を頑張るつもりなの。嫌な予感しかしないからやめて欲しいんだけど……。エディ君が口元をトマトソースで赤く汚しながら、潰れかけのミートパイをさらに潰して、決意に満ちた表情を浮かべる。うわ~、嫌な予感しない~。
「ちょっと、やめてあげてくださいよ。アディントンさんの邪魔をするような真似は」
「いやいや、邪魔じゃないって! 俺、片想い期間が長かったから分かるんだ。あれは相当つらい! ここは俺がいっちょ頑張って、目障りなフィオナさんと先輩をくっつけるべきだと思う」
「ぎゃああああっ、やめて! 違うから、本当に違うからやめてね!?」
「素直になろうぜ! 顔と体が好みなんだろ? なら付き合えるって、大丈夫大丈夫」
「やめてよ、見た目だけじゃないから!! 体目当てみたいに言うのはやめてよ! ちょっぴり繊細なところとか、几帳面なところとか、道路にゲボや汚れがこびりついていたら魔術で綺麗にするところが好きなんだから!」
「あー、うん。好きって認めちゃってるじゃん。好きなところが細かすぎてよく分かんねぇけど」
「恋愛の好きじゃない! 違う、違う、違うのに……」
両手で耳を塞いでいたら、強引に外された。エディ君が私の両手首を掴み、真剣な表情で「フィオナさんは先輩が好き、先輩のことが好きなんだ、認めてしまえ、先輩が好き、先輩が好きなんだ!」って呪文のように唱え出したから、発狂しそうになった。レイラちゃんがすかさず止めてくれた。
「うわああああん! レイラちゃん、エディ君がいじめるーっ! ね、レイラちゃんから見て違うよね!? 私は先輩と付き合いたいなんて微塵も思ってないのに、洗脳しようとしてくる!」
「よしよし、落ち着いてくださいね? 大丈夫ですよ」
「先輩、可哀相に……。泣けてきた、過去の俺と姿が重なるんだ」
レイラちゃんに抱きついたら、笑って頭を撫でてくれた。はー、良い香りがする。好き! 私が甘やかして貰っているのを見て、羨ましくなったのか、勢いよく手を挙げた。
「俺の頭も撫でて、レイラちゃん! 見ていたら羨ましくなってきた!!」
「嫌です。過去の自分を思い出すんでしょう? 黙って落ち込んでいればいいのに」
「そんな……。やっぱり、早く二人をくっつけないとな。良い作戦を思いついたんだ」
「やめてよ!! 違うって言ってるのに! 私は、私は、気まずい空気をどうにかして、また騒ぎたいだけなのに……。そうだ、お菓子を貰うんだよね。なんでだと思う? 聞いても教えて貰えなかったんだ」
赤いリボンでラッピングされたマフィンを出してみると、それを見た二人が何とも言えない、微妙な表情を浮かべる。えー、なんでそんな顔になるの? あ、先輩の見た目が怖いからかな。こういうの買いそうにない顔立ちだもんね、分かる分かる。エディ君が手を伸ばして、マフィンの袋を掴み、しげしげと眺め出す。
「これを? へえ~」
「……分かりやすい人なんですね」
「分かりやすい!? どこが!? ぜんぜん分からないんだけど。いらないお菓子を貰ったから、押し付けてきてるだけなのかなと思って、」
「先輩、可哀相!! 俺、先輩の気持ちがよく分かる! 涙が出てきた」
「どうしてエディ君が泣くの? おかしくない?」
「レイラちゃんに蹴られたり、無視されたり、忘れ去られたことを思い出してつらくなってきたから……」
「あーっ、もー、はいはい! 慰めて欲しいのなら慰めますから!」
「うっ、うう、ありがとう……」
レイラちゃんがキレ気味で抱き締めていた。へへ、可愛い~。それにしても、なんでお菓子くれるんだろう。甘いお菓子をあげていれば、私が機嫌を直すと思っている、つまり、女性扱いされてないってこと……?
いや、知ってたけど。怒ってないって伝えるために渡しているのか、私がヒヨコちゃんだから渡しているのか、どっち? 太陽の光に当てて、浮かび上がる先輩の指紋をじっくり眺めていたら、エディ君に話しかけられた。
「え、何してんの? 光に当ててる?」
「違う、違う! 先輩の指紋を見て楽しんでるの!」
「見て楽しいか……?」
「想像してみなよ。レイラちゃんの指紋だったら?」
「見て楽しい!! なるほど、そういうことか。俺も何かの袋買ってこようかな」
「やめてください、お金の無駄遣いです」
「違うよ?」
「……」
エディ君が真顔で否定したからか、レイラちゃんがものすごく嫌そうな顔になった。美人さんなのに毒舌で、エディ君とラブラブなのに冷たくて好き~。私が改めて、お菓子の袋に光を当てつつ、二人に先輩の指紋がどこにあるのか見せて、解説していると、後ろから急に話しかけられた。
「……何をやっているんだ? そんなところで」
一瞬、先輩かと思った。まったく違う人の声なのに、そう思っちゃったのは先輩に会いたいから? 心のどこかで追いかけてきてくれるんじゃないかな~って、思っているのかも。振り向いたら、エディ君が「げっ」と言った。
まず、陽に煌く銀髪が目の奥に突き刺さった。訝しげな銀色の瞳に、まろやかな褐色の肌。レイラちゃんと同じ、紺碧色の制服を着ている。な、なんで先輩じゃないの!? 雰囲気が似ているからか、余計に思った。ふぅわ~、にしても顔がちっさ!! 腰の位置が高くて、手足がすらりと長い。どこからどう見ても、超絶美形のモデルさん……。見惚れていたら、エディ君に肩を揺さぶられた。
「しっかりしろーっ!! 惚れるんじゃない! ああっ、もう、くそ! レイラちゃん、アーノルドを隔離して……そっか、ここで惚れたら、レイラちゃんに嫉妬して、二人がギスギスして俺が得する? よし、惚れさせよう」
「ま、待ってください! フィオナさんとギスギスするなんて絶対に嫌です!!」
「俺とこの女、どっちが大事なの!? ねえ、レイラちゃん!」
「面倒臭いことになっちゃうでしょうが、やめなさい!」
「うわっ!?」
「な、何? 二人とも? 惚れるって……?」
嫌だなぁ、も~。確かに高身長でスタイルが良くて、美術館に飾られてる絵から抜け出してきたような、アンニュイさが漂う超絶美形だけど、惚れたりしないって。エディ君の足を蹴り飛ばしているレイラちゃんを押さえていたら、その人が覗き込んできた。
わっ、背が高い。でも、先輩と同じぐらいかな? 長い睫で縁取られた銀色の瞳は鋭く、息が止まるほど美しくて、背中に冷や汗が滲んだ。息を呑むほど美しいって、多分、この人のためにある言葉だ……。
下手に話しかけられない雰囲気が漂ってる。許可が無かったら話しかけられないし、息も出来ない。バカな考えが頭をよぎった。硬直していると、レイラちゃんが相手の肩を掴み、引き離してくれた。
「ちょっと、アーノルド様! ふざけているんですか?」
「悪い、レイラ。ふざけてはいねぇよ。ただ、一目惚れされているような気がしなくてな」
「へっ? だ、大丈夫ですよ! 私のタイプじゃありませんから!」
先輩と同じ銀髪で銀色の瞳を持ってるけど、ぜんぜん違う。この人が儀式に使われる、飾りがゴテゴテついたナイフなら、先輩は王族に飼われている宮殿住みのトラ。優雅さと色気がある。美しいけど、見ていると怖くなってくる男性とは比べ物にならないでしょ! アーノルド様と呼ばれていた男性が息を呑み込んで、銀色の瞳を瞠った。レイラちゃんとエディ君も目を丸くしていた。
「安心してください! 私にとって先輩が一番なんですよ。あ、写真見ます? 格が違うんですよね~」
「格が……」
「はい! 先輩は野生的であり、でも、お上品で色気があって優しいんです!! 真面目な話をしている時は打って変わって、誠実そうな目になるところも好きなんですよ」
「もう付き合っちゃえばいいのになあ」
「だから、違うって! どうしてエディ君は私と先輩をくっつけたがるの!?」
「先輩はきっと泣いてるよ、可哀相に……」
「震えないで! イライラするから」
「可哀相に、先輩。つらい気持ちがよく分かるんだ……。多分、俺が唯一の理解者だと思う」
さっきからやたらと先輩に感情移入してる。名前すら覚えていないくせに……。ポケットから、先輩の写真だけを入れたミニアルバムを取り出して見せると、アーノルド様が面食らった。なんでレイラちゃんがアーノルド様って呼んでるのか分からないけど、様付けがしっくりくる男性。完璧すぎて人間の顔立ちじゃない。
「アルバムを持ち歩いてるのか……」
「いいから、写真を見てくださいよ! ねっ? かっこいいでしょ? こうして見てみるとぜんぜん違いますね。アーノルド様がナイフなら、うーん、やっぱり先輩は優雅で気高いトラ!」
「トラの獣人だからそう見えるのは、」
「違いますよ!? 私の言ってる意味分かりますか? 雰囲気と顔立ちの話をしてるのに、なんで、どうして……!!」
「えっ、わ、悪かった」
「いいですか? 説明するからよーくよーく聞いてくださいね!? 先輩はあなたよりもがっしりしていて筋肉質だから、めちゃくちゃかっこいいんです! 線が細くないんですよ、線が。それから顔立ちも優美かつ野生的で、鋭さがありつつも、ほんのり穏やかなんです。分かりますか!? つんつんに尖った顔面じゃないんです!」
「……」
詰め寄ったら、顔色が悪くなって黙り込んだ。あれ? 分かった、この人、お坊ちゃまなんだ。この職場、お嬢様とお坊ちゃまが大半を占めているもんね。だから線が細くて、お上品なんだ。
先輩も生まれ育ちが良いけど、頭の回転が悪いわけじゃないし、突然のアクシデントにも強い。でも、アーノルド様は弱くて、初対面の人に突然話しかけられたら、どうすればいいのか分からなくなっちゃうんだ。私と顔色が悪いアーノルド様を見て、エディ君が指を差しながら笑っていた。
「っはははは! 先輩以下だってよ、アーノルド! 良かったな! いつもすぐ女の子に惚れられて迷惑してるって言ってたんだし、喜べよ~。なぁ? 先輩に比べるとお前、弱いんだって! はははは!」
「うるせえ、人を指差すな! 大体、どこのどいつなんだよ。先輩って」
「さあ、知らない」
「おい、こら、エディ……」
「名前忘れたんだよ。この子が好きなトラの獣人でええっと、」
「ヒュー・アディントンさんです。魔術犯罪防止課に勤めてます」
「うわ~、強烈なばあさんのところの部下か。そういや、赤い制服を着てるな。へえ」
深紅の制服を着た私をじろじろ眺めてきた。ん? 待って、何かが引っかかる。人間離れした美貌で、よく惚れられて、アーノルド様って呼ばれていて……。笑いの発作が収まったエディ君が、アーノルド様の肩に腕を回し、遠慮なくもたれかかった。
「は~、久々にめっちゃ笑った! 良かったなぁ、アーノルド! 女殺しって呼ばれてるくせに格が違うって言われ、」
「あああああああ!! そっ、そ、そうだ! 思い出した!! ステラちゃんと見に行こうとしたら、先輩に止められたんですよ! 超有名なイケメン……?」
「今気付いたんだ? 遅くね?」
「だって、会ったことがないから! 仕方ないじゃん」
何だっけ、人外者の先祖返りだっけ? とにかくイケメンで女の子がみんな惚れちゃうから、常に人だかりが出来てると噂の……。アーノルド様の背後を見てみたら、遠巻きに見つめてくる女性がざっと数えて、十人ほどいる。
待って、知らなかった、よく見てなかった。怖いよ~、木の陰に沢山女性が潜んでる。私が無言で背後を指差したら、アーノルド様が振り返って、何食わぬ表情で「ああ」と呟いた。
「いつものことだから気にしないでくれ。あれ以上は近寄ってこないから」
「うわあああっ、怖い!! レイラちゃん、この人と一体どういう関係なの?」
「し、嫉妬しませんよね? 大丈夫ですよね?」
「大丈夫だよ、レイラちゃん。私、この人よりもレイラちゃんと仲良くしたいな」
レイラちゃんの白くて柔らかな手をきゅっと握り締めたら、すさまじい形相のエディ君に手を叩き落とされた。ひどい、痛い……。
「レイラちゃんの手に触っていいのは俺だけです!!」
「ええ~……」
「子どもの頃、両親を亡くしたんですよ。父の親友だった、アーノルド様のお父様が私を引き取ってくれたんです。だから、アーノルド様とは血が繫がっていない兄妹なんです」
「へー、知らなかった! ご、ごめんね? つらい話させちゃって」
「大丈夫ですよ。もう、昔の話ですから」
「ならいいけど。こ、こんな美形が家の中にいたら落ち着かないでしょ? ストーカー化した女性が家までやって来そうだし」
私がついうっかり指を差したら、眉をひそめつつ、ポケットから取り出したティッシュでエディ君の口元を拭き出した。え、あれ、自分で拭けないの? 慣れているのか、ありがとうって返してる。自分で拭かないんだ……。
「家は少し離れた森の中にあるので大丈夫です。警備も厳重ですし……。それと、もう慣れました」
「慣れたんだ……」
「はい。だけど、一緒にいる私にも人の視線が突き刺さるから落ち着きません。無駄に良い顔をしているから、私が迷惑をこうむって」
「無駄って言うなよ、無駄って」
アーノルド様が苦々しい表情を浮かべる。先輩の方が断然かっこいいんだけど。分かった、腰が細いからだ。細マッチョだからだ! 先輩よりも鋭く、綺麗すぎて作り物めいた銀色の瞳。くちびるの形まで良いってどういうこと? 彫刻みたいな顔立ち。私がまじまじと見上げたら、アーノルド様が怯んだ。
「あまり、見ない方が……」
「大丈夫ですよ、絶対に好きにならないので! 今見てたのも、噂と違うな~と思って見ていたから、えっと、先輩の方がかっこいいです!! そこまでイケメンじゃないなと思って見ていたんですよ。だから、安心してくださいね」
「……」
「良かったなぁ、アーノルド! 言ってたもんなぁ、モテすぎて困るって!! 良かったなぁ!」
「ここぞとばかりに喜ばない方がいいですよ、エディさん。拗ねたらあとが面倒臭いのに……」
エディ君にばしばしと強く背中を叩かれ、アーノルド様が微妙な表情を浮かべる。二人は仲が良いんだ、へー。先輩に貰った腕時計を見てみると、もうすぐで昼休みが終わっちゃう時間になっていた。
「えーっ、もうこんな時間!? 早い! ねえ、何か良いアドバイスない? 先輩と距離を置きつつ、仲良くしたいんだよね。気まずいのどうにかしたい」
「無理だって。俺にアドバイスを求めるなよ……あっ、そうだ! 試しにアーノルドと連絡先交換でもしてみれば?」
「エディ? 急に何を言い出すかと思えば」
「だってお前、一人で街歩けないだろ? 俺だってさ、毎週毎週レイラちゃんとべったりデートしたいんだよ。目障りな二人がデートしてくれたら解決! 思う存分、レイラちゃんと二人きりの時間が楽しめる!」
「それしか言わないじゃん、さっきから!! 私は先輩と前の関係に戻りたいだけなのに!」
「いいからいいから、騙されたと思って交換してみろよ。気まずさが無くなるぞ? 一気に」
本当かなぁ。渋ると思ったのに、アーノルド様がすんなり頷いたから、連絡先交換することになった。今まで大抵の人はアーノルド様のことが好きになっちゃって、上手く会話が出来ないから、珍しいみたいで、暇な時に話したいって言われた。アーノルド様が出してきた魔術手帳には、黒い本革のカバーがかけられていた。あっ、白い手袋? なんで。
「暑くないんですか? 白い手袋なんかつけちゃって」
「……エディ、説明よろしく」
「なんで俺が? さてはフィオナさんのことが苦手なんだろ~。頑張れよ! ほらほら、頑張れ!」
「アーノルド様が転んだ女性を助け起こした時、手の温度が意外と高くて、好きになっちゃったって言われたんですよ。それ以来、手袋をつけて生活しています」
「えーっ!? そういえば、先輩の手も熱かったなぁ。指の付け根が薄くて、ごつごつしているんだけど、手首付近は分厚くて骨太だった。へへへ、思い出しちゃった」
「本当に、先輩のことしか考えてないんだなぁ……」
「レイラちゃんのことしか言わないエディ君に言われたくないんだけど」
私が仕事へ戻ると言ったら、アーノルド様が変な顔をしていた。普段、引くほど女性にモテる人なんだろうな……。最後にエディ君から「あ、男も惚れるから気を付けて。先輩に会わせない方がいいよ」って忠告されて、背筋が震え上がった。
「先輩が、先輩が、アーノルド様の追っかけを始めちゃったらどうしよう……!!」
「そうならないといいな。いいか? 絶対絶対、ちゃんと先輩にアーノルドと連絡先交換したって伝えろよ! 強力なライバルが出現して、焦るはずだ」
「私も焦ってる、今ものすごく! 先輩がアーノルド様のこと、好きになっちゃったらどうしよう!? 立ち直れないんだけど。先輩の隣にはイケメンじゃなくて、美女が立っていて欲しいのに……」
「まあ、大丈夫じゃね?」
「適当に励ますのやめてよ。恨みますからね、アーノルド様! もしも先輩が好きになっちゃったから!」
「……多分、大丈夫だろう。努力はしてみる」
「何? お前、先輩と目が合った瞬間、変顔をしてみるって? 楽しみ~」
「言ってねぇよ、そろそろ黙れ」
先輩に連絡先交換したって伝えるだけで、気まずいの解消されるかなぁ……。レイラちゃんがにこにこ微笑みながら、とりあえず報告してみたらどうですかと言ってくれた。レイラちゃんの言う通り、報告してみようかな! この前、私が女殺しを見に行きたいって言ったら反対してたもんね。先輩の庇護欲を刺激して、気まずいのを解消するぞ!
(結局、お菓子食べられなかった……。まあいいや、食べずにコレクションしよう)




