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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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7.そこまで心配するようなことじゃないよね?

 





 十五分ぐらい経ったけど、まだ先輩が帰ってこない。外に出たくなったけど、我慢、我慢。ここで外に出て、先輩を探し回ったら確実にもっと怒られる。動悸がようやく収まってきた。怖かった。深く息を吸い込み、車のシートへもたれる。けっこう無茶しちゃったかも、私。まだ恐怖が脳裏にこびりついているような……。暗闇で光った赤い瞳を思い出して、ぞくっとする。自分で自分を抱き締めていることに気が付き、慌ててやめた。


(どうしよう? まだ先輩来てないよね? 怖がってるところ見られたら、心配される……)


 まだ帰ってこない。車のヘッドライトが誰もいない夜道を照らしていた。うーん、どうしようかなぁ。探しに行く? 連絡する? そうだ、魔術手帳って持ってきてるのかな。車内を見渡したら、ペットボトルホルダーに何かが入ってた。思わず手に取って、確認する。包装紙に印刷された金色の文字が、きらりと光った。


「何これ? オレンジチョコバー? へえ」


 先輩は甘いもの好きじゃないし、ひょっとして、誰か他の女性とドライブデートした時に買ったもの? 渡しそびれたのかもしれない。見ちゃいけないものを見てしまったような気がして、元の位置に戻す。まだかな、先輩。早く帰ってきて欲しいのにな……。うとうとしかけた瞬間、急に後部座席のドアが開いた。


「うわぁっ!? せ、先輩ですよね?」

「ああ。悪いな、遅くなって。外に出てないよな?」

「もちろんです!! あっ、この人……」

「気絶させたから安心しろ」


 意識を失ってるさっきの吸血鬼を、乱暴にシートへ放り投げた。う、うわぁ~……。呆然と眺めていたら、先輩がドアを開けて、運転席に座る。眉をひそめながら、シートベルトをしめた。うわぁん、怖い、怖いよ、間違いなくお説教される!


「病院に行く必要は無いな? いや、でも、念のため行っておくか」

「わっ、私がですか!?」

「他に誰がいる。吸血鬼は放っておけば治るだろ」

「い、いらないです、大丈夫です……。大した怪我じゃないし」

「血塗れの状態で言われてもなぁ」

「本当に大したことありませんから! すみませんでした」


 深く溜め息を吐いて、腕を組んだ。お、怒ってる、ものすごく怒ってる。さすがに何も言えなくて、ハラハラしながら見守っていると、天井を仰いだ。必死で冷静になろうとしてる。ごめ、ごめんなさい……。先輩が目を開け、正面の道路を見つめた。


「何について謝ってる? フィオナ」

「えっ? 真夜中に叩き起こしちゃったし、勝手な行動をしたから……」

「今のでよーく分かった。何も分かってねぇな、アホ!」

「うっ、ごめ、ごめんなさい、心配かけちゃって」

「病院に行くぞ」

「け、怪我、治して貰ったので大丈夫です!! 痛みも無いし、血は止まってるので」

「うるさい、黙れ。行くぞ」

「はい……」


 病院へ行く途中、警察署に寄って吸血鬼を届けた。似顔絵と名前、ざっくり何をしたのか説明したし、あとは勝手に片付けてくれるだろうって言ってたけど、本当に大丈夫なのかな? 終始ピリついていたから、私も警察官も黙って頷くしかなかった。


 イライラしてるわけじゃないんだけど、触れたら指先が切れそうなぐらい、殺気立っている。私に対して怒っているような感じはしなくて……。ひたすら無言で車を走らせていた。沈黙が痛い。


「先輩、あれで良かったんですか? 病院についたらすぐ降ろしてください。先輩は警察署へ行って説明を」

「あれでいい」

「……いっそ、いっそ怒ってくださいよ! わ、私に怒る権利は無いけど、でも、この空気が耐えられなくて、すみません、つらすぎます。何か言ってください」


 先輩が大きく溜め息を吐いた。逆ギレしちゃだめだって分かってるんだけど、つらい。つらすぎる。何か言ってくれたらいいのに。隣を見る勇気が出てこない。車が道路を走る音だけ響いてる。数分経って、ようやく口を開いた。


「何回言えばいい? 無茶するなって、心配だって」

「あの方法だと、被害者が増えたから。つ、捕まったからもういいでしょ!? 確かに怪我したけど、全部見た目ほど大した怪我じゃないので、心配しないでください。病院だって行かなくてもいいのに……」


 先輩が軽く舌打ちした。ああ、もう、止まらない。私が悪いのは分かってる。でも、落ち着かない。いっそのこと、怒鳴ってくれたらいいのに! なんでこんな危ない真似をしたんだ、心配かけやがってって怒鳴ってくれたら、一生懸命謝れるのに……。自分勝手なのは分かってる。私が悪いことも。だけど、何も言って貰えないのが苦しかった。手を握り締めていれば、ようやく口を開いた。


「あのな? 心臓が止まりかけたんだ。クリフからのメッセージを見た時」

「えっ?」

「一度、廃ビルで殺されかけた時があるだろ? 俺が離れなかったら防げた。もう、フィオナから極力目を離さないって決めた」

「は、はい。心臓が止まりかけたって、本当ですか?」

「本当だ。今まで何度も危ない目に遭ってきただろ? いつか、フィオナの死体を見るはめになるかもしれない。何度も何度もそう思ってきた。フィオナが無茶をする度に」

「……」

「いくら言っても聞かない。どんなに心配しても届かない。俺がなんて言ったら納得するんだ? いつになったら無茶をやめるんだ、お前は!」


 極限まで怒りを抑えた声だった。耐えきれず、最後は声を張り上げた感じで、胸が苦しくなった。どれだけ心配していたのか、ひしひしと伝わってくる。あ、あんまり、そういうこと考えてなかったかも……。死ぬつもりは無かったし。


 でも、先輩にとってはそういうことなんだ。目を離した隙に、私が死ぬかもしれない。だから怖くて、しつこいなって思うぐらい、私に何度も何度も注意してきたのに。冷や水を浴びせられたような気分になった。自分が恥ずかしい、ちっとも分かってなかった。膝から目が離せなくなる。


「ご、ごめんなさい、心配かけちゃって、夜中に叩き起こしてしまって……」

「それはいい。別に気にしてない。で? 何だって? 病院に行く必要無いって?」

「ごめんなさい、治療を受けます!!」

「そうだな、それが一番だ。分かってくれて良かった」

「ごめんなさい、本当に……。もう二度としません、こういうこと」

「……腹が減っただろ? 食え」

「えっ?」


 車が信号で止まった瞬間、先輩がオレンジチョコバーを放り投げてきた。もしかして、私のために買ったの? これ。ありがとうございますって言ってから、包装紙を破く。た、食べてもいいのかな? 呑気に食べず、反省してちゃんと謝るべきなんじゃ……。先輩が真顔で見つめてきたから、とりあえず食べる。甘くて爽やかなオレンジチョコ味が口いっぱいに広がった。美味しい。意外とナッツがぎっしり入ってる。


「……美味しいです。これ、ひょっとして私のために?」

「やろうと思って買った。家を出る前、目についたから持ってきた」

「ありがとうございます」

「もう二度と、頼むから危ない真似は……。俺はあと、何回言えばいいんだろうな? フィオナ」

「ほ、本当にごめんなさい、二度と心配かけませんから!」

「ならいいが。絶対に死ぬなよ、怪我もするな。俺のトラウマになるから」

「は、はい、ごめんなさい」

「……軽んじているのを見ると苦しくなる。頼むから、もっと自分のことを大事にしてくれ。今日、何も無くて良かった。フィオナが無事で本当に良かった」


 先輩の心底ほっとした声を聞いて、涙が出てきた。私、バカだ……。ようやく気付いた。怪我させたくないって、無茶させたくないって、あんなにも真剣に言ってくれてたのに、軽んじた。こんな風に怪我しちゃったし。先輩も同じことを考えていたのか、溜め息を吐いた。


「いや、無事じゃないな。怪我したし」

「で、でも、死んでないから無事ですよ!? ありがとうございます、迎えに来てくださって」

「死んでないから無事だって? へーえ」

「ごっ、ごめんなさい……」

「謝らなくてもいい。礼もいらん。その代わり、二度と無茶するな。約束出来るか?」

「はい、出来ます。もう二度と無茶しません!」

「話半分に聞いておく。俺がどれだけ心配したか、分かってないだろう」

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


 ひたすら謝るしかなかった。先輩はいつもみたいにぶつくさ文句を言わず、黙って車を駐車場に止めて、私を病院へ連れて行った。どうして怪我したのか説明したのに、先輩が暴力を振るったんじゃないかって疑われてすごく焦った。


 獣人への差別意識が病院にあるなんて……。つらかった。でも、一番つらいのは先輩じゃないかな。本当は優しくて、気配りが出来る人なのに。助手席に座って、腕に張られたぷよぷよテープを眺めていたら、声をかけてきた。


「おい、シートベルトしめろよ」

「はい。……お金、返しますね。こんな、こんな、保険適用外の高いテープなんて!」

「傷の治りが早いし、すぐに痛みが引く」

「でも、これってどうしても顔に傷を残したくない人が使うやつですよね!? 縫えば済んだ話なのに」

「いいか? お前が怪我をする度に、俺はこうやって病院に連れて行くからな? 毎回、保険適用外の高いテープを買ってやる」

「やっ、やめてください……!!」

「金を返さなくてもいい、絶対に受け取らん」


 私への戒め!? 先輩の怒り方って……。何も言えなくなった。これ、月給が吹っ飛ぶお値段なんだけど。その代わり、痛みが引いて一週間ほどで治る。どんなに深い切り傷でも一週間で治るよ~って笑顔で言われたけど、笑えない。金額が、金額が頭から離れない……。落ち込んでいると、軽く笑った。


「どうだ? 少しは反省したか?」

「はい……。心配かけちゃってごめんなさい」

「二度と無茶するなよ。まあ、言っても伝わらないんだろうけど」

「つ、伝わりますよ! 大丈夫です、二度と無茶しません」


 また深く溜め息を吐いた。それ以上、何も言わなかった。いつもみたいに、明るく話しかけられない。口の中にチョコの甘みがずっと残ってる。それが先輩の優しさのような気がして、余計につらくなった。時々、車が通り過ぎていくのを眺め、真っ暗な空を見上げる。そうこうしている内にアパートに着いたみたいで、無言で車を止めてから、シートベルトを外した。


「ありがとうございました。それじゃあ、また明日」

「明日は休め。ドアの前まで送っていく」

「でも……すみません、何も無いです!」

「だよな? ゆっくり休め」

「はい、そうします」


 古びた外階段を上って、廊下を二人で歩く。先輩は怒っているわけじゃなくて、自分の感情を処理しきれない、そんな顔をしていた。私、バカだ。反省して謝ったって、許して貰えないような気がする。私が鍵を開けて、部屋に入るまで帰らないって言うから、鍵を開けた。


 ドアノブに手をかけつつ、先輩を振り返ってみると、すごく悲しそうな顔をしていた。あー、本当にバカだ、私。血塗れになって、心配かけちゃって。多少無理してでも、事件を解決するのが大事だと思ってた。本気で心配されるって思ってなかった。


「……先輩、ごめんなさい。信じて貰えないだろうけど、私」

「吸われていないよな? 他の吸血鬼に」

「はい? 吸われてませんが」

「なら良かった。吸血鬼の毒と相性が悪すぎて、依存するやつもいるから」

「相性が悪すぎて?」

「そうだ、吸血鬼の毒にめっぽう弱いやつもいるからな。酒と一緒だ」

「い、依存って、怖いですね……」

「キバを通じて体内に入る。今回、何も無ければいいが」


 先輩が不安げな表情を浮かべ、噛まれた首筋に触れる。わわわわ、ときめいてる場合じゃないから、大丈夫、大丈夫。はしゃがなーい、はしゃがなーい……。無理やり笑顔を作って、先輩を見上げる。もう、これ以上悩ませたくない。ちゃんと笑って、お礼を言って、ゆっくり休もう。


「な、何か起きたら相談しますね! じゃあ、おやすみなさい。ありがとうございました」

「ちょっと待ってくれ、フィオナ」

「はい? どうしたんですか」


 無言で眉をひそめ、急に抱き寄せてきた。本当に、びっくりするほど一瞬だった。先輩の腕が背中に回されて、何が起きたのか理解する前に呟いた。聞き取れないぐらいの、小さな声で。


「無事で良かった。治せる怪我で良かった」

「先輩」

「もう二度と無茶しないでくれ、頼む。どんなに伝えても、伝わらないのは苦しい」

「ごめ、んなさい……」

「約束だぞ。それじゃ」


 涼しい顔をして、軽く手を振った。呆然としながらも、つられて振り返した。一瞬だったんだけど、今の。びっくりするぐらい、一瞬強く抱き締められた。あと十秒ぐらい、長くても……。ドアを開けて、真っ暗な部屋に入る。


 電気をつける気にはなれなかった。ソファーに倒れこんじゃった。汚いから早く着替えて、シャワーを浴びて、家を出る前に晩ご飯食べたけど、お腹空いたからパンでも食べて。やらなくちゃいけないことが沢山あるのに、しばらくの間、動けなかった。


(……前にも、ああやって抱き締められたことがあるけど。ぜんぜん違った)


 違う。何が? 本気で心配されてるって分かった。落ち着かない気持ちになっちゃった。そこまで気にかけなくてもいいのに……。頭の片隅で、本当はしつこく話しかけてくる私の面倒をいやいや見てるだけで、本気で心配してるわけじゃなくて、何とも思ってないって考えてた。


 私のことを可愛いヒヨコちゃんって言ってくれてるけど(言ってない)、お遊びみたいなもんで、本当はさほど私のことを気にかけてないって思いこんでた。でも、違うんだ。無性に落ち着かない気持ちになった。それだけ。それだけなんだけど、もう、先輩の顔が見れない。










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