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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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6.捕まえた吸血鬼は放置しないようにしましょう

 





 暗くて幅が狭い一本道だった。公園の樹木がせり出していて、辺りをさらに暗くしている。頼りない光を放つ街灯があるだけだった。おまけに白と黒のモザイクタイルがでこぼこしていて、歩きづらい。被害に遭った女性は走って逃げようとしたところ、転んで、後ろから覆いかぶさられて、血を吸われた。


 許せない。絶対に絶対に、今夜捕まえてやるから……。危ない目に遭ってもかまわない。だけど、今夜捕まえられなかったらどうしよう? 被害者が増えてしまう。何気なく足元を見下ろした瞬間、背後に誰かが降り立った。


(えっ、もう? 早い……でも、ラッキーだから。落ち着いて、ただの変質者かもしれないし)


 それはそれで怖い。後ろからいきなり刺されたらどうしよう。待って、パニックになるから落ち着いて。大丈夫だと思っていたのに、いざ、吸血鬼(多分)と遭遇したら、息が苦しくなってきた。緊張する、怖い。平気だと思ってたのに、違った。嫌な汗が全身から滲み出てくる。落ち着いて、ゆっくり歩いて……。


 胸元にしがみついていたミアちゃんが、もぞもぞっと動いた。一人じゃなかった。大丈夫、大丈夫。いざとなったら、ポールさんとクリフさんがいるし。いきなり強く、後ろから肩を掴まれた。悲鳴にならなかった。びっくりしすぎて、変な呼吸音だけ出た。


 赤い瞳がギラついているのを見て、指先まで硬直してしまう。似顔絵とそっくりな顔立ち。伸び切って、ぼさぼさになった黒髪と不精ヒゲ。痩せていて、首筋と鎖骨が浮き出ていた。獲物を探してうろついていたのか、黒いシャツとズボンを着てる。黒ずくめだ。暗闇から生まれた化け物に、顔を覗きこまれてる気分……。


「随分と血塗れだな」

「っあ、あ……」

「襲ってくださいと言って歩いてるようなもんだ。金集めに失敗したか?」

「ち、がう、私、吸って貰うために歩いてるわけじゃ……」

「どうでもいい、そんなことは」


 いきなり首筋を噛まれた。痛い! 鋭いキバが突き刺さってるのが分かって、怖くて、力が抜ける。でも、これでミアちゃんが動けるはずだから。予想通り、人の姿に戻ったミアちゃんが引き剥がして、蹴り飛ばしてくれた。男が倒れ、うめき声を上げる。


 痛いな、血がけっこう出ちゃってる……。首筋を触れば、指先が血で濡れた。意外。包丁で指先を切ったような痛みじゃなくて、圧迫された痛みというか、毒がある生き物に噛まれた感じ? ズキズキする、痛い。鈍痛が頭に響いた。蹴り飛ばされた男が起き上がる前に、クリフさん達が人の姿になって、私達と男の間に立つ。


「よう、久しぶりだな。やっぱりお前だったか。ここ最近、連続で女性を襲ってる吸血鬼ってのは」

「誰だ? どっ、どうしてここに吸血鬼が三人もいるんだよ!? おかしいだろ!」

「忘れたのかよ! まあいい、お前のせいで俺が苦労してるんだ。一発ぐらい殴らせてくれ」

「は? 意味分かんねぇし」


 ぐだぐだ文句を言う前に、ポールさんが思いっきり、男の顔を蹴り飛ばした。よ、容赦ない~……。歩道に倒れ込み、また低くうめき出す。クリフさんが悲しげな声で「今、俺がやろうと思っていたのに!」ってぼやいたけど、無視して溜め息を吐いた。


「困ったもんだ。古い時代の考えを持つ吸血鬼が残っていたとはね」

「……あんた、長く生きてるのなら分かるだろ? 飢えてどうしようもねぇんだ」

「欲求を抑えるために、人造血がある。今の君は駄々っ子だ。好き嫌いをして、人間に迷惑をかけている。吸血鬼の罪は吸血鬼が裁かなくては。知っているだろう? それぐらい」


 男がさぁっと青ざめた。で、できれば逮捕したいんだけど、無理なのかな……。傷口を押さえていたら、ミアちゃんが近寄ってきて、悲しげな微笑みを浮かべる。ふわぁ~、綺麗! 美人。首筋を押さえている私の手にそっと優しく、手を重ねてくれた。


「大丈夫? フィオナちゃん。痛かったでしょう」

「だ、大丈夫です……。でも、止まらなくて、血が」

「私が止めてあげる。染みるかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね?」

「はいっ!」


 おやつを食べる感覚なのかもしれないけど、嬉しいなぁ。首筋から手を離せば、ゆっくりと丁寧に、血があふれ出ている傷口を舐め、舌で押さえてくれた。舐められるたび、傷口に消毒液を塗られたような痛みが走る。うっ、痛い、染みてゆく……。最後は首筋に伝っていた血を舐め取って、「ごちそうさま」と言い、満足げな笑みを浮かべた。お腹が満たされたからか、さっきよりも血色が良くなってる。か、可愛い~!


「他に怪我したところは?」

「あっ、ありません、大丈夫です! へへへ、こんなに可愛い女の子に血を吸って貰えるのなら、エサになるのもいいかなぁーって」

「本当に? 私と契約する? 毎月決まった額のお金を銀行口座に振り込むから週に三回か二回、血を吸わせて貰えると」

「待った!! 俺がヒューに殺されちまう、頼むからやめてくれ!」

「まあ、自己保身に走るの?」

「ふざけんなよ! おい、どこのどいつがお前の腹を満たすために殴られるって言うんだ!? 悪いこと言わないからやめておけ。獣人から目の敵にされたことぐらい、あるだろ?」

「……あるわ、何回か」


 あるんだ!? 百年以上生きていると、あるのかも? ミアちゃんがぶるるっと肩を震わせ、しぶしぶ残念そうな表情で引き下がった。でも、名残惜しそうに私の頬へ手を添える。ふわぁ、綺麗な金色の瞳。月光を含んで、ぴかぴか光ってるみたい。指先が冷たくて心地良かった。


「残念ね、本当に……。こんなに美味しい血を持っている子、なかなかいないのに。ねえ、知ってる? どれだけ貴重か」

「そ、そうなんですか?」

「粉をかけるなよ、やめておけ」

「やだ、痛い~……」


 ミアちゃんの細い手首を掴み、険しい表情で捻りあげた。ひっ、酷い、こんな美人の手首を捻り上げるなんて! 私が文句を言う前に、クリフさんがぱっと手を放した。うっ、でも、言ってやるから。こいつがクズだってことは分かってるし。


 でも、男のくぐもった悲鳴が聞こえてきて、一気に背筋が冷えた。そ、そうだ、吸血鬼、捕まえたんだった……。三人で同時に見てみると、ポールさんの手が血塗れになっていた。歩道に倒れた男を冷たく見下ろして、血塗れの手で何かを握り締めている。血が滴り落ちていた。現実離れした光景を、街灯がぼんやり照らしていた。


「……ポールさん? 一体、何をしたんですか」

「キバを抜いたのか」

「それが一番だ。三ヶ月から半年ほど、血が吸えなくなる」

「俺は二ヶ月で生えてきたぞ」

「自慢するようなことじゃないよ、やめなさい。まったく、君達のような若い吸血鬼がいるから、俺達古い吸血鬼は肩身が狭いんだ。自分の境遇を嘆いて死ぬ気は無いから、もう少し人間と上手くやってくれると嬉しいな」


 ジャケットのポケットから、高そうな紺色のハンカチを取り出して、自分の手についた血を拭う。足元で倒れている男は口元を押さえ、震えていた。こ、怖い……。警察署に連れて行きたいんだけど、歩いてくれるかな?


「そこまで生きたのなら、もう十分だろ? しがみついてないで、さっさと終わらせたらどうだ」

「家族がいるから。飽きたら作ってみるといい。子どもの成長、結婚、孫の成長を見守るのは楽しいぞ」

「ごめんだ、そんな人生!」

「生きていると言えるのか? 俺達は」

「……」

「楽しいぞ~、子育て。自分が生き物って感じがするから」


 血で汚れた部分を折りたたみ、ジャケットのポケットへしまった。震えている男を一瞥したあと、穏やかな笑みを浮かべ、近寄ってきた。血の匂いがする。辺りが暗くて夜だから、現実味が湧かない。


「大丈夫か? フィオナちゃん」

「だっ、大丈夫です……」

「獣人に隠しごとはあまりしない方がいい。彼氏に連絡しなさい」

「で、でも、夜中だし」

「いいから早く。そういうことを気にするような男じゃないだろ? 獣人はみんなそうだ。血塗れの彼女を吸血鬼の群れに放り込んで、すやすや眠れるタイプじゃない」

「うっ、で、ですが……!!」

「ヒューのことだから、怒りはしないだろ。あいつ、昼間、べったべたのあまあまだったよなぁ。だから、さっき俺が連絡しておいた」

「はい!?」


 か、彼氏じゃないのに、もう連絡しちゃったの!? やばい、怒られる。フィオナが勝手に無茶をしたせいで叩き起こされるはめになったとか、そ、そもそもの話、勝手な行動をしやがってって怒られる! 逃げよう、逃げるしかない。逃げようと思ったら、呆れた表情のクリフさんに肩を掴まれた。


「おい、待て。どこに行く? 血塗れの格好で」

「ち、血塗れ? そんなに!?」

「おう、シャツに血が染み込んでる。手伝ってくれ、魔術が得意じゃないんだよなぁ。これを見てヒューが激怒する前に、」

「申し訳ないけど、私、か弱い乙女だから。失礼するわ」

「はあ!? 俺と一緒で殴られても、火あぶりにされても、蹴られたって死なないだろうが!!」

「痛いのは嫌なのよ」

「俺だって嫌だよ、手伝え」

「もう呼んであるんでしょ? 超特急で来ちゃうじゃない。さようなら」


 ミアちゃんが冷たく吐き捨てたあと、コウモリ姿になって飛んでいっちゃった。あ、ああ~……私の美少女吸血鬼がどこかに行っちゃった。私のじゃないんだけどね。もう会えないかと思うと寂しい。


「くそっ! あいつ、逃げやがった!! 女子がいれば、ヒューの怒りが中和できたかもしれないのに!」

「悪いけど、俺も失礼させて貰うよ」

「あっ!? 最後まで、最後まで一緒にいてくれるよな……!?」

「すまない、急用ができて」

「嘘吐け、暇そうにしてただろうが!」


 必死で肩を掴んでいたけど、振り払われ、あっけなく見捨てられた。ざまあみろ! コウモリ姿になって飛んでゆくポールさんを見上げ、両手で顔を覆う。


「最悪だ、もう終わりだ……」

「せ、先輩は、ヒューさんは優しい人だから大丈夫ですよ!」

「いいや? 心が狭い。獣人はみんなそうだ。会うなり、殴られても不思議はない」

「え~? するかなぁ、そういうこと。考えすぎじゃない?」

「うるせー、黙れ! いいから血を拭くぞ。少しでも怪我の痕跡を隠すんだ。じゃないと俺の命が危ない」

「死なないからいいじゃん」

「死ぬんだよ! バラバラにされて、池の底に沈められたら回復しないからな!? その後、引き上げられたら息を吹き返すが」

「うわっ、汚い。そのハンカチ嫌だ、汚い!」


 何日、ううん、何ヶ月も洗ってなさそうな、よれよれの汚い黒ハンカチを取り出して、鎖骨に溜まった血を拭こうとしてきた。私が抵抗したら、むっとした表情になる。なんで私が受け入れると思ったの? この吸血鬼。


「いいから、黙って拭かせろ! 俺の命が危ない」

「それしか言わないじゃん!! もうやめてよ、汚いから嫌だ」

「俺の手を拭いただけのハンカチだぞ? 何も汚くない」

「洗ってなさそうだから嫌だ」

「……仕方ない、我慢しろ。血の匂いでバレそうだが、出血量をごまかさないと俺が死ぬ! 分かったって一言だけきたんだよ、メッセージが。ヒューから! 怖くないか!? 茂みの中で震えちまったぜ」

「嫌だってば、放して!」

「血を拭かせろ、ガキじゃあるまいし!」


 揉み合っていたら、後ろにある道路で車が停まった。う、嘘でしょ? もう? 嘘だよね、早すぎるから嘘だよね。まだ逃げてないのに……。クリフさんと顔を見合わせ、おそるおそる振り返ってみた。車のドアが開いて、男性が降りてくる。


 どこからどう見ても、あの身長と体格は先輩。ものすごく怒っていた。暗闇の向こうから、殺気を放ってきてる。シンプルな白Tシャツとジーンズを着た先輩が近付いてきたのを見て、クリフさんが飛び退き、両手を上げた。に、逃げたい!


「せんぱ、ヒュ、ヒューさん、すみ、ませ……」

「分かっているよな? クリフ」

「わ、分かってる、分かってる。もう二度としない! このお嬢ちゃんが来た時点で連絡するべきだった。許してくれ、もう二度としない」

「……ならいいが」


 どっと冷や汗が噴き出た。怒られるのも怖いけど、失望されるのが一番怖い。殺気を向けられ、クリフさんが両手を上げたまま、必死で目を逸らしていた。先輩の顔が見れない。両手の指を組み合わせ、うつむいていたら、先輩が肩に手を置いてきた。びくっと肩が揺れる。


「フィオナ、怖い目に遭わなかったか?」

「えっ? おこ、怒ってないんですか……?」

「怒ってはいる。心配したんだぞ」

「ごめっ、ごめんなさい」

「で? 釈明を聞こうか、クリフ。どうしてフィオナは血塗れなんだ?」

「お前が、お前が冷静になったら話すよ! もう無理だ、恐怖でしかない!!」


 やけくそになって叫んだあと、コウモリ姿になって飛んでいった。うわああああん、置いて行かれた! 置いて行かれちゃった!! 震えながら夜空を見上げていると、先輩がもう一度、私の肩に手を置いた。振り返る勇気が出てこなかった。


「フィオナ、説明して貰おうか」

「っは、はい……」

「怒鳴ったりしないから安心しろ。そんなに怖いか? 俺が」

「こ、怖いのもありますけど、何よりも失望されたくなくて! ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 勇気を出して振り返ってみたら、驚いた表情を浮かべる。でも、すぐ悲しげな表情になった。心配かけちゃったんだな~、私。先輩にとって私はアヒルちゃんだから、気をつけなくちゃいけなかったのに。まっすぐ見上げていると、手を伸ばして、優しく頭を撫でてきた。い、意外!


「失望なんてしないから。行くぞ、車内で話そう」

「きょっ、今日はオープンカーじゃないんですね?」

「あれは親父のだからな。今日は俺の車」

「へー、わざわざ借りてきたんですか。私、てっきり車を持ってないから、お父さんに借りたのかと」

「いいや? フィオナ、あの手の車好きだろ? だからだ」

「えっ? 私を喜ばせるためだったんですか」

「ああ」


 私を喜ばせるため……。否定しなかった。あれかな、気を使ってくれてるのかも。他愛ない話をしてくれるの、嬉しいな。でも、冷や汗が止まらなかった。車のドアを開けて貰い、乗り込むなり、問い詰められた。


「で? 最初から最後まで説明して貰おうか。その前に怪我は? どこも痛くないな?」

「は、はい。ごめんなさい、血が、止まってるので大丈夫です」

「……頼むから、俺の身にもなってくれ。一体何のために、回りくどい捜査方法を取ったと思ってるんだ? フィオナのためだろうが。怪我して欲しくないから、ああしたのに」

「ご、ごめんなさい……。反省してます」

「本当にか? とりあえず一旦、怪我を見せてくれ。気になって気になって仕方ない」

「えっ」


 先輩が身を乗り出して、私の首筋に触れた。今、ようやくまじまじと先輩の顔を見たかも。相変わらず、かっこよくて破壊力抜群。耳まで赤くなった。心配してるからか、猫のようにらんらんと光ってる銀色の瞳。通った鼻筋と長いまつげ。野生的で整った顔立ち。昼間も見たのに慣れない。心臓に悪いなぁ、もう! 指先が優しく、血が止まった傷口をなぞる。


「……クリフに噛まれたのか?」

「ああああああーっ!!」

「ど、どうした!?」

「おっ、置いてきちゃいました、吸血鬼! 捕まえたんですよ、女性を襲ってた吸血鬼!」

「は!? ど、どこに置いてきたんだ!?」

「そこの歩道に、キバを抜いて放置してあります……」

「回収しに行くから、車の中で待ってろよ? いいな? 分かったな?」

「は、はい!」

「出るなよ」

「分かりました!!」







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