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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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5.フィオナと夜の愉快な仲間たち

 





 青いペンキがところどころ剥げたドアの前に立って、よーく考えてみる。こうするのって、間違いじゃない? 大丈夫? 私。今は夜で、吸血鬼が活発になる時間帯。


(先輩にバレたら……絶対に怒られる、心配される)


 でも、非効率だし。こうしている間にも被害者が出るかもしれないし、そもそもの話、血を吸いに外に出ててクリフさんいないかもしれないし、えーいっ、もう、頑張ってインターホンを押すしかない! ブーッと古臭い音が鳴った。


 で、出てくる? 出てこない? どっち!? 荒れ狂う心臓を押さえながら、静かに待つ。い、いないよね、いない。きっといないんだ、帰ろうかな。帰ろうと思った瞬間、ドアが開いた。い、いた~……。


「あ? どうしてここに?」

「どっ、どうしてここにいるんですか!? 血を吸いに行かないんですか!?」

「ちょっと待ってくれよ、それは俺のセリフ……。俺のセリフを奪わないでくれよ、お嬢さん。ヒューは? 何か問題でも?」


 夜だからか、目つきがはっきりしていた。服装はだらしないけど。何年着てるのって言いたくなるような、グレーのだぼだぼ半袖Tシャツと同じ色合いのズボンを着ていた。私を上から下までじろじろと眺めてから、面倒臭そうな表情になる。


「先輩はいません! 何の問題も起きてません!」

「よし、帰ってくれ。俺はこれから仕事なんだ」

「えっ!? 何の仕事してるんですか?」

「バーテンダー。忙しいから帰ってくれ。……まさか、ここまで一人で歩いて来たのか?」

「はい! とっくに仕事は終わってるし、先輩は頼れないから」

「駅まで送ってく。ここ、治安そんなに良くねぇんだぞ!? アホ」

「ア、アホって……」


 そうなんだ、知らなかった。都内はどこでも夜、一人で歩けるもんだって思ってたんだけど。別に何も無かったし……。おどおどしていたら、さらに面倒臭そうな表情になって、黒髪を掻き上げた。


「ヒューが聞いたら怒り出すぞ。俺の命が危ない。よし、ヒューに連絡して押しつけるか。とりあえず中に入れ」

「わっ、わーっ!! 待ってください、だめです! 先輩に連絡しないでください、お願いします!!」

「うるさいな、静かにしてくれよ……。耳が痛い」


 Tシャツの裾を思いっきり引っ張ったら、嫌そうな顔をされた。とりあえず家の中に入って、リビングへ行く。昼間訪れた時と一緒で、キッチンのオレンジ色ライトだけついていた。く、暗い。窓が開け放され、白いカーテンがゆらめいている。先輩が洗っていたティーカップを目の前に置いて、向かいの椅子に腰かけた。もちろん、中身は冷めきった紅茶。


「で? 何の用? ヒューに内緒で血を吸われにきたのか」

「ち、違います……。あの、メモ、渡してくれましたよね? 協力して貰えませんか!?」

「話がまったく見えないが、嫌な予感はする。ということでお断り。帰ってくれ、頼む」

「嫌です!」

「元気良く言われても困るんだけどなぁ。う~ん、変な動きをする子だ。しまったな、渡さなきゃ良かったかも」

「頼むって言ってたじゃないですか。これ以上被害が拡大する前に、私と一緒に吸血鬼を捕まえましょう!」

「ああ、ちょっと待ってくれ。違うんだ、違う」


 うんざりした様子で、ハエを追い払うような仕草をしたあと、ペットボトルのふたを開ける。上を向いてゴキュゴキュ喉を鳴らしながら、真っ赤な人造血を飲み始めた。う、うわぁ……。飲み終えて口元を拭い、呆れたような表情を浮かべる。ほのかに生臭い。


「頼むから、眩しい正義心を剥き出しにして語らないでくれよ。俺はそういうつもりでメモを渡したわけじゃない。ささやかな嫌がらせだったんだ」

「……嫌がらせ?」

「そう。だって、笑えるだろ? あのヒューがねえ……。無茶をしそうな子だと思ったから、ほんの気まぐれでメモを書いて渡したんだ。怪我でもすれば良かったのに」

「けが」


 一気に血の気が引いた。じゃあ、あれって全部、先輩への嫌がらせで、被害を受けた女性のことなんて考えてなくて……。私が怪我すれば良かったって、どういうこと? もしも、私がメモの言う通りに動いてたら、今頃は。


 ぴくりとも動かない私を見て、せせら笑う。今、ようやく先輩が言ってたことが理解出来た。やっぱり、犯罪者なんだ。人間の女性なんて、エサにしかすぎないんだ。ペットボトルをテーブルの上に置いて、クリフさんが立ち上がる。


「駅まで送っていくよ。ヒューに連絡を入れておくから」

「わ、たし……」

「怖いだろ? なんなら、部屋に閉じこもっておくか? ヒューが来るまで。お嬢ちゃん」


 バカにされてる。ぷちっと、何かが切れる音が響いた。頭にきた!! せっかく、せっかく私が先輩に黙って、何度も自問自答して、これ以上苦しむ女性が増えないように、勇気を振り絞ってここまで来たのに! 無言で椅子から立ち上がったら、静かに見つめ返してきた。勢いよく近付いて、クリフさんの胸ぐらを掴む。


「ふざけないで!! ふざけないで協力してよ! じゃなきゃ、先輩に今言ってたこと全部言いつけてやるから!」

「おっと……帰るかと思ったのに」

「私からすればそうじゃないの! クリフさんからすれば、女性はステーキとか、とにかくご馳走なんだろうけど、私は違うから! 苦しんでるの分かってるから、何とかしたい。私の気持ちが分からないのと一緒で、私だってクリフさんの気持ちなんて分からな、」

「分かったから落ち着け。別に協力しないとは言ってねぇぞ?」

「じゃ、じゃあ……」

「血をコップ半分、飲ませてくれたらいい。ただし、あいつには内緒でな。告げ口も無しだ」


 クリフさんが顎を掴んできて、不敵な笑みを浮かべる。え~、それはちょっと嫌だなぁ。先輩に散々、血を吸わせませんって宣言したあとなのに。何とかならないかな? そうだ、お兄ちゃんの血を吸わせてあげるって言ったら? 若い男の血が好きって言ってたし、ものすごく頼み込んだら、お兄ちゃん、黙って首筋を差し出しそう。


「か、代わりに、私のお兄ちゃんの血をあげますから!」

「おい、無断で決めただろ? 今。お兄ちゃんかわいそ~」

「うっ、でも、嫌なんですよ。血をあげたくないし、かといってお金払う気もないけど、何とかなりませんかね……?」

「ならない。帰れ」

「そっ、そこを何とか!! 先輩に告げ口しますよ、いいんですか!?」

「脅せば何とかなると思ってるだろ? あ~……でも、なりそうだなぁ。ヒューは知られるの嫌がってたけど、付き合ってるんだろ。どーせどーせ」

「はい、付き合ってます! 恥ずかしがりやさんなんですよ!」


 嘘吐いて騙して、協力させて、犯人を捕まえる。最高じゃない? この方法。私が怪我すればいいと思ってたクズなんだし、脅して協力させよう。ものすごく気持ち悪いものを飲み込んでしまった表情で「恥ずかしがりやさん……? あいつが」と呟いた。気にしないでよ、そこ。


「じゃあ、犯人を捕まえに行きますか!」

「どうやってだ。くそ、はずれくじを引かされた気分だぜ」

「私が血を流して歩くから、寄ってきた吸血鬼を捕まえてください。情報を吐かせます! 知り合いかもしれないでしょ?」

「ふぅん、裏切り者になれってか。よし、乗った。面白そうだし、断れば告げ口されるだろうしなぁ」

「そうですよ。せんぱ、も、もうヒューさんって呼んでもいいかもしれませんね! ヒューさん怖いから、ちゃんと私の言うことを聞いてください」

「お嬢ちゃんも怒られるだろ、バレたら」

「か、可愛く甘えたら、きっと、許して貰えますよ……」


 本当は付き合ってないから、許して貰えないけど! 頑張ろう。頑張って謝ろう……。犯人捕まえたら喜んでくれそうだし、そこまで心配しなくてもいいかな。ぶつぶつと「今日休みだったのに、俺の休みを返せ」って未練がましく呟いてるクリフさんを引きずって、被害が多発してるエリアへ向かう。


 街灯が少なくて暗い。住宅街なんだけど道が狭いうえに、大きな池と公園があるから、不審者や犯罪者が潜むのにうってつけの場所がいっぱいある。樹木が生い繁っていて、濃い緑と湿った土の匂いが漂っていた。池に張り巡らされた柵へもたれ、クリフさんが暗闇に包まれた池を見下ろす。


「池があるのか……。襲うにはもってこいの場所だな」

「どうしてですか?」

「逃げやすいからだ。見てみろ、コウモリ姿になって逃げればおしまいだ。人間は飛べないだろ? 木が繁ってて見えづらいし」

「木の枝を払った方が」

「いいだろうな。強い陽射しを遮ってるから」


 指を差したのは、大ぶりの枝葉。暗くて怖い。住宅街なのに、まったく人が通らないし。おそるおそる、ポケットからカッターナイフを取り出す。これで指先を傷付けて、首筋にでも塗れば……。


 何となくクリフさんを見てみたら、うっすらと笑っていた。昼間見た時と一緒で、赤い瞳が光ってる。森に棲んでる野生動物みたい。勇気が出ない私の手を掴んだあと、耳元でささやいた。掴まれた手がじんわり熱くなる。


「こんなもの、使わなくても俺がやってやるのに」

「っ手が……」

「爪だよ。吸血鬼の爪は鋭い。知らなかったか?」


 右手に鋭利な鉤爪が並んでいた。爪というより、爪の形に削った刃物だ。私が羽織ってる白いシャツの袖を一気にたくし上げ、鋭い鉤爪で腕をなぞった。血が滲み出る。痛みはまったく無くて、手首から肘の辺りまで、皮膚が裂かれてゆくのをただ、呆然と眺めることしか出来なかった。腕に裂け目が生まれて、血があふれ出す。血を鉤爪にまとわせ、美味しそうに舐めた。


「ああ、予想通りだ。うまい。よく食って、よく動いてる味がする」

「い、痛くないんですけど、この血の量……」

「魔術を使ってやったからな。感謝しろよ?」

「わっ」


 鉤爪が無くなった普通の手で、私の頬に血を塗りたくる。笑いながら、首筋にも血を塗り広げた。傷が浅いから? 血が止まらない。視界がぐらりと傾いて、頭が揺れる。私の腕を掴み、遠慮なく血をすすった。傷口に舌が触れて、肩が跳ねる。


「あー、うまいなぁ。もったいない、地面に落ちる」

「はっ、放して!」

「放すさ。池を一周回ってこい。助けたいんだろ? これ以上、被害者を増やしたくないんだろ?」

「ちょ、ちょっとでも、まともな人だって思った私をぶん殴ってやりたい!!」

「それはどうも。でも、俺は人間じゃなくて吸血鬼だ。知らなかったのか、お嬢ちゃん」

「絶対絶対、ヒューさんに言いつけてやるから!」


 手を振り払い、駆け出す。振り返ってみれば、笑いつつ、手をひらひらと振っていた。む、むかつく!! こうなったら絶対絶対、今夜中に捕まえてみせるから。捕まらなかったら、仕事があっても連れ出して協力させる! 暗闇に沈んだ池の水面には、月が映っていた。黄色い満月が浮かんでる。


 腕の傷がずきずきと痛むせいで、額に汗が滲み、走るのもままならない。最悪、血が止まらないし……。腕を押さえながら、池の周りを歩く。辺りは木が繁っていて、誰も座ってなさそうなベンチが置いてある。暗くて怖い。


(先輩……絶対怒られる。鼻が利くから隠せない、どうしよう)


 治癒魔術で治してもいいんだけど、私、下手くそだから。ちょっとしたかすり傷の治りが遅くなるのも嫌だし、包帯を巻くしかない。息を荒げ、立ち止まったら、誰かが目の前に降り立った。吸血鬼? もう来たの? 早い……。ゆっくりと近付いてきて、立ち止まる。背が高い男性だった。


「可哀相に、一体誰にやられたんだ? 同胞の匂いがする」

「血を、血をあげたりしませんから……」

「分かってる、大丈夫。ただね、血を止める必要があるから。失礼」

「うわっ」


 私の腕を優しく掴み、傷口を舐めた。血を舐めているというよりも、舌で傷口を押さえてる感じ? 痛みが引いていって、血が止まる。あれ、不思議。唾液に止血効果でもあるのかな。私の首筋に触れ、「なんだ? 噛まれてないな」と呟く。


 この吸血鬼なら、信用していいかも……。急に走ったからか、めまいがする。よろめいた私を抱き止め、今度は小さな声で「気の毒に」って呟いた。安心する低い声。ほっとしたのも束の間で、誰かがこの人を蹴り飛ばした。一瞬、何が起きたのか分からなかった。転びそうになったけど、腕を掴まれて、引き寄せられる。


「大丈夫? まだ襲われてないな? 君に何かあったら、俺の首が飛ぶんだぞ」

「な、何もされてません……。クリフさん、一体何しに来たんですか?」

「何って、助けにだよ。ここでお嬢ちゃんが怪我でもしたら、全身の骨が折られちまう」

「いたた……早とちり、しないで欲しかったな」

「早とちりだって? 嘘つけ、襲おうとしたくせに」


 肩を押さえながら、男性が立ち上がった。近くに街灯があるおかげで、はっきりと顔が見える。青い瞳に、金が混じった茶髪。彫が深い顔立ちだけど、生気がない。少しだけ頬がこけてるから? 顔色が悪いし……。胸元が開いたシャツの上に、仕立ての良さそうなリネンの白いジャケットを羽織ってる。眺めていたら、クリフさんが私の背中に手を添えてきた。


「あ~……格上かぁ」

「格上?」

「そう、埃っぽい。なんて言えばいいんだ? とにかくも、空気が違う。多分三百年以上生きてる」

「三百年以上……」


 何も言わず、ただ静かに笑っていた。この人が三百年以上生きてる吸血鬼なら、犯人について何か知ってるかも。シェアだっけ? シェアしてる吸血鬼がどこにいるのかとか、色々情報を持ってるかも。でも、逃げた方がいい? どうする? クリフさんが警戒して、私を背中の後ろに隠した。緊張してる、珍しい。今日知り合ったばかりなんだけど、緊張するようなタイプには見えないのに。


「大丈夫、襲ったりしないよ。お前が怪我させたんだな?」

「……こいつが望んだから」

「望んでないって! 急にひっかいてきたでしょ!?」

「だけど、犯人を捕まえたかったんだろ? ちまちま指先をカッターで切るより、こっちの方が断然良い。ぐだぐだ文句言うなよ」

「なっ……もう、黙ってたら好き勝手言ってくる!!」

「黙ってねぇだろ。俺の心を傷付けるようなことを言ったんだ。お互い様にしよう? なっ?」

「う、うざい! うざい!!」

「ほーら、傷付けるようなこと言うじゃんか。お互い様だろうがよ」


 言い争う私達を見て、口元を押さえ、笑っていた。外見は四十代前半なんだけど、老紳士に見える。名前を聞いてみたら、短くポールって名乗った。偽名かな? この際、気にしないけど。事件のことを話せば、首をひねり、顎に手を当てた。


「うーん……この辺りで被害が多発してるのか。悪いね、何も知らない」

「そうですか、残念です」

「危険な真似はよした方がいい。送っていこう」

「待った! 下心ありで送られたら困るんだよ。俺がヒューに怒られる」

「ヒュー? 友達か?」

「トラの獣人だ。こいつの彼氏」

「うわっ……」


 死なない吸血鬼でもおそれるほど、トラの獣人ってすごいの? 知らなかった。みんな避けがちな猛獣系の獣人としか思ってなかった。困惑していたら、ポールさんがまいった表情で見つめてくる。


「早く帰りなさい! こんな真似、しちゃだめだろ!? 獣人の彼氏がいるのに」

「えっ、ええ~……理不尽」

「食えないと見て諦めたか。おっさん、手伝ってくれよ。こいつが言うこと聞かないんだ。わがままだし、金も血も寄こしやがらない」

「空きっ腹に響くから断る」

「俺が今、持ってる人造血を分けてやるよ」

「……貰おう」


 協力する気はあったみたいで、だぶだぶズボンのポケットから取り出した、ぬるそうな人造血入りのミニペットボトルを受け取る。やった! 仲間が増えた。先輩を彼氏にすると、便利でいいなぁ。


「じゃあ、池の周りをうろちょろ歩き回って吸血鬼を探しましょうよ!」

「それは構わないが、血を飲んだことは内緒にして欲しい」

「俺も俺も! あいつ、飲んだだけでブチギレるだろ」

「……私の血で仲間を増やしたのかな?」

「何を言ってるんだ。まともに飲ませてくれないくせに」


 吸血鬼がそばにいると寄ってこない可能性があるから、二人は茂みに隠れて、私はベンチに座ることになった。ひ、暇……。何分か経つけど、まったく寄ってこない。二人とも逃げてないよね? 


 確認するために立ち上がって、茂みを覗いてみたら、二人に「まだ数分しか経ってないだろ!? 喋ってたらバレるから座れ」って言われて、しぶしぶベンチに座って、また覗いて怒られるの繰り返し。でも、何十分か経って、ようやく吸血鬼が現われた。


「こんばんは、お嬢さん。血を吸わせて貰っても?」

「……び、美少女!! えっ、うそ、綺麗、可愛い!」

「ちょっと待ちな、クソアマ。こいつの血が飲みたいなら、俺達を倒してからにして貰おうか」

「悪いね、聞きたいことがあるんだ」

「何よ、あなた達。どうして茂みの中にいたの? 臭い」

「……」


 現われた美少女は艶やかな黒髪と、金色の瞳を持っていた。はー、可愛い。抜けるような白い肌に長いまつげ。品の良いレースブラウスに、黒いロングスカートを合わせていた。私よりも少し背が低い彼女は、ここに至るまでの経緯を聞いて美しく、にっこりと微笑んだ。


「面白そうじゃない、協力するわ」

「えっ!? ほ、本当ですか!?」

「その代わり、味見させてくれない? 体についてる分だけでいいから」

「どうぞどうぞ!」

「おい、ずるいぞ! 俺が頼んだ時は断ったくせに、即答かよ」

「まあまあ、同じ女性だから平気なんだろう。よくある話だ」


 てっきり腕についた血を舐めると思っていたのに、私の両肩にそっと手を置いて、首筋の血を舐め取った。か、可愛い。全然違うんだけど、綺麗な猫にキスされてる気分。良い香りがするし……。すぐ近くで揺れる黒髪の匂いを嗅いでいたら、小さく笑った。


「汗臭いの? ごめんなさい」

「ち、違います、違います!! 良い香りで……石鹸と薔薇の香り? ですかね」

「ふふ、ありがとう。気を使ってるのよ。だって、そこの二人みたいに泥臭い吸血鬼なんて嫌でしょう?」

「これはなぁ、吸血鬼特有の匂いをごまかすために擦りつけたんだよ。好きで泥まみれになってるわけじゃねぇぞ?」

「同じく。もう帰っていいかな……」

「まあまあ、落ち着けよ、おっさん。こうなったら、俺と一緒に最後までいて、ヒューに殴られようぜ。死ぬ時は一緒だ」

「できれば回避したい展開だね」


 クリフさんがポールさんの肩に腕を回して、嫌がられていた。あーあ、仕立ての良さそうなリネンジャケットが台無し。泥まみれじゃん。二人のことを無視して、自己紹介を済ませる。百六十年ほど生きてるって言われたけど、ミアちゃんって呼んでもいいかどうか聞いたら、快諾してくれた。やった! これで仲間がまた増えた。


「よし! じゃあ、夜はまだまだ長いし、頑張りましょうか!」

「……」

「こうなったら最後まで頑張ろうか、クリフ。しれっと逃げるなよ、俺を巻き込んだのに」

「ねえ、思ったんだけど、住宅街を歩き回る方がよくない? そうしましょうよ」


 ミアちゃんが小鳥のように首を傾げ、提案してきた。それ、いいかも! 前にクリフさん(脱走防止のため)、横にポールさん、後ろにミアちゃんを配置して、女性が被害に遭った歩道へ向かう。途中でポールさんとクリフさんはコウモリ姿に変身して、空中で待機。ミアちゃんはコウモリ姿になって、私のシャツと、Tシャツの間に潜り込むことになった。


(完璧!! こ、これで捕まえることができたら、先輩に褒めて貰える! きっと怒られない、仲間が三人もいるし、危ない目に遭ってない!)









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