2.先輩のバディでいたいから、別にいいんだけど
「吸血鬼? ですか」
思わず聞き返しちゃった。顔色が悪い、相談しに来た女性がこくんと頷いた。吸血鬼、吸血鬼か~……。待って、想像出来ない。珍しい。私が想像してる、いわゆる吸血鬼! って感じのステレオタイプの吸血鬼は絶滅しちゃって、もういないんだっけ? 分かんないな。それって、ただの血を吸う変態じゃん。隣のソファーに腰かけていた先輩が、困っている私の代わりに尋ねた。
「いつですか? 被害に遭ったのは」
「一昨日です。警察に被害届を出したんですけど、特定するのは難しいと言われてしまって……。ここを勧められたんです」
「なるほど。ギリギリ俺達の管轄ですからね」
「そうなんですか?」
「はい。魔術に長けた吸血鬼が多いので。監視カメラに映りませんし」
へー、知らなかった。先輩ってば、物知り! 憧れの眼差しで見ていたら、どことなく嬉しそうな苦笑を浮かべ、女性に向き直る。おっと、仕事中、仕事中。それにしても久々だな、相談室で相談に乗るのって。なんかこう、働いてるって感じがする。いつもはパトロール中、突然問題が起きるから新鮮。気になるのか、顔色の悪い女性が自分の首筋を擦った。噛まれたところなのかもしれない。
「そうなんですね、知りませんでした。あの、捕まえることって可能なんですか?」
「可能です。傷害罪にあたるので」
「そうじゃなくて、特定は出来るんですか」
「出来ますよ。少し時間はかかりますが。あちらも魔術を使うかもしれないので」
「分かりました。よく使う道で被害に遭ったので、不安なんです……。今後、どうしたらいいんでしょう」
「お望みなら、女性職員が送迎しますよ。自宅から職場までですが」
「えっ、じゃあ、ハートリーさんにお願いできますか?」
「私!? 私ですか、私でいいんですか!?」
「フィオナ……。ちょっと落ち着け、どうどう」
頼りないポンコツ職員として名を馳せている私に、守って欲しいって! 大丈夫なのかな!? ハラハラしながら先輩を見ると、眉をひそめ、顎で女性を指し示す。あ、ですよね。彼女は私がポンコツだってこと、知らないんだから、不安にさせちゃだめだ……。なるべくキリッと、凛々しい表情を浮かべておく。
「分かりました、私が守りますよ!」
「すみません、女性にお願いしてしまって。不安ですよね? で、でも、ここの男性職員に頼むのはちょっと」
「わ、分かります、分かります…!! 私もここに初めて来た時、不安でいっぱいになったのでよく分かります!」
「ハートリーさんもそうなんですか? 聞くのはどうかなと思ったんですけど、差し支えが無ければ、ぜひ教えて欲しいです。以前、何をして捕まったんですか?」
「すみません、私、前科無いんですよ……!! しょっちゅう聞かれるんですけど無いんです、ごめんなさい!」
魔術犯罪防止課あるある、前科を聞かれる。ステラちゃんもしょっちゅう「結婚詐欺師だったの?」って聞かれるって言ってたなぁ。毒をもって毒を制したい人もいるみたいで、前科が無いと聞いたら、あからさまにがっかりする人もいる。エイミスさんは違ったみたいで、ぱちくりと茶色い瞳をまたたいていた。次の瞬間、かぁっと頬が赤くなる。
「す、すみませんでした! 私ったら、失礼なことを聞いてしまって。ここにいるからといって、前科があるわけじゃないですよね……」
「いえいえ、大丈夫ですよ! あ、ちなみに先輩も前科者じゃないですよ。こう見えて、クリーンな人です!」
「おい。何だ、その紹介は」
「ええっ!? 嘘! 見えませんでし、あっ」
「よく言われることなので、どうぞお気になさらずに。で、話を戻してもいいですか?」
やばい、私のせいで不機嫌オーラが漂ってきちゃった。あからさまに不機嫌な表情になった先輩を見て、エイミスさんが縮こまる。私は慣れてるからいいけど、初めて会う人は不安になっちゃうよね! どうしよう。先輩が実は優しい人だってこと、知ってから帰って欲しいな……。
耳や尻尾の動きで考えてることが丸分かりなところも可愛いって言いたい。あ、それから、お肉に目がないところと、意外にも綺麗好きでお母さんっぽいところがあるって、声を大にして言いたい。とことん先輩の良さをアピールしたい!
私がぷるぷる打ち震えていたら、あっさりと話し合いが終わった。言いたい! 悪い人じゃないんですよって言いたい。でも、顔色が悪いエイミスさんを見ていたら、何も言えなくなった。一刻も早く帰りたそうな顔してたし……。後ろ姿を見送ったあと、部署に入る。何も言わずに、先輩がドアを開けてくれた。
「ど、どうしてさっき、不機嫌そうな顔してたんですか!? もったいない!」
「もったいない? 何がだ」
「先輩の優しさが伝わらなくてもったいないって話ですよ! もうちょいにこにこ笑って接していたら、エイミスさんの緊張もほぐれたのに」
「あっちは相談しに来ただけだ。にこにこ笑って出迎えて欲しいなんざ、微塵も思っちゃいないだろ」
「えー、でも、少し怯えてましたよ? 先輩が途中から、あからさまに不機嫌そうな顔するから!」
「……上手く笑えないんだよ」
気まずそうに呟き、部署のすみっこにある、相談ブースへ足を向けた。熱心にメモを取っていたし、捜査方針? を話し合うつもりなのかも。私の顔を見ずに、すたすたと歩き出した。
「上手く笑えないって、普段からにこにこ笑ってるじゃないですか! 私といる時みたいに笑えば、それで済む話なのに!」
「っぶふ、くくく……!!」
デスクに座っていたルーカスさんが笑い出した。先輩があからさまに不機嫌そうな顔をして、私の腕を引っ張る。あ、からかわれたくないから? 気にしないのに、私。普段から付き合っちゃえばいいのにとか、お似合いの二人だなって言ってくるんだけど、無視すればいいだけの話じゃない? 先輩、煽り耐性低い。ルーカスさんが茶色い瞳を細め、こっちを見上げてきた。
「いや、無理だろ! フィオナちゃんと一緒にいるから、」
「余計なこと言わないで貰えますか。飽き飽きしてるんですよ、おじさんのだる絡みに」
「おじさ……ま、まあまあ、ちゃんと言ったらどうだ? 好きな女の子には優しく笑いかけられるけど、その他大勢には無理だって、ちゃんと伝えるべきだ」
挑むような眼差しを向けられ、深く、眉間にシワが刻まれる。ああ、かっこいい! 先輩の不機嫌そうな顔を見るだけで、午後からまた頑張れる。下から見上げてもかっこいいって、なんで? どうして? 私の下からのアングルって、確実にブサイクに映るんだけど、先輩は違うんだよね。絶対絶対、地面に這いつくばりながら写真撮ってもかっこいい。ぐっと、私の腕を掴んでいる手に力が入った。
「……俺、今まで偏見を向けられてきたせいか、上手く笑えないんですよね。じゃ、話し合ってくるので失礼します」
「いつまで誤魔化せるかな~、自分の気持ちを!」
「鬱陶しい」
先輩が舌打ちをして、私を引っ張りながら歩く。なんで優しく笑いかけられないのかなぁ。人生、損してると思う。余計なお世話なのかもしれないけどさ、でも、私が知ってる先輩は優しくて、何かと親身になって相談に乗ってくれるから、他の人にもっと分かって欲しいんだよね……。
私だけ先輩の良さを知ってるって、なんかもやっとする。今も、腕を掴んでいる手が優しい。器用~、優しい力で引っ張るのって難しいよね。さっきとは違い、何歳か老け込んだ顔をしてる先輩が、向かいのソファーへどっかりと腰かけた。
「整理するぞ。被害に遭ったのは午後四時半ごろ。しかも、まばらとはいえども、人が歩いている通りでだ。普通ならありえない」
「ありえないんですか? 吸血鬼に詳しくなくて、分からないんですけど……」
「俺が今まで扱ってきた吸血鬼事件の被害者はみんな、とっぷり日が沈んだ頃に襲われてる。分かるか?」
「はい。普通、夜に行動するんですよね?」
「吸血鬼にもランクがあってな。年を取るほど強靭に、日の光の耐性をつける。最高ランクにもなると、ほとんど人間と変わらず、日中も活動出来る」
「えっ、最強じゃないですか……」
「そこへ到達する前に、飽きて自殺を選ぶけどなぁ。今回の相手はちょっと厄介そうだ。普通、夜に人通りがないところで襲うもんだが……よほど腹が減っているのか、何も考えず襲っているのか、一体どっちだ?」
考え込む先輩、めちゃくちゃかっこいい!! とりあえず、近くの警察署に吸血鬼情報が入ってきているかどうか、調べることになった。持ち出し厳禁、犯罪情報満載のタブレット型端末を使って調べる。使い方よく分かってないんだけど、前に嫌そうな顔で「これ、ややこしいから覚えなくてもいい」って言われちゃった。
あんまり、仕事に深く関わって欲しくないみたい。重要なことをいつも教えてくれない……。先輩の隣へ移動して、タブレットを覗き込む。いきなりだったからか、びくっと体を揺らした。
「あっ、ごめんなさい。隣に座っちゃだめですか?」
「……近い! もっと離れろ。しがみつかなくても見れるだろうが」
「えー、それはそうなんですけど。うわっ、気持ち悪い事件がいっぱい! まだ捕まってないんですか!?」
「だから、見るなって。警察官が全員、真面目に仕事してるわけじゃねーよ。期待するな」
「えええええ~……。警察官がいる意味って」
「無い時もある。ちゃんと働いてるやつもいるけどな。普通の仕事と一緒だよ、さして変わらん。カテゴリー別で、吸血鬼、吸血鬼っと」
「そんなカテゴリーがあるんですね、初めて見ました」
調べてみると、七件ほど被害情報が寄せられていた。全部都内だ。あ、被害者が住んでいる地域のすぐ近くで何件か起きてる。背筋がぞっとした。地図に赤ピンが並んでいるのを見ると、被害に遭うのは当然だったんじゃないかなって思う。怖い。
「……すぐ近くで、それも真夜中と明け方。男も狙われている」
「これ、どうやって特定するんですか?」
「腹が減ってる吸血鬼だから、血を使っておびき寄せる。よし、ステラでも使うか」
「だめですよ!! 私が囮になりますから!」
「冗談だ。あんなにうるさい女を使う気にはなれねぇよ。どうせ、ぐだぐだぐだぐだ文句を言うに決まってる!」
「本当に仲悪いんですね……」
ごくごくたまーにだけど、普通に喋ってる時もあるのに。もったいないな、ステラちゃんも先輩の良さを知らないなんて。私が落ち込んでいると、静かに呟いた。
「……俺がステラと仲良くなったら、嬉しいか?」
「はい!! 二人とも私の大事な友達というか、好きな人なので! 嬉しいですよ、もちろん。あ、もしかして、その気になってくれたんですか!?」
「何となく聞いてみただけだ。一生仲良くなれる気がしない。無理だ、吐き気がする」
「先輩……!! 期待したのに、も~」
「期待するなよ」
ぶつくさ文句を言いながらも、タブレットをいじってる。そこには被害者の証言が口コミのように並んでいた。嫌だなぁ。年齢と被害に遭った場所、住所もあわせて載っているから、生々しい。ひょっとして先輩、気を使ってる? だから、見せないようにしていたのかも……。
証言を集めた結果、判明した容疑者の特徴がまとめてある。便利。羅列された特徴の下に、誰が書いたか分かんないけど、白黒写真のような似顔絵が載っていた。彫が深い顔立ちに黒髪、赤い瞳。顎には不精ヒゲを生やしている。
「リ、リアルですね……。すぐ捕まえられそう」
「でも、捕まってないな。まだ。腕に覚えがあるのか」
「腕に覚えが?」
「おう。被害者にはっきり顔を見られているのに、殺していない。連続して襲ってる。しかも、範囲が狭い。おちょくられてる気分になるな、こうもあからさまだと」
「確かに」
「よっぽど腹が減っているのか、バカなのか、あるいは強いのか。バカであることを祈る」
「ふふ、どうでしょうねえ。強いんじゃないですか!? 腕に覚えがある方に賭けます!」
「おい、嬉しそうにするなよ。以前、バカがいたんだ。今回もきっとバカだ」
先輩が眉をひそめ、自分に言い聞かせるようにして呟く。不安なのかな!? あの先輩が!? きっと大丈夫ですよ、捕まえられますよって言おうと思った瞬間、ソファーから立ち上がった。
「以前、襲って血を吸うことが犯罪だと思ってなかったバカがいたんだ。今回もそういうバカ吸血鬼で、フィオナが怪我しないといいんだが」
「……え? ひょっとして、私の心配をしているんですか?」
「当たり前だろ。目を離せば、すぐ何かやらかす」
「もー、大丈夫ですよ! だから不安そうな顔してたんですね!? ほっとしました」
先輩がかなわないような吸血鬼が相手だったらどうしようって、一瞬不安に思っちゃったじゃん! 笑いながら立ち上がれば、ぴたりと動きを止めて、怪訝そうな表情で見下ろしてくる。あれ? 何か言ったっけ、変なこと。先輩が顎に手を当てた。
「……そんなに分かりやすいか? 俺って」
「えっ? はい」
「どれぐらいだ? 例えてみると?」
「た、例えてみると? ん~、十歳児?」
「十歳児。……いや、そこまで分かりやすくはないだろ!?」
「でも、お腹減った時とかすぐに分かりますよ! 目が虚ろになりますもん。ぼーっとした感じになって、物騒になるんです。雰囲気が」
ものすごく嫌そうな顔になった。どうして!? 気にしなくてもいいのになー、可愛いから。先輩が珍しく憔悴しきった様子で溜め息を吐き、額に手を当てる。かっこいい、悩める先輩かっこいい。悩んでいると色気が出るから、「どんどん悩んで!」って言いたくなっちゃう。好き!! 内心はしゃいでいると、出入り口へ足を向けた。
「行くぞ、情報収集だ」
「えっ、まだ情報集めるんですか?」
「吸血鬼に話を聞きに行く。あいつら、横の繋がりがすごいからな」
「へー。気にしなくてもいいですからね!? 先輩は最初、考えてることが分かりにくいミステリアスな獣人だったんですけど、これはこれで可愛いし、私としてはうれし、」
「そうか。フィオナのせいか」
「へっ?」
嬉しそうな表情で呟き、ほんの数秒間だけ見つめてきた。フリーズしていると、何事も無かったような顔をして、出て行った。心臓がばっくん、ばっくんって鳴り響いている。思わず、ぎゅっと胸元を握り締めちゃった。
(し、心臓に悪い! 唐突に、心臓に悪くなる先輩……!!)
そのあと顔が見れなくなったんだけど、普通に話しかけてくれてほっとした。何だったの、あれ。たまーにああいうことするよね、先輩って。バイクが全部出払っていたから、歩いて、吸血鬼が営むバーへ行くことになった。人数分、揃えてくれないかな~……。歩きたくないのに。
でも、まあ、先輩の顔がじっくり見れるからいっか! 休日は人でいっぱいのブティック通りも、今は閑散としている。平然とした表情で歩く先輩を眺めていたら、ふと、聞かなくちゃいけないことを思い出した。
「そうだ、私、吸血鬼に会ったことがないんですよね。どういう人達なんですか?」
「あるだろ。忘れたのか」
「えっ!? い、依頼人の誰かが、実は吸血鬼だったとか……?」
「違う! 酔っ払って本屋に入ったことがあるだろ? あそこの店主が吸血鬼だった。あとで一応、話を聞きに行くか」
「えー? 思い出せないんですけど。酔っ払って? 私が?」
「……妙な本を買った店。獣人の、ほら」
「あっ、ああ、あれか! あれですね!? いつも読んで参考にしてます!」
今、愛読してる獣人を落とすためには~、なんちゃら~って書いてある本を売ってたのが吸血鬼? や、やばい。思い出せない。ちっとも思い出せない! 頭が痛くなってきた。ん? 待って、今、言わない方が良かったことを言ったような気がする……。
「へー、参考にしてるのか。役に立ってないみたいだけどな」
「っうわああああああ!! 待って、違うんです! 先輩を口説き落とすつもりはなくて、違うんです! これはそう、異種族とのコミュニケーションを円滑にするために買って勉強している本で、」
「落ち着け、分かってるから」
「ほっ、ほ、本当ですか!? 本当にですか!?」
「本当、本当」
先輩が上機嫌で笑う。あっ、ああ、またやっちゃった……。つい、余計なことを言っちゃった! 恥ずかしい。私が先輩に好かれるために、努力してると思われちゃう。バレた。本、愛読してるのがバレちゃった。つらい、数秒前に戻りたい。顔を覆って歩いていると、先輩が「危ないな、ちゃんと前を見て歩けよ」って言いつつ、私の腕を掴んだ。ゆっくりと顔から手を離して、先輩のことを見上げる。
「ほ、本当に誤解してませんよね? 大丈夫ですよね!?」
「……ああ、大丈夫だ」
「何ですか!? 今の間は! 考えてることがよく分からないんですけど!?」
「なら良かった。分からないことがあったら、本を読む前に直接、俺に聞いたらいいだろ?」
「えっ、うーん……。聞きにくいこともありますから。アンドリュー君にだったら聞けるんですけど」
は、早く話題を変えたい。早く話題を変えて、先輩には一刻も早く、仕事モードに入って欲しい。私はあんな本、読んでないから。昨日だって何となく、三回開いて読んだだけだし。愛読はしてない。あーっ、先輩の記憶を魔術で書き換えてやりたい!! 違法だからやらないけど。失敗すると廃人になっちゃうし。
「へえ、アンドリューに? アンドリューになら聞けるのか」
「はい。先輩について教えてくれるんです。いつも的確で冷静なアドバイスをくれるから、すごく助かってます」
「ああ、なるほど……。いや、俺に聞けよ。それで済む話だろ?」
「えーっ!? 聞き辛いです」
「今、何が聞き辛い? 言ってくれ」
きゅ、急に言われても出てこない。先輩がまっすぐ、私のことを見下ろしてきた。なんでだろ。いつもはその綺麗な、銀色の虹彩が浮かぶ青灰色の瞳をずーっと、ずーっと、飽きるまで見続けたいなって思ってるんだけど。急に見れなくなって、目を逸らす。
「べ、別にありません……。きゅ、吸血鬼の話に戻しましょうよ! 店主さんが吸血鬼だったんでしょ? 何も思い出せません、イケメンだったこと以外、何も」
「さすがはフィオナ。酔っ払って記憶を無くしていても、イケメンがいたってことは思い出せるのか」
「でしょでしょ!? すごいでしょ!? イケメン美女のことはしっかり覚えていますからね~。あ、ちなみにこの店、三ヶ月前までイケオジの店員さんがいたんですよ。娘さんの出産を機に、やめちゃったんですけど」
「いちいち説明しなくてもいい! 余計な情報だ」
「えー、記憶力を自慢したかったのに。だめなんですか?」
「気が散るからやめろ。仕事中だから」
「ふふ、先輩ってば、分かりやすい」
尻尾がびったん、びったんと揺れて、私の足を叩いてくる。よ、良かった。話、逸らせたかも。はっと気が付き、尻尾を回収していった。気にしなくてもいいのになぁ。ばつの悪そうな表情を浮かべ、話題を変える。
「……吸血鬼は若い女の血液を好む。フィオナは健康的だし、真っ先に狙われるだろう。囮にしたくはない」
「じゃあ、どうするんですか? 少しぐらいなら吸われても、」
「嫌だ。却下」
「ええええ……」
「女性に頼む。今までもそうしてきた。吸血鬼に血を吸われてもいい女性がいるから、交渉して、おびき寄せるための香水を使って貰う」
「香水を? それを使えば来るんですか」
吸血鬼に血を吸われてもいい女性って……。うーん、血を吸ってくださいって頼む人もいるんだろうな。私なら嫌だ。貧血になりそうだし、痛そうだし、犯罪に巻き込まれそう。美形が多いって聞くけど。あ、気になってきた。いやいや、頼まない、頼まないから……。危ないことして犯罪に巻き込まれたら、即刻仕事やめさせられそう。アンソニーお兄様に。
「来る。いつでも血を吸われてもいいって、まあ、主張しながら歩いているようなもんだ。それを使って貰って、おびき寄せるから、いいか? 絶対に絶対に余計なことはするなよ? 張り切らなくてもいいから」
「えっ!? べ、別に張り切ってませんけど」
「本当か? 囮になるって二度と言うなよ。食い殺される女性もいるんだから」
「……はい」
時々、ニュースになってるよね。あまりにも美味しい血で我慢出来なかった、って供述してるけど、実際はどうなんだろう。人間を家畜扱いしてる吸血鬼もいるみたいだし。急に怖くなってきた。夜の街を多分、歩かなくちゃいけない。先輩が暴走した時のことを思い出した。私の声が聞こえない先輩なんてもう、二度と見たくないな……。軽く震えた私を見て、先輩が背中に手を添えてくれた。優しい。
「大丈夫だ。脅して悪かった。絶対に守ってみせるから、心配しなくてもいい」
「はい! でも、囮に……や、やめます。言いませんから、怖い顔しないでくださいよ! 怖い!!」
「二度と言うなって言ったのに、言うからだ。本当に頼むからやめてくれ。フィオナが怪我しているところを、二度と見たくない」
真剣な表情を浮かべ、呟いた。でも、この仕事、怪我がつきものなんですけど……。先輩は優しいから、気にしちゃうのかな。いっそのこと、バディを解消した方が先輩のためになるのかな。聞き辛いことでも聞いて欲しそうだったから、思いきって質問してみた。
「あの、私、このまま先輩のバディでいていいんですかね? 他の人と組んだ方がいいのかなって」
「……どうして、そうなったんだ!?」
「えっ? だって、心配かけちゃってるみたいだし。ステラちゃんと組んだ方がいいのかなーって。ほら、三人で行動するのもありなんでしょ? アンドリュー君と三人で、」
「だめだ。絶対に合わない。ステラはああ見えて苛烈だから、やめておいた方がいい。絶対に」
「え~……断言す、」
「とにかくも、絶対にバディは解消しない。ほら、尻尾を触らせてやるから我慢しろ」
「わーいっ! ありがとうございます!!」
目の前にきた尻尾に飛びついて、触って、頬擦りしてから気付いた。ご、ごまかされた!! でも、先輩がいいって言っているのならいっか。私も先輩のバディでいたいし。




