1.呑気に笑っていてくれよ
外は嫌になるほどの快晴で、目に眩しい。ぼんやりと外の景色を眺めながら待つ。センターを目指して、続々と人が集まってくるのが見えた。講座でも受けに来たのか、年寄りが多い。みんな、一様に楽しそうな顔をして歩いている。俺はとてもじゃないけど、そんな気分にはなれない。初夏だというのに。窓から空を見上げれば、青さが目に染みて、憂鬱な気分になった。
持っている瓶入りレモネード二本を落とさないようにしつつ、胸ポケットから、写真が入った黒い本革ケースを取り出す。そこには照れながらも、嬉しそうに笑っているフィオナの姿が映し出されていた。脳裏に、今にも泣き出しそうな顔のフィオナが浮かぶ。実際、あのあと本当に泣き出した。
(一体、俺の何が悪かったんだ……)
分かっている。自問自答しても、何の意味も無いってことは。それとなく聞いてみたが、不自然にはぐらかされた。ステラに頼んで、写真を撮られることに抵抗を感じるかどうか聞いて貰ったが、特に無いとのことだった。じゃあ、どうして泣いた? 理由は? 考えれば考えるほど、分からなくなってくる。
一つ分かったのは、あれから避けられているから、俺が何かミスをしたということだけ。もう一緒には帰らない、昼飯も食べに行かない、遊びにも行かないと宣言したくせに、フィオナの態度は相変わらずで、朝から変態発言ばっかしてくる。
嬉しそうな表情でカメラを向けてくるフィオナを見るたび、今すぐそれを奪い取って、もう一度撮ってやろうかと思う。あの幸せそうな表情。嫌われてはいないみたいだが……。ふいに、嫌な声が耳に飛び込んできた。トラ耳がぴくりと動く。意識を女子トイレに集中させる。
「もう何の関係も無いんでしょ? 少しぐらい、会わせてくれたっていいのに」
「本人が嫌がっていますから。人を待たせているので失礼します」
「ちょっと! まだ話は終わってないんだけど……」
レイラ嬢がトイレの中で絡まれている。しまった、どうするか。入れないぞ。女子トイレに入りでもしたら、通報されておしまいだ。急いで写真ケースを胸ポケットへ戻し、トイレの出入り口に立って、声を張り上げる。
「おい、聞こえてるからな! 火炎の悪魔に言いつけられたくなかったら、さっさと出てこい! いちいち絡むんじゃねーよ」
エディはちょくちょく過激なことをしているみたいだから、これで出てくるだろ。予想通り、顔色が悪い女性職員三人が出てきた。思いっきり睨みつけてやると、青ざめて一瞬立ち止まったが、すぐ逃げていった。逃げるのなら、最初から絡むんじゃない! 後ろ姿を睨みつけていたら、レイラ嬢が出てきた。
「すみません、お待たせしてしまって。助かりました、ありがとうございます」
「いえ、大変ですね」
「もう慣れましたよ……。ふふふ」
虚ろな笑みを浮かべる。美人ということもあって、余計に絡まれるのかもしれない。気の毒になった。瓶入りレモネードを二本とも返せば、軽く頭を下げて「ありがとうございます」と言ったあと、腕に抱えた。貴族のお姫様らしい、上品な所作だった。俺が歩き出すと、少し後ろを歩いてついて来る。
「あの、知り合ったばかりなのに、こんなことを聞くのは失礼だと分かっているのですが」
「……どうしました?」
俺に何を聞くつもりだ。夫婦関係のことなら相談に乗りたくない。まあ、ぎくしゃくしてるっていうのは無いだろうが。数年前の戦争で火炎の悪魔と呼ばれ、おそれられた男は今、デレデレした表情で妻の手をしょっちゅう握っている。フィオナと上手くいっていない俺からすれば羨ましい光景であり、気まずくもなる光景だ。
フィオナの手を見つめていたら、呑気に「いいなぁ~、私もレイラちゃんの手を握りたい!」と言っていたのを思い出して、眉間にシワが寄る。分かってる。自問自答したって、イライラしたって、フィオナとの距離が縮まるわけじゃないってことは。
「本当にすみません。でも、夫が気にしていて」
「エディが?」
「はい。その、アディントンさんはフィオナさんのことが好きなんじゃないかって……。応援するって息巻いているんですけど、止めた方が良いですか?」
「止めてください、ぜひ。嫌な予感しかしません」
「分かりました、止めておきますね」
「……ちなみになんて言ったんですか? 応援するって言い出した時にレイラ嬢は」
俺に聞くまでもなく、止めろよ!! 普通分かるだろ、俺に聞かなくても。まさか言ったのか? 応援した方が良いって。それか、ちゃんと止めなかったのか。心臓が嫌な音を立てた。焦って見下ろせば、紫色の瞳を丸くしてから、くすりと笑う。
「大丈夫ですよ、ちゃんと言ってありますから。くれぐれも余計な真似はしないようにって」
「そうですか。ならいいんですけど……またふざけたことを言い出したら、ちゃんと止めてください」
「はい。本当にフィオナさんのことが好きなんですね」
そんなに分かりやすいか? 俺って。ステラやルカは大げさに言っているだけと思っていたが、もしかして、分かりやすい態度なのか。知り合ってまだ間もないレイラ嬢に指摘され、動揺してしまう。耳や尻尾が勝手に動いた。何とか気合いで動きを止めていれば、くすくすと笑い出した。ひょっとして、二人きりで話したいことってこれか。
「大丈夫ですよ、言ったりしませんから。応援します!」
「……どうも」
「だって、フィオナさんに向ける笑顔と他の人に向ける笑顔が違いますし。何よりも、フィオナさんといる時はずっと喋ってますよね。楽しそうに」
「別に、レイラ嬢と話すのが楽しくないってわけじゃないんですけど……」
「分かってます、大丈夫です。ただ、あまりにも態度が変わるから、驚いただけです。最初はクールで寡黙な人だと思ってたんですけどね、ふふっ」
わざわざ説明しなくてもいい。顔に出ていたか、なんで好きなのが分かったんだって。食堂へ向かうにつれ、どんどん人が増えてきた。通りすがりの職員達が好奇の眼差しで、俺とレイラ嬢を交互に見てくる。見られるのはいつものことだが、今日は特に酷い。気にせず、話を続けた。
「でも、印象が変わりました。フィオナさんを前にすると、一気に優しそうな雰囲気になるので」
「……分かりやすいんですかね、俺って」
「はい、すっごく! だけど、フィオナさんは何とも思ってなさそうですね。アディントンさんと二人きりで話したいって言ったら、どういう反応を見せるのかなと思って試してみたんですけど、無反応でしたね」
「……」
やめろよ、言うなよ。飲み物を買い忘れたから買ってくる、ついでにアディントンさんと二人きりで話したいことがあるって言った瞬間、フィオナは「え~、いいなぁ!」と呟いて、俺を羨望の眼差しで見つめてきた。イケメンが好きって言ってたくせに。
フィオナは美形なら何でもいいらしく、たまに本気で俺に嫉妬してくる。美人の女友達を紹介しろって言ってくるしなぁ。どうして俺の男友達と同じことを言うんだよ。
「私の方が好かれていて、何だか申し訳ないです。フィオナさんってかっこいい、かっこいいって言ってるわりに、ぜんぜんアディントンさんのことを意識してませんよね。観賞用なんでしょうか」
「かん、しょうよう……。まあ、それは確かに」
「ですよね、見ていてそんな感じがします。今はアディントンさんのことをまったく意識していないようですが、大丈夫ですよ! ゆっくり距離を縮めていったら、いずれ機会が訪れるかと」
慰める気あるのか、こいつ。二回も意識してないって言いやがって……。分かってるよ、そんなこと言われなくても。内心イライラしていると、それにまったく気付かず、話を続けた。
「夫が手伝うって張り切ってて、うるさいんですよね。私からも言い聞かせておきますが、止められる気がしないので、ちゃんときっぱり断っておいてください」
「……はい?」
「うるさいんですよ、ここのところ毎日。片想い期間が長かったせいか、アディントンさん可哀相! 俺が手伝ってあげなくちゃ~ってうるさいんですよ。言っても聞かないんですよね、だからお願いします」
「俺が言っても、止まらないかと」
「頑張ってください。ああなったエディさん、本当に面倒臭いんですよね……」
話ってこれかよ!! ああ、面倒臭いやつと知り合いになっちまった。どうりでやたらと俺にフィオナの隣を勧めてくるわけだ。そわそわした様子で好みのタイプを聞いてきたり……。うんざりした。せっかく邪魔者のアンドリューを排除したっていうのに、これかよ。素知らぬ顔で歩いているレイラ嬢に話しかけようと思ったら、電話がかかってきた。ちょうどいい、アンドリューからだ。
「もしもし? どうした?」
「っす、すす、すみません、でん、わ、フィオナさんにしても繫がらなくて……」
「ああ、ロッカーに置いてきたって言ってたからな。どうした? デート中なのに、電話かけてきちゃだめだろ」
「デ、デートじゃなくて、顔合わせだと思います」
「細かいことはいい。何があった? 簡潔に話せ」
エディがフィオナに余計なことを吹き込む前に、さっさと戻りたい。気を利かせてか、レイラ嬢がひそひそと「先に行ってますね」と俺に伝えてから、早歩きで中庭へ向かった。くそ! 羨ましい。俺だってさっさと戻って、昼飯を食いながらフィオナと喋りたいのに。
「あの、で、でも、あっ、晩に、今日の晩にまたデートしようって言ってきたんです。断りきれなくて……どう、どうしたらいいんですかね?」
「飲みにでも行ってこいよ。大丈夫、相手はメンヘラだ。悪いようにはしないだろ」
「だっ、大丈夫じゃありません……!! 助けてください、お願いします」
「嫌なら断れ。でも、彼女が欲しいんだろ? フィオナとこそこそ二人で出かけてたもんな」
「つ、月夜市のこと、まだ根に持ってるんですか? でも、あれは、プレゼントを探しに行っただけで……」
「とにかくも、嫌なら断れよ。彼女は今、どこで何をしているんだ?」
「お手洗いに行ってるので、この隙にその、何か、有益なアドバイスをください……」
メンヘラの尻に火がつくようなアドバイスでもしてやるか。しかし、とっさのことで何も思い浮かばない。女性経験が皆無っぽいし、変なアドバイスでもそれらしく言ってみたら、納得するだろう。適当に言うことにした。悪いな。許せ、アンドリュー。フィオナがお前のことを頼りにしてるんだよ。ことあるごとに相談しやがる!
「うーん、そうだなぁ……。会ったばかりだし、今度昼間にデートしようとでも言っておけ」
「えっ!? で、でも、関係を進展させたいわけじゃないんですけど」
「バカ野郎! 遠回しにそう言って断るんだよ。女性と付き合ったことがないし、こういうことに不慣れで自信がないから、悪いけど今日はやめておきたいって、ぼそぼそ言って幻滅させろ」
「あ、な、なるほど? 弱いところを見せるんですね」
「そうだ。自信が無さそうな様子で言うんだぞ? 大丈夫、絶対に上手くいくから。それで女性は幻滅する、必ず」
「ありがとうございます。じゃあ、そうします……!!」
よし、騙せた。フィオナから、メンヘラ女友達は女慣れしてない男が好きだって聞いてるから、これで上手くいくだろう。さっさと付き合って、フィオナのことは諦めろ。ようやく片付きそうで安心した。魔術手帳をポケットの中に入れ、中庭へ向かう。
あの二人がフィオナに余計なことを吹き込んでなきゃいいが……。樹木が生い茂る小道を歩いていたら、レイラ嬢に追いついた。二人のもとへ行こうとはせず、立ち止まっている。驚かさないように、わざと音を立てて歩いたら、振り返った。
「どうしたんですか? 行かないんですか?」
「……二人の会話を聞いてみようかと思いまして」
「はあ」
「だって、エディさんとフィオナさん、気が合うみたいだから……」
なるほど、嫉妬してるのか。近付けば喧嘩をする有様だが、ごくたまに意気投合して、楽しそうに喋っている。レイラ嬢が不安そうな様子で、ベンチに座っている二人を見つめ、魔術を行使した。ふわっとほのかに風が生まれる。
(まあ、俺は耳を澄ませば聞こえるし……)
せっかくだから、聞いてみるか。盗み聞きが常習化していて、フィオナに申し訳ない。絶対に言わねーぞ、一生。たとえ付き合うことになっても、盗み聞きしていたことは絶対に言わない。フィオナのことだから、傷付きそうだ。些細なことをいつまでも気にする。耳を澄ませて、会話に集中してみた。
「俺的にはフリルとかレースとか花柄とか、子どもっぽいって思わずに着て欲しいんだけど、そういうわけにはいかないみたいでさ。この前青いノースリーブ着てたけど、あれ、本当にやめて欲しい」
「私は冬、先輩に貴族っぽいフロックコートを着て欲しい~!! 重くてずっしりしてて、動き辛いやつ! チェック柄のマフラーも意外と似合いそう。でも、先輩はチェック柄似合わなくて嫌いだから、買いたくないって言ってた。大きめのチェック柄も似合うと思うんだけど」
「付き合ってる頃は、ん~、片想いしている頃かな? レイラちゃんが露出多めの服を着てると嬉しかったんだけど、今は心配で心配で心配でしょうがない……。でも、前も嫌だったような気がする!」
「意外とベロア素材のディープグリーン色のニットとか、ばっちり似合いそう。でも、先輩はそこまでおしゃれが好きじゃなくて、TPOに合わせて服を考えてるって感じなんだよね」
ぞっとした。怖いな……。二人とも、自分の好きな話しかしてねぇぞ。相槌すら打ってない。微妙に噛み合ってるんだか、噛み合ってんだかよく分からない会話だな。二人ともまっすぐ前を向いて、話し続けていた。お互いの顔を一度も見ていない。
「レイラちゃんは俺にあれ着て、これ着てって言うわりにはさ、自分の服選びに口出されたくないタイプ。別にそれでもいいんだけど、たまには俺の好きな服を着てくれたって……。まあ、何を着ても天使で可愛いし、目の保養なんだけど」
「美術館の時も張り切っておしゃれしてきたというよりも、美術館だからこの服を選んだって感じがぷんぷんする。冬になったら、一緒にお出かけしましょうって誘っちゃおうかな~。夏服も露出が多くて好きなんだけど、あっ、黒いタンクトップ着て欲しい、黒いタンクトップ!!」
「付き合ってた頃はもうちょい俺に優しかったような気がする。俺の意見を聞いて! って言ってるわけじゃなくて、なんかこう、全体的に優しさが低下してきたから、不満に思うのかもしれない……」
だめだ、こいつら。一度もお互いの顔を見ずに、好きな話ばっかりしてやがる。おい、エディ。俺の片想いを応援する話はどうなった? 別にしなくてもいいし、むしろ余計な真似をせず、大人しくしていて欲しい気持ちはあるが、すっかり忘れている様子を見ると腹が立つ! 呆然とした様子のレイラ嬢が、静かに呟いた。
「二人とも、自分の好きな話ばっかり一方的に語ってますね……」
「ですね。心配する必要なんて無いでしょう」
「だけど、アディントンさんも不安に思っていたでしょ? あの二人はよく似ているし、変に意気投合したらどうしようって」
鋭いな。確かに心配だった。好きの反対は無関心だ。無関心なら、関係は一向に進展しない。だが、二人がある日突然、お互いの価値観がよく似ていることに気付きでもしたら? いがみ合ってても、付き合うやつはいる。友達がそうだったから、余計不安になってしまう。
エディは少し不満を抱えた、極度の寂しがりやでイケメン。フィオナは流されやすいところがあって、ふとした拍子に弱さを見せる。二人が付き合いでもしたら? レイラ嬢のことを鼻で笑えない。黙って、静かに小道を抜け出し、エディとフィオナのところへ向かう。黙ってついて来た。俺が近付いてくるのを見て、ベンチに座った二人がぱっと、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「お帰りなさい、先輩! 何の話をしていたんですか?」
「大したことじゃない」
「お帰り、レイラちゃん!! めちゃくちゃ寂しかったんだけど! 今度からは絶対について行く、絶対について行くからね!?」
「はいはい」
「何も無かった? 大丈夫だった? クソ女に絡まれなかった?」
「あ……」
「絡まれてたぞ、女性職員三人に」
すっと、淡い琥珀色の瞳から光が消えた。余計なことを、と言いたげな表情でレイラ嬢が見てくる。エディがすぐさま立ち上がった。フィオナはさりげなく俺の腹筋に手を伸ばして、触ろうとしていた。
「顔と名前と部署名を教えてくれ、あとで」
「知らん。魔術を使って自分で調べろ。フィオナ? おい、触るなって」
「ちっ、違います、違います、エアお触りです!! ほら、触ってないでしょ!? 少しでも腹筋と距離を縮めるために直接触れず、手をかざしてるだけなんです。健康になりますよ!」
「やめろ、絶対にならないから」
「あう~……。すっ、少しぐらい、少しぐらい!!」
伸ばした手を掴めば、焦った表情で見上げてくる。可愛い。あからさまなんだよぁ、いつも。試しに指を絡めてみたら、透き通ったグリーンの瞳を瞠って、恥ずかしそうな表情になる。このまま言ってしまいたい。どうして俺を避けるんだ? 泣いた理由は? 嫌なことをしてしまったのなら、言ってくれ。直すし、謝るから。察したのか、エディが慌てて話しかけてきた。
「お、俺は、レイラちゃんに聞かなくちゃいけないことがあるから、しっしっ! 解散だ!」
「ちょっとやめてよ、犬猫を追い払うみたいに言うの!」
「とにかくも解散だ。行こう、レイラちゃん。あっちに行って、クソ女の話を聞かせてくれ!」
「はい、分かりました。そうだ、レモネード。はい、これ、エディさんの分」
「えっ!? ありがとう……。俺のこと、覚えてくれてたんだね。すっかり忘れ去られているかと思ってた」
「認知症じゃないし、忘れたりしませんよ! まったく、私のことを何だと思っているんですか」
「最近、冷たいからさ……。もう新婚さんじゃないのかな、俺達」
笑いながら落ち込むエディの背中にそっと、手を添えていた。二人の様子を見つめ、またフィオナが「いいな~、私もレイラちゃんとご飯食べたかったのに!」と言う。サンドイッチを口の中に突っ込んでやろうかと思った。相手が女性でも、あからさまに好意を寄せているのを見ると、イラッとする。
「ほら、座って食おうぜ。フィオナ」
「あっ、はい。二人きりになっちゃいましたね……」
フィオナが黒髪を耳にかけながら、ベンチに腰かける。良い雰囲気になりそうな台詞だと思ったのか、慌てて俺の手に、さっき預けた紙袋を手渡してきた。
「どっ、どうぞ! いや~、もう、お腹が空いちゃって、空いちゃって! レイラちゃんと一体、何の話をしていたんですか?」
「別に。気になるか?」
「す、少しは? でも、重要な話じゃないのなら、あっ、重要な話だったら聞いちゃだめですよね。大したことない話ならいいです、聞かなくても!」
心を落ち着かせるためにか、焦って、食べかけのサンドイッチを口へ突っ込む。そんなに頬張ったら喉が詰まるぞ、やめろと言う前に、「うっ!」と言って止まった。顔色が悪い。おまけに、頬がぱんぱんに膨らんでいる。
「おい、大丈夫か!? いつも言ってるだろ、よく噛んで食えって!」
「ごう、ごおうもうおっ……」
「大丈夫か? よく噛んで食えよ。喉が詰まりそうなら頷け、魔術を使うから」
「んーん、んん!」
「大丈夫ならいいけど。驚かせるなよ、まったく」
もっちゃもっちゃと咀嚼しながら、笑ってピースサインを作った。可愛い。もう一度写真が撮りたい。あれ、片面が空いているんだよな……。二枚写真が入るタイプのケース。美味しそうに食べている様子を撮って、空っぽの片面に入れたくなった。
おどけて笑いながら、「写真の中のフィオナが寂しいって言ってるんだよ。もう一度だけ撮らせてくれ」と言いたくなった。そんなこと、口が裂けたって言えないが。写真を持ち歩いていることも。一生懸命頬を動かして、美味しそうにサンドイッチを食ってるフィオナを眺めていると、急に振り返った。首を傾げ、不思議そうな表情になる。
「あれ? 先輩は食べないんですか?」
「ん、食べる。一口いるか?」
「えっ、いいんですか!? で、で、でも……」
「ほら、口開けろ。あーん」
「おっ、おうおおう……!!」
ものすごく葛藤したすえに、奇妙な唸り声を上げながら、口を開いた。むしり取ったチーズパンを口に放り込んでやると、幸せそうな顔になる。告白したらもう、こうやって笑わなくなるんだろうなぁ……。




