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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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30.ヒューの八つ当たり

 






 あれからまともに先輩と目が合わせられない。どうして泣いちゃったんだろう、私~……。バカだ、勝手に気まずくなってる。いつもみたいに喋れなかった。でも、先輩は違うことを考えてたみたいで「大丈夫か? 腹でも痛いのか」って言われちゃった。怒ったら、食べ過ぎたのかと思ってって、あれこれ言い訳してた姿が可愛かったから許すけども! 許すけど……。


「先輩、すみません。今日はその、アンドリュー君と一緒に食べようと思ってます!」

「ああ、大丈夫だ。俺もたまには一人で食べようかと思ってたし」

「えっ? 本当ですか」

「……」


 うおおおおおっ、気まずい! ですよね!! いつもいつも私と食べたいって思ってるわけじゃないのに。誘おうかな、どうしようかなって考えているように見えて、つい言っちゃった。慌てて両手を振ったら、むすっとした表情で見下ろしてくる。


「すっ、すみません! 自意識過剰でした! じゃあ、またあとで」

「おう、気をつけろよ」

「あ、はい」


 口ぐせかぁ、もう。気をつけろって言うの。何も危険なことは……まあ、うん、エディ君と出会って危険を感じたっけ? そういえば。暴力をふるうタイプじゃなかったけど。ただ思い込みが激しくて、突っ走ってしまいがちの性格。騒がしいし、嫌いだな~。ああいうタイプ。レイラちゃんと毎日会えないの悲しい。制限されちゃってる。


 とりとめなく色んなことを考えながら、小走りで向かう。アンドリュー君はこの時間、一人でご飯食べるために春の庭へ行こうとしてるはず。間に合うかな、どうかな。入っちゃったら終わりだもんね。廊下を走ってたら、今まさに、ドアを開けて入ろうとしているアンドリュー君が見えてきた。ドアが閉まったらもう入れない! 会えなくなっちゃう。全力で床を蹴って、追いつく。


「まっ、待って! 私と話そう!?」

「っうわ、うわあああああ!?」

「ごめん、びっくりさせて! ごめん!」


 後ろからいきなり飛びついたら、叫び声を上げた。真っ青な顔で見つめ返してくる。ご、ごめんね……。ビビりなのに。ぜえはあと息を荒げつつ、肩にしがみつきながら「私と喋ってくれるよね……? 話があるんだ」って言うと、真っ青な顔でこくこく頷いてくれた。やったー! 良かったぁ。


 胸元を押さえているアンドリュー君と一緒にドアを開けて、庭へと入る。ピンク色の花びらが舞い降りてきた。先輩と行った店を思い出す。青々とした芝生に、川のせせらぎとピンク色の花をつけた樹木。風はなくて、穏やかに静まり返っていた。本当に外みたい、ここ。空がないから、室内の庭だって分かるんだけど。


 木のピクニックテーブルのところへ行ったら、やや真ん中に、ピンク色の花をつけた小さな木が根を張っている。えっ、ええええ……? まあ、テーブル広いから大丈夫なんだけど。薔薇にしては繊細な、薄い花弁が重なっている。座らずにちょいんちょいんと、ピンク色の花を突いていたら、向かいに腰かけたアンドリュー君が話しかけてくる。


「で? どうしたんですか。嫌な予感しかしないんですけど」

「えっ、そんなに嫌がらなくても!」

「……」

「ごめんって。さっきのこと、まだ怒ってる? 間に合わなかったら、ほら、喋れないからさ……。途中で誰か入れるようになってたらいいのにね、この庭」

「一人になるための庭ですから、ここ」

「まあ、そうなんだけど。ごめんね、本当に。次から気をつける」


 しょんぼり落ち込んでいたら、くすりと笑った。あ、怒ってはいないみたい? 良かった。今日はどこかのパン屋さんで買ってきたみたいで、茶色い紙袋から、美味しそうなサンドイッチを取り出した。ハード系のパンからでろっと、チーズとハムがはみ出てる。美味しそう。小さくお腹が鳴った。そ、そうだ、お昼ご飯持ってきてない。ロッカーの中に忘れてきちゃった。思わずごんと、テーブルに頭を打ちつける。


「私、今日、本当にバカだ~……!! 気まずくなるようなことじゃないのに、気まずくなって先輩と目が合わせられなくなっちゃうし、ランチトート忘れちゃうし!」

「忘れたんですか。そういえば持ってないですね」

「ロッカーの中にあるんだけど。もういいや、面倒臭いから諦める。話聞いてくれる?」

「……構いませんけど。持って来た方がいいんじゃないですか? 待ってますから、外で」

「ん~、申し訳ないからいい。食欲あるわけじゃないし」


 お腹空いてるっちゃ空いてるけど、なんか食べたくない。一目惚れして付き合って、すぐ破局した時以来? こういう状態って。そうだ、私、一目惚れして猛アタックして、付き合ったけど上手くいかなかったんだ。一緒にいて、落ち着く人だったのにな~……。


 先輩ともそうじゃない? どの恋愛も最初は上手くいくと思ってたんだけど、結局、上手くいかなかった。一緒じゃないかな、誰と付き合っても。恋愛には我慢がつきものだし。大きな溜め息を吐いていると、アンドリュー君が話しかけてきた。


「何で悩んでいるんですか? そんなに。アディントンさんと何かあったんですか」

「何も~? 別にぃ」

「……珍しいですね、やさぐれてるの。フィオナさんらしくない」

「だってさ、ううん、やっぱやめた。アンドリュー君はさ、誰かと付き合ったことある?」

「ありません」

「その方がいいよ、疲れちゃった。上手くいかない」


 先輩の気持ちも、自分の気持ちもよく分かんない。疲れた。このままだと好きになっちゃうかもしれないから、距離取ろうかなぁ。楽しかったんだけど。ご飯食べに行くのも、喋るのも。常に気を使ってくれるし。気を使ってくれてるというよりも、大事にしてくれてる感じ……? のびのび過ごせて楽しかった。先輩も嬉しそうだった。写真を見たら分かる。


「どんどんね、嬉しそうな顔になっていくの。先輩が! あの先輩が!!」

「はあ。いつも嬉しそうですけど、アディントンさんは」

「最初は苦々しい顔してたのに~……。私が嬉しそうな顔してて恥ずかしかったから、海辺ではしゃぐ先輩の写真を持って行って、恥ずかしがらせようと思ってたんだけどね!?」

「はあ。よく分かりませんが、そうなんですね」

「棒読みやめてくれる……? で、最初の頃と美術館の時の写真を見比べてみたの! そしたらぜんぜん違った!! 先輩が嬉しそうで」


 スイーツブッフェに行った時も嬉しそうだったけど、あれは子どもみたいにはしゃぐ私を見て、楽しんでた感じ。あと、私がエレベーターの中でポーズ指定したからか、目が死んでる写真が沢山あった。でも、最近の写真はどれもこれも目が死んでない。プールの時は呆れたような顔してたけど。


 少しずつ、少しずつ先輩が嬉しそうな顔になっていくのを見て、恥ずかしいのと嬉しいのがぐちゃぐちゃに混ざって、うわああーって叫びそうになった。認めたくない。先輩も、ひょっとしたら私と一緒にいて、楽しいと思っているのかもしれないなんて。


「うわぁ、ごめん。私、今までで一番混乱してる。何で悩んでるのか分からない。もぞもぞ、そわそわする……」

「ふーん」

「ごめん、相談に乗って?」

「どうやって!? 無茶なこと、言わないでくださいよ……」

「だ、だってさ~、見てよ、これ!! 見て、見て!」

「落ち着いてください。今、見ますから」


 紙袋からもう一つ、アンドリュー君がサンドイッチを取り出した。丸くて白いふわふわのパンに、魚のフライとレタスが挟んである。無言で差し出してきた。軽く睨みつけられ、何も言えず、黙って受け取る。ひ、引き下がらないぞって顔してた……。私が受け取ったのを見て、写真を奪い取った。乱暴な動きだったからか、そんな風に見えた。さっさと見て、終わらせる気満々の態度じゃん!


「……この写真がどうかしたんですか?」

「どうかしたんですかじゃなくて! すごく嬉しそうでしょ? 私」

「何をいまさら」

「デ、デ、デート中みたいな顔してるじゃん!? おかしいでしょ。いつもは、いつもはそんな顔してないのに……」

「いや、いつも通りですね」

「はっ?」

「いつも通りですね。こんな顔してますよ」

「……嘘でしょ?」

「嘘じゃありません、本当です」


 アンドリュー君は不親切だから、それ以上何も言わなかった。もそもそとサンドイッチを食べ始める。いつも? 嘘でしょ、いつも!? 慌てて写真を見てみたけど、過去最高の笑顔を浮かべてる。いつも? いつも、こんなに嬉しそうに笑ってたんだ……。


「あーっ!! だから、みんな、付き合ってるのとか好きなのとか言ってくるんだ!?」

「えっ? いまさら気付いたんですか」

「あ~、分かった! ようやく分かった!! だから私、付き合えば? って言われちゃうんだ。へ~、そうなんだ。知らなかった。うわあぁ」

「落ち着いてください。……本当に今まで、よく分かってなかったんですか?」

「うん。かっこいい、かっこいいって騒いでるから、言われてるのかと思ってた。そっかぁ、私、嬉しそうな顔してたんだぁ。だからみんな、好きなのとか、付き合っちゃえばって言うんだ!」

「……」

「なんでドン引きするの!? やめてよ、その顔!」


 アホかこいつって、アンドリュー君の顔にでかでかと書かれていた。ひどい! 


「でも、ちょっと待って? ということは、先輩に恋してるから嬉しそうな顔してるわけじゃなくて、イケメン効果の笑顔!?」

「いや、そういう、そういうわけじゃ、」

「あーっ、もう、心配して損した! 良かったあぁ~……。私、別に先輩のことなんて好きじゃなかったんだ。あっ、先輩、いつもこんな顔してるって言ってた! そうだ、言ってたよ!! いつもこんな顔してるって言ってたのに、気付かなかった」


 恥ずかしがるようなことじゃなかったのに。ましてや、泣くようなことじゃなかったのに! うわ~……もうちょっと落ち着こうよ、私。慌てすぎじゃない? ほっと胸を撫で下ろす私を見て、アンドリュー君が怪訝そうな顔になる。


「……自分の顔見て、悩んでたんですか?」

「やめて、小さいことじゃないのよ! 大きい悩みだったの!」

「へええ~」

「うわ、どうでもよさそう。お腹空いてきちゃった。ありがとう、これくれて!」

「返してください」

「ご、ごめんって。迷惑かけてごめんね!?」


 何となく言ってみただけらしく、笑っていた。は~、ほっとした。サンドイッチが美味しい。スパイシーなこってりソースと酢漬けの玉ねぎ、ざくざくの衣に包まれた魚のフライが超絶美味しい。パンがふわふわで甘ーい。さすがに一個だけじゃ物足りないから、アンドリュー君に外で待ってて貰って、お昼ご飯を取りに言った。文句言わずに付き合ってくれて、本当にありがたい……。


「でも、いずれ好きになっちゃうかもしれないから、今後は毎日アンドリュー君と一緒にお昼ご飯食べてもいい?」

「えっ!? お、俺、店とか苦手だし、それはちょっと……」

「あ、大丈夫! お店に行くつもりはないから。ここで一緒に食べようよ」

「うーん……」

「パンねだったりしないよ!? ごめん、だめかなぁ? 私、先輩をなるべく避けたいんだよね。あと金欠で!! ステラちゃんと一緒だと、お高め価格の店になっちゃうし」

「じゃ、じゃあ、たまにだったらいいですよ。アディントンさん交えて、三人で」

「あっ、いいね! それ。二週間に一回ぐらい、三人で食べよっか」

「少なすぎるかと……」


 最終的に折れてくれた。ごめん、アンドリュー君。一人で食べたいだろうに……。でも、私、一人で食べるのは寂しいし? エディ君が「しばらくの間、レイラちゃんと食べるのは禁止!」って言ってるし。レイラちゃんがすぐに笑顔で「また連絡しますね、一緒に食べましょう」って言ってくれて嬉しかった。


 だけど、毎日一緒には食べれないよね。うん。アンドリュー君が最適! アンドリュー君から貰った、甘いクロワッサンに齧りつく。ぼろぼろって、欠片が落ちた。


「というわけでよろしく! 絶対好きになりたくないんだよね……。あ~、でも、ほっとしたぁ。先輩のこと好きになったわけじゃなくて! ふふふ」

「……どうしてそんなに否定したいんですか?」


 気まずい。だって、付き合ったって上手くいかないし。絶対に。あれこれ言い訳しようと思ったけど、敵う気がしなくて、口の中にクロワッサンを詰め込む。そんな私を見てもう一度、アンドリュー君が溜め息を吐いた。イケメン! 伏せられた長い睫と端正な顔立ち。


 でも、先輩には遠く及ばない。かっこよすぎて、見たら脳みそが焼けちゃうぐらい、興奮するイケメンとは付き合えない。不満そうなアンドリュー君に必死で話しかけながら、廊下を歩いていると、向こうから先輩がやって来た。ここにいるの珍しい。バカどもにからかわれたくないからって言って、普段は部署の近くを避けてるのに。


「先輩! 珍しいですね、ここにいるの」

「……アンドリューはたいがい、庭で食べてるからな」

「あ、ひょっとして迎えに来てくれたんですか?」

「ここ、ついてる」

「ふぉっ!?」


 動揺する私を気にも留めず、口元についていたクロワッサンの欠片をつまむ。それを静かに見て、数秒後、魔術で消し去った。指先からわずかに、さらさらって雪がこぼれ落ちる。わ~、すごい。綺麗。先輩の魔術は鋭利で無駄がない。術語の組み立てが速いし。アンドリュー君はまだ先輩のことが苦手なのか、隣で縮こまっていた。背筋が丸まってる。


「それで? 二人で一体、どんな話をしてたんだ?」

「えっ、あ、そう、相談に乗って貰ってたんですよ! ねっ? アンドリュー君。それと今日から、毎日一緒に食べることになりました!」

「あ、え……」


 アンドリュー君が物言いたげな表情を浮かべ、私を向かって手を伸ばしたけど、先輩を見て、すぐに手を引っ込める。まだ怖いんだなぁ、可哀相に。怯えているアンドリュー君を安心させるためか、先輩がいつもより優しくて、とびっきり穏やかな微笑みを浮かべた。子ども用じゃない? それ。私、そんな笑顔向けて貰ったことない~……。


「急だな。どうしてそんな話に?」

「あ、えっ、えっと……」

「アンドリュー君はまだ先輩のことが怖いんですよ! だから、優しい笑顔なら私に向けてください!」

「何を言ってるんだ、お前は。そんなに嫌か? 俺と食べるのは」

「ちっ、ちが、そうじゃなくて! ただ先輩といると混乱するというか、迷惑をかけちゃうから一旦離れようと思っただけで、嫌じゃないんですよ! ほら、急に泣くとびっくりしちゃうでしょ?」


 上手く言えない~……!! 好きになっちゃうかもしれないから極力離れたいんですって、さすがの私も言えないよ。アンドリュー君の腕を掴んで、揺さぶっていたら、先輩が「やめてやれ」と言って、私とアンドリュー君を引き剥がした。あああ、失敗続きで悲しい。もうちょっと上手く言えたら良かったのに。黙り込んで、床を見つめていたら、先輩が口を開いた。


「もういい。悪かったな、無茶させて」

「いや……わ、たしが」

「フィオナは何も悪くないから。でも、大丈夫か? アンドリュー。お喋りのフィオナに付き合うのは大変だろ」

「大丈夫ですよ! 練習が、練習がしたいみたいで……。だから、それもあって毎日食べることにしたんですよ! ねっ? ねっ? アンドリュー君、そうだよね? 喋る練習がしたいんだよね? 私と」

「は、はい」


 強引に言わされた感が半端ないけど、これでいいでしょ! 上手い言い訳が見つかって良かった。何か理由があったら、多少不自然でも、先輩は納得してくれるはず。完壁に避けたいわけじゃないんだよね~……。ほどほどにお出かけしたい。フィオナが俺を嫌がってるって、思って欲しくない! 先輩が手を伸ばして、私の腕を掴んだ。見上げると、さっきの優しい笑みを浮かべていた。


「アンドリューが怖がってるから、もうちょい離れてやれ」

「で、ですよね! じゃあ、そういうことで……」

「人と喋る練習か。言ってたもんな? この前。そろそろ彼女が欲しいって」

「えーっ!? 私に言ってくれたら紹介したのに、なんで言ってくれなかったの!?」

「ちが、」

「良い機会だから、毎日フィオナと喋って練習するといい。ほら、フィオナがアンドリューをかっこよく変身させただろ? それで自信がついたみたいで、彼女が欲しいって言い出したんだ」

「なるほど! 任せて、私に。プロデュースするよ!!」


 恥ずかしくなったのか、アンドリュー君がうつむきながら震えて、「よろしくお願いします」って言った。も~、言ってくれたら良かったのに! さっそく友達と連絡取ろうっと。メンヘラで重めなんだけど、一途で絶対浮気しないタイプだし、以前、その子と付き合ってた彼氏がどうにか嫌われようと思って、頑張って汚部屋にしたり、威圧的な態度を取ったり、金をせびったりしてたんだけど、全部失敗に終わったんだよね。


 多少悪いところを見せても、好きでいてくれるから、アンドリュー君にぴったりだと思う。私がうきうきと魔術手帳を開いて、メッセージを書いていたら、アンドリュー君が死にそうな声で呟いた。


「もう、もうメッセージ送ってるんですか……?」

「うん! アンドリュー君の気が変わらない内にね。こういうのは早ければ早いほど良いから」

「フィオナの言う通りだ。良かったな、アンドリュー。ぴったりの相手を見つけてくれるぞ」

「へっへー、任せてください! 前に言ってた子にします」

「よろしく。フィオナの良いところは行動力があるところだな。素早い」

「えっ? ふふふ、褒めたって何も出ませんよ! あとで腹筋撮ってもいいですか?」

「カメラは出てくるのか……」


 アンドリュー君のおかげで先輩と気まずい空気にならなかった。本当に助かる。ありがとう、アンドリュー君! 私がよろよろと立ち去ってゆくアンドリュー君の後ろ姿を眺めていたら、先輩が歩き出した。


 そうだ、仕事仕事! まだ今日は終わってない。いつも通り、先輩の隣に立って歩く。だいぶ慣れてきた。顔を見ながら歩いたせいで、階段を踏み外すこともない。もう先輩が隣にいるのが当たり前になっちゃってる。この日常を手放したくないんだよね。


「写真。美術館の日に撮った写真って、今持ってるか?」

「えっ? 先輩が波とたわむれてる写真と、美術館の彫刻のように美しく立っている写真ならありますけど……。見ます?」

「違う、フィオナの写真だ。持ち歩いてるのか……。それと、俺は波とたわむれた覚えなんてねぇぞ」

「あはは、可愛い写真があったんですよ! 一枚だけですけど。にしても、どうして私の写真が」

「貸せ、カメラ。絶対にあるだろ」

「う……。今、出すんですか?」

「ん」


 差し出したカメラを受け取って、満足そうな笑みを浮かべる。手慣れた様子で操作したあと、カメラからあの写真を引きずり出した。そう、今でも見れば、赤面してしまいそうなほど、嬉しそうな笑顔で映ってる私の写真を。い、いる~……? いらないでしょ、絶対。私の写真なんて。しばらくの間、柔らかい笑みを浮かべて、私の写真を見下ろしていた。恥ずかしくなってくる。耳が熱い。


「ひ、必要ですか? 私の写真なんて」

「いつも俺の写真集めてるだろ? 禁止にしようか?」

「やめてください! 先輩のいじわる~……!!」

「不公平だからな。フィオナばっかり、俺の写真を持っているのは」


 黒い革の手帳を取り出して、ページの間に挟んだ。どういうつもり? 聞きたいけど聞けない。新手の嫌がらせとか……? 思い悩んでいたらまた、階段を踏み外しそうになった。先輩が「危ないな、よく見ろ」と言って、平然と私の手を握ってくる。ふ、普通だよね? いつものこと、いつものこと。いつものことなんだけど、いつもとは違うような気がする。


「あ、ありがとうございました! 大丈夫ですから、手なんて繋がなくても」

「転んで大怪我するなよ」

「しません……」

「ならいいが。アンドリューとフィオナの女友達、上手くいくといいな。気になるから、逐一報告してくれ」

「え~? 先輩ってけっこう野次馬根性があるというか、人の恋愛が気になるタイプなんですね!?」

「やかましい。お前だって気になるだろ?」










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