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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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27.わき毛の話はタブーです

 



 戦争の英雄? 突然の情報に頭が混乱してて、追いつかない。どうりで見覚えがあると思った! 嘘、まったく無かった。ええええ、どうしよ……。新聞の一面に載っていた写真を思い出す。あの時、髪は長かった。もっと怖くて、おっかなくて、それに。頭を抱えるのをやめて、先輩を見てみたら、軽く青ざめていた。そりゃそうだよね! ごめんなさい。


「えっと、確認してもいですか? 私の記憶が確かなら、エディ君は確か、しょ、処刑を……」

「叔父夫妻の首を斬った話か?」

「うわあああぁ~、気持ち悪い!! トマト、トマトのピザなのに! うわあああっ!」

「落ち着け。でも、言うなよ? わざわざ聞いたりするなよ!?」

「さすがに聞いたりしませんって! あー、怖かった。あれ? 何気に私、危ないことしてたんですかね……?」

「今さらすぎるだろ! まったく」


 先輩が呆れながらもピザを一切れ、持ち上げて食べた。あーんって、大きく口を開けて食べるところが好き!! でも、がっついて食べてる感じはしないんだよね。あくまでも淡々と、ひたすら食べていくスタイル。


 美味しそうにちょっとだけ、銀色の瞳を細める瞬間があって、その瞬間を見逃したくないから、ついついまばたきを忘れて、じーっと見入っちゃうんだけど、大抵嫌そうな顔をされる。今も、口の端についたチーズを指で拭き取りながら、嫌そうな顔をしていた。


「おい、フィオナ? 大丈夫か? また目がおかしくなってるぞ」

「うっ、うう、すみません、つい……。先輩が食べてるところをじっくり見る機会がなかなか無いもんだから、つい見てしまって」

「いつも見てるだろうが。まるで見ていないかのように言うのはよせ。それで? どうするんだ?」

「どうするって? 何がですか」

「……付き合わない方がいいと思うけど? レイラ嬢とも距離を置け。面倒臭いことになりそうだから」


 気まずそうな表情に変わって、視線を下へ落とす。面倒臭いこと? エディ君と関わらない方がいいっていうのは何となく分かったけど。元軍人で、確か隣国の王子様だったっけ? 忘れちゃった~。というか、隣国の名前も忘れちゃった。ドラゴンがいて、暑くて、海がある島国……。アホなことがばれたらどうしようと思って、そわそわ手を動かしていれば、先輩が渋い表情で溜め息を吐いた。


「嫌なんだな? エディ・ハルフォードはともかく、まあ、レイラ嬢ぐらいなら……?」

「あっ、そうだ! どうしてレイラ嬢って呼んでるんですか?」

「あだ名みたいなもんか。うん、あだ名、あだ名。なんせ貴族のお姫様だからな。みんなそう呼んでるよ」

「へーっ、お姫様!? 納得! だからお上品なんだ~!! そうだ、聞いてくださいよ! さっき聞いてくれるって言ってましたよね? レイラちゃんって肌が透き通るような白さで、目が大きくてキラキラで、びっくりするほど睫が長くて、」

「悪い。悪いが、もう聞きたくない」

「なんでっ!?」

「どうするんだ? ……俺としては、連絡先を消して欲しいけど」

「えっ」


 せ、せっかく交換したのに!? 渋るエディ君を説得して交換したのに!? 私が震えているのを見て、困ったように笑う。あ、かっこいい。私のこと、心配してくれてるんだ……。銀色のトラ耳がぴこぴこ動いてる。そんなに心配しなくてもいいのになぁ。でも、相手はバッタバッタと戦場で人を殺してた元軍人だから、しょうがないかも。ヒヨコちゃんが銃を持った男に懐いてる感じなのかな、先輩からすると。


「まあ、無理だろうな。美人なんだって? 遠目からしか見たことないけど」

「あっ、写真見ます!?」

「もう撮ったのか……。早いな」

「ぞっとした顔するのやめてください。も~、傷付くじゃないですか! とはいっても、六枚ぐらいしか撮れてないんですよね」

「六枚もあれば十分だ。見せてくれ」

「はいっ! やっぱり先輩も美人さんに興味があるんですね? 嬉し~」

「……嬉しいのか。なんでだよ」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、見てくれた。写真には触らず、興味深そうな表情で覗き込んでる。この時のレイラちゃん、可愛かったな~。木を背にして立ってくれて、カメラを向けたら、恥ずかしそうに微笑んでいた。可愛かったな~!! 


 エディ君が後ろで「可愛い、天使!」って騒いでてうるさかったけど。あの潤んだ紫色の瞳に、華奢な手足……。会いたくなってきた。本当に可愛くて、理想の美人さんなんだよね。胸が大きいところもまた良い。しみじみと可愛いレイラちゃんの姿を思い出していると、先輩が「ありがとうな」って言って、下がっていった。


「確かに、フィオナの言う通り美人だな。品があって綺麗だ」

「でしょーっ!? 分かって貰えて嬉しいです! あ、でも、エディ君の前で可愛いって言わない方がいいですよ。嫉妬しちゃうんで」

「へー、嫉妬ねえ。羨ましいなぁ」

「えっ、どうしてですか? やっぱり先輩も美人と結婚したいって思ってるんですか!? 分かります! ってああああ、だめだ、私は地味で真面目な男性と結婚するんです。心を入れ替えて……」


 ついつい、心の奥底からどろっと「イケメンと結婚したい!!」って叫び声が出てきちゃう。だめだめだめだめ、ろくなことにならなーい。もう私は懲りたんだから。ナイフを持って追いかけてきたイケメン元彼の顔を思い出して、正気を取り戻す。よし、先輩と楽しくご飯を食べよう。テストも終わったんだし……。


 トマトとバジルのピザを持ち上げて、食べる。意外と美味しい。外はかりっと、中はふんわりもちもちで。チーズが濃厚、香りも良いなぁ。先輩がぐっと眉間にシワを寄せ、今度はサラダに手をつけた。厚切りベーコンと玉ねぎ、半熟卵と海老とマカロニが入ってて、「サラダ?」って言いたくなるほどボリューミーなサラダ。


「違う、美人と結婚したいって思ってるわけじゃねぇよ。フィオナは……地味で真面目な男と結婚なんて出来るのか?」

「わーっ、言わないでくださいよ! 定期的にもうイケメンを探してプロポーズして貰おうかなって思っちゃってるのに! そうだ、先輩の周囲で誰か良い人いませんか? じゅっ、獣人とか、獣人とか!」


 そうだ、先輩は獣人だからきっと、獣人の知り合いがいっぱいいるよね!? 身を乗り出したら、あからさまに迷惑そうな顔をする。


「いるっちゃいるが……。しばらく恋愛しないんだろ? あれ、嘘か?」

「ちっ、違います、違います!! そりゃしばらくは恋愛しないつもりですけど……。でも、今日、エディ君とレイラちゃんを見てて思ったんですよね。羨ましいなぁって」


 あの空気感に憧れる。お互い緊張してなくて、リラックスしてて、自然体で……。夫婦ならではの空気感を見て、また恋愛したい欲がふつふつと湧いて出てきた。獣人と恋愛したら、きっと楽しいんだろうなぁ。わんちゃん系の獣人と恋愛したい。親戚付き合いが大変みたいなんだけど、私は余裕。もふもふに囲まれたい。あっ、家族か恋人しか触っちゃだめなんだっけ?


「……もうその二人には関わらないぞ。悪影響を受けるだけだ」

「悪影響っ!? 悪影響って何ですか!?」

「血腥い噂が絶えないからやめろ。それに、レイラ嬢はあの“女殺し”と近いからなぁ」

「へー、何の関係が? あっ、そうだ、アーノルドのファンか? って聞かれましたけど、エディ君に」


 あれ、何だっけ? レイラちゃんの可愛いうるうるとした紫色の瞳しか思い出せない……。エディ君と言い争いしたから、忘れちゃったんだよね。それにしても、あのエディ君が戦争の英雄? 処刑台で、王妃様と王様の首を刎ね飛ばして殺した。祖国を焼き払って、歴史に終止符を打った……。しょ、食欲が無くなるから、やめよう。テーブルの上に並んだ、大きな食べかけのピザとサラダを見てると、悲しくなってくる。


「レイラ嬢の義兄だったか? この辺りの話はステラが詳しいだろうから、聞いてみろ」

「なんでステラちゃんが……?」

「あの二人、いや、女殺しを含めたら三人か。あの三人はセンターの有名人なんだよ。それにしてもなぁ、一等級ならさっさと王宮にでも行って、就職したらいいのに」

「王宮!? そっか、エディ君って一等級なんですね?」

「ん。悪魔といい、女殺しといい、都内とは言えども、あんなセンターにいなくてもいいのになぁ」

「悪魔……」

「おう。火炎の悪魔って呼ばれてるだろ? エディ・ハルフォードは」


 ああ、かなりやばい噂がある人だった。そんな風には見えなかったけど。黙りこくっていたら、先輩が苦笑しつつ、ライム酒が入ったジョッキを手にする。


「寂しいだろうが、もう関わらない方がいいぞ。何かあったらどうするつもりだ?」

「何かあったらって……。問題を起こしたことがあるんですか? エディ君は」

「女性職員の髪を燃やしたとか何とか。まあ、物騒な噂が耳に入ってくる。やめとけ、心配だ」

「うーん、会って話してから決めます!」

「本音は?」

「やっと出会えた巨乳美女のレイラちゃんと仲良くしたいです!」

「だろうなぁ……。分かった、会う時教えてくれ。俺も行くから」

「明日会う予定ですよ! 一緒にお昼ご飯食べる予定なんです」

「……早いな、さすがはフィオナだ」


 あんまり褒められてる気がしないんですけど。ダメ元で「先輩の尻尾を触らせてくれたら、ついて来てもいいですよ!」って言ってみたら、死ぬほど苦い表情を浮かべ、ソファーの座面を叩いた。


「じゃあ、こっちに来い。話はそれからだ」

「話……。えーっ、いいんですか!? 一度許可を貰っちゃうと暴走する予感しかしないんですが、いいんですか!?」

「早い! 前のめりすぎだろ」


 すかさずソファーに座って詰め寄ったら、嫌そうな表情でたじろいだ。尻尾、ふわふわの尻尾! 本物のトラよりもふわふわで(多分。触ったことないけど)、毛が密集してるような気がする。先輩が困惑していた。ああ、困惑してる先輩も綺麗でかっこいい。どうして目と鼻と口が私の好きな位置についてて、綺麗な形をしてるのかな~!? 


 胸像にしたい。胸像で合ってたっけ? 先輩の胸像が欲しい。リビングか寝室に飾りたい。寝室かな、やっぱり。銀色の瞳の中に、青灰色の虹彩が嵌め込まれている。周りを縁取っているのは、けぶるような銀色の睫。私の熱視線にたじろいで、何度かまたたく。急に肩を掴まれた。


「落ち着け、フィオナ。近いって」

「ご、ごめんなさい、つい……」

「……」


 肩から手が離れない。先輩の綺麗な手を見たあと、視線を前に戻せば、さっきまで普通だったのにトラの目へと変わっていた。も、猛獣の目だ、猛獣の目……。言葉が通じなさそうな雰囲気。ゆっくりと近付いてきて、まばたきをする。あ、これ、逃げられないな。肩を掴まれてて動けない。トラってじっと見たら、喧嘩を売ってることになるとか!?


「先輩、どうしちゃったんですか? 怖いですよ、目が」

「……悪い」

「いえ、大丈夫ですけど。尻尾を触っても!?」

「ほらよ」


 ちょっぴりだけ怒った声で呟き、ぞんざいに尻尾を投げてきた。わーいっ!! おやつを貰った子犬のように飛びつけば、少しだけ笑う。ふわふわ、ふわふわ! しっとりなめらかで、あー、気持ちが良い! 思わず頬擦りしたら、幸せな気持ちになった。


「この毛皮、ベッドにしたいです……!! 気持ち良い~、ふわふわ!」

「なら良かった。今日はブラッシングするの忘れたんだけどな」

「ブラッシング」

「あ、いつもは夜寝る前と朝、欠かさずしてるぞ? 今日はたまたま忘れただけだ」


 慌てて言い訳をしてる。えっ、ブラッシング? 先輩、毎朝ブラッシングしてるの!? どうやって? まあ、普通に尻尾を持ってしてるんだろうけど……。ブラッシング。先輩が尻尾を持って、丁寧にブラッシングしてる光景を想像したら、ついつい笑っちゃった。


「いいですね! 見てみたいです、先輩がブラッシングしてるところ」

「なんで見たいんだよ? 人間ってそういう場面を見たがるよな。言っておくが、髪の毛とかしてるのと一緒だぞ?」

「違いますよ、髪の毛と尻尾の毛は!」

「いーや、一緒だろ。同じ毛だ。なんでわざわざ見たがる」

「違いますよ!! そうだ、わき毛! わき毛をとかしてる先輩が見たい気持ちと一緒です!」

「わき毛をとかしたりしねぇよ、いい加減に黙れ!」

「えええええ~……」

「戻って飯を食え。終了」

「はぁーい……。ありがとうございました」


 まあ、いっか。尻尾に触れたんだし。とぼとぼ歩いてソファーへ戻ったら、先輩がメニュー表を開き、「イライラするから追加で酒頼む。フィオナは? 何か頼むか?」って言ってきた。そ、そんなにイライラしなくても! わき毛をとかしてる発言、そんなに嫌だったのかな?


「あ、エディ君からメッセージ返ってきました。いいよーって」

「軽い! てか、本当にやり取りしてるのか……」

「してます。もー、なるべくレイラちゃんにメッセージ送らないようにって言ってきたんですよ。心が狭すぎ! 私は女なのに~」

「……分かるような気がするな。どうせフィオナのことだから、べらべら喋りまくってたんだろ? 二時間も三時間も妻を拘束されたくないよな」

「えーっ、二時間も三時間も喋りませんよ! そもそもの話、夜に電話しません。相手は夫婦なんですから」

「へー、フィオナにそういう良識があったとはな」

「先輩、わき毛発言がそんなに嫌だったんですか……? 冷たい!」


 無視された。わき毛になんか嫌な思い出でもあるのかな。わき毛で元カノと喧嘩したことがあるとか……? 触れないようにしようっと。翌日、先輩が警戒しながらついて来た。今日も良いお天気で、陽射しが眩しい。レイラちゃんと出会った場所が人がいない、穴場スポットだっていうことが分かったから、そこで話すことにした。石が敷いてある小道に入ろうとした瞬間、電話がかかってくる。エディ君からだった。


「もしもし? どうしたの?」

「……あのさぁ、獣人って一目惚れしやすいって聞いたんだけど。先輩? とやらに好きな女性がいるか聞いておいて!」

「えーっ!? 先輩、好きな女性っていますか? って、ちょっと待って、エディ君。先輩がいないって言ったら、会わせないつもりなの!?」

「だって、イケメンって言うから! レイラちゃんに俺以外の男なんて近寄らなくていいんだよ!」

「心が狭すぎ、ださい!」

「うるさい、黙れ! こっちは必死なんだよ! 獣人なんて本当はレイラちゃんの近くに寄らせたくないのに……そうだ、先輩とやらに俺が会えばいいんじゃね?」

「そうする? 私はレイラちゃんと二人きりで会うから、」

「なんでだよ!! お前もそこで待機してろよ!」

「レイラちゃんが寂しいでしょ!? 可哀相!」


 ぎゃあぎゃあ言い争いしてたら、先輩が私の肩を掴んで、「代われ、いいからとりあえず代われ」って言ってきた。心なしか青ざめてる。ま、まあ、国同士の争いに首突っ込んでた人というか、戦争を終わらせた人だもんね……。


 先輩に魔術手帳を手渡したら、息を吸い込み、腰に手を当てた。かっこいい!! ちょっとした動きも洗練されててかっこいい。先輩の日常に密着して、一本の動画を撮りたいなぁ。はー、かっこいい。耳がぴこぴこしてる。


「もしもし? 電話、今、代わりました」

「あっ、もしもし? そのアホ女にこれ以上、レイラちゃんに近付くなって言っておいてください」

「アホ女って、」

「誰がアホ女だって!? アホなのはエディ君でしょ!」

「は!? いやいや、俺はアホじゃないよ。四等級のくせにうるさい! 俺は一等級なんですけど!? レベルが違うんですけど!?」

「そういうところがアホなんだって、」

「フィオナ、やめろ! うるさい、耳が痛いから静かにしてくれ。頼む」

「あっ、ごめんなさい……」


 先輩の腕にしがみつくのをやめて、離れる。エディ君が「怒られてやんの~」って言ってきたけど、反応しない、反応しない。私、あんなにガキじゃないから。大体、一等級だからって何? 十年勉強してようやくなれる一等級って言われてるけど、コネで取得したんじゃないの? あーっ、もう、イライラする! 我慢してる私を見て、先輩が溜め息を吐いた。


「もしもし? うるさいのはあなたもですよ、ハルフォードさん。俺のバディを煽らないでください」

「すみませんでした! よく言い聞かせておいてください、アホ女に」

「……話を戻します。俺は確かに獣人ですが、一目惚れなんかしません」

「えっ? 好きな女性、いるんですか?」

「私も知りたーい」

「フィオナ、お前な……」


 だって、気になるんだもーん。先輩は恋バナ嫌がるし、こういう時じゃないと聞けない。あれ? 確か、前に好きな女性はいないって言ってたような? 忘れた。私としたことが、先輩との会話を忘れちゃうなんて……。ひそかに落ち込んでたら、言い辛そうに私の方をちらちら見てきた。


「あっ、名前まで言わなくてもいいんですよ!? 先輩、さくっとエディ君に好きな女性がいるって言っちゃってください。いるんでしょ!?」

「……」

「そうそう、名前まで言わなくても大丈夫ですよ! なんだ、いるのなら良かった~。いるんですよね? いない場合、俺のレイラちゃんに近付いて欲しくないんですけど。大丈夫ですか? もしもし?」

「フィオナ、帰るぞ。もう会わなくていいだろ」

「やだ、レイラちゃんに会いたい!! 先輩、お願いします! 嘘でもいいから好きな女性がいるって言ってください、お願いします!」

「いないなら会わせないって! あっ、レイラちゃん、違うんだ、ごめん。ほら、俺との時間が減っちゃうから……」

「貸してください」

「はい」


 レイラちゃんが出てきて、先輩に好きな人がいなくても会えることになった。良かった~、これでようやく会える! 小道を抜けたら、芝生の上に二人が立っていて、レイラちゃんは笑顔で手を振ってくれた。エディ君は腕を組み、不機嫌そうに突っ立ってるだけ。隣で先輩が「すごい、本物だな」って呟いた。言われてみれば、新聞に載っていた写真とそっくり。いや、本物なんだけど。本人なんだけど、そんな風には見えなかった。


 鋭い琥珀色の瞳に、長めの赤髪。逞しいのは元軍人だからか~……。血気盛んなタイプには見えない。今も嫉妬してて、私のことを睨みつけてる。子どもっぽい! 先輩が緊張しながら、近付いていった。おーい、レイラちゃんって呼びながら近付こうと思ったのに、さりげなく止められる。後ろにいろってこと? 警戒しすぎじゃない? 気持ちは分かるけど、会って何も無かったのに。


「……初めまして、こんにちは。ヒュー・アディントンです」

「背、たかっ! 俺と同じぐらいの人、センターで初めて見た! 身長どれぐらい? でも、アーノルドよりは若干低い?」

「エディさん、失礼ですよ。すみません、夫がなれなれしく話しかけて」

「大丈夫ですよ。噂で聞くより、随分と……」

「あー、気になりますよね、やっぱ。でも、昔の話なんで気にしないでください。気にするなって言われても、難しいんでしょうけど」

「昔の話?」


 そこまで昔の話じゃない、数年前の話だよね。先輩がピリピリしてる、殺気を感じるんですけど……。レイラちゃんも怖いのか、目を伏せてる。首の後ろがちりっとした。なんで? 先輩、ここまで警戒心強かったっけ? 怖い。背中を向けてるから、表情が見えない。エディ君が先輩を見て、ふっと苦笑した。そして、レイラちゃんを優しく見下ろす。


「行こうか、レイラちゃん。俺、警戒されてるみたいだしさ」

「でも、フィオナさんと……」

「喋りたいのなら、あー、んんんん~……!! まあ、レイラちゃんだけでも喋ってきなよ。死ぬほどつらいけど、我慢して待ってるね」

「いえ、私も」

「先輩、なんでそんなに警戒してるんですか!? いいでしょ、別に!」

「だってこいつ、女性に暴力をふるったとか何とか、」

「さすがに暴力はふるってない、多分。てか、アーノルドのファンが過激なんだよ。魔術使って攻撃してくるからさー、こっちも自衛のために使ってるだけで」

「は?」

「えっ?」


 過激すぎる。いくつか話をして、ようやく誤解が解けた。先輩は女性職員がする物騒な噂話を聞いていたから、私を近付けたくなかったみたい。エディ君が先輩に向かって、にこやかに手を差し出した。


「俺、誰も殺すつもりなんてないよ。戦争に参加したからか、人殺しの烙印を押されてるけど」

「……気にせず、口にするんだな」


 先輩が差し出された手と、エディ君の顔を交互に見つめる。エディ君がひょいっと肩をすくめた。レイラちゃんが好きになる気持ちも分かるんだけどね……。顔だけはいいし、表情と仕草が魅力的。魅力的って認めたくないんだけど、腹立つから。でも、魅力的なんだよね。ふと目が吸い寄せられる。中身は残念すぎるけど。


「気にしたところでどうにもならないからね。俺が人を殺した事実は変わらないし、こういう目で見られるのも変わらない。慣れっこだから」

「……絶対、フィオナに危害を加えるなよ?」

「うん、分かった。約束する。気持ちは分かるよ。俺だって、恋人に英雄なんかが近付いたら嫌だもん。危ないだろ」

「付き合ってはいない!!」


 えっ、なんで勘違いしてるの? 付き合ってるとか、一言も言ってないんですけど……。私がドン引きしていたら、エディ君が琥珀色の瞳を丸くさせた。


「えーっ!? ごめん! ほら、こうやって俺とフィオナさんを近付けさせないようにしてるし、耳と尻尾がめっちゃぴこぴこ動いてるし、一挙一動気にしてるから付き合ってるかと思った! そういや、さっき好きな女性いないって言ってたよね? あれ、言ってたっけ?」

「言ってない」

「でも、好きなんじゃないの? だってほら、めっちゃ気にしてるし……」

「エディさん、もうやめましょうか! たとえ、そう思ってても言っちゃいけませんよ。黙っておくものです」

「あっ、うん。二人とも、あれかー。デートだけしてる感じか! もう付き合っちゃえば? こういうのって早い方がいいよ、長引くとこじれるからね……」


 私も先輩も硬直するしかなかった。えっ? そんな風に見える? そ、そっか、エディ君は私がヒヨコちゃんだってこと、知らないから!


「ちっ、違う、違う、違うよ!? エディ君、あのね? 私は先輩のヒヨコちゃんなの! 分かる?」

「ごめん、ぜんっぜん分かんない。ヒヨコちゃんって何それ? 惚気?」

「違うから!」

「二人の間でえーっと、違うや、ごめん。先輩が俺の可愛いヒヨコちゃん~って呼んでるってこと? おかしくね? えっ、この人、厳つい顔してんのに、ヒヨコちゃんって呼んでるんだ……?」

「っ呼んでねーよ、違う!」

「違うってば! だから、先輩にとって私はヒヨコちゃんなの! 目が離せなくてか弱い存在だから、一緒にお昼ご飯食べたがるし、毎日可愛いって言ってくれるし、何かと心配してくれるんだよ」

「へえぇ~……」


 疑いの眼差しを向けられ、先輩が不自然に目を逸らした。レイラちゃんは遠い目になってる。あ、諦めないで! レイラちゃん! こいつをどうにかして……。エディ君があっけらかんとした笑みを浮かべ、私を指差した。


「大丈夫、俺はレイラちゃん一筋だから! 状況が読めたぞ。もう余計なことは言わないでおくから、安心して欲しい」

「……フィオナにそっくりだな」

「「どこが!?」」

「揃いましたね、ふふっ」 










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