26.個室でいきなり始まるのは○○
「珍しいな、フィオナがイライラしてるのは」
「あっ、分かりました? 出ちゃってました? 顔に」
「ん。眉間にシワが寄ってる」
「つい……。へへっ」
先輩が笑いながら、親指で私の眉間をぐりぐりしてきた。微妙に甘いような気がする、態度と言葉が。眉間を押さえていれば、黒のトートバッグを肩にかけ直した。ああああっ、今日もかっこいい! 先輩は夜になるとかっこよさが増す。ライトグレーのジャケットに白いシャツ、細身のジーンズを身につけていた。
あー、かっこいい。横顔が綺麗。鼻、鼻、鼻がなんでそんなに綺麗なの? 睫の長さも芸術的で、永遠に見てられる……。落ちた睫を拾ってコレクションしたいなぁ。うっとり見つめていたら、さりげなく背中に手を添えてきて、前から来た自転車を避ける。あ、見てなかった、ぜんぜん。
狭い歩道には帰宅途中の人があふれ返っていて、流れが出来ていた。ビルとビルの間には観葉植物が生えていて、歩道の端っこやビルの壁が苔むしている。街灯の代わりに、白い球体のランプが空にぼんやりと浮かんでいた。ビジネス街なのに、どこか温かい雰囲気。これからどんどん、道が狭くなっていって、夜限定のカフェやバーが密集したエリアに出る。行くのは初めてだから楽しみ~!
「で? 何があったんだよ、ステラと喧嘩でもしたか?」
「まっさか~! ステラちゃんと喧嘩なんてするわけないじゃないですか! めちゃくちゃ気が合うんですよ。何してても、何を話しても楽しくって!」
「へー。性格悪いから、やめておいた方がいいと思うんだけどなぁ」
「それは先輩にだけですよ。先輩は相性が悪いから、そう感じるだけじゃ?」
「……」
黙り込んだ。顔に「いや、あいつは本当に性格が悪いんだけどな」って書いてある。多分、ステラちゃんは男性にだけ風当たりが強い。たまにいる、そういうタイプの女の子。男って本当にバカだからさぁって言いそう。
言ってるところ、見たことがないんだけど。下を向けば、白地にダスティピンクの花柄がプリントされたスカートが目に入る。買って良かった~、これ! テンションが上がる。この白い角襟つきのグレーニットと合わせて買ったから、お値段がすごいことになったけど。いい、気にしない! このセットが着れて幸せ!!
「ステラちゃんと喧嘩なんかしてなくて、むかつくイケメンに会ったんですよ……。イケメンにむかつくことなんて早々無いと言うか、大抵みんな優しくて紳士的だから、揉めることなんて無いんですけど」
「矛盾してるぞ、フィオナ。おい、イケメンの元彼は? どうなってたっけ?」
「うっ……付き合わなければ、付き合わなければ、ブサメンよりも優しくて良い人ばっかりなんですよ! ブサメンは大体、まあ、私の友達の悪口を平気で言ったりするし、がつがつしてるし、空気が読めなくて、女性を見下しがちなんで……」
「散々な言われようだな、ブサメン」
興味が無さそうな様子で呟いた。ですよね!! 先輩とは無縁の話ですよね……。私だって、顔で判断するつもりなんて無いけど、通りすがりの女の子に「ブスだな」って言ったり、しつこい食事の誘いを断ったら「お前だけは違うと思ったのに、やっぱり美人だから気取ってやがる」って恨みがましく文句を言ってきたりするから!!
デリカシー無い人が多いんだよね。もちろん、顔がそこまで良くなくても、優しい人だっているにはいるんだけど、男女問わず、見た目があんまり良くない人は性格も悪い……。だから、自然と美人、イケメンとつるむようになった。でも、そうしてると「顔で判断してる」とか、「どうせ私がブスだから冷たくするんでしょ」って言い出す、性格も見た目も悪い人がちょくちょく発生するから困る!
まあ、気にしないようにするしかないんだけど。綺麗な人は心に余裕があるような気が……。過去にあった嫌なことを思い出して、落ち込んでいると、先輩がまた背中に手を添えてきた。うおっ、前から酔っ払い集団がやってくる……。さりげなく先輩が私を隠すようにして、歩いてくれた。紳士的、好き~!! 若干、尻尾が足に当たってるんだけど、言ってもいいの? これ。それとも、位置的にどうしても当たっちゃう?
「それで? イケメンがどうしたって?」
「あ、えーっと、今日の昼間、センターですっごい私好みの美人を見つけたんですよ!! も~、超絶可愛くて! 肌も髪も綺麗で、可愛い顔立ちで色気と品があるのに、」
「悪い。あとで聞いてやるから、その話。で? イケメンが何だって?」
「すみません、つい。その美人の旦那さんがろくでもないやつでして!!」
「ろくでもない? 何か嫌なことでもされたのか?」
「はい! 脅されたんですよね~、軽く。怖かったです。先輩の言う通り、もうちょい気を付ければ良かった! まあ、私が覗き見してたのが悪いんですけど。魔術を使って」
「情報量が多いな……」
先輩が考え込み、顎に手を添える。かっこいい、かっこいい!! と同時に、たかってきた羽虫を手で追い払ってくれた。本当に、先輩と歩いていると何も考えなくていい、楽ちん。自転車避けてくれるし。にこにこ笑って見上げていたら、呆れた表情で見下ろしてきた。
「どうせ、怪しいことをぶつぶつ呟きながら、覗いてたんだろ? そりゃ警戒されて当然だ。でも、何をされたって?」
「えー、詰め寄られたんですかね……? あれは。そっ、そうだ! 理想の美人さんがレイラちゃんって名前なんですけど、その旦那さんがむかつくんですよ!!」
「レイラ? どっかで聞いたことがあるような名前だなぁ」
「レイラちゃんが私と旦那さんが似てるって言うんですよ! 私、あそこまでデリカシーが無いこと言いません。ずっと騒いでてうるさいし、思ったこと何でも口にするし、やばいことを言っちゃっても、謝ればそれで済む話だと思ってるし、本当に本当に、落ち着きが無くてうるさくて、子どもっぽい人なんです!」
「ふーん……。どっかで聞いたことがあるような話だけどなぁ」
「えっ? そんな人、先輩の周りにいます?」
「……お前が自分のことを客観的に見れていないのがよーく分かった、よく分かったから、前を向いて歩け。転ぶぞ」
「あっ、はい! すみません」
先輩が私の背中に手を添え、溜め息を吐いた。えー……似てる? 似てるとしたら、かなりショックだなぁ。でも、ステラちゃんは満面の笑顔で「似てないよ、大丈夫大丈夫!」って言ってくれたし、似てないと思うんだけどなぁ。複雑な気持ちで歩いていたら、先輩がぷっと吹き出した。
道の先はより狭くなっていて、揚げ油の良い香りが漂ってくる。鮮やかなグリーンと赤の看板、店と店の間に浮かんでる黄金色のライト。ところどころ、ジャングルのように木が生い茂ってる。大木の幹をくり抜いて、作ったようなバーまであった。見ているだけで、わくわくする飲み屋街が目の前に広がってる。
「そう分かりやすく拗ねるなよ、フィオナ。飯食おうぜ、飯。どこで食いたい?」
「今日はがっつり食べたい気分です!! おすすめの店ってありますか?」
「……あるにはあるけど。でも、小汚い店じゃないぞ。さしてボリュームがない」
「へー、ここに汚くない店なんてあるんですか? というか、先輩が料理にボリュームを求めないだなんて珍しい! さてはデートで来たことがあるんですね!? 定番ですよね、この辺りは」
「うるさい、黙れ。静かにしろ」
「唐突の塩対応……!?」
恋バナだめだった、いつ解禁されるんだろ……。しぶしぶ、先輩おすすめの店に行くことにした。私はちょっと小汚いカウンター席で、お肉山盛りのご飯を食べても良かったんだけど。あ、そっか。先輩、ボンボンだから!? ひょっとして、綺麗なお店でしか飲んだことない?
ほら、たとえば高級ホテルのバーとか、よくデートで使われる高階層のレストランとか……。だめだ、あんまりそういうところに行かないから想像できない。人混みの中、必死で先輩について行く。人を頑張って避けて歩いていたら、先輩が振り返って、手を差し出してきた。
「ほら、はぐれるなよ。フィオナ」
「あっ、はい! ありがとうございます」
私、ヒヨコちゃんだもんね~。ありがたく手を繋がせて貰うことにした。大きくて温かい。いや、むしろ熱いかも? この時期に手を繋ぐと、汗ばんじゃいそうで怖い……。尻尾を持って歩きたいなぁ。絶対にしないけど。指先をもぞもぞ動かしていれば、急にぐっと、先輩が手を握り直してきた。おおう、心臓を掴まれたかと思った、今。しっかり指と指が絡んでる。こ、れは、恋人繋ぎ? なんで……。
「どうした? 嫌か?」
「ち、ちが、汗っ! 汗ですよ、汗!! 汗ばんじゃうので、どうにか手と手の間に隙間が作れないかなと思って」
「へー、なるほど」
「きょ、興味無さそう……。先輩と冬に手を繋いで歩きたかったです。ほら、冷えるでしょ? 先輩、体温が高いし、ちょうど良さそう」
「暖を取るために使う気か」
ぶっきらぼうな言葉なのに、笑って言うもんだから、胸がきゅんとしてしまった。理性、理性、邪念がどうしたって出てくる、理性を、理性を保たなきゃ……。じゃないと、真っ逆さまに落ちて好きになってしまう。不幸な恋愛はもうこりごりだから、彼氏が優位に立つ恋愛なんて二度としたくない。内心焦っていると、ふいに視線を外した。
「ほら、あそこだ。個室だし、ちょうど良いと思って」
「へええ~……個室」
「個室と言っても完全にじゃなくて、カーテンで区切ってある」
「へえ、なるほど! いき、行きましょうか!!」
「おう」
どういう気持ちで言ってる? そのセリフ。どういう気持ちでお店をチョイスしたんだろう……。完全に元カノと来た店だよね!? いいんだけど、別にいいんだけどさ、連れ込まれちゃう的な? いや、先輩はそういうことするような人じゃないし、どこからどう見ても健全な飲食店だし、私の気にしすぎだって分かってるんだけど、心臓がばくばくしててやばい。吐きそう、緊張で吐きそう。
(まっ、まだ慣れてないから! 先輩の、砂漠の夜空に浮かぶ月のような美貌にまだ慣れてないからっ……!! 緊張して吐きそう、おぇっぷ)
店の外観はナチュラルな雰囲気だった。白い壁の建物に白いタイルが張り付けてある。狭い階段を使って二階へ上がるみたい。ちょっと歩けば、この飲食店街を抜けるからか、おしゃれで明るい雰囲気の店が集まっていた。階段の前に立った時、先輩の手が離れてゆく。
あー、良かった! 緊張した。ステラちゃんは付き合えばいいって言うけどさ、手を繋いだだけで緊張して吐きそうになるんだけど……。キスとか、それ以上進むって考えただけで無理無理無理。私が恋愛に求めてるのはそういうことじゃないから。ちょっとイチャつくだけで、心臓が爆発しそうになるんだから無理。無理。というか、上手く想像できない。先輩が私に優しくしてるところとか、デレデレしてるところなんて……。
「ほら、メニュー表。先に選べ」
「はいっ!」
けっこう、しっかりした個室だった。カーテンで、カーテンで区切ってあるって聞いたんだけど……。出入り口にカーテンがかかってるだけの個室! 白い壁には、ボタニカルアートっぽい絵が飾られている。その大きな絵の下に、黄色い花が描かれた絵が三つほど並んでて可愛い。
座り心地の良さそうなベージュ色のソファーにクッション。一人暮らしの女性の部屋に置いてありそうな、白いテーブル。ここ、本当に飲食店……? どこからどう見ても、カップルがイチャつくための部屋。ま、まあ、カップルシートじゃないから。
平然と座って、出されたお水を飲んでいる先輩の向かいに座り、メニュー表を開く。あ、良かった。美味しそう。ノンアルコールカクテルが豊富。あれかな? カップルがイチャつきながらお酒を飲むための店なの? 場違い感が半端ない……。
気を取り直して、メニューを選ぶ。チーズソースがたっぷりかかったハンバーグ、魚介類のサラダ、ベーコンのキッシュと海老のパスタと、サラダがお上品に盛られているワンプレート。豚肉のハニーマスタードソースがけと、フライの盛り合わせにステーキ、トマトとバジルのピザ。あ、ピザの種類がいっぱいある。
(どれもこれも美味しそうなんだけど、チープで……。先輩、こういうお店選ぶようなタイプだっけ? 絶対に、料理に力入れてないよね!? ここ! うわぁ、ハートのカップルストローがある)
二人でシェアしてねとか、メニュー表に書いてあるし、どこからどう見てもカップル御用達のお店。いや、別にいいんだけど。でも、カウンター席でがっつり美味しいお肉を食べる気だったから。先輩いるし、酔っ払いに絡まれても大丈夫かなって思ってたんだけど。え、ええええ~……? 困惑していたら、先輩が話しかけてきた。
「どうした? 今日はやけに静かだな」
「あ、えーっと、先輩、デートでこういう店に来るんですね!? 実はとんでもなくご飯が美味しいとか?」
「……」
なんで黙るの? そこで。しーんとしちゃった。先輩が何を考えているのか分からない表情で、じっと見つめてくる。どういう表情? それ。まるで、私の出方を窺っているような……。硬直していれば、「貸してくれ」と言って、メニュー表を優しく持ち上げた。
「こういう店が好きかと思って選んだだけだ。この辺り、どこも汚くて騒がしいだろ?」
「あっ、はい。でも、先輩がいるし、絡まれないんじゃないかなと思って」
「だめだ、危ないから。ずっとフィオナのそばにいれるわけじゃないし」
「え、えええ~……心配性ですね。大丈夫なのに」
「美人だっていう自覚を持て。あんまり無いよな、その自覚が」
え? なんて言った? 今。どうしよう、待って、今、どういう状況なの? 先輩がヒヨコちゃんである私を守りたくて、綺麗な店の個室に連れてきたってこと? あ、把握できた。なるほど、そっか、そういうことか! 心配性だもんね、先輩。心配かけないようにしなきゃ。メニュー表を見ていた先輩が首を傾げ、突き返してきた。とっさにメニュー表を受け取る。
「フィオナが好きそうなメニューばっかだけどなぁ。好きじゃなかったか? こういうの」
「いえ、好きなんですけど、今日はそんな気分じゃないかなって」
「そうか。悪い、俺が勝手に決めて。今からでも店を出て、探しに行くか?」
「いっ、いやいや、お店の人に申し訳ないし……美味しそうなものばっかりだし、大丈夫です!」
「無理してるだろ。悪い、ミスった……。しまった」
先輩が溜め息を吐いて、ソファーへもたれかかった。額を押さえてる。あれ? そんなに落ち込むようなこと? あれかな、先輩ってこういうミスしないから落ち込んでるのかな……。珍しい、落ち込んだ顔するの。私が避けた時以来かな?
「だっ、大丈夫ですよ! そんなに落ち込まないでください。また来ましょうよ、ここに! つ、次はディープなお店に行きましょう!」
「……」
「嫌なんですか? 意外~、先輩ってディープなお店にばっかり行くイメージでした。やっぱり、ボンボンだから綺麗なお店にしか入れなかったりして?」
「違う! いいからさっさと決めろ」
「はーい」
迷ったけど、せっかくだからシェアできるピザとサラダにした。先輩は迷いなくステーキにしてて、笑っちゃった。サラダも大盛りを頼んでたし、この店にした理由って……? 運ばれてきたライムのお酒を飲んでる先輩を見つめていれば、目が合った。明るい照明に照らされ、目が銀色に染まってる。
「あの、ここを選んだ理由って? もっと他に良いところがあったんじゃ……」
「さっきも言ったけど、小汚い店ばっかだったから」
「え? でも、向かいや隣に綺麗なお店、沢山ありましたよね? わざわざ個室のお店にしなくても」
あ、文句言ってる感じになっちゃった。どうしよう? まあ、先輩がおもむろに服を脱いで「俺の半裸、好きなだけ撮っていいぞ」なーんて、絶対に絶対に言うわけがないから、他に理由があるんだろうけど。それならいいんだけど、絶対に違う。カメラはバッグに入ってるから、いつでも取り出せる。微妙な表情で黙り込んでいる先輩に聞くため、身を乗り出したら、ゆっくりとこっちを見てきた。
「一、先輩の半裸を撮ってもいい! 二、バディ解消の話がしたい。三、耳か尻尾をもふらせてくれる予定。さあ、どっちですか!?」
「全部違う! 個室じゃないと出来ないことをしようと思ってな」
「ど、どういう……?」
「勉強だ」
「べっ」
べんきょう。あああああっ、忘れてた!! テストするから覚えておけよって言われて、単語帳と魔術書を渡されたのに……。え、ええっと、大丈夫大丈夫、一応、昨日寝る前にちょっとだけ勉強した。頭を抱えた私を見て、先輩が溜め息を吐く。
「今日、テストしようと思ってたんだが……。なかなか言い出せなくて。トラブルに巻き込まれたばっかだし、なんかイライラしてるし」
「うっ、すみませんでした……」
「いや、いい。大丈夫だ。どうせちゃんと勉強してないだろ? しような。今日、飯を食いながらテストしても、上手くいかないだろうし」
「は、はい」
「でも、ある程度詰め込んだあとにするか。テスト」
「はい……」
泣き出しそうな声で返事をしたら、先輩が低く笑う。なんでそんなに嬉しそうに笑うんですか……。先輩のドS!! 意地悪! ん? でも、いつものカフェで良かったんじゃ?
「あのー、どうしていつものカフェじゃないんですか?」
「たまには気分を変えて、違う場所でやった方がいいかと思ってな。いつもと同じ店でやってたら、長続きしないだろ? 集中力が」
「場所を変えても一緒なんですけど、私……」
「じゃあ、今度からいつものカフェでするか。悪いな、俺は環境を変えた方が上手くいくタイプだから」
「なるほど。あーっ!! 学生時代、カフェで勉強する先輩の姿が見てみたいです! タイムスリップする方法って無いんですか!?」
「無い。無いから諦めろ、勉強するぞ」
「はい……」
先輩の黒いトートバッグから、ノートと魔術書、筆記用具がずるんと出てきた。つらい。しかも恥ずかしい。先輩が私と二人きりになりたかったのかな、なーんて思っちゃった。恥ずかしい、言わなくて良かった……。今度から、先輩とあれ? 良い雰囲気なのかなって思うような状況になっても、勘違いしないようにしよう。ですよねー、何とも思ってないよね、私のことなんて。先輩がグレージャケットのポケットから、タイマーを取り出した。
「料理が来るまであと十分くらいあるだろ? その間に出来る限り覚えろ。じゃあ、よーい、スタート」
「はい……。テストするんですか? 結局」
「うん。問題数減らしてやるから頑張れ」
「はい……」
「泣きそうな顔しやがって。暗記したあと、飯食おうな」
「えっ、忘れちゃう!!」
「それが狙いだ。予習してるのなら、ほぼほぼ回答出来るはずだぞ」
「……」
「してないんだな……。まあ、分かってたけど」
結果は二十問中、十四問正解だった。先輩が難しい顔をして「まあ、じわじわと正解率が上がっていってるから」と、フォローしているんだが、していないんだか、よく分からないことを呟いた。死んだ魚の目で、冷めきったピザを食べていたら、おかしそうに笑う。
「お疲れ。よく頑張ったな」
「何かご褒美ください、ご褒美……」
「言ってみろ、聞くだけ聞いてやるから」
「腹筋の写真を撮らせてください!! あと、服を脱いでいる最中の写真が撮りたいです!」
「だめだ、却下」
「服って言っても、ズボンじゃありませんよ!? ジャケットとTシャツを脱いでるシーンを撮りたくて! 先輩がインナーをゆっくりと脱ぐところまで撮りたいんです、お願いします!!」
「そういえば、イケメンと揉めたんだっけ? 詳しく聞かせてくれよ」
「はい……」
先輩は最近、変態的な要求をスルー出来るようになった。こうなったら無駄で、どんなに食い下がっても、涼しい表情でひたすら違う話をされる。負けないぐらいしつこく言ったら聞いてくれるのかもしれないけど、鬱陶しがられるのが嫌だからしてない。ベリーのカクテルで喉を潤してから、話すことにした。
「そのイケメンがですね、エディ君っていうんですけど」
「エディ君? ちょっと待て、会ったばかりなんだよな?」
「はい。でも、レイラちゃんがこらっ! ハートリーさんのことを呼び捨てにしちゃだめですよって、エディ君のことを叱りつけてたから、私もエディって呼び捨てに出来ないなと思って。レイラちゃんに怒られる……」
「呼び捨てにするのも、名前を呼ぶのもやめろ。そいつの姓は?」
「えっ? 確かハルフォードです。エディ・ハルフォード」
ピザを掴もうとしていた先輩の手が、ぴたりと止まった。あれ? そういえば、有名人って言ってたような気がする。政治家の息子とか? ありえる。私のバカさ加減が露呈するような有名人の息子じゃないといいんだけど……。先輩が青ざめた表情で見てきた。えっ、何? 犯罪者とか?
「バカ野郎。フィオナ、お前、今なんて言った? エディ・ハルフォード?」
「はい。あの、有名人なんですよね?」
「……新聞読んでないのか」
読んでない、節約したいから。先輩が額を押さえ、深い溜め息を吐いた。到底ピザを食べる気にはなれないようで、見向きもしない。迷うように両手を広げてから、膝の上で手を組み直す。普通のソファーなんだけど、先輩からすれば小さいみたいで、窮屈そうに見える。
「あのな? エディ・ハルフォードはこの国の英雄だ。数年前の、隣国との戦争を勝利へ導いた男だよ」
「あっ……あああああああーっ!? えっ、ちょっと待って!! 胸ぐら掴んじゃったんですけど!?」
「そんなことまでしてたのか」




