23.ワンランク上の盗撮だから
「それでね、先輩がしぶしぶすね毛を見せてくれた時にこう思ったんだ~。あ、私、先輩のすね毛が見たかったわけじゃなくて、しぶしぶすね毛を見せようとしてくれてる先輩の顔が見たかったのかなぁって! うふふふふ」
「そっかぁ。もうそろそろ終わる? すね毛の話」
「えっ? 十五分にしたけど、だめだった!? 長かった!?」
念のため、先輩に貰った腕時計を確認してみたら、十五分経ってた。うん、ちゃんと時間守ってる。パスタを食べてみたら、冷めきってた。微妙にパスタが伸びてる気がするけど、まあ、いっか。シンプルな味わいで美味しい。ここ、異様に玉ねぎが甘くて、ベーコンも旨みたっぷりで美味しいんだよね……。
フォークに絡め取ったパスタをもう一口、と思って食べていたら、疲れた様子のステラちゃんが腕を組み、椅子へもたれかかった。ちょっと呆れた表情を浮かべてる。可愛い~、美少女が疲れてる~!! 私のせいなんだけど。
「長いよ、途中から飽きてきちゃった。他の話ならまだしも、ずぅーっとすね毛の話なんだもん。私、何が悲しくて、あいつのすね毛の話なんてずっとずっと聞いてるんだか!」
「ご、ごめん……。今度からあんまり語らないようにするから! どの毛の話なら聞ける!?」
「どの毛の話も聞きたくなーい。恋バナしようよ、恋バナ。まったくときめかなかったの? フィオナちゃん」
「んんんんん……!! そっ、その話はしたくないんだけどなぁ」
「えっ? 自分は散々すね毛の話を語ったのに? いいじゃん、しようよ! ときめいたんでしょ? あいつの顔がまったく好みじゃないし、生意気だから共感出来ないし、訳分かんないけど」
「ステラちゃーんっ!?」
私がストレスを与えちゃったせいか、いつもより毒々しい……。んー、ステラちゃんがそんなこと言うから思い出しちゃったじゃん。黙ってお姫様扱いされとけって言われたこと。あとは何言ってたっけ? 忘れちゃった。
何か、何か、きゅんとくるようなこと言ってたんだけど。浜辺とすね毛しか思い出せない……。口の中にあったパスタを飲み込んでから、上を向く。天井には擬似的な青空が広がっていて、今日はうっすらと白い雲まで浮かんでいた。
「あ~、う~、でも、先輩のことだから、絶対に深い意味は無いでしょ」
「何言われたの!? 私がしたいのはすね毛の話じゃなくてさ、そういう話なんだけど!?」
「んー、でも、聞き間違いかもしれないし。何だったっけ? 車の中で何か、嬉しいこと言われたような気がするんだけど。忘れちゃった、すね毛のことしか頭に残ってない」
「えええええっ、つまんないの! 頑張って思い出してよ、フィオナちゃ~ん。ときめきを誘ったセリフをさぁ」
「ええええ、恥ずかしいから嫌だ……。それに、先輩にとって私はヒヨコちゃんだから! ただのヒヨコちゃんだから!!」
「めちゃくちゃ分かりやすいけどね、あいつ」
分かりやすいって、一体何が? 顔を上げた瞬間、きゃーってつんざくような悲鳴が聞こえてきた。慌てて振り返ったら、出入り口付近に女性がわらわらと集まってる。な、何の騒ぎ!? 誰か倒れた?
「待って、あれ、大丈夫!? 誰かが暴れてるんじゃ、」
「多分、違うと思うよ~。ほら、出てきた。珍しい、食堂になんて滅多に来ないのに」
「お偉いさんとか……? よく見えないけど、かなりの高身長イケメンじゃない!? あの人!」
「さっすがフィオナちゃん、やるぅ~。通称“女殺し”、アーノルド様は人外者の先祖返りなんだよ。すごくない?」
「人外者の先祖返り? 何それ」
「あれ、そこから……?」
ステラちゃんが呆れたように笑いながら、お水を飲む。学校で何か習ったような気がするけど、全部飛んじゃった~。人外者の歴史ってややこしいんだもん。大抵、血腥い歴史の事件と一緒に語られるし。憂鬱になるような事件の話を聞きながら、人外者の生態? 仕組み? なんて覚えられないって。誰かが暴れてるわけじゃないみたいだから、椅子へと座り直す。私の無知っぷりに呆れながらも、バカにはせず、ステラちゃんが丁寧に教えてくれた。
「今は少ないけどさ。昔、人外者が幽霊的な存在から、人に認知される存在になったきっかけって覚えてる?」
「た、確か、この国の女王様……? がしたんだっけ? 何か」
「そそ。正確には初代女王ね。初代女王が人外者の生みの親ってされてる、人外者……始祖的な存在と契約を交わして、人間が人外者を見れるようにしたの。ざっくり解説だけしとくね、そこ重要じゃないから」
「あ、うん、分かった。それでそれで?」
「そこから、結婚ラッシュがスタート。ほら、人外者って見た目がいいでしょ? 自由自在に姿が変えられるしね。おまけに、当時は人間大好きな人外者が多かったから、人外者と結婚する人が続出したんだよ」
「ふーん。で、先祖返りって?」
分かるような、分からないような。でも、分かる。顔って大事だよね。人外者って見た目を変えられるんだ、知らなかった……。街中であれ? 人外者かな? って思う人をちょくちょく見かけるんだけど、確かめるわけにはいかないし、多分、見たことがないのかな、私。ステラちゃんがおかしそうに笑って、サラダに入ってる鴨肉を突き刺す。
「あの当時、人外者と結婚した人は地位と権力を手に入れたってわけ。ほら、魔術は人外者にしか使えないものだったからさ~」
「えっ!? そ、そうだっけ? 不便じゃん」
「基本中の基本なんだけど!? 習わなかった? 魔術の勉強始めた時に」
「わ、私、バカだからすぐに忘れちゃって……」
「まっ、いいや。習ってもすぐに忘れちゃうよね~。生活に必要な知識じゃないし、大丈夫大丈夫。で、あの当時、人外者と結婚した人は貴族になれたの。裕福な商人限定だったみたいだけど。女殺しことアーノルド様は、商人のご先祖様が魅了系の人外者と結婚してるんだよね。だから、血が混じってる」
「魅了系の……人外者と?」
あ、ぼんやり思い出してきたかも。えーっと、確か、サラダのドレッシングみたいに、人外者も系統が分かれてるんだよね……? 頭がパンクしそうになってきた、やめよう。どうせ、私が考えたって思い出せないんだし。黙々とパスタを食べていれば、ステラちゃんが機嫌の良さそうな笑みを浮かべ、女性がたかってるイケメンの方を見た。人に囲まれてるし、遠くてよく見えない。
「そうそう。だから、人間離れした美貌を持ってるんだよね。噂によれば、魅了系の人外者とあんまり変わらない見た目なんだって」
「えーっ、すごい!! あ、だからか。先祖返りってそういうこと?」
「うん。ご先祖様が魅了系の人外者と結婚したからだね。普通、血がものすごーく薄まってるから発現なんてしないんだけど。でも、発現しちゃったんだよね~、力がさ。一目惚れする女性が相次いでる」
「うわあああっ、見てみたい! 見てみたい!! 見に行こう!?」
ステラちゃんは華奢な美少年風のイケメンが好きだから、興味無くて、見に行ってないとか? 一目惚れ、一目惚れする容姿ってどれだけ!! 興奮して立ち上がれば、誰かが私の肩にぽんと手を置いた。
「おい、やめとけ。フィオナはどうせすぐに惚れるだろ」
「あれっ、先輩!? 話聞いてたんですか?」
「だよね~、心配だよね!? フィオナちゃんが好きになっちゃったら困るもんね~!」
「別にそういう意味で言ったわけじゃない。ただ、振られて泣いてる女性が多いんだし、」
「うんうん、うんうん! まあ、フィオナちゃんを慰めてから付き合うっていう手もありだけど、出来ることならしたくないよね? 他の男を想って泣くフィオナちゃんなんて見たくないよね? ねっ? ねっ?」
とうとう、先輩が何も言わずに強烈な舌打ちをした。本当に仲が悪いなぁ、この二人! 先輩に肩を押さえつけられたから、しぶしぶ座り直す。見たかったんだけど、女殺しとまで呼ばれるイケメンが……!! でも、まずはこの二人をなだめなきゃ。ステラちゃん、笑顔だけど目が笑ってなくて怖い。先輩は普通に睨みつけてる。
「ま、まあまあ、落ち着いて、二人とも……。先輩、一体どうしたんですか? 私、ご飯食べてる最中なんですけど。まだ休憩時間終わってないですよね?」
「終わってない。これを渡しにきた」
「苺パフェ! しかもチーズケーキ入り!! 誕生日じゃないのに……?」
「えー、フィオナちゃんへの誕生日プレゼントなら、もっと豪華なやつを選ぶよね?」
「まぁな。さすがにパフェ一個で終わらせたりしない」
綺麗なガラスの器に、丸い苺アイスとチーズケーキが入ってた。美味しそう~、ちゃんとチョコブラウニーと生クリーム、コーンフレークまで入ってる。チーズケーキはいかにもな安物じゃなくて、しっかり焼き色がついた本格的なやつだった。ここ、料理のクオリティが高いんだよね……。美味しそう! 目が釘付けになっていると、先輩が笑う。
「さっきのお詫び。じゃ、遭遇しても見ないようにしろよ」
「大丈夫ですって! 私の理想の顔立ちは先輩ですから。興味はあるけど、好きになったりしませんよ」
パフェグラスに突っ込まれていたスプーンを持ち上げて、赤いつぶつぶが入った苺アイスをすくいあげる。さすがは先輩、気配り上手。絶対にスプーンを忘れない男、それが先輩。そういや、ブッフェに行った時もカトラリーくれたなぁ。嬉々として、甘酸っぱい苺アイスを楽しんでいたら、先輩が咳払いをした。
「まあ、ならいいけど? あとでな、また」
「はーいっ! ありがとうございました。でも、お詫びって? 何ですか?」
「……さっき、チェーンソーを振り回して怖がらせたから。そのお詫び」
「ははっ、別に良かったのに~。じゃあ、またあとで!」
「おう」
ほっとしたように笑い、軽く手を振ってくれた。はー、好き!! 先輩が手足を動かしてるだけで好き! かっこいい!! ってなっちゃう。道を歩いてる姿も様になるんだよね。ふふふ、すね毛のこと思い出しちゃった。にやにやしちゃうから、思い出さないようにしてたのに~。鼻歌を歌いながら、ご機嫌でチーズケーキを食べてると、ステラちゃんがお腹を抱えて笑った。
「あいつ、も~、何!? 面白すぎるんですけど!」
「へっ? そう? 律儀なんだよ、先輩は。こうやってわざわざ、お詫びにパフェなんて奢らなくても良かったのにね~」
「そうじゃなくてさ! あ、もういいや。分からない方が楽しいし、面白いよね?」
「何かしてた? 先輩。そうだ、“女殺し”の写真ってある!? 見てみたい!!」
「他の課の女性職員が持ってるよ。高額で盗撮写真売ってる」
「怖い!! だめでしょ、そんなことしちゃ!」
ステラちゃんが半笑いを浮かべ、「盗撮してる本人が何言ってるの?」と言ってきた。そ、それもそっか。でも、私は盗撮犯じゃないから。苺アイスを一気に三口ほど食べたあと、飲み込む。
「でも、違うから!! 私のは盗撮じゃなくて、先輩に許可を取った上での撮影だから! 違うからね!?」
「面白ーい。ま、フィオナちゃんは許可を取っていると言えば取っているから、」
「あのね、先輩にあらかじめ日常的に盗撮しますよって伝えてから、撮るのが楽しいんだよ!! 合法的に盗撮気分を味わえるのが最高っていうか、あれ? でも、やっぱり盗撮かも。あらかじめ先輩に伝えておいてから、こそこそと物陰から撮るのは厳密に言えば盗撮であって、そう、ワンランク上の盗撮なの」
「ワンランク上の盗撮!?」
ステラちゃんが星のように眩しい、青色の瞳を瞠った。可愛い~! 胸に手を当てて、スプーンを掲げてみれば、一気にわくわくした表情になる。
「うん。先輩が撮られてるなーって自覚しながらも、何も言わない……。そう、撮っていると見せかけて撮っていない時だってある。先輩は部署から出てきた時や、階段を降りている最中、店員さんから料理を受け取る際に無防備になるから、そこをいつも狙って撮ってる。先輩が気付いてない時に撮るのが楽しいんだよね。でも、本人もそれを分かってるからさ? 他の人達とは違って、ワンランク上の盗撮なんだよ。分かる!? この違いが!!」
「うーん、ごめん。分からない。フィオナちゃんが面白いってことだけは分かるんだけど」
あっ、だめだ。語らなきゃ。そこらへんの盗撮犯と一緒にして欲しくない、私にだってプライドがあるの! もっと語るためにスプーンを置いたら、ステラちゃんが硬直する。
「あのね!? 日頃から盗撮することを伝えておいて、警戒しまくってる先輩を物陰からこっそり撮るのが楽しいんだよ! 分かる!? また撮りやがってっていう顔を撮るのもいいんだけどさ、本気でカメラに気が付いていない無防備な表情の先輩を撮るのが至福なんだよ!! でも、私にもプライドがあるし、気配りは出来るタイプだから」
「気配りが……? 出来るタイプなの?」
「うん! だから、あらかじめ伝えておくの。すごくない!? 偉くない!? 私! 誰も傷付けないし、そう、これがワンランク上の盗撮だと思う。他の盗撮犯と一緒にされたくない。盗撮犯は全員、私のことを見習って欲しい……!!」
「うーん……」
仕事がはかどっていない時のような唸り声を出した。なんで? 私、間違ったこと言ったかな……。だって、平和だよ? 最近はピースまでしてくれるようになった。それも、嬉しそうに笑いながら! 最初はとんでもなくまずいワインを飲まされたような顔してたけど。でも、協力的な先輩を本気で盗撮するのが好き~。
トイレ出てきた瞬間は無防備になるだろうからと思って、トイレを我慢して張り付いて盗撮して、やっぱりトイレ行ってきてもいいですかって言った時、呆れられたのは内緒。先輩は私が必死でメイク直ししてたって勘違いしてたけど、用を足したばかりの先輩を盗撮するために、全力でカメラ構えてただけですなんて、言えなかったな……。ほら、私も乙女だからさ。言えないよね~、恥ずかしくて。遠い目で苺アイスを食べていたら、ステラちゃんも同じく遠い目で笑う。
「何回説明されても分かんないけど、本当にヒューの顔が好きなんだね……。フィオナちゃんって」
「うん、そう。本当にそう! そうなの!! も~、好きで好きで仕方なくてさぁ。顔が。顔だけ」
「中身も好きになっちゃってない?」
「……なってないよ」
「怪しい! 怪しいぞ~、うりゃうりゃ」
「んおっ、うおおっ!?」
ステラちゃんに猛スピードで頬をつつかれた。……絶対絶対、私は不安になるだろうから付き合いたくない。ま、先輩も渋い表情で「面倒臭そうだから嫌だ」って言って断りそうだけどね。望み薄。期待したくないし、付き合いたくない。
刺されかけた恐怖が、夜になってぶわーっと増す時あるから、まだまだ恋愛するべきじゃないよね。付き合うなら、アンドリュー君とか……? 気を使わなくて良さそうだし、浮気なんてしなさそう。先輩が優しい男性っていうのは分かってるんだけど、すっごく申し訳ないんだけど、浮気しそうだし……。
溶けちゃう苺アイスを全部食べ終えたから、ふたたびパスタを食べる。トマトが酸っぱくて美味しい。パスタも硬め食感で美味しいな~。集中して食べている私を見て、ステラちゃんが笑ってた。
「で? どうなの? あいつのどういうところが好きなの? フィオナちゃん」
「ん~、こうやってパフェくれるところ? 申し訳ないけど、浮気しそうで嫌だ」
「えっ? それは絶対無いでしょ、大丈夫だよ。あいつ、浮気された経験あるし」
「えっ、あるの!? なんで!?」
「さあ、知らな~い。でも、浮気された経験があるから大丈夫じゃない? けっこう苦しんでたよ、あいつ」
「……ステラちゃんにそれ、言ったんだ?」
意外。人に自分の弱みを見せないタイプかと思ってた。だって、あのステラちゃんだよ!? 言いふらされまくりじゃん……。驚愕してたら軽く笑って、品が良い所作で白身魚を切り分けた。
「うん。婚約寸前までいったのに、」
「あっ、ごめん! 聞きたくないかな!! 先輩に同情しちゃう、私……」
「なになに~? 聞いたら、躊躇していた理由が無くなって好きになっちゃいそう?」
「さすがにそれだけでは好きにならないから……。そうじゃなくて、自分の口から言いたいタイプだろうから、先輩は。あんまり知られたくない過去を知っちゃうのは、ちょっとなぁって。同情されるのも嬉しくないだろうし」
私は先輩にとって、一番のお気に入り後輩で、ヒヨコちゃんだからきっと、苦笑して許してくれるんだろうけど。多分、ステラちゃんに話したのだって、酔った勢いとか、口をうっかり滑らせちゃったとか、そんな感じだろうから……。あと、気の迷いだってあるだろうし。
「とにかく、私が知っちゃいけないことなんだろうなって。この顔なのに浮気されちゃったんだ、可哀相……って会う度に思いたくないし!」
「あ~、そういうことね。フィオナちゃんってさ、意外と真面目で優しいよね」
「そうかな~。だって、嫌じゃない? お気に入り後輩に、過去の苦い恋愛を知られるのって」
「お気に入り後輩なのは確定なんだ……?」
「確定」
ステラちゃんと顔を見合わせて笑う。さてと、早くご飯食べなきゃ。午後からも仕事頑張ろう。ああ、本当に、アンソニーお兄様と晩ご飯食べに行くのが憂鬱……。虚ろな目になっちゃう。仕事、仕事、今の私は仕事を頑張ればいいだけの話だから……!! 先輩と合流してから、センターを出る。自動ドアを通った瞬間、話しかけてきた。
「そうだ、今日一緒に晩飯食わないか? 昼、食べれなかったから」
「あっ、すみません。予定が入ってるんです、今日は」
「ステラと? 喋り足りなかったか」
「いや、えーっと、しん、親戚のおじさんと? 食べるので無理です」
「ふぅん。親戚のおじさんねえ」
やばい、とっさのことで上手く誤魔化せなかった!! ああ、もう、私ってば、なんでこんなに嘘吐くのが下手くそなんだろ……。お母さんが騙されやすいタイプだったから? 兄妹もいないし、あっ、いるか、一応。腹違いだけど。一緒に住んでないし、喧嘩したり、嘘吐いたりする経験が無いから下手くそとか? 困っていたら、先輩がくちびるを歪め、苛立った微笑みを浮かべる。か、かっこいい!! もう顔にしか目がいかない、他はどうでもいい。
「本当は誰と食べに行くんだ? フィオナ」
「あっ、うーん……。お、男友達と?」
「別にお前が誰と食おうがどうでもいいけど、嘘吐かれる理由がまるで分からん。嘘吐く必要なんてあるか?」
「……」
無い。でも、腹違いの兄だって言いたくないだけなんだけど。あれ? どうしてこうなったんだっけ。分からない。混乱しつつ、歩道を見ながら歩いていると、先輩が静かに溜め息を吐いた。
「まあ、いいけど。聞きたくないのなら、無理に聞かない。もしかして、俺が記憶を消した元彼と会ってるとか……?」
「それは絶対ありません!! ただ」
「ただ? どうした、言ってみろ」
「んっ、んん~、何でもありません。ただ、男友達と会って喋るだけですよ」
「……男友達って、アンドリューとか?」
「いや、先輩が知らない男友達です」
「へー、俺が知らない男友達とか。誰だ?」
「えっ……」
なんで、あれこれ心配して聞いてくるんだろう。もしかして、私がまた変な男に引っかかると思ってるとか? 腕をばしばし叩きながら、「も~、心配しすぎですよ! 詐欺師や変な男に引っかかったりしませんからね? 大丈夫ですからね!?」って言ってみたら、深い溜め息を吐かれた。先輩は心配症。そして、私は先輩にとってヒヨコちゃん……。




