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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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20.特別な存在だって言ってくれたのに!

 





「うわっ、うわ、うわあぁ~……!!」

「想像以上に喜んでるな」


 木の床と白壁がナチュラル可愛い店内に、つやつやのフルーツが美しく並べられたバットと、赤や黄色、こっくりしたベージュ色のアイスとシャーベット、パフェに絶対欠かせないコーンフレークやチョコブラウニー、ドライフルーツがてんこ盛りにされた木のボウルが置いてあった。白い塗り壁には、“ようこそ、楽しんでいってね!”と書かれた、ピンクの可愛いガーランドが飾ってある。しかも、バットとボウルの間には、くすんだ色合いのドライフラワーが飾られていた。


「う、うわぁ、とにかく見た目が可愛い!! 結婚式みたい、デザートブッフェがこんな感じでした!」

「へー、結婚式ね。そういや、フィオナは結婚願望あるのか?」

「ありますよ! 三十までには結婚したいなって思ってます。だから二年ほど? 先輩の顔を楽しんだら、結婚前提で付き合ってくれそうな真面目で地味めな男性を探しに行きます……。ハンティングします!」

「けっこう早いな」

「早いに越したことは無いじゃないですか! もー、二年ぐらいしか騒げないの、寂しいんですけど!」

「まあ、早いに越したことはないな。確かに」


 先輩が大きめのパフェグラスを持ったまま、どうでもよさそうに呟く。無反応~!! だめだ、やめよう。でも、これで分かった気がする。先輩にとって私はヒヨコちゃんにしか過ぎなくて、手がかかる存在なんだ。よって、これはデートじゃない。距離も縮まってない。ほっとしたかも、なんか。私って、先輩のことが好きじゃないんだな……。


 自分でも自分の気持ちが掴みきれない。とにかくも、ブラウニーやクリームを詰め込んでいくことにした。チョコブラウニーと苺色のスポンジケーキは木のボウルに入っていて、クリームが入った絞り袋は、おしゃれなステンレス製のスタンドに立てかけられている。それぞれにラベルが張ってあって、苺味とか、チョコ味とか、ミント味って書いてあった。可愛い~! カラフル。というか、種類が多くて選べない。どうしよう?


「せ、先輩! 先輩はどのクリームにします? カスタードクリームやキャラメル味の生クリームまでありますよ? どうします!?」

「落ち着け、分かったから。俺はカスタードクリームにする」

「うわーん! じゃあ、私もそうしようかな! 本当は苺味の生クリームも気になるんですけど、あっ、そっか。二種類詰め込めばいっか」

「おい、食いすぎるなよ。あと、クレープもあるぞ。あっちに」

「えっ、聞いてないんですけど!? 雑誌で見た時は無かったのに!」

「客がバカみたいに単価が高いものばっか食わねぇように、クレープやらカレーやら用意してるんだろうな」

「やめてください、そういうの! 夢が壊れちゃう!!」

「悪い悪い。夢ってなんだよ? 商売だぞ」

「そうなんですけど、この可愛すぎる店内で聞きたくありません……」


 パフェグラスにカスタードクリームを絞ったあと、笑ってる先輩に手渡す。経営戦略をいちいち気にしてたら、美味しく食べられないじゃん……。そういうこと言わないで欲しい。次はチョコブラウニーとコーンフレーク、アーモンドスライスを詰め込む。そのあと、苺味の生クリームを流し入れる! 私が真剣な顔で生クリームを絞っていると、肩を揺らして笑った。


「真剣だなぁ。前のビュッフェの時も思ったけど」

「ん~、ここはようするに戦場なんですよ! いかに後悔なく、自分が食べたいものを詰め込めるかどうかの戦いなんです……!!」

「もっとリラックスして楽しめばいいのに」

「無理ですね! このあと、どうしよう? プチシューがあったんですよ、さっき。今、このまま一個ぐらい入れようかと思ったんですけど。アイスの上に載らないだろうから。でも、見栄え悪くなりますかね!? 真ん中にプチシューを入れると! せっかくだから、美しく見栄えよく載せたいんですよ!」


 ぎゅるんって振り返ってみると、先輩が呆れた表情で肩をすくめる。私、センスがあんまり無いから聞きたい。どうしてこうなってしまったんだろうって途方に暮れたくなるぐらい、酷い代物が出来上がる時もある。三回に一回ぐらいは、お店レベルの盛りつけが出来るんだけどなぁ。


「……食いたい分だけ、載せたらどうだ? そこまで気にしてたら、時間が無くなるだろ」

「あーっ、そうなんですよね! 出来ればスモークサーモンのサンドイッチも食べたいし、アイスとシャーベットを全種類制覇したいし」

「おい。喋りながら食べる気は無さそうだな」

「はい、まったくありません。ひたすら食べて楽しみます!!」


 女友達と来た時は三十分間だけ食べて、そのあと喋って、最後に気になるデザートや美味しかったフルーツをちまちま食べるだけなんだけど。太るよって笑いながら言ってくるし、あまりにも真剣だと若干引かれちゃうし……。でも、先輩とは心おきなく食べられる。先輩には無限のポテンシャルを感じてる、私。今まで暴君のようなお姉様にこき使われてきた先輩は優しくて、気配り上手! この間私の戦いをサポートしてくれたし、今回も頼りにしたい。


「先輩、あとで紅茶を持ってきて貰えませんか? 食べるのに集中したくて」

「……分かった。スプーンとフォークも持ってこようか?」

「よろしくお願いします! 前回、本当に助かったんですよ~。安心して集中出来ました! 今回もよろしくお願いしますね」

「ああ、うん。任せとけ」


 ものすごく気乗りしない表情で頷いたあと、カトラリー置き場の方へ向かった。ごめんなさい、先輩! こき使っちゃって。でも、優しいなぁ。黙ってやってくれるんだ……。私なら絶対に嫌だ。食べるのに集中したい。


 不機嫌そうに尻尾を揺らしながら、歩いてる先輩を楽しく眺めたあと、色鮮やかなアイスが並んだショーケースを睨みつける。いかに美しく盛りつけるかが重要。ディッシャーを手にして、まずはバニラアイスを盛りつける。次はチョコクッキーとラズベリーのアイスを盛る。よし! 上手くいった。ここにプチシューを載せたらやりすぎかな?


(確かさっき、スティック状のチョコやウエハースがあった! どうする? 諦める? うん、プチシューは諦めてチョコかウエハースにしよう。待って、その前にドライフルーツとアーモンドダイスを散りばめたい。それとも、ベリーソースをかけちゃう?)


 ああっ、悩むことがいっぱい! アイスが溶けちゃうから、そんなに悩んでられないのに。ぐるぐる考えた結果、ベリーソースとチョコソースを両方かけた。フルーツ載せるのを忘れていて、膝から崩れ落ちそうになったけど、溶けかけのアイスの端っこにぎゅっ、ぎゅっと、ブルーベリーを詰め込んでおく。


 私のバカ! チョコブラウニーの次に、フルーツを入れたら美味しかったのに。次はそうしようっと。仕上げにドライオレンジの輪切りとチョコスティックを挿し込み、アーモンドダイスとココアを散らす。


「うん、完成っ! わ~、美味しそう! 先輩に見せてこようっと」


 我ながら良い出来じゃない? 上手くいって良かった、お店のパフェみたい! アイス溶けかけちゃってるけど。テーブル席に戻ったら、先輩が足を組んで待っていた。う、浮いてる。木の肘置きがついた可愛いベージュ色ソファーに座って、クッションにもたれてるんだけど、浮いてて最高……!! 可愛い店内と合わない。だ、だめだ、つい笑っちゃう。


「お、お待たせしました! あれ? まだ食べてないんですか?」

「……せっかくだから、一緒に食べようと思って」

「そんな、良かったのに! 先に食べてて。お待たせしちゃってすみません」

「いや、大丈夫だ。ああ、やけに凝ったパフェにしたなぁ、お前」

「ふふふ、すごいでしょー! 可愛いでしょう、このパフェ! どうですか? どうですか? 上手くないですか、私!」


 わくわくしながらパフェグラスを持ち上げてみると、先輩がびっくりするほど、優しい笑みを浮かべた。うわぁ、だ、だめだ、心臓が一瞬ぎゃわんってなっちゃった。それ反則! さっきまでつまらなさそうな顔してたくせに。


「可愛い、可愛い、よく出来てるな」

「は、はい……ええっと、スプーン! フォーク! 持ってきてくださってありがとうございます。食べましょうか!!」

「だな、溶けかけてるし」

「ああああっ……先輩の、溶けてなくていいですね。さっき盛ったばかりなんですか?」

「いいや? 魔術をかけておいた」

「ええええっ、いいなぁ! ずるい! 私もそうすれば良かったです」

「……術語、覚えてるか?」

「……」


 覚えてない。確か食べ物関係の術語と、ひやひやにする術語が必要だったよね? 時間指定もするから、あー、うー。たかだかアイスを冷やすために、四つ術語を思い出す必要があるってどういうこと? だめだ、思い出せない。私が長いスプーンを手に取って、チョコソースがかかったバニラアイスを口に含んでいれば、先輩が溜め息を吐いた。


「この場合、どの術語を組み合わせるか覚えてるよな?」

「や、やめましょうよ、授業なんて……。ご褒美があるのならまだしも!」

「ご褒美ならあとでやるから。言え、早く」

「あっ、は、はい。確か食べ物関係の術語、それも液体系に効く術語と、あとは、ええっと、グラス? と時間指定、この場合は五分ぐらいですかね……」

「あと他には? まだあるだろ」

「ひ、冷やす魔術は基本かなと思って、言ってなかっただけです……」

「この場合、アイス自体を冷やすよりも、グラスに状態不変の魔術をかける方がコスパいい。よく覚えとけ、出来る限り魔力を節約するんだ」

「はい、ありがとうございます……」


 あれ? デートじゃなくてお出かけだって、自分に言い聞かせてきたけど、もしかしたら授業だったのかもしれない。先輩、手厳しい。落ち込みながら、黙々とバニラアイスを食べていれば、先輩が「あー」と気まずそうな声で言った。


「悪い、せっかくの休日なのに。ただ、俺としてはもう少し覚えてくれた方が、」

「すみませんでした! なるべくアヒルを出さないようにしますね……」

「アヒルならまだいい、ましだ。一番の問題は何かよく分からないものを、フィオナがパニックになって出すことだよ」

「ああああ、すみません! すみません、以後気を付けます……」

「とにかく、分からないなら魔術を使わないでくれ。マフィンマンがトラウマになってる」

「すみませんでした!!」


 あれがトラウマになっちゃってるんだ、先輩。でも、分かる。出した私も気持ち悪くなっちゃった。ひったくり犯を追いかけてくれる人形を出そうと思ったら、途中でマフィンが浮かんじゃった。おばあさんがマフィンの袋を持っていたからかもしれない。ムキムキの筋肉質の体に、腐臭が漂うクランブルマフィンの頭を持った人形? が出てきちゃった。


 追いかけてくれるかと思ったら、即座に顔であるマフィンをちぎって投げ出した。犯人が死に物狂いで逃げている最中、腹が立ったのか、「ギョボォアアアーッ!!」って叫びながら、マフィンを道路の車に向かって投げ出したんだよね。先輩が困ってた。燃やそうとすれば臭くなるし、凍らせようと思ったら、ネバネバの粘液を出して威嚇してくるし、結局あれ、どんな術語で消えたんだっけ? 思い出せないや。はっきりと思い出している最中なのか、先輩の顔色が悪くなっていた。


「先輩、あれって結局、どういう術語で消えて無くなったんでしたっけ? 忘れちゃいました」

「おい、昨日のことなのによく忘れられるな……」

「す、すみませんでした! どういう術語で消したんですか?」

「……見た目がどこからどう見ても、マフィンの化け物男なのに、お前は袋だって認識してたんだ。袋の術語が入った化け物だったから、水で溶けて消えた」

「あー、そうでした、そうでした! 袋でしたね、そういえば」


 思い出した。先輩がやけくそになって、水をぶちまけたんだ。最後はどろっと溶けて、消えていった。溶けた紙袋が道路に張りついているのを見て、先輩が嫌そうな顔になってた。きちんと掃除するところが先輩らしい。


「普通、マフィンか人形か男なんだけどなぁ。袋には見えねぇよ」

「でも、服が袋だったので。袋要素はちゃんとありましたよ!」

「あ? ダンボールで出来た、黒くてボロいズボンにしか見えなかったぞ?」

「いえ、あれは袋なんです。それと、マフィンの術語は使ってないんですよ。あくまでも、袋で出来た動く人形的な……? 存在なんです!」

「わけ分からん。たとえ一等級国家魔術師でも、お前の魔術はすぐに解けないんだろうなぁ」

「えー? そうですかねえ。見た目が人形っぽくても、人形の術語を使ってるとは限りませんよ?」

「普通は使ってるんだよ! どうなってんだ、お前の認識は。狂ってる」


 怒った声で言ったあと、苦笑して「あーあ」と言う。迷惑かけちゃって本当に申し訳ないなぁ。でも、ストーカー予備軍で、普段から迷惑かけてくる女をデートに誘うって、違った、お出かけだった。お出かけに誘うなんて、先輩は物好きだなぁ……。しみじみしながら、手作りパフェを食べる。うん、美味しい。


 バニラアイスのなめらかな口当たりとベリーの甘酸っぱさがもう最高! チョコとベリー、ざくざくのコーンフレークに、しっとりしたブラウニー。ああ、幸せ。アーモンドスライスも香ばしくて美味しい。正統派な美味しいチョコとベリーのパフェだ! こういう正統派なデザートを食べてると、心が満たされる。満足感が半端ない。シンプルなチョコアイスを食べている先輩がふと、こっちを見て笑った。


「幸せそうに食うなぁ、フィオナは」

「ふぁい、本当に美味しいです……。連れて来てくださってありがとうございます、先輩! も~、すみません。いつもご迷惑かけちゃってて」

「いや、慣れたからもういい。大丈夫だ」

「このあと、波打ち際で初夏の海とたわむれる先輩の写真を撮る予定なんですけど」

「は? 急にどうした? おかしなこと言って」

「ポージング指定してもいいですかね!?」

「だめだ、面倒臭い。よく考えてみろよ。休日、人がいっぱいのビーチで何をさせる気だ、俺に」

「私は気にしませんよ!」

「俺は気にする! いいから、黙ってパフェを食え。溶けるぞ」

「あああああっ……」


 やっぱり、先輩とのんびり喋ってる暇なんて無かった! ぬるくなった紅茶を胃に流し込んで、「じゃあ、またパフェを作ってきます」って宣言したら、複雑そうな表情を浮かべた。あれ? こき使われるって思ってるのかも。すみません、正解です……。飲み物取ってる時間があるのなら、盛りつけ方を考えたい。口をさっぱりさせるため、今度はミントティーを頼んでおいた。しぶしぶといった様子で頷いてくれる。


(次は何にしよう? えーっと、えーっと、塩キャラメルパフェにしようかな!? でも、フルーツてんこ盛りのパフェも食べたい。どうしよう? 容量的に、あと二つしか食べられない。今はフルーツを盛って、そうだ、クッキーと塩キャラメルのアイスがあったからそれにしよう。相性の良さそうなフルーツを選ばなくちゃ)


 私がせっせとパフェを作って食べている間、先輩はずっとチキンサンドやカレーを食べていた。合間にシャーベットやチョコアイスを食べている。さすがは獣人、食べる量が多い……。先輩が涼しい顔で、軽食を山盛りにするもんだから、店員さんの顔が引きつってた。先輩の好きなお肉が無いもんね、ここ。お腹空くよね。


「ああ、お腹いっぱい! 吐いちゃう!!」

「だから、ほどほどにしろって言ったのに……。もうやめとけよ、さすがに。それで終わりにしろよ」

「うっ、でも、先輩が食べてるカシスシャーベット、食べたかったのに!!」


 テーブルに突っ伏して叫ぶ。パフェ三つとスモークサーモンのサンドイッチ、トマトパスタとカレーとフルーツとアイス全種類を食べたら、お腹がはちきれそうになった。しまった。自分の胃の容量を過信してた……。テーブルに突っ伏しながら、恨めしく「カシスシャーベット、カシスシャーベット」って呟いていれば、先輩が声をかけてくる。


「おい、一口やるからこれで我慢しろ」

「いっ、いいんですか!? でも、」

「早く。ほら、あーん」

「はいっ!」


 待って、あーんって言った? 今。平然とした顔で甘いこと言ったような気がするんだけど! ていうか、間接キスなんじゃ、これって。先輩が私の口から、ゆっくりとスプーンを引き抜いた。丁寧。いつだって丁寧で優しくて、喉が詰まる。何だろ、これ。耳が熱い。ヒヨコちゃんだから、私。ヒヨコちゃんだから……。口の中で甘酸っぱいシャーベットを溶かしていれば、先輩が満足そうに笑って「うまいか?」と聞いてくる。


「はい!! お、お裾分け、ありがとうございました……」

「ん。このシャーベット並みに顔が赤いな」

「い、言わないでくださいよ、そういうことは!」


 だめだー、きゅんきゅんしてしまう! チョロいな、私。先輩は何とも思ってないんだから、切り替えなくちゃ。じゃないと、痛い目を見るのは私!! 先輩が淹れてくれた、ほんのり甘くて苦いハーブティーを流し込む。先輩はしれっとした表情で、黙々とシャーベットを食べていた。でも、銀色のトラ耳はぴこぴこと動いてる。


(あれ、どういう感情なんだろう……。そうだ、興奮しすぎて吐かないようにしないと。先輩、ポーズ取ってくれないかなぁ。出来たら靴を片手に持って、波打ち際を歩きながら、あっ、何とかしてズボンをたくし上げて欲しい。すねを見せながら歩いて欲しい)


 待って、先輩ってすね毛、生えてるの……? つるつるだったら複雑な気分になる。胸元に生えていたって、いや、なんなら脇にボーボーと毛が生えていたって!! だめだ、気になる。毛フェチ気味の私としては、確認しておきたい。プール行った時、足に毛は……思い出せない。顔と腹筋しか見てなかった、私。


 でも、さすがに恥ずかしいかな! 先輩のお尻を見てみたいって言うよりも、ハードルが高いような気がする。でも、聞かなきゃ。じゃないと今日、夜ぐっすり眠れないような気がするから。意を決して、ティーカップをソーサーへ戻す。お皿のふちと、口をつける部分に葉っぱと白い野花が描かれていて可愛らしい。よし、聞くぞ! 聞くぞ!!


「……先輩、ちょっと話があるんですけど、いいですか?」

「いいぞ、どうした?」

「先輩って、私にすごく優しくしてくれますよね?」

「そうか? 普通だけど」

「いやいやいや、ステラちゃんやあっ、そうだ、アンドリュー君にはかなり優しいですよね? 私が特別扱いされてるわけじゃ、」

「なんで、いつもそこでアンドリューの話が出てくるんだよ……。思ってる通り、確かに特別な存在だ。俺にとってフィオナは」

「あ、ありがとうございます! じゃ、じゃあ、聞きたいんですけど、いいですか?」


 ヒヨコちゃんからの質問なら、きっと喜んで答えてくれるはず! だよね!? そうだと言って、先輩! 私が先輩にとって特別な存在なら、たとえ「すね毛、どれぐらい生えていますか?」って突然聞いても引かれないはず。でも、勇気がいる。恥ずかしい。


 そわそわしてつい、体が動いてしまう。座り直したら、先輩が真剣な表情で見つめてきた。ああっ、ごめんなさい! 悩み相談じゃなくてただ、どれくらいすね毛が生えているか、具体的に聞きたいだけなんです……!! どうしよう、耳が熱くなってきた。絶対絶対、さっきよりも顔が赤くなっちゃってる。私。


「そ、その、非常に言いにくいんですが……」

「ゆっくりでいいから、別に。どうした?」

「ひ、引いたり、びっくりしませんよね? 嫌になりませんよね!? 私のことが。きょ、距離を置くとか。じゃないと、これをちゃんと聞いておかないと、勇気が出なくて……。すみません!!」

「……距離を置いたりしない。引きもしない」

「ほ、本当ですか?」


 嘘でしょ、手が震える。だって、すね毛が何本生えてるか聞くだけなんだよ!? いや、具体的に言わなくてもいいんだけど、別に。具体的な本数を把握してなさそうだから……。だめだ、混乱してきた。私、なんですね毛の数を確認しようと思ってるんだっけ? 


 浜辺で波とたわむれる先輩の姿をカメラに収めたいんだけど、その際、毛があるかどうかで、すねにピントを合わせるかどうか……だめだ、一旦考えるのやめよう。めちゃくちゃになってきた、考えが。そうとは知らない先輩が、罪悪感で胸が痛むほど、にっこりと優しい笑みを浮かべてくれた。うわぁ、ごめんなさい!!


「本当に。大丈夫だから言ってみろ、フィオナ。いつものお前らしくないな」

「は、はい……。あの、今、突然気になったことなんですけど! す、すね毛って生えてますか!? すねに!」

「……」


 先輩の顔が一瞬で強張った。冬、到来って感じがする。引かないって言ったのに!! それとも、私があまりにも酷い変態発言をしたから? すね毛があるかどうか聞いただけなのに!? 別に先輩のヒップサイズを教えてくださいって言ってるわけじゃないんだから、教えてくれたって────……。両目を閉じて待っていると、先輩が大きな溜め息を吐いた。今までで一番、大きな溜め息だった。


「言いたいことって、それだけか? フィオナ」

「は、はい……。そうですけど、引かないって言ってたじゃないですか!!」

「今の質問を聞いて、引かないやつがいたら相当だよ! まったく、あーあ」

「お、落ち込むようなことですか?」

「……」


 急に目が合わなくなった。腕を組んで、横の白い壁を見つめる。先輩、そこには壁しかありませんよ……。銀色のふわふわなトラ耳が、びゃっと後ろへいっていた。これ、怯えてる時の仕草? だったよね。あと、恥ずかしい時や驚いた時だって、本に書いてあったような気がするんだけど……。もしかして、私に怯えちゃってる!?


「す、すね毛。すね毛の有無が聞けたらいいんですけど、それで……」

「聞いてどうするんだ?」

「……浜辺で波とたわむれる先輩の足元を撮りたいなぁって。だめですかね? 私としてはすね毛、あった方が嬉しいんですけど」

「ある。でも、すね毛をクローズアップして撮るな」

「えっ!? い、いいじゃないですか、別にそれぐらい! 減るもんじゃないし!」

「おい。……ちょっとコーヒーを取ってくる。とびっきり苦いのが飲みたい気分だ、甘いのじゃなくてな」

「す、すみませんでした……」


 なんかよく分からないけど、だめだったらしい。あーあ、がっかり。落ち込んじゃうなぁ。どうしよう、このあと写真を撮らせて貰えなかったら!











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