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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
一章 私が自分史上最高のイケメンを見つけて、転職した話
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4.運命じゃなくて、偶然会う呪いにかかってるだけだろ

 

 早速やってきたのは四十代ぐらいの女性で、厳しそうだった。白髪混じりの黒髪をきっちり一つ結びにして、メガネをかけてる。しかも、黒いスーツまで着ていた。あからさまじゃん。あの人、私がサボるとでも思ってんのかな? こんなしょぼいアパートの玄関先に立っていると、浮くなぁ……。


「ど、どうぞ、上がってください……。わざわざお越し頂いて」

「それが仕事ですから。お邪魔します」


 仲良くはなれなさそう! 仕方ない。ぼろいアパートだけど、我慢して貰うしかない。色々聞かれるかと思ってハラハラしてたんだけど、何も聞かれなかった。教え方も丁寧だし、私がアホ丸出しの質問をしても、嫌な顔ひとつせずに教えてくれる。


「えっ、これ、丸暗記なんですか……!?」

「はい。術語は言葉だと思ってください。語学の勉強に通ずるところがあって、まずは何百、いえ、何千とある術語をひたすら覚えて貰います」

「は、はい……。だから、小さい頃からやるんですね」

「そうですね。でも、中には最短二年ほどで、資格を取得する方もいるので」

「二年!? そ、そんな、長い……!!」

「長くないですよ。短いですよ。そうすぐには覚えられませんし、コツを掴むのにもかなり時間がかかります」

「そ、そうですか……。すみません、文句を言わずに覚えます」

「ぜひそうなさってください。こちらとしてもやりやすいです」

「ふぁい……」


 きっつ!! 最短で二年とか! ああ、私も昔から家庭教師に魔術を教えて貰っていたら、今頃は……。でも、そうやってお兄ちゃん達をひがんだって何もならない。そう、すべてはあの素晴らしく美しいお顔立ちをもう一度見るため! いいや、毎日拝むために頑張る!! でも、すぐに飽きた。元々勉強はそんなに得意な方じゃないし、真顔ピースの先輩の写真を見て(もう後輩気分)、「頑張りますね!」って声をかけても、一向に勉強が進まない……。


「もう音を上げてしまいそうです、お兄様……」

「早すぎやしないか? フィオナ」


 高級ホテルのティーラウンジにて、呆れたような顔をする。何故か、月に一回会って進み具合を報告することになった。私としては、出来るだけ会いたくないんだけどな~……。よそゆきの服だって、あんまり持ってないし。今着ている、リボンつきの白いブラウスとグリーンのツイードスカートで最後かも。アンソニーさんが見ていないのは。兄とはいえども、同じ服を着て会いたくない。なんとなく気が進まない。


 ぷうぷうと頬をふくらませながら、花模様が浮かんだカプチーノを飲んでいると、あからさまに溜め息を吐いた。また紺色のスーツを着ている。でも、今日はホテルの雰囲気に合わせてか、華やかな金のペイズリー柄ネクタイを締めていた。変な柄がよく似合っている。


「働きながら勉強しているからじゃないか? それだと、覚えられるものも覚えられないだろう」

「ん~、でも、働きながらじゃないと生活出来ないし。お母さんには頼りたくないし……」

「じゃあ、うちで暮らしたらどうだ? 生活費は出してやる。家賃もいらない」

「えーっ!? でも、奥さん妊娠中なんですよね? 余計な負担かけたくないし、別にいいです」

「……妻もそれでいいと言っているし、部屋は空いてる。顔を合わせないようにしようと思えばいくらでも出来るし、日中は客を招いていたり、外出したりとなかなかに忙しい。どうしても会いたくないと言うのなら、徹底的に避けたらいいだけの話だろ?」


 どうしてアンソニーさんは、私を家に住まわせようとしてくるんだろう……。私が子供ならまだしも、別にそうじゃないし、奥さんと面識なんてないし、一度も会ったことない甥っ子と姪っ子と一緒に暮らせと? 嫌そうなのが顔に出ていたのか、眉をひそめ、「そこまで嫌なら別にいい」と言ってきた。


「でも、よく考えてみろ。今のお前は時間を無駄にしている」

「そんな、大げさな! それに、働かずに勉強しろと言うのなら、生活費だけくださいよ~。何も一緒に暮らさなくったっていいじゃないですか! ははは」

「いくらだ?」

「はい?」

「毎月、いくらあれば足りるんだ?」

「えっ」


 そんなにお金持ってるんだ……。だよね? あれだけ豪華な家に住んでるんだもん、そうだよね!? 一瞬だけ「今、お給料これぐらい貰っていて~。同じだけくださいな!」と言ってしまいそうになった。もちろん、普段貰っているお給料に五万エクオルほど足す。ほら、それが私のお給料だから……。頭が混乱した。お兄様は律儀にバッグから小切手を取り出して、私の顔をじっと見つめている。ほ、本気だ!! このお兄様、本気だ!


「とりあえず今、欲しい額を言ってくれたらそれを書く」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!! さすがはボンボン、金銭感覚ゆるっゆるじゃないですか!? 子犬がおもらしするみたいに、じょっじょ、じょっじょと、適当にお金を使っているんじゃないですか!?」

「おい、静かにしろ! 品の無い例え方をするな、こんなところで!」


 怒られたので、周囲を見渡しながら座リ直す。他のテーブルと離れていて良かった。三日月形のソファーで特別感がすごい。オペラの良い席ってこんな感じなのかな?


「あ、ああ、申し訳ありません……。でも、アンソニーさんに頼る気は無いので安心してください。もしも、何か欲しいものがあったら、カインお兄ちゃんに買って貰うし、いざ仕事をやめて勉強に集中するってなった時も、カイルお兄ちゃんに……」

「どうして、あいつばっかり頼るんだ? フィオナ」

「えっ? 結婚してないし、子供もいないからですよ~。それに、話しやすいんですよね! アンソニーさんとは違って。ほら、人には相性っていうのがあるじゃないですか? アンソニーさんとはいまいち良くないけど、カインお兄ちゃんとは相性抜群なんですよね~。ははは、兄弟なのに不思議! そっちは完壁に血が繫がってるけど、性格がまるで違うもんだからとっつきやすさが、」

「もういい、分かった。黙れ」

「あっ、はい……」


 めっちゃくちゃ冷たいなぁ、この人。悪い人ではないんだけど、気を使わなくちゃいけないから本当に疲れる。うっかり発言が許されない。私が黙って紅茶を飲んでいると、眉間に深くシワを刻んだ。


「それで? 仕事をやめる気も無い、勉強には飽きてきたで済ませるなよ? やるからにはちゃんとやれ。俺に恥をかかせるな。先生にも俺の妹だと伝えてあるんだし、」

「あっ、それですよ! それ! 適当に知り合いの娘さんとか、いや、そもそもの話、何も言わなきゃ良かったのに、どうして素直に言っちゃったんですか!? 私、いぶかしがられてるんですよね~。お金持ちのお嬢様のはずなのに、どうしてこんなところにって。父が贅沢させない方針みたいで~とか、何とか言って適当に誤魔化しておいたんですけど、私、嘘がド下手くそだから絶対にバレましたよ。どうしてくれるんですか?」

「……俺が悪いのか」

「はい! だって、アンソニーさんが言わなきゃ良かった話なのに。本当、そういうところですよ。カインお兄ちゃんだったら絶対絶対、そういうこと言わなかったのに~」

「そんなにカインが良いのなら、カインに頼れ。あいつには魔術関係のコネも人脈も無いけどな」

「あっ、そうだ! お金なんていらないから、来年の試験問題教えてくださいよ! 試験監督、務めたことあるんですよね?」

「フィオナ……」


 頭痛がしてきたのか、まいった表情で額を押さえる。だって、その方が早いじゃん? 私が一刻も早く先輩の後輩になるためには、来年の試験問題を教えて貰って、出題される部分だけ勉強した方がいい。どうして、魔術師試験が難しいのか? 


 それは治癒魔術、攻撃魔術、生活魔術と呼ばれるようなものから、水、火、風、石を生み出す魔術、はたまた身体能力を上げるような魔術から、物体を変えるような魔術まで、そのどれが出題されるか分からないから。広範囲に渡って覚えなくちゃいけない。実技も筆記もあるし、難しいことこの上ない試験。それが魔術師試験。だからみんな、小さい時からコツコツやっていくんだよね……。


「お願いします! 教えてください! だめだっていうのは分かってるんですけど」

「……じゃあ、ざっくりと傾向だけ教える。ここだけの話だが、合格は基本的にコネだ」

「コネっ!? コネなんですか!?」

「ああ、そうだ。試験本番では緊張してしまって、魔術を上手く使えない子もいる。だから、魔術師である親がある程度、子供がどこまで魔術を使えるのかを把握しておいて、世に送り出しても問題が無いレベルなら、それを知り合いの試験官に伝えて、合格にして貰う」

「は、はい? なんですか!? それっ! 今まで魔術師はコツコツ努力してきた、真面目な人だと思っていたのに!」

「もちろん、魔術師の親が全員そうしているわけじゃない。サボるのを防ぐために、コネで合格出来ると言わない親も多い。が、強力な魔術師と繋がりがある場合、コネを使って捻じ込む。最年少で一等級国家魔術師になった子がいたが、それもそうだ。親に力があれば、技術なんてものはいらない。……まあ、その子はおそろしく器用で、センスがあった。完壁にコネとは言えないが」


 コーヒーを口に含み、静かにカップをソーサーへと置いた。びっくりして、何も言えなかった。開いた口が塞がらない。そんな私を見て、アンソニーさんが苦笑する。笑うと、少しだけ幼く見える人だった。


「だから、傾向だけざっくり教えよう。毎年、早くに決まっているんだ。しかし、フィオナは勉強を始めたばかりだし……」

「一年! 一年必死で勉強するから、来年教えてください!」

「俺としては三年ほど、」

「だめです、それだと遅いんです! 私が耐えられないっ!」


 三年も先輩の顔が見れないとか、死ぬ! 死んでしまう!! というか、三年後に後輩として現われたら、絶対にドン引きされる……。下手すれば、転職しちゃってるかも。私が身を乗り出して、すがるように必死で見つめると、軽く溜め息を吐いた。


「分かった。じゃあ、一年半だ。一年半、せめて死ぬ気で勉強しろ。一年半勉強すれば、一般人を巻き込むような事故は起こさないだろう」

「わ、分かりました……。一年半ですね? えーっと、今が十月だから」

「再来年の四月に試験がある。それを受けて合格しろ。そうだ、就職したいところがあるんだろう? 口を利いてやろうか?」

「えっ!? いいんですか!? お兄様ーっ!!」

「ふらふら遊んでるだけのカインとは違って、俺は人脈作りに励んできたし、真面目に働いているからな」

「じゃあ、魔術犯罪防犯課に就職したいんですけど!」

「え? よりによってあそこか……」


 強烈なおばあさんがいるらしく、低くうめいて、また額を押さえた。え~、でも就職したい! 先輩が私という可愛い後輩を待っているだろうし(待ってないだろうけど)、早く合格して就職したい!


「ねえ、どうしてもだめですか?」

「いや、紹介状を書いてやろう。どうだ、嬉しいか?」

「もちろん! ありがとうございます、アンソニーさん! お誕生日いつでしたっけ? 今度プレゼントあげますよ~」

「……再来月だ。当日、うちに来るか?」

「あっ、そういうのはいいんで! 家族水入らずで過ごしてください」

「フィオナだって家族だろう。俺の」

「半分だけね~! でも、私にとっては、お母さんとカインお兄ちゃんが家族って感じがします! お腹が空いたので、もう帰ってもいいですか?」

「……最上階にレストランがあるから、そこに行こう」

「でも、お金がかかるし」

「俺が払うから行くぞ」

「はい……」


 色々して貰うんだし、しょうがないか! でも、よそゆきの服をあんまり持っていないから、もう会いたくないと言えば、今度一緒に服を買いに行こうと言ってきた。さすがは、金銭感覚がゆるっゆるのお坊ちゃま。子犬ちゃんがソファーの脚に向かって、おしっこするような感覚で、じゃぶじゃぶお金を使ってる。だけど、そのおかげで家庭教師を派遣して貰えたし、服を買って貰えるんだから、文句なんてひとつもありませんとも!


 こうして、私は働きながら必死で魔術の勉強をした。……その間、色々あったけど、辛くて投げ出したくなった時は、真顔ピースの先輩の写真を見てしのいだ。ああ、かっこいい! 生の先輩が見れなくても、頑張れるぅ~。だけど、私の運が最高に良くて、先輩の運が最高に悪い時、偶然会えた。お休みだったのか、黒いフロックコートを着て、銀髪を一つ結びにしていた。


「ああああああああっ、先輩! 先輩! お久しぶりです!!」

「静かに! ここ、カフェなんですよ!?」

「ああ、今日、運が悪いんですね……!? 私は最高に良いんですけど! うふふっ、写真を撮らせてください! 出来れば握手もしてください」

「っぐ、嫌です! 俺を苛立たせて楽しいですか?」

「あっ、たっ、楽しいというよりかはうっとりしちゃいます!!」

「うっとり」

「やだ、怒った顔も呆然とした顔もかっこいい……!! 何を頼むんですか? 良かったら一緒に食べませんか!?」

「ブラックのコーヒー、テイクアウトで」

「ひどい!!」


 レジに立っていた、若いお兄さんが笑ってる。あ~、ひどい! つれない! よし、ついて行こう。私が何も頼まずに店を出て、ついて行けば、案の定渋い顔をした。


「ついてこないでください。俺、休みなので」

「じゃあ、就業時間中にストーカーしてもいいってことですか?」

「違います!! ストーカーしないでください、迷惑です」

「真顔ピース写真、テーブルの上に飾って毎日話しかけてますよ! 日々の潤いになっています!」

「あっそ」

「ひっ、冷たい!! 先輩のバカ!」


 何を言っても無視された。でも、運命の赤い糸で繫がっているのか、それとも私が毎日執念深く「会いたいな~、いないかな~、会いたいな~」と念じまくって、たぐり寄せているからか、月に一回ほど遭遇した。一日に三回ほど会った時は、額を覆いつつ、「だから今日、いきなりトイレが詰まったのか……」って言われた。


「ふふふ、もうこれは運命ですね! 汚物は掃除したら流れるのかもしれませんが、私は流れませんよ? 留まりますよ!? ずっとずっと、連絡先交換もしていないのに、街中で偶然会えるだなんて嬉しい~!」

「とんでもないこと言いますね……」


 腕を組んで、困ったように笑っていた。待っていて、先輩。必ず試験に合格して、あなたの後輩になってみせますから! 頭上で咲いている白い花が散って、ひらひらと舞い落ちてきた。茶色いレンガの上に振り積もってゆく。ここは入り組んだ路地裏で、木と私と先輩しかいなかった。静かだ。まぶしい春の陽射しに照らされ、銀髪が光り輝いている。


 それにしても初めて見たなぁ、先輩の春服! キャメル色のトレンチコートを羽織っていた。下は黒いニットとズボン。トラ耳には何個もイヤーカフがしてある。私がはしゃいで、両手を上げれば、苦笑してハイタッチしてくれた。ぱんっと、爽やかな音が響き渡る。


「いえーいっ! また会えて嬉しいですっ!」

「……俺は別に嬉しくないです。もう行ってもいいですか?」

「えーっ!? 春服、撮らせてくださいよ! いつ先輩に会ってもいいようにカメラを持ち歩いてるし、おしゃれだってしているんですよ!? どうですか!? この花柄ワンピースとトレンチコート! 軽くおそろいですね」

「本当だ、ぞっとしました」

「先輩!!」

「いや、あなたの先輩じゃないので……。じゃあ、俺はこれで失礼します。また俺の運が悪い時に会いましょう」

「ふふふ、運命運命~!」

「違います。運命じゃなくて、偶然会う呪いにかかってるだけだろ」

「かっこいい~!! 素敵っ!」

「……」







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