17.イケメンとご飯を、ご飯を食べに行くだけだから……!!
声が聞こえてるって、なんでもっと早く言ってくれなかったの、なんでもっと早く言ってくれなかったのって、ありったけ目に力を込めながら、無言でアンドリュー君のことを揺さぶっていると、見かねた店主さんが立ち上がって、こっちへやって来た。笑いをこらえた口元に、おかしそうに細められた黒い瞳。ほんの数秒間だけ見つめられ、一気に耳まで熱くなる。
「すっ、すみません、すみません! 私っ、面食いでして! イケメンに目がないんですよね、すみませんでした!!」
「可愛い」
動揺する私を見て、くすりと笑う。あっ、だめだ、恥ずかしすぎる。これもどれも全部アンドリュー君のせいだ!! 私が、私がイケメンだって言ってたのが悪いんだけど、だめだ。もう限界、恥ずかしい……。両手で顔を覆い、「うあっ、お、あああぁ~……」って奇声を上げていたら、アンドリュー君が間に入ってくれた。
「すみ、ません。気にしないでください。獣人の、職場の先輩に対するお礼を、さが、探しに来たんですけど、何かおすすめのものってありますか?」
「獣人ですか? 何の?」
「トラ、です……」
ごめん、苦手なのに! 喋るのが好きな私が前に立って、フォローすべきなのにごめん! 頑張って両手を外したら、店主さんにさっきの事務的な笑みじゃなくて、にっこりと、熱のこもった笑みを向けられた。黒い耳がぴこっと、跳ねるようにして動く。あっ、無理。もうだめだ、何も喋れない。真っ赤になって硬直する私を見て、アンドリュー君が慌てだした。
「あ、で、何か、おすすめってその、ありますかね……?」
「職場の先輩なんですよね? もっと詳しいことを聞かないと分かりません」
「わ、わあぁっ!?」
急に近付いてきた!! 心臓に悪い! アンドリュー君の背中にしがみつけば、びくっと肩が跳ねた。ご、ごめんごめん、アンドリュー君は男性が苦手なのに。ここは私が頑張らなくちゃ! 連絡先交換したい。恋愛する気は無いんだけど、ちょっとぐらい、連絡先を交換してご飯食べに行くのぐらい……。私が抜けかけの虫歯並みに、ぐらっぐら揺れ動いていると、アンドリュー君が息を呑みこみ、話し出した。
「ふた、二人はまだ、知り合って日が浅いんです……。かっ、か、彼女は変わったものが贈りたいって言ってるんですけど、俺としては無難なものがいいと思っていまして」
「ふーん、そうなんですね? じゃあ、こんなものはいかがでしょう?」
にっこりと愛想の良い微笑みを浮かべながら、近くの棚から何かを取る。何だろう? 私が興味を惹かれ、アンドリュー君の後ろから出てきたのを見つめ、嬉しそうに笑った。うわ~、破壊力抜群。一見冷たそうに見えるのに、笑顔が最高。温度があるというか、熱っぽいというか、表情がくるくる変わって素敵。連絡先、連絡先の交換を……。
「これは一見すると、ただのブレスレットなんですが……。つけてみてください、メモ機能がついてるんですよ」
「メモ機能が? わっ、わぁ!?」
「失礼。つけて貰う方が分かりやすいと思って」
湿度を帯びた指先が、私の腕を優しく掴んで、金色のブレスレットを通してくれた。わ、わあ、熱い。先輩に手を握られた時も思ったけど、獣人って体温が高い。あと、手のひらが柔らかい。どぎまぎしてしまう。視線を彷徨わせていれば、またくすりと笑った。
あ、あああありがとうございます、イケメンの笑顔はお金を払ってでも見たいものです……!! 見惚れていたら、アンドリュー君が落ち着かない様子でそわそわと動き出した。あっ、ご、ごめん。恋愛する気が無いとか言っておいて、イケメンにアピールしまくっててごめん!!
「す、素敵ですね、これ! 植物? が彫られていて。上品、綺麗」
「ありがとうございます、贈り物にぴったりかと。普段ブレスレットをつけない方でも、気負いなくつけられるシンプルなデザインですし」
今、初めて見たかも。ブレスレット。華奢な金色のブレスレットには、繊細な植物模様が浮かんでいた。絶対似合うだろうなぁ、先輩。
「でも、メモ機能つきって……?」
「ああ、ここのボタンを押してください。浮かび上がってくるんですよ」
「うおっ、うおお!!」
「フィオナさん……」
隙あらばボディタッチしてくる、この獣人! そうだった、獣人って口説く時はべたべたしてくるんだった。私の手を柔らかく包み込むような形で、ブレスレットの側面にあるボタンを押した。カチッと音が鳴る。すぐさま、ブレスレットの上に小さめのスクリーンが浮かび上がった。半透明だ、白い。そこには“タブレット、もしくは声で入力してください”と書いてある。
「タブレット? あ、別売りなんですかね?」
「いえ、付属していますよ。ブレスレットを外せば、タブレットになるんです。一旦外しますね」
「あ、どっ、どうも……」
また私の腕を優しく支え、ブレスレットを外す。どうしよう? もう好きになっちゃいそう。チョロすぎない? 私。でも、どうせ男なんてすぐ浮気するもんだし、ならいっそのこと、浮気するかしないかちゃんと聞いて、本命が私なら……いやいや! でも、獣人って本命と浮気相手をきっちり分けるっていうから、厳密に言うとそれは浮気じゃないような……。
月夜市のせいか、天幕の中に漂う、蠱惑的な甘い花の香りのせいか、頭がくらくらしてきた。本気で口説かれたら、断われる気がしない。店主さんが優雅に、ブレスレットを手のひらの上へ載せ、ぐっと強く握り締めた。手を開けば、そこには小さな金色のタブレットが載っている。ペンホルダーがついていて、書きやすそうな細いペンが収められていた。
「ほら、強く握り締めるとタブレットに変化するんですよ」
「わぁ、本当だ。すごい! でも、きっと高いんでしょうね……」
ここまでの機能がついているんだから、絶対に高い。どうしよう、払えるかなぁ。予算高めに設定してあるけど、平気で月収を越えてくるものがしれっと売られてるから、月夜市は油断ならない。というか、魔術仕掛けの商品全般がそう!!
高いんだよね、全体的に……。おそるおそる店主さんを見上げてみると、微笑みを深め、私の両手にタブレットを押し付けてきた。熱伝導率が良いのか、ほんのりと温かい。困惑しながら受け取れば、ぎゅっと、私の手を握り締めてきた。えっ?
「また俺と会ってくれるのなら、プレゼントしますよ。どうしますか?」
「会います!!」
「フィオナさん!?」
「わっ、わわわ分かってる、分かってるって! だ、大丈夫、大丈夫……。会うだけだから。ちょっと会って、ご飯食べるだけだから……」
「なら、どうして俺と目が合わないんですか?」
「あれ、お二人ってそういう関係なんですか? やっぱり」
「いやいや、違います! ただの同僚です!! というか友達です!」
「フィオナさん……そうですけど、恋愛する気が無いって言って」
アンドリュー君の言葉を遮るように、私のことを甘く微笑みながら見つめ、強く手を引き寄せた。指にキスされるかと思った、くちびると手が近い。
「なら、あなたがその気になるまで待ちます。待っていてもいいでしょうか? どうか俺に時間をください」
「うわあああああーっ!!」
「絶叫……」
アンドリュー君が呟き、しかめっ面になる。店主さんはキーンとしたのか、黒い耳がぱたぱたと動かしていた。苦笑を浮かべてる。うわっ、申し訳ない! 上手くいかなかったらどうしよう。すっかり恋愛する気でいるよ、私。
「ごっ、ごめんなさい、つい! ときめいちゃって……。先輩にも注意されてるのに。獣人は耳が良いんですよね!?」
「今の可愛いセリフで全部どうでもよくなりました。俺と連絡先を交換して貰えませんか?」
「はっ、はい!」
「まっ、待って待って、フィオナさん。違う店にしましょうか!」
「で、でもプレゼントしてくれるって言うし……」
「俺が代わりに払います。いくらですか?」
「じゃあ、高くしておきますよ。ただの同僚なら、口を挟まない方がいいのでは?」
「……」
アンドリュー君が苛立って睨みつけ、それを見た店主さんが挑発的な笑みを浮かべる。うわー、私がぐらっぐらに揺れ動いているもんだから、迷惑かけちゃってる。やめよう、やめよう。かなり女慣れしてる証拠だし、でも、ご飯食べに行くぐらいは……。
「あっ、えっと、れんあい、恋愛する気は無いんですが、良かったら連絡先交換しませんか……?」
「嘘でしょう、絶対に」
「そんな目で見ないで、アンドリュー君!! そんなっ、虫けらを見るような冷たい目で見ないで!」
「なら、ちゃんと俺と目を合わせて言ってください。行きますよ」
「いやいや、このブレスレット! このブレスレット、絶対に絶対に先輩に合うだろうから……!!」
「ラッピングしますね。気が向いたらでいいので、連絡は」
「はい!」
「あーあ……」
この世の終わりみたいな溜め息を吐かれた。だ、大丈夫だって、多分。連絡先交換して、ご飯食べに行くだけだって! 店主さんがにっこりと勝ち誇った笑みを浮かべながら、レジの向こうに行った。ああ、かっこいい。艶が浮かんだ黒髪と、神秘的な切れ長の黒い瞳。浅く焼けた象牙色の肌に、古代人のような服装。
あー、かっこいい。一回ぐらい、ご飯食べに行ったっていいと思うんだけど……。ダークブラウンの上質な箱に入れて、金色のリボンをかけてくれた。受け取って、トートバッグの中に入れていたら、またこっちにやってきて、とびっきり甘い微笑みを浮かべる。ま、眩しい! 好きになっちゃいそう。
「これ、名刺です。裏に連絡先を書いたので、」
「やめておいた方がいいですよ。先輩が彼女のことを狙っているので」
「あっ」
アンドリュー君が持っていた名刺を取り上げ、ぼうっと炎で燃やす。えっ!? 連絡先、連絡先が……。焼け焦げた紙片が舞い落ちる中、アンドリュー君が店主さんを強く睨みつけた。
「トラの獣人に喧嘩を売りたいのなら構いませんが。でも、おすすめはしませんよ。血気盛んなので」
「……嘘じゃなくて? お前が取られたくないだけだろう、目の前で」
「嘘じゃない、本当だ。これだけあれば足りるでしょう。さっき値札を見ました、おつりはいりません!」
アンドリュー君が財布からお金を出して、不機嫌そうな店主さんに押し付ける。汗を掻いた手のひらで、私の手首を掴み、「行きましょう」と蚊の鳴くような声でささやいた。あ、ああっ、申し訳ない! かなり無理させちゃってるよね!? ど、どうしよ……。さすがに天幕から出て、かなり歩いたあと、人気が少ないところではーっと、緊張を抜くかのように息を吐き出した。背中が震えている。とっさに手を擦れば、自嘲気味な笑い声をもらした。
「ご、ごめん……。ありがとう。迷惑かけちゃってごめんね!? つらかったよね!? このあと奢らせて!? そうだ、お金も返すから教えて!」
「はい……。いや、もういいです。返して貰ったらそれで」
「いやいや、さすがにここまで迷惑をかけておいて、何もしないのはちょっと! いいよ、奢るよ?」
「……言いたいことがあります、沢山。奢る代わりに聞いてください」
「ご、ごめん、仕事終わりなのにごめん。私がつい、イケメンに目が眩んじゃったせいで……」
息も絶え絶えのアンドリュー君にきっちりお説教されちゃった。アンドリュー君は私のお母さんかな? って言いたくなるぐらい、何回も何回も「ああいう男に引っかかるから、いつも恋愛で泣かされるんでしょう!」って言われた。もうこんなの、「はい、ごめんなさい」としか言えないじゃん……。雑踏の中をとぼとぼ歩いていたら、頭を搔いていたアンドリュー君が前方を指差す。
「ほら、あそこに屋台が集まってますから。行きましょう」
「はい……。ごめんなさい、お母さん」
「お母さんって! まあ、だんだんと気分が母親になってきましたけどね。ろくでもなさそうな男にすぐ引っかかる! すぐ良い雰囲気になる!」
「ご、ごめんなさい……。イケメンだからいいかなと思って、ご飯食べに行くぐらい」
「それで終わるのなら、何も言いませんけどね? 大体、フィオナさんは」
また怒られた。ひーんと言って、赤いランタンが浮かんでいる屋台の方へ向かえば、ようやく溜め息を吐いて許してくれた。やったー、終わった! わーい! お説教されるの好きじゃないし、助かった。屋台に酒を求めて、男性達とカップルが群がってる。露出高めの、派手な服装の女性グループもいた。何店舗かは即席のバーになっていて、そこにみんな、腰掛けて食べてる。賑やかだ、すぐ隣にいるアンドリュー君の声も聞こえないぐらい。
「えー、どこで食べる? おすすめはある?」
「……女性向けの店がいくつか奥にあります。行きましょう。その近くにトイレもあるんで」
「あ、助かった。行ってもいい?」
「もちろん。黄色い看板が目印なんですが……もういいです、一緒に行きましょう」
「心配しなくても大丈夫だよ? 迷わないって! 迷ったら電話するからさー」
「またイケメンに引っかかるかもしれないので。災難に遭うのは俺なんですよ」
「さいなん?」
「……さっさと行って、帰りましょう」
あれかなー、先輩が心配するからかな? 歩きながら魔術手帳を出して、見てみると、まだ返事がきてなかった。えええええ……。あれぐらいのことで普通、怒る? まあいっか。
「そっ、そそそそうだ、獣人って耳が良いんだよね!? せ、先輩に色々聞かれちゃってたりして!?」
「気付くの遅……」
「だって、あの時はイケメンの顏しか見てなかったんだもん!! 聞こう!」
「返事きたんですか?」
「きてないけど送るー。そのうち返事してくれるでしょ! えーっと、先輩ってかなり耳が良いんですね? もしかして今までのアホ話、全部聞いてましたか? っと送信、送信」
「早い! 躊躇なく送りますね」
私がささっと書いて送ったのを見て、アンドリュー君が驚いた顔になる。だって、聞かないと分からないんだもん。落ち着かないのも嫌だしね。
「へっへーん、好きじゃないからね! それに今さらどうでもいいの、私。乳首の色が何色かとか、先輩のお尻を見たいとか散々言っちゃってるから、もう何も怖くないの……」
「自慢げに言うことですか? それって」
「自慢げに言ってない! 諦めの境地に達してるから、幻滅されてもいいんだよ」
「ふぅーん」
「めっちゃ嫌味な言い方だね!? 今の!」
アンドリュー君の背中をばしばし叩きながら、歩いてると嫌がられた。トイレの前までついてこようとするアンドリュー君に対して「誓います! イケメンに引っかかったりしません、連絡先も交換しません!!」って誓い、一旦別れる。ふー、アンドリュー君をまけて良かった。お礼を買って、渡したいんだよね……。急いで天幕エリアに向かって、目についた店に入る。
子どもが群がっていたから、安いんだろうなと思ってたけど、その通りだった。ここは泳ぐ海洋生物が見れるタペストリーや雑貨を扱っているお店で、さっき目についた商品を買うことにした。在庫処分で安くなってる枕カバー。枕カバーならいいでしょ、アンドリュー君に渡したって!
青い海と砂浜柄で、この枕カバーをつけて寝そべると、海の音が聞こえてくる。カモメが飛んでる柄は、カモメの鳴き声も聞こえるみたい。どうしよっかな~。悩んだ末に、海の音が聞こえる枕カバーにした。ついでに私の分も買った。寝具にこだわりがありそうだし、喜んで貰えるといいなぁ。
「おーい、アンドリュー君! お待たせ!」
「早かったですね。って、一体何を買ったんですか?」
「これ? 枕カバー! ごめんね、今日は振り回しちゃって。はい、お詫びにプレゼント! これつけて眠ると、海の音が聞こえてくるんだって!」
「……俺に? ありがとうございます」
「うん! 私とお揃いだよー。私も同じの買っちゃった。あ、ただ、私のはカモメの鳴き声が聞こえてくるやつだけど」
受け取って貰えないかなと思ったけど、受け取って貰えた。良かった! 私がにこにこと全力で笑いかければ、ようやく、ちょっとだけ笑ってくれた。でも、困ったような微笑みだった。渡した紙袋を提げ、無言で背中を向ける。
「先輩から返事きてるかな~。あ、きてたきてた。良かったあああああ!! 普段、集中して聞こうと思わなきゃ聞けないんだって! 確かに耳は良いけど、人間が思っているほど聞こえないし、いちいち人の話を盗み聞きしようとか思ってないんだって! 良かったー!」
「……返事するの早いですね。しかも長文だし」
「ふっふーん、先輩は真面目だからね! こういうことにはすぐ答えてくれるの。良かったー、色々とアホな話してるけど、聞こえてなくて! 良かったぁ」
「良かったですね……」
アンドリュー君おすすめの屋台は、茶目っ気たっぷりの黄色い魚がついている看板を掲げていた。他の屋台は暗い雰囲気だったけど、ここは明るい。白いランプがあちこちに浮かんでいて、元気よく「いらっしゃい!」と中年の女性が出迎えてくれた。ちょうど、カウンターの椅子が二つ空いている。ラッキー!
椅子の下にある荷物入れにバッグを入れたあと、メニュー表を見る。屋台の奥にメニューが書いてある黒板が置いてあったけど、こっちの方が多分早い。カウンターテーブルには、飲み物をこぼした跡が染みついていて、なんかテンションが上がった。
「どれにしようかな~。アンドリュー君は何にする?」
「俺はいつもので……次、逃すとなかなか来れないんで」
「あー、それもそうだよね。おすすめってある?」
「魚か肉か、どっちの気分ですか?」
「どっちでも! 揚げ物の気分かなー、揚げ物食べたい! 美味しい揚げ物がー」
「揚げ物なら、このセットがおすすめです。あ、すみません」
「ううん、別に。今さら気にしないって! えいやっ」
肩が当たったぐらいで、気にしなくてもいいのになー。わざと軽めにぶつかってみたら、苦笑して「やめてくださいよ」と言ってきた。うん、テンション上がりすぎて困る。嫌われる前にやめようっと。アンドリュー君おすすめのセットと、わんさかベリーが入ったノンアルコールカクテルを頼んだ。お母さん化したアンドリュー君に、渋い表情で「飲むのはやめておきましょうか」って言われたから。
「ちょっとぐらい、飲んだって……」
「だめです。帰ってから、俺がいないところで飲んでください」
「そういえば、ペラペラ喋れるようになってきたね! 私にようやく慣れてきた?」
「荒療治……? のおかげだと思います。慣れてきたのもありますけど」
「ごめんね! 無理させちゃって、本当に本当にごめんね……!?」
ひたすら謝り倒していたら、料理がきた。す、すっごいボリューミー。銀色の大皿にどどんと、黒めのタレが絡んだ串焼き肉と丸い揚げ物、グリーンとピンクの野菜、生のトマトとレタス、丸く盛りつけられた黄色いライスが載っている。呆気に取られている私を見て、アンドリュー君が焦り出した。
「す、すみません。これ、でも、持って、持って帰れるので……」
「あっ、そうなんだ? じゃあ、余ったら持って帰って食べようっと! 美味しそうだね~」
「すみません。食べたくないのは俺が食べるので」
「大丈夫大丈夫、どれも美味しそうだから! 先食べるね、ごめんね」
「どうぞどうぞ……」
かなり量があるって言い忘れてたからか、落ち込んでた。気にしなくてもいいんだけど! まあ、私が美味しく食べるのが一番かな。美味しく食べてたら、アンドリュー君も気にしなくなるよね、うん。まずは串焼き肉を手に取って、食べてみる。
甘くて美味しい、ジャングルの果物だけ食べて育つ鳥のお肉で、柔らかくてジューシーって聞いたんだけど、どうかな? 口に入れて噛んだ瞬間、じゅわっと甘い脂が広がる。お、美味しい! お肉が柔らかい!! ぐにゃっとしてなくて、焼いてあるのに、長時間煮込んだみたいな食感だ。感動、これ、感動ものなんだけど……!!
「美味しい! ねえ、美味しいんだけど! これ!! あっ、意外とタレがあっさりしてて美味しい。えー、この食感不思議。焼いてあるのか、煮てあるのか分かんない」
「気に入ると思ってました」
「なんかワインっぽい味がする。お肉が美味しい~! 脂がパイナップルっぽい! ん? でも、くせがあるベリーっぽい? とにかく、柔らかくて大きくて美味しい! 最高!!」
「テンション高いですね……」
「そりゃ、アンドリュー君と一緒だからね! 付き合ってくれてありがとう。本当に奢らなくてもいいの? わらひ、奢るひ満々なんらけど?」
「もういいから。口の中に入れて、喋らないでください」
「ごめんねー、おいひい! あえもほ、あえもほもっ」
「何言ってるかよく分からないんですけど……」
心の中で「揚げ物って言ったんだよーん」と言いながら、次はフォークで揚げ物をぶっ刺す。丸くてころころしてた。かなり大きめ。齧った方が良さそう、これ。齧ってみると、中が黒かった。何が入ってるか分からないけど、黒くてほくほくした野菜? と濃厚なチーズ、ぴりりと辛いソースが入ってた。衣にはナッツと黒胡椒がまぶしてあって、最高に美味しい。
「おいひいー! あーっ、この辛さがくせになる! ねえ、お酒頼んでもいい!? これ、絶対お酒に合うよ!」
「だめです」
「ずるい、自分ばっか飲んで! それ何? カレー?」
「違います。海獣の煮込み料理で、ここに来ないと食べれないんですよね」
「へーっ、一口ちょうだい!」
「……構いませんけど」
「んあっ、んあ!」
「えっ? 俺が食べさせる形なんですか……」
口を開けて催促したら、おかしそうに笑って口へ突っ込んでくれた。美味しい。トマトだ、トマト。海獣のお肉は筋張っていて、噛むごとに旨みがあふれ出てくる。あ、くせになりそう、これ。ほんのちょっぴり臭みがあるんだけど、それがトマトと玉ねぎとよく合ってる。ここのオリジナルメニューらしい。
よく味わって食べていたら、アンドリュー君がうっすらと笑みを浮かべ、ジョッキに口をつける。けっこういける口なのかも、アンドリュー君は。白いランプの明かりに照らされ、薄茶色の瞳が輝いていた。あー、横顔もイケメンだなぁ。
「へっへっへ、楽しいー! アンドリュー君ってさ、本当にイケメンだよね。写真撮ってもいい? 先輩に見せるんだ」
「それはちょっと。酔ってます? フィオナさん。飲ませてないのに」
「なんか人に酔っちゃったみたいでさ~。熱気にかな? 熱気に酔っちゃって。ふわふわするね、ここ。デザートってある?」
「ありますよ。冷たいシャーベットとか。入るんですか?」
「んー、ちょっとだけ食べて! アイスが食べたい!!」
「はいはい」
ずずいっとお皿をアンドリュー君の方に寄せたら、慣れた様子でちょっとだけ食べてくれた。嬉しい、助かる。カラフルな野菜はどれもこれも甘くて、岩塩とオイルがかかっていた。んー、美味しい。がつがつとフォークで食べるのが楽しい。シンプルな調味料が野菜の甘みを引き立ててる。
黄色いライスはぱさついてたんだけど、これがまた、柔らかくて大きな串焼き肉と合っていた。合間にさっくさくの揚げ物を食べて、甘いベリーのカクテルを流し込む。炭酸が喉を焼いていった。ああ、幸せ。隣のおじさんも楽しそうに喋ってるし、後ろでは掘り出し物の自慢が始まってる。
月夜市にいる人みんな、浮足立っていて楽しそうだった。ここには不思議な魔術がかかってるのかも。頭がふわふわする。お腹がはち切れそうなほど詰め込んで、最後に、ほろ苦いキャラメルソースがかかったナッツアイスを食べた。ひんやりと冷たい。火照った体に染み込んでゆく。
「美味しい~!! このアイス美味しい。はあ、ちょっと甘じょっぱい感じがたまらない。一口いる?」
「いや、これ以上はちょっと……」
「だよね! お腹いっぱいだよね~。連れてきてくれてありがとう、楽しかった!」
私がアイス片手にピースしてみたら、一瞬だけびっくりしたあと、泣き出しそうな笑みを浮かべた。アンドリュー君はたまにはっとさせられるほど、切ない表情になる。
「……いえ、楽しかったのなら何よりです。今度」
「うん?」
「今度、先輩と来たらどうですか? アディトンさんと来たら。喜びますよ、絶対に」
「んー、いいかな! しばらく恋愛する気は無いし、今度来たら絶対絶対、次はあのイケメンと連絡先交換しちゃう!」
「あー……」
「さっきから何!? ちょいちょい、魂が抜けたみたいな声を出すよね!? なんで?」




