15.変わったアイテムが揃ってる月夜市へ
ふんふふんふーんと、鼻歌混じりに着替える。最初はどういう服装で出勤したらいいんだろうって、けっこう悩んでたけど、周り見てたらお嬢様系の格好をした人が多いから、それに合わせて着るようにしたら、溶け込んでいるような感じがするし、悩まなくてもいいから気が楽だな~。
朝、白いボウタイブラウスとレーススカート、もしくは花柄スカートを選ぶだけで終了。私にとってはもうこれが制服。今日は白いボウタイブラウスと、初夏らしい、ミントグリーンの地に花柄が浮かんだスカートにした。
「ご機嫌じゃん、フィオナちゃん~。良かったね、あいつと仲直りできて」
「へへ、仲直りって! 喧嘩してたわけじゃないんだけどね。うん、でも、わだかまりが無くなってすっきりした! ありがとう、ステラちゃん。相談に乗ってくれて。じゃあ、また明日~」
「どういたしまして~! お疲れ、また明日」
「お疲れ~い」
ステラちゃんに笑顔で手を振ってから、ロッカールームの出入口へと向かう。ふふふふ、先輩が今度のドライブデー、あ、また間違えそうになった。今度のドライブの時、グラサンかけてくるって言ってたから楽しみ~!! もう先輩のグラサン姿を想像するだけで、幸せな気持ちになれる。足の疲れも吹っ飛んじゃう。どうしよっかな~、服。何を着て行こうかな? メイクは?
うきうき気分でドアを開けると、壁にもたれて待っていた先輩と目が合う。今日の先輩はカーキ色の半袖ジャケットに、黒いTシャツ、ぴっちりと脚のラインが出たジーンズを着ていた。うああぁ~、かっこいい! ワイルドな雰囲気の中に、品の良さとセクシーさが漂っていて眩しい……。薄暗いのに、先輩が光って見える。
そうだ、先輩がライトなんだ。整いすぎている顔立ちとセクシーさが、闇夜をこうこうと照らしている。強烈な一番星。それともあれかなぁ? 満月かなぁ。私にとってはやっぱり、砂漠の夜空に浮かんでいる満月かなぁ。どの星よりも眩しい。
宝石を散りばめたような星空の中で、ひときわ眩しく輝いている、幻想的な美しさの満月。にへにへと笑いながら、全力で手を振ってみると、先輩が嬉しそうな笑みを浮かべ、壁から背中を離した。なに、今の笑顔!? すごく嬉しそうだった……。手を振っただけなのに。
「じゃあ、一緒に帰るか」
「あっ、は、はい。帰りましょうか! ……先輩、実はかなり悩んでいたんですね?」
「ん? 何について?」
「その、怖がられてるんじゃないかなぁって、私に! 悩んでいたんでしょう? 今の笑顔、超絶嬉しそうでしたよ! 解放感あふれる笑顔って感じでした」
「……そんな顏してたか? 俺」
「してました、してました! みんな誤解しがちなんですけど、実は先輩ってよく喋るし、明るい人ですよね~。最初はぶっきらぼうというか、とっつきにくいなと思っていたんですけど。あ、実は人見知りだったりします? 最初素っ気なかったのって、もしかして人見知り発動しちゃってたからとか!?」
「違う! そういう風に捉えるなよ……」
「あっ、すみません。ですよね!? 先輩も努力してるのに。無神経なこと言っちゃってすみませんでした」
先輩が黒い本革のトートバッグを持ち直しながら、「合っていると言えば、合っている」とぼやいた。ん? たまに謎なこと言う、先輩は。つまり? 先輩は初対面の人に怖がられるのが嫌で、努力してるんだけど、そこを指摘されるのが嫌って思ってる?
だめだ、こんがらがってきた。やめようっと、考えるの……。まあ、私が無神経な発言しちゃったということだけ分かっていれば、それでいいよね! 廊下を歩いて、階段に向かっていたら、急に後ろからアンドリュー君が声をかけてきた。
「あの、お疲れさまです。ちょっとフィオナさんに話があるんですけど……」
「えっ? 私に?」
「どうした? フィオナに話って、どんな話だ?」
「……大したことないので、別に」
オリーブグレーの地味なサコッシュバッグのベルトを握り締めながら、アンドリュー君がうつむいた。なるべく肌を出したくないのか、白いTシャツの上から、紺色の長袖パーカーを羽織っている。うつむいて硬直してしまったアンドリュー君を見て、先輩が軽い溜め息を吐いた。
「じゃ、じゃあ、話聞いてきますね! お疲れさまでした~!」
「……待ってるつもりでいるけど?」
「えっ? で、でも、申し訳ないから大丈夫ですよ」
「夜道怖いだろ? 待ってるから話してこい。ゆっくりでいいから」
「はい」
確かに怖い。でも、夜道が怖いって話、アンドリュー君の前でして欲しくなかったなぁ……。突っ込んで聞いてくるような性格じゃないし大丈夫って、本当にそうかな? アンドリュー君の性格をいまいち把握しきれてない。ただの気が弱い男性じゃないってこと、それだけは分かってる。毒舌なところもあるし。困って、アンドリュー君を見上げてみたら、さっと視線を逸らされた。えっ、傷付くんだけど!
「は、話、あっちで……」
「ああ、うん。長くなりそう?」
「そ、それなりに? 良かったら俺が……」
アンドリュー君が先輩を見た瞬間、硬直した。つられて見てみると、先輩が困ったような笑みを浮かべている。あちゃ~、まだまだ怖いんだなぁ、男性が。先輩、頑張ってくださいね、めげずに! でも、アンドリュー君は徐々に心を開きつつあるし、もう少しですよという意味をこめて、先輩に笑いかけてみたら、ぴくりと眉を動かした。なんで?
「俺も聞いていいか? その話」
「ええっと、フィオナさんが聞かれたくないと思うんじゃ、」
「えーっ、私が聞かれたくない話って何!? 分かった、一緒に帰ろう! ごめん、悪いんだけど、夜道があー、怖いから途中まで送ってくれる?」
「家の前まで送りますよ」
「んんん、申し訳ないけど、そうして貰えるとありがたいかな! じゃあ先輩、また明日! さようなら~」
「おい、勝手に決めるなよ」
「……決めちゃだめなんですか? どうして?」
先輩の家と私の家は多分、ちょっと離れてるから、アンドリュー君に送って貰った方が先輩にとって楽なんじゃ? 首を傾げていれば、先輩が気まずそうな顔になる。
「じゃあ、何かあったら連絡してくれ。また明日」
「はーい! 大丈夫ですよ、途中で襲われたりしませんから。先輩って本当に心配性ですよね~」
「うるせぇな」
もしかして、先輩も私に話があったとか? やたらと不機嫌そう。尻尾がぶんぶん左右に揺れている。遠ざかっていく先輩の後ろ姿を鑑賞したあと、アンドリュー君を振り返ってみれば、げっそりした表情になっていた。
「わーっ、ごめんね!? 男性が苦手なのに! じゃあ、行こうか。話って何?」
「またあとで……」
「うん。疲れちゃったよね? ごめんね!?」
センターを出て、駅に向かおうかどうしようか迷っていたら、アンドリュー君が近寄ってきて、ぼそっと「まずは駅に向かいましょうか」と呟いた。話ってなんだろ? もう聞いていいのかな。知りたくて知りたくて震えていると、アンドリュー君がぷっと笑う。
「知りたくてたまらないって顏してますね」
「あっ、ご、ごめんね!? 話ってなんだろうなぁと思ってさ。それに、先輩に聞かれたくない話なんでしょ?」
「はい。お返しの、プレゼントについてですが」
「あーっ、忘れてた! どうしよう。ん? ということは良い案が思いついたの!?」
「は、はい。月夜市に行ってみるのはどうかなと思いまして」
「月夜市? ぼんやり聞き覚えがあるけど。なんだっけ、それ」
違う国の文化? だっけ。一時期流行ったような気がする。とんでもなく変わった角のオブジェを、その月夜市で買ってきた男友達がいたなぁ。どんな感じかよく覚えてない。
「月に見立てた魔術仕掛けのオブジェを左に回ると、辿り着く夜市のことです。右に回ると、妖精や小人のクラフトショッ、」
「行こうよ、そっち!! 絶対そっちの方が楽しいって!」
「だめですよ……。女性向けですし、ひっきりなしに甘いお菓子や酒が売られていて、みんな酔っているんですから。毎年わずかですが、行方不明者も出ていて」
「ゆくえっ……えええ~。まあ、妖精には軽々しく関わっちゃいけないって知ってるけど。諦めるかぁ」
「獣人を連れて行った方がいいですよ。避けていきますから」
「ん~、これ以上先輩と距離が近くなるのはちょっとな」
今回のことで距離が置けたし、このままいい感じの関係をキープしたい。毎週会う約束しちゃってるし! これ以上、予定を増やしてどうするの? 街灯に照らされた、ベージュタイルの歩道を黙々と歩いていれば、アンドリュー君も黙り込む。振り返ってみると、パーカーのフードをかぶっていた。も、もったいない。せっかくのイケメンが隠れちゃってる……。
「えー、かぶっちゃうの? それ。イケメンだから、顏出して歩いたらいいのに!」
「……イケメンじゃないと思いますけどね。そんなこと言うの、フィオナさんだけですよ」
「そうかなぁ。みんな照れ臭くて、いまさら褒められないだけじゃない?」
「照れ……いやぁ、そんな可愛げ、あの人達には無いと思いますけど?」
「ははは、言うよね! けっこう。月夜市って行ったことあるの?」
「何回かあります。二、三か月かに一度、ひっそりと開催されているんです。この期を逃すとしばらく行けないから、誘ってみたんですが……。急にすみません。ちゃんと家まで送っていきます」
フードの奥で、薄茶色の瞳がきらりと光る。申し訳なさそうな顔をしていた。いいのに、気にしなくても!
「いやいや、大丈夫大丈夫! 楽しそうだよね~、ここからどれくらいで着く?」
「あ、一時間半ぐらいです。やめておきますか?」
「うっ、ううん、行こうかな! 途中で晩ご飯食べなきゃだめだよね。良かったら一緒に食べない?」
「市に屋台が出ていますよ。飲み屋もあります」
「じゃあ、いいのが見つかったら一緒にご飯食べて、お酒でも飲もっか! わーい、楽しみ! 前は雑貨屋さんで働いてたから、こういうの無かったんだよね~。仕事終わりに飲みに行くとか」
「あんまり無さそうですね、そういうの」
「うん、ぜんぜん無かったなぁ。個人経営だったから? 他のもうちょい大きい雑貨屋さんだと、違うのかもしれないけど。あ、気が向いたら寄ってよ! 女性の店主さんだし、話しやすくて良い人だよ~」
他愛もない話をしながら、駅に行って列車に乗る。かなり混んでいたけど、さりげなくかばってくれたり、席が空いたらすかさず譲ってくれたりと、普通に気を使ってくれた。恋愛経験無さそうだし、とっつきにくいし、隙あらば毒を吐くようなところがあるのに(ちょっとだけ恨んでいる)、優しいなぁ……。
座席に座れたから、魔術手帳を出して、先輩にメッセージを送ってみることにした。心配してたし、問題なんて何も起きてませんよ、アンドリュー君がすっごく優しくてって、詳しく書いて伝えておこう。すぐに返事がきた。でも、そっけない。
“良かったな。気を付けて”
それだけ!? アンドリュー君のこと、気にならないの? あんなに不機嫌だったのに。急いで“大丈夫、アンドリュー君とちゃんと上手くやってますよ! 家の前まで送ってくれるそうです”って、書いて送ったのに、返事がこない。なんで? 先輩って本当に謎なところがある。魔術手帳を開いたまま、首を傾げていると、つり革を持って立っていたアンドリュー君が、物言いたげな表情で覗き込んできた。
「さっきから……すみません、見えちゃったんですけど」
「ああ、大丈夫! おかしいなぁ~、気にしてたから送ったんだけど。めちゃくちゃそっけない。どっち?」
「どっちって? 何がですか」
「アンドリュー君と私のことが気になってたから、メッセージ送ってあげたのに! 私達のことが気になるのか、なってないのかよく分からないんだよね……。ほら、過保護なところがあるからさ。先輩って。心配性だし。私がアンドリュー君に話しかけたら、いつも微妙に嫌そうな顏するし」
「うん……」
「反応にっぶ! えっ、どうしたの? 疲れたの?」
「そうですね、色々と疲れました。煮え切らなくて」
「だ、誰が? 私が……?」
車内は熱がこもっていて暑いからか、フードをおろしたアンドリュー君が静かに、薄茶色の瞳を細める。どきりとした。警戒心と疲弊と、苛立ちが混ざった瞳。時々、複雑な表情を浮かべるのは、色々と人生経験を積んできたから? がたんごとんと揺れている列車に合わせ、体を少し揺らしている。
「フィオナさん以外の全員ですかね? 煮え切らないのは」
「そ、そうなんだ……? ねえ、なんて送ったら返事がくると思う? さっきから無視されてるんだけど」
「とりあえず、謝っておけばどうですか」
「えーっと、アンドリュー君に謝っておいた方がいいと言われたので、とりあえず謝っておきます、ごめんなさい、送信っと!」
「あーあ……」
「待って、私がとんでもない失敗をしたみたいな言い方、やめてくれる!? もう少し分かりやすく言ってよ、だめならさー!」
「……」




