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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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12.カフェでの一時と昨日の恐怖

 





「……フィオナ。今日、昼飯どこで食う?」

「あっ、今日はちょっといいです。他の人と食べまーす」

「他の人って誰だ? ステラか?」


 センターの廊下を歩いていた先輩が、不自然に目を逸らした。朝からずっと変。尻尾も心なしか、情緒不安定気味にぶんぶんと揺れ動いてる。銀髪に生えてるトラ耳も後ろへ倒れたり、前にいったりと忙しい。……気にしてるんだろうなぁ。別に大丈夫ですよ、怖くないですよって言ったんだけど。


「いえ、今日はアンドリュー君と一緒に食べようかなと思ってまして」

「聞いてないが? いや、その、アンドリューから」

「えっ!? 二人ってかなり仲良しさんになったんですね!?」

「……そうだな。毎晩、電話をするぐらい親しくなった」

「えーっ、いいなぁ! 先輩と毎晩話せるの。あっ、そうだ。約束はしてないんですよ、別に。ただ、ちょっと相談したいことがあって。いつも一人で食べてるから、捕まるとは思うんですけど。あ、いたいた。ちょうど。おーい、アンドリュー君! こっちこっち!」


 最近のアンドリュー君はパーカーを着ず、普通に顔を出して歩くようになった。人混みの中で立ち止まり、こっちを振り返る。うーん、いいなぁ。磨けば光る原石なんだろうなとは思ってたんだけど、ここまで化けるとは。


 短く切り揃えられた黒髪に、薄茶色の瞳。くちびるの上に残してあるちょびヒゲがまた、セクシーでたまらない! でも、笑えばくしゃっとした顏になるのが最高。別に急いで来なくてもいいのに、というか私が駈け寄るつもりだったのに、早歩きでこっちに来た。


「あっ、なんかごめん! 行くつもりだったのに! 今日、誰かと約束してる?」

「いえ、してませんけど……」

「じゃあ、私と一緒にお昼ご飯食べない? 相談したいことがあるんだよね」

「えっ」


 何故かそこで、アンドリュー君が先輩を見つめる。先輩が爽やかな笑顔を浮かべながら、「なんで俺の方を見るんだよ?」って言った。わ~、二人とも、本当に仲良しなんだ。ちゃ、着実にバディの座が脅かされてる……!! どうしよう? 先輩がもしも、神妙な顔して「やっぱりアンドリューと組む。暴走してフィオナを怖がらせたら嫌だしな」って言ったら。ありうる。


 だって、先輩優しいんだもん。必死で怖くないって説明したんだけど、いまいち伝わってないし、何かの気の迷いで先輩がアンドリュー君を選びでもしたら……。嫌な想像が止まらない。とにかく、二人を引き離したい! 一歩前へ進んで、アンドリュー君の腕を掴めば、先輩がびっくりした顔になった。


「じゃっ、じゃあ、アンドリュー君と食べに行くので! さようなら!」

「フィオナ? 相談ってなんだよ。……俺についてか?」

「いっ、いやいや、怖くないので! そうじゃなくてえーっと、個人的な悩みを相談しようかと思いまして! じゃあ、さようなら、またあとで~!」


 アンドリュー君の腕を掴んだまま、階段の方へ足を向けたら、先輩が背後で「個人的な相談」と呟いた。あー、ばれちゃったかも。嘘が下手くそだもんね、私。それにしても、毎晩電話してるってどういうこと!? 


 私には連絡するなって言ってたのに、アンドリュー君には「いつでも電話かけてきていいぞ」って、優しい笑顔で言ってるってこと!? それとも、先輩がアンドリュー君が男に慣れるために、毎晩電話をかけてるってこと? どのみち、羨ましい……。悔しく歯噛みしつつ、アンドリュー君の腕を引っ張って歩いていると、焦って話しかけてきた。


「ちょっ、痛いんですけど……。フィオナさん?」

「ごっ、ごめんね!? つ、つい嫉妬しちゃってさ」


 いけない、いけない。腕を強く掴んじゃってた。ぱっと放せば、いぶかしげな顏になる。


「嫉妬? 誰にですか」

「アンドリュー君に! 先輩と毎晩話せるの、羨ましい~!! いいな~! 私、メッセージ送るの我慢してるのに! 先輩がリアルタイムで喋ってる声を聞いてるんでしょ!? 私は録音して聞いてるのに」

「ろ、録音?」

「うん。まだ一回しかしてないけど。あっ、先輩にはちゃんと許可取ったよ? お昼ご飯一緒に食べてる時の会話を録音してさ~」

「へえ……」


 引き気味の表情で頷いてくれた。頷いてくれるだけまし! セドリックさんに話したら、完璧スルーされた。ステラちゃんに話したら、「へー、楽しいの? それ。でも、このネタであいつをからかえるよね」って真顔で言われた。先輩の話を笑顔で聞いてくれる人がいない……。


「うん。私にはアンドリュー君だけかな! そうそう、先輩へのお礼を一緒に考えてくれない? この腕時計貰っちゃってさ。ほらっ! どう、いいでしょ!? アンドリュー君はまだ、先輩から腕時計貰ったことないよね!?」

「なんで俺をライバル視するんですか……」

「あっ、ステラちゃんも誘おうっかな~。どこにいるか知ってる? かけよ」

「さあ……って、早いですね。かけるの」

「うん。電話かけた方が早いでしょ? もしもーし? ステラちゃん、今どこ?」


 トイレに行ってる最中だった。前に行ったことがあるカフェで待ち合わせね~、と約束してから電話を切る。うん、ステラちゃんにも意見を聞いてみよう。それに、ちょっとだけ先輩の過去が気になるし。


(先輩のことだから、酷いことはしてないと思うんだけど……。でも、獣人って飛ぶからなぁ。理性が。こればっかりはどうしようもない。薬でコントロールしてる獣人もいるみたいだし)


 本に書いてあった。獣人のほとんどは思春期特有の不安や苛立ち、爆発が酷くて、それが終わったら少しはコントロール出来るようになるんだけど、まれに大人になってからも上手くいかなくて、薬を飲んで生活してる獣人がいるって。でも、体に負担がかかる薬だから、日常生活に支障が出てるレベルじゃないと飲めない。先輩はそこまで酷くないんだし、過去にやったことも別に、大したことはないんじゃないかなって思ってるんだけど……。


「フィオナさん? あの、聞いてますか?」

「あっ、ごめん。聞いてなかった。何?」

「……相談って何ですか? アディントンさんと一緒でも良かったんじゃ」

「あー、距離置こうかなと思ってさ。それと、先輩へのお礼を一緒に考えて欲しくて」

「お礼? ああ、腕時計のですか」


 まだ決まってなくて困る。アンドリュー君が私の歩調に合わせ、慎重に階段を降りていた。全部でどれだけ貰ったっけ? 微妙に思い出せない。できたら、先輩があっと驚くようなものを贈りたいな~。


「うん。コップとアクセサリーと、カーディガンと、ええっと、ハンカチを貰っちゃったからさ~」

「そんなに!?」

「うん。あと、カトラリーもかな? とにかくいっぱい貰っちゃったから、お礼を奮発したくて。だけど、ぜんっぜん思い浮かばないの! 一緒に考えてくれる!? お肉は前に贈っちゃったし、私好みの服を贈るのもどうかと思うし、かといって先輩、甘いものとお酒は苦手だし……。あっ、言い忘れてた! 先輩、お酒が苦手だからもう贈らない方がいいよ!」


 私の勢いにたじろぎながらも、「そうなんですね、分かりました」と言って頷く。赤い絨毯敷きの階段を降りようとしたら、目に光が飛び込んできた。眩しい。階段は吹き抜け? になっていて、窓がある。窓からの陽射しがクリスタルのシャンデリアをきらきらと照らしていた。


 ここは本当におしゃれで素敵空間。この空間にまた、先輩が映えるんだよね……。深紅の軍服のような制服と、すらりとした長身、あの銀色の眼差し。離れてから、そんなに時間が経ってないのに、もう会いたくなってきちゃった。いくら見ても見飽きない。


「そう、いえば……朝からずっと、アディントンさんの様子が変だったんですけど。何をしたんですか? フィオナさん」

「私が何かした前提なの!?」

「だって、フィオナさんはまるで気にかけてないじゃないですか。いつも通りなので」

「ん~、怖くないって言ってるんだけどね。暴走しちゃってさ、先輩が。まあまあ、ステラちゃんと合流してから話そ! 何度も同じ話をするのもあれだし。そうだ、お礼って何がいいと思う?」

「さあ……。それはちょっと、よく分からないですね。特に親しくもないので」

「毎晩、電話で話してるのに? 先輩の声を夜寝る前に聞いてるのに!?」

「勘弁してくださいよ……」


 薄いグリーンの葉っぱが茂った木々と、白いタイルに白い外壁。カフェの前に置いてある黒板には、本日のおすすめランチメニューが書いてあった。おしゃれだからか、それとも店内に女性客しかいないからか、アンドリュー君がやたらと縮こまりながら、私の後ろをついてきていた。芝生敷きの庭が見える席に案内され、座る。円形のテーブルも椅子も白くて可愛い。メニューを開きながら、アンドリュー君を見てみると、緊張した表情でうつむいていた。


「良かったねー、いい席が空いてて! ……でっ、でも、ごめん。この店にしない方が良かったよね!?」

「いえ、大丈夫です。慣れていなくて、緊張してるだけですから。おすすめとか、あ、ありますか?」

「うん、あるよー! この間ステラちゃんと来て頼んだんだけどさ、クリームパスタが美味しかった。濃厚でおすすめ! けど、シーフードピザも捨てがたいな~。ステラちゃんと分けっこして食べたんだけど、どっちも美味しかった。そうだ、アンドリュー君はお肉と魚、どっちが好き?」

「えっ? ど、どっちもそれなりに好きですけど、強いて言えば魚……?」

「分かるー、美味しいよね! お肉をがっつり食べたい気分の日もあるんだけど、魚は年中美味しく食べられるよね。魚のパイ包みもあるよ。あっ、でも、シンプルなカルパッチョとピザのランチセットがあるからそれにしたら? 歩くからお腹減るよね。アンドリュー君はどう? けっこう食べるタイプ? あんまりそういう風には見えないけど。先輩と一緒にご飯食べに行ってた時も、普通の選んでたよね?」


 ペラペラと喋っちゃったからか、アンドリュー君が呆然とした顏になってた。あー、しまった。先輩と一緒じゃないから、ついつい喋り過ぎちゃった。最近、先輩の口数が増えてきたんだよね……。私の話を聞いてはくれるんだけど、こういう無駄話? 中身がない話をする暇がないから、つい喋っちゃった。


「ご、ごめんね? 最近、喋り足りないからさ……」

「喋り足りないって。どれだけ話せば気が済むんですか?」

「やめてー! 私が延々と鬱陶しい惚気話をしてるみたいな言い方、やめてー!! 聞きたくないっ!」


 両手で耳を塞げば、アンドリュー君が笑ってくれた。緊張が解けてきたみたいで良かった。笑い返せば、静かに微笑みを深める。穏やかな表情でメニュー表を開いた。


「じゃあ、フィオナさんが勧めてくれたセットにしますね」

「うん! ありがとう~。私は何にしようかなぁ。そうだ、この前ステラちゃんが食べたがってた前菜頼まなきゃ。見て、四種盛り! このボリューム!! 美味しいかどうか分からなかったから頼まなかったんだけど、前食べた時にどれも美味しかったから、」

「分かりました、分かりました。それで? 他には何を頼むんですか」

「うう~、迷ってる。というか、話聞いて欲しいんだけど……?」

「……お礼の話もするんでしょう? ステラさんが来たら、まともに話せなさそうだし」

「あ、そっか。忘れてた」


 しまった、そうだった。先輩へのお礼、何がいいのか考えないと。パフェ食べに行く日に渡せたらいいんだけど、こだわりが強すぎて決められてないっていう……。私が額に手を当てると、呆れた表情になった。


「もう忘れてたんですか……。そういう様子を見てると、付き合ってないんだなって思います」

「えー、ないよ。絶対にないない! 昨日さ、実は、だめだ、ステラちゃんが来てから話そう。長くなるから」

「はい」


 そうこうしている内にステラちゃんがやって来た。今日も相変わらず可愛い。耳の下で切り揃えられた金髪と、星の光を含んだような青色の瞳。不思議と深紅の制服がよく似合ってる。着くなり、テーブルの上にどんっと、ペールグリーンのバニティバッグを置いた。


「お待たせー! 待った? フィオナちゃん」

「待ってたよ、私の美少女~!!」

「何それ~。私、少女って年じゃないんだけどなぁ。もう」

「私にとっては永遠の美少女だから、ステラちゃんは!」

「ありがとう! そうやって褒めてくれるから最近、お肌のお手入れが楽しくなってきちゃったよ~。もう私、フィオナちゃんの彼女じゃない? あいつ抜きで、今度は一緒に遊びに行こうね」

「わーいっ、やった! 嬉しい!」

「フィオナちゃん、好きー!」


 戸惑うアンドリュー君を無視して立ち上がり、ぎゅううっと強く、ステラちゃんと抱き締め合う。はー、良い匂い。というか細い! この薄さが羨ましい……。腹筋でもしようかなぁ。いまいちウエストがくびれてないような気がする。ステラちゃんがぱっと離れ、天使のような微笑みを浮かべた。


「もう頼んだ? ご飯」

「ううん、これから~。そうだ、前に言ってた四種盛り頼もうよ」

「いいねえ。今日はアンドリューもいることだし? 苦手な食材は任せちゃえ」

「べ、別に構いませんけど……」

「あーっ、決まってない! 何にしよう!? もうステラちゃんと一緒のにしようかな。どれもこれも美味しそうで選べない」


 しまった、早く選ばなきゃ。もう少し早くメニューが決められるようになるといいんだけど……!! 私が座ったら、ステラちゃんも隣の椅子に座り直した。


「本当だ~。私は低カロリーなやつ一択にしよっと」

「うわーっ、カロリー摂ろ! 一緒にカロリー摂ろう!? ステラちゃん! 本当はこのサラダ盛り盛りプレートがいいって分かってるんだけど、グラタンが食べたくてさ~。罪悪感、消すの手伝って欲しい!!」

「ふっふっふ、どうしよっかな~。あ、追加でピザも頼む? フィオナちゃんだけ。私が奢ってあげるよ~?」

「太らせようとしてる~……!! ひどーい」


 私達のキャッキャウフフなやり取りを見て、ぼそっとアンドリュー君が「俺、いなくてもいいんじゃないですかね? 別に」と呟いた。ご、ごめん……。結局悩んだ末に、小さいミートグラタンとサンドイッチのセットを頼むことにした。ステラちゃんは宣言通り、プレートの半分を覆い尽くしているサラダに、白身魚のソテーが載ったメニューを頼む。一通り話し終えて、冷たい水を飲んだステラちゃんが急に言ってきた。


「それで? どうなの? 今朝からあいつ、変なんだけど。何かあった?」

「あー、うん。実はさ、昨日の夜勤で暴走しちゃって」

「えっ? 誰が? フィオナちゃんが?」

「もーっ、なんでみんな私が暴走すると思ってるの!? 煙を顏に吹きかけてくださいってお願いしたり、怖がるふりをして、腕の筋肉をべたべた触ったりしちゃったけども!!」

「ほら、やっぱりそうじゃん~。でも、暴走って? あいつがしたんだよね。フィオナちゃんはちょっぴりしか暴走してないみたいだけど」

「うん……。急にご飯誘っちゃってごめんね? ステラちゃんなら気が付いてるだろうけど、その、先輩の過去について知りたくて」


 あの姿を見ちゃってから、不安になってる。分かってる、ちゃんと。先輩は理由もなく暴力を振るうような男性じゃないって。ふと脳裏に、ナイフを持って追いかけてきた元彼の顏が浮かんだ。……やっぱり、トラウマになっちゃってるんだ。大したことないと思ったのに。あいつはもう、記憶を消されて、捕まってるはずなのに。押し黙った私を見て、ステラちゃんが呆れた様子で溜め息を吐く。


「あーあ。そういうバカな真似をするような男じゃないって思ってたんだけどな~。買いかぶりすぎだったかぁ」

「ステラさん、でも、じゅ、獣人なわけだし……」

「よく言うよね、そうやって。男に限って! 女がしたら、獣人であることを言い訳にすんなって言うくせにさ~」

「お、俺は思ってませんけど? 別にそんなこと」

「でも、女の暴力は許されないけど、獣人男の暴力は許されがちじゃん。世間的にね? 脱線するからもうやめとくけど。ねえ、何があったの? フィオナちゃん。怖かった? 大丈夫?」


 ステラちゃんが心配そうな顔をして、ずずいっと身を乗り出してきた。あ、心配かけちゃってる。だめだ、悟らせないようにしないと。余計な心配、かけたくない……。


「だ、大丈夫、大丈夫! 私を羽交い絞めにして、えーっと、暴力を振るおうとしてきた男に対してブチギレちゃったんだよね、先輩が! 私はあそこまでリンチしなくて良かったんじゃないかなって思うんだけど、やめてくれなくて。ううん、なんか、止められない感じだった。口が挟めない感じ?」

「あー、だろうね! でも、そんなやつ死んで当然じゃない?」

「ステラちゃん!?」

「大丈夫だった? 怪我しなかった? フィオナちゃん」


 ステラちゃんの青い瞳が潤み、すごく心配そうな顔になる。わわわ、落ち着かないなぁ、心配されるのって。


「うん、大丈夫! か、かすり傷だったから、ただの。でも、先輩からしたら大怪我だったみたいだね? も~、かんかんに怒っちゃってさ~」

「なら良かったけど。何も無くてほっとした~! でも、羽交い絞めってきっしょ。変なところ触られなかった!? あいつ、骨折ってくれたよね!?」

「えっ!? うん。お、折ってたんじゃないかな? 治してたけど」

「え~、別に治さなくていいのにぃ」

「だめだよ、犯罪なんだから……」


 ステラちゃんが不満そうな顔をして、背もたれへもたれる。あ、危なかった~。言わなくて良かった。もう済んだことなのに、心配かけちゃうところだった。危ない、危ない。冷や汗を拭いたい気持ちを押さえていると、アンドリュー君がやたらと神妙な顏で黙り込んでいた。まっすぐな薄茶色の瞳に見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。また汗が滲んできた。


「で!? あいつ、フィオナちゃんにも何かしたの?」

「あ、それはしてない……。でも、止まらなくて。ボコボコに殴ってて」

「うーん、当然だよね? そうしてしかるべきだと思うけど?」

「いや、えーっと、記憶が曖昧だからあんまり覚えてないんだけど。ごめん、昨日、パニックになっちゃっててさ。殴ったのって一発だけだったような? ごめん! 先輩に聞いたら、また違う話が出てくるかもしれない……」

「大丈夫、大丈夫。私としては、フィオナちゃんを怖い目に遭わせた男がリンチされたって事実だけ知ったら満足だからさ~。深く知るつもりはないよ~」

「ははは、相変わらず過激だね~……」


 よし、これで大丈夫そう。先輩に口裏合わせてくださいって言うのも変だし。というか絶対、なんで隠すんだよって言われる。背中を切られたこと、ステラちゃんにだけは知られたくないなぁ。気を使われるのもあんまり好きじゃないし。喉がからからになってきたから、水を飲むと、冷たさが染みていった。美味しい。


「だから、えーっと、あの姿見てから不安になっちゃって。ごめん、教えてくれない? 聞かないでおくって言ってたのに、なんだけど」

「いいよいいよ、大丈夫! うーん、どこから話そうかなぁ」


 ステラちゃんが眉を下げて、首を傾げる。あ、けっこう重たい話なんだ。ステラちゃんのことだから、さらっと言ってくれるかと思ってたんだけど。緊張して見つめていたら、軽く笑った。


「大丈夫だって! あいつ、女には暴力振るったことないもん。女にはね」

「女には……」

「聞きたい? 大丈夫? 陰惨な話じゃないけどさ、ちょぉーっとこんなおしゃれなカフェでするような話じゃないんだよね」


 にっこりと、ステラちゃんがお茶目に笑って言う。き、気になる。知りたい。怖くなったわけじゃないんだけど、あそこまで、平気で人に暴力をふるう人なんだって、分かって、それがショックだったのかもしれない……。いつも私の肩を掴む時でさえ、優しいのに。力がぜんぜん入ってないのに。


「じゃ、じゃあ、聞いちゃおうかな!? そろそろ、顏以外の、中身を知りたくなってきたかも……」

「やーん、ラブの気配!?」

「違うから!! 絶対に違うからね!? 違うからね!?」






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