3.同じ職場に就職して、後輩になればいいんじゃ!?
どうしよう、あの顔が忘れられない……。変に写真を撮ったのが悪かったのかもしれない。このピースサインを作って、真顔になってるアディントンさんが最高すぎて!! うつむきながら溜め息を吐いて、向かいの椅子に座っているメイベルちゃんに差し出す。困惑しながらも、写真を受け取ってくれた。今日のメイベルちゃんは、チョコレート色のドット柄ワンピースを着ていて可愛い。私はやる気が出なくて、黒いニットとジーンズのみだけど、彼女の服装が可愛いおかげで、パステルミント色のカフェに馴染めている。感想をわくわくしながら待っていると、困ったように首を傾げた。
「これがその人? 確かにかっこいいはかっこいいんだけど、ちょっと怖くない?」
「あ、だよね~。警察の関係者というよりはマフィアだよね~。あはは」
「あははって……。怖くなかったの? トラの獣人だよね? 体格もかなり良さそうだし……」
「あ、でも、それは真顔だからかも! 笑うともっとこう、優しげというか色気も出て」
口にしていたら、はっきりとあの微笑みが脳裏に浮かんだ。真顔だと目つきが鋭くて怖いんだけど、笑うと、目が細くなって優しい雰囲気になる。しゃがんで子供に笑いかけたらあの人、ぐっと優しい雰囲気になるんだろうなぁ。デートの時とか、どういう顔してるんだろ。気になる。もっともっと知りたい。笑いシワの一つ一つまで、つぶさに観察して網膜に刻みたい。
「あ~……!! どうしてまた会いに行っちゃだめなの!? 自宅を突き止めて待ち伏せしたら怒るくせに! あともう一回ぐらい、あともう一回ぐらい会いたい!! 辛い、禁断症状が出ちゃってる!!」
「ここはお店だから静かにしてね? フィオナちゃん」
「あっ、はい……」
出た、メイベルちゃんの冷たいところ。彼女は真面目だから、たまにこうやって冷静に注意してくる。しぶしぶ、あのまつげをもう一度見たいという、マグマのごとく煮え滾っている欲望を飲み干して、ストローをくわえる。お行儀が悪いからしないけど、このままストローをがじがじして、むせび泣きたい。もう一度会いたい!
私が冷たいフルーツティーを吸い上げていると、生ハムとチーズのサンドイッチを食べていたメイベルちゃんが、困ったように微笑む。何も言わずに体を伸ばしていると、とうとう口を開いて、禁断の話をしてきた。
「そんなに会いたいのなら、もう一度会いに行ってくれば? それに、好きになったんじゃないの?」
「違う違う、違うの!! それは本当に違うから! 私、もう今回の件で懲りたもん! イケメンは遠くから眺めて愛でているのが一番だって!」
「でも、性格の良いイケメンさんもいるし……」
「そういう人はね? メイベルちゃん。とっくのとうに売約済みなんだよ!! 彼らは不思議と彼女が途切れないし~……途切れたとしても、私なんか選ばないでしょ。身の程は知ってるから、大丈夫大丈夫」
「ん~、どうしてそこまで自信が無いの? 私から見たフィオナちゃんは明るくて元気で、優しくて、男女問わず沢山の友達がいて、振られたって、すぐにイケメンの彼氏が出来る美人さんなんだけどな」
「おぅっふ、ありがとう、ありがとう……なんだか、メイベルちゃんが話してるのを聞いていると、それ、私じゃないみたい。本当の私はもっとこう」
「もっとこう?」
「……ごめん、なんでもない。褒めてくれてありがとう」
「ううん。大丈夫だから、もっと自信持った方がいいよ!」
笑顔でそんなことを言ってくれる。あ~、私って本当に良い友達持ったなぁ~。おかしいなぁ、良い友達はすぐに出来るのに、良い彼氏はなかなか出来ないんだ……。落ち込みながらも昼休憩が終わってしまうので、シンプルなハムときゅうりのサンドイッチを食べる。食欲が湧かなくて、一番しょぼいこれにした。アディントンさんは今頃、何を食べてるんだろう?
(獣人だから、お肉かな~……。そうだ、あれ、気に入ってくれたかな? ワインとソーセージ。口に合うといいんだけど)
支払いを済ませ、店の外に出て、ぼんやりとした色合いの青空を見上げる。白い雲がふよふよと浮かんでていた。風は冷たいけど、陽射しが暖かくて良い天気。それなのに、心は浮かない。落ち込みながら、茶色いタイルを見て歩いていると、おもむろにメイベルちゃんが「あっ、あれ……」と言う。
「ん? どうしたの? 私好みのむっちり清楚系美女でもいた?」
「あ、ごめんね? そういう人はまだ見つけられていなくて……そういう人を見つけたらすぐに教えるね! そうじゃなくて、ほら、あれ、アディントンさんじゃない?」
「うぇっ!? ほ、ほ、ほ、本当だ……!! サインを貰いに行こうかな!?」
「サインを貰いに行くんだ……」
「こ、こ、口実が無くて! ああっ、でも、なんか後輩っぽい人と歩いてる~!! かけ、かけれないや、声。迷惑がられちゃいそう、露骨に」
「そっか。そんな人なんだね? でも、確かに硬派そうだし」
「うん……。多分、めちゃくちゃ硬派! 思いっきり迷惑ですって言われちゃったし」
「えっ!? そんなこと言われてたの!?」
「う、うん……」
メイベルちゃんが心配するかと思って、言ってなかっただけだよ。ごめんね? でも、そんなことも言えずに立ち尽くすしかなかった。深紅の制服は、街中でけっこう目立つ。筋肉で美しく引き締まった体に、ゆらゆらと揺らめく銀色の尻尾、それにウェーブがかった銀髪。この人、後ろ姿も最高にかっこいいんですけど……!? 特に、背中からお尻にかけてのラインがまた美しい。ただひたすら筋肉ムキムキです! じゃなくて、細いところがちゃんとあって好き。品が良い。でも、知らない男性と楽しそうに喋ってるな……。
「行こうか、メイベルちゃん」
「声かけないの?」
「うっ、うう、う、うん、いいの! 良くはないけど、迷惑になるからいいの! 我慢するね!? それに、お礼はちゃんとしたし。一応優しくして貰ったし」
「そっか……。我慢してえらいね、行こうか」
「なっ、なっ、慰めてくれる~!? メイベルちゃん! 私、えらい!? 本当は今すぐ駆け寄って正面に回り込んで、顔を舐め回すようにガン見したい気持ちでいっぱいなんだけど!! 写真だって撮りたいし!」
「うんうん、えらいね。でも、落ち着いて? そのカメラもしまおうね」
「はぁい……。うっ、うっ、つらいよお、メイベルちゃん! イケメンが、イケメンがすぐ目の前にいるのに、話しかけられないし、写真も撮れないんだなんて!! こんなの、こんなの、世界遺産がすぐ目の前にあるのに撮っちゃだめって言われてるようなもんだよ!!」
「ん~。でも、人だからね? 撮っちゃだめだよ、勝手に」
「ぐっ、ぐうの音も出ない……!!」
小型の黒いカメラをバッグにしまっていると、メイベルちゃんが苦笑して、「まあまあ」と言いながら背中を擦ってくれた。は~、優しい。もう心の傷は美女で癒すしかない。それか、お兄ちゃんにでも会いに行こうかな……。何か買って貰おうかな? でも、脳内にこびりついて消えない。アディントンさんと楽しそうに喋っていた男性が羨ましい。
「あ~、羨ましい。今すぐあの人の視点になりたい」
「あの人って?」
「隣にいたでしょ? 会話の途中でアディントンさんの肩甲骨辺りを軽く、二回ほど触っていた人。私でさえ、ようやく手に触れただけなのに……」
「えっ? う、うーん……仲良しなのかもね」
「あーっ、今すぐ仲を裂きに行きたい!! それか、今すぐ私もあの人の後輩になりたい! んっ?」
「どうしたの? 転職でもするの?」
「転職……」
そっ、そっ、そそうだ、その手があったんだ!! 会いにきちゃだめとは言われてるけど、同じ職場に就職しちゃだめとは言ってないよね? 追いかけて就職するのは合法だよね!? ストーカーして家を突き止めるのは犯罪だけど、同じ職場に就職して後輩になるのは合法じゃん……。えっ、私、もしかして天才? 感動して打ち震えていると、メイベルちゃんが軽く笑った。
「なーんて、さすがのフィオナちゃんもそんなことしないよね! だって、前科か魔術師資格のどちらかが無いと無理だもん」
「前科? どういうこと?」
「あ、ライ叔父さんから聞いたんだけどね? アディントンさんが働いてる防犯課は前科がついてる人か、資格を持っている人じゃないと無理なんだって。だから、普通の人と魔術師が混ざって働いてるんだって」
「へー……前科か、いいかも。まずは手始めにアディントンさんの家を突き止めて、下着を盗む!」
「だっ、だっ、だめだからね!? そんなことしちゃ!」
「冗談だって! 私が本気でするとでも思ってるの!?」
「ご、ごめん。目が本気だったから……それに、フィオナちゃんならしてもおかしくないかもと思っちゃって」
「私、そこまで変態じゃないから! 大丈夫!!」
まだ不安そうな顔をするメイベルちゃんをなだめ、安心させる。焦ったぁ~。さすがの私もそんなことしないよ。家に侵入して、下着を盗んで嗅ぐなんてことしないよ……。生身が一番だし、嫌われたいわけじゃないから。出来ればいつか、こころよく撮影に応じて欲しい。もう会いに来るなって言われてるけど。
「あ~、でも、転職しようっかなぁ。お給料安いし。メイベルちゃんは平気なの?」
「あっ、うん。贅沢するわけじゃないし、シェアハウスの家賃が安いから」
「それで引っ越したもんね。どうしよう、私。もう二十三歳だし……」
あっという間に二年が経って、二十五歳になる。それで、気が付けば三十代。いつまでもこのままじゃいられない。好きな仕事をしようと思って、雑貨屋さんに就職したはいいものの、なにせ給料が安い。メイベルちゃんと違って、私は物欲に脳みそが支配されちゃっているしな……。でも、何よりもあの人と同じ職場で働きたい。
「ね、ねえ、メイベルちゃん? た、た、確かバディ制度っていうのがあるんだっけ!?」
「へっ? うん。ライ叔父さんもバディと一緒に毎日働いてるよ」
「じゃ、じゃ、じゃあさ!? 私が前科者になってあの職場に就職して、先輩の後輩になって、バディとして毎日働くのが一番幸せだよね!? ねっ!?」
「お、落ち着いて!? 捕まったら悲しいし、そういうことはしちゃだめだから!」
「大丈夫大丈夫、冗談だから~。それにしても魔術、魔術師か……」
昔、憧れていた職業。一番上の兄が魔術師になったと聞いて悲しかったのは、改めて自分の立場を思い知らされたから。私だって、お金があればもうちょっとぐらい……。考えたら考えた分だけ、卑屈な人間になっちゃうからもう考えない。
(お父さん。ううん、やめよう。無意味、無意味! 考えるのは無意味っ!)
両手で自分の頬をばんっと叩けば、メイベルちゃんがびっくりした顔をする。よし、ちょっとすっきりしたかも。
「だ、大丈夫? フィオナちゃん。どうしたの? そんなに血迷っちゃいそうなの?」
「大丈夫! 私、本当に不法侵入しないからね!? ストーカーもしないからね!?」
「ならいいんだけど……。たまにフィオナちゃん、そういうことを本気でしそうだから怖いの。ごめんね?」
「うえぇ~……ぐうの音も出ない! ごめん!!」
「うん。ほら、お店に着くよ? ちゃんと前を向いて歩いてね」
「あっ、うん。ごめん……」
怖いけど、会いに行ってみようかなぁ。アディントンさんにじゃなくて、一番上の兄に。何を考えているのかいまいちよく分からないけど、優しいと言えば優しいし、何よりも魔術師教会で重要な地位に就いてる。多分……。しぶしぶ連絡を取れば、すぐに空いている日にちを教えてくれた。
(あ~、緊張するなぁ。ひょっとして、アディントンさんに会いに行く時よりも緊張してる? そんなわけないか。でも、心臓がひっくり返りそう)
あの家に行くなら、きちんとした格好をしなくちゃ。散々悩んだ末に、レース襟つきの黒いワンピースを着ていくことにした。コートは品が良いグレーのコート。家を出ただけで、緊張して吐きそうになった。会うの何年ぶりだっけ? 結婚して以来かもしれない。奥さんいない日にして貰ったし、大丈夫大丈夫と何十回か唱えながら、向かった。
「うー、あー……相変わらず、立派なお屋敷ですこと!」
赤茶色のレンガ壁がぐるりと、重厚感あふれる邸宅を囲んでいた。雑木林のような庭に、高級車が三台ほど停まっている駐車場。気が引けるけど、思いきってインターホンを鳴らせば、すぐにお手伝いさんが出てきてくれた。でも、メイドさんって感じがする若い女性だった。私より、五つほど年上かもしれない。黒髪黒目の優しげな美女。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご案内します」
「あ、はい……」
どういう教育してるの? 気まずい。ぎくしゃくとした動きで向かえば、微笑みながら「今日、晴れて良かったですね」と、無難な話題を持ちかけてきた。緊張がほぐれて助かった。でも、ホテルの部屋のような応接室に入った瞬間、またどっと、一気に緊張してしまった。
「久しぶりだな、フィオナ。結婚式以来か」
「あ、は、はい……。お久しぶりです」
間違ってもお兄ちゃんとは言えない。一緒に住んだこともないし。両手を硬く握り締めて、ちぢこまっていると、メガネの向こうにある黒紫色の瞳を細めた。一番上の兄こと、アンソニーは三十七歳で、見るからに神経質そうな男性だった。いつも、かっちりと紺色のスーツを着こなしている。今日も着ていた。さすがに中のベストは、紺色と白のストライプ柄で前とは違うけど。私と似ているところと言えば、黒髪ぐらい? おどおどしていると、急にソファーに腰かけた。
「お前も座れ。紅茶で良かったか? それともジュースか?」
「いえ、私、もう二十三歳になったので、紅茶で……」
「まだ二十三歳の間違いだろ? どうだ、元気だったか」
「あっ、はい。それなりに……。ええっと、アンソニーさんはどうですか? 奥様と上手くやっていますか?」
「まあ、それなりに。そうだ、先週妊娠が発覚した」
「えっ!? 聞いてないんですけど! お兄ちゃん、あっ、真ん中のお兄ちゃんは何も言ってなかったんですけど」
「安定期に入ってから言おうと思って、伝えていない」
「わ、私なんかに言って大丈夫なんですか……?」
「別に。騒ぐから言うなよ。あいつは妊娠したのが分かったら、速攻で出産祝いを贈りつけてくるようなやつだ。妻も年が年だからか、慎重になってる」
「分かりました……」
もうすでに三人いるのに、四人目? って言うのはやめておいた。余計なこと言わない、言わない。仲が良さそうで何より! 冷や汗を掻きながら座っていると、私の代わりに紅茶を注ぎ、「ん」と言って、カップを目の前に置いてくれた。可愛い、苺柄のティーカップだ。テーブルの上には三段トレイが置いてあって、そこにはサンドイッチとスコーン、バタークッキーと紅茶のクッキーが載せられていた。
「あ、い、頂きます……お忙しいところ、すみません」
「忙しくない日を選んだ。それで? 用件は?」
「じ、じ、実は、魔術師資格を取りたいと思っていてですね……」
「いまさらか」
「おっ、おっしゃりたいことはよく分かります! で、でも、夢だったんです。魔術師になるのが」
「……聞いたことないぞ、そんな話は」
「すみません、言えませんでした……。いいえ、口に出しちゃいけないと思っていました」
膝の上で拳を握り締めると、憐れむような表情を浮かべ、片眉を持ち上げた。我が兄ながら、怜悧な顔立ちをしている。整ってるなぁ~。そういえば、奥さんはアンソニーさんの顔が好きで結婚したんだっけ? ぼんやりしながら、悲しげな黒紫色の瞳を見つめていると、ふいに溜め息を吐いた。
「分かった、金を出してやる」
「えっ!? 本当ですか!? あり、ありがとうございます!」
「あとで父に請求しておくからいい」
「そうですか……」
「言っておくが、出し渋っているわけじゃない。あれはお前の父親だろ? 出すべきだ」
「確かにそれもそうですね……ありがとうございます、お兄様! あっ、間違えちゃった! すみません、アンソニーさんはお兄ちゃんというよりも、お兄様という感じなのでつい! へへへ」
「別にお兄様でかまわない。よそよそしいアンソニーさん呼びよりかは、ましだろう」
「へっ?」
えっ、もしかしてお兄様と呼んで欲しいとか……!? ははは、そんなわけないか! 手のひらを振って、笑いながら言う。
「もーっ、さすがにお兄様なんて呼ぶわけないじゃないですか! 恥ずかしいし! アンソニーさんも冗談なんて言うんですね~! はははは」
「……」
急に黙ってお茶を飲み始めた。ぜんっぜん話が弾まない! だから、この人と会って喋るのは嫌なんだよおおおお……。他の兄は喋りやすいのに、アンソニーさんだけ喋りにくい。気まずくて黙り込んでいると、優雅にカップをソーサーへと戻して、口を開いた。
「じゃあ、いつから勉強を始める? 狙っている職はあるのか?」
「え、はっ、はい! あるにはあるんですけど、アンソニーさんには言いたくありません!」
かちゃんと、アンソニーさんの手からクッキーが滑り落ちた。ああ、もったいない! でも、テーブルの上だから大丈夫か! 拾わないのかなと思って見上げると、無表情になっていた。
「理由は? 言いたくない理由は?」
「えっとですね、まだ実現するかどうかもよく分かりませんし……そうだ、カインお兄ちゃんには言っておきますね! 別に言えないような職業を狙っているわけじゃないので」
「言えないような職業じゃないのなら、どうして俺には言えない?」
「うーん……なんとなく? 気分で」
「そうか……」
だって、私があの顔見たさに防犯課に就職したいなんて言ったら、絶対絶対バカにされるし、お金出して貰えない! その点、カインお兄ちゃんなら理解あるし、絶対に分かってくれるはず。カインお兄ちゃんには事情を話して、適当になりたい職業を伝えておいて貰おう……。こんな時、嘘が吐けない自分が嫌になる。あとでばれそう。私、嘘を吐くのがド下手くそなんだよなぁ。アンソニーさんが気を取り直して、咳払いをした。
「じゃあ、もういい。深くは聞かない」
「ありがとうございます! やった~!」
「……いつからにする? この家に通え」
「はい? でも、奥さんがいるし」
「妻も会いたいと言ってる。今まで一度も会ったことがないだろ? 結婚式当日にわざわざやってきて、祝いだけ渡すやつがいるか?」
「あっ、はーい! 私、私! ほら、半分血が繫がってない妹なんて、奥さんもどう扱ったらいいのかよく分からないでしょ? 私、この家の人間じゃないんで」
片手を挙げて言えば、気に食わなさそうな顔をして、眉をひそめた。ごめんごめん、アンソニーさん。奥さん想いなんだね? どうして奥さんが私に会いたがっているのかはよく分からないけど、私としては会う気無い。たとえ、奥さんが私好みのむっちり色白系美人で、色気があったとしても……。静かに顔を伏せていると、もう一度溜め息を吐いた。
「分かった。じゃあ、女性の魔術師をお前の家に派遣する。そこでみっちり教えて貰え。ただし、危険な魔術を練習する場合は、俺の家の庭を使え。いいな? それが条件だ」
「はーい! それじゃあ、帰りますね。ありがとうございました~」
「……昼飯は? 食ったのか?」
「家にあります。家に帰って食べる予定です。大丈夫ですよ、外食して無駄なお金を使ったりなんかしませんから! でも、クッキーだけ貰おうかな? 食べながら帰りまーす」
「そんな行儀の悪い真似はするな。ここでちゃんと座って食べなさい」
「はぁ~い……早く帰りたいんだけどなぁ」
「このあと、何か用事でも?」
「ううん、居心地が悪いから」
この家、豪華すぎて落ち着かないんだよな~。本当にホテルみたい。私がバタークッキーを次から次へと食べていると、溜め息を吐いて、額を押さえた。
「お前……フィオナ」
「ひょっ、ひょめんなにゃしゃい! もうひょっひょ、ゆっくり食べまふね!?」
「謝らなくてもいい。なんなら、昼食の用意をさせようか?」
「んぐ、いや~、もう帰りたいので大丈夫です! 紅茶を一気飲みして帰りまーすっ」
「ゆっくり飲みなさい。火傷でもしたらどうする」
「もうわりと冷めてるんで大丈夫ですよ~。ぷはっ、じゃあ、お疲れ様でした! 帰ります!」